だから、さとりは止められない
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 地底の底、数多の怨霊が佇む旧地獄の跡に建てられた地霊殿に訪れる妖怪は稀である。

 何故ならば、その主は心を読むからだ。心を読まれることを恐れ、誰も地霊殿には好んで近付こうとはしない。

 故に、来訪者というのは滅多にいるものではない。それが常であった。

 さとりは小首を傾げた。屋敷の中が騒がしい。沢山のペットと怨霊達がいるので、地霊殿は広大ではありながら決して無人の静けさに包まれることはない。しかし、ここまで騒がしくなることはそうそう無い。

(今度は何かしら?)

 爆発音が響いた。続いて、閃光と激震。

 さとりは溜息を吐いた。どうやら今度のお客は相当なじゃじゃ馬のようだ。

 このままでは屋敷とペット達にどれだけの被害が出ることだろうか? さとりは急いだ。

「何の騒ぎですかっ!?」

 さとりは騒ぎの現場に飛び出した。

 目を細めて釣り上げ、精一杯の怒りの表情を作っておく。幼い顔立ちのせいか、自分でもあまり迫力が無いことは自覚しているが、だからといって甘い顔をするわけにもいくまい。

 さとりの目の前には四人の少女がいた。その一人は以前にも見た顔だった。

「またあなたですか、霧雨魔理沙さん」

 じとりとした視線をさとりが向けると、魔理沙は不機嫌な表情を隠そうともしなかった。

「『この格好を見てどうして私を悪者に?』ですか? それは、日頃の行いのせいじゃありませんか? ……これは、全く自覚が無いのが驚きですが」

 魔理沙はロープでぐるぐる巻きにされていた。それだけではない。更にその周囲には魔法陣……拘束呪式が展開している。

 その周囲にいる少女達は、さとりは初めて見る。

「パチュリー・ノーレッジさんにアリス・マーガトロイドさん、そして河城にとりさんですね。初めまして、こういう形で会うのは初めてでしたね。ああ、これは失礼。先んじて心を読んでしまうのはさとり妖怪の性でして」

 自己紹介くらいは自分の口から名乗らせるのが礼儀ではないのだろうかと、三人の少女が不快……とまではいかないがあまり快く思わなかったのが見て取れたので、さとりは謝罪した。

 パチュリーは軽く肩をすくめた。

「どうやら、話に聞いていた通りのようね。なら、私達がどうしてここに来たのかも、口で説明するより、心を読んで貰った方が早いかしら」

「はい、そちらの方が早いですね。既に読ませて貰っていますが」

 ついでに、どうしてあれだけの騒ぎを起こしたのかも、さとりは読んだ。半分は突然の侵入者に対するペット達への反撃であったが、もう半分はここまで拘束されながらも暴れる魔理沙を抑えるためだった。この格好でよくもまあそこまで暴れることが出来たものだと、さとりは驚きながらも呆れた。

「ですから、心の中で『無心、無心』って唱えてもねえ」

 初めてここに訪れたときと全く変わらない魔理沙の反応に、さとりは苦笑する。

「パチュリーさんのマジックアイテムは魔理沙さんの家の台所の屋根裏に、アリスさんの魔法書はベッドの奥に埋め込んで、にとりさんの作った機械は机の下にある隠し扉の中にあります。無駄ですよ? 魔理沙さん。私を嘘吐きに仕立て上げようなんて……さとり妖怪である私が嘘を吐けば、その能力故に信用は地に落ちるんです。ですから私はそんなことで嘘は吐きませんよ」

 すべて図星だった。

 魔理沙はぐぅの音も出さず、がっくりと項垂れる。これでもまだ反省というか……また次の機会があれば同じ事をするつもりが全く失せていないようだが。

 本当に一筋縄ではいかない少女なのだなと、さとりは小さく息を吐いた。

 その一方で、魔理沙を囲む三人の少女から怒りのオーラが吹き出した。

 

“やっぱりあんたの仕業かああああああああああぁぁぁぁぁぁぁぁ〜〜〜〜っ!!”

 

 その形相は、般若も裸足で逃げ出しかねない代物だった。

「取り敢えず、全部大切には扱っているようなので、保管状態は安心してもいいですよ。ははあ……ちなみに、お仕置きなら私のペットの躾に使っている部屋があちらの通路の角を曲がったところにあるので、使って頂いても構いません。いえいえ、礼には及びません。どうぞごゆっくり」

 さとりの言葉を聞いて、三人の少女達にどす黒い笑みが浮かぶ。あまつさえ眼まで妖しく光った。今度は流石にびくりと魔理沙は体を震わせた。

「それじゃあ、行くわよ。魔理沙、覚悟しなさい?」

「今度という今度こそ、絶対に許さないんだから」

 三人の少女にロープで引っ張られながら、魔理沙が通路の奥へと消えていく。

「畜生〜っ! 覚えてろ〜っ!」

「魔理沙が言う事じゃないよっ!」

 騒々しい少女達を見送りながら、さとりは市場に売られていく仔牛のイメージが脳裏に浮かんだ。さっぱり同情は湧かなかったが。

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 これで一息吐く事が出来そうだと、さとりは胸を撫で下ろした。

