『記憶録』揺れるフラスコで 5
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 沈黙の中、沈む太陽の眩しさを手を挙げて遮りつつ、揺れる車内で到着を待つ。田舎町に入り、隙間の多い家の並びが流れるのを横目で見ていると自動車は一軒の家の前で停まった。

 

「着きましたよ」

 

 今まで黙っていたアルミィがようやく口を開いた。ただ黙々と運転をこなしてきたが、到着と共に本来の彼女が復活したようだ。

 先にアルミィが自動車から降り、ソーイチもその後に続いて扉を開ける。夕焼け時だけあって町の中にいる人は疎らで少ない。逢う魔が時だから、なるべく外出を控えているのだろうか。

 視線を町から目の前に建つ家に向ける。現代に溢れている機械のキの字すら見つけるのが難しそうな西洋館モドキの古い家だ。アルミィは玄関まで駆け上がり扉に軽く叩くと、アルミィに負けずも劣らない身長の男の子が出てきた。十歳より少し上ぐらいか。

 それにしても、眠そうに目を擦り、たった今起きたような雰囲気だ。

 着ているのも、どう見ても寝間着そのもの。

 

「いよう、アル。おはよう」

 

「おはようって…ロア、また昼夜逆転してるの」

 

「いいんだよ、夜のほうが静かで過ごしやすいんだから」

 

「そんなんじゃ、いつか身体壊すよ」

 

「食事も睡眠もキッチリ取っているから心配ない。ただ起きている時間帯が明るいか暗いかの違いしかないな、うん」

 

 ロアと呼ばれた男の子はコクリを頷く。予想は当たっていたようだ。

 彼がアルミィの言う、変なところでドジをしたり、意地になったりとちょっと変わった幼馴染らしい。確かに変わっている。昼夜逆転しているということは、この時間帯は彼にとっての夜明けで、それなら着ているのが寝間着なのは理解できる。

 だかしかし、上は白黒の横縞で下は青赤の縦縞と、上下異なる寝間着を着用しているのはどうしても理解が出来ない。視覚的に悪く、長時間見ていたら視力が大幅に落ちそうだ。しかも紫のサンダルときた。

 間違えているのだというなら納得しよう。意図的で、むしろ好んでいるのだとしたら、仕事上とはいえあまり仲良くしたくない。

 

「ところでさ、コイツ…だれ?」

 

 警戒心丸出しの薄く開いた眼で、男の子が睨んでくる。

 と、そこで気付いた。体型から男の子だとばかり考えていたが、彼はアルミィの幼馴染である。上級学校はすでに卒業しているし、学会でもそれなりに有名なのだから論文は発表しているはず。きっと二十歳を越えている、だろうアルミィよりも二つ三つほど年下の幼馴染に違いない。

 そう考えると、彼は青年と呼ぶべきなのだが、どうしても外見から認識は男の子になってしまう。そのことに噴出しそうになった。

 

「あ、テメェ! いま笑おうとしただろう」

 

「ちょ、ちょっとロア! リヴェルトさんは笑ってなんかないでしょ」

 

 一歩踏み出すロア少年を、アルミィが抑える。

 見方によっては躾の出来ていない弟を抑える姉という、仲睦まじい姉弟の姿が出来上がっている。実に微笑ましい光景だ。

 そして心の中でアルミィに謝る。すみません、笑う一歩手前でした。

 深呼吸で落ち着かせてから口を開く。

 

「はじめまして。リオークス基地所属、武装整備室主任のソーイチ・リヴェルトです」

 

「武装整備室…。研究部じゃない、ということは窓際?」

 

「ちょっと、失礼でしょ。すみません。ロアはいつもこのような感じで、悪気はない…と思うんです」

 

「え、ええ。気になさらず」

 

 などと言うものの、ソーイチの頬が少し引き攣っている。

 窓際という言葉に心のどこかにあるだろう細い線がさらに細くなったのは確実だろう。そういうのは言葉にしないで、思うだけにして欲しい。

 

