2027 The day after 完結編・起 |
はじめに
この小説は拙作、
「2027 the day after」及び「2027 the day afterオペレーション・ファザーズデイ」
の続編です。出来る限り前二作を読んでからお楽しみ頂く事を推奨します。
2027 the day after 完結編・起
1.海賊たちの受難
「機関室!漏水状況は!?」
「激しく漏水しています!修理が間に合いません!」
とある深海。今一隻の海賊の艦が市民防衛軍の攻撃に晒されていた。
「敵艦、魚雷発射しました!」
「デコイを撃て!発射後アップトリム30!安全深度まで浮上する!」
「デコイ発射します!」
「いいか!なんとしても逃げ切るぞ!」
その後―――海賊掃討作戦は苛烈を極めていた。海賊殲滅作戦を逃れた海賊の艦は100程度と言われていたが、市民防衛軍は実にその半数ほどの海賊を掃討していた。こうなってくると海賊たちの危機意識は相当な物になり、マスターに束ねられていたとはいえ、横の繋がりなど無いに等しかった彼らも自衛のために手を組むようになってきた。この期に及んで海賊行為を続けている者は既に少数派となり、海賊から足を洗った者たちは、それなりに生活を営み始めていたのだが、それすらも許さない市民防衛軍に、ついに反旗を翻したのだ。彼らは集団で行動するようになり、数で市民防衛軍艦隊を圧倒、次々に勝利を重ねて行った。
だが、どんなに潜水艦を沈めても市民防衛軍の戦力は衰えを知らず、いつしか海賊側の戦力は疲弊して行った―――
そしてこの市民防衛軍の暴挙とも言える作戦は各方面に波紋を広げ、ベースもその例外ではなく、陰ながら海賊を支援するという方向でその運営に当たっていた。
ベース内食堂、早朝。
「おーい、優!今日も可愛いな!」
「・・・またそんな、気持ちの入ってない事を・・・」
朝食を取っていた優に呼び掛けたのはケンタという青年。20年前の世界以来の恵介の友人であり、センチュリオンの水雷士※である。
(※筆者注:実機で「知的さなら優だろ」と言っている水雷士。)
「あんたはね、そういう事をその軽いノリで毎日毎日言われたら、嬉しいどころかいい加減うんざりするぐらいの事判らないかな?」
優は語尾を上げる妙なイントネーションで言う。
「そうか?愛してる、って毎日言われたいって話も聞くぜ?」
ケンタは優の向かいに自分のトレーを置き、席に着いた。
「そりゃ、既に愛し合ってる者同士の話で・・・」
「そう、俺はお前を愛してる!愛してるんだよお!」
芝居がかった言い方のケンタ。
「だからね、その言い方に誠意を感じられんのよ、あたしゃ。せめてもうちょっと気の利いた口説き文句考えてみたら?」
優はやれやれ、という風にケンタの軽口をたしなめながらパンの切れ端を口に放り込んだ。しかしその表情は満更でも無さそうである。
「そんなつれない事言わないでさ、そうだ、今度アクロポリスでデートしようぜ!ドーム内の夜景を見ながら・・・そう!そういう状況なら、お前も、私も・・・愛してる・・・とか言っちゃったりなんか・・・ってあれ?」
優はいつの間にかその場から立ち去り、食器を返却カウンターに出している所だった。
「じゃーねー、ケンタ。」
優は振り向きそう言うと、手を振って食堂を出て行った。
「・・・ちぇっ。相変わらず手強いぜ。」
「だめよ、そんなんじゃ。」
その声にケンタが振り向くと、そこにはトレーを持ち、苦笑いを浮かべた愛が立っていた。
「そうか、駄目か。」
「ここいい?」
「ああ。」
今度は愛がケンタの向かいに、優が座っていた席に座る。
「優はね、ああ見えて結構ロマンチストなのよね。ただ押せばいいって物でもないと思うわ。何かドラマチックな事を恋愛には期待する娘だから。」
「ドラマチック・・・ねえ・・・例えば、悪者に誘拐された優を俺がかっこよく助け出すとか?」
「それはドラマチックじゃなくてドラマ。もう、日常にだってあるでしょ?そういうきっかけは。」
愛はフォークを手先で小さく振り回して言った。
「日常か・・・登校中の俺が同じく登校中の彼女と初対面でトラブルを起こし、学校に行ってみたらその彼女は転校生だった!」
「だからドラマから離れなさい!そもそも学校って・・・はあ・・・ひとつヒントあげる。私たち、もうすぐ誕生日よ。」
半ば呆れながら愛は言った。
「知ってるさ。」
「え?」
愛は急に表情が素に戻ったケンタに戸惑う。
「知ってるけどさ・・・そういう事をマジでやろうとすると、どうしても照れちまうんだよな・・・男って馬鹿だろ?あ、それとも俺だけ!?」
だがケンタはすぐに軽いノリを取り戻した。愛はそのケンタの言葉に、しょうがないな、という風の笑みを見せた。
その時だった。
ベース内にサイレン音が鳴り響く。警戒水域に何者かが入り込んだという警報だ。
「なんだ!?」
ケンタがまだシャッターが下りていない窓の外を見る。愛も窓に駆け寄り外を伺った。
「有視界内に未確認潜水艦接近、海上を航行、当基地に接近中。」
館内アナウンスが響く。見れば沖合いに小さく艦影が見えた。
「潜水艦・・・!でも、何で浮上したまま航行してくるの?」
「戦意が無いって事だろ。こりゃまた忙しい事になるぞ!」
ケンタはそう言うと、走り出して食堂を出て行く。が、すぐにひょっこりと顔を出し、愛に言う。
「愛、悪い、俺のトレーよろしく。」
「もう・・・はいはい。片付けて置きますよ。」
「サンキュー愛!愛してるぜ!」
「ほらそれ!それが優は気に入らないのよ。そうやって誰にでも言ってたら言葉のありがたみが無くなるでしょ?」
ケンタはその言葉になるほど、という顔を見せ
「・・・そうか、それは勉強になったぜ。」
そう言い残してドックの方へと走って行った。
「白旗・・・だな。」
