百物語 最終章 〜“僕”の章と“俺”の章〜
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 〜“僕”の章〜

 

 誰かの提案で僕達オカルト研究会は百物語をする事になった。

 今年の夏に、長い間使われていなかった旧校舎が取り壊される事になり、それに合わせて恐怖ネタをやりたいという事だった。

 僕はあまり怖い話が得意ではなく、どちらかというと臆病かもしれない。今日はどんよりとした灰色の雲が空一面を埋め尽くし、いつ雨になってもおかしくない天気だ。吹く風もジメッとしていて、肌に纏わりついて離れない。何でこんな日に、薄暗い部室で怖い話を聞かねばならないのか、僕は逃げ出したくなってきた。それでも、自分の意思とは反対に話に聞き入ってしまうのは、心のどこかで怖いもの見たさという思いがあるからだろうか。

 語り部の中で一番異彩を放っていたのは、外部からやって来た男の人だった。あの人の怪談は、僕達の心を惹き付けて離さない。この百物語であの人にお鉢が回ってくる度、皆覚悟を決めたような、そして何かを期待するような目をする。

 一体、次に彼はどんな怖い話をしてくれるのだろうか? 言外に、そんな事を思っているのは明白だった。僕もその一人だったと思う。

 けれど、彼の怪談の最中にハプニングが起きた。不気味な言葉を繰り返しながら、あの人は床に溶けて、消えてしまったんだ……。あの時は皆、混乱した。その後、何事もないような顔で彼は僕達の中に戻ってきたけど、明らかにあれは普通じゃなかった。トリックなんて言ってるけど、僕にはそんなものとは思えなかった。でも、臆病な僕はそれを言及する勇気はなかった。

 そしてそのまま百物語は続けられ……ついに、最後の蝋燭が残された。百物語のラストの語り部は、やはりというか、床に溶けたあの男の人だった。

「ひひひ……俺が栄誉ある大トリとはね。誠心誠意、務めさせてもらうぜ」

 時刻はもう夜半の中頃。部室の空気が妙に重く、肩にのしかかってくるような気がしたのは僕だけだろうか。立て付けの悪い窓から漏れる生暖かい隙間風が僕の頬を舐めるように吹いている。何か得体の知れない気味の悪い物がここにいて、何かが起きるのを待っているように思えてならない。そんな言い知れぬ恐怖を感じさせる何かが、ここにはある。

 なぜだろう。

 なぜ、そんな事を思うのだろう。

 息をするのさえ苦しく思える。こんな気持ちは初めてだ。

 僕はそんな思いを断ち切るようにして、大きな声で言った。

「それでは、お願いします」

 いよいよ、百物語の最後の怪談が始まった。

 

「いやぁ、マジで百話の怪談が押し並ぶとはな。アンタら大したもんだよ。思い返すだけで色々あったよなぁ……。人の生き血を啜る桜の話、夜の虹の怪談……不幸を運ぶ天使なんてのもあったな。いや、ホント面白かった。今日参加できて、良かったぜ。……さて、と。じゃあ、最後を締めくくる怪談は……そうだな。これにしよう」

 男の人は指を立て、皆に言い聞かせるように語り始めた。

「――今年の夏、長い間使われていなかった旧校舎が取り壊される事になった。それに合わせ恐怖ネタをやろうと、あるサークルで百物語をする事になったそうだ」

 実に楽しそうに、男の人は言った。「おい、それって……」と誰かが言いかけたのが聞こえた。でも、男の人はまるで気にした風も無く、話を続ける。

「そこでそのサークルは、風変わりな男を呼んだ。三度の飯より怪談が好きっていう、妙ちくりんで陰気な野朗さ。思えばそれがケチのつき始め、そんな不審な男を呼んで百物語が無事に終わるはずが無い。そいつが怪談の途中で不気味な消失を遂げ、その場の人間達の度胆を抜いてみたりとかな。だってそりゃそうさ、そいつは――ヒトじゃないんだからなぁ!」

 ひひひと男の人は笑った。今の話は、明らかに僕達とこの人がモデルだ。だとすると、目の前のこの人はヒトじゃないって……?

