真説・恋姫演技 〜北朝伝〜 第三章・第五幕
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 冀州・平原郡−。

 

 

 黄巾の乱が勃発するまで、この地は前・?郡の太守である、韓馥の管理下にあった。それがために、徐庶と姜維の二人が賊討伐に赴いたその帰りに、一刀と出会うことができたわけである。

 

 そして、一刀が?郡の太守となった後は、その管理下から離れて別の人物がこの地を治めていた。しかしその後、黄巾の乱が勃発したときにこの地は彼らによって占拠され、その人物は大して名を知られることもなく、行方不明となった。

 

 その後。

 

 黄巾の乱が終結した後は、その乱で功を立てた劉備が、公孫賛の推挙もあってこの地に太守として赴任した。それを知ったとき、一刀は彼女に対し、今後のための協力体制を構築したいと申し出た。……だが、劉備はそれを遠まわしに断り、それ以降何の連絡も取ることが出来なくなった。

 

 劉備のその対応の原因。それを一刀は反董卓連合のときに、ようやく知る事となった。個人的な感情を優先させて、それを政の判断材料にするなど、彼女は為政者としては失格だと。徐庶が一刀にそう言った。

 

 史実では、劉備のその人柄に惚れ込んで、その軍師として辣腕を振るった徐庶だが、この世界では、あまりにも甘すぎる、そして精神的に未熟すぎる彼女を、相当に嫌悪していた。

 

 まあ、徐庶の考えはともかくとして、いずれ、直に膝を詰めあって、とことん納得いくまで話し合う場を設ければいい、と。一刀はそう判断を下した。

 

 だから、そのときが来るまで、この件は保留しておこうということになった。

 

 ……話が少々逸れたが、ともかく、その後、平原の地をそれなりに治めていた劉備であったが、ある日突然、その地を追われる事になった。

 

 −勅命を奉じた袁紹により、三万近い軍勢でもって、突然町を襲撃されたのである−。

 

 一応、彼女もそれに抵抗した。

 

 初めは会話によって矛を収めてもらおうとしたが、袁紹はそれにまったく聞く耳を持たず、全軍による総攻撃を行った。わずか三千の兵しかいなかった平原の町は、あっという間に袁紹軍に占領された。

 

 劉備本人は、義姉妹の関羽・張飛の二人とともに、いずこかへとその姿を消した。死体が見つかっていないので、生きていることは確実であろう。

 

 そしてその後、袁紹は平原の町に、事後処理のための人間として、二人の将を残した。張?と高覧である。

 

 そして今。

 

 二人は町を囲む城壁の上で、正面に展開している約五万余りの軍勢を眺めていた。その中央に翻る旗は、『十』。一刀たち、北郷軍である。

 

 

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 「……来て、しまった、な」

 

 「……来ちゃい、ました、ね」

 

 揃って大きくため息をつく二人。その心中は少々複雑であった。−それも仕方のないことである。

 

 

 二人は以前、一刀と共闘をしたことがある。それは黄巾の乱の時のこと。−今まさに、二人が居る平原の町を占拠していた黄巾軍を討つため、主君・袁紹の意向を無視してまで、彼女たちは一刀の援軍に駆けつけた。

 

 そして、思い知った。

 

 袁紹と一刀では、天と黄河の底ほども、その器に差があることを。さらに、反董卓連合の戦いの際、謹慎を言い渡されていた二人は、後からあの事実を知った。

 

 −袁紹が、己の恐怖を消し去るために、味方に対して人質をとるという、そんな暴挙に出ていたことを。その相手が、一刀であったことも。

 

 二人は本気で失望した。

 

 自分たちが、今まで使えてきた人物の器とは、この程度のものだったのかと。

 

 ……だが、それでも彼女たちは、主君をもう少しだけ、信じてみようと思った。今は、過去の幻影に縛られて、精神的に危うい状態になっているだけだと。

 

