Sky Fantasia(スカイ・ファンタジア)七巻の3
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第三章 薬

 

 

 十二月三十日

 今年もあと、二日となった今日。

 サブと同門で、転向したが同級の《ジーク・ヴァルキリー》と共に、朝から事件の捜査に駆り出されていた。

 その事件とは。最近、《グラズヘイム》で多発している《魔導士誘拐事件》。

 今回、サブたちに課せられた任務は、ある事務所の調査。その事務所を調査する理由は、ここ最近になって、業績が急激伸びると共に、明らかに社員とは違う者が、頻繁に出入りしていると、報告を受けたからだ。

 

 俺は、現在、西地区・本町に建つ、とある銀行の前まで来ていた。

 

「さー、お姫様たちを助けに、王子様が奮闘しますか」

「『王子様』って、自分で言うところが、サブはすごいね」

俺の隣に立つジークが、苦笑いを浮かべた。

 目の前のビルは、五階建てになっており、一階が銀行だ。そして、上四階が事務所という形になっているらしい。

 まあ、いつまでもここに居ても意味がないから、中に入ることしよう。

「そんじゃ、いきますか」

「なんだが、今日はいやにやる気だね」

「当たり前だ。俺に許可無く女にてーだしやがって、ゆるさね!」

「・・・・・・さあ、行こうか」

ジークは、それだけ言うと、さっさと歩いていった。なんだアイツ、ノリわりーなー。

 建物に入ると、受付の女性に、事情を話すと、奥のエレベータに案内された。

「周りの人の雰囲気から、銀行員たちは、ここのトップがなにをやってるのか、知らないみたいだね」

「だな。《令状》見せたときのリアクションは、演技じゃなさそうだし。渋るようすもなかった、な」

「この調子で、穏便に進めばいいんだけど、ね」

「そうすりゃあ、このあとは、予定ないし、街にナンパに行こうぜ」

「また? もうイヤだよ僕は。知らない人と話すなって、困るし」

「バカやろう。イケメン、二人で誘えば、確率上がるだろうが」

「・・・・・・普通、自分のこと《イケメン》なんて言わない―――あれ?」

そのとき、なぜか最上階のボタンを押したはずのエレベータが、一階下の四階で止まってしまった。

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 ドアが開くと、強面の人たちが、光るものを持って、俺たちを迎えてくれた。

 それを見た俺は、あまりの光景に苦笑いが漏れた。

「どうやら、穏便には行きそうにない、な」

「はぁ〜、まあ、期待してないよ」

「てめぇら!! なにしにきやがった!!」

テンションが、ガタ落ちしている俺たちに、目の前の、《や》の付くお兄さんが、怒鳴り声を上げた。

 俺は、半目を向ける。

 だが、ジークは、真面目に仕事をするようだ。

「僕たちは、《魔法連邦保護局》より調査ため、ここに来ました。これが《令状》です」

「ンなこたー。どうでも、いいんじゃ!! 餓鬼が、なんでここに居るかきいとんじゃ!!痛い目見る前に帰れや!!」

「・・・・・・えっと、ですから―――」

「ジーク、時間の無駄だ。さっさと上に行こうぜ」

聞く耳持たない相手に、律儀に説得しようとするジークを、俺は止めることにした。

「なめた口きく、じゃねぇか。ガキャあああああ!!!!!!」

そんなとき、《や》の付く人、その2が、襲い掛かってきた。

 ああ、ウゼぇ〜。

 俺は、向かってきたヤツの、横面を右手ではらい、頭から壁にめりこませた。

 すると、通路の奥から、

『きゃあああああああ』

「「!!」」

女性の、それも危機迫る悲鳴が聞こえてきた。

その瞬間、俺の怒りゲージが一瞬で振り切れる。

「てめーら!! なに、手―だしてんだぁあああああ!!!!!」

「「「こっちのセリフだ!! クソ餓鬼ぃいいいいい!!」」」

向こうサイドもキレてるが、関係ねー。

 俺は、目の前のザコを蹴散らすため、その場から飛び出した。

 