 冗談だろうと考えた。でも、頭ではそう思っていても、体は震えていた。もしこの人が化け物だったら、あの謎の消失にも説明は付く。けれどそんな事は信じたくない。

 そのジレンマに陥った僕は、ただ彼の話の続きに全神経を傾ける事しかできなかった。

「そいつを混ぜてしまった哀れなるサークルのメンバー達は、そうとは知らず百物語を完遂してしまう。百物語は、よくないモノを呼び寄せるまじない儀式だ。儀式はめでたく成功し、よくないモノはここに招かれちまった。――ほうら、聞こえるだろう? 破滅の足音がよ……」

 男の人の言葉が途切れた直後だった。部屋の外を、ドタドタ、ドタドタと何かの生き物がたくさん走り回る音が聞こえた。何がいたのかは、外が真っ暗でよく分からない。ただ、薄ぼんやりと見えた影はとても大きくて、この世のものではないような気がした。

 恐怖に駆られ、思わず僕は腰を浮かせた。他の会員も浮き足立っているようだ。誰かの息を呑む音が聞こえた。

「こうして、百物語を行ったそのサークルは翌朝、全員が謎の失踪を遂げる事になる。捜索した教員達は、サークルの部屋が血溜まりの海になっているのを発見するが、不思議な事に生徒達の遺体はついぞ見つけられませんでした……と。これで俺の話はおしまいだ。ひひひ、ラストなのに短い話で悪かったな」

 そう言って、男の人は最後の蝋燭を手に取った。外の音は鳴り止まず、むしろ数を増しているようにすら思う。

 男の話が本当なら、僕達はこのまま殺されるのか!? そんなのは嫌だ……!

 

「――うわあああぁぁ!!」

 パニックになった僕は、蝋燭を持った男の人へと体当たりした。この百物語が終わってしまえば、僕達は殺される。そうならないためには、この蝋燭を消させちゃいけないんだ!

 僕の破れかぶれの思惑は成功し、男の人は蝋燭を取りこぼした。床に落ちた蝋燭は奇跡的に台座でバランスを取り、元の鞘に収まった。蝋燭は無事だったのだ。

 ――けれど、男の人はそうじゃなかった。僕が体当たりした事でバランスを失い、床に変な倒れ方をした。頭の方から突っ込んだような気がする。ぐぎっという音を立てて、何度か痙攣した後動かなくなってしまった。それと同時に、あれほどまで騒がしかった外の音はピタリと鳴り止んだ。

 あまりにも突然な事態に、僕を含め全員対応できなかった。誰かが男の人の様子を見て、言った。

「……なあ、おい。これって、死んでるんじゃ……?」

 その一言で、何人か男の人の体の様子を見た。僕は怖くて近寄れなかったけど、彼らは口々に言った。

「ねえ、この人……息もしてないし、心臓も止まってるよ?」

「本当だ。どうすんだよコレ、警察か?」

「完全に手遅れだよな。……おい、お前。殺人だぜ、これは」

 呼ばれ、僕ははっとした。そうだ、僕は意図せずこの人を殺してしまったらしい……。

 未だ現実感が湧かなかったけど、あの衝突音の嫌な感じは覚えている。僕はこの年で殺人罪を問われるのは嫌だったし、じわじわとこみ上げる恐ろしさも手伝って、つい自己弁護をした。

「……でも、わざとじゃなかったんです。それに、ほら、部屋の外の音が止んだでしょ? きっと、よくないモノが去ったんだ。それはこの人が呼んでいたからに違いなからで……。そうだよ、こうでもしてこの人を止めなきゃ、殺されてたのは僕達の方だったはずだ!」

 少し苦しい正当化ではあったけど、あながち間違ってはいないはずだ。少なくとも、百物語を止めた功績は評価してもらいたい。

 部屋の外の足音に恐怖を感じていたのは皆も同じだったようで、僕の言葉に渋々ながら頷いてくれた。

「じゃあ、この男はどうするんだよ?」

「身元不明の男の人なんでしょう? じゃあ、僕達でこっそり埋めてしまえば大丈夫ですよ。警察沙汰になれば、サークル解散は免れませんよ。皆さんも面倒事は嫌でしょう?」

 まるで自分の物じゃないかのように、僕の口から恐ろしい言葉がすらすらと出てきた。言った僕がびっくりするくらいだ。皆はもっとびっくりした。けれど、その悪魔の誘惑をはね退けようとする人もまた、存在しなかった。