 旧地獄の管理は彼女に一任されている。作業の多くは彼女のペット達がやってはくれるのだが、それはそれでペット達からの報告を聞いたり、何か問題があれば自分で出張って行かなければならなかったりと、まったくの暇でもないのだ。

「さとり様〜っ!!」

 魔理沙達がやってきた通路……つまりは館の入り口からの通路から、今度はお燐が走ってきた。

「こらお燐、廊下は走っちゃダメっていつも言っているでしょう? お行儀が悪いし、危ないじゃないの」

「ごめんなさい。でもですね?」

「あら? 今度は博麗の巫女なのね?」

 さとりは駆け寄ってきたお燐の心を読んでみた。お燐の心には霊夢の姿があった。

 もっとも、心を読むまでもなかったのかも知れない。お燐に続いて霊夢が通路の奥から姿を現した。あと三人、霊夢よりも更に幼い姿をした少女。

「こんにちは、霊夢さん」

「こんにちは。ちょっと頼みがあるんだけど……」

「そうみたいですね。なるほど……それはそれは……『流石会話いらず、話が早い』って……いえ、それくらいしか取り柄がないもので……」

 そして、さとりは霊夢が連れてきた三人の少女に視線を移した。今度は魔理沙のときとは逆に、霊夢にロープで捕まえられて、彼女の前に立たされている格好だ。

「結論から言いますけど、霊夢さんのお酒を飲んだのも、お茶菓子を食べたのも、夕食に取っておいた肉じゃがの残りを食べたのも、まだ読み終えていない推理小説の犯人の名前に印を付けたのも、お札やお守りに落書きしたのも、全部その妖精達の仕業ですよ。霊夢さんの思っていたとおりです。最初にお酒を飲んで気が大きくなったようですね。会心の出来だったようで、止められなかったようです。『ぎくっ? 心が読めるのって本当だったんだ』って、ええ本当ですよ。だから、『無心、無心』っていくら考えてもねえ……魔理沙さんと同じですねあなた達は……『サニーがお酒を飲もう何て言うから』『ルナがお茶菓子を見つけてくるから』『スターが面白がってやり過ぎるから』……反省の色は無いみたいですよ霊夢さん?」

 さとりの言葉に、三人の妖精達から血の気が引いた。

 正直言って、ここに連れてこられるまでは心を読むなんて嘘くさいと思っていた。黙っていれば分かりっこない。もし心を読むのが本当でも心を無にすれば大丈夫などとも考えていた。だが、すべて無駄であった。

 霊夢がわなわなと震える。さとりの言葉を聞いて、怒りを思い出したようだ。

「そう、やっぱりあんた達だったの。人がちょっと人里に買い出しに行って、ついでに妖怪退治もして……そんな間に、よくもまあやらかしてくれて……。問答無用で叩きのめしてもよかったけど……ふ……ふふ……これで、容赦無く、後腐れ無く、情けの一片も与えることなく消滅させることが出来るわね。……っく……あのお酒も……推理小説も……みんな……みんな楽しみにしていたのに……よくも……よくも……」

 背後の霊夢からひしひしと怒りのオーラを背中に受け、妖精達は恐怖にすくみ上がった。

 よほど楽しみにしていたのだろう。霊夢の目にはほんのちょっぴり涙が浮かんでいた。

「拷問部屋? いえ、生憎とここにそんな部屋はありませんよ。旧地獄の設備を勝手に使わせるわけにもいきませんし。私がペットの躾に使っている部屋ならありますけど。ええ、それでよければ使って頂いて構いませんよ。今は魔理沙さん達が使っていますけど。……お燐? そんな言い方していちゃダメでしょ? あれはあくまで、あなた達の躾に使っているお部屋なの。今度から人に説明するときは、せめてお仕置き部屋って言いなさい」

