『舞い踊る季節の中で』 第105話 |
真・恋姫無双 二次創作小説 明命√
『 舞い踊る季節の中で 』 -群雄割拠編-
第百〇五話 〜 見えぬ舞いに矛は戸惑う 〜
(はじめに)
キャラ崩壊や、セリフ間違いや、設定の違い、誤字脱字があると思いますが、温かい目で読んで下さると助
かります。
この話の一刀はチート性能です。 オリキャラがあります。 どうぞよろしくお願いします。
北郷一刀:
姓 :北郷 名 :一刀 字 :なし 真名:なし(敢えて言うなら"一刀")
武器:鉄扇(二つの鉄扇には、それぞれ"虚空"、"無風"と書かれている) & 普通の扇
:鋼線(特殊繊維製)と対刃手袋(ただし曹魏との防衛戦で予備の糸を僅かに残して破損)
習得技術:家事全般、舞踊(裏舞踊含む)、意匠を凝らした服の制作、天使の微笑み(本人は無自覚)
気配り(乙女心以外)、超鈍感(乙女心に対してのみ)、食医、
神の手のマッサージ(若い女性は危険です)、メイクアップアーティスト並みの化粧技術、
(今後順次公開)
【最近の悩み】(九十七話後日談)
「……やっちまった」
深い溜息と悔恨と共に、俺は両手で頭を抱えて机に突っ伏す。
仕方なかったとは思う。 それでも、やり過ぎた事実には変わりない。
何故か妙な後ろ暗さに押されたのも事実だと思う。 だからって、冷静さを欠いた翡翠に話を聞いてもらう切っ掛けを作る為だったとは言え、あんな何時人が通るか分からない廊下で、翡翠を襲うかのように唇を奪うだなんて……。
しかも大人しくなって行く翡翠が可愛いのと、翡翠の口と舌の感触が気持ち良くて、行為に夢中になってしまうだなんて……。夢中になって気が付かなかったけど、誰かが慌てて廊下を戻って行った気配を感じた。
……うぅ、こうなったら神聖な職場にも関わらず、時と場所を構わず破廉恥な行為に及ぶとか、変な噂が立たない事を祈るばかりだ。
「はぁ〜……」
起きてしまった事を何時までも悔いていても仕方ない。とりあえず反省はするとして、アレで翡翠が話を聞いてくれると分かったのは、ある意味不幸中の幸いだと言える。 俺に非が在る時は仕方ないとして、誤解が原因の時は次からはあの手で行こう。 多用はする気は無いけど、黒い靄をした時の翡翠の冷たい笑みは、その幼い外見と相反して美しい。 そして正直寿命が縮まるほど怖い。 そのギャップが可愛いし、愛おしいと思えるのは確かなんだけど……できれば翡翠には普通に微笑んでいて欲しい。 それが一番素敵だとはっきりと言えるから…。
それはさておき、事の原因となった美羽を唆した七乃をどうしてくれようか。
下手に藪を突っつくと、あのニコニコした笑みをフェイントにとんでもない手で誤魔化されると言うか、逆にからかわれちまうからな。事は冷静に……と思った所で、俺、本当にあの二人の主人なのか? と疑問に思ってしまう。
愛紗(関羽)視点:
「陣を張り終えしだい、負傷した者は身体を休めておけ。 それ以外の者は疲れているだろうが、民と協力して物資の支給に当たってくれ。 我等の民を守るのは我ら自身の手で行わなければいけない。
皆、辛い戦いを切り抜けてくれた。 今夜の分の支給が終わったら、今夜は安心して心と体を休めてくれ」
袁紹軍が去り、緊張の糸が解けたかのように地面に座り込む兵達の間を、私は感謝の意を込めながら兵に本日最後の指示を飛ばして行く。
中には、孫呉の兵に治療を施されている者もいるが、その事を感謝こそすれ、彼等に怒りをぶつける訳には行かない。
それにしても随分と慣れた手つきだ。 それに包帯一つ巻くにしても竹籠を編むような変わった巻き方をしている。 面倒で時間もかかるが、確かにあれならばズリ落ちる心配は無く、肉をある程度固定する事によって、ただ普通に巻くよりも動かしやすいだろう。 いつ戦いが起こるか分からない軍事行動中においてでは、手間であっても、毎日治療が行えるか分からない以上は効果的と言える。
……これも天の知識と言う訳か。
くっ……確かにああ言った包帯を用いた固定方法は、あの本にも書いてあった。 だが、普通の包帯より態々細い包帯を別に用意しなければいけない上、解くにも手間が掛かると言う事で見向きもしなかったが、こう言う使い方が出来るとは……。
それに注意深く見れば、ウチの兵も見よう見真似で行っている。 義勇軍出身の者が多い我が軍では、当然ながら農民出身の者も多く、ああ言った編み方には慣れているのだろう。 そのうち手元を見ずとも治療を施している者の顔を確認しながら手を動かして行く。
我等があの本の知識を使いこなせていない証拠なのかもしれない。
兵が緊張の糸を解し。安心した顔でお互いを励まし合い助け合う姿に心の中でホッと安堵の息を吐きながらも、己が力の無さに悔しさが込み上げてくる。
民を守れず。 土地を奪われ。 更にはついて来てくれた兵士の多くを失ってしまったのも、我が力が足りなかった故。
……分かっている。個人の力が幾ら強かろうと、数に差があり過ぎてはどうしようもないと言う事は。 それはあの天下無双と言われた呂布とて同じ事。
それでも私は望む。 皆を守る力を。 桃香様の夢を実現させるための力を。
そして桃香様の夢と想いを守る力をっ!