 そんな、サブたちが乱闘している別の場所、ポピーの部屋では、リニアが寛いでいた。

 

 バイトが休みのオレは、ポピーの部屋に訪れていた。

 

 オレの働くバイト先は、毎年年末がとても忙しくなるらしいが、今日は、シフトの関係で休みになっていた。だが、学園も冬休みに入っていて、特にやることがない。

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 だから、いつもの部屋で寛ぐ。

「・・・・・・だからって、ウチの家にこんでもええけど、な」

「そう言うなよォ。てめェだって、暇だったんだろォ?」

「まあ、大そうじも昨日終わったしなー。・・・・・・ところで、自分はもうおわったんやろうなー?」

「・・・・・・来年やる」

ポピーは、『アカンやん』と苦笑い浮かべながら、突っ込むと、オレの前にジュースを置いた。オレは、何も言わずに、それに口をつける。

 やっぱり、いじるヤツがいねェっと物足りねェなァ。

「リリのヤツ、今日はこねェの?」

「今日は、デートやって」

「マジで!?」

驚きの情報にオレは、ジュースを飲む手を止めた。

 しかし、すぐに口元が緩む。

「なんだァ? アイツら、ヤルことやってんじゃァねェか」

「残念、相手はカイザー君やないよ」

「はァ? ンじゃあ、だれだァ?」

「上級生」

それだけ言うと、ポピーはジュースの入ったコップに口をつけた。オレは、リリの周りの人間を思い出す。

 ・・・・・・全然思い当たるヤツがいねェ。

「相手は、だれだァ?」

「《ラルフ・モーガン》さんや。名前ぐらいは、知ってるやろ?」

オレは、頭の中の検索をかけてみる。

「ラルフ・モーガン・・・・・・いや、しらねェなァ。だれだァ? そいつ」

「まあ、リニアはそういうのに疎いから知らんかも、な。学園内では結構有名な人なんよ。容姿端麗、成績優秀、武術の才も恵まれとるらしいよ。女子の間では、すごい噂になっとるけど」

オレは、ポピーの情報から人物を想像してみる。

 ンな完璧なヤツ学園に・・・・・・。

 そのとき、一人のバカがオレの頭の中を横切った。

「・・・・・・今、知り合いが頭に浮かんだやろ」

「はァ!? ンなこと、これっぽちも思ってねェよォ!!」

エスパーか、コイツ。

 すると、ポピーが、オレの顔を見て楽しそうに笑う。オレは、それが面白くなく、コップに入ったジュースを一気に飲み干した。

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 またまた、場所は変わって、南地区。

 

 現在、わたしは学園の先輩であるラルフさんと、並んで街を歩いている。

 

「・・・・・・次、どこか行きたいところある?」

「えっ、えーと・・・・・・」

ラルフさんの質問にわたしは、言葉を詰まらせてしまった。

 デートなんて初めてだし、こういう時、どう応えればいいのか分からない!

 わたしは、焦って頭を動かす。

 すると、ラルフさんが 急に吹き出したように笑い出した。

「マーベルちゃんって、本当にデート、したことないんだな」

「うぅー、す、すみません。引き受けたのわたしなのに・・・・・・」

「いや、別に気にしなくていいよ。これはこれで、俺は楽しんでるから」

ラルフさんの顔には、本当に楽しそうな笑みを浮かべていた。その表情を見て、わたしは少し気が楽になった気がする。

 ところで、なんで今、このような状況になっているかは、リョウ君とケンカした十二月二十六日まで話が遡る・・・・・・。

 

