虚界の叙事詩 Ep#.15「ブレイブ」-1
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ユリウス帝国空母 イオ号 ノーム海上

 

γ0057年11月28日

 

1:02 P.M.

 

 

 

 真っ黒な『ユリウス軍』の空母が、大海原を突き進んでいる。大型の兵器や戦闘機を何十

機、その中には核ミサイル数発までをも携え、真っ直ぐと航行していた。

 

 それは、『ユリウス帝国』の空母の中でも、一、二を争うほどの大きさを持つ巨大軍艦だ。全

長が500m近くあり、その船それ自体が、巨大な兵器といったところ。長距離弾道ミサイルが

積んであるし、攻撃面は完璧だった。更にあらゆる機能が、最新の技術を駆使されている。

 

 そんな空母がむかって船首を向けている先は、『NK』。昨日、『ユリウス帝国軍』の最新兵器

の発射により、ほぼ完全に破壊されてしまった被災地。

 

 『ユリウス軍』の兵器。それにより1000万人が犠牲に遭った。それだというのに、『ユリウス

軍』の空母が新たに向かっている。

 

 燃え広がった国際世論の風当たりに、油を注ぐかのような事態。だが、国防長官と『皇帝』の

決断と命令。直ちにノーム海域を航行中の空母が、『NK』の《クリフト島》へと向かう事になっ

た。

 

 イオと呼ばれるこの軍艦を指揮しているのは、空母の艦長だ。しかし、今回の『NK』行きは、

更に上の階級の将軍が乗り込んで来ていた。

 

 イオ号の艦長にとっては大きなお世話だったが、『ユリウス帝国』の国防長官の命令とあって

は仕方なかった。

 

 しかも、それがマーキュリー・グリーン将軍とあっては、艦長も自分の艦の中ですら落ち着い

てはいられなかった。

 

 今朝にヘリでこの船へとやって来たマーキュリー。どうも、『ユディト』の混乱した街から直接や

って来たようだが、彼女は、この艦の中で一番であるかのように振舞っている。

 

 しかし彼女の連れている護衛は案外少ない、まるで彼女は何も恐れるものの無いかのよう

だ。

 

「『NK』や『ユリウス帝国』だけでなく、世界はたった今、大混乱に陥っているわ。これ以上失態

を繰り返す事はできない」

 

 だから自分がこの場にいるのだと、マーキュリーは言いたげだった。

 

 艦長とマーキュリーは、空母の艦長室で対面していた。『NK』へは、もうそう遠くはない位置

だ。到着まで彼女はこの部屋にいるだろう。

 

「しかし…、我々は『NK』へ、救援部隊として向かうのです…。これではまるで戦場にいくかの

ような重武装です…」

 

 マーキュリーの前に立つと、どうしても小さな態度になってしまう。立場上そうしなければなら

ないというのではない。彼女の持っている視線や、その存在自体が、艦長をそのようにさせて

いるのだ。例え、艦長が叩き上げの軍人だったとしても。

 

「じゃあどうするの?このまま何もせずにただ引き返すだけって言うの?国防長官は喜ばない

でしょうねえ…。こんなに大きな船の艦長らしくもない意見です事」

 

 言葉だってそうだ。見るからに若くて美しい女、軍人などやらずに、街で歩いている女として

のほうが似合っている。しかし、そんな強い態度を見ると、軍人をやっていても不思議ではない

かのよう。あの『ユディト』で、指揮を取れるくらいの人物だというのは、本当なのかもしれない。

 

「確かにあなた達は、『NK』へと救援に行くし、その為の準備もしてあるんでしょう。でも、私の

目的は、テロリスト達を捕らえに行く事にある。

 

 でも、それだけよ…。こんな情勢の時に、『ユリウス軍』が動き出すなんて、国防長官も相当

無理をしていると思うけれども、私達は『NK』を攻めに行くわけじゃあない。そこの所を強調し

ないとね…」

 

「は、はい…、分かりました…」

 

 そう言われてしまうと、艦長は何も言えなかった。

 