桟橋に出た恵介は双眼鏡で潜水艦の姿を捉えると、そのセイルに白い旗が掲げられているのを確認した。
「通信が入った。戦意も武装も無い、寄港を許可されたし、って言ってるぜ。」
トランシーバーからキースの報告が聞こえて来た。
「今月に入って五隻目、じゃの。」
傍らの長老が言う。
最近、ベースには市民防衛軍に追われた海賊がよく逃げ込んで来ていた。このベースの役割は本来、航海中にトラブルを起こした船への支援、救済だった。それもベースの経済の一翼を担っていたが、センチュリオンが来て対海賊の拠点という位置付けになってからはその活動も縮小していた。しかしここへ来て情勢が変わり、市民防衛軍から逃げて来た海賊を匿うという本来の役割とも言える姿を取り戻しつつあった。
「よし、追跡がいない事を確認したら、ドックへ誘導じゃ。」
長老は凛とした声で指示を出した。
「あいつら異常だ!」
長老の部屋に招き入れられた海賊は開口一番そう言った。その顔はすっかり憔悴しきっていて、どんな危機を逃れてきたのかが窺い知れる。
「俺たちゃもう海賊からは足を洗ったってのによ・・・」
その場には長老、恵介、キースがいた。
「異常ってのは?」
キースが訊ねる。
「あいつら・・・諦めねえんだよ!何日逃げ回ったと思う!?三日だ!丸三日奴らは諦めなかった!いや、俺の艦の足が速かったからなんとか振り切ったがよ、そうでなければまだ追い回されてるぜ・・・」
アイオーンに追われたのだろう、elが諦めるなどという事をする訳が無い。
「そうか、難儀じゃったの。まあしばらくここに身を寄せるといい。」
「ああ、すまない、助かる。いつか礼はさせてもらうぜ。」
長老の労いの言葉に海賊、いや元海賊は感謝を表した。
「礼か。そうさの、お前さんの潜水艦から電力を分けてもらうのと、それから労働力を提供してくれればそれでいいわい。勿論給金は出そう。」
「それでいいのか?そんな事でよければ喜んで協力するぜ。」
「それと、だ。あんた達に部屋までは用意できない。そこまでキャパは無いんでな。悪いが潜水艦で寝泊りしてもらう事になるが、それでもいいか?」
恵介が横から言う。
「ああ、そのぐらいの事は構わねえ。安全な所にいられるってだけでもめっけもんだ。それじゃ俺は艦に戻ってみんなに知らせて来るぜ。」
彼はそう言い残してその場を後にしようとしたが、部屋を出る前に振り返り、言う。
「なあ・・・あんたらこのまま中立を続けるつもりか?奴らはその内そんなもんお構い無しで暴れだすと思うぜ?出来れば俺らと・・・」
そこまで言った元海賊の言葉を長老は遮る。
「まだその時に無い。」
元海賊は落胆の表情を浮かべるが、
「そうか・・・いや済まない。今言った事は忘れてくれ。じゃ。」
そう言って部屋を後にした。恵介はそれを横目で見ながら長老に尋ねる。
「その時に無い、ってのはなんなんです?その内武装蜂起するって事ですか?仮に武装蜂起するなら海賊達の戦力が減らない内にと俺も・・・」
「まだ早いのじゃ、まだ・・・」
恵介はそう言う長老に、それ以上の言葉は意味が無いと感じ、疑問を胸の内に仕舞い込んだ。
「わかりました、それでは俺は戻ります。キース、あんたは?」
「俺は今からあの海賊の案内係だ。行こう。」
そして二人は部屋を出て行った。部屋に一人残った長老は、
「時期・・・か。それを待つのは人の道に外れる事なのかも知れん・・・」
そう呟いた。
その夜、食堂のバーカウンターに恵介とケンタの姿があった。
「おう、今日はお疲れさん。」
恵介はそう言ってグラスを差し出す。ケンタはそれに合わせチン、とグラスを鳴らす。
「ああ、疲れたぜ!海賊の艦の補修やら補給やら、終わるのかってぐらいの仕事量だったからな。」
ケンタはそう言って肩が凝ったように首をぐるりと回してみせる。
「しかし、いい加減ドックも手狭になって来たよな。」
恵介は窓からドックの屋根を見下ろしながらそう言う。
「だから今突貫工事してるんじゃないのか?」
今、ベースでは拡張工事の真っ最中だった。それ故に電力と人手が必要で、海に浮かぶ原子力発電所と言える原潜と、その乗組員が労働力としてベースに増えるのは好ましい事だった。
「しかし、あれだけの工事の資材、一体どこから調達して来るんだろうな?」
ケンタが言う。資材を調達するにはやはりアクロポリスからなのだが、軍事的な意味でその量は制限されている。勝手に軍備を増強されないよう監視していると言う訳だ。そしてこの工事で使っている資材の量は、その制限をはるかに上回る量だった。それをケンタは疑問に思っていたのだ。
「ああ、長老が指示してどっかから運ばせてるんだが、それをアクロポリスに知られる訳にいかないってんで、運搬作業者以外には誰であろうと絶対秘密なんだとさ。」
「そうか、お前でも知らんのか・・・」
「運び込まれるのは鉄骨ばかりなんだが、そう上等なもんでもない所を見ると、どっかの海から引き揚げて来てるんじゃないかな・・・でだ、話を戻すと、工事の理由は単に手狭になったからって言うだけでも無いような気がするんだよな・・・さっきの長老の様子からして。」
「長老?」
「ああ、長老は市民連合に対して武装蜂起する気はあるらしい。ただ、まだ早い、とさ。」
「つまり、拡張工事が終わるのを待って・・・それからか?」
「ああ、そういう事なんじゃないのか?」
「戦争か・・・ああ、やだやだ。」
ケンタは頭の後ろに両手を回してそう言った。
「ケンタお前、仮にも潜水艦乗りだろが。」
「誰だろうと平和が一番よ。違うか?」
「ああ・・・そうだな。そうだ。」
二人はしばらく黙ってグラスを傾ける。
「話を変えるか・・・最近どうした?随分優に言い寄ってるらしいじゃないか。」
恵介が重くなった話題を変えて、ケンタに水を向ける
