ポケットモンスターNovels 第6話 |
*
ハクタイの森。森の洋館。
マキナ『あ、これ美味しい』
私とスズナは、洋館の一室に置かれていた羊羹をもぐもぐと頬張っている。
緊張感のかけらも感じられない。
スズナ『うんうん、熱いお茶とか欲しいかも』
もぐもぐ。
あ、カイリがなんかすごい目で私とスズナを見てる。
そりゃあそうか。
古ぼけた無人の洋館の一室に、あからさまに不自然に置かれていた羊羹。
しかもご丁寧な事に、羊羮は均等に切り分けられていた。
それを躊躇なく食べたスズナもすごいが、つられて食べる私も私だ。
もりのようかん、って、誰かのブラックジョークだろうか。
笑えない。
これで腹痛でも起こせば、なおさら笑えない。
って、
マキナ『スズナ、最後の一切れ食べちゃったの?』
狙ってたのに。
スズナ『え? マキナが食べたんじゃないの?』
と、2人の視線がカイリに集中した。
それに気付いたカイリは、ムッとした様子で口を開く。
カイリ『……その視線はいったい、』
なんだ、と言いかけたカイリの表情が固まった。
視線は私たちの後ろ、食堂の方を向いている。
背中に悪寒を感じる。
『あの、こんにちは……』
ナニカキコエタヨウナキガスル。
カイリが青ざめた様子で私たちの後ろの方を指差した。
ゆっくりと振り向く。
そこには、髪の長い女性がうっすらと笑みを浮かべて立っていた。
マキナ『ぎゃあぁぁああああああぁぁぁぁぁぁぁあッ!!』
スズナ『いやあぁぁああああああぁぁぁぁぁぁぁあッ!!』
『ひゃあぁっ!?』
え!? え!!?
向こうも驚いてるし!
ちょ、これどういう事だ……!?
『び、びっくりしました……急に大声を出すなんて……』
って、人間だよ!
この人ちゃんと人間してるよ!
あれ、この人とか人間してるとか何言ってるんだ私!
カイリ『五月蝿い。……失礼ですが、貴女は?』
立て直すの早っ
『え、えぇ。私はモミと言います。ハクタイシティのナタネちゃんに洋館の調査を依頼されて来ました』
モミさん、か。
緑色の髪に緑色系の服。身体が細くて背が高く、気弱そうな人だ。
カイリ『調査、と言うと』
カイリが聞いた。
モミ『この洋館でお化けを見たっていう噂が絶えないんです。ナタネちゃんはお化けとかダメですから……』
ナタネさん、お化け苦手なんだ。
……じゃなくて、
マキナ『あの、良かったら私たちも手伝います! ね、スズナもカイリも良いよね?』
モミさんには失礼だけど、こんな弱そうな人が1人じゃ不安すぎる。
そのお化けが一体なんなのかもちょっと気になるし。
スズナ『勿論オッケーだよ』
スズナは快く答えてくれる。
カイリ『……ナタネに貸しを作っておくのも悪くないな』
カイリは不満そう表情をしているが、その実、嫌ではなさそうだ。
よし。
マキナ『と、いう事でお願いしますモミさん!』
モミ『あら、元気ですね……じゃあ、お願いしようかしら』
うん、面白くなってきた。
カイリ『おい』
ん?
カイリが私にしか聞こえないだろう小声で話しかけてきた。
視線もそっぽを向いている。
マキナ『なに?』
私もカイリの方を見ないまま、小声で応答する。
カイリ『僕達が追われている身だと言う事は忘れるなよ』
……やっべ、すっかり忘れてた。
これっぽっちも頭に残ってなかった。
マキナ『だからって、ずっと気を張ってても疲れるだけだし』
まあまあ。そういう事でご勘弁を。
カイリ『大丈夫だとは思うが、一応、念の為にな』
マキナ『ん』
少し緩みすぎてたかな。
気をつけよう。
……あ。
そういえば、結局、誰が羊羮の最後の一切れを食べたんだろう。
よくよく考えてみれば、カイリは多分こっそりつまみ食いなんてしないだろうし。
モミさんは物理的に不可能な位置にいたし。
うーん、噂のお化けとやらが持って行ったとか?