「遅れました。彼が車の中で言った魔導工学者のロアラス・ガンズ。四つ上の幼馴染です」

 

 ―――四つ上の幼馴染です。

 

「年上ーーッッ!?」

 

「な、なんだよ。見た目どおりだろ」

 

「それはさすがに驚きすぎですよ」

 

 驚愕するソーイチに対し、何をそこまで驚くかという態度でいる低身長の二人にさらに驚く。すでに声にならないでいた。

 仲睦まじい姉弟、ではなく、だらしない兄に口うるさい妹だというのか。

 身長はほぼ同じ。否、若干だがアルミィの方が高いのは靴底の厚さからくる修正か。だが彼女は踵の高い靴ではなく運動靴だ。運動靴に大幅な身長の補正は見込めるはずもなく、厚さは不気味なサンダルと変わりないだろう。それでも出てくるだろう誤差を差し引くと見えてくる身長に理解に苦しむ。それ以上に、二十歳を越えてなお健在なロアラスのこの童顔はどう説明できる。

 

「なぁアル。お前さ、何かオカシイこと言ったか。それか吹き込んだか」

 

「普通に説明したはずなんだけど」

 

「お前の普通は普通じゃないからな」

 

「む。それ、どういう意味」

 

 頭を抱えて独り悩むソーイチの挙動に、二人が背を向けて夫婦漫才を始めだした。

 は、と正気に戻る。明らかに不気味で不思議で近寄りたくない空間が出来上がっている。夕暮れ時で人気が少ないのが幸いだ。

 結論から言えば、説明も理解もしなければ万事解決ということにした。

 

「あの、それくらいにしま―――」

 

「貴様が原因だろうが!!」

 

「貴方が原因でしょう!!」

 

「…はい、すみません」

 

 その迫力に小さくなってしまった。それでも二人よりは大きいので下から怒られる。

 頭が上がらない。しかし身長的な意味で結局は頭は常に上にあるのは仕方のないことだ。

 

「改めて紹介しますね。彼がロアラス・ガンズです」

 

「ん」

 

 不貞腐れた態度と表情で、鼻を鳴らす程度の挨拶で済まされる。

 先程の失礼や思考を顧みれば、このような態度をされても文句は言えない。むしろ返事が返してくれただけ有り難いと考えた方が良いのだろう。

 

「特別にロアラスさん、と呼んでいいぞ」

 

 さん、を強調し、勝ち誇った笑みを浮かべるロアラス・ガンズ。

 

「それでね、ロア。こちらがソーイチ・リヴェルトさん」

 

「どうも」

 

「ソーイチとはまた珍しい名前だな。窓際なんだろ、窓際なんだな」

 

「ロアラスさんこそ小人(すてき)な身体の持ち主で。それと、窓際窓際って五月蝿いですよ」

 

 二度目の挨拶をするが、互いに手を伸ばそうとはしない。視線だけが交差すると火花が散り、二人の間に微妙な力場が発生する。その火花と力の中心にいるアルミィだけが巻き込まれることなく、呆然と立ち尽くしていた。

 

「あの…日が落ちているので、いい加減に入りませんか」

 

 周囲を見回してみると夕焼け色だった町は暗い闇に落ちていた。家から洩れる人工の光が道を僅かに照らす程度だが、すぐに溶け込んで消えている。街灯も存在するが疎らで家の光と同様。

 その疎らさと静けさが、人気の無さをさらに感じさせていた。

 アルミィの言葉に促されて三人はロアラスの家に入る。家主はソーイチが入ることに不服そうだったが、言葉にすることはなかった。察しろとでも言いたいのか。

 家の中は本の支配下だった。リビングにも台所にも本が高く積み重なっていた。どれもが四極元理論に関連するもの、もしくは難しすぎて理解が及ばない書物。見ているだけで気持ち悪くないそうだ。僅かに残っている壁には脚立が各部屋に一つは置かれている。

 唯一、本来の使われ方をしている椅子に座ったロアラス。彼の座る椅子以外は本の置き場で、手頃な高さで積まれている本の山があるのだが、そこまで失礼は出来ない。何より、ロアラスの視線が立っていろと睨んでいる。

