真・恋姫無双〜妄想してみた・改〜第二十一話 |
「おおおぉぉぉぉぉ!!」
「うーーっ!にゃーーー!!」
春蘭の放つ大剣“七星餓狼”の一撃は、火山の爆発のような苛烈さを以(もっ)て。
張飛の穿つ蛇矛の一突きは稲妻のような閃きを以て。
互いの武器が火花を散らしながらぶつかり続ける。
その光景はまるで鉄火場のように激しく、蜀の兵士達はあまりの迫力に近づけない。
「ぜぇあぁぁぁぁっ!!」
離れた場所からも聞こえる大音量の剣戟。
体ごと投げ出す至近距離からの横薙ぎが張飛を襲う。
(まだだ……まだ果てんぞ!)
囮の身で残るはもはや私のみ。
予定より圧倒的に早く蜀軍に発見された我らは、すでに私を除く全ての兵が取り押さえられてしまった。
まさに万事休す。だが諦める事は許されない。
華琳様からの最後のご命令。
懐に忍ばした書状を袁紹軍に発見されるまではこの命、くれてやるわけにはいかんのだ!
一撃、一撃が必殺の威力を発揮し合っているにも関わらず春蘭は一歩も下がらない。
「にゃっ! とぉっ! うぅ……片目のお姉ちゃん、今日はすごく気合入ってるのだ!」
すかさずしゃがみ込んで避けた張飛が距離を取りながら感想を述べた。
「さっきから訳の分からん事を……。この五体、一部の損傷もないわ! 傷を負わしたければもっと踏み込んで来いっ!!」
体勢を整えさせる前に大地を蹴って肉迫する。
リーチ差を埋める為、剣の有効範囲で戦うのは勿論だが春蘭が接近戦に拘るには別の理由があった。
戦いの場である長坂橋の空けた空間は射線を遮るものは無い。
それはこの敵軍に囲まれた状況で張飛と離れてしまえば矢による狙撃を受けてしまう事を意味する。
目まぐるしく立ち位置を変え、狙いをつけさせない戦いは体力の消耗こそ多いが一方的な展開にはさせない苦肉の策。
絡み合うようなぶつかり合いは稀代の弓手である黄忠の腕でもなければ援護する事は出来ないだろう。
逆に言えば黄忠が援護に来てしまえば手詰まりになってしまうのも事実。
だからこそ春蘭は張飛との決着を急いでいた……。
「はぁぁぁああ!!」
渾身の力で蛇矛を打ちつける。
「くぅぅっ!」
地面にめり込んでしまうのではないかと錯覚するほどの衝撃。
張飛はそれに耐え、剣の当たった部分を支点に石突を振り回し頭部を狙う。
「甘いわ!」
大剣を滑らせ、地に伏せる形で蛇矛の軌道から外れる。
そしてしゃがんだ勢いを活かしての高速突きを放つ。
「そっちだって!」
常人なら反応できない距離と速度を持つ突きを、蛇矛を更に回転させ剣を横殴りにして弾き飛ばす張飛。
(なんたる反応速度だ! こいつは獣か!?)