まさかね。
*
『ガッハッハ! 客人はちゃんともてなさないといかんなぁ同士!』
『きひゃっ、ひゃははははははは! そうとも大歓迎さぁッ!』
『……馬鹿』
*
洋館内の探索をはじめて数分。
スズナ『出ないねー?』
つまらなそうに、スズナが言う。
出ないなら出ないで、それが1番楽で良いんだけど。
カイリ『……いや、何か来るぞ』
って思ってるそばから。
一体、何?
マキナ『モミさん、退がって』
モミ『は、はいっ』
暗く先の見えない廊下の向こうからけたたましい複数の笑い声と共に、何かが高速で飛来する。
次の瞬間、暗闇から姿を現したのは、
『ガッハッハ! 歓迎の意を込めてバラバラにしてやろう、客人っ!』
『きひ、ひゃはははははは! ヨマワル様参上っ! いざ尋常に、ぶちぶちぶち殺してやるぜぇッ!!』
『……殺戮』
――3人の、ゴーストポケモン。
ゲンガー、ヨマワル、ユキメノコだ。
え?
マキナ『ぇ、えぇええええええええええええええッ!?』
スズナ『ぽ、ぽけ、ポケモンが!ポケモンが喋ってるッ!?』
そんな、そんな馬鹿な……!?
ポケモンが人語を話すなんて聞いた事がない。
せいぜいペラップが人真似で同じ言葉を繰り返すくらいで、こんな、明確に意思を伝える会話が出来るなんてっ!
『へぇ……情報は本当だったようね』
割って入る人影。
ぁ、この人、は。
マキナ『ギンガ団の、マーズ?』
マーズは以前会った時と変わらず、人を馬鹿にしているような態度。
マーズ『あら、誰かと思えばまだこんな所でうろうろしてたんだぁ? ……まあ良いけどね、今回は別件だから』
……敵意は感じられない、けど。
油断はできない。
ゲンガー『ガッハッハ! また客人が増えたか! ……赤毛の、まずは貴様から』
マーズ『シャドークロー』
ゲンガーの言葉が終わらない内にマーズがモンスターボールを投げた。
モンスターボールからはニャルマーが出現し、そのままゲンガーに飛び掛かり、影を纏った爪で切り裂く。
が、ゲンガーは無傷。
ゲンガー『フハ……! 元気のいい客人だなぁッ!!』
直撃したように見えたのに……?
マーズの眉が跳ね上がる。
マーズ『やっぱり、崩壊が原因で凶暴化してるのね。けど、ここまで酷いなんて』
ヨマワル『きひゃあはははは……ッ!』
突如、飛び回っていたヨマワルがマーズに飛び付く。
マーズ『く、ニャルマー……!』
マーズは体勢を崩しながらも回避してニャルマーに指示を出そうとするが、
ユキメノコ『隙有』
横からユキメノコの冷凍パンチが叩き付けられる。
あれは、避けられない。
スズナ『氷の礫っ!』
カイリ『パワーウイップ!』
ユキノオーとベロリンガの同時攻撃がユキメノコに襲い掛かった。
マーズ『……っ』
ユキメノコは攻撃を止め、残像を作り出して回避する。
と、マーズの後方では、すでにゲンガーが攻撃体勢に入っていた。
ユキノオーはユキメノコを、ベロリンガはヨマワルを相手していて対応は無理だ。
執拗なまでの連続攻撃。
……これ以上、やらせない。
マキナ『行くよクチート! 噛み付く攻撃!』
モンスターボールを投げてクチートを出す。
クチートは周囲の3匹を威嚇しながらゲンガーに向かった。
ゲンガー『ガッハッハ! 甘いっ!』
と、ゲンガーはこれを予期していたかのようにクチートに振り返った。
ゲンガーの身体が怪しい光を放つ。
まずいっ、混乱攻撃っ?
マーズ『ニャルマー、守る!』
っ!?
ニャルマーがゲンガーとクチートの間に滑り込み、シールドを張った。
ゲンガーの怪しい光はシールドに阻まれて通らない。
マーズ『……敵を増やさないで』
クチートを助けてくれた……?