私はぶつける当てもない憤りを胸にしながら、打ち建てられたばかりの本陣と成った天幕に足を踏み入れると其処には桃香様は居らず。 朱里と雛里が孫呉から齎された物資と糧食の目録を示した竹簡を元に、次に支援を受けるまで使用できる量と日数を計算し、地図を見ながら話し合っていた所だった。
私が入ってきた事に気が付いた朱里は、桃香様は民に安心してもらうために星と共に民の代表者達に会いに行ったとの事。 鈴々は比較的元気な者を掻き集めて周囲の警戒に当たり。 月と詠は炊き出しの手伝いに行き。 馬良と馬謖の姉妹は支援を受けた物資と糧食の警備に辺りながら、均等に配られるよう走り回っているとの事だった。
ずんっ
「惨めなものだ……あんな無礼者の言う事を聞かねばならないとはな」
手にした偃月刀の石突で地を軽く叩きながら、私は胸に溜め込んでいた言葉を吐き出す。
そんな私を朱里と雛里は悲しい目を向け、困ったように私に尋ねてくる。
「やはりまだあの方を認められませんか?」
「当たり前だっ。 あやつは桃香様の心の隙をついて、言葉巧みにあんな白紙の借用書に名前を書かせるような約定を呑ませたのだぞ」
「ですが、それを呑まなければ三竦みを成立させるだけの力を得る事は難しいと言わざる得ないでしょう。
上手く行けば、天下三分ではなく天下二分に持ち込む事も可能です」
「ああ、それは分かっている。 だが、あの約条がある以上、我等は孫呉の属国と言わざるえないのだぞ」
「あわわ、愛紗しゃん落ち着いてください。 確かに今回の我々が受けた恩は計り知れないほど大きいものですが、長い年月を掛ければ返せない物ではありません。 そして我等がそれを返す意思と姿勢を見せている以上、向こうも最低限の礼儀を払ってくるでしょう。 見方を変えれば、それだけ長い間同盟を継続させる事が出来ると言う事は、民を安心させる事が出来ると言う事です」
「それに愛紗さんは、孫権さんが戦いもせずに、援助した位で相手を属国にするような狭量な王に見えましたか?」
朱里と雛里の言葉は分かり易く。 私の自尊心を傷つけぬように気を使っている事が分かる。
だがそれ故に、余計にあの者への苛立ちが湧いてしまう。
「孫権殿がそれなりの王の器がある事は私もこの目で確認した。
だが、何故あのような者が我等に同行し、指示を受けねばならぬのだっ!」
「指示ではありません。あくまで意見と要請です」
「同じ事だ。 それに、私にはどうしてもあの者が、おまえ達が言う様に智に富んだ者には思えないのだ」
自然と言葉を荒げてしまう私を、朱里は私を落ち着けようと水筒から水を木の湯飲みに注ぎだし。 雛里は眉尻を下げて、どうすれば私に納得してもらえるか困ったような顔で思案している。
詠だけではなく、この二人に其処までさせる以上、それ相応の物は持っているのかもしれぬ。
だが私の目に映ったあの者は、何の変哲もない庶民にしか映らず。
先程の戦においても、ただ原始的な手段で袁紹軍を混乱させ。 降将である張遼に無謀とも言える人数で突撃させ、自分は安全な場所で弓矢を引かせていただけでしかない。
だけどそんな私の考えも…。
「愛紗さんがあの方に困惑するのは分かります。 先程の戦で見せたあの方の策も、武官である愛紗さんには、大した策に映っていない事も…。 たしかにあの策は一見原始的な策で、袁紹軍が退いたのも不思議と思えるようなものです。 でもあの策は、例え士気の低い袁紹軍であっても、あの状況であの条件下で無ければ通用しないものです」
「それにあの策は幾つかの思惑が含まれています。 戦闘級から国家間級の戦略まで多岐にわたっています。 分かり易いもので、降将であった張遼さんは、この一件で確実に孫呉全軍から信頼を得る事が出来るでしょう」
「あんな使い捨てにするかのように一部隊だけで突撃させて、そんな事言われても信じられんっ!」
雛里と朱里の言葉に対言葉を荒げて否定してしまう。 私の声と剣幕に驚いた雛里が躰をビクつかせて朱里の後ろに隠れてしまった事に、我ながら自分を律しきれていない事に情けなくなってしまうが、今はそれを嘆いている場合では無い。 だけどそんな私に朱里は何かから怯えるように身体を小さく震わせながら。
「まだ分かりませんか?