「ああ・・・取り合えず、こんな情勢だろ?それに加えて俺らも市民防衛軍から追われる身。いつ何が起こるか判らんから悔いは残さないようにって思うようになった・・・ってとこ。」
そう恵介にケンタは答えた。
「そうか・・・てか、あれの何がいいんだ?ガザツだし、口は悪いし・・・」
「全部!」
ケンタはきっぱり言った。
「そ、そうか・・・手強いぞ、いろんな意味で。」
「そうそう、ペンタみたいに蹴っ飛ばされたり・・・」
そう言いながら笑いかけたケンタだったが、ふと表情を曇らせる。
「そう言えばペンタは・・・」
「まだ駄目だ。」
ペンタは、あれから―――海賊殲滅作戦でセンチュリオンを救ってから―――一切の機能を停止していた。電子回路は作動しているものの、まったく動かなくなっていた。休眠状態、と言える状況かも知れない。恵介の言葉はその状態から全く変わりが無いという事を伝えていた。
「そうか・・・俺らの命の恩人だもんな、早く直って欲しいよ。」
「ああ・・・今は小宮が暇を見て修理に当たってくれてるんだが・・・」
小宮の部屋。
「ねえ・・・なんでよ。どう見たって異常無いじゃない。なんで起きてくれないのよ・・・」
小宮が何百回目だろうか、ペンタの内部チェックを終わらせ、ため息混じりに呟いていた。そこにドアをノックする音が聞こえて来た。
「どうぞ。」
小宮の声を確認して入ってきたのは優だった。
「小宮・・・ペンタ、どう?」
優の姿を確認した小宮は黙って首を振る。
「これ、差し入れ。」
優はそう言ってサンドイッチの入った籠を差し出す。
「あ、ありがとう・・・」
小宮はどうもペンタの修理をしている時は元気が無い。いや、ペンタが動かなくなってからというものかなり以前の覇気を無くしていたのだが、ペンタの修理をしている時は絶望感を突き付けられるのだろう、今にも消えてしまいそうな、そんな儚い雰囲気を滲ませている。そしてしょっちゅうペンタを蹴飛ばしていた優は、自分にも責任があるんじゃないかと感じ、こうして様子を見に来る事が多くなっていた。
「大丈夫だよ、その内直るよ。」
それはあまりにも悲しい気休めだった。
「うん・・・」
小宮は力無く答えるのみだった。
「異常は無いのよ・・・どこにも・・・後はブラックボックス化されてる中枢だけなんだけど、その中に異常があったとしたらもう、私には手が出ない・・・」
ますます落ち込む小宮。優は苦し紛れに、
「はやく・・・早くさ、直してくんないと、わたしが蹴飛ばす相手がいないじゃん。」
そう言った。
「なっ・・・あなたに蹴飛ばさせるために直してる訳じゃないわよ!」
「うわっ・・・おーこわ。ここらで退散しとこ。」
小宮の反応に優はそう言って逃げるように部屋を出て行った。
「まったく・・・ペンタはボールじゃないって・・・」
優が出て行ったドアを見ながらそう言う小宮。ふと視線を落とすとさっきのサンドイッチが目に入った。よく見ると何か紙が挟んである。彼女は手に取って広げてみた。
元気出せ!バーカ!
そこには丁寧な文字でそう書いてあった。それを読んだ小宮は、
「バーカ・・・・サンキュ。」
少しだけ微笑んで呟いた。
2.酔っ払いのプロポーズ
「センチュリオンはまだこの時代にいる、それはいい。しかし、行方が不確かなのはまずいね。」
クラウスは二人の側近の前で言った。
ここはアクロポリス、クラウスの執務室。海賊殲滅作戦でリーダーとしての地位を確固たるものとした彼だったが、実はまだその野望が成就された訳ではなかった。
「その事でしたら、」
向かって左側の、ロングヘアの側近が答える。
「彼らは、例のベースに逃げ込んでいる可能性が高いかと思われます。」
「その程度なら私も察しはついているよ。」
「失礼致しました。」
無機質なイントネーションで返答をする側近。
「では如何致しましょう。」
もう一人の髪の毛を二つに束ねた側近がクラウスに訊ねた。
「あのベースがセンチュリオンだけでなく、海賊の艦も匿っているのは間違いないだろうね。手っ取り早いのは監査を申し入れる事だけど、まあ、拒否されて終わりだろうね。ははは。」
クラウスは面白そうに置かれた状況を客観した。側近二人は無反応である。
「私は独裁者じゃない、あくまで平和裏に事を進めるべきだと思うんだよ・・・表面上はね。ただでさえ海賊掃討で評判が落ちてる今、大儀の無い横暴をするのは得策じゃないね。」
クラウスはなおも続ける。
「切っ掛けが必要だよね。あのベースが監査を受け入れざるを得なくなるような状況を作る切っ掛けがさ。」
「解りやすく要点を仰って頂けると助かります。」
髪の長い側近が言う。
「・・・ふう、君たちを相手にこういう会話をしようとしても、やっぱりだめか。まあいいや。簡単に言うとね、民間の船を何隻か襲って沈めればいい。その犯人を捜すという名目で監査は入れられる。この大儀を拒否すれば、世論は攻撃も許すだろう。要するに自作自演ってやつさ。」
「なるほど、理解しました。」
側近二人は声を合わせて言った。
「とにかくセンチュリオンには引き篭もっていられては困るんだよ。外に引きずり出さないとね。」
そう言ってクラウスは、窓の外を見やる。
「さあ、出てきてもらうよ、センチュリオン。いや、鳴海君と言った方がいいかな。」
夕刻、ベースの食堂。
今回新しくベースに入った元海賊たちも落ち着きを見せ始め、今夜は彼らの歓迎会が開かれていた。ベースにいる人間のほとんどが集まっての宴会。食堂は殺人的な混雑を見せていた。その食堂の奥、一つのテーブルに優と愛、ケイが陣取っていた。
「で、結局どうなの?彼の事はどう思ってるの?」
そこでは優に対する愛の尋問が始まっていた。
「もう、ちょっと勘弁してよ・・・」
「なによ。私には誰が好きなんだ、とか仕事中でもしつこく聞いてくるくせに自分の事はそっとしておいてくれっていう訳?それはちょっと都合がいいんじゃないかしら?」