 人差し指を立て、さとりは傍らに立つお燐に言い聞かせた。こくこくとお燐は頷く。

 どうやら博麗神社に遊びに行っていたお燐は霊夢に拷問部屋だと説明していたらしい。そしてその部屋の存在も、霊夢がここに来た理由の一つだった。

 そのとき、魔理沙の悲鳴が通路の奥から響いた。

「ひゃああああああああああぁぁぁぁぁっ!? ら、らめぇっ! そんなの無理っ! 絶対に無理っ! 私壊れちゃうっ! 壊れちゃうからぁっ!」

「ふふふっ? 何を言っているの魔理沙? 最初の威勢はどうしたの? ほらほら……見える? あなたのここが、こんなになっちゃっているの☆」

「や…………やめっ! そんなの見せな……いで。や……そんな……おっき……ぃっ。あ……ひぃっ」

「よし、それじゃあ今度はこれを魔理沙のこっちにも入れてみようか」

「あ、このスイッチって何だろう? ちょっと入れてみようか。ポチっと」

「はあああああああぁぁぁぁぁん。や……だ……激し……そんな急に……動かさな……ひぃんっ!」

 通路の奥から伝わってくる壮絶な雰囲気に、妖精達は息を呑んだ。そして、霊夢は満足げに頷いた。

「さ〜てと、それじゃあ行きましょうか☆」

 霊夢は黒く、そしてイイ笑顔を浮かべた。

「やめてやめて、ごめんなさいごめんなさいごめんなさい。もう二度としませんからっ!」

「お願いします。もう二度としません。お酒だったら私達が作った奴を持ってきます。肉じゃがも作り直します〜っ!」

「妖精虐待反対〜っ! じゃなくて……お願いします。許して下さい〜っ!」

 涙目になって妖精達は一目散に逃げようとする。しかしそれも無駄な話で、散歩に慣れていない犬の如くロープをビンビンと張らせるだけだった。霊夢はその場からびくともしない。普段の彼女の力からは到底考えられないような話だが、それだけ怒りがもの凄まじいということか。そもそも、今回の前から幾度も悪戯をされているわけで、流石に堪忍袋の緒が切れたというのもあるだろう。

「じゃあさとり。ちょっと部屋を借りるわよ」

「ええ、どうぞ」

 ふんっ、と力を込めて霊夢は通路の奥へと妖精達を引っ張っていく。バランスを崩し、どてっとルナチャイルドがその場に転んだ。

 その様子を見て、お燐は人買いに買われた奴隷のイメージが脳裏に浮かんだ。あまり同情は湧かなかったが。

 お燐と同様に、さとりもお仕置き部屋へと向かう霊夢の背中を見詰めた。

 そんなさとりを見て、お燐は小首を傾げた。

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「さとり様? 何だか楽しそうですね?」

「え? …………あら……」

 お燐に言われて、さとりは自分の唇に手を当てた。その唇が微笑みの形を作っていたことに気付く。

 さとりは改めて微苦笑を浮かべた。

「お燐。私は自分の持つ能力故にこうして地底に封じられ、そしてここでも多くの人に疎んじられてきたけれどね。それでも……いえ、それ故にかしら、心って当人達にとって大事なものだって、よく知っているつもりよ」

 心を閉ざした妹と同様に、自分の境遇や晒される敵意やおぞましい感情に嘆き悲しんだ時期は消して短くはない。しかし、自分を疎んじる者達を恨むつもりも、軽蔑するつもりも、さとりにはもはや無い。自分のこの境遇はさとり妖怪として生まれた故の背負うべき業であると受け入れ、そして自分を疎んじる者の感情もまた悟り、理解しているから。

「誰にだって秘密にしておきたい話っていうのは抱えているわ。それは生きていく以上、避けられない話。そして、その秘密を暴かれるのは本当に恐ろしく心が痛むものよ。私達、さとり妖怪はそんな痛みや恐怖を食べて生きる卑しい妖怪。でも……だからこそ、必要以上に心を暴き立てるような真似はしないと私は決めているの。本当に相手の心を抉るようなトラウマを呼び起こすのも、自分の身を守るためだけと決めているわ」

 それが、さとり妖怪としての彼女の誇りであった。

 心に触れる妖怪である以上、浅ましい真似をして自身の心が穢れることは、彼女には許せない。

「あの人達はね。何て言うか……初めてここに来たときも、今日ここに来たときも、本当に心が無防備……いいえ、自然体だったの。私が心を読む妖怪だって知っていて『それがどうかした?』って感じね」

 しかし、それは決して彼女たちが自身の心を軽んじているわけではない。ましてや、さとりの能力を疑っているわけでも、軽んじているわけでもない。そのことはさとりにはよく分かっている。

「つまりね、あの人達は決して口には出さないでしょうし、あまり自覚もしてないでしょうけど、私を信用してくれているのよ。私の……さとり妖怪としての誇りをね。ちょっと、それが嬉しかったの」

 さとりは礼儀正しく、そして穏やかな性格の妖怪だ。鬼である伊吹萃香にも「あいつはいい奴」だと言われるほどに。

 そんなさとりだからこそ、ここを訪れた彼女らは彼女のことを信用している。そんな心をさとりは悟っている。

 それは、疎まれることの方が多いからこそ、さとりには嬉しいことだった。結局、妹のように心を閉ざさなかったのもこれが理由だ。昔から彼女を疎んじる者ばかりではなかった。

 

“だから、さとりは止められない”

 

 魔理沙と妖精達の悲鳴を聞きながら、これからはこの地霊殿ももっと賑やかなことになりそうだと、さとりは笑みを浮かべた。

 

 

 ―END―

 

説明
東方二次創作
さとりが魔理沙や霊夢達の心を読んでにやにやするお話
ほのぼのを目指していたはずなのだが、途中のネタは……あれ、どうしてこうなった??
原作では放任主義ですが、さとりが普段ペットをどう躾ているのかは不思議ですね
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コメント
いい感じの話で終わっているようですが、魔理沙はいったい何をされているんでしょうねえ?(きみたか)
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東方Project 古明地さとり 霧雨魔理沙 博麗霊夢 火焔描燐 地霊殿 三月精 鬼巫女 魔理沙総受け 

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