季球妖物語・第二幕「夢織人〜後日談」 |
「はぁ……。この数日、兄さんはそんな事をしていたのですか」
もう一度ため息をつき、薄茶色の髪の少年は小さく首を振った。一房だけ長い前髪に結わえられた紅い飾りが一緒に揺れる。
紫音寺の開け放たれた一室で、沙雪は雷封の義理の弟である霜雪(そうせつ)に今までの経緯を話していた。何故なら彼女はここの居候であり、霜雪は矛盾すると分かっていても彼女の使役者である兄にはあまり近づいて感化されて欲しくないという個人的な理由もあった。それで、ここ数日家を空けていたのは何故ですかと問うハメになったのである。
「椿白零絡みという事は……どうせ報酬は無し、でしょう?」
その名前を口にした時に、一瞬だけ嫌そうな顔つきになる。
「ん〜……。それが、そうでも無いみたいだよ。今回は単なる手伝いというより正式なお手伝いだったみたいだから」
「何ですかそれは。どっちにしろ手伝いじゃありませんか」
「何かね、椿さんの昔の馴染みが絡んでるって事だったらしくてさ。だから真面目に仕事してたらしいの、二人とも」
「……まじめ」
ぽつり、と呟く。
椿白零はともかく、兄には全く以って似合わない言葉だ。似合わなさ過ぎて笑えて来るほど、真面目のまの字も似合ってない。
「まぁ、あたいは最後の最後に呼び出されただけだから、詳しい事はあんまり知らないンだけどね。どうせなら、本人に聞いたら?」
「いえ。遠慮しておきます」
息ぴったり。即答だった。
二人の間に微妙な空気が流れる。
「……椿さんって綺麗な人だよねぇ。あたい、自信無くしちゃうなぁ」
話題を変えようと思ったのだろう。沙雪はにかっと困ったような笑い顔を浮かべてぽりぽりと頭を掻いた。
それを見て、霜雪は再びため息を吐く。
「沙雪、誤解しないように言っておきますが、椿白零は」
「男の人、でしょ? あたい、見てすぐに分かったよ。だから余計に自信なくしちゃうンじゃん」
霜雪の言葉に被せるように言い、男の人でもあんなに綺麗になれちゃうンだもンなぁ、と大袈裟に肩を落とす。ふざけているようで、案外と本当に気になっているのでは、と霜雪は思う。
「しかし、椿白零もまだまだですねぇ。貴女のような子供にまで見破られるんですから。夢紡ぎの名が泣きますよ」
「あ、大丈夫。先生は全ッ然気が付いてなかったから。どーせなら気が付かない方が幸せだったよ」
……やっぱり。
深々とため息を吐きながら、まぁ、正体を教える義務なんかこれっぽっちもありませんから気が付くまで放っておきましょうと心の中でのみ呟き、表では別の言葉を口にした。
「それで。その種田草雲大先生は、落日庵に住み着くつもりですか」
どちらにせよ、呆れた口調だ。沙雪も小首を傾げ、理解出来ないと言った風に眉を寄せながら頷く。
「どうやらそうみたい。実際会って話したのは事は一回しか無いのに、何であそこまで拘ってるのか分かんないよ」
「まぁ……草雲さんの思考等、分からない方が良いと思いますよ」
馬鹿にしてるのか本気なのか分からせない、一本調子の口調で言うと霜雪はふっと視線を外に走らせた。
普通なら。
普通なら、いくら面識があった人物の家とは行っても惨劇が行われた場所だ。一度は仕掛けとは言え、二度も惨劇の舞台になっている。そんな場所に、わざわざ進んで移り住む輩がいるとすれば、かなりの図太い神経を持っているか心臓に毛が生えているか、それとも何かを期待しているのか――いずれにせよ、そんなところだろう。
でも、この場合はどれも当てはまりませんね、と霜雪は心の中で独りごちる。何となくではあるが、草雲の気持ちが分からないでも無かったのだ。
彼にとって落日庵は居心地の良い場所なのだろう、と霜雪は思う。惨劇がどうとか、そんな事は関係無い。ただ、そこに居ると居心地が良い。しっくりと来る。多分、そんな感覚で、草雲は移り住んだに過ぎないと彼は思うのだ。
もちろん、あの先生の事ですから多少の気持ちを感じていないわけは無いでしょうけど、とまた心の中で続け、少年は深い紫の瞳をそっと閉じる。
では。
――私にとって、居心地の良い場所とは?
