少女の航跡 第1章「後世の旅人」20節「救いの手」
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 ロベルトの放った銃弾の銃声が轟き、それはゴブリンの鳴き声、騎士達の掛け声をかき分

け、響き渡った。そして、ゴブリン達の間にほんのわずかな隙が出来る。皆の注意が、ロバート

の銃声へと向かった。

 

 私は、彼が跨っていた騎士の馬に飛び乗った。ロベルトは、馬をゴブリンの軍勢の中へと飛

び込んで行かせた。

 

 騎士の馬は、軍勢に飛び込んでいく事に、少しの恐れも見せない。自分よりも体格の小さな

ゴブリンなど、何の障害でも無いのだろう。石畳を蹄が打ち鳴らし、一気に飛び込んだ。

 

 それに合わせ、ロベルトの銃が唸る。彼は馬上でも銃を巧みに操る。弓矢を引くゴブリン、剣

を持ち、飛び掛かって来ようとするゴブリン達を次々と撃ち落とす。

 

 私達の乗った馬はゴブリンを踏み倒して行く。まるでかき分け、乗り越えるかのようにして、ゴ

ブリンの軍勢を突破した。

 

 たとえ私達が突破し、城に到達できたとしても、ゴブリン達の注意は中庭の騎士達にあるよう

だ。こちらになど深く構ってこない。

 

 中庭を抜け、私達はロベルトを先頭にして《ヘル・ブリッチ》城内へと侵入しようとする。重々し

い扉が塞いでいた。奇妙な紋章が描かれた両開きの鉄扉が、行く手を塞いでいたが、それを

ロベルトが開く。激戦が繰り広げられている中庭を、私達は後にした。

 

 扉の先に広がった大広間。無骨で、しかも無機質な造りだった。石が剥き出しの石造りで、

そこには装飾が無い。絨毯やシャンデリアなどというものもない。ただ、石が形を形成している

だけ、そんな光景だった。馬に乗ったまま、私達はその内部へと侵入する。

 

 入り口の扉が後ろで閉まってしまうと、中庭での騒ぎは、ほとんど遮断されてしまった。妙な

静けさが漂う。

 

 古い城である割には、かび臭い匂いもしないし、埃っぽくもない。

 

 人がいる。その気配を私は感じていた。この城は打ち捨てられた廃墟などではなく、この場に

住んでいる人か何かがいる、その証拠だった。

 

 ロベルトは、一人先に、広間の中を進み始めていた。私は、そんな彼の後を追う。

 

「あの…。王様はどこにいるんでしょうか…?」

 

 私は先を行く彼に尋ねていた。

 

「さっき、城の東側に高い塔が見えた。そこだろう。その搭の最上階に幽閉されていると思う」

 

「根拠は無いんですか…?」

 

 私の方を向かずに答えて来るロベルトに、疑いながら尋ねる私。彼はどんどん大広間を進ん

でいた。彼の目線の先には、上階に上がる階段があった。

 

「人間の気配があったような気がする。勘だろう」

 

「はあ…?」

 

 そのように言う割には、彼の行動は確信があるかのようだった。

 

「とにかく急ぐとしよう」

 

「はい」

 

 そしてロベルトは、《ヘル・ブリッチ》城塞の中で馬を駆り出した。蹄が石造りの床に鳴り響く。

 

 城内は、不思議と人がいるようであるというのに、誰かと出くわすと言った事は無かった。あ

まりに不自然な程だ。さっきは、あれほどのゴブリンが城の中にいたであろうに、城の中は静

まり返っていた。気配はあるのに。

 

 ロベルトは、馬に大広間にあった大階段を上らせ、さらにその先の廊下の奥の方まで駆けて

く。

 

 そもそも、この城自体、王国の城程の大きさがあり、しかも石造りという重厚さ。それだという

のに、私が見た限りでは、谷間にかかるたった一本の橋だけで支えられているから不思議だ

った。崩れたりしないといのか。

 

 石壁に覆われた廊下を走り、狭い通路を2回曲がった先に、搭へと通じている階段があっ

た。螺旋階段となって、それは城の下から上へと伸びている。

 

「あったぞ。ここだ」

 

 落ち着いた声で私にそう言ってくるロベルト。だが私は、取り立てて嬉しい様子も、何も見せ

られなかった。

 

「どうした…?」

 

「あの…。もしかしてあなたは、この城の中の構造を知っていたんじゃあないですか…?」

 

 そのように、私はロベルトに対し、素直に感じていた事を尋ねていた。

 

「どうしてそのように思うのかな…?」

 

 彼は、特に感情を表すような事も無かった。ただ私と目線を合わせ、そう質問して来ただけ

だ。

 

「…、まるで、この城の構造を知っているかのような、あなたはそんな風に馬を走らせてここま

で来ました。それに、誰とも遭わないような所を通ってきたから、私達は誰とも出会わなかった

んじゃあないんですか?」

 

 私は、今までロベルトに対してこのような事を言った事は無かった。

 

 彼の素性は知らなかった。だが、たった一人の私を見守ってくれている、それだけで十分だ

ったのだ。今までの3ヶ月間は。いつかは話してくれるだろう。そう思っていた。でも、ここに来

て初めて、彼の正体が気になってしまっていた。

 