 幼馴染のアルミィも座ることなく、ソーイチの隣で立っていた。

 

「それで手伝えって、どうしたいんだ」

 

「軍で新兵器の開発計画に参加することになって、そのための新しい原理を作ってほしいんです」

 

「そんなん、軍にだって魔導工学者はいるだろ」

 

「勝手知らない他人よりも、勝手知る友人の方が何かと楽だからね」

 

「んまぁ…いっか。いいよ。やってやるけど、そっちの窓際は何?」

 

 顎で指すようにしゃくってくる。窓際言うな、と口の中で転がす。

 

「私と同じ。彼も別で参加するんだけど、そっちの方もどうかな」

 

「お断り」

 

「そんなこと言わないで。ちゃんと契約金や給料もあげるから」

 

「いらない」

 

 どちらも即答。考える間もなく出した解答だったが、むしろそれは予想していたどおり。

 いくら幼馴染の頼みとはいえ、今さっき出会ったばかりの男に手を貸せといわれて頷くようなことはしたくないだろう。ロアラスのような研究ばかりに没頭する学者であれば尚更で、膨大な金を提示したところで彼らの欲求は満たされることはない。求めるのは金や名誉ではなく、研究そのものと言って良い。

 金で了承するのは研究する目的が金銭目的だったり、研究に掛かる莫大な維持費を賄うかのどちらかだ。

 研究への欲求を協力と両立しているのならまだしも、遅らせる行為を赤の他人のためにしてくれ等と頼まれたって断る。

 それ以外にも個人的に、ロアラスとソーイチが出会ってすでに犬猿の仲になったのが悪かった。アルミィがどうにか説得しようと検討しているが、返ってくる言葉は全て「いいえ」。ついにはどうすることも出来ず、説得の言葉が出てこなくなった。

 微妙な雰囲気が出来上がり、八方塞のアルミィの頭やら背中やらに黒い影が落ちる。

 

「さてと、そろそろ夕飯(ちょうしょく)つくるけど、何か喰うか? ああ、お前には言ってないぞ窓際」

 

 嫌味に言ってくるロアラスを無視して、身近に積み重なっていた本の山の天辺にある書物を手に取り、背表紙を見てから中身に眼に通す。

 

「あ、テメェ。勝手に人の物に触るな」

 

「五衝輪理論(ごしょうりんりろん)まで調べているんですか」

 

「ああ、そうだよ。何か悪いか」

 

 立ち上がり、手元の書物を取り上げられた。

 

「いや、今時珍しいと。四極元理論(しきょくげんりろん)が一般的な現代で、廃れて潰えた五衝輪理論を学ぼうとする人がいるだなんて考えもしませんでしたから」

 

「………よく五衝輪理論のことを知っているな。学会ですら忘れられかけているのに」

 

「ねぇ。五衝輪理論って何?」

 

 アルミィが頭に疑問符を浮かべながら問い掛けてきた。その問いに答えたのはロアラスだ。

 

「世界は火・水・風・土の四つの属性で構成していると説明する四極元理論に対して、木・火・土・金・水の五つで世界は構成されているとするのが五衝輪理論だ。かつて、というか大昔は両方は世界を二分するほど拮抗してたんだけど、何時からか流れは四極元理論に傾き、遂には使われなくなって潰えた。今じゃ、ごく僅かに文献で残っているか、間違いだらけの論文で稀に出てくる程度さ」

 

「そうなんだ。でも何でそんな理論をリヴェルトさんは」

 

「実家に似たような内容の書物はいくつかあったんです。で、それを幼い頃、読んだ覚えがありまして。でも名称だけで中身まで覚えていませんけどね」

 

「おい―――!」

 

 下から声が掛かる。

誰かだなんて見なくても分かる。

 見下ろそうと視線を動かすと同時に下から伸びた手に胸倉を掴まれた。ぐい、と近づけられたロアラスの顔には絶望や失望、さらに怒りが混ざった迫力。犬歯を見せるような睨み方はしていないが、幼い子供ではない、十分に成長した男の表情がそこにはあった。