逸らされた勢いのまま横に付けるが思った以上に手強い。
まるでこちらの動きを知っているかのような立ち回りだ。
「だが、退くわけにはいかん!!」
「もー! 鈴々たちはお姉ちゃんや曹操を傷つけるつもりはないって言ってるのに! いいかげん落ち着いて話を聞いてほしいなのだ!」
「貴様が言っても説得力が無いわ!」
振るう大剣を以て返事とした。
「うにゃっ!?」
「情けをかけられるのは至上の侮辱。我らは我らの誇りで華琳様の示す覇道を付き従うのみよ!」
激しさを増す剣の嵐。
絶え間無い連撃は過去の記憶から春蘭の動きを見切ったはずの張飛を押さえ込む程、重さと速度を増している。
「わ、わわわっ!」
「そして! ここで貴様に負けるのはなぜか納得いかんのだ!!」
「にゃっ!!?」
対応し切れず防御の薄くなった瞬間を狙い武器を打ち上げる。
思わず蛇矛を握り締め、衝撃に耐えるがそれが徹底的な隙となった。
豪撃は僅かに体を浮かし、張飛はかわす事も受ける為に踏ん張る事もできない。
「もらった!!」
ようやく掴んだ勝機。
(恨みは無いが全ては華琳様の為だ。悪いがこのまま死んでもらうぞ)
不可避の張飛に狙う横一閃。
勢いも十分。この距離なら外す事も無い。
(斬って捨てたらすぐさま死体を盾に、北に向かって包囲を突破しよう)
すでに疲労が濃いこの身にはきついがどうせ死に行くのだ。無茶も道理も気合で吹き飛ばしてくれる。
勝利を確信し、これこそが怨敵の狙いだとは気付かず次の行動に移ろうとする春欄。
手を取り合うはずの二人を断絶する時がすぐそこまで迫る。
――しかし。
「そうは問屋が卸さぬよ。夏侯惇殿?」
必殺の一撃は横から打ち下ろしで阻まれた。
数瞬ののち、着地した張飛は間を入れず飛び退き大きく距離を空ける。
「星!? どうしてここにいるのだ!?」
「なに、こちらの事情が変わってな。苦戦するであろう鈴々を援護しに来たのだがな」
星と呼ばれた少女。趙雲は自身の得物である「龍牙」を構える。
「いやはや、予想以上の活躍ではないか?“魏武の大剣”夏侯惇殿。燕人張飛をここまで追い詰めるとはまっこと恐れ入った。名に恥じぬ勇猛さですな」
感心したかのように頷く趙雲は素直に感想を述べた。
「べ、べつに鈴々負けそうになってないのだ! ちょこっと油断しただけでこれから反撃するところだったのだ!!」
慌てて再度、武器を構え直す。
「負けるとまで言ってないのだがな……そうか、そこまで苦しかったか」
「にゃっ!? いじわるなのだ!!」
「はっはっは、まあ許せ鈴々。……手こずるのはよく分かるぞ」
正面の相手を伺う。
五虎将軍二人を前にしてもまったく気にした様子は見えない。
むしろ気力が充実しているのではないか?
肩で息をしているにも関わらず、瞳に闘志が漲っている。
春蘭は覚悟を決めた。
(……あの方は出来る限り生き残る方法を探せと仰ってくださったが……。
“燕人”と“昇り龍”相手ではどうにもそれは無理そうです。ですが任務は必ずや完遂してみせましょう!!)
――全身全霊を賭けて!
「うぉおおお!!」
地が響くほどの踏み込みで趙雲の首を狙う水平斬り。
それを後ろに半歩下がり避ける。が、見切ったはずの一撃に髪の数本が犠牲になる。
「……本当に予想以上だな。手負いの獣は凶暴という良い実例だ」
はらりと宙を舞う毛髪。
「鈴々。全力で同時にかかるぞ。よいな?」
「うー……本当は一人でやれるのに」
しぶしぶと蛇矛で牽制しながら春蘭の後ろに回ろうとする。
「くっ……」
先のような至近距離に持ち込もうにも視界が狭まっては反応が遅れてしまう。
もう一度、必殺狙いで仕掛けるか?