愛はここぞとばかりに優に詰め寄る。ケイは興味津々という風に会話を見守っている。
「やっと現れた自分を好きになってくれた人でしょ?付き合うにしろ振るにしろ、誠意は見せるべきじゃない?あんな中途半端な態度は無いと思うけどなあ。」
愛は容赦しない。
「いや、だって・・・って待て。やっと、ってなんだよ。」
「事実じゃない。」
「う・・・」
愛の無慈悲な指摘に言葉を詰まらせる優。
「で、叔母さんは彼の事好きなんでしょ?」
そこへ我慢できなくなったケイが直球を投げる。
「こらまて!なんでそんな事が・・・」
「態度見てればわかるよ。」
態度に出ていた事は、愛はもとよりケイにすら見透かされていた。そして優は観念したように言う。
「まあ・・・嫌いじゃないよ。好きっていえるかも知れない。」
「なら・・・」
ケイが言いかけた言葉を遮り、優は続ける。
「こんな態度を続けるのは良くないの、自分でも分かってるけどね、でも・・・」
優はそう言って言葉を詰まらせる。愛はその様子を見ると、
「ま、いいでしょう。一応は好きだって認めた訳だし。」
そう締めくくろうとした。
「でもさ、もう少しあいつ、デリカシーって言うか、空気読めって言うか、そう思うんだよ!」
しかし優はそこから話を膨らませる。
「だってさ、こっちの事なんかお構いなしに現れちゃ付きまとって、まるでペンタみたいなんだから!」
「え、ええ・・・」
急に歯切れ良くなった優に愛は調子を狂わせる。
「ペンタ?」
ケイが訊ねた。そう、彼女はペンタの存在を知らない。
「あ・・・そうか。ケイはペンタの事は知らなかったっけ・・・あのね・・・」
優はケイにペンタについて話して聞かせた。センチュリオンのマスコットロボットだった事、優に懐いていた事、隠されていた特殊機能でセンチュリオンを救った事、そして今は動かなくなってしまった事・・・
「そうなんだ・・・なんか可哀想な奴だね・・・」
ケイは優の話に―――それには彼女の主観が少々入っていたのだが―――それでもペンタへの同情を禁じ得なかった。
「こ、壊れたのは私が蹴飛ばしたからじゃないからね!」
やはり優はかなり気にしていた。
「でも直ったら、それでまた足元に寄って来たら・・・今度は頭でも撫でてあげるんだ。」
「ケンタさんの頭も撫でてあげたら?」
愛が話題を元に戻す。
「おい!そこへ戻るか!まったく、ケンタとペンタって、駄洒落じゃあるまいし・・・」
優は話を広げた事を後悔しつつぼやいた。
「よう、兄ちゃん!補給では世話になったな!」
新人の一人が今食堂に現れたケンタを見つけ、声をかける。ケンタはあいまいな笑顔でそれに応えると、食堂の奥へ歩いていく。やがて彼は目的の人物を見つけた。優だ。彼は先だっての愛の言葉を彼なりに考え、少し態度を改めようと思っていた。今夜はその初めの一歩、そう決心して優に会いに来たのだ。
そして愛が近づいてきたケンタに気づき、
「ほら、噂をすれば、よ。」
そう優に耳打ちする。それを聞いた優はその姿を見つけると、複雑な表情を一瞬見せるがすぐにポーカーフェイスを決め込んだ。
「よ。ここいいか?」
テーブルの前まで来たケンタがそう言うと、
「まったくもう・・・あんたは私たちの、可愛い姪との家族水入らずの席を何だと思ってるのかな?ほら、行動パターンがペンタと同じでしょ?この男は。」
優は愛とケイに向かって言う。それを聞いた二人はおかしそうに笑う。
「ん、なんだ?・・・まあいいか。で、家族水入らず、結構じゃない。その内俺も、その家族の一員になる訳だからして、ご同席させてもらってもいいかい?」
「な、何言ってんのよ!」
優はケンタの言葉に優は過剰反応する。その様子を見た愛は、
「さて、じゃケイさん。」
「え?」
「後は若い二人だけにしてあげましょうか」
何か仲人のおばさんのような台詞を吐く。
「あ、そうだね。それじゃお二人さん、ごゆっくり。」
ケイも悪戯っぽい笑みを見せて言う。そして二人は席を立った。
「ちょ、ちょっと待ってよ!」
優の言葉を無視して二人は混雑の中へ消えていった。
「何考えてんのよあの二人は!・・・ふう。」
優はため息を漏らす。そこへケンタが切り出した。
「優、真面目に聞いて欲しいんだ。」
真っ直ぐに優を見るケンタ。優はその表情に一瞬どきっとする。
「な、何よ。」
彼女は思わず目を逸らし、何とか一言だけ返した。
「俺はお前が好きだ。嘘でも冗談でもない。それだけは信じて欲しい。」
ケンタのいつもとは全く違う雰囲気に、優の心臓は暴れだした。
「え、いやだって・・・」
言葉が出てこない優、だが、
「う・・・くっ・・・」
ケンタはうつむいて肩を震わせている。
「え?ケンタ!?ちょっとまさか泣いて・・・」
優が慌ててそう言った刹那、
「ぶわはははははははは!」
ケンタは大声で笑い出した。あっけに取られる優、だがその表情は怒りに変化し、
「馬鹿にして!ふざけないでよ!」
そう言い放ち席を立つ。が、その腕をケンタは掴んだ。
「悪い、自分に対して笑っちまった。キャラに合わない事はするもんじゃないな。」
そんなケンタを見下ろす優、まだ怒りは解けた訳ではなかった。
「怒ったか?そりゃそうよだな。でも今言った事は俺の本心だ。どうだ、参ったか。」
「・・・参ったかじゃないわよ。」
優はそう言って再び腰を下ろす。
「なら証明して。」
「証明?」
何を?という表情を見せるケンタに優は人差し指である方向を指し示した。その指の先には、飲み比べ勝負をしている男たちがいた。
「私の事が本当に好きならあれで勝ってきて。」
「は?それがなんで証明になる・・・」
ケンタはそう言い掛けたが、
「そうか、これがドラマチックってやつか!よし、見てろよ優!やってやるぜ!」
ケンタは妙な納得の仕方をし、歩いて行った。
ケンタ・・・ケンタ・・・!