 

「なんで窓際の実家にそんなものがあるんだよ。五衝輪理論を断片的でも記したものなんて国立図書館の奥底に一冊あるかないかぐらい貴重なんだぞ。うちにあるのだって紛いものばかりだ。その辺、分かってるのかよ」

 

「ロア、やめなって」

 

 アルミィに促されてロアラスの手は、投げ付けるように振るって放した。

 

「お前が持っていたコレだって、そんな紛いものの一つさ。必死に探し回って見つけたときの、何とも言えない倦怠感(けんたいかん)なんか分かるかよ」

 

「それでも、独学で勉強していたんでしょ」

 

「まぁ…な。紛いものでも基礎だけは間違ってなかった。だから逆言えば、応用やそれ以上の複雑な原理はつくれない。はっ、この程度で終わるくらいなら最初から学ばなければよかったって後悔してるよ」

 

 日中に出歩いて様々な図書館を調べまわったのだろう。昼夜が逆転しているロアラスにとって、それは強烈な睡魔との戦いでもあり、貴重な研究の時間を磨り減らしてでも求めた書物だった。

 おそらく国中に限らず、世界中すべての国を探したのだろう。だが、最も魔導工学が発展しているフォリカになかったものが他国にあるとは思えない。

 そのことを理解した時、この時間は何だったんだろうと絶望したに違いない。虚しさだけが残り、消えたのは貴重な時間と金銭と精神。虚しさで埋め合わせることなど出来るはずもなく、だがそれでも誤魔化していた彼の痛々しさに、申し訳ない気持ちが生まれた。

 犬猿の仲とはいえ、互いは動物でなく人間なのだ。嫌いな相手でも嫌味や怒気ではない感情の一つや二つは生まれる。

 

「そこで、というのは失礼ですが提案。手伝いをしてもらう代わりにその書物を全て寄付するというのは」

 

「……?? ――――――――――――ッッッッッ!!!!」

 

 提案が理解できなかったのか、疑問符からすでに言葉になっていないロアラスだが、その後に続いた言葉も言葉になっていない。

 喜んでいるのか。罵倒しているのか。それとも泣いているのか。何が言いたいのか全く分からない表情をしている。それだけソーイチの提案は意外だったようで、複雑な顔のままどこかに向かって歩き出した。まるで夢遊病患者みたいだ。

 逆に、冷静なのはアルミィの方だった。

 

「大丈夫なんですか。実家といえど、そんな貴重な書物を勝手に渡してしまって」

 

「大丈夫ですよ。勝手だとか何とか言われても、とうの持ち主は読み飽きて興味を失っているでしょうし。埃を積ませておくよりはマシだと思いますよ」

 

「そうですか、そう言うんでしたら。………ありがとうございます」

 

 突然、アルミィが感謝の意を示してきた。

 

「何が、ですか」

 

「あそこまで険悪だったのにリヴェルトさんから歩み寄ってくれたことと、その書物のことです。昔からあんな性格ですから、あんまり友達とはいませんし、嫌われることの方が多かったんです」

 

 

 フラフラとした足取りで積み重なった本の山にぶつかり、発生した雪崩に巻き込まれてその姿が消えた。

 だが二人は気付かない。

 

「だから必死に認められようと努力するんですけど、それもまた裏目に出てしまって」

 

「……………」

 

 彼女が話す回想に、どうすればいいのか戸惑う。

 別に歩み寄ったつもりはなかった。仕事だと割り切ればどうということはない。相手とどれだけ険悪で、犬猿の仲だとしても、お願いをしに来ているのはソーイチなのだ。上下で言えばロアラスが上でソーイチが下だと、一歩譲ったりするのは自身だと思っている。

 五衝輪理論の書物を寄付するというのも、交換条件や交渉というような裏があるわけではない。第三者から見ればそうなってしまうだろう。だがしかし、提案したのはそれで自身の作る武器の糧になるのなら別に構わないからと判断したからに過ぎない。