「そう言うわけだ。あんたは自分の仕事をしてな」

 

 しかも、この場にいたのは、マーキュリーだけではない。

 

 部屋の隅で、マーキュリーと艦長のやり取りを見ていた、一人の男がそう言って来た。彼は、

ヘリで彼女と一緒にやって来て以来、まるで自分がマーキュリーと同じ立場であるかのように

振舞っている。

 

「…『帝国』は、正直、今大混乱もいい所だ。今の政権が潰れちまうかっていう状況なんだ。オ

レ達がヘマをしたらそこでおしまいよ、だから、あんたは手を出すな…」

 

 目の前に、まるで立ちはだかるようにしてその男は言ってくる。名前は、ジョンとか言うらしい

が、詳しい事は分からない。服装だって軍人の格好をしているわけではないが、かなり『ユリウ

ス帝国軍』の内部事情に通じているのも事実だ。

 

 艦長にとっては、彼の存在は気に食わなかったが、ジョンとかいうその男は、国防長官の命

令でここに来ているのだという。

 

 艦長は、何も口出しができなかった。

 

「じゃあ、私達のする事は、あなた達を、『NK』の《クリフト島》へと連れて行くという事だけです」

 

「それ以外は、何も手を出すなって言う命令だよ」

 

 ジョンという男が強気に出て言った。

 

「りょ…、了解しました…」

 

 いつもなら、自分が指示を出す立場なのに、今は階級も分からないような男に指示されてい

る。それが気に食わなかった。

 

 そんな時、艦長の部屋のコール音が鳴った。

 

「艦長。マーキュリー・グリーン将軍に連絡が入っています」

 

 通信機の先からそのように言葉が飛んでくる。

 

「ここにいるわ」

 

 艦長を差し置いて、マーキュリーが答えてしまう。

 

「電話を使わせてもらうわ、艦長?」

 

 艦長は、マーキュリーに電話を渡した。

 

「艦長室の電話に繋いで。音声だけでね」

 

 受話器をあてがって、マーキュリーが言う。音声だけという事は、通話は艦長には聞えないと

いう事だった。

 

 

 

 

 

 この艦長は、自分がここにいる事が気に食わないようだな。

 

マーキュリーは、艦長の顔をさっきから見ていて良く分かる。

 

 普段、自分が上にいる立場だというのに、それが初対面の者に上に立たれては、確かに気

に食わないものだ。しかも、国防長官からの指示でマーキュリーは、自分とジョンが『NK』で具

体的にどのような作戦をするか、彼に教えてはいない。

 

 だが、ジョンの方は、そのような艦長の顔を見て、返って楽しんでいるかのようだった。

 

「グリーン将軍、将軍?」

 

 受話器の先から、囁くような声で聞えてくる。

 

「そうよ。標的に動きがあったのね?」

 

 電話の先にいる人物は、『NK』の《クリフト島》へと潜り込ませた、『ユリウス帝国』のスパイ

だ。

 

 スパイの仕事は、もちろん『SVO』の動きを探る事。彼らが『ユリウス軍』の空母が迫っている

事を知り、どう動くかを探る。

 

 わざわざ目立つ大型の空母で《クリフト島》に上陸するのには、作戦がある。マーキュリーは

島を包囲するつもりでいたが、『SVO』はそれよりも前に逃げ出すつもりだろう。

 

 無論、彼らが島を脱出するのだろうという事も、想定済みだ。むしろそれが作戦。だからわざ

と目立つ姿で行く。

 

「彼らを支援しているのが、誰だか分かった?」

 

「ええ…、ええ、しかし、かなりの大物です」

 

「誰かだけ、言いなさい」

 

「…、『タレス公国』のベンジャミン・ドレイク大統領…」

 

 マーキュリーは国防長官から、その情報を聞き出す為に動くように言われていたようなものだ

った。

 

 しかし、世界の大国の一つである、『タレス公国』の大統領が指示しているとは、想像していな

かった。

 

「間違いない?」

 

