幽かの暇と摂理 |
魂魄妖夢は広大な庭を歩き、主の住まう屋敷へと戻っていく。
日も暮れつつある。今日の庭の手入れはここまでだ。
ここには一体何本の桜が植えられているのか、その正確な数は妖夢は知らない。何度か数えてみようと思ったこともあったが、そのたびに断念した。八雲藍に聞けばあっという間に算出してくれるような気もするが。
もっとも、藍が教えてくれる答えが本当に正しいか、自分の目で確かめてみないことにはきっと気が済まずに数えるのだろう。それなら結局自分がやることは変わらないのであまり意味はない。なので、まだその質問はしていない。あるいは、どんなに拙い方法でも自分で挑戦してみたいのかも知れないと思う。
ふと、妖夢は遠く……視界の端に入った西行妖を見上げた。この広大な庭の中でも、その巨大さと、どこか異様な雰囲気で一際目立つその妖怪桜は、ある意味でこの庭の主のように妖夢は感じられた。もし、この妖怪桜が封印から目覚めたのなら、自分のこの小さな考えを嗤うのだろうか?
ただ、そんなことはあり得ない。西行妖は決して目覚めない。先代からは、それが咲く姿は凄い物だったと彼女は聞いているが、それを見ることはない。それが少々、惜しくはあったが。
だからせめて、西行妖の咲く姿を見たいときは、空想の中で妖夢はその満開の姿を創り上げる。そのたびに思うのだが、なるほど、確かにその姿は凄い物であった。
桜の中を抜け、屋敷の姿が見える。
その縁側に、彼女の主である西行寺幽々子が座っていた。傍らにお茶菓子を置いて、お茶を啜っている。
「ただいま戻りました、幽々子様。庭の様子ですが、特に何も異常はありませんでした」
「お疲れ様。妖夢」
平穏で何よりと、幽々子は頷く。
簡単にだが報告も終えたところで一息入れようと妖夢は軽く頭を下げ、屋敷の中に入ろうとする。
「ああ、ちょっと待って妖夢」
「はい、何でしょうか?」
僅かに幽々子は目を細めて見せた。それがなんだか、少し真剣な表情に見えた。
「ねえ妖夢? 明日、あなたには休みをあげるわ」
「え? ええっ?」
妖夢は目を白黒させた。
西行寺家に仕えて長いが、今まで病気になったときくらいしか休みをもらったことは無かった。
それが彼女にとっての当たり前であり、これからも当たり前だと思っていた。新聞の取材の際、射命丸文にはもうちょっとその当たり前を疑ったらどうかと言われたこともあったが。
「あ、あの……私、何かしましたか? もし何か悪い事してしまっていたなら謝りますから」
汗を流して顔を青ざめさせる妖夢を見て、幽々子は苦笑を浮かべた。
「そういうわけじゃないから、安心しなさい妖夢。……そうね、これは私のただの気まぐれよ。後になって厄介事を押し付けようとかそういうつもりも無いわ。だから、明日はあなたの好きなように過ごしなさい」
「……はい、分かり……ました」
どうやら自分に何か非があるわけではないと知り、妖夢は少し安心した。
だが、結局あまりにも突然の話で、どういうことなのか腑に落ちない。
しかし、まあそれならそれでもいいかと妖夢は思った。この主の思いつきは、いつだって到底、自分には理解出来ないのだから。
夕食も風呂も済ませた後、自室で一人、妖夢は頭を抱えていた。
単純に休みを貰えたのは嬉しい。嬉しいのだが果たしてどう過ごそうかまるで考えがまとまらない。
やっぱり、この機会に世話をしている庭の桜の数を数えてみるか? いやいや、到底一日で終わりそうにはない。一日ゆっくりとぐ〜たら寝てみるか? 後で後悔しそうだ。そういえば顕界の庭園を巡ってみたいとも思っていた。庭師として色々と参考に出来ることもあるかも知れない。いやいや、せっかくの休みなのに仕事のことを考えるというのもそれはそれで勿体ない気がする。剣の鍛錬はいつものことだし休むつもりはない、そして一日それに費やす気も起きない。今までの異変で出会った妖怪や人間相手に腕試し……というのも彼女らに迷惑だろう。彼女らは彼女らで仕事や用事があるだろうし。人里でパーッと、というのもお小遣いがないので無理。