 そこまで本人でないのに誤解のある感謝されてしまうと、照れ臭いというよりも後味が悪くなる。本人だったら尚更だった。

 

「そういえば、肝心のロアはどこに行ったんでしょう」

 

「確かに。でもさっきそこの辺りを歩いていましたよ」

 

 適当に指差す先には雪崩れの痕跡である山があり、何故だろう、モゾモゾを動き出した。何か生まれるのかと思った瞬間、想像通りそこから視力が落ちそうな寝間着を着た男の子が誕生した。

 

「おい、本当なんだな!!」

 

「何がです?」

 

「今言ったこと忘れてるんじゃねぇよ! テメェ今寄付するって言ったよな、な!!」

 

 床に散らばった本を蹴散らして、ロアラスは首を絞めてきた。しかも前後に振り回すというオマケ付き。

 本気だ。眼に宿る迫力は先ほど胸倉を掴まれたときよりも数倍はある。

 

「ロ、ロア!! やめ、やめなさい!!」

 

 アルミィが割って入るまでロアラスに全力で振り回され続けた頭では軽い眩暈がなっている。この男に冗談はなるべくやめておこう。

 しかしなんだ。ソーイチの胸部よりも下の男に胸倉は掴まれ、頭は振り回され、しかも同じくらいの身長の女に止められるだなんて、眩暈も相まって不思議な気分だった。

 

「あ、ああ…いや今のはコイツが悪い! やるって言いながら惚けやがったぞ!」

 

「だからって手を出すのは駄目だよ」

 

「むぅ…。だけど、寄付するって話は本当だよな、な!」

 

 再び詰め寄ってくるロアラスに、苦笑いで頷く。

 剣幕掛かった表情が花弁が咲くように笑顔になっていく。

 

「よし。任せろよ、おい。今までにない、最高の技術を取り込んでやるんだから、窓際も最高のものを作れよ」

 

「努力はしますよ。だから窓際言うな」

 

 急激に上機嫌になったロアラス。子供のようにはしゃぎ喜ぶ。かと思えば急に崩した本を再び積み始めた。表情は笑顔のままで少々不気味だ。

 反面、気が付くとアルミィの顔はどんどん暗くなっていく。

 

「どうでもいいんですが、私の依頼も忘れないで下さいね、ロア」

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 夜も更けて、夕食(ちょうしょく)を兼用した夜食(ちゅうしょく)を、ついでに二人に振舞いながら済ませる。さすがに一人だけ食事をするのは味気ないし、食べさせないというのも後味が悪くなる。ロアラスはどちらかというと薄味の方が好きなのだが、振舞わないことで味が悪くなるなら振舞った方が良いに決っている。

 などと考えているうちに食事は終わり、パソコンに背を向けて座っていた。

 

「ま、そんなに難しくないな。浮力を生み出すくらいだったら飛行機でも補助として使ってるぐらいだし、問題はどのぐらいの大きさまで小型化するぐらいか」

 

「やっぱり…無理かな」

 

「んなわけないし、難しくないって言っただろ。ただ、それなりの施設がないとさすがにな」

 

 どんなに中身が最高のものでも、入れ物が中途半端では十分な効力も満足な動作も発揮できない。その逆は然りどころか必然だ。これは魔導工学だけに限らず、全てのものに言える事象だ。うちに秘める、起動すれば溢れ出す力に耐え切れずに瓦解してしまう。結果、暴走やメルトダウンといった最悪の事態に発展してしまうこともある。過去に例はないが、それでも警戒すべき事柄には違いない。

 

「そこは心配しなくていいよ。計画の権限で首都部の研究部を数日は使えるようにするから、リオークスよりも設備は整っているよ」

 

「へぇ。アルにしては凄いな」

 

「そうかな。この国の軍が挙げての計画なんだから文句は出ないよ」

 