 十二月二十六日 学園中庭

「まあ、飲みなよ。少しは温まるよ」

わたしは、呆気にとられながら、その人の顔を凝視した。すると、その人は、わたしに缶コーヒーを握らせると隣に腰を下ろす。

 渡された缶は少し熱く、冷たくなった手を温めてくれる。

「っで、女の子一人、こんな淋しいところで、なに物思いにふけてたの?」

わたしが、缶を手の中で転がしていると、先輩は、直球で疑問をぶつけてきた。その言葉にわたしは、視線を上げる。その人の顔を再度見てわたしは、一つの名前を思い出す。

「《ラルフ》さんこそ、なんでこんなところへ?」

「うん? 俺はそこの渡り廊下で君が座ってるのが見えたから」

そういうと、ラルフさんは缶を持つ手で指す。

「それだけじゃあ、わざわざこちらに来る理由に、ならないんじゃないですか?」

わたしは、ラルフさんの行動が理解できなかった。

しかし、ラルフさんは、当たり前のように答えてくる。

「後輩が、困ってるように見えたんだから、先輩が悩みを聞いてやるのは、当たり前だろ? まあ、あまりヘビーな悩みなら、答えられないけど、な」

 そういうと、ラルフさんは、まぶしい程のきれいな笑みを浮かべた。その言葉に、わたしは、驚いて目を見開く。

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 この人は、そういうことが、自然にできる人なんだなー。

「で、そんなお節介な先輩から後輩に質問は、さっきのヤツね」

わたしは少し悩む。

 でもまあ、この人なら大丈夫かな。

 そう思ったわたしは、さっきほど起こした、ケンカの話をすることにした。

 わたしが話している最中も、ラルフさんは真剣に聞いてくれた。そして、一通りわたしが話しを聞き終えると、ラルフさんは、頭の中を整理しているのか、黙り込む。

「・・・・・・8対2かな」

「8対2?」

いきなりの言葉に、わたしは思わず訊き返してしまった。

「2はマーベルちゃんが悪い、な。元々、カイザーとは約束はしてなかったんだろ?」

「それは・・・・・・そうです」

よくよく考えればそうだ。《約束》はしていない。わたしが勝手にみんな一緒に過ごすものだと思ってたことだ。それができないからリョウ君にあたって・・・サイアク、わたし。

 わたしの中で、すごい後悔の念が押し寄せてくる。

 そんな中、ラルフさんの話は続く。

「っで、カイザーの3は、理由を言わないところ。家族に隠し事はよくない」

「えっ?」

思っていなかった言葉に、わたしはラルフさんを凝視した。その視線にラルフさんはやさしい笑みを浮かべる。

 でも、あと、

「残り5はなんですか?」

「野郎が、女にキレちゃいけねー」

「・・・くす、なんですか? それ」

そのラルフさんの回答に思わず吹きだしてしまった。すると、自然と気持ちが楽になった気がした。

 気持ちが落ち着いたわたしは、ラルフさんにお礼を言う。

「ありがとうございます。楽になりました」

「そっ、じゃあ、先輩からアドバイス」

「?」

「相手より先に謝らないこと。こういうのは野郎から先に謝らせないとダメ」

「そうなんですか?」

でも、リョウ君がわたしの怒った理由に気付くとは、到底思えないんですが。

 リョウ君とのケンカは初めてなので、リョウ君から謝ってくるなんて、想像ができない。

「・・・・・・無理じゃないですか?」

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「まあ、大丈夫だろ。君の周りの人間が気付かせてくれるって」

「えっ? ラルフさん、みんなのこと知ってるんですか?」

「あ、それは・・・・・・ほら《学園祭ライブ》のとき息ピッタリだったじゃん。だから、仲いいと思ったんだけど・・・・・・もしかして、違った?」

なるほど、それで。

 ラルフさんの言葉に納得すると、わたしは素直に肯定した。

 そのあとも、ラルフさんに色々アドバイスをもらった。

 そして、一通り聞いたところで、わたしが一言。

「色々ありがとうございました」

「いや、俺も君と話せてうれしかったよ」

「お上手ですね。なんか、アドバイスもらってばかりで悪いですね。わたしも、なにかお礼ができればいいんですけど・・・・・・」

「それじゃあ、一つ頼んでもいい?」

ラルフさんは、少し遠慮がちに頼みごとをされた。

 わたしは、二つ返事に受けると、この日は番号を交換して、お互い教室に戻った。

 