あれはたった一部隊だから効果が在った策なんです。 袁紹軍を本気にさせずに、進軍を止める機を計っていた袁紹さん達に、自ら撤退するように仕向けさせるためのもの。
状況から導いたモノだけではありません。 兵の心理も、将の心理も、袁紹さんの心理も読んだ上で、最小の一手で最大の効果を得るための一手なんです。
愛紗さん。幾ら命じられたからって出来ますか? 兵に実行させる事が出来ますか? たった五千で誰一人臆せずに八万もの敵兵に突撃を掛けるなんて真似が。
アレはそう言う策なんです。 全部を読みきっているからこそ打てる策なんです。
あの方は楔を打ち込んだんです。 敵にも、味方にも、そしてその光景を目のにした私達に対してもです」
小さな両手で震える自らの体を精一杯抱きしめる怯えた態度裏腹に、それ以上に朱里顔は恍惚とした目をし、嬉しげな光を灯していた。
本来愛くるしいと言える幼さを残す顔が、同性である私の背筋をゾクリとさせるほどに美しく輝かせ、喜悦に浸っているように感じられる。 ……朱里よ。 お前の目にはいったい何が映っているのだ?
鈴々ほどではないが、まだ幼いと言っていい程の年下の少女に強い女を感じ、戸惑う私を今度は雛里が止めを刺しに来る。
「愛紗さんが言いたい事は分かります。 でも私達は強くならなければいけません。
あの人はあの人の思惑がある様に、私達にとってもあの人が力を貸してくれる事は大きな意味を持っています。 私達は学ばなければいけないんです。 あの人から多くの物を。 そして今日と言う日を二度と民に、桃香様に味あわせてはいけないんです」
鍔の広い帽子で己が目を隠しながら、小さな声で私に訴える雛里。
だけど私には見える。 その鍔の向こうで雛里の瞳が強い覚悟の灯を灯している事が。
あの怯えてばかりの雛里が、一生懸命勇気を振り絞って、鍔越しに私に睨み付けんばかりに己が想いを叩きつけている事が。
……あの雛里が此処までの強さを見せた事に驚きつつも、それが嬉しく感じてしまう。
守ってやらねばいけないと思っていた妹のような存在が、実はしっかりと自分の足で歩んでいた事に、やや寂しさを感じながらも、私は心に決める。
「恩を受けた以上義理は果たさねばならない。
だが、納得いかない意見や要請に従う気は無い。 それで良いな」
そう言い捨て、私は民の様子を見てくると言い天幕を出る。
北郷一刀。あの者が何を企んでいるかは分からない。 だが、あの二人があそこまで信じ、覚悟を見せた以上、それを汲んでやらねばそれこそ姉貴分として面目が立たぬと言うもの。 ならば、それを見守ってやるのも大切な事だろう。
だが、もしあの二人の信を裏切り、更には桃香様を誑かし、我等を利用するだけのつもりならば、我が矛に掛けた誓いを果たすのみ。 たとえそれが同盟国の重臣であろうともな。
とん
追撃の恐怖から解放された民は、久しぶりに充実した温かい粥に身体と共に心も満たされたのか、疲労の色は隠せないが、それでも穏やかな顔で思い思い身体を休めようとしていた。
とん
明日からしばらくは、襲撃に怯える心配は無いとはいえ、それでもまだまだ長い道のりを歩まなければいけないのだ。休める時に心と体を休ませる事は大切なこと。
私は食事をとる手を休め腰を上げて出迎えの姿勢を見せようとする民を、手と視線でその必要はないと制しながら、民の休む小さな円陣の輪が連なる列を民の安堵した顔を眺めながら抜けて行く。
とん
やがて数里をも続く民の成す列の前方の方に来た時、ひときわ大きな円陣が在るのが目に映る。
どうやら孫呉の兵も混ざっているようだが何か諍いか?