やれることは少ない。しかし、それでも精一杯……生まれて初めて貰った休日を有意義に過ごしたい。
妖夢は一生懸命に休日の予定を考え続けた。
そして翌日。
「……まったく、妖夢ったら」
幽々子は苦笑を浮かべた。
その目の前では、妖夢が布団に入って荒い息を吐いている。顔も赤い。休みをどうやって過ごすか考えすぎて熱を出してしまった。
濡れたタオルを額の上に乗せて、妖夢は申し訳なさと悔しさの混じった表情を浮かべた。
「すみません、幽々子様。せっかくお休みを頂いたのに、こんな事になってしまって……。明日までには、必ず治しますから」
「いいのよ。ゆっくり休みなさい」
幽々子の優しい言葉にも、妖夢の心が晴れることはなかった。
「妖夢はそんなにも、お休みを楽しみにしていたのね」
こくりと妖夢は頷いた。
「じゃあ妖夢、今日は布団の中に入って、どうやって過ごせば楽しかったか精一杯想像しなさい。それも、きちんとその想像で精一杯楽しむこと」
「はい」
実物よりも想像の方が何倍も大きく、そして美しく、楽しい。そのことを妖夢は幽々子から教えられている。
生真面目な性格の妖夢である。彼女はそれを忠実に実行することにした。実際に経験する休みをつまらない物だとは思わないが、きっとそれよりも有意義で楽しい休みを過ごすことが出来るに違いない。
「ねえ妖夢」
「はい」
「ごめんなさいね」
「……何がですか?」
幽々子からの突然の謝罪に、妖夢は首を傾げる。
しかし、幽々子は微笑むだけだった。
「分からないなら分からなくていいわ。いいえ、分からないのが当たり前よ。でも、私は謝る必要があると思うの。それだけよ」
幽々子の言葉に、妖夢はしばしきょとんとするが、やがて幽々子と同じ様な笑みを浮かべた。
「何のことか分かりませんが。私はいいですよ、幽々子様」
「ありがとう。妖夢」
そして、妖夢は与えられた休日を精一杯楽しむのであった。
妖夢の休む部屋を出て、幽々子は縁側に座り広大な庭を眺める。その視線の先には、西行妖があった。
妖夢が倒れたのは、休日を意識し過ぎて自身の精神に負担を掛けてしまったのが直接の原因ではあるのだろう。
しかし、そうではないと幽々子は思う。
これは摂理なのだ。
妖夢が休んだ隙に、幽々子は西行妖の下に眠っている誰かを……復活が無理ならばその姿を見てみようと、ふと気まぐれに考えてみた。実行に移すかどうかは決めていなかったが。
しかし、その結果がこれである。まさか病気の従者を放ってまで、そんな真似は幽々子にも出来ない。それはつまり、そのような選択肢は幽々子には許されてはいないということ。
春雪異変のときもそうだが、決して成ることのないものというものがある。それは摂理によって許されてはいないのだ。
「そう……やっぱりそういうことなのね」
答えは得た。あるいは、確認したとも言えるのかも知れない。西行寺幽々子は満足げに微笑みながら、もう二度と西行妖に眠るモノを暴こうとしないことに決めた。
―END―
説明 | ||
東方二次創作 妖夢に休みが貰えたようです。 若干、摂理だ何だの理屈に色々とツッコミどころはあるかも知れませんが、あまり大真面目に考えないで頂けるとありがたいです。 煙に巻いていますが……ええ、その通りです(爆 ただ、見れるものなら満開の西行妖は見てみたい気がします。 |
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コメント | ||
恐るべし西行妖。幽々子様が興味を持つのは危険すぎますね。(春野岬) | ||
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