 そして現在に戻る。

 カフェを訪れたわたしたちは、少し休むことにした。そんなときでも、ラルフさんが会話上手なおかげで、途切れることがない。だから、気まずい雰囲気にならないので、とても安心できる。

 ちなみに、現在、わたしが受けている依頼とは、ラルフさんとの擬似デートだ。なんでも、最近一人の女性にしつこく言い寄られていて困っているとのこと。ラルフさんは、その女性の交際を何度も断っているらしいんだけど。そして、最近はエスカレートして、ストーカーまがいのことを、されているらしい。

 今も、どこかで見ているらしいけど。

 なので、この擬似デートを見せて諦めさせるのが、今回の依頼内容だ。

「・・・・・・それにしても、今日の服装かわいいね。いつもそんなの着てるの?」

「えっ? い、いえ。いつもはもっとラフな服装ですよ」

こういうのが、勘違いをうんでるんじゃないかなー。

 わたしは、苦笑いを浮かべて相槌をうった。

 ちなみに、今のわたしの服装は、ダウンコートをはおり、中はTシャツにスカート、ロングブーツといった、当たり障りのない格好をしている。

 デートが初めてなわたしは、こういうときの着る服が、全然判らないので、昨夜一人部屋の鏡とにらめっこした結果だ。

 よかったー。おかしくないみたいで。

「ラルフさんも格好いいですよ」

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「そう? 俺はいつもと全然変わらないんだけど、な」

そういうと、ラルフさんはうれしそうに笑った。すると、不意にラルフさんは、伝票を持って立ち上がった。

「そろそろ行こうぜ。まだ、とっておきな、場所を教えてないし」

「へぇ〜、そんなところがあるんですか?」

「気に入ったら、彼と仲直りしたときにでも使いなよ」

「えっ? そ、そうですね」

いきなり、リョウ君が会話に登場して、わたしは一瞬固まってしまった。

 最近、すれ違っている彼のことを考える。

「・・・・・ばか」

わたしは、空を見上げると、そんな言葉が漏れた・・・・・・。

 

 場所は変わって別世界《ユーダリル》

 魔連が管轄するこの世界に、現在、三人の局員が《グラズヘイム》応援に来ていた。

 三人の局員が調査で訪れたは、民間警備会社のビルである。そこで、大バトルとなったが、三人はあっという間にビルを制圧、組織の構成員をこの世界の支部に任せて、今は、重要な証拠を捜索中。

 だが、その捜査も、騒動で、変わり果てたビル内では、探すのが困難になっていた。

 

 薬品を密輸入している組織を鎮圧した俺、サクヤさん、セリーヌさんは、証拠をみつけるため、手分けして屋内を捜索する。

 

 しかし、あれこれ一時間ぐらい探しているが、なかなか見つけることができない。フロアが広いのもあるが、一番の理由は、

「サクヤさんが暴れた所為だろなー」

「なっ! 貴様、人の所為にするんじゃない! お前が大暴れしたからだろうが! 見ろ! 通路がこんなにも風通しがよくなったではないか!」

サクヤさんは、通路の方を指差した。屋内で魔法を使ったことにより、あちこちに、穴ができてしまっている。おかげで、八階からの見晴らしはとてもいい。

 まあ、これはもう、通路じゃないだろうな。しかし、サクヤさんだって、大技連発してたよなー。

 突っ込みたいけど、やめておこう。アトが怖いから。

 そんなことを考えつつ、俺は散らかった部屋を捜索する。

『二人ともあったわよ』

そのとき、不意に、隣の部屋から声が聞こえてきた。俺とサクヤさんは、声がする部屋に移動する。部屋に入ると、金色の長い髪の女性《セリーヌ・ヴァルキリー》さんが、アタッシュケースを抱えて立っていた。俺たちが近づくと、セリーヌさんは、近くにあった机の上にそれを置き、ふたを開ける。すると、中から出てきたものは、注射器と液体の入った小瓶だ。