そう思い歩く足を速めると、其処には何かを言い争うような雰囲気は何もなく。 むしろ穏やかな雰囲気に場は包み込まれていた。
その中で、探していた人物を見つけた私は足を其処に向け、
「桃香様これは?」
だけど、答えが帰って来たのは桃香様ではなく、一緒に居るはずの星でもなく。
「今日までに亡くなった劉備を慕う民と将兵を癒やす鎮魂の義だ。 今を生きる民に自分達が何を背負ったのか知らしめさせるためのな」
「こんな太鼓の音一つでですか」
とん
顔を向けず視線だけを私に向けて、何故あの男が円の中心で座り込んで、思い出したかのように撥も使わずに手で太鼓を叩いている理由を言う孫権殿は、私など興味が無いと言わんばかりに今度は目も向けず。
「黙って見て居れば分かる事だ。 くだらぬ事でこれ以上この義を邪魔する事は許さん」
静かな眼差しで、その水のような色の瞳をあの男に向けた言ったその言葉は、何故か逆らい難いものを響かせていた。 自ら答えておきながら、それ以上は口を出すなと言わんばかりの態度に、苛立ちを覚えた時。
「ほらほら、愛紗ちゃんも、これから何が起きるか此処でゆっくり眺めていよう」
「…と、桃香様」
とん
私の腕を取った桃香様は、私に抱きつくようにして私を強引に円陣の中心へと目を向けさせる。
「形はどうあれ、あのお兄さんは私達のためにやっている事だよ。 それを邪魔をするのはよくないと思う」
「そ、それはそうですが。 今はその様な事をしている時では・」
「ねぇ、其れよりもこの音、聞いていて何か落ち着かない?」
桃香様はそう言って私にそうしろと言わんばかりに目を瞑って見せる。
一緒に居たはずの星も、少し離れた所で桃香様の言う様に音に耳を傾けている所を見ると、どうやら桃香様に危険はないと判断したようだ。 そんな桃香様と星に小さく溜息を吐きつつも、私もそれにならって目を閉じる。
とん
決して大きな音では無い。 だけど辺り一面に広がってゆく音。
力強いものではなく、優しげな響き。 だけど何処か安心できる頼り気がある余韻
こうして目を瞑っているとよく分かる。
まるで幼き頃に母に抱かれながら聞いた、母親から聞こえて来た安堵感が、その音と共に染み渡って行く。
此処に来るまでにも聞こえてきた事から、もうかれこれ半刻以上これを繰り返しているのかもしれない。
目を開けて落ち着いて周りを見渡せば、誰もが目を瞑っているにも関わらず、その音に耳と心を傾けている。 静かで、穏やかな音に、自然と穏やかな表情を浮かべながら…。
とん、とん
そう思っていた時、ふと音が今までと変わる。
先程までと違い連続して打ち下ろされた両手は、太鼓に更なる音色を加えた。
徐々に早く、だけどゆったりとした響きは、とても一つの太鼓から出ているとは思えないほど多彩な音色は、母親の胸で眠っていた幼子が目を覚まし、幼子にとって日々変わりつつある世界を、その瞳に映すかのように、何処か楽しげで、それでいて安心させてくれる。
まるで音その物が子供のように駆け行き、語りかけて行くかのように……。
私に、我等に日常を思い出させてくれる。
失ってしまった日常を。
渇望するほど求める日常を。
あの男が叩く音と共に大切なものが、封じ込めていた心の中から湧き出して行く。
そのために我等が失った多くのモノを……。
蓮華(孫権)視点:
音と共に広がって行く一刀の想い。
舞を学ぶ上で学んだ程度と言っていたそれは、まるで太鼓そのものが語りかけるかのような不思議な音色を持っている。
太鼓は原初にて最初の楽器、それ故にもっとも人に馴染みがあるもの。
一刀は太鼓をは叩くものでは無く、打つものだと言っていたけど、……確かにその通りだと言える。
優しい音色に含まれた一刀の想いは、心を打つ響き。