「『SVO』は、『タレス公国』のシークレットサービスに保護された状態でいます。シークレットサ

ービスが動いているという事は、大統領命令だという事です。そしてたった今、『タレス公国』の

船で島を脱出するつもりです」

 

「そう、分かった。だけど、あなた達は最初の作戦通りに動きなさい」

 

「了解」

 

 スパイはそのように言って通信を切った。

 

 通信が切れた事を確認し、マーキュリーは電話機の通話をオフにした。

 

 そして彼と目線を合わせる。

 

「艦長?これから国防長官に電話をかけるけど、誰にも聞かれたくないことなの。あなたはこの

部屋から出てくださらない?」

 

「は?」

 

 艦長には、マーキュリーが何を言ったのか理解できない様子だった。

 

「この部屋から出てくださらない?電話をしたいの」

 

「こ、この艦の艦長は私です。それに、ここは私の部屋だ」

 

「ええ、でも今は私の方が上よ。ただ、私は国防長官に電話をしたいだけなの。でも、誰かに機

密を漏らされたくないから、あなたには聞かれたくないの」

 

 艦長は何か言いたげだったが、仕方なく座っていた椅子から立ち上がって、部屋から退出し

て行った。

 

「もしもし?この電話を、本国の国防長官に繋いでくださらない?」

 

 一分も経たない内に、まるで何事も無かったかのように、マーキュリーは受話器の先に話し

かけていた。

 

(はい、浅香舞です…)

 

 マーキュリーの前の画面に、舞の姿が映し出された。一見すると、彼女は毅然とした表情保

ったままであったが、かなり参っているようだ。無理も無い。自分の失敗が原因で、『NK』をあ

んな目に合わせてしまったのだから。少なくともマーキュリーはそう思っている。

 

 まだあの出来事が起こってから、一夜しか明けていない。

 

 彼女はこれからどうなって行くのか、その先行きの不安さを、誰にも知られまいと押し殺そう

としているように見える。

 

「国防長官。たった今、『NK』の《クリフト島》へと潜り込ませたスパイからの情報で、『SVO』を

支援していた者が判明しました」

 

 そんな舞を少し気遣いながら、マーキュリーは事を報告する。

 

(ハラ長官以外の…、ですか?)

 

「ええ、そうです」

 

(それは誰でしょう?)

 

「誰というよりも、正確には、国そのものでした。原長官と共に『SVO』を動かしていた人物、そ

れは、『タレス公国』のベンジャミン・ドレイク大統領でした…」

 

 舞が驚く様子が、画面に現れる。

 

(まさか…、本当ですか…?間違いありませんか…?)

 

「ええ、わたしも聞かれた時、驚きましたが…」

 

 舞は、電話先のマーキュリーとは視線を外し、少しの間、何かを考えるような態度を見せる。

 

(『SVO』…、確かに私は、彼らを外国の一テロ組織というようには見ていませんでした…。あ

まりに精錬されている上に、大胆不敵…。防衛庁の原長官が支援をしている事を知り、納得は

できましたが…。

 

ですが、彼の行動が制限されてからも、『SVO』は活動をし続けた。だから、他にも支援してい

る者がいるかと思ってはいたのですが、それも『NK』国内の者だと思っていました…。まさか、

一つの国家の大統領が裏で支援していたとは思っていませんでした。それも外国の…)

 

「…、それは、『タレス公国』からの、『NK』の防衛庁を利用した戦争行為という事ですか…?」

 

 舞は手の平で言葉を遮り、否定した。

 

(…、戦争とは違います。言うならばむしろ干渉ですが…。『SVO』はあくまで『ゼロ』の事をスパ

イしていたのであり、我が国に対して攻撃はしていない…。それを戦争行為とする事はできま

せん。

 

 彼らも『ゼロ』の脅威に気付いていた…。だからこそ、我々からあの存在を取り戻したかった

のか…)

 

 舞が独り言のように言うのを見て、マーキュリーは、

 

「だとしたら、我が国も随分と甘く見られたものですね?」

 