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 セリーヌさんは、小瓶を一つ取り出すと、蓋を開けて、においを嗅ぎだす。

 その瞬間、俺の鼻が、強烈な甘いにおいを捕まえた。

「うっ」

うぇ、気持ちワリー。

「どうした? リョウ」

「大丈夫? 顔色悪いけど」

すると、二人が、俺を気遣ってくれた。

「二人とも平気なんですか? すっげー、臭いだけど」

「におい? ・・・・・・んー、少し甘いにおいがするけど・・・・・・」

「どれどれ・・・・・・言われてみればそうだな。しかし、そこまでキツイにおいではないが」

・・・・・・なるほど、《ずれ》の影響が、俺の嗅覚を強くしてんのかー。

 分かったら、苦笑いが漏れた。

「リョウ」

すると、セリーヌさんが、心配そうな顔で声を掛けてきた。

「まさか、あれの影響? エイルに聞いたけど、この間の結果、あまり良くなかったんでしょ?」

「えっ? なんでそれを」

「なにぃ? リョウ、お前この間、私に『変わってない』と言ったじゃないか! どういうことだ!?」

「えーと、あれは、その・・・・・・」

セリーヌさんの発言で、サクヤさんの表情が、強張り、掴みかからんとするぐらい俺に近づいてきた。俺は、後ろに引くがすぐに背中が壁に当たってしまった。

 くそ、なんであの人、バラしてんだよ。しかも、一番知られたくない人に。

 俺の額から汗が流れる。

 そのときだ。

「セリーヌ一佐、ビル内にいる組織員の搬送、終わりました」

ここの支部の人が、部屋に入ってきた。

 ナイスタイミング!

「分かりました。それでは、あとの事後処理、任せてもよろしいですか?」

「はい。あとのことは、我々に」

そういうと、その男性は、鑑識の人を部屋内に呼んだ。

 俺たちは、引継ぎを追えて、時空港に向かった。

 その間、俺は、極力サクヤさんと二人っきりに、ならないようにしたのだった。

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 俺は、銀行の取締役を、テーブルの向かい側に座らすと、とても紳士的な取調べをしていた。

 

「ぎゃああああ!!!!!」

「はーい、次、中指いくよー」

魔法で取締役の手をテーブルの上に縫いつけると、俺は、ゆっくりと指を曲がらない方向に曲げた。

「て、てめぇ、魔連の局員が、こんなことしていいと思ってんのか! 訴えるぞ!」

「なら、言えないように、その首をコイツで刺してやろうかなー」

俺は、近くにあったアイスピックを持つと、手の上で転がして遊ぶ。

 すると、見る見る目の前の奴の顔色が変わっていくのが分かった。

「サブ、保護の方と応援の連絡終わったよ」

「マジで!? もう終わったの? ああー、てめぇ! なんで早く吐かねぇんだよ!」

俺は、テーブルから乗り出すと、取締役の胸ぐらを掴んだ。

「それと、上からラブコールがきたよ。勝手な行動に、マリアさん、カンカンだったよ」

「・・・・・・マジで?」

「ホント」

ああー、また始末書書くのかよ!

 もう、どうでもよくなった俺は、半目で取締役を睨む。

「っで、おっさん、もう全部の指、やっていい?」

「ま、待て! 話す! 話すから待ってくれ!」

取締役の説明はこうだ。

 銀行がつぶれそうなとき、うまい儲け話を持ったヤツがここに訪れた。その内容は、薬のテストを手伝え、言わば被験者になれだ。使用した効果の結果をソイツに伝えるだけの簡単仕事。それだけで、数百万も金が手に入ったらしい。