 そう笑顔で首を傾けるアルミィの背後に恐ろしいものが見えた気がした。彼女の横に立つソーイチも感じ取ったのか、半歩ほど離れて視線を向けようとしない。

 首都部の研究部といえばこの国、フォリカで最高水準の設備と規模を有する場所だ。

 このような大規模の研究や開発などは市街地から遠く離れた場所に基地を据えて行うものだ。その典型的な例がリオークスと言える。昔は戦車や戦闘機などの試作実験場だったらしいが、戦争もなくなり平和に埋もれてしまった基地では反対の小規模なことしか行っていないと聞く。

 そんな辺ぴな基地に跳ばされたのだから、本格的な研究を目的に軍に入ったアルミィが懐(いだ)く、首都部に対する感情というのはあまり良いものではないはずだ。

 忙しい首都部の研究部を数日、彼女のことだから二週間は計画の権限を楯に占拠し続けるのだから、向こうも恐ろしいのを相手にしたものだ。

 

「にしても、お前の発想はいつも奇抜だよな。パワードスーツの開発はグーテルモルグの方が一日以上差があるのに、それを差し置いて先に発展型の兵器を造ろうだなんて、国内じゃいないだろ。しかも重量など云々関係なく飛ばそうとするし」

 

「それくらいしないから、フォリカは魔導工学と広さだけの国だって周りから言われるんだよ。陸軍は未だに剣なんか振り回してるし、空軍なんか殆ど飾りのような旧装備しかないんだから。折角の開発計画なんだから徹底的にやらないとね」

 

「そんなこと言っていいのか。お前と同じく開発計画に参加しているソイツはその剣を造ろうとしてるんだろ」

 

「ははは…」

 

 頬を引き攣りながらソーイチが笑っているが、眼は冷め切っている。

 アルミィが放った言葉が急所に当たったようだ。

 

「まぁそこは気にしなくて結構です。元々そこまで考えがあるわけじゃないですし、殆ど無理矢理参加させられたようなものなので。それにアルミィ主任には新兵器にも兵士にも使用できるものを造るつもりですし」

 

「でもどうするんだ。人が持つ剣のサイズじゃ、この大きさの人型兵器じゃナイフにもならないぞ」

 

 専門ではないが、人間が持つ剣の寸法は柄の先から刀身の先までで大体八十センチメートルが主流らしい。アルミィの考える新兵器は人間の倍以上の大きさなのだから単純計算でも二メートル、いやそれ以上は必要だ。

 そんな大きさの剣など、当然人に扱えるはずもない。だからといってどちらも扱える大きさにするのは安直過ぎる上に余計に扱い辛くなる。第一、その程度で解決するのであれば、この開発計画でなくても普通に造り出せる。

 

「一番の問題は両方が使えるという両立をどうするかだ」

 

「本来なら別々で造った方が効率がいいんですけど」

 

「何言っているんですか。軍上げての開発計画なのに、空気を銃弾にして自動装填される機関銃とか、風の刃で自在に長さを操れる剣とかじゃ勿体無いじゃないですか。その程度だったらこんな大規模な計画でなくても造れますよ」

 

「それはそれで使える気がするけどな」

 

「でもその程度だったら確かに造る意味がないですね。勿体無いですけど」

 

 これなら壊されないのに、と呟いたソーイチは虚しそうに天井を見上げた。特に天井に何かあるわけではない。あるのは一般的な蛍光灯と白い壁ぐらいだ。

 

「でも、風の剣というのは良い案じゃないですか。これなら刃の大きさは使用する人によって調節できますし、持つ部分だって兵士用のものにアタッチメントを付ければそのまま運用できますよ」

 

「そういうけどよ、刃部分で使う風の固定化ってのは難しいんだぜ。銃弾として使っているのは、簡単に言うと広範囲に吹いている風を一点に凝縮してぶつけているようなもんなんだ。ようは荷重の加わり方と同じさ。それに、あれは打ち出した時の加速も加わっているから高い威力を発揮しているし、時間も数秒間だから固定化もまだやり易いんだ」

 

「へぇ、そうなんだ」

 