頭の中で誰かが呼んでいる。
「ちょっとケンタ!しっかりしてよ・・・!」
優の声だった。ケンタは自分の置かれている状況が把握できなかった。しかも気分は最悪。頭の中はぐるぐる回っている。
「優・・・か?愛してる・・・ぜ・・・」
ケンタは再び意識を無くした。
彼が目を覚ましたのはそれから三時間後。目を開けるとすぐ上に優の顔が見えた。
「優・・・?」
優の背後には月明かり。火照った体に夜風が気持ちいい。どうやら屋外にいるようだ。そして見上げる優は、目を閉じて眠っているようだった。そこでケンタはようやく自分の体勢に気がついた。彼は食堂の外のベンチに優の膝枕で横になっていたのだ。
「う、うわっ!」
思いもしなかった状況に、彼は思わず声を上げ、優の膝から転げ落ちた。
「わ!ケ、ケンタ!?大丈夫!?」
優もそれで目が覚め、ケンタに気遣いの声を掛ける。
「お、俺・・・そうか、潰れたか・・・」
ケンタはよろよろと立ち上がり、優の隣に腰掛けた。
「証明、出来なかったな・・・」
ケンタはそう言うが、
「無茶するんだから・・・ウォッカ十杯って、死んじゃってもおかしくないんだからね!」
優の口から出たのは彼にとっては信じられない自分を気遣う言葉だった。更には、
「証明、してくれたよ・・・立派にさ。」
優はそう言ってケンタの肩に頭を預ける。あまりの事にケンタは絶句していた。
「怖かったんだ・・・」
ケンタの言葉を待たずに優は語り始めた。
「男の人に好きだなんて言われた経験、無かったし、どう反応していいか分からなかったんだ。」
ケンタは硬直している。
「でも、自分のためにあんな無茶してくれるなんて、正直嬉しかった。」
ケンタの硬直は解けない。
「ケンタ?」
優が反応が無いケンタの方を見ると、彼は
「ゆ、指輪!」
脈絡の無い言葉を口にした。
「は?」
優は怪訝そうに訊き返す。
「た、誕生日!指輪!・・・ふう、」
ケンタは深呼吸して息を整え言い直した。
「誕生日近いんだよな!?プレゼントに指輪、買ってやる!」
今度は優の方が驚かされた。
「え、ちょっと指輪って・・・いいの?」
「いいに決まってる!サイズ教えろ!」
ケンタは妙なテンションの上がり方を見せるが、それは無理も無い。まだ夢かもしれないという意識がどこかにあって、意識をはっきりさせようと自然に大声になっていたのだ。
「サイズ・・・測った事無いからなあ・・・はい。」
優はそう言って右手を出す。
「ひ・だ・り・て」
「左手?」
「そうだ!左手の薬指!」
その言葉を聞いた優は耳まで真っ赤にしてうつむいた。
「ケンタ・・・シラフ・・・だよね?」
「もちろんシラフだ!・・・酔っ払ってるけどな。」
「それをシラフとは言わんだろうが!」
そう言って優はケンタの目を見た。しかしそこにあるのは酔っ払いの目などではなかった。優は再び目を逸らすと、
「まったく・・・照れ屋め。」
そう言って左手をケンタの前に差し出した。
(うわー!うわー!)
小声で叫ぶ愛。
(すごいもん見ちゃった・・・あれってプロポーズを受け入れたって事になるよね?)
小声で言うケイ。
そこには、物陰から二人を当然のように監視している妹と姪の姿があった。
3.希望の鉄塔
とある海域、深夜。一隻の貨物船が海上を航行していた。数少ない陸地のひとつに物資を運んでいる定期船だった。その背後、ごく浅い水深にアイオーン艦が潜航、追尾していた。そして何のためらいも無く魚
雷が放たれた。戦闘用船舶でない貨物船には索敵機能などある訳も無く、回避する事も、それどころか気付く事もできずに魚雷は命中、貨物船はあっけなく撃沈された―――
ベース。
その後、急ピッチで進められていたドックの工事は終わりに近づき、その規模は潜水艦数十隻を収容できるほどの物になっていた。小さな島の面積はドックの増設により、今や三割増しにもならんとしていた。
そして、ベースに逃げ込む海賊も、それに比例するように増えていった。今となっては逃げ込める場所として海賊の間に噂は広がり、公然の秘密と化していたのだ。先日の海賊が逃げ込んで来てからまだ数日だというのに、艦の数は二桁超を数えるに至っていた。そしてベースのスタッフたちは連日その対応に忙殺されていた。
「しかし・・・」
ドック内で恵介が呟く。
「こうなる事を予見していたとしか思えん。長老は・・・あの人は一体何者なんだ?」
恵介は隣にいたキースに訊いた。
「さあね。だが、今まであの人の言う事に従って間違いがあった事は無かった。だから俺たちはあの人を無条件で信じてる。」
「その、間違いが無いっていうのが・・・俺は怖い。何か大きな定められた流れの中にいるようでな。確かに長老は信頼に足る人物だとは思うが。」
「まあ、そんなに難しく考える事は無いんじゃないか?あの人の確かすぎる先見は、今に始まった事じゃない。俺たちはもう馴れたよ。」
キースはそう言って笑う。しかし恵介はある種の不安を打ち消せずにいた。
その頃小宮は自室でペンタのチェックを続けていた。
「よし、決めた。もうためらってなんからんない!」
彼女はブラックボックス部分の封印を外し、内部を確かめる事を決意した。
「ごめんねペンタ。壊さないように気をつけるからね。」
小宮はそう言いながらシーリングされているブラックボックスの縁を慎重に剥がしていく。そして数十分掛けてようやくケースを外す事に成功した。
「うわ、これやっぱり駄目かも・・・見た事無い部品ばっかり・・・あれ?」
彼女は何かを見つけた。
「このチップって・・・なに!?なんでこんなものがペンタに付いてるの!?」
小宮はそのまま機関長の所へ走った。
「機関長!」
「おう、小宮、どうした?」
「機関長、ペンタになんであんな物が付いてるんですか!?」
小宮は前置きも何も無しに、いきなり機関長に食って掛かる。
「は?」
機関長は小宮のその剣幕に面食らっていた。
「なんであんな物が・・・どういう事なのか、説明してください!」
「ちょっと待て、いいから落ち着いて、何の事なのか説明してみろ。」