一瞬、何かが目の端に映って過ぎ去って行ったような感覚。思い出せそうで思い出せない、掴み取れそうで指の間から全てが零れ落ちていってしまうようなこんな感覚は、今までも何度も経験していた。
「……もう、何処にも存在していないのかもしれませんね」
ぽつりと、そう呟く。沙雪が不思議そうな顔をして彼を見た。
「何が?」
「いえ、何でもありません。独り言です」
「……ふーん」
白い少女が訝しげな声を出す。だが彼女もいい加減霜雪の性格を掴んでいるので、彼が独り言だと言ったら独り言なんだと思う事にしている。それ以上追求したところで、絶対に話しはしないからだ。
少女が自分から目を逸らしたのを感じ、霜雪は少し黄色く変色した畳に視線を落とす。
――惨劇が行われた場所。
その言葉に、何か酷く魅かれるものを感じながら、ま、そのうち何か思い出すでしょうと強引に思考を断ち切った。
全く、自分も物好きだなぁと思わないでもない。
綺麗に片付けられた室内を見渡し、必要最低限しかない自分の荷物を確認するかのように見つめた後、草雲はそっとため息を吐いた。
もちろん、千花には猛反対された。雷封や椿も流石に呆れたと言った口調で「好きにしろ」としか言わなかった。否、多分、言えなかったのだ――と思う。
何故、移り住む気になったのかは、自分でもはっきりとしない。ただ――気が付いたらそう口にしていただけの事――だった。
所狭しと並べられていた人形を寺に預け、自分の荷物だけになった部屋の中は何だかがらんとして味気が無い。色も多少、くすんでしまったようにさえ感じられる。
その中にぽつんと存在し、動き回る自分が、まるで異分子のように思えた。
沢山あった人形の中でも紅蘭だけは、青嵐と一緒の墓に眠らせた。事実、本人の骨を使って作られているものであり、寺に預けるよりはそちらの方がずっと自然に思えたからだ。
……まぁ。
化けて出たりする事も無いでしょう、と草雲は一人苦笑いを浮かべる。こんな事、今更になって考える方が十二分に笑えると彼は思う。
――私が、ここで夢を織らせて頂いてはいけないでしょうか。
もちろん、人形師の代わり等出来はしません。私は、私のやり方で、夢を見せているのです。
――夢物語。
初めて会った日に、椿に言われた言葉だ。あの時は全く実感が沸かなかったが、今となっては自分の書いた文章に、世界に憧れるという気持ちが少しだけ分かったような気がする。
時として、この世はあまりに残酷すぎる。
だから。
がたりと、戸が開いた。
主に断るでもなく勝手に入って来た雷封はすっかり物の無くなった室内を見回し、ホンッとに先生金目の物って何も持って無ェのなァと何処かズレた感想を言い。
「ほれ。引っ越し祝い」
そう言って押し付けた包みの中には饅頭が詰められている。引っ越し祝いと言いつつ、押し付けた本人はすでに一つ頬張っていた。
「はぁ……有難う御座います。真逆これ、御代踏み倒してきた物じゃあ、ありませんよね?」
「んあ? そンな事してねーッて」
「はぁ。それなら良いのですが」
「そーそー。ちゃんと、先生にツケとくッて事で話しつけて来たから存分に食えや」
「……はァ!?」
ごく当たり前、と言った口調で言われたので、一瞬頷いてしまうところだった。饅頭が思いっきり喉に詰まり、草雲は目を白黒させながらむせる。
「……そ、それ、は、踏み倒しと……ッ」
「一緒なンかじゃないぜェ? きちんと払うって約束して来たんだし、先生ならって事で信用もしてもらったンだぜ? 流ッ石草雲大先生。人望厚いねェ」
けらけらと笑ってそれじゃ遠慮なく、と二つ目に手を伸ばす。貰ったはずの草雲はむしろ食欲を失って呆然と赤毛の青年を見詰めていた。
――結局。
結局、この人と関わりを持ったのが私の――。
運の尽きなのか、それともツキ始めなのか。
……分からない。
矢っ張り、分からない事だらけだ。
――夢物語。
もしかしたら、自分ももうすでに夢物語の中に入り込んでしまっているのかもしれない。境界等、極めて曖昧模糊として自分が望めばすぐに越えてしまえる物なのだから。
――嗚呼。
やっぱり、分かりませんねぇと小さく呟いて。
今確かに分かっている事は、確実に財布が軽くなるという事だけですか、と心の中で独りごち、いつも通りの情けない笑みを浮かべたのだった。
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「夢織人」エピローグ。 | ||
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