(『SVO』を確保する為に我々が行動するとなると、我が国を取り巻く国際情勢はますます悪く

なります。しかしこれは、『皇帝陛下』のご判断です)

 

 再びマーキュリーの方を向いて、舞が言った。

 

「そんな事をして、大丈夫なのですか?」

 

(大丈夫?と心配するよりも前に、我が国の現在の状態は、とても大丈夫とは言えません。私

と『皇帝陛下』のみならず、私達の政権は今回の事態で危機的状態です。間も無く不信任案が

提出され、政権は崩壊の危機に直面する事になるでしょう。『ユリウス帝国』や、私達に対する

責任も莫大なのです)

 

「そんな状態で、このような任務を…?」

 

(あなたはただ、私の指示した通りに行動すればいいだけです。それ以上は、軍にいるあなた

が詮索しなくて結構です)

 

 舞の声が、仕事上の義務的なものへとなっていた。

 

「余計な事を言ってしまい、失礼しました」

 

「ちょっと無理し過ぎだと思われますがね、国防長官殿?」

 

 マーキュリーと舞との会話の間に、ジョンが割り込んできた。彼は座っていた椅子から立ち上

がり、画面の舞の前に立つ。

 

(ジョン。あなたもそこにいたのですか?)

 

 とは言うものの、舞は別段驚いたような表情は見せていない。

 

「『SVO』の事は良く知っているだろうって、お前の命令で来ているんだぜ」

 

(ええ、そうです。言ったとおり、あなたはグリーン将軍と一緒に行動しなさい)

 

「ああ、初めての事じゃあねえからな」

 

 そう言い、ジョンは背後を振り返り、マーキュリーと視線を合わせると、お互いに目でうなずき

合った。

 

(では、私はやらなければならない事が沢山あるので、これにて失礼させて頂きます。任務完

了後、すぐに報告するように)

 

「了解」

 

「分かったぜ。お前も体に気を付けな」

 

 ジョンとマーキュリーがそれぞれに違う返事を返し、舞の方から通話が切られた。

 

「そう言うわけだ。また任務完了までよろしくな」

 

 振り返ってジョンがそのように言うと、マーキュリーは不敵な笑みで答えていた。

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クリフト島

 

0:15P.M.

 

 

 

「原長官もすぐに避難するようにと、大統領からの伝言です。速やかに行動願います。『ユリウ

ス軍』の空母はたった今、『NK』の領海に侵入しました。ここから15キロ南東を、こちらに向か

って航行中です」

 

 隔離シェルターの最深部、政府要人区域の中には、まだ原長官が一人で残っていた。彼は

一人になりたいと言っていたが、『タレス公国』のシークレットサービスにとっては彼を逃がすと

いう義務があった。

 

「許可なく、『NK』の領海に入る事は、戦争行為だと思うが…?」

 

 かつてのような意志の強い、一国の防衛庁長官としての威厳もなく、原長官はそのように呟

いていた。

 

「『NK』は軍組織を保持しておりません。ですが彼らの目的は侵略ではなく、ただ『SVO』とあな

たを逮捕したいだけです。『ユリウス帝国』政府はあなたを防衛庁長官として認めておりません

が、我々は違います」

 

 原長官は、まだ会議室の椅子に座ったままだった。彼はシークレットサービスの男の方には

振り向かず、背を向け、顔すらも少しも見せず、ずっと何かを思案し続けているかのようだ。

 

 『ユリウス帝国』の空母が迫ってきている事を伝えられても、彼は何の反応も見せる事はなか

った。

 

「じゃあ、わざわざ大型空母で来る意味は何だろうな…?」

 

「私に言えることは、あなたは直ちにこの場から避難すべきだという事です」

 

 原長官の後ろで、シークレットサービスの男は、彼の言葉を遮っていた。

 

「それはどうかな…? わざわざ空母で来る必要なんて、本当は無い。私には、彼らがあえて

自分達の存在を見せ付けているかのように見える。それで、我々がどのように出るか、見てい

るのだと思う」

 

「私には何とも…」

 

