名家一番! 第八席・後篇
[全7ページ]
-1ページ-

「猪々子、この無礼者の首を刎ねなさいっ!」

 

もうやだこの国……。

 

この世界に来てしまったことに心底ウンザリしかけたその時、

 

「あのぉ、麗羽さま? 実はあたいも斗詩も、一刀に真名で呼ぶことを許してるんですよ」

 

猪々子が弁護してくれた。

 

「なんですって!?」

 

「一刀さんが、私達の真名を呼ぶのに何の問題もありませんから、少し落ち着いてください、麗羽さま」

 

斗詩も一緒になだめてくれ、袁紹さんは不本意ながらといった感じだが、浮かせた腰を再び玉座に乗せた。

 

「そ、そうなの? ……まぁ、あなた達が真名を呼ぶことを許したと言うなら、別に構いませんけど……」

 

自分の指先にその艶やかな髪の毛をクルクルと巻きつけ弄んでいるのは、多分、振り上げた拳の下ろし場所をなくしたからだろう。

 

一方、俺はというと――、

 

(あ、危うく、頭と胴体が泣き別れするとことだった……) 

 

再三にわたり味わう命の危機に、例によって身体が薄ら寒くなるのを感じていた。

 

それにしても、二人には借りを作ってばっかりだな。ちゃんと、返済できるんだろうか?

 

「ちょっと、そこのあなた! 呆けてないで、さっさと名前をおっしゃいっ!」

 

「あ、す、すんません。俺の名前は北郷一刀と言います」

 

返済できるかどうかは、これからの俺次第。

 

先のことを考えるのもいいが、そのせいで足元がおぼつかないようじゃ本末転倒もいいところだ。

 

俺ができることを一つずつ重ねていけば、借りを返す機会は、いつか巡ってくるはず。

 

「ほんごうかずとぉ? 着ている服もそうですけど、名前までみょうちくりんなのですのねぇ」

 

「はは……」

 

猪々子達にも言われたが、変わった名前ってのは否定できないので、袁紹さんの言った事に対して、乾いた笑いしか返せなかった。

 

「ならば、今度はわたくしが名乗る番ですわね。

姓は“袁” 名は“紹” 字は“本初” 北郷さん、あなたを袁家の客将として迎えましょう」

-2ページ-

 

「……キャクショウ」

 

【客将】

客分である武将・将軍。 [読み]きゃくしょう、かくしょう

 

予想だにしなかった単語が出てきたことで、“キャクショウ”という言葉の意味を脳内の辞書から引き出す作業に数秒かかる。

 

「――お、俺が客将!? そんなの分不相応ですよっ!」

 

「あらあら、客将程度の身分では不満ということかしら? 意外と欲深い方ですのねぇ〜」

 

「そうじゃなくって! 客将に迎えるってことは、有事の際に備えて、才能のある人物を客人として迎えるってことでしょ? 

 

俺、有事の際に役立つ才能なんてありませんよ!」

 

剣道部で鍛えた技が戦場で通用するとは思えないし、学校の成績も芳しくないしさ。

 

「別に戦場での槍働きや智謀に期待して、あなたを客将に迎えるわけではありませんわ」

 

「え、じゃあ何で俺を客将に?」

 

「最後まで人の話を聞かない方ですわね」

 

すいません。親や教師からもよく言われます。

 

「ここからが本題。

天の御遣いを保護したことを各地に触れ回れば、“袁家が天の加護を得た”と、世間から大きな風評を得ることができますわ。

そうなれば! 我が袁家はさらに大きく強大に……はぁ、我ながらなんて素晴らしい策なのかしら。あぁ、あり余るこの才能が、に・く・い」

 

袁紹さんは声高らかにそう言うと、自分の言葉に酔ってしまっているのか艶っぽい吐息をしている。

 

(つまりは、保護する対価として“天の御遣い”のネームバリューを使わせろってことか)

 

「そうと決まれば、各地に袁家が天の御遣いを保護した事実を広めなければなりませんわ!」

 

「あの、麗羽さま。そのことなんですけど……」

 

完全に自分の世界に逝っちゃっている袁紹さんに、斗詩が申し訳なさそうに口を挟む。

 

「なんですの? 人が輝かしい未来に浸っているときに無粋な」

 

「す、すみません。けど、一刀さんを保護したことを各地に触れ回るのは、止めておいた方が良いと思います」

-3ページ-

 

「はぁ? このわたくしの素晴らしい策のどこが悪いっていいますの!?」

 

自分の考えを否定された袁紹さんは、声を荒げる。

 