 いつかきっと、本来のその立場にふさわしい、その能力を開花させてくれると。

 

 今はただそう信じ、彼女のために全力を尽くす。それが、自分たちの武人としての矜持だと。

 

 

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 「……さて、と。こっちの兵はわずかに五百。対して向こうは五万からの大軍勢。……死んだかな?これは」

 

 「……沙耶さま、あきらめるの早すぎです。……ま、私も同感ですけど」

 

 「ふふ。……なら、あたしたちに出来るのは、被害を一切出さずに収めておくこと」

 

 「はい。……私たちを除いて、ですね?」

 

 「そういうこと♪ ……うふふ」

 

 「あははは」

 

 あははははは。

 

 それは、これでもかというくらいに、清清しい笑い声だった。

 

 −覚悟はもう、出来ている。

 

 後は、自分たちの死を踏み台にして、袁紹が一回り大きい人物に成長してくれることを、草葉の陰で祈り、見守っていくだけ。

 

 「……じゃ、逝こうか、狭霧」

 

 「はい、沙耶姉さま」

 

 二人は城門を降りていく。

 

 その足取りに迷いはない。

 

 すべてを悟ったその表情で、戦神と呼ばれる彼と、天の御遣い北郷一刀と、その全身全霊を賭して、戦うために。

 

 

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 一方の一刀たちはというと、どうやってあの二人を降伏させるかという、その一点のみに議論を絞って話し合いを行っていた。

 

 「……二人とも、結構義理堅いというか、高い矜持の持ち主ですしね。そう簡単には、降ってくれないと思いますが」

 

 「……ま、ね」

 

 平原の町に、張?と高覧の二人が居ることを、一刀たちは前もって知っていた。

 

 −余談ではあるが、その彼女たちがここに駐屯することになったその原因−つまり、袁紹の手で劉備が追われたという事件も、司馬懿の集めてくれた情報から、一応、知ることは出来てはいた。

 

 しかし、その頃の一刀たちは、朝廷からの勅への対応や、その後の行動の準備で、完全に手一杯になっていた。一刀は正直、劉備たちを時間稼ぎのスケープゴートにしたみたいで、余り良い気分ではなかったが、徐庶から、「気持ちは分かるが、こればかりは仕方ない」と、そう諭されて、気持ちを切り替えることにした。

 

 それはともかく、

 

 さきの郡境での戦いで、袁紹を敗走させた一刀たちは、南皮へと進軍する前に、ここ平原に立ち寄った。……無論、張?と高覧の二人を、自分たちの仲間に迎えたいからである。

 

 正直なところ、一刀の陣営に居るのは、一刀と徐晃、そして華雄を除けば、純粋な戦闘指揮官が、他に居ないのである。徐庶や姜維、司馬懿に李儒も、本来は参謀役こそが、その真価なのである。元董卓こと月は、侍女長として働いているし、賈駆はその彼女の補佐的立場に、今は落ち着いている。伊籍はもちろん純粋な文官なので、戦闘指揮はからっきし。

 

 とにかく、武人、武将。それが、一刀たちにとってはのどから手が出るほど欲しい、人材なのである。

 

 「……話して聞かないんだったら、いっそ、力ずくでふんじばる、ってのは?」

 

 「蒔さん……いや、それも確かに、一つの手ではあるけど」

 

 「……公明よ、向こうと我らとでは、その戦力に差がありすぎじゃろが。……のこのこ出てくると思うか?」

 

 半ば呆れつつ、李儒が徐晃のその発言に突っ込みを入れる。

 

 「あ〜……。それも、そう、ですね」

 

 「……ま、蒔さんのことはともかく、どうしますか?……いっそ、一刀さんがその”お力”で、二人を篭絡するという手もありますが?」

 

 「ちょっ!?瑠里ちゃん、なんて事を……っ!!」

 

 「認めへん!そんな策は、絶対に認めへんで!!」

 

 「当たり前じゃ!”これ以上”、ややこしいことにされても困るわい!」

 