「それが今、大事な事かね?」

 

「いいえ。ただ、気になっただけです…」

 

 私は彼とは目線を外してそのように答えた。

 

「私も君も、ここに幽閉されている王を救出するつもりでいる。面倒な事は少ない方が良い。そ

れだけで十分なのではないのかな?」

 

「ええ、そうです。ですから…」

 

「私の事については、またいずれ話そう。だが、今は、先を急がねばならん。それに、この急な

階段では、馬は登れないな」

 

 そう言って彼は馬から降りた。

 

「こんな所に置いておいて、大丈夫でしょうか…?」

 

 私はロベルトが乗ってきた馬を見上げて言った。

 

「なに、私達は手早く事を済ませ、ここに戻れば良い。それに騎士の馬だ。何かあったら自分

でどうにかできるだろう」

 

 ロベルトはそう言い、目の前の螺旋階段を登り始めた。乗って来た馬の方は、置き去りにさ

れようとも、とりたてて慌てるような様子も見せていない。平気だろう。少なくともすぐに戻ってく

れば。

 

 私も彼に続く。近いうちに、ロベルトは自分の素性を明かしてくれると言うのか。正直、謎だら

けに思えてくる彼の正体。言葉数も少なく、過去なども無いかのように思えてくる彼が、正体を

明かしてくれるというのか。

 

 それは私の好奇心をくすぐるような事でもあったし、どこかしら怖いような事でもあった。

 

 ずっと続いていく螺旋階段を、私達はとにかく上へ上へと登って行った。石造りの頑丈そうな

搭はかなりの高さがあるらしく、登っていくだけで息が切れる。だが、ロベルトは階段を一気に

駆け上っていた。

 

 この搭に王が幽閉されている。ロベルトの言う勘は正しいのだろうか。ただ、牢獄にしようと

思えば、できてしまいそうな構造のようにも見える。

 

 やがて搭の外周の部分に、重厚な鉄扉が現れ出した。それは上部へと登っていく螺旋階段

に等間隔で設置されていた。

 

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 だがロベルトはそれを無視し、階段を更に上へ上へと登っていく。

 

「王は恐らく一番上だ。どうせ側近も含め全員救出するのだから、彼から助けよう」

 

 そう言った直後、彼の目前で螺旋階段は終わり、石の壁が現れていた。

 

「捕らえられているならば、ここだろう…」

 

 螺旋階段の突き当たりにあった、一際大きな鉄扉。ロベルトはその扉を探りながら言った。

本当にここに王が閉じ込められているのかと疑いたくなるが。

 

 だがやがて、扉の向こう側から声が聞えてくるのだった。

 

「そこに…、誰かいるのかね…?」

 

 鉄扉によって、声は小さく遮られていた。だが、その年老いた男の声は、私の聞き覚えのあ

る声だった。

 

「エドガー陛下? そこにいらっしゃるのですか?」

 

 私は、扉の向こう側に向かって叫びかけた。

 

「その声は…? ブラダマンテ・オーランドじゃな?」

 

 紛れもない、エドガー王の声が扉の向こうから聞えて来ていた。

 

「やはりこの場所だったな…?」

 

 と言うロベルト。だが、私の彼に対する疑心は更に深まった。

 

 私はロベルトの顔を覗き見た。彼は、ほとんど一回でこの王が捕らえられている場所を探り

当てていたのだ。

 

 だが彼は、わざと私がそう思わせるように、疑われてもいいかのように行動している、そのよ

うにも感じられたから不思議だ。

 

 まるで自分からは言えないが、私に正体を感づいて欲しいかのようだ。

 

 今まで素性を完全に隠していた彼が、少しずつ本性を明かそうとしている。

 

「問題は、この扉をどうするか、だ」

 

 ロベルトはそんな私の態度を、無視するかのように言った。

 

 実際、今はそれどころではない。捕らえられたエドガー王は目の前にいる。ロベルトの助けで

この場所に来られたは良いが、肝心の扉を開ける事ができない。

 

 外側からかんぬきが掛けられているのではなく、重さだけでも5キロ近くはありそうな、重厚な

錠前がかけられていた。

 

「そちら側から開ける事はできんか…?」

 

 扉の向こう側から王が私に尋ねてくる。

 

 だが、錠前はしっかりと掛けられている上に、扉には隙間一つも無かった。針の先ほども通さ

ない壁と扉だった。

 

 しかしそこへ、扉の向こう側から、音が聞こえてきた。

 

 羽ばたく音が聞こえてくる。それも鳥が羽ばたくような軽い音ではない。風が大きく動かされる

巨大な音。そして、地鳴りを思わせる息吹までもが聞えてくる。

 

「これは…」

 

 扉の向こうで、王は思わず呟いていたようだ。

 

 私達のいる搭の内側の螺旋階段には窓は一切なく、外の様子は伺う事ができない。だが、エ

ドワード王に対し、何が迫っているか分からなかった。

 

「王様、何があったんです?」

 

 私は、鉄扉を叩き、王の方に必死になって呼びかけた。

 