「い、いえ。策自体は大変素晴らしく、私も大いに感動されられたんですけど……」

 

「ですけど?」

 

「天の御遣いの正体が、管輅の予言の通りの人物かどうかを実際に知っている人間は、誰もいません。

噂というものは、常に尾ひれがつきもの。妖の類と手を組んだなどと、袁家の名を落とそうとする輩も、おそらくは現れましょう。

そのような危険を冒さずとも、袁家の高名は大陸全土に知れ渡っております。一刀さんを保護したことは、私達の胸の内だけにしまっておくのが、ここは得策かと……」

 

「……ふむ、斗詩さんの言うことにも一理ありますわね。

けれど、一度保護すると言った以上、コレを放り出すわけにもいきませんし――」

 

考え込む袁紹さんの様子は、親戚から特に欲しくもない物をお土産に持たされ、その品に扱いに困っているように見えなくもない。

 

……自分で言っていて悲しくなってきた。

 

「――じゃあ、この男は小間使いとしてでも雇いましょうか」

 

降格すんの早っ! けどまぁ、客将なんかより小間使いの方がよっぽど俺らしいか。

 

「ああ、それから北郷さん。私と話すときは、無理に敬語で話す必要ありませんわ」

 

「え、いいんですか?」

 

袁紹さんの意外な申し出に驚く。

 

(礼儀とか、凄くうるさそうな人なのにな……)

 

「あなたはこの国の人間ではないし、なによりも猪々子と斗詩の二人が真名を許すほどの人物なら、特別に許してさしあげる。

ただし、わたくしの真名を呼ぶのは、許すわけにはいきませんわっ! もし、勝手に呼んだりしたら、生まれてきたことを後悔させてあげるわ……」

 

玉座からゆっくり降りてきて、俺の胸に指先を突きつけている時の彼女の表情は、それはそれは美しくもあり恐ろしかった。

 

「き、肝に銘じます……」

 

自分の部下の真名を勝手に読んだと思い込み、首を刎ねようとしたと思ったら、今度はタメ口でも良いと言う。

 

猪々子と斗詩が信用されているのか、それともただ単に気分屋なのか、どっちなんでしょうね?

-4ページ-

 

「名前を呼ばせてもらう、それだけでも十分に光栄だよ。じゃあ、改めてよろしくね袁紹」

 

「……なんですの、この手は?」

 

握手をしようと手を差し出したのだが。……あぁ、この時代にはまだ、握手の習慣がないのか。

 

「これは“握手”といって、お互いの手を握り合う、俺のいた世界での挨拶だよ」

 

「天の国の挨拶ねぇ……」

 

袁紹は俺の手と顔を交互に見比べると、

 

「よろしくやってあげようじゃない!」

 

指先を少しだけ掴んだと思ったら、はじけるようにその手を離した。

 

握手と呼べるか微妙なところだが、一応は挨拶ができたことになるのかな?

 

「斗詩、北郷さんに部屋を用意してあげなさい。わたくしは部屋に戻りますわ。

 

それから、猪々子は私が寝るまでに、報告書を必ずもってくること。いいですわね?」

 

「えぇっ! 今日中までじゃなかったんですか!?」

 

確かに、さっき今日中までって言ってたよな。

 

「一日というのは、私が起きているまでのことを指すのよ」

 

Oh,なんという唯我独尊な理論。猪々子、ご愁傷様です。

 

「そんなぁ……」

 

「嘆いている暇があったら、机に向かった方が良いのではなくて? 今日は長々と話をしたから、少し眠たくなってきましたわぁ……」

 

袁紹の言葉を聞いた猪々子は、扉を凄まじい勢いで開け、脱兎のごとく駆け出していった。

 

「まったく、あの娘は。こうまで言わないと、やり始めないんだから……。斗詩、案内は任せましたわよ」

 

「はい、麗羽さま」

 

軽く欠伸をしながら、袁紹も出て行った。

-5ページ-

 

「じゃあ、一刀さん部屋まで案内しますね」

 

斗詩の後ろにつき、本殿を出て薄暗い廊下をひた歩く。廊下に響いている音は、俺達の足音だけ。

 

壁や床の材質や模様など、それとなく眺めながら歩を進めていると――、

 

(あれ? そういえば……)

 

斗詩の様子がおかしいことに、ようやく気付く。

 

本殿を出てから一言も言葉を発していないし、どことなく表情も暗い気がする。

 

「斗詩、どこか具合でも悪いのか?」

 

心配になり後ろから声をかけると、

 

「一刀さん、ごめんなさい!」

 

立ち止まった斗詩は、俺に深々と頭を下げた。

 

急に謝られたことに戸惑う。何か斗詩が悪いことしたっけ?