そう思い始めたところで、趙雲の一言が張飛を含めた二人に静止をかけた。
「本来なら我が蜀にて便宜を図る算段だったのだが、すまんな夏侯惇殿。これも乱世の定めとして諦められよ」
「え……どういう事なのだ星!? “だった”って、なんで過去形なのだ!? まさか片目のお姉ちゃんの命を取るつもりなのか!?」
「……二人とも、よく周りを見てみろ」
「なんだと?」
油断なく言われたとおり見回してみる。
周囲には変わらず大量の兵が円を描くように並び立つ。
そこには命を賭して付いて来てくれた魏の兵達が捕らわれ――
「っ!? 貴様らあぁぁぁっ!!!」
血溜まりに沈む姿があった。
「ど、どうなってるのだ!?」
困惑する張飛と怒れる春蘭に趙雲は冷静に答えた。
「もっと良く見ろ二人とも。臥せた者の近くにいる人間の鎧を」
咎められて視線を上に向けると血に塗れた剣、鎧が視界に入り、そしてさらに上、赤に染まらなかった鎧の色が露になる。
金色の装い―先の戦いの勝者―袁紹軍の兵士が居並んでいた。
突然の凶行なのか、元にいた蜀軍の兵士は硬直して隙を見せている春蘭へ矢を絞る者がいないほど、整然としきった光景が広がる。
「こいつらがやったのか!?」
「そうだ。こちらの有無を言わさぬうちに、な……。しかもそれだけでは無いぞ」
今度は橋の対岸へ目配せする。
そこには黄忠率いる緑の旗だけではなく、ここと同じ金の旗が揺らめいていた。
「我ら共々囲まれてしまっている。……袁紹め、始めから戦争を起こすつもりだったということだ」
唇を噛み、忌々しげに言葉を漏らす趙雲。
今や蜀軍は逆に兵力で勝る袁紹軍に包囲される形になっていた。
もし彼らが攻撃を仕掛けてくれば大損害は免れないだろう。
張飛達は一転、狩られる側の人間に回っていたのだ。
――民の信用や求心力を失わせない為に袁紹はこちらと戦う理由を探している――
民がいなければ食べる事もできず、兵の補充も出来ない。
民衆のモチベーションの向上は国力の増加と密接な関係がある。
故に曹操は蜀領へ逃げ込み、互いを戦争させ再起を図る時間を稼ぎ、袁紹は追撃という格好の理由を得るはずです。
稀代の軍師、諸葛亮の言はこの乱世において当然の答えといえる模範的なものに違いなかった。
予想は正しく、本来ならばここで内密に曹操軍を匿い、過去の記憶を打ち明けたあと共に手を取るはずだった。
だが、袁紹軍。
否、“あの女”の狂気は民草の心など最初から思考に入っていなかった。
所詮は用意しただけの舞台、脇役がどれだけ文句を垂れようが関係などない。
「さっさと始末しろ。趙雲」
「なっ……貴様は!!」
声に釣られて振り返ると何時の間に現れたのか、銀髪の女性が近づいてきている。
曹操の策を悉く見破り、数々の屈辱を味わわせられた元凶、左慈が見下した口調で喋る。
「躊躇するな。情けを掛けるな。命令に逆らうな。貴様は黙ってそれを殺すんだ」
「お前っ! いきなり出てきて何を言い出すのだ!!」
春蘭から注意を逸らし、左慈と向かい合う張飛。
殺気に晒されているはずの左慈は気にも留めずに先を促す
「早くしろ。黄忠の身の安全、これ以上は保障してやらんぞ」
「……分かっている」
「まさか……紫苑が捕まっているのか!?」
「……如何にも」
「……こいつっ!!」
張飛の怒りはもっとも。北側で捕縛された黄忠を代価に左慈は春蘭の命を要求してきたのだ。
聞き届けられなければすぐさま殺すと脅されて……。
「女になっても相変わらずの外道だな、左慈」
春蘭は吐き捨てるような口調で相手を睨む。
「……」
答えず、そのまま見つめ返す。
「だが、好都合だ」
趙雲の言葉を信じるならこの書状はもう必要ない。
任務は果たされたと考えていいだろう。
(だから、華琳様……。生き延びる旨はお忘れください。この夏侯元譲、命を賭して仇を討ちたいと存じます)
「左慈!! 覚悟っ!」
弾丸のような速度で飛び出す春蘭に、趙雲は一瞬躊躇う。
(もしここで左慈が倒れれば紫苑は……)
死ねば向こうの兵に気付かれる前に救出しなくてはならない。
うまくいけば丸く収まるのでは?
そんな幻想を少なからず思う。
戸惑いは致命的で、すでに大剣は振るわれ真っ直ぐ唐竹割りの軌道を描いている。
何人もこれをかわす術はもたないだろう。
この場にいる全員が確信するほどの見事な軌跡。
―だが。
「“縛”」
左慈は瞬きすらせずに、むしろ手すら触れずに動きを止めてみせた。
「がっ!?」
ピタリと、急制動が掛かり剣は左慈の眉間数ミリ手前で停止する。
(なにが起こった!?)