 二人とも感心して聞いてくる。

 

「対してアルが考えたやつは長時間持続しなくちゃならないし、剣だから当然振り回すからベクトルやら出力やらの演算は複雑になるし、出来上がっても相当大きくなるだろうから両立どころか持つのだって難しくなるぞ」

 

「なら…どうしよっか」

 

 アルミィが話を振るとソーイチは考えに耽るように腕を組みだす。

 専門家のロアラスにだって難しいのに、知識の乏しい素人のソーイチに導き出せる案などない。武器という観点では彼の専門だが、この問題はどちらかというとロアラスの専門だ。かといって、剣など専門外のロアラスも導き出せるかというとまた無理な話だ。

 

「刀身を大きくするのは無理…ですよね」

 

「当たり前だ。さっきの風の話と違ってすでに固定化されているし、何より物質そのものだぞ。そんなこと、かの魔王様にだって出来るのかだって分からん。というより魔法(ほんもの)が見たいぜ」

 

「何言ってるの。彼らが魔法を使うようになれば、戦争が起きる危険もあるんだから。昨晩だって危なかったんだから」

 

「ああ、近隣の町であのガサラキ・ベギルスタンが暴れたんだっけ」

 

 四極元理論と魔導工学によって擬似的に模倣した魔法など、本物の前では芥子粒(けしつぶ)のようなものだ。複雑な理論を組み上げて、巨大な機械に押し込んで出来上がった成果も、彼ら魔王は指一つでそれ以上の成果を生み出せるのだから、ロアラスのような生粋の研究者であれば本物と模倣の違いをこの眼で見たいと考えるのは当然だ。

 だが平和という今のご時世では、否、今だけでなくこの先の未来で年老いても拝むことは出来ないだろう。見たいという願望の意味ではガサラキの暴動は魔法を見れた唯一の機会だったかもしれないが、結果は魔法を使うこともなく軍に鎮圧されたという。

 理論と記録だけの魔導工学という名の模倣だけを見続けて、どれだけ本物に近づけたのか分からないまま研究し続けるのも、魔導工学を学ぶものの道なのだろう。

 

「あのさ、固体化されてなければある程度は大丈夫なのか」

 

 などと耽っていると、何か思いついたようにソーイチが訊いてきた。

 

「何がだ」

 

「いやだから、固体化しているものの大きさを変えることは出来なくても、例えば水とかの液体なら刃状の物質に固体化出来ないですかね」

 

「んまぁ…、設定された特定の形状に固体化することぐらいなら可能だな。いやむしろ原理としては単純だから、さっきの風の例より簡単で小さく出来上がるな」

 

「ということは…リヴェルトさん!」

 

「それで考えた案なんですが――――」

 

 自信に溢れた、とはいかないが楽しそうに語るソーイチの顔は終始笑顔だが真剣だった。

 聞かされた二人は驚きもしたし、無茶だとも思ったが、興味を一片も削らずにいた。その案に対して否定の欠片も出さなかった。正直に言えば、今までの難題が学校の中間試験並のものに見えてくるほど難しい。先程言った可能や単純といった表現を取り消したくなっていた。

 何故なら、ソーイチの説明は報酬として貰う五衝輪理論の書物を早速使うことになるからだ。しかも使うのは五衝輪理論だけでなく四極元理論もだ。彼の考えた新たな剣は、双方の理論の組み合わせでのみ実現可能なものになっていると話を聞きながらロアラスは確信した。

 理論の勉強と同時進行しながら行う、複雑怪奇な原理を作り出す。この難題に背中に冷汗を感じながらも、意気込みや愉快さを混ぜた子供のような表情をしていた。

説明
今日で期末試験がオワタ!!ので投稿します、グダ狐です。
新年も明けてすぐの期末も友人と力を合わせてどうにか乗り切れました。感謝感激雨あられですw
それでも今日の試験は怖い予想しかない、というのは全く関係ないですが、これも縁ということなので公開します。
5です。お楽しみいただけたら幸いです。
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