 司馬懿の献策(?)に、徐庶、姜維、李儒の三人が猛反発をする。その策を行うことになるかもしれない当人はというと、

 

 「……いや、だからさ?瑠里?俺が話したぐらいじゃ、あの二人は降りはしないだろって、今言ってたばかりじゃないか」

 

 と、本気でそんなことをのたまった。

 

 『……はあ〜』

 

 「え?え?なに?みんなして、その、思いっきりあきれ返った反応は」

 

 「……自覚が無いって、恐いですね」

 

 「まったくだ」

 

 

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 まあ、それはともかくとして。

 

 「どうにかして、二人を外に引っ張り出せないものかな?……町から出てきさえすれば、手の打ちようももう少しあるんだけど」

 

 と、一刀のその言葉とともに、視線を再び町の方へとやる一同。

 

 その時だった。

 

 『え?』

 

 ぎぎぎぎぎ、と。

 

 一刀たちの耳にも届くくらいの大きな音を立て、町の門がゆっくりと開かれていく。そして、中からその件の人物が二人、ゆっくりと、一刀たちのほうへとその歩みを進めてきた。

 

 「……張?さん、高覧さん……」

 

 「……降伏してくれる気に、なったんじゃろうか?」

 

 「……とても、そんな雰囲気には見えませんね……」

 

 近づくにつれ、はっきりと見えてくる二人のその表情は、何かを悟りきったように清清しく、それでいて、武人としての確固たる信念を、感じさせるものだった。

 

 そして−。

 

 「そこに居るは、?郡太守・北郷一刀殿とお見受けした!我が名は張雋艾!そしてこれなるは、我が友高覧!……北郷殿に、是非に頼みたき儀がある!われらが前に、進み出ていただきたい!」

 

 「……一刀さん」

 

 「ああ。……みんな、決して動かないようにね。……あの二人、どうやら”俺”に、用があるみたいだからさ」

 

 張?の口上を聞いた一刀は、彼女のその意図するところを、瞬時に感じ取った。……二人のその、武人としての”目”を見て。

 

 「……気をつけよ、一刀。……すべてをふっきった者は、存外強いからの」

 

 「わかってる」

 

 他の者も、それに気づいているのであろう。……張?のその声に応え、一人出て行こうとする一刀を、誰も止めはしなかった。

 

 一同の視線を背に、一刀は張?と高覧の前に進み出ていく。そして、敵味方とはいえ、久方ぶりに相対する両者。……先に口を開いたのは、一刀のほうだった。

 

 

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 「……お久しぶりです、お二人とも。元気そうで、何よりですよ」

 

 「ふふ。……北郷どのも変わらずのようだな。……貴方がここに居るということは、姫様は負けたということですね。……無事、でしょうか?」

 

 「ええ。今頃は多分、南皮に辿り着いているころでしょう」

 

 二人は笑顔で会話を交わす。だが、その場の空気は緊張に包まれて居る。……近くを飛ぶ鳥でさえも、鳴くことをためらうほどに。

 

 「そうか。それを聞いて安心したよ。……本題の前に、北郷殿に一つだけ聞いておきたい。……勅命に逆らってまで、貴君の目指すものとは?」

 

 主である袁紹が、戦の末に敗北し、本拠へと逃げ帰った。それはつまり、一刀が袁紹による?の

接収を拒否したということ。そしてそれは、朝廷の勅に逆らったということを意味する。

 

 朝廷の勅に逆らった。それは、一刀が今後、逆賊として誅される立場になったということ。下手をすれば、すべての諸侯を敵に回しかねない、その決断。そこに、その先に、一刀は何を見、何を掴もうというのか。

 

 張?と高覧は、それだけが唯一つ、その心に残っていた疑問だった。

 

 「……民の安寧。それは、民の意思が、その想いが、完全に無視されるような、そんな体制下では決して訪れはしません。……無論、すべての声を聞いていては、かえって混乱を呼ぶだけになりますが」