マキナ『ありがと』
悔しいけど、助かった。
──突然。空気の流れが変わった。
清浄な空気が身体中を吹き抜けるような感覚。
どうやらそれを感じたのは私だけじゃないみたいで、皆がうろたえていた。
……そんな中1人、ニャルマーの動きが止まる。
ニャルマーの身体が淡い白光に包まれた。
マーズ『な、』
これは、、
まさかこれは、
マーズ『進、化……?』
視界が光で満ちていく。
味方も敵も、動く事を忘れたようにその瞬間を見ていた。
目を開けている事が辛い程の輝かしい光の中、ニャルマーは徐々に姿を変えていく。
刹那、光が一際強烈な輝きを放つと世界が純白に染まった。
光は徐々に輝きを失い……、
そして視界が開けた時、それは優雅にごろごろと喉を鳴らした。
──ニャルマーは、ブニャットに進化した。
う、わぁ、、
マキナ『……すごい』
こんなの、はじめて見た。
スズナ『わぁ……』
生まれてはじめてポケモン進化の瞬間に立ち会った。
身体の震えが止まらない。
これがポケモンの進化。
これが、ポケモンの神秘。
マーズ『ふ、ふ、行くわよニャルマー……もといブニャット!』
敵が強くなるのは癪に触るけど、このタイミングでの戦力アップは大きい。
……けど、
スズナ『っ、ユキノオーッ!』
ユキメノコの攻撃を受けてユキノオーが倒れた。
ユキメノコは微笑むような表情をすると、苦戦気味だったヨマワルに加勢。
戦況は一気に傾き、ベロリンガの不意を付いたヨマワルの一撃が直撃する。
ベロリンガはよろめき、前のめりにダウンした。
カイリ『っ、戻れベロリンガ! ……退くぞマキナ、スズナ!』
カイリがこの場から脱出しようと試みる。
が、ユキメノコがカイリの目の前に回り込んだ。
ユキメノコ『逃亡不可……!』
カイリ『っ、来いスターミー! バブル光線!』
新たに繰り出されたカイリのスターミーが無数の水の泡を乱射。
ユキメノコが身体を翻して回避する…と、回避した先で鋭利な爪を構えたスズナのニューラが待ち受ける。
スズナ『行っけー! メタルクロー!』
ユキメノコ『無駄っ』
ユキメノコはシャドークローで迎撃。ニューラを弾き飛ばした。
ヨマワル『ぎっ、ひきゃあははははははは!』
悲鳴のような笑い声を上げて、ヨマワルがニューラに襲いかかる。
スズナ『避けてニューラ!』
ニューラは紙一重でヨマワルの不意討ちを流すが、ヨマワルの猛攻に防戦一方となる。
ヨマワル『ぶちぶちぶちぶちぶち殺すぜぇ……ッ!』
マキナ『……ッ!』
私は、クチートに指示を出すのに精一杯だ。
クチートは進化して大幅にパワーアップしたはずのマーズのブニャットと2匹揃ってゲンガーに軽くあしらわれている。
ゲンガー『ガッハッハ! なんだもう手詰まりかぁ……ッ!?』
冗談じゃ、ない。
このままだと私たちは、
バリバリ、と、何かが裂けるような割れるような音。
よく分からない、けど、得体の知れない違和感。
吐き気がする。気持ち悪い。
――ふと、目眩に襲われる。
無限に終わらない空を堕ちていくような、不思議な感覚が身体中を這い回った。
マキナ『?』
そしてガチッ、と何かが引っ掛かるような音と共に、全ての感覚が消える。
音はもう聞こえない。
吐き気も、目眩もなくなった。
今のは一体……?
ゲンガー『ギ、ギギィ、、』
……?
ゴーストポケモンの様子がおかしい。
まるで混乱しているに飛び回り、鳴き声を上げて…
ユキメノコ『メノ、メノー』
ヨマワル『キィ、キィ……』
鳴き声?
人語ではなくて、鳴き声?
ひょっとして、言葉を話せなくなってるんじゃ、
マーズ『……崩壊が進んで影響がズレたのかしらね。今なら倒せるかもしれないわ』
あぁ、もう。
マーズが何を言っているのか、全く理解出来ない。
倒せる、という箇所以外は。
マキナ『クチート! 悪の波動っ!』
私の指示を受け、クチートが身体に黒いオーラを纏う。
オーラは波動となって拡散。ゴーストポケモン3人を飲み込んだ。
波動はゴーストポケモンにダメージを与え、身体にまとわりついて動きを鈍らせる。
よし、怯ませた!