一人でも多く民を、少しでも疲れた心を癒したいと願った一刀の想いを乗せた乗せた音は、何も知らぬ民をそのゆったりとした音色に心を傾けて行く。 時間を掛けて引き込んだ民の心を癒さんと音色を変えて行く。
すでに美しいとさえ言える太鼓を打つ動作に、目を閉じてもその姿が音と共に目蓋の裏に浮かび上がる。
これは一つの舞と言えよう。
微笑みとも言えぬ程の僅かな笑みを浮かべながら、太鼓の上で身体の前でその腕と手を舞わせる。
地を打つ足の代わりに太鼓の音が。
一刀自身が舞う代わりに、音が舞っている。
太鼓の音による舞い……。
我等の心を、民の心を、その舞いが静かに巻き込んで行く。
そして思い出させてくれる。
我等が守るべきものを。
我等が導かねばならないものを。
日常という名の掛け替えの無い宝を……。
だけど、これ程驚くべきも音色も只の前奏でしかない等と、一刀の舞いを知らぬ者達には想像すら出来ないであろう。 そして、それを証明するかのように、ふと音が止む。
その突然の事態に、その音に耳を傾けていたいた者達は、何故突然止めてしまうのかと言わんばかりに目を向ける。 誰一人邪魔をしようともせずに続きをと願い切望の目を向ける。
ばっ
勢いよく音を立てて扇子が広げられる。
一刀を取り囲む人間の数からしてして、聞こえるはず無い音。 息づかい、衣擦れ、様々の音が僅かな音など消してしまうと言うのにも関わらず。 まるで始まりを開始するかのように響き渡ったってゆく。
これから見せるであろう舞いを、受け入れさせる覚悟を引き起こさせるかのように。
静かに終えた一刀の鎮魂の舞い。
見る者に多くの衝撃と、穏やかな心と共に明日を生きる力を、その身の内に残して…。
その溢れんばかりの余韻を私は無理矢理に、静かに息と共に吐き出してゆく。
私は王だ。 他国の民のための舞いの余韻に、いつまでも浸っている訳には行かない。
王として、伝えるべき事は伝えなければならない。
舞いの余韻に、静かに涙を流し呆然としている二人に申し訳ないと思う心を殺して、乱暴にその腕を掴み振り向かせる事で、強引に意識を此方に向けさせる。
「今日貴様等に施す事の出来る事は、これで終わりだ」
「…えっ、そんな。まだ見ていない人も・」
私の言葉に驚きつつも、最初に出てきた言葉が多くの民のためにと言う所は、彼女が私に示した通り民のための王であろうとする現れなのかも知れない。 その気持ちも十二分に理解できる。 だが、奴には奴の言葉の責任を取って貰わねばならない。 始めたのはあいつなのだ。 それを途中で投げ出す事など許されるものでは無い。 何より、それが一刀自身のためになるのだから…。
「勘違いをするな。
この舞いはあやつが、無謀とも言える逃避行に巻き込まれた民を癒すためと願った故に許した事。 本来であれば、我が国のために命を落とし、傷ついた者達の魂を癒すために舞うのが本筋。 まさか、それを邪魔をすると言うつもりでは無かろう」
「……あっ…」
私の言わんとする意味を悟り、未練を残しながらも引き下がってくれる。
例え王であっても踏み込んでは行けない領域である事に…。
そんな劉備と関羽に私は楔を打ち込む。
「北郷には直属の兵四百、そして別に護衛として我等が将周泰とその兵千を随行させる。
だが、それは貴様等への増援ではない。 益州を治めるのは貴様等の兵達だけで行うつもりでいろ」
「分かっています。 必ず益州を治めたら北郷さん達は無事に帰す事をお約束します。 それが孫呉に返せる事が出来る最初の謝儀だと思いますから」
「そんな事は当たり前の事だ。 天の御遣いは孫呉にとって掛け替えのない存在だと言うのもあるが、それ以上に一刀は師であり、友であり、家族だ。 もしあの二人に何かあって見ろ。 その時は理由など関係なしに同盟を破棄したと見なす。 それが何を意味するか分からぬとは言わせん。