 

「ごめんなさいって……何に対してのごめんなさい?」

 

「だって、私ったら一刀さんのことを妖怪みたいに言ってしまって……」

 

あぁ、袁紹に俺を保護したことを触れ回らない方が良いって、言ってた時のことか。

 

それで“ごめんなさい”ね。

 

「斗詩の判断は正しかったと思うよ。実際、胡散臭い人間だと俺も思うし」

 

「けど……」

 

斗詩はまだ何か言いたそうだったが、

 

「俺は気にしてないし、袁紹からは保護しても良いと許可も貰えたんだ。だから、この話はこれでお終い。いいね?」

 

はっきり言わないと、延々と謝罪されそうだったので、無理矢理に話を切る。

 

「……はい、わかりました」

 

(渋々、承諾したって顔だな。猪々子と袁紹はもちろんだが、斗詩も難儀な性格してるよ)

 

場の空気を変えるためにも、話題を変えるか。

-6ページ-

 

「それにしても袁紹って、二人が言った通りのスゴイ人物だったなぁ」

 

努めて、明るい声で話を切り出したのだが、

 

「うぅ……ごめんなさい」

 

だから、何故謝る?

 

「ひょっとしたら袁紹さまに会わせたことで、一刀さんが不快な思いをしたんじゃないかと……」

 

そう言うと、また顔を曇らせる斗詩。

 

やれやれ、悪い方に考え過ぎだと思うんだが。

 

「まぁ、驚きはしたんだけど、不快とかは特に感じなかったよ。それに――」

 

「それに?」

 

「俺が“斗詩”って真名を呼んだとき、凄く怒っていた袁紹を見て、二人のことを大事にしているっていうのが良く伝わった」

 

「ですよね! ですよね!?」

 

おぉ!? なんか急に明るくなったぞ?

 

「麗羽さま、ああいう性格なので誤解されやすいんですけど、本当は部下思いの優しい方なんです」

 

あの性格じゃ誤解されてもしょうがないとも思えるが、忠臣には、そう思われてしまうことが歯痒いのだろう。

 

「斗詩は、袁紹のことが大好きなんだな」

 

「はい! 大好きですよ」

 

少しからかってみようかと思って言ったのだが、照れる様子を微塵も見せずに答える斗詩の表情はとても綺麗で、俺のほうが面食らってしまった。

 

「あ、着きました。ここが、一刀さんの部屋です」

 

斗詩は部屋の前で立ち止まると、扉を開けて、俺を“どうぞ”と招き入れる。

 

部屋の中は、二段式ベッドと机一式と簡素なものだったが、特に目立つ汚れなども無く、よく整頓されていた。

 

(けっこう広いな。俺が住んでた、寮の部屋よりも広いんじゃない?)

 

「二人部屋なんですけど、今は誰も使っていないので、一刀さんの好きに使ってください。もし、何か必要な物があったら、言ってくれれば私が用意しますから」

 

小間使いに使われる将軍ってどうなの? と、思ったが、そこはお言葉に甘えさせてもらおう。

 

「うん。案内してくれてありがとう、斗詩」

 

「いいえ、どういたしまして。明日、侍女長に紹介しますので、また明日に」

 

斗詩はそう言うと部屋を足早に出て行った。多分、猪々子を手伝いにいったのだろう。

 

「また明日か……」

 

窓の外は、日が傾き始めているため大分薄暗くなってきている。

 

誰か呼べば夕食を用意してくれるのだろうが、昼間に結構な量を食べたかお陰か、特に空腹感は感じていなかった。

 

それよりもなによりも、今日一日だけで色々あり過ぎて疲れた……。

 

「もう寝よ」

 

ベッドの上に大の字に寝転び、明日からの仕事のことや、

 

朝目覚めたら、元の世界に戻ってるんじゃないか? そんなことを色々と巡らせている内にまどろみに沈んでいった。

-7ページ-

 

あとがき。

 

第8話いかがだったでしょうか?