 そこで原長官は、ようやくシークレットサービスの方を振り返った。

 

「まあ、聞いてくれ。いいか? 彼らは『SVO』や私を何度も取り逃している。もう失敗はしない

というはずだ。だから、『ユリウス帝国』は今回の行動に自信を持っている。空母が迫ってくれ

ば、我々は逃げる。そんな事を彼らは承知済みのはずだ」

 

「という事は…?」

 

「我々は逃げる。だが、『ユリウス帝国』は我々を逃がさない為の手を打ってある。いや、最初

から逃がそうとするつもりなのさ。島から急いで出て行こうとする船を、衛星画像やら何やらで

捜している。そして、逃がそうとする者の正体をも探ろうとしている」

 

「『タレス公国』はあなた達との関係を、誰にも明かさないように勤めてきました」

 

「そうか。だが、それも今までの話だな。多分、脱出用の船を用意した事で、『ユリウス帝国』に

は我々の関係がばれているはずだ」

 

「つまり…?」

 

「『ユリウス帝国』は、私以外にも、誰が『SVO』を支援しているか、それを突き止めるつもりだ

ったのさ。ついでに私や『SVO』も捕らえられれば問題ない。脱出した船を襲撃する事など、彼

らには簡単にできる。むしろ目立つからやりやすい」

 

 原長官と面と向かっている男は、少し何かを考えた挙句。

 

「すぐに地上に連絡します。脱出は中止すると」

 

 そうシークレットサービスの男は言い、彼のスーツの袖の中に隠した無線を使おうとした。

 

「この島に逃げるしかなかったが、『ユリウス帝国』に包囲されてしまったのかもしれん…。しか

し、我々には『タレス公国』がついていると信じている。

 

 だが問題なのは、こうしている間にも、誰かが我々を見張っているという事だな…」

 

「どういう事です?」

 

「『ユリウス帝国』は我々を包囲しやすいよう、すでにスパイを送り込ませたはずだ。『NK』本土

からの難民に紛らわせ、正体が分からないようにな…」

 

「聞えるか? こちらパシフィック。おそらく『ユリウス帝国軍』からのスパイが我々を監視してい

る。『ユリウス帝国軍』は脱出する我々を襲撃するつもりだ。脱出は中止せよ。繰り返す。脱出

を中止せよ」

 

 シークレットサービスの男がそう言うと、少し間がある。彼の耳に繋がっているイヤホンに返

答が返って来ているようだ。

 

「その根拠は?」

 

「原長官がそうおっしゃった。彼の命令には従えとの、大統領の命令がある」

 

「了解。脱出は中止し、スパイの捜索を行う」

 

 そこで会話は途切れた。

 

「私の言葉に耳を傾けてくれてありがとう」

 

「それが命令ですから…、あなたの命令には従えと」

 

「じゃあ、もう一つ頼まれてくれるか…?」

 

「はい。何でしょう?」

 

「どうも、このシェルターの中にもそのスパイが入り込んだらしいんだ。それから私を守ってくれ

ないか?」

 

「本当ですか?」

 

「ああ、間違いない。さっきからどうも見張られている気がして仕方ないんだ。長年、盗聴や監

視カメラに気を配っていたせいか、どうも勘がついてきてしまってね」

 

 

 

 

 

 その頃地上では、シェルター内にいる原長官からの指示を受けた、『タレス公国』のシークレ

ットサービスが、急ピッチで計画の変更を行っていた。

 

「スパイが潜り込んでいる?」

 

 隆文がシークレットサービスの一人に尋ねていた。

 

「ええ…、ですが、まだそうと決まったわけではありません」

 

 隆文達は、すぐにも『タレス公国』の政府が用意した船で島の脱出をするところだったが、寸

前の所でそれは止められた。

 

 『SVO』は、《クリフト島》の外れの港で待機する形になった。

 

「原長官がそうだと言ったんだな?」

 

「はい…、おそらく、島を脱出した所を襲撃されると…」

 

「無くは無い話ね…」

 