忘れるな。 本来であれば天の知識を貴様等に分けてやる義理など何一つ無い事を。 そしてその知識を役に立てるも立てれぬも貴様らしだいだと言う事を」
言い捨てるように、劉備達の顔を確認する事無く踵を返す。
此処に居れば、文句をぶつけたくなってしまう。 例え一刀自身が必要な事だと言い。冥琳が承諾した事とは言え、翡翠達の気持ちを考えれば…、姉様の気持ちを考えたならば、とても納得できるような内容では無い。 とは言え此処で情に流される訳には行かない。 王として、私は一刀を信じると決めたのだから…。
だけど、私が一刀のためにやれるべき事はやらせてもらう。 私は決意が揺らがぬうちに目的の人物を探し出す。
見つけた彼女は、同じ部隊の者に指示を飛ばしている彼女に近づき。
「朱然、王として命ずる。 例え一刀の命令がどうあれ、おまえ達の最優先任務は一刀と明命を無事私の前に連れ帰る事だ。 例えおまえ達が全員の命と引き換えになろうともな」
「はっ。 今度こそ命令を貫き通して見せましょう」
かつて姉様の命令を守れなかった事を悔やんでいた彼女が、強い意志などと言うには生易しいと言えるほど意思の光を持って、その瞳の色を一層濃くして頷いてくれる。
散って逝った仲間の魂を…。自分達の心を癒やしてくれた者を…。
人の命を何よりも重いものとしながらも、それを背負って真っ直ぐに歩み導いてくれた者を…。
血の涙を流してまで、孫呉の民のに尽くしてくれた者を…。
ただ見る事しか、震えながらついて行く事しかできなかった事が、何よりも悔しいと涙したあの日より、彼女達は自分達を磨いてきた。
蔡の一糸乱れぬ連携を求める調練に…
思春の一切の妥協の許さぬ厳しい訓練に…。
明命の身と心を削られるような鍛錬に…。
霞の胃の物全てを吐き出させられ、なおも其れからが本番だと駆けさせられた日々に…。
彼女達はそれに耐えてきた。
自分達の心を分かってくれる己が将のために。
自分達が守る将が、自分達の命を賭けて守るべき存在と認めるが故に。
一刀、正直私には貴方を一時的に手放してまで、劉備に其処まで施す必要があるとは思えない。
だけど貴方と冥琳が必要だと判断するのならば、私はそれを信じるわ。
でもこれだけは決して忘れないで、貴方を待っている家族がいると言う事を。
貴方を必要としている人達がいると言う事を。
貴方は否定するかもしれないけど、貴方は私達に必要な人なの。
その悲しい程優しい心と真っ直ぐな心根は、私達にとって大切な存在。
朱然達の想いはその証の一つ。 その事に早く気が付いて、貴方は我ら孫呉にとって、本物の天の御遣いなのだから。
大切な家族なのだから……。
つづく
あとがき みたいなもの
こんにちは、うたまるです。
第百〇五話 〜 見えぬ舞いに矛は戸惑う 〜 を此処にお送りしました。
百話以上書いていて、何度も登場しながらも、今まで一度となりとも視点を書いた事のない愛紗で今回は書いてみました。 今の彼女では仕方ない事とは言え、彼女らしさを書いてみたつもりでしたが如何でしたでしょうか? 前回出てきた時より少しずつ成長しているつもりなのですが、皆様にはどう映ったでしょうか。
この舞いを見た後の愛紗が、一刀に対して見方を改めるかどうかは、今後の話で語るとして、前回思春の策と言う事で、天下三分を想像していた人は多いと思いますが、一刀が益州について行く展開を想像した人はどれだけいるでしょう。 この無茶な展開が良い方向に向けば良いのですが、どうなって行くかは私の文章力次第だと思っています。
さてさて、劉備達に付いて行って一刀は無事戻れるのか?
明命は心身ともに一刀を守る事が出来るのか?
そして、一刀の種馬パワーを封じる事が出来るのか?