 やがて誰ともなく首を縦に振り、それしかないなと口にしつつ、僕の案に賛同してくれた。

「この学校の裏手に、人気の少ない良い場所があった筈です。そこに埋めましょう」

 僕の働きが認められた事で、つい嬉しくなった。皆を先導するために死んだ男の人の側に近寄り、持ち上げようと触れた時だった。

 死んだと思っていた男の人の首がぐるんと動いて、僕の顔を覗き込んだ。僕達はそれを見て、今度こそ恐怖に負けて絶叫した。

 男の人は寝転んだままあの不気味な笑いを長く長く続けた。ひひひひひ、と。そして最後に、

 

「オマエラハ、ココデシネ」

 

 と言って溶けた。先程の怪現象の巻き戻しのように、どろりと床に溶けて消えた。その際に、床にあった最後の蝋燭を巻き込んで消火した。

「あ、蝋燭が……!」

 男の人が消えると同時に、先程まで鳴り止んでいた部屋の外の足音がまた聞こえだした。しかも今度は部屋のドアをバンバンと叩く音までする。

 僕は直感的に、これはもう逃げられないと悟った。僕達はきっと、ここで死ぬ。部屋の外にいる何者かに殺される。

「――助けてくれ!」

 僕の叫びは虚しく消えた。まだ死にたくはない!

 僕達の恐怖を煽るように、部屋の扉は音を立て続けた。そしてそれは、次第にみしみしと唸りを上げ始めて……!

 

 

 <終>

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 〜“俺”の章〜

 

 オカルト研究会で行われた、今日の百物語。最後の語り部となったのは、ひひひと笑うあの男だった。男の最後の怪談は、どう考えても俺達をモデルにしたものだった。百物語を終えた俺達はよくないモノに殺されて行方不明という、何とも後味の悪いオチである。

 それだけならまだ可愛い方だが、怪現象はここでも起きた。男の話に連動して、部屋の外から不気味な足音が聞こえ始めたのだ。百物語が終われば、俺達はこの足音の主に殺される……!? そんな異様な恐怖の中、男は最後の蝋燭を手に取った。

「これで俺の話はおしまいだ。ひひひ、ラストなのに短い話で悪かったな」

 その時だった。迫り来る恐怖に耐え切れなくなったのか、会員の一人――あいつは確か新入生だ――が叫び声を上げながら、語り部の男に飛びかかった!

 

 俺は――とっさに新入生を止めた。

 彼の体をがっしと掴み、その突進を止める事に成功したのだ。俺がこの新入生の席に近く、彼の様子が普通じゃない事に気付いたからこそできた芸当だった。俺がこの突進を止めたのは、語り部の男を守ろうと思っての事じゃない。この突進が、もっと事態を悪くさせるような何かを孕んでいたような気がしてならないから、だった。もしこれを見過ごしていたら……それこそ、俺達の身の破滅を招くような……そんな不安に、突如駆られたのだ。

 ともあれ、俺は力ずくでこの新入生を止めたのだが。語り部のあいつは蝋燭を持ったまま、こっちを見てひひひと笑った。その笑いが、何もかもを見通しているようで、ちょっとだけ癪に障った。

「ほお、やるねえ。アンタ、いい反射神経に洞察眼、それに第六感を持ってるよ。……じゃあ、褒美に一つ語ってやろうか」

「今更何を語ろうってんだよ」

 大人しくなった新入生を解放し、俺はぶっきら棒に尋ね返した。外の足音はまだ途絶えない。ここまで滅茶苦茶な状況なら、もうなるようになってしまえという気分が多少はあった。

「いや、なに。大した事じゃあない。この世でないモノ――物の怪、妖怪、魔、まぁ呼び名は色々だが――あいつらはな、ホントは……すっげぇ寂しがり屋なんだよ。それも極度のな。寂しくて死んじまう兎みたいな、そんな可愛らしい一面も持ち合わせてるんだなこれが」

「……はぁ?」

 どうして突然、こいつがこんな事を言い出すのか俺には分からなかった。

「どうしてかって? そりゃあそうさ、奴らは自分達が認識されなきゃ、そのまま消えてしまうんだからな。神が死に、科学で全ての説明が付くこの世の中じゃ、住みづらくなっちまったんだよ。だから、奴らは怪談を好む。自分達の残り香がそこにはあるからな。百物語は奴らにとっちゃ絶好の餌場みたいなモンなんだよ。怪談に意志があるとすれば、それは自身を広めようとする事のみだ。その端くれが俺みたいな木っ端でよ。闇に取り込まれた俺がどうにか生き永らえてるのも、怪談を広め続けるというチンケな役割を背負っているからでよう。笑っちまうよな、それほどまでに今の奴らは弱くなっちまったんだよ。……たった今、百物語にこの一話を加えた。これだけの事で、影響力が持てなくなるんだからよ」