「ブラダマンテ…、そこにいるのか…?」

 

 だが、相反した声が扉の向こうから聞えて来た。それは、カテリーナの声だった。

 

「おお…、あなたはカテリーナ…? しかし、これは一体…?」

 

 扉の向こうで、今、王はカテリーナと共に何を見ているのか。重々しい息遣いには嫌な予感

だけを感じる。

 

「今はぐずぐずしている暇はありません。それに助けもいります。そこの扉を壊しますから、扉

から離れていてください。ブラダマンテもその扉から離れていてくれ」

 

「おお…、分かりました」

 

 王がそのように言い、私も何が何だか良く分からないまま、重厚な鉄扉から離れた。

 

「もっと離れていなさい」

 

 ロベルトが私の肩を掴み、そう言って来るので、私は彼と共に螺旋階段を数段降りた。

 

 次の時、巨大な咆哮、重々しい地響きのような音が聞こえたかと思うと、私とロベルトの目の

前で、鉄扉がこちら側へと吹き飛び、更に壁までもが内側から崩れて来た。

 

 すぐ側にいた私は、その衝撃で倒れてしまい、降って来た埃までも被る形になる。そして見上

げると、その内側から破壊された壁からは、さっき私達が遭遇した、あのドラゴンの顔が突き

出していた。

 

 トカゲを思わせる顔、深緑色の鱗がびっしりと生え、その顔の大きさだけで、人の体ほどもあ

る姿は、紛れもないドラゴン。

 

 私は声を上げて怯えた。

 

 しかし、そんなドラゴンの顔の上から、カテリーナがこちらを覗いて来るのだった。

 

「大丈夫?」

 

「え…、そ、それはもちろん」

 

 思わず私は答えていたが、どういう事かはさっぱり分からない。谷底にドラゴンと共に落ちて

行ったはずのカテリーナが、ドラゴンと一緒に戻ってきている。訳の分からない事ばかりが起こ

る。

 

「一体…、その…、何が…?」

 

 私がそう言うもよそに、カテリーナを乗せたドラゴンは、王の閉じ込められていた牢獄の中へ

と戻っていく。その後には、部屋の方へと大きな穴が開き、塵や瓦礫が崩れていた。

 

 エドガー王のいた部屋は、牢獄としては広めだが、部屋としては狭い。搭の壁は破壊され、

外へと通じている。だが、ここは高い塔の最上階なのだ。

 

「詳しい話は後で。陛下。あなたをここから脱出させます。その為に私はこのドラゴンを協力さ

せました」

 

 カテリーナはエドガー王に言った。彼は部屋の中で、ドラゴンに乗った彼女を見上げている。

 

「それは、頼もしい限りじゃのう…」

 

 王は、一週間以上も幽閉されていたにしては、元気な様子だった。老人と言える体、その待

遇はしかるべきものだったらしい。

 

「…、上から飛んでいった方が、目立っちゃうんじゃあ…?」

 

 ドラゴンに協力させたという事が、未だに信じられないものの、カテリーナに意見する私。

 

「だが、今、城の中庭はとても通れる状態とは言えんな」

 

 そんな私にロベルトが言って来る。

 

「じゃあこうしよう。ドラゴンと私が上空で注意を引くから、あんたや陛下は、下からこの城を脱

出してくれ」

 

 素早く考え直し、カテリーナは言った。

 

「この城の周りの警備は、お前達が想像するよりも凄いぞ。わし一人で注意を引き付けるとし

ても足りんな」

 

 ドラゴンの重々しい息遣いが、搭を揺るがしている。私はそれを感じていた。そんな生き物が

喋るのだから、私はその声だけで潰されそうになってしまう。

 

 しかし、カテリーナの方はと言うと、

 

「だからあんたは、もう一体連れて来たんだろ? 私一人で乗っていくのも心配だから、もう一

人ぐらい誰かに来て欲しいな」

 

 と、淡々とした口調でドラゴンに向かって言い、その声や呼吸を初めとする強大なる存在感な

ど、まるで気にもかからない様子だった。

 

「わしらをなめておるのか?」

 

 背中に跨らせているカテリーナへと、ドラゴンはその赤い眼を向ける。

 

「そういうわけじゃあない。安全の為さ。何かあった時、私一人では色々と面倒なんでね。この

城の周りの警備は、私達が想像するよりも凄いんだろう? じゃあ、ますますそう思う」

 

 ドラゴンにいつもと変わらない調子で意見するカテリーナ。まるで恐怖など何も無いかの様

子。馬に乗るかのように跨っている辺りからも、そんな態度が見受けられる。

 

 そんな彼女は、何と無く私の方を向いている気がした。

 

「もう一人くらいって、やっぱり、私が…? 行くの…?」

 

「あんたしかいないよ。だからもう一体連れて来たんだ」

 

 そうカテリーナが答えるのと同時に、打ち破られた搭の壁の向こうから、巨大な影が現れる。

 

 それは、もう一体のドラゴンだった。

 

 

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21.死闘

説明
ある少女の出会いから、大陸規模の内戦まで展開するファンタジー小説です。いよいよ王を救出し、脱出を図ります。
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