あまりに無理のある制御に、春蘭の腕の筋肉が耐え切れず断絶し激痛が走るが構わず相手の目を睨む。
無表情。否、徐々に裂けたような笑みが浮かぶ。
「……放て」
「うっ?! がぁぁ!!?」
「夏侯惇殿!」
「片目のお姉ちゃん!」
……次なる悲劇は彼女の光を奪った。
矢はどこから放たれたものか、眼球に突き刺さり止め処なく血液は流れていく。
あまりの激痛に思わず膝を着きそうになるが、気合でねじ伏せる。
(まだ、まだわたしはっ!)
「……醜い、な」
―ブチブチッ
「っがぁぁぁぁぁぁぁぁ!!!!」
躊躇無く刺さる矢を引き抜く左慈。
引き出された眼球にはさっきまで繋がっていたはずの神経や血管がどろりと糸を引いている……。
「うっ……」
見る者ほとんどが生理的嫌悪感に口を押えるなか、矢を持つ女は嬉しそうに笑っていた。
「なるほどな……ククッ。狙いはつけさせていなかったがやはりこんな結果に繋がるか。“事象の収束”か、面白いじゃないか。ク、ハハハッ」
笑いもそのままに矢を放り、春蘭を蹴り飛ばす。
「ぐふっ!」
「“操”」
またも体の自由を奪われ、今度は地面に膝を着き、首を投げ出す形を取らされる。
日本でいう介錯の姿勢。口の自由も奪われたのか掠れた声しか出ていない。
「さて、趙雲。お膳立てをここまでしてやったのだ。早々に片を着けろ」
「……」
―無言で槍を構え、春蘭の側に立つ。
「星!!」
(勝てぬ……。この場に置いては左慈とやらは全てを掌握している……。空気、立ち位置、生殺与奪を含めて。
逆らえば迷い無く紫苑を殺すだろう。それこそ、蟻を踏み潰すような気軽さで)
「……貴方自身は手を出さないのですかな?」
精一杯の抵抗。
よもや怖気づいているわけではないだろうが、どうにも気になった。
“夏侯惇を殺すときは首を綺麗に残せ”
“殺すのは私達五虎将軍の一員のみ”
接敵して間もなく、この妙な条件を付加され疑問を抱いていたからだ。
なにがツボに入ったのか、無表情に近かった左慈は先の笑いから更に大きく歪んだ笑みを見せる。
「クク、貴様らだから意味があるのだ。どうせなら悲劇はいろんな人間を巻き込んだほうがよりドラマチックになるじゃないか!」
(!? こやつ……天界の言葉を……)
以前聞いた覚えのある単語に過去の記憶が再生される。
確か感動的とかそういう意味合いだったはず。
妖術といい、この女……もしや主に関わり合いのある人間では……。
疑問を口に出そうとして息を呑んだ
左慈の視線はこちらに、手は張飛を向いている。
「な、なんなのだ!」
「早くしろ。最後通告だ」
狂笑と冷酷 切り替えたかのように表情が入れ替わっていく。
従わなければ無理にでも実行させる。
暗にそう言っているようなものだ。
「……承知」
「星っ!」
許せ鈴々。おぬしにこんな所業は見合わぬ。
意味も無く、強要される殺人の咎を負うのは私だけで十分だ。
構えた槍を大きく振りかぶる趙雲。
「………………すまぬ」
「がっ……ハァ………グッ……」
首を動かせず声も出ないというのにまるでこのまま飛び掛ってくるのではないかと錯覚するほどの殺気が放たれる。
しかし心を決めた趙雲はそれらの全てを受け止め、指先に力を込めていく。
(恨むなら、この女と私だけにしてくれ)
ゆっくりと息を吐く。
狙うは首筋。握る掌に汗が滲み出し、数瞬の躊躇いの後―――
「――――――ハッ!!!」
避けられなかった悲劇の刃が、垂直に落ちた。
ゴトリと不快な音を残して……。
「北郷? 一体どうしたのじゃ?」
馬超と馬岱の部隊をうまく誘導し、順調に雑木林を駆け抜けているとふいに違和感を感じた袁術は前に座る一刀に声をかけた。
トロンベ(セキト)は乗馬に不慣れな袁術の負担を最小限にする為と、迫る追撃を出来る限り引き付けるために普段より大分スピードを落としている。
なので聞こえないはずは無いのだが、一刀はまるで反応を示さず正面を見つめたままだ。
「返事をせぬか! こらっ!」
無視されたのが気に障った袁術は器用に背中によじ登り、顔を伺った。
「……北郷?」
肩越し見えるのはどこか青ざめた表情をした一刀。
あまりの真剣さに袁術は言葉を失い、無言のまま元の位置に戻っていく。
(突然何が起こったんだ?)