 

 「ふむ」

 

 「……少なくとも、今の朝廷には、民の声を聞こうとする意思が見えません。先帝である少帝陛下であれば、漢を、朝廷を正しい方向へ戻せると、俺はそう思っていました。そのための協力だって、惜しむつもりは無かった。……けれど」

 

 「……その陛下は、亡くなられてしまった、か」

 

 李儒−いや、劉弁が皇帝のままであれば、少なくとも、これ以上民が苦しむ世にはならずに居たと、一刀は今でもそう思っている。

 

 「ええ。……そして、今の朝廷は、劉協陛下を傀儡にして、朝廷の存続にのみ、その意思と力を注いでいます。それが、民のためになることだと、そう信じて。けど、それは違うと俺は思う。国があって、民が居るんじゃない。民が居て国があるんです」

 

 『…………』

 

 張?と高覧は、一刀のその口上をただ静かに聞いていた。……まるで、何かの確信を得るためのように。

 

 「……”この世界”に来たとき、俺は、どこの誰とも知れない、ただの大きな迷子でした。その俺が、太守として今までやってこれたのは、あそこに居るみんなが、俺を支えてくれたから。傍に居てくれたからです」

 

 その口上を述べながら、一刀は後方に居る徐庶たちに、その笑顔を向ける。

 

 「そして、こんな俺を温かく迎えてくれ、今も慕ってくれる街の、郡の人々を、勅命だからと言って捨てたくは無かった。失いたくなかった。だから、勅を拒否した。人々も、そんな俺を支持してくれた。後は、その意志に全力で応えるだけ。この二つの腕で、何があっても守り抜くだけです。そして」

 

 すう、と。大きく息を吸い、一刀は最後の台詞を口にした。

 

 「……必要とあるなら、みんなを守るためなら、俺は”天”を目指す。そして、この腕で、大陸に住むすべての人を、包み込んで見せます」

 

 『……っ!!』

 

 ”天”を目指す、と。一刀ははっきりとそういった。その意味するところは一つしかない。張?と高覧はあっけに取られていた。そして、その身を小刻みに震わせていた。……想像していた以上の、一刀のその想いに、その、覚悟に。

 

 

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 「……話はよくわかった。……なら、本題に入らせてもらう。北郷一刀殿、我ら二人と、この場にて死合って頂きたい。そして、それが済んだ後、結果に関わらず、町に居るわれらの兵たちを、どうかよろしくお願いしたい。そして」

 

 「南皮に居る者たちのことも、是非にお願いしたいのです。……お引き受け、いただけますでしょうか?」

 

 自分たちと戦えと。張?と高覧はそういった。そしてその結果に関係なく、平原に居る者のみならず、南皮の者たちも保護してほしいと。

 

 「……戦わずに、済ますわけにはいきませんか?」

 

 「……それだけは出来ない。我々は、あくまで袁本初が配下。主の命を果たさず、一合も刃を交えることなく降ることは、われらの武人としての誇りが許さない」

 

 「貴方の強さは重々承知。あの飛将軍と互角の貴方と戦えば、私たちは無事では決してすまないでしょう。……だからこそ、戦わせていただきたいのです」

 

 ジャキ、と。

 

 張?は槍を、高覧はその巨大なクロスボウを、一刀に向けて構え、戦闘体勢を取る。

 

 「……(ここで死ぬ気か、この人たちは。ただ、その命を賭して、主への忠節を貫き通して。……なら)」

 

 すらり、と。

 

 腰の朱雀・玄武を抜き放ち、一刀もまた戦闘モードへと、自身を切り替える。

 

 「……感謝する。……では参る!銀閃の張雋艾の槍、その目でとくと見るがいい!!」

 

 「往きます!!」

 

 ドシュウッ!!