 そう言って会話の中に入り込んでくる絵倫。

 

「『ユリウス帝国』の空母は迫ってきていますが、この場は危険だと我々は判断しました。どう

か、原長官と同じシェルターに入ってください」

 

 そう男は言ってきたが、絵倫は否定した。

 

「わたし達も協力して捜索するわ」

 

「我々はあなた方を守るように命令されています」

 

「じゃあ、そうして」

 

 絵倫がそう言うと、男は何も言い返せない様子だった。

 

「おいおいおい、言っておくがオレは避難させてもらうぜ」

 

 と、そんな様子を見ていた浩が、自分は関係の無いと言った様子で言ってきた。

 

「それはお前の勝手だ」

 

 隆文が言うと、浩もしぶしぶながら納得したようだった。

 

「だが、太一の奴はどこだ? オレはさっきからあいつの姿を見ていないぜ」

 

 皆が浩の方を向いた。

 

「勝手にどこかに行ってしまうような奴じゃあない、太一は」

 

 隆文が答える。

 

「もう自分は関係無いって事だろうがよ。ただオレよりも行動が早かったってだけの話さ」

 

「そうだとしたら、あなたはここでわたし達と話している暇は無いんじゃあないの?」

 

 絵倫が鋭く浩に指摘する。

 

「ああ、そうだともよ」

 

 そのように言い残し、浩は一博と共に、原長官のいるシェルターの方へと向い出した。

 

 隆文は、ため息をつきながら彼らの方を向いていた。

 

「隆文。だって、あなたが言ったんでしょ? 選択は自分自身でするもの。恨みっこは無しだっ

て」

 

 そんな彼の様子を見かねた絵倫が彼に言った。

 

「ああ、だがな、浩の奴、あんな事言っていながら、まだ迷っている…」

 

 隆文は言った。絵倫は、そんな彼の方を見つめながら答える。

 

「まだ気にかけているからこそ、あんな風にして突っぱねているって事?」

 

「だろうな。だが、今はあいつらの事を考えている暇は無さそうだ」

 

 シークレットサービスの男が、『SVO』の4人、隆文、絵倫、登、沙恵の前の空間に、ポータブ

ルタイプの立体スクリーンを映し出した。

 

「この周辺。要人避難施設は我々が固めているところです。今後一切、この場所への立ち入り

はできません。そして、海上ですが、巡視船を航行させています。空からも監視を…」

 

 そこで絵倫が言葉を挟む。

 

「空母を止める事は、どっちにしろできないんでしょ?」

 

 シークレットサービスの男は、言葉を探す素振りを見せた。

 

「ええ、相手が実力行使に出れば、とても叶いません」

 

「それじゃあ、『ユリウス帝国』の侵略行為になっちまうのにか?」

 

「相手は、全力であなた方を捕らえたがっているのです。彼らにとっては国際指名手配犯なの

ですから」

 

「それでも、あなた達はあたし達をかばうの?」

 

 沙恵が心配そうに言った。

 

「それが、我々に与えられた命令です」

 

「それはありがたいが…、スパイはまだ見つからないんだな?」

 

「はい。不審者がいれば気付いています。我々がこの島に来た時から、警戒に当たっています

が、この区域には誰も立ち入っていないのです」

 

 シークレットサービスの男は説明する。

 

「原長官の当てが外れたか…、あるいは…」

 

 隆文は腕を抱え込んで思案した。

 

「内部にスパイがいるのかもね?」

 

 そんな彼を差し置いて、再び絵倫が言い出した。

 

「まさか」

 

「そのまさかって事も良くあるし、説明も付きやすいものよ」

 

 絵倫がそう言って、会話が途切れた時だ。シークレットサービスの男に通信が入ったらしい。

 

 彼は耳にしたイヤホンの方に手をあてがって、その通信に聞き入る。

 

「…了解。空母はここから10キロ程離れた場所を航行中のようです」

 

「もう逃げている時間は無い…、か」

 

 そう言ったのは、周囲の様子を伺っていた登だった。

 