その疑問は一刀自身にも分からなかった。
ただ胸の中に去来する正体不明の焦燥感が先を急がせ、思考が痺れた様に緩慢になる。
いくつもの木々を抜け、丁度風が予想した春蘭が留まるであろう場所の半ば、張飛が陣取った橋に差し掛かった辺りで目の覚めるような甲高い激音が響いた。
(これは……剣戟?)
矢継ぎ早に鳴る音は規模こそ規格外だが訓練などで聞き慣れた金属音によく似ている。
まさか戦闘が起こっているのか?
だとするなら一人は確実に春蘭だろう。……嫌な予感がする。
音源に近づくにつれ、手綱を持つ手が震え、どんどん気分も悪くなってきた。
悪寒さえ伴うこの感覚、以前何処かで……そう、あれはまだ聖フランチェスカにいた時。
夕暮れの道場で一人素振りをしていたところに押し寄せた、突端にしておぞましいまでの殺気と同質のもの。
つまりこの先にいるのは―――
「……ぐっ」
まだ姿は確認できない。
やがて剣戟の音が止み、辺りに配置された蜀軍の数が多くなってきた。
(まずい!まずい!!まずい!!!)
予感が現実へスライドしていく。
「―――セキト!」
演技も陽動作戦も何もかも捨てて大声で叫ぶ。
「全速力だ! 俺達に構わず全開で敵陣に突っ込んでくれっ!!」
「北郷!?」
「袁術、君は馬具の方をしっかり掴んでおくんだ。いいか、絶対力を緩めるなよ!」
「ま、待たんか! 理由くらい話してもよかろう!」
「後にしてくれ……セキト、いけるな?」
俺の焦燥感さえ感じ取ったのか、応えるように嘶くセキト。
制限した走りから本来の走りへ急加速。
踏みしめる地面は一歩進む度に抉れ飛び、流れる景色はあまりの速さに尾を引き、視認すら出来ない。
上半身が後ろに引っ張られる感覚はまるでジェットコースターのようだ。
それは後ろから追いかける馬超達ですら諦めてしまうほどの速度を出している。
まさに赤い竜巻。“馬中の赤兎馬”と歴史に名を残すに相応しい走りだ。
群れ成す蜀軍を吹き飛ばし、徐々に悪寒のする場所へと接近していく。
やがて一際層の厚い人垣が遠目越しに見えてきた。
(あそこが現場か! 突入しようにも人が多すぎるな……だったら!)
「袁術! 思いっきりしがみついてろよ!」
「ええいっ! どうにでもなればよいのじゃ!」
なかばヤケクソ気味に答える袁術の返事を聞いて自分の覚悟を決める。
「セキト……頼むぞ!!」
足で腹を蹴り合図をする。
再び嘶くセキト。更に加速していく蹄の音は先の剣戟にも負けないほどの炸裂音を叩き出し、人垣に突っ込んでいく。
そのおかげで静寂に支配されたはずの蜀の兵士達は自分に迫る脅威にようやく気付き、おもわず道を開ける。
当然全ての人間が避けられるわけではなかった。進むほど前方の雰囲気に呑まれ身動き出来ない人が増えていたからだ。
だが、一刀は止らない。また戸惑う様子も見せない。
やがて腰を抜かした兵士が恐怖のあまり動けず進路を防ぐ手前で、もう一度腹を蹴り檄を飛ばす。
「―――飛ぶぞっ!!」
「ぬわあああ!?」
以心伝心したセキトはその巨躯をものともせずに飛び上がった。
横に流れていた景色が斜めに走り、胃が持ち上がる程の浮遊感に包まれる。
蜀の兵士はあまりに非現実的な光景に目を奪われるだけ。
人の身長を軽く超える2メートル強の大跳躍はぐんぐんと距離を伸ばし人の群れを上から横断していく。
途中、木の枝が頬を打ち血が滲むが気に止めずに前だけをはっきり見据える。
ジャンプの頂点を越えた辺りでようやく木々を抜け、一気に視界が開けた。
橋の手前に広がる開けた空間。そこを囲む軍勢と中央に数人の女が見える。
この場に似つかわない小さな少女が身を縮こまらせ、白い女が眺めるように立っている。