なだめる機関長。小宮はその言葉でようやくある程度の冷静さを取り戻した。
「ペンタなんですけど・・・あり得ないんです。あのチップが付いてるのは。」
「どういう事だ?順を追って言ってみろ。」
「私、ペンタのブラックボックスを開けてみたんです。そしたら・・・私たちがこの時代に飛ばされる直前に発表されたばかりの新型チップが、それもその発展版と思える物がペンタについてたんです。20年前には存在しないはずの物が・・・」
「なんだと・・・おかしいだろそれは。どういう事なんだ・・・?」
小宮は機関長の言葉に、自分が理不尽な疑問を機関長にぶつけている事に気が付いた。
「わかりません・・・済みませんでした。考えてみたら機関長がペンタを作った訳じゃないし、ましてやブラックボックスの中身なんか知る訳が無いですよね・・・私動転してしまって。」
「まあいいさ・・・でも確かにそれはペンタを作った人間に聞かなきゃしょうがねえな。」
「ペンタを作った人・・・言われてみれば誰なんだろう・・・」
小宮は自室に戻った。そして、解らないながらも一通りブラックボックス内のチェックを済ませ、異常が無い事を確認すると疑問を胸に仕舞い込んでブラックボックスの蓋を元に戻した。
「お出掛け?」
長老の言葉に優は目を丸くした。
「そうじゃ、お出掛けじゃ。もうそろそろ工事も完成に近い。その前にお前さんらに資材の調達先を見せておきたいと思っての。」
その深夜、長老の部屋に呼び出された優、愛、恵介の三人は、長老の意外な申し出に驚いていた。なにせ、今までベースの中ですら守秘が徹底されていた資材の調達先を、この期に及んで見せてくれるというのだ。
「なぜ、俺たちなんですか?」
恵介は訊ねてみた。
「ほっほっほ、まあ、行ってみれば何故お前さんらなのかはわかるわい。センチュリオンで行くぞ。クルー全員でな。」
長老は楽しそうに笑うと三人を促しドックへと向かった。
「ピンガー返ります・・・この地形は・・・ビル群?」
早朝、目的地付近にたどり着いたセンチュリオン。久しぶりのソナー席に収まった愛が状況を報告する。
「ビルの暗礁だらけの所じゃからの、監視は怠るでないぞ。」
長老は恵介の横から指示を出す。
「この地形、なんか・・・これは線路?・・・あれっ!?」
モニターしていた優が何かに気付いた。
「これって、まさか・・・品川駅!?」
「正解じゃ。」
振り向いた優に長老は言う。センチュリオンは今、水没した品川駅の上を航行していた。「そろそろいいかの、潜望鏡を上げてみい。」
恵介は言われるままに潜望鏡を上げ、覗いて見る。すると前方に、朝日に照らされた、どこかで見覚えのある鉄塔がやや左に傾きながら海面から突き出しているのが見えた。
「あれは・・・まさか東京タワー!?」
東京タワーは第一展望室あたりから海面に突き出し、その上の鉄塔部分はその大部分が無くなっていた。
「そうじゃ。資材の調達先は、あれじゃよ。」
「東京は大して沈んでいなかったのか・・・?」
恵介の言葉に長老は言う。
「いや、大災害直後はかなり深く沈んでおった。しかし十年ぐらい前かの、この辺一帯に海底の隆起が起こってのう、あっという間に東京のこの辺りは浅瀬になりおった。」
長老は続ける。
「さすがに周りのビルは地震や津波でほとんど倒壊しとるがの、東京タワーはさすがに鉄塔じゃ。頑丈さやしなやかさはビルの比じゃないわい、傾いてはおるが原形を保ってびくともしとらんかったよ。」
「そうか・・・東京もこんなになっちゃったのね・・・」
愛は複雑な表情でモニターを眺めていた。
「えーと、確かこっちの方・・・あった!六本木ヒルズ!あはは!見事に倒壊してる!」
その一方、優は能天気に楽しんでいた。
「よし、潜望鏡下ろせ!バラストタンク排水!浮上するぞ!」
そしてセンチュリオンを浮上させた恵介はクルー全員を甲板上に集めた。直にその目で見る東京の残骸に、クルーの反応は様々だった。思わず涙をにじませる者、単に珍しい物を見たというような反応を示す者・・・
そんな中、ちゃっかりと優の横にポジション取りしていたケンタが口を開く。
「でもさ、これって一度は全部沈んでたんだろ?それが十年やそこらでこれだけ隆起したって事は、また陸地になってもおかしくないんじゃないか?」
「その通りじゃ。」
ケンタの言葉に長老が頷く。
「ここだけではない。こんな現象はそのスピードの差こそあれ、あちらこちらで確認されておる。お前さんたちが、もし過去に帰れなかったとしても希望は捨てんで欲しいんじゃ。」
優は意外と鋭い事を言ったケンタに感心し、
「やるじゃん。」
そう言って肘でケンタを小突いた。
「よせやい。」
ケンタは照れてみせる。
「それを言うためにこれを見せた訳ですか・・・」
「そうじゃ。人間が帰るべき陸地は必ずや蘇る。わしはその頃には生きてはおらんじゃろうが、お前さんらにはその未来がある。その事を忘れんで欲しい。」
恵介の言葉に長老はそう言って返した。
「未来・・・」
クルーたちは口々に呟き、朝日の中の東京タワーを見つめていた。
その数日後、夕刻。ベースの桟橋から定期船が出港しようとしていた。
「優!待ってろよ!きっとお前が気に入るの買ってくるからな!」
「ばっ・・・そんな大声で・・・」
ケンタは約束の指輪を買うために定期船に乗り込み、アクロポリスに向かう所だった。多数いる見送りの人間の中、その台詞で注目された優は赤面した。しかし次の瞬間には開き直り、笑顔を見せ叫んだ。
「当たり前よ!もし変なの買って来たら蹴っ飛ばすからね!」
「だから俺はペンタじゃねーって!」
そして汽笛と共に定期船はタグボートに押され、ゆっくりと桟橋を離れて出港していった。
4.露店の娘
ケンタはアクロポリスのショッピングモール内の、貴金属店で悩んでいた。
「えーと、これ結構いいデザインじゃないか・・・って高けえ!それじゃこっちは・・・げ、桁が一つ上がる・・・」
そう、持って来た予算と価格の折り合いがつく物が中々見つけられずにいたのだ。
「ちぇっ、駄目だ。この店高過ぎる・・・」
ケンタは別の店を探してみる事にした。