「そして、これがその薬品だ」

すると、取締役は、内ポケットから、小さなケースをテーブルの上に置いた。

 俺は、それを手に取ると、蓋を開けて、中身を確認する。

「・・・・・・なんだぁ? これ」

中身は、注射器と薬の入った小瓶が二本入っていた。俺は、その一つを手に取り、蓋を開ける。そして、匂いを嗅いでみと、微かに甘い匂いがした。

「その薬は、魔力を飛躍的に伸ばす薬だそうだ。お前たちが相手をした者たちは、ほぼ全員、それを使っていたんだが・・・・・・」

「あれ全員魔導士かよ。良くあんなに集ったなー」

ざっとみ、50は居たぞ。

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「あれは魔導士ではない。すべて、《スラム》から呼んできた、元はチンピラだ」

「おいおい、じゃあこれって」

魔力が無い者に魔力を与えるのか? なるほどな、戦り合ったとき、違和感があったのはこれか。

 一人納得した俺は、その証拠品をしまう。

 だが一つ、

「その話を持ってきた奴、目的はなんだ? 聞く限り、アンタのメリットしかねーんだけど」

「あ、あと、このテストも頼まれた」

すると、取締役は、慌てながらもう一つ、ケースを俺に差し出した。俺は、それを受け取ると中身を確認する。その中には、またも注射器と薬の入った小瓶。だけど、小瓶に張ってあったラベルの色が違った。

「・・・これの効果は?」

「そ、それは、なんでも魔導士に打ち込むと麻痺を起こすらしい。詳しくは知らない。ホントだ」

なるほど、これで女魔導士を拉致ってやがったのか。

 俺は、小瓶から視線を取締役に戻す。

 すると、取締役の顔が引きつる。

「もう、なにも無いぞ。『この二つの薬品を試してくれ』というのが依頼だったんだ」

まあ、ウソは、ついてないみたいだな。

「さてと―――」

「帰るよ。サブ」

「えー」

俺は、半目でジークに抗議した。

「どうせ、被害者に会いに行くつもりでしょ。二次災害が起きそうだからダメだよ」

「なにを言う! 俺は、確認に行くだけだ! 女の裸ぐらいで赤くなるお前が、ちゃんと保護できてるか」

「ちゃんとできてるよ! それに、僕はサブと違って、免疫力がなんだよ」

ジークは、顔を赤くして抗議してきた。

 初心め。

 そのとき、多くの足音がこちらに近づいてきた。

「さあ、引継ぎしにいくよ」

「はぁ〜」

俺は、渋々、ジークのあとにつづいた。

 

 わたしたちは、しばらくの間、並んで歩いていると、急にラルフさんが耳打ちをしてきた。

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「(リリちゃん。少し道からはずれようか)」

「えっ?」

急になに言ってるんです!?

 かろうじて声は出なかったけど、わたしは、驚愕して心臓の鼓動が早くなる。

「(ど、ど、ど、どうかしたんですか?)」

だけど、ラルフさんの表情は少し険しいものに変わっていた。

「(うしろ。さっきからずっと付けられてる)」

その言葉にわたしは、チラッと後ろを確認する。人数は五人。雰囲気が一般人と違い、こちらをじっと睨みつけているようだった。

「(・・・・・・あまり、いい雰囲気じゃないですね)」

「(なにか心当たりある?)」

「(いえ。心当たりは・・・・・)」

「(俺はどれか分からないなー)」

「・・・・・・」

原因はここかも。

 わたしは、ラルフさんを半目で見る。当の本人は何食わぬ顔をしている。

 さて、どうしよう?