 

 高覧のクロスボウから、その巨大な矢が放たれ、それと同時に、張?が猛然とダッシュする。

 

 「……その想いに、見事、応えてくれよう!はあああっっ!!」

 

 一刀もまた、二人に向かって突進していく。

 

 −激闘が、開始された。

 

 

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 張?と高覧は、常に二人で行動をしてきた。平時であれ、戦場であれ、それは関係なしに。だから、自然と連携をとっての闘いが、彼女たちのスタイルとなっていた。

 

 「おおおおおっっっ!!」

 

 神速ともいえるその速さ−およそ一秒間に十回、その槍を繰り出す張?。その一撃一撃も、当たれば即致命傷になりかねない、恐るべき強撃であった。

 

 「くっ!」

 

 だが、一刀はそれを、すべて確実に払い、その間隙を縫って張?へと朱雀、ないしは玄武を振るう。

 

 「チッ!」

 

 しかし張?もまた、一刀の繰り出したそれらを、紙一重でかわし続ける。そうして一刀の意識が張?に集中していると、

 

 ドシュウ!!

 

 「ッッ!!」

 

 高覧が放った巨大な矢が、突然一刀を襲う。時に張?の背後から、時に一刀の背後から。

 

 「……いいコンビネーションをしてる。……これは、何が何でも、手に入れたくなってきた!」

 

 「しゃべっている余裕があるのはさすがだ!……何のことかはよくわからんが、私と狭霧は、命を落とすときまで共にと誓った、刎頚の友!われらの連携攻撃、生半可なことでは破れはせん!」

 

 そう叫びつつ、張?はさらにその速度を増した槍を、一刀めがけて繰り出していく。その目にも止まらぬ速さの槍を、一刀はこともなげにかわしつつ、時折飛んでくる高覧の矢を弾き飛ばし、あるいは避け、正面の張?に何度となく攻撃を仕掛ける。

 

 (確かに、このままじゃ何時までやってもきりがない。……とはいえ、全力でやればどちらかを確実に殺してしまう。そうなったら、おそらく残ったほうも生きては居ないだろうし。さて、どうしたもんか)

 

 激しい戦闘の中、一刀はどうやって二人を、戦意喪失状態に持っていくか、それだけを考え続けていた。

 

 

 そうして、戦いが始まってから三十分もした頃。

 

 「はあっ、はあっ、はあっ」

 

 「……大分、息が上がってきたみたいですね」

 

 「……少しばかり、な。……ふふ、それに比べて、そっちは息一つ乱れていない、か。流石だ」

 

 「……もう、良いんじゃないですか?袁紹さんへの義理なら、十分にもう果たしたでしょう?それとも、本気で、死ぬまでやるつもりですか」

 

 主への忠節、武人としての矜持。そのどちらも、これだけ戦えば十分だろうと、一刀は張?にそう声をかけた。だが、

 

 「……すまんが、私たちは、生きて南皮に戻るつもりは毛頭無い。「!!」……この地で見事散って見せ、姫様にわれらの想いをお伝えする」

 

 「想い……?」

 

 「そうだ。……今の姫様は、過去の強迫観念に縛られて生きておられる。それを解き放つためには、よほどの劇薬が必要だ。……私たちの、死という劇薬が」

 

 家臣が、自分の命を遵守して死んだ。それは、袁紹の心に相当な衝撃を与える事になるはず。……ほとんど賭けに近い望みだが、それが良きほうに働き、彼女の真の目覚めを促すこととなれば、それで自分たちは本望だと。張?はそう言ったのである。

 

 見れば、少し離れた位置に居る高覧も、張?のその言葉に黙って頷いていた。

 

 

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「……そう、ですか。そこまでするだけの価値が、袁紹さんにはあると、お二人は思っていらっしゃるんですね。……わかりました」

 

 チャキ、と。

 

 一刀は玄武を鞘へと戻す。

 

 「?……武器を片方しまうだと……?北郷どの、いったい何の真似」

 