では、頑張って書きますので、どうか最期までお付き合いの程、お願いいたします。
おまけ:(思春の場合)
作者
「一刀の事をどう思っていますか?」
思春
「軟弱な奴だ」
作者
「……一刀両断ですか。 えーと、できればもう少し言葉を変えて答えて貰えないでしょうか?」
思春
「ヘラヘラした顔で性欲を振りまく害獣だ」
作者
「………一応、武の師に当たる人物に対して、それはあんまりだと思うのは、気のせいなのでしょうか?」
思春
「……くっ、…分かった言葉を変えよう。 孫呉にとって必要な人物だ」
作者
「いえいえ、私が聞きたいのは、呉の将甘興覇としての意見ではなく、私人としてのお気持ちです」
思春
「……貴様何が言いたい」
作者
「いえいえ、礼節を重んじる貴女が何故あそこまで、一刀を貶すのかなぁと思いまして。
ましてや可愛い妹分や、尊敬できる先輩の恋人に対して、らしくないと考えるのは当然と言えるでしょう?」思春
「……答える義務はない」
作者
「いや、それを応えて貰うのが、このコーナーの趣旨でし・『ピトッ』……えーと甘寧さん、この首筋に在る冷たいものは?」
思春
「……天の意思に逆らう気は無い。
だが、その場合私はこの剣に力を込める事になるが、それでも答えねばならぬか?」
作者
「……い、いえ、結構です」(だらだらだら)
思春
「そうか、残念だ」(ニヤリ)
作者
(こ、こわぁぁぁ)がたがたがたっ
「……で、では変わりの質問です。 何故サラシと褌なんですか? ショーツもブラもあるこの世界でその選択肢は意味が無いように思えるのですが、もしかして趣味・」
ヒュン
思春
「……何故よりにもよって、そんな質問ばかりしてくる」
作者
「あ、あの、今思いっきり髪が数本斬り飛ばされたんですが(汗 まさか本当に」
思春
「断じて違う!」
作者
「きゃーーーっ、朱い褌魔人が襲ってくるーーーっ」
思春
「こ、この後の及んでまだそんな事を言うか。 作者だと思って手心を加えていれば調子に乗りおって、待たんか、今日こそはその減らず口を我が鈴の音で黙らせてくれる」
作者
「いやーーん。 口が無くなったら、話しを語れなくなってしまうから許して〜。 ほらほら、等身大一刀君人形あげるから」
思春
「そんな人形、いらんわ!」
スパンッ
作者
「あぁぁぁーーーーっ、一刀人形の頸が―――っ! あれを春蘭に作ってもらうのにどれだけ苦労したと思ってるんだよー」
思春
「……聞く耳持たん。人の心を弄ぶような者に掛ける情けも持たん。 覚悟」
説明 | ||
『真・恋姫無双』明命√の二次創作のSSです。 一刀に出された条件に納得がいかない愛紗。 どうみても朱里達が言うような者には見えず、苛立ちが募るばかり。 だけど苛立ちの本当の理由は、自分自身に在る事を彼女は自覚していた。 自分に力が無い事を……。 己が力が足りないばかりに、窮地に立たされているのだと、己を責めゆく。 拙い文ですが、面白いと思ってくれた方、一言でもコメントをいただけたら僥倖です。 ※登場人物の口調が可笑しい所が在る事を御了承ください。 |
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春蘭さん 何つくってるんですか。。 しかしついていくというのは予想しなかったですね。。 (qisheng) 春蘭の精巧な人形が〜売ればかなりの額で売れるだろうにもったいない(ほいほい) 葉月様、一応今回は総都督と王の了承の下ですし、孫呉の未来のためなので、怒ってはいないと思いますよ。 色々と思ってはいるでしょうけどね。(うたまる) あぅあぅ、今回は明命や翡翠が出てこないのですね。ところで翡翠は一刀が蜀に行く事を知っているのかな?また勝手な事をしてって黒くなってるんですかね?(葉月) タケル様、関羽にとって出来る出来ないと言う問題ではなく、覚悟や心構えの話ですよ。 さて、一刀は能力を隠す気があるのでしょうか……(うたまる) 関羽は一度一刀にボコボコにされた方が人間的に成長できるような気がしますね(あ、そうなれば劉備達に一刀の強さがばれてしまうか)。他国の人間が一刀の能力を理解できないでいるというのは呉にとっては都合がいいですしね(関羽は一刀を殺すようなことを言っているけど実力的にそんなこと出来ないということがわかっていない)。(タケル) 盛り塩様、関羽……というか、愛紗は世の中を白と黒で分けたがっていますよね。 そしてだからこそ余裕が持てなくなっていくという悪循環に陥っているんだと思います。 性格が生真面目な人間ほど陥りやすいわななのかもしれませんね。(うたまる) 逆に言えば、懐に一度入ってしまえば無常の信頼を得られるんですけどね。史実のような事をやらかして同盟破棄にならない事を祈ります。