「ええ、ですが…、すでにこちらに向かってヘリが飛び立ったとの事です。ここには大型空母を

停泊させる設備が無いという事は、知っているようですから…」

 

 男がそう言うと、どこからか、ヘリが飛んでくる音が聞こえてきた。それも一機ではなく、何機

も飛んで来ている。その羽ばたく音が聞こえてくる。

 

「原長官は…、シェルターの中にいて安全なのね…?」

 

 ヘリが飛んで来ている方向を見つめ、絵倫が言った。

 

「ええ、護衛が付いていますし、部下が出入り口を固めています」

 

「じゃあ、飛んで来ているヘリの方は、ここへ来させちまうのか?」

 

 尋ねたのは隆文の方だった。

 

「我々はここに戦争をしに来たのではないのです。もちろん暴動を鎮圧し、あなたを保護する事

はできますが、『ユリウス帝国軍』と戦うだけの武力は持ち合わせていません」

 

 シークレットサービスの男は説明した。

 

「じゃあ、どうしようもないのね?」

 

「ええ、ですから、あなた達はシェルターへ逃げるようにと…」

 

 そう男が言って、避難するように4人を催促しても、彼らは動く様子を見せない。

 

「何をしているんですか?」

 

「『ユリウス軍』がここに来て、俺達を捕らえようとしている。いつもならそれよりも前に身を隠す

が、ここは狭い島の中だ。今はどこに行きたくても逃げ場が無い、ならば、迎え撃つだけさ」

 

「あの『ユリウス軍』をですか? しかも何機もヘリが近付いてきているというのに…?」

 

 驚いたように男は言った。

 

「ドレイク大統領から聞かなかったのか? 俺達は『ユリウス帝国軍』の一個中隊とも戦う事が

できるんだ…」

 

「危険は冒すなと命令されています」

 

 そう言って来る男に対し、絵倫は目線を合わせた。

 

「じゃあ、わたし達に任せて。それが多分、一番安全な方法だと思うわ。それに、『タレス公国』

がわたし達のバックにいた事なんて、もう隠す必要なんかないでしょ? 堂々とやりましょう、

堂々と」

 

「し、しかし…」

 

 シークレットサービスの男がそう言う間も無く、彼らの上空を、一機の軍用ヘリコプターが旋

回して行った。

 

 それを見上げる『SVO』の4人。

 

「来たぞ…!」

 

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 隆文が皆に呼びかけた。

 

 隆文の上空へと飛び出して来たヘリコプターからは、次々とワイヤーが降りて来る。上空では

3機の大型軍用ヘリコプターが低空を舞い、その音は凄まじいものがあった。思わず耳を塞ぎ

たくなる。

 

 ワイヤーを伝い、今度は次々と、『ユリウス軍』の兵士が滑るように降りてくる。さながら戦場

のような装備で彼らはやって来ていた。

 

 あっという間に人工島の地上へと着陸する兵士達。まるですでに知っていたかのように、『S

VO』の4人の姿を発見し、銃を向けながらそれを包囲し始めた。

 

 だが、降りてくる兵士達は、『SVO』の4人を包囲していくだけだ。無言のままに黙々と彼らは

包囲していく。

 

「どうする、やる?!」

 

 大声で絵倫が尋ねた。そうしなければ、ヘリの音に言葉がかき消されてしまい、まるで聞き取

る事ができない。

 

「いや、まだだ。様子を見る」

 

 隆文が答えた。

 

 『ユリウス軍』の兵士は、次々と降りて来て、4人の周りを囲んでいくだけ。攻めて来ようとはし

ていなかった。

 

 だが、やがて一機のヘリコプターが、上空を旋回するのではなく、着陸して来ようとしている。

 

 開けた場所へと、『ユリウス軍』のヘリコプターが着陸した。

 

 兵士達は微動だにせず、『SVO』の4人を包囲するだけで、まだ行動をして来ない。だが、大

勢の兵士達に、4人とシークレットサービスは囲まれてしまう。

 