 「……俺の剣術・示現流は、本来二刀を必要としないんです。……一刀のみでの戦いこそ、示現流のその真髄。そして」

 

 す、と。

 

 朱雀をその肩口に構え、気を練り始める一刀。

 

 「……そして、その本質は、二の太刀要らずの一撃必殺。……見せてあげます。北郷家に伝わる裏示現流、いや、北天示現流のその真髄の一端を。……はあああああああっっ!!」

 

 「ぐ!な、何だこの気は?!今までのものとは質が」

 

 一刀から沸き立つ凄まじいまでの気の奔流。それがやがて、一刀の持つ朱雀の刀身へと凝縮していき、巨大な”気による刃”を形成した。

 

 「膂力、速度、そして、気。この三者を極限迄高めて合一し、初めて為し得るこの技。……北天示現流奥義、疾風怒濤。……見事、受け止めて見せろ!!チェストおおおおおおっっっ!!」

 

 示現流独特のその掛け声と共に、一刀はその瞬間、一陣の風となった。

 

 「な……っ!!」

 

 一瞬のことだった。

 

 それはまさに、疾風。

 

 張?は、正面から、気の刃によって、袈裟懸けにされた。

 

 「沙耶ねえさまあああああああっっ!!」

 

 高覧の悲痛な声が、その戦場に響き渡る。高覧は激しく取り乱しながら、手に持っていたクロスボウを地に投げ捨て、倒れた張?の元へと駆け寄った。……無残な彼女の姿を、想像しつつ。

 

 だが−。

 

 

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「沙耶ねえさま!!……え?……これは、切れて、無い……?」

 

 そう。

 

 張?の体は、真っ二つどころか、傷一つついていなかった。細かい傷こそあるものの、彼女はその場に倒れ、意識を失っているだけだった。

 

 「……ど、どういうこと……?確かに、さっき、あのおっきな刃で」

 

 「……気の刃は、肉体は傷つけない。……その精神のみに、ダメージ…衝撃を与えるもの。命に別状は無いですよ、高覧さん」

 

 呆然とする高覧のそばに立った一刀が、そう先の一撃を説明する。

 

 張?を説き伏せるのは無理だと判断した一刀は、彼女を傷つけずに、戦闘不能にする手段をとった。それが先ほどの、気を刀身にした朱雀での一撃である。元の朱雀の刀身部分を避け、気の刃の部分でのみ、彼女を斬って気絶させたのである。

 

 「今日一日は、これで目を覚まさないでしょう。……その間に、貴方もゆっくり考えてみてください。果たして本当に、死ぬことが袁紹さんのためになることなのか」

 

 「え?」

 

 「……言葉でもって、何度でも、何度でも、話しかけ続けて見るのも、一つの手だと思いますよ?……それで、たとえ本人に嫌われたとしても、顔も見たくないといわれても、生きていなければ、出来ないことですしね」

 

 朱雀を鞘に戻しつつ、高覧にそう語りかける一刀。

 

 「……それでも死にたいってんなら、止めはしませんけど。……でも、死んだらもう、それで終わりですから。……よく、考えてみてください」

 

 それだけ言って、一刀は二人にその背を向けて、徐庶達の下へと戻っていく。

 

 「……何度でも、何度でも、か……」

 

 気絶している張?を抱き、そうつぶやく高覧。その瞳に、ある決意を宿しつつ。

 

 

 戦いは終わった。

 

 一刀たちはその後、平原の町に入り、中に居た袁紹軍の兵達を武装解除させた後、事後処理を司馬懿と姜維の二人に任せ、袁紹の後を追って南皮に向かった。

 

 −冀州の戦いは、まもなく終局を迎えようとしていた……。

 

 

                                  〜続く〜

 

 

 

説明
どもども。

北朝伝、三章の五幕目をお届けします。

平原の町にて、一刀は張?・高覧の二人と対峙します。

果たしてその行方は・・・?