(盛り塩) 愛紗はやっぱり関羽なんですよね・・・演技では完璧超人に描かれてますが、史実では自分が認めた人以外は見下す傾向があった人ですからね・・・結果、呂蒙と陸遜を軽視してあの結果ですから、この対応は関羽らしいです(盛り塩) jackry様、……確かに、一刀なら、例え60年後でも現役の種馬でいそうですよね(違w あの赤い褌魔人からは、隠し撮りの写真を見て硬直している内に逃げてきました(ぉw(うたまる) mokiti1976-2010様、分かり敢えても譲れない思いもあるでしょうしね。 本当に世の中儘ならないものです。 そして明命にはいろんな意味で頑張ってほしいものです(うたまる) mokiti1976-2010様、その意図が入っていないとは言えませんね(w 何せ一刀ですから(うたまる) フィーメ様、もう堕とすの前提ですか(w そして、いつの間にか、翡翠=おしおき の方程式が成り立っている(汗(うたまる) そう簡単に分かり合うという訳にはいかないですよね まあ、だからこそ人間関係は難しく、そして大切なものだと思いますが 蜀勢に対しての種馬スキルを明命さんがどう妨害していくのかが楽しみです(アボリア) きっと明命が一刀と共に行くのは種馬スキルを封じ込めるために違いないとか思っちゃったり・・・・・。(mokiti1976-2010) さて、蜀では何人堕ちる事やら、それとも明命に阻止されるか翡翠に戻ってからオシオキされるか?次回も楽しみにしています。(フィーメ) 下ネタのお城様、愛紗が悪いと一概に言えないと思います。 彼女は典型的な武人ですから、どうしても自分の目で見た現実を優先させてしまうでしょうし、自らの主を目の前で口車に乗せられて、あっさり良い人だと言える人の方が奇特だと思います。 それに、詠の言葉があるにしろ、今までの噂が噂ですから(汗(うたまる) sion様、良くも悪くも、それが愛紗と言う娘です。 きっと彼女も成長してくれると思います。 ……変な方向に成長しない事を祈るばかりですが(w(うたまる) シグシグ様、いえいえ、此処は明命ちゃんに頑張ってもらうしか(w まぁ現時点で、もう危ない娘がいたりしますけどね♪(うたまる) 2828様、むろんです。 そのために、出番を減らしていたわけですから……ネタが無くなってマンネリ化を防ぎたかっただけかもしれませんが(汗(うたまる) 320i様、原作でも、そう言った所があると私も感じています。 随所随所で、一刀がフォローを入れていたようですが、この外史ではどうなって行くか、これからを見守ってください(うたまる) 萌香様、喜んでいただけたようで嬉しいです。これからもよろしくお願いいたします(うたまる) hokuhin様、おまけは作者が出ている時点で何でもありです(w(うたまる) 赤字様、少なくとも舞いで評価が深度6千bから深度5千bぐらいは浮上したかと(ぉw(うたまる) はりまえ様、それもあっての蜀行きとなりました。 そう色んな意味で♪(うたまる) poyy様、適当な所で切るつもりではありますが、ネタとしては面白いかなぁと思っています。(うたまる) GLIDE様、其処までやると内容がだらけそうだったので、結果のみ会話で分かるようにして話を進めました。 その方が色々想像力が膨らむかなぁと言う狙いもあります(うたまる) ヒトヤ犬様、何処までやるつもりではありませんが、そんな事など考えていないでしょうね。それが真の愛紗ですから(汗 でも、守護者としては当然の考え方だとは思います。(うたまる) よーぜふ様、思春の場合例え内容が大したものでなくてもああいう行動起こしそうですよねぇ(w 羞恥心一発岩をも両断の人ですから(w(うたまる) 一刀の種馬パワーを封じる?そんな事は無理でしょう(笑)、何人が落とされるか?どれほど蜀の娘たちの心が成長するか?次回が楽しみです。(シグシグ) 愛紗は盲目的なまでに頑なというか、視野が狭いというか・・今後どうなるんですかね。気になります。種馬スキルを抑えることは・・・あれ?押さえ役になるような人が蜀にいないような?w(Sirius) また明命の出番(台詞)が・・・・・・・・・・・これから増えるんですよね?(チラ(2828) www(萌香) 一刀と明命が蜀に出張か・・・ここから明命√になるのかな? ところで最後のおまけで一刀人形作ったのが思春っておかしくないかな?(hokuhin) いつか関羽も一刀の評価を改めてもらいたいものですな(赤字) このまますんなりいくとは思わないけど、何より認識を蜀は改めた方がいいな。(黄昏☆ハリマエ) 最後のはこれからも続くのかな?www(poyy) 最初は一刀の台詞で始まると思ったけどまさか愛紗とはw翡翠じゃなくて思春とはww予想外です^^(GLIDE) 3Pの関羽は利用するだけなら一刀を殺すようなことを言ってましたがそんなことをした後どうなるかちゃんと考えているのかな(ギミック・パペット ヒトヤ・ドッグ) ・・・2828w 思春さんこれは照れ隠しなのかな?かな? まぁとりあえず、一刀がどう蜀陣営の中で動いていくか楽しみです(よーぜふ) |
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