「そこの路地に入ろう。ここで暴れられても、通行人を巻き込みかねない」

すると、ラルフさんが目の前の路地を指差した。わたしは頷くと、わたしとラルフさんは、路地に逸れた。

「はーい。いらっしゃーい」

だけど、これが裏目に出てしまう。路地に入るなり、さらに五人待っていたのだ。わたしは、すぐに後ろを振り返る。先程つけてきていた五人が、路地へと入ってくる。

 囲まれた。

 わたしとラルフさんは、自然と背中合わせに立つ形になる。

「てめぇら、俺たちになんか用か? 今、取り込み中なんだけど。邪魔しないでくれる?」

「ああっ、連れないこと言うなよ。俺たちも混ぜてくんない?」

すると、ラルフさんの質問に一人が応えた。わたしは、周りを見渡す。

 相手は、みんな刃物を持っている。逃げ道は完全に塞がれてるなー。

 もう騒動は回避できない。

 わたしは、戦闘体制をとる。

「まったく、空気読めねぇ奴らだねー。いいぜ、すぐに終わらせてやる」

すると、ラルフさんは口元に笑みを浮かべた。それが合図に、ラルフさんが腕に巻いていたチェーンのアクセサリーが光りだす。そのチェーンは、形が変わり、槍の形へと変化した。

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「どうする? うしろのも俺が戦(や)ろうか?」

ラルフさんは、顔だけこちらに向けた。

「大丈夫です。任せてください」

「ヒュ〜♪ じゃあ、頼むよ」

わたしの答え聞くと、ラルフさんは、前に向き直った。

わたしは、いつまでも助けらるだけじゃない。

 わたしは、胸の中で言い聞かせると、足元に魔法陣を展開させた。

 

 時間は戻り 二ヶ月前・・・・・・。

 

「『《接近戦》の戦い方を教えてほしい』だァ?」

「うん。わたしも皆のように戦いたいの。だから、教えて」

ある日、わたしはいつも一緒にいる二人に、相談を持ち込んでいた。理由は、わたしが、いつも誰かに守られて事が嫌だったから。いや、守られすぎているからだ。だから、わたしも一人で戦えるようになりたいと思い、二人に相談したのだ。

 だけど、リニアは怪訝な顔を浮かべた。

「ンなもん、無理に決まってんだろォ。テメェ、自分の能力把握してんのかァ?」

即答!? もう少し考えてくれてもいいのに。

 リニアの胸に刺さる一撃を受け、すごく落ち込む。しかし、リニアの追撃は、止まらない。

「大体、てめェには、致命的な欠点があンだろォ」

「・・・・・・欠陥ってなによ?」

「運痴」

「ヴっ」

グサッと刺さるリニアの言葉に、わたしは早くも瀕死の状態になった。というより、そこまで言わなくてもいいのに。

 うー、泣きそうだよ。

「まあまあ、リニア、そのへんにしたり。リリちゃんも、なにか思ってのことやろ。そこまで、攻めたら可哀想やで」

「ポピーちゃーん!」

わたしは、庇ってくれるポピーちゃんの胸に飛び込んだ。そんなわたしを、ポピーちゃんは、「よしよし」と慰めてくれる。

やっぱり、ポピーちゃんは味方だ。

「チッ、完全にオレが、ワルもんじゃねェか」

リニアは、不機嫌そうな表情を浮かべた。すると、ポピーちゃんが答えてくれる。

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「まあ、いくつかやり方はあるんやけど。リリちゃんは《遠距離型》やろ? どうして接近戦なん?」