それではどうぞ。
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コメント
あ、前の双天王記の掛け声かw(Alice.Magic)
mokiti1976−2010さま、・・・ぎく。いや、その。え〜と。ぶっちゃけますと、最初はやらせようと思いました。でもまあ、あんまり二番煎じもどうかな〜と思いまして。(狭乃 狼)
hokuhinさま、ほんとほんと。つぎは・・・さて?(狭乃 狼)
ヒトヤ犬さま、いわれてみればそーですねww何もおかしくなっていないはずですよね。・・・ちょっと病み気味なだけで^^。(狭乃 狼)
poyyさま、はい、多分無理でしょうW(狭乃 狼)
村主さま、白亜ちんて・・・wwいや、いいですけどね^^。(狭乃 狼)
まず武で圧倒した後で籠絡していくわけですね。さすが種馬。・・・しかし口上の時に「悪を断つ剣なり!」とかいいそうな感じがしたのは気のせいか・・・・・。(mokiti1976-2010)
本当に麗羽には勿体無い二人の忠義ですな。次は文・顔コンビが相手かな?(hokuhin)
(はりまえ)さんの「大徳とは言えないような状態」とはどういう意味でしょう、桃香何かしましたっけ(ギミック・パペット ヒトヤ・ドッグ)
これ以上ややこしくして欲しくないって言われても一刀だから無理なんじゃね?(poyy)
二人の命を懸けた忠義・・・ただ前回の「壁(ないし時間稼ぎ)程度」位にしか思ってない考えでしたからそう思うと辛いですが 4p目の白亜ちんの叫びが皆の心境を代弁しているのがツボりましたわw(村主7)
紫電さま、要するにそういうことですね。まあ、一刀からすれば、女の子を殺したくないってだけだったと思いますがw(狭乃 狼)
1+1は11さま、前半での桃香の扱いはあんな感じですw 彼女が本気で活躍するのは後半に入ってからですw(狭乃 狼)
kabutoさま、まあ、その、ね。・・・本人まだ、お手つきになってませんしねww(狭乃 狼)
と、桃香様の存在感が……。ゲームじゃ世界からの修正力で名前を聞くだけでモブキャラは妄信し、どんなにヘタ打っても世界からの助力で不死鳥の如く甦る桃香様が、モブキャラの如き扱いおおおぉぉぉっ><(1+1=11)
ロンロンさま、その内作中でも詳しく解説を載せる気でいますが、凪の使っている気とは、少々異質なものです。とりあえず、この章が終わった後の拠点までお待ちください。では。(狭乃 狼)
一刀イケメンすぎwww「”これ以上”、ややこしいことにされても困るわい!」←白亜さんの魂の叫びが聞こえたwww(kabuto)
いやいや、気で刃作るっていくらなんでも(汗 それに凪は氣弾で街ぶっ壊したり、人を蹴散らしてましたよね?矛盾しません?(龍々)
はりまえさま、無自覚ってこわいですね〜w で、あの二人がどうするか、人徳さんがどうするか。 まあ、当分先のお話になるでしょうね。そこらへんはw(狭乃 狼)
hishigi04さま、気のせいですw まあ、三国志をベースにしてる以上、どうしても似てくるところはありますけどw(狭乃 狼)
よーぜふさま、ふけ顔ドイツ人・・・私には何のことやらわかりませんwww 次回は捕食・・・されますかね?w(狭乃 狼)
こうしてまた籠絡(本人無自覚)をしてしまうのでした。そういえば諸葛亮とホウトウ(感じ忘れZE!)はまだあちら側では会っていないんだよな。会ったとしても大徳とは言えないような状態にいると思うから難しいだろうな。(黄昏☆ハリマエ)
なんか龍狼伝みたいになってきましたね。(hishigi04)
・・・ふむ、一瞬どこかのふけ顔ドイツ人な方を思い浮かべてしまいましw 死すればそこで終わりですもんね・・・ というわけで、次回は捕喰、の回ですな?ww(よーぜふ)
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