横にはしゃがみ込んだ女性のすぐ脇で槍を天高く構えたまま静止する青い髪の女性。
確認できたのはここまで。
だけど心が叫んだ。
舌を噛むのも構わず大声を上げる。
正体不明の焦燥感の原因はこれだったのだ。
頭で思考するより早く、反射で叫んだ。
「やめろぉぉぉッ!! 星ィィィィィィィ!!!」
―――それは絶叫。
絶望をはらんだ雄叫び。
白い女が望んだ悲劇への開幕ブザー。
2秒にも満たない短い跳躍は決定的で、セキトが着地したその時―――
「やめろぉぉぉッ!! 星ィィィィィィィ!!!」
その声が耳に入ったその瞬間。
私の両腕はびくりと動きを止めた。誰からの声だと判断する前にだ。
左慈の妖術によって操られた夏侯惇殿のように、己の意思とは無関係に力が一気に逆方向に動こうとする。
強制ではない胸の奥で何かが必死で訴えかけているからこその奇跡。
故に理解より圧倒的に早く、体だけが脊髄反射を起こす。
びきびきと筋肉と神経が裂かれる異音と苦痛を無視して全てを振り絞る。
この者は斬るべきではないと。
全身全霊をかけて抗ってみせた。
―だが、もう遅い。
振り落とす槍の勢いは止らない。
せめて苦しまぬよう全力で力を込めた一撃は加速し続け、後はそのまま慣性によって落下する。
それが道理。
打ち下ろしの基本である最初の加速はとうに終わっているからだ。
後悔と驚愕は槍が首に触れるまでの時間を引き延ばし、槍の軌跡がはっきりと視認できる。
目に映るのは我が愛槍と首を投げ出す夏侯惇。
ゆっくりと刃は首筋に近づき、肌に食い込む。
次の瞬間。いや、私にとってはごく短い時間とはいえ。
理解できてしまった。切り離された肉塊が。
ゴトリと不快な音を残して――
――目の前に転がる様を
赤は赤でも“それ”は深紅。
人体に流れる赤き血潮。
不快な音の前に鳴り響くは金属音。
趙雲の槍は吹き飛ばされ、遥か後方へと投げ出される。
あまりの唐突さに、次に聞こえたゴトリという音は殊更よく耳に入った。
血溜まりに沈んでいく人の腕。
続く音は流水。
否、血飛沫の水音。
この場にいる全員が呆気に取られ、呆然と視界に入るのは真っ赤に染まる白装束と地面に落ちた女の片腕。
だが女だけは自分のものである腕を見ていない。
不可避の斬首が回避された原因を忌々しく見つめるのみ。
赤は赤でも“それ”は深紅。
大陸全土に名を轟かせる武人の御旗。
この場を支配していた左慈の思惑の外から放たれた流星は地面に突き刺さり、存在を主張した。
惨劇回避の正体は彼女の代名詞とも言える武器であり、運命すら切り裂いてみせた天下無双の大業物。
其の名は―
―――――――――方天画戟。
説明 | ||
第二十一話をお送りします。 ―命運尽きた魏武の大剣― 開幕 そろそろ拠点を書いていきたいと思うんですけど いかがですかね(=ω=;) |
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コメント | ||
PONさん>うわーい!ヽ(゚∀゚)ノありがとうございます!(よしお) これは熱いw賞賛を送らざるを得ないw(PON) 神龍白夜さん>キタ-(゚∀゚)-!!(よしお) 320iさん>ウオォォオオオ!恋〜〜〜〜〜!!!(よしお) よーぜふさん>熱い展開でしょう!私もここの場面好きですw(よしお) 恋キターーーーーーーーーーーーーーー!!!!!!!!(リンドウ) ・・・恋、キターーーーーーーっ!! やっべ、すっごい武者震い?したっす!w(よーぜふ) |
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