 言われてみれば、先程まで騒々しかった足音はぱったりと途絶えていた。外の連中は、いなくなったのだろうか。もう大丈夫だ、と男は蝋燭を吹き消した。

「――お前は、俺達を助けようというのか?」

 疑問に思って、口にした。てっきりこいつは、俺達をどうこうしようと考えているに違いないと思っていたからだ。

「当たり前だ。怪談はなぜ語られる? 答えは、そこに人がいるからだ。アンタらが死んじゃ、語られるモンも語られないからな。アンタらは既に、この一夜で様々な怪談を知ったはずだ。そんなアンタらが、この先色んな奴らにそれを広めてくれる……。それだけで、俺達は幸せなんだ。俺の精一杯の脅かしも、無駄じゃなかったってこった」

 スペシャルサンクスは足音の主だ、と男は付け加えた。そしてそのまま、自然な足取りで部屋の扉に向かう。誰もが、彼はここを去るのだと感じた。たまらず俺は、それを呼び止めてしまった。

「おい、待てよ。……どこへ行くんだよ」

 男は振り返って、にやりと笑った。

「ここではない、どこかへ……だ。俺の役目は終わったからな、ひひっ」

 男がろくな性格をしていないのは百も承知だが、俺はあいつを嫌いになれなかった。経緯はどうあれ、奴は俺達を助けてくれた。怪談やら怪現象やらで散々脅かされたが、そこにあいつの悪意はなかった。第一、俺はまだまだあいつの怪談を聞いてみたい。あいつは、俺達の知らない話を山ほど知っているに違いないから。

 だから俺は、おのずと叫んでいた。

「――行くなよ! まだ俺は、お前の話を聞き足りないんだ!」

 他の会員も同じ気持ちだったのか、俺の言葉に同調してくれた。

「そうですよ。これじゃまるで、今生の別れみたいじゃないですか!」

「またひょっこり顔を出して、得意顔で怪談を聞かせてくれよ!」

 口々に別れを惜しむ声を聞いて、男は目を丸くしていた。その顔が馬鹿みたいで、そしてあいつは今まで一度もそんな表情を見せた事がなかったので、俺は何だかおかしくなった。男もそれがおかしかったのか、次第に笑い始めた。いつもの笑いとは違う、底抜けに明るい声で。

「……はは、はははは! アンタら馬鹿じゃねーの!? 俺みたいな化け物捉まえて『行くな』って、正気とは思えんぜ? ははは、バーカバーカ!」

 男が本心から罵倒していないのは明らかだった。照れ隠しなのかもしれない。やがて笑い終えた男は、びっくりする程優しい顔を浮かべて言った。

「まあ、安心しろや。アンタらが怪談を忘れない限り、俺も消えないからよ。そのうち、気が向いた時にでも会いに行くとするぜ。それが明日か何年先かは、分からんけどな」

 これ以上足を止めると互いに辛いと判断したのか、男は扉を開けて部屋を出た。

「じゃあな! 悪くなかったぜ、アンタらとの出会いはよ!」

 そう、言葉を残して。

 

 それからと言うもの、学校の怪談に一つの話が加わった。

 題して「怪談を語る男」の怪談。胡散臭げな風体で、喘息患者のような笑いをこぼす怪談好きの男の話である。この怪談が続けられる限り、少なくともあの男の存在が忘れられる事は無いだろう。

 俺はというと、あれから人気のない場所をよくチェックするようになった。ふと、暗がりにあの男が居座っているような気がするのだ。これまでは全部空振りだったが、今度こそと行ってみてはまた空振り。

 だが、それほどの魅力をあいつは有しているんだから仕方ない。もし会ったとして、何を言ってやろう。そして、どんな話をしよう。暇があれば、そんな事ばかり考えている。

 ――ほら。今も、あの薄暗がりにあいつが潜んでいるような気がする。

 ちょっとした期待に胸を躍らせつつ、俺はそこへ足を運んでみた。

 

 

 <完>

説明
――狂気が最高潮に達した時、“何か”が起こる。

(「僕」と「俺」で分岐します)
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