わたしは、顔を上げる。

「今のわたし、完全な《後方支援型》でしょ。だから、今まで、それようの戦術の勉強できた。でも、最近の実戦でそれだけじゃ、ダメだってことが分かったの」

そう、みんなと任務にこなしていて、何度も危ない場面があった。そのたび、リョウ君やみんなに助けてもらってばかり。

「だから、せめて自分の身ぐらい自分で守れる力がほしいの」

「なるほど、な。まあ、てめェのケツぐらいてめェでふけねェといけねェと、な」

「うん。だから、リニアは戦ってるとき、どんなことを考えてやってるのかなーって」

その質問に、リニアは眉をハの字にする。

「ンなこと言われてもなァ。オレの場合、『相手より先に潰す』ぐれェしか考えてねェ」

それは絶対に無理です。

 わたしは、その答えに呆れると、リニアに半目を向けた。そして、ポピーちゃんのほうへ視線を向ける。

「んー、色々戦略を考えるけど・・・・・・『吹き飛ばす』が多いかな。相手との距離ができて体制立て直しやすいし、な」

「なるほど」

さすがポピーちゃん、理にかなってる。

でもそれだと、

「後ろからの攻撃には、どうしよう?」

「そうやねー、ウチなら風の動きである程度反応できるけど。即席な打開策にはならんかー」

それだけ言うと、ポピーちゃんは腕を組んで考え込んでしまった。

 なんだか、悪い気がしてきたよ。

 すると、リニアがめんどくさそうに口を開く。

「メンドクせェなァ。近づかれたら、殴って終わらせろォ」

「いくら強化≠フ魔法を纏っても無理だよー。もともとの腕力が全然ないもん。もう、真面目に考えてよ」

「ハァ〜、ンじゃ、放電でもすりゃァいいじゃねェか。昔のゲームキャラみてェに」

わたしたちの発言に不機嫌そうな声を出すリニアは、おもむろに右手を上げた。すると、その右手から《電気》がビリビリと音を発てて表れた。

「それ!」「それや!」

「・・・・・・はぁ?」

わたしたち二人の声にリニアは、怪訝な表情を浮かべた。

 どうやら、わたしとポピーちゃんは、同じことを思いついたようだ。

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 そして時間戻り・・・・・・

 

「うおおおおおおお!!」

目の前の男性が、声を荒げてわたしに向かってきた。わたしは、右手をその相手に向ける。

 刃が振り下ろされる。わたしは、魔力を集中させ、手の平から雪色の魔法陣が出現させ、魔法壁アイギス≠ナ刃を受け止めた。そして、すぐに開いている左手に魔力を溜め、魔力弾ホーリーショット≠カウンターで放ち、相手を後方に吹き飛ばした。

 吹き飛ばした相手は、そのまま気絶して動かなくなった。だけど、大丈夫。殺傷能力がない魔法なので外傷はないからだ。

「スゲー魔力運用だなー。こりゃー、俺も負けられねーなー」

背中から聞こえた声にわたしは、後ろを振り返ってみた。そこでは、ラルフさんが大勢の人を相手に大立ち回りをしていた。その動きは、わたしでも分かるぐらい鍛えられた動きだった。ラルフさ んは、一人また一人と次々倒していく。

 さすが先輩。全然余裕だ。

「リリちゃん!! 上!!」

「えっ?」

わたしは、その声に、すぐに上を見上げる。そこには、建物から四、五人の相手がこちらに向かって飛び降りていた。

 増援! 魔力弾じゃあ、間に合わない。

 目の前の人たちも、それに合わせてこちらに駆け込んでくる。これじゃあ、アイギス≠ナ片方を止めても、もう片方に隙を作ってしまう。

 だから、

「そのために、アレを用意したんだ!」

わたしは、すぐに魔力運用を切り替えた。体中に流した魔力を全方向に放出する。

その瞬間、わたしは、周囲数メートルに放電を起こした。もちろん、わたしに近づいた人たちは、たちまち感電した。

 これが、わたしの答えだ。

周りの空気を粉のようにばら撒き、一気にそれを放電させる。リニアのアイディアから生まれた魔法。これなら、接近戦になっても相手を牽制させることができる。

 でも、

「使い所は、考えものだなー」

黒焦げになった建物の壁や地面を見て、わたしは苦笑いが漏れた。

「あとで、謝らないと。お姉ちゃんに怒られるかなー」

伝えたときの、お姉ちゃんの顔が目に見える。

 ・・・・・・・やめとこう。襲われたなんていったら、また心配しちゃう。

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「へぇー、そんな魔法まで持ってたんだ。用心してよかったぜ」

「えっ?」

不意に聞こえた声に、わたしは、驚きの声を上げた。いきなりわたしの首筋に、なにかが刺さる。 その瞬間、体から力が抜けていく。

 わたしの体が、糸が切れた人形のように地面に倒れる。

 少しずつ、意識が切れていく。

 なん・・・・・・で、あなたが・・・・・・。

 そこで、わたしの意識が暗闇に落ちた。

説明
七巻の続きです。
引き続きどうぞ。
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