 

開口一番、麗羽さまの高笑いで迎えたかった為、第7話の最後をあんな終わり方にしましたが、やっぱり彼女には、インパクトのある登場をさせたかったので、これで良かったとは個人的には思っています。

原作の麗羽さまのような、ぶっ飛び具合を上手く表現できているかどうか不安でしたが、コメントを見ている限り、反応は良好……なのかな? もっと、こうした方が良いとか、こうしてくれとかの意見があれば、コメントで頂けると助かります。

 

さて、一応この第8話でプロローグが終了したので、このSSの設定的なことを説明しておきましょうか。

作者の思惑を知って、先入観を植えつけられるなんて、まっぴらゴメンだという方は、飛ばしてくれた方が良いです。“別に読んでも良いよ”と、いう方は下にスクロールして下さい。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

まず、一刀について。

武力や知力などの能力値は、原作の一刀とほぼ同じとしています。チートな一刀を観たい! という方には、申し訳ありませんが……。

けど、『名家一番!』の一刀は、原作よりも悪知恵が働くというか、生きることに対して少々ネチっこいです。これは本文でも出てきましたが、“再三にわたって、命の危機に晒された”ことと、上司がお気楽極楽な思考回路の麗羽と猪々子だということが影響していますw 

一刀は、追い詰められた方が、力を発揮するタイプなんじゃないかな? という私の勝手な解釈なんですけどね。

 

次に物語の展開について。

あくまでこの作品は『真・恋姫†無双』の二次創作です。ですので、『萌将伝』と矛盾することが出てくるかもしれませんが、ご了承ください。これは『萌将伝』をまだ購入していという理由もあるのですが、そのうちプレイしたいですね〜。

 

あ、話が逸れてきたので戻しますね。

 

今後、話の展開で「あれ? これなんか原作で見たことがあるような?」という場面が出てきたりもしますが、原作のストーリーに沿った話の展開になりますので……。もちろん、原作と同じ文章をダラダラと載せるつもりはありませし、戦争シーンはほぼオリジナルになると思います。原作のストーリーに沿うのは、あの√のこの場面で、もし一刀が袁家側にいたら? というifを楽しんでもらいたいからです。(話を考えるのが楽っていうのが、一番の理由というのは、ひ☆み☆つ)

あと、オリジナルの女性武将が登場したりもしません。これは上でも述べた通り、原作のストーリーに(ryですので。

 

言っておくべきことは、これぐらいですかね? また出てきましたら、その都度あとがきに書こうと思います。

今回は、非常に長いあとがきになってしまいましたが、こんなにも長いのは、当分ないと思いますので……。

ここまで読んで頂き多謝^^

説明
第8話の後編です。

とりあえず今回でプロローグ終了。
ほんと、長いプロローグだったねー。

よろしければ、今回もお付き合い下さい。
総閲覧数 閲覧ユーザー 支援
3143 2752 23
コメント
>>XOPさん 修正しときますね(濡れタオル)
管輅の預言の通りの→予言:(XOP)
>>PONさん あくまで原作を元にしてますからオリキャラは…一刀の能力も同じ理由です。確かに、これだけだと詰んでるとしか思えないですねw(濡れタオル)
おおう恋姫無双において袁家でオリキャラなし…詰んだなw麗羽が原作ほど無能というわけでもなさそうなところがチラホラ見られるのが救いか?(PON)
>>aoirannさん 私もどちらかというと、平凡なキャラが必死に頑張る姿の方が好きですね。恋姫は、ただでさえ超人・変人が多いですしw(濡れタオル)
>>hokuhinさん 麗羽さまの性格上、簡単に真名を許しそうにないですからね。一刀はブレーキ役になるのか? それとも…(濡れタオル)
>>ねこじゃらしさん 三馬鹿が四馬鹿に…なったら収集つかないですよねw それはそれで、面白いかもしれませんが(濡れタオル)
>>ルークさん いやいや、このままずっと小間使いかもしれませんよ?w(濡れタオル)
>>こるど犬さん そう言ってもらえると、すごいやる気がでます。ありがとうっ!(濡れタオル)
ついに本編ですか、これからも期待させていただきます。生に対する執着心こそ生物の本能です。チートじゃないほうが面白いと自分は思っています(aoirann)
なんとか無事に顔合わせを終えたか一刀w麗羽が真名を許さないのは、良いと思います。斗詩と二人でブレーキ役を楽しみにしてます。(hokuhin)
斗詩ええこやなあ…なんつうかこの三馬鹿の構図は見ていてホッとするw(ねこじゃらし)
早いうちに、小間使いから昇格しそうな感じがする。続きが気になります(ルーク)
続きが気になる〜♪(運営の犬)
タグ
真・恋姫†無双 北郷一刀 麗羽 猪々子 斗詩 名家一番! 

濡れタオルさんの作品一覧

PC版
MY メニュー
ログイン
ログインするとコレクションと支援ができます。

<<戻る
携帯アクセス解析
(c)2018 - tinamini.com