マーズ『……行くわよブニャット! シャドークロー!』
ブニャットが影を自身の爪に纏わせ、ゲンガーに突進。
目にも留まらないスピードで攻撃を繰り出した。
カイリ『続けスターミー! サイコキネシスッ!』
スターミーは中央の球体からサイコキネシスを放った。
直撃されたゲンガーはふらついて倒れる。
スズナ『いっけぇニューラ! メタルクロー!』
マキナ『クチート! 噛み砕く!』
ニューラとクチートが、それぞれヨマワルとユキメノコ目掛けて疾走する。
ニューラは鋭い爪を硬質化させ、ユキメノコに叩きつける。
ユキメノコは一撃で気を失い倒れた。
クチートは大きな鋼の口をガバァッと広げ、ヨマワルを噛み砕く。
マキナ『効果は抜群、っと』
直撃を受けたヨマワルは耐えられず気絶する。
カイリ『んっ』
カイリが振りかぶってモンスターボールを投げた。
ボールはゲンガーにヒット。ゲンガーは吸い込まれた。
スズナ『えいっ』
スズナも、ユキメノコ目掛けてモンスターボールを投げる。
あ、ズルい!
マキナ『私もっ』
モンスターボールを取り出して、ヨマワルに投げつけた。
ボールがヨマワルに当たると、ヨマワルは赤い光に包まれてボールに吸い込まれる。
ボールは暫く暴れていたが、すぐに動かなくなった。
カチリとロックがかかる。
マキナ『やった! ヨマワルゲット!』
これで、もうお化けも出ないよね。
隠れていたモミさんが出てくる。
マキナ『モミさん、ケガとかないですか?』
モミ『大丈夫です、ありがとう。そこの、貴女も』
と、モミさんはちらりとマーズの方を見た。
マーズ『それより、』
マーズは鬱陶しそうに言いながら、ブニャットを撫でる。
マーズ『今日は機嫌が良いから、あなた達の事はアカギ様には報告しないでおいてあげる。せいぜい、もう1度あたしに会わないように祈る事ね』
マーズはふんっ、と鼻を鳴らすと、ブニャットを引き連れて立ち去ろうとする。
……結局、何しに来たんだ。
と、カイリがマーズを呼び止めた。
カイリ『待てマーズ。お前、崩壊がどうとか言ってたな? 教えろ。何が起こっている』
ちょ、カイリ、お前……せっかく何事もなく済みそうだったのに。
そりゃあ、知りたい気持ちもわかるけどさ。
ギンガ団なんかにちょっかいを出して面倒な事になったら嫌だよ。
マーズ『あのねぇカイリ。人に物を聞く時にはそれ相応の……』
ほら、機嫌が悪く、
マーズ『これは、何のつもり?』
カイリがモンスターボールをマーズに差し出していた。
カイリ『ゲンガーだ。これを譲ろう』
狸。
ゲンガーは、そのためか。
マーズ『今さらそんなポケモンだけ持っていても……、いえ』
マーズは言いかけて、止める。
少し考え込むようにすると、楽しそうにくつくつと笑った。
マーズ『受けてあげる。あたしの知っている情報量に比べれば、ポケモン一匹は大きいわ』
カイリ『ん』
カイリも笑って、モンスターボールをマーズに渡した。
信用しすぎじゃないだろうか?
もしポケモンだけ持ち逃げされたら…
カイリ『安心しろマキナ。マーズは悪人だが嘘はつかない』
って、読まれてるし。
しかも、まるでマーズの事をよく知っているような口ぶりだ。
マーズ『……ふん、』
と、マーズはつまらなそうにそっぽを向いた。
あれ、まさか、照れてる?
マーズ『――あのさぁ、話聞きたかったんじゃないの?』
カイリ『あぁ、頼む』
ようやく本題か。
それにしてもこの2人、仲が良さそうではない、けど。
やはり、知り合いのようだ。
マーズ『さぁて、何から話そうかしらね』
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