そしてケンタはアクロポリス内の全ての貴金属店を回ってみたが、結局めぼしい物は見つからず、途方に暮れていた。
「しょうがないな、船員の誰かに頼んで金貸して貰うか・・・ん?」
そう思ったケンタだったが、ふと見た前方にアクセサリーを売っている露店を見つけた。
「露店か・・・駄目元で覗いてみるか!」
ケンタは露店の前まで歩いていった。店をやっていたのは二十歳かそこらの娘だった。
「いらっしゃい、お兄さん!今日は何の入用でしょう?プレゼントですか?」
ケンタが店の前に立つと同時に娘は顔を上げ、元気な声で接客を始めた。
「ああ、プレゼント。へえ・・・結構リーズナブルじゃないの。材質とかケチってない?」
ケンタは冗談半分でそう言いながら娘の顔を見た。
「あ・・・」
「もう、お客さんたら、ウチで扱ってるのは正真正銘、全部純銀!混じりっ気無しよ!・・・お客さん?」
ケンタは娘の顔を呆然と見つめていた。娘の顔が優そっくりだったのだ。
「お客さん・・・?」
「あ、ああごめん。君、俺の彼女にそっくりだったからちょっとびっくりした。」
娘はけらけら笑いなら言う。
「やですよお客さん、口説いてるつもりですか?そんな死んだ彼女にそっくりだなんて、ありがちすぎますよ?」
「おいおい!俺の彼女は存命!健在!勝手に殺さないでくれよ!」
「あ、そうだったんですか?これは失礼。」
娘は舌をぺろっと出して謝る。そんな仕草も優に似ていた。
「しかし似ている人間てのはいるもんだな・・・で、その彼女にエンゲージリング送りたいんだけどさ。」
「エンゲージリング!?駄目ですよ!そんな大事なもの、こんな店で済ませちゃ!」
「いいんだよ。」
ケンタは言った。
「そんな、高い店で買ったって身の丈に合わないさ。多分俺たちにはこういうのがいいんじゃないかな。だからこの店にたどり着いたんだと思うぜ。」
「そうですか・・・それじゃどれになさいます?あ、これなんかシンプルで、常に身に着ける事になるエンゲージリングには打って付けだと思うんですが。」
そう言って娘が差し出した指輪の意匠はケンタの好みとも合致した。
「お、それいいね。よし、それにしてくれ。」
「お客さん、お目が高い!実は私の母が持っていたエンゲージリングもこれと同じデザインだったんですよ・・・サイズはいかがしましょう?」
「えーと・・・」
ケンタは困った。サイズといっても、あの晩優の薬指を直接触った感触でしか判らないのだ。だがふと、ケンタは娘の手を見る。顔もそっくりなら手指の感じも似ていた。
「ちょっと、手、いい?」
ケンタは許可を待たずに娘の左手を取り、薬指を摘んでみた。
「あ・・・そんなお客さん・・・やっぱり口説いてません?」
「これ。」
「え?」
「この指と全く同じサイズ。思った通りだ。何から何までそっくりなんだよな・・・」
「そんなに似てるんですか?もう、なんか気持ち悪いぐらいですね。それじゃ対になるお客さんのサイズは?」
「あ・・・」
考えていなかった。普通エンゲージリングはペアで揃える物だが、誕生日プレゼントという要素もあったので彼女の分しか考えていなかったのだ。
「俺のは・・・また今度。」
「え?」
「実は・・・それだけで予算一杯一杯。」
ケンタは苦笑いしてそう言った。
「えー、駄目ですよそれじゃ。よし、ひとまず彼女さんの分は今日お持ち下さい。お客さんの分はお取り置きしてますから後日、という事で。」
「悪い・・・それで頼むわ。」
「はい、それではサイズは・・・これでどうですか?」
娘はサンプルを差し出す。ケンタはそれを左薬指にはめる。
「うん、丁度いいな。さすが眼力あるな・・・見ただけで判るなんてな。」
ケンタは感心した。
「ふふっ名前まで刻印しちゃいますからね。必ず引取りに来てくださいよ?それじゃ刻印しますからお名前をお願いします。」
笑顔で言う娘にケンタは心を和ませながら言う。
「俺はケンタ。彼女は優、Y・O・Uで頼む。」
「ゆう、ですか。へー私の母も優って名前なんですよー。もう天国に行っちゃいましたけどねー。」
刻印を始めながら発せられた娘の言葉にケンタは愕然とした。違和感は確信に近い疑惑に変わった。
「君!苗字は!?」
いきなりのケンタの大声に驚いた娘だったが、
「母方の姓を名乗ってまして・・・鳴海、って言いますけど。」
ひとまず正直に答えた。
「やっぱり・・・!」
もはや疑いようが無い。この娘は自分の娘だ。そうケンタは確信した。ただ父親が自分で無い可能性もあるのだが、そんなネガティブな事を考える頭をケンタは持ち合わせていなかった。
「って事は、俺たち過去に帰れるって事じゃん!やったぜ!」
「やっぱり、って・・・?」
その娘の一言でケンタは我に返った。
(母親は死んだ?・・・大災害でか?俺は・・・父親はどうなったんだよ・・・)
ケンタは怖くなった。そしてそれ以上の事を訊く事は出来なかった。
「・・・あ、済まない。何でもないんだ。いや、そのそっくりな彼女も似たような苗字でさ、親戚かなんかなんじゃないかと思ってさ。」
ケンタはどうにか誤魔化した。
「そうなんですか?・・・はい、出来ましたよ。いま包みますのでちょっと待っててくださいね。えーと、エンゲージリングを納めるぐらいだから、立派な箱がいいですよね・・・」
娘はそう言ってごそごそと足元を探り始めた。
「あ、これなんかいいわね。」
箱も決まり、ラッピングする娘。
「はい、お待たせしました。」
「ああ、ありがとう。」
ケンタはなんとか笑顔を見せて包みを受け取り、その場を後にした。
「ありがとうございましたー!」
背後から娘が礼を言うが、彼には聞こえていなかった。
(優が死ぬ・・・優が・・・)
ケンタの頭の中にはそれだけが渦巻いていた。
健太が去った後の露店、娘は何気なく手元を見た。
「あ・・・しまった!お客さーん!・・・あっちゃー、行っちゃったか・・・まあ、今度自分の取りに来る訳だし、いいか。」
そう言って娘は仕事に戻った。
一方その頃、ベースの食堂では愛とケイが優をからかっていた。
「まったく、変なの買って来たら蹴っ飛ばすわよ、って、もう尻に敷いてるじゃないの。」
「う、うるさいな・・・」
優は愛にからかわれるに任せていた。
「でも羨ましいな、好きな人がいるのって。」
その様子を見ながらケイがそう言う。それを聞いた愛は、
「またまたぁ、気になる人の一人ぐらいはいるんじゃないの?」
攻撃対象をケイに移した。
「そんな、いないよ・・・強いて言えば・・・父さん。」
「かーっ!このファザコン娘め!」
攻撃対象が自分から外れたと認識した優は、その尻馬に乗る。
「だって、父さんより素敵な男なんて・・・いないもん。」
「はいはい、分りましたよ。真性のファザコンだね、これは・・・」
そう優が言った時だった。
「あっ!・・・」
三人に例の能力が発動した。
「ちょっと・・・なにそれ!」
愛が叫ぶ。
「嘘よ・・・嘘よ・・・嘘よーーーーーーーー!」
優の絶叫が食堂内に響いた。
三人に見えた映像は、ケンタの乗った貨物船が魚雷で沈められる、という物だった。
「これ、これって未来だよね!?そうだよね!?見えた映像は夜だもん、これから起こる事だよね!?」
優は狼狽しつつ二人に言う。
「駄目、駄目だよケンタ!乗っちゃ駄目!何かアクロポリスに連絡取る方法無いの!?ううん、それより今からセンチュリオンで・・・!」
優はパニックに陥っていた。
「優!」
愛は優の両肩を正面から押さえ付けるように掴んだ。
「落ち着きなさい!連絡も取れないし、センチュリオンで行ったって間に合うはず無い事ぐらい解るでしょ!?」
「だって、このままじゃケンタが、ケンタが・・・」
泣きじゃくりながら言う優。
「前の時だって未来は変えられたでしょ・・・今はそれにすがるしかないわ・・・」
その愛の言葉にも優は泣き続けるほか無かった。
その深夜、海上。ケンタの乗った定期船はベースに向かって航行していた。
「優が・・・死ぬ?やっぱりどういう事なのか訊くべきだったのか?あの娘が今ここにいるっ
ていう事は、過去に戻って彼女を産んでから死ぬ、って事だよな・・・」
その甲板上ではケンタが思いを巡らせていた。
「そのとき俺はどうしてたんだ?優を守る事は出来なかったのか?」
しかしどう考えても結論など出る訳が無い。
「ふう・・・ヘビーな事知っちまったぜ・・・」
そう言いながらケンタは沖を見やった。遠くに別の貨物船が見えた、と思う間もなくその船尾が光り、水柱が上がったように見えた。
「なんだ!?」
ケンタが見守る中、貨物船は見る見る沈んでいく。
「なんだあれ!?ブリッジは気づいてるのか!?」
ブリッジでは、船長もその異変に気付いていた。救難信号を受信したのだ。
「左弦回頭!生存者の探索、及び救助に向かう!」
そして貨物船は沈没していく船に向かって転進していった。近くにアイオーンが息を潜めている事も知らずに。
アイオーンはケンタの乗る貨物船も捕捉した。目撃者がいれば無条件で沈める。この艦のelはそうプログラムされていた。そしてアイオーンはゆっくり回頭し、貨物船に照準を定めた。
「さっきの水柱はどう考えても魚雷だ。このまま近づくのはやばいんじゃないのか?」
ケンタは不安を感じた。そして、ブリッジへ向かうべく甲板の階段を駆け上がった。その時だった。激しい振動とともにケンタがいる側の船側から水柱と轟音が上がった。ケンタの不安は的中、魚雷が命中したのだ。
「うわっ」
そのショックでケンタは海へ投げ出された。見る間に沈んでいく貨物船。ケンタは沈んで行く船の渦に引き込まれ、自身も沈んでいった。
(優・・・優・・・!)
出せない声で叫ぶケンタ。その次の瞬間肺の中に水が浸入、気道閉塞が起き、彼は意識を途切れさせた。
そして水深40メートル程の所で船から引っ張られる力は途切れ、彼の体は浮上していく。海面まで到達したケンタは仰向けの状態で浮いていた。彼は今仮死状態にあった。
アイオーンは当の昔にこの海域から去っていた。しかし、今ケンタを目指して、と言うよりは船が沈んだ辺りを目指してやって来た潜水艦の艦影があった。
ケンタは意識を取り戻した。しかし、視覚はほとんど失われていた。見えるのは天井の照明が光っている事が判るぐらいの映像、その中にこちらを覗き込むぼんやりとした人影。揺れているのが解る。これは船の中だとケンタは理解した。
「君、持ちこたえろ、まだ死ぬなよ。気をしっかり持て!」
勝手な事を言う奴だ。ケンタは思った。もう呼吸はほとんど出来ず苦しくて仕方ない。むしろ殺してくれとさえ思う。
「はっきり言う。君は重度の減圧症でもう助からん。今は高圧の酸素で無理やり生かしている状態だ。」
ならもういいよ、もう楽にしてくれよとケンタは思った。
「この世界の誰かを守りたいと思うなら、もう少し持ちこたえて私の話を聞け。」
守る・・・?俺が守りたいのは・・・優・・・死なせやしない・・・
「・・・ああ、聞いてや・・・る。」
ケンタは声を絞り出して言った。
「そうか・・・君には厳しい選択を迫る事になるが時間が無い。単刀直入に言おう。」
「はあ?・・・なん・・・だ・・・そりゃ。」
「選択して欲しい。このまま死ぬか、心だけ長らえるか。」
「・・・そうした・・・ら、どう・・・なるんだ?」
「心だけ長らえれば守る力を得る。」
「よく・・・わかんねえよ。・・・それ・・・が優を守・・・る事になる・・・のか?」
「それは保障する。」
「・・・なら・・・やってくれ。」
「いいんだな?」
「いいって言ってるだろ・・・俺・・・は、優を守るなら・・・どんな辛い・・・事でも悲しい・・・事でも・・・受け・・・入れてやる。ほら、死んじまう・・・前に・・・」
「よし、君は私の切り札になる。礼を言うぞ。」
そしてケンタの意識はそこで途切れた。
完結編・承に続く
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2027 The day after 三部作、最終章です。 | ||
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