 着陸したヘリコプターから、やがて、兵士達の姿とは違う、2人の人物が現れた。その2人

は、兵士達に護衛されたまま、4人の方へとやって来る。

 

「あれは…」

 

 絵倫はその2人の姿を見て、思わず呟いていた。

 

 2人とも、絵倫はその姿を知っていたからだ。いや、彼女だけではなく、『SVO』の全員がそ

の姿を知っていた。

 

「『ユリウス帝国軍』の将軍が、ここに…? しかもあいつは…」

 

 一人は、『ユリウス軍』の高官の軍服を着て、緑色のフードを被った女。そしてもう一人は、つ

ばの大きな帽子を被り、軍服とは言いがたい服装をした男だった。

 

 『SVO』の4人はこの2人を知っている。女は、『ユリウス帝国軍』の将軍、マーキュリー・グリ

ーンで、もう一人はジョンという男。

 

 2人は4人の方へと歩いてくる。そしてマーキュリーの方は、『タレス公国』のシークレットサー

ビスを見回すと、堂々とした様子で言い放った。

 

「『SVO』という組織の8人と、ハラ長官の身柄引き渡しを要求するわ」

 

 自分の国の言葉で、彼女は言っていた。

 

 すると、シークレットサービスの一人が、『SVO』の4人の前に立ち塞がる。

 

「彼らは、我が国の大統領命令で保護される事になった。『ユリウス帝国』へと引き渡す事はで

きない。お引取り願おう」

 

 彼がそのように言うと、『ユリウス軍』の兵士達は、一斉にその方向へと銃を向けた。

 

「止めなさい」

 

 だがそれを、マーキュリーが制止する。

 

 兵士達は、一斉に銃を下げた。

 

「誤解なさっていらっしゃるようですけれども?」

 

「何の事だ?」

 

「我々『ユリウス帝国』は、『SVO』の4人を逮捕するのではなく、ただ身柄を引き渡して欲しいと

言っているのよ」

 

 マーキュリーの言葉は予想外だった。このように物々しい有様では、てっきり彼らは『SVO』

を逮捕しに来たのかと思えてしまう。

 

 だが、油断はできない。言葉には裏がある。

 

「わたし達は、あなた達に付いていくつもりなんかはないわ」

 

 絵倫が、シークレットサービスの後ろからマーキュリーに、『ユリウス帝国』の言葉を使って言

った。

 

「我が国に対して、随分、大胆な口ぶりね? でももしあなたがそう言うのならば、私としても強

硬手段に移るしかないわ…」

 

 マーキュリーは絵倫と目線を合わせて言う。彼女は、『SVO』のメンバーから10歳ほどしか

歳の離れていない女だ。いくら軍の将軍とは言え、その容姿はまだ若い。

 

 しかし、兵士達に囲まれているその姿は、とても堂々としていて、まるで怖いものなど無いか

のよう。『SVO』と対峙していても、その態度は変わる様子が無い。

 

 4人はその場で、マーキュリーに対して身構えた。『SVO』を守る立場にある、シークレットサ

ービスも、『ユリウス帝国軍』と対峙して警戒を強める。

 

「皆、下がっていなさい…。『SVO』は、私が捕らえるわ…」

 

 マーキュリーだけが最も先頭に立ち、兵士達に向かってそのように言った。

 

「おいおいおい、4人に対して、一人で相手をするって言うのか? しかも将軍自らが重い腰を

上げるってのか?」

 

 ジョンがマーキュリーに尋ねた。

 

「私は、ただ指示を出すだけの立場っていうのは、嫌いなのよ。それに、『高能力者』である彼

らに対して、『力』を持たない兵士が戦うのは、無謀よ」

 

「オレも手伝うぜ。来た意味が無くなる…」

 

 と、ジョンという男が言った。

 

「あらそう? でも足手まといになられては困るわ」

 

 マーキュリーにそう言われつつも、ジョンは彼女と並んだ位置に立ち、『SVO』の4人と対峙し

た。彼は、右手に禍々しい形状の、大きな剣を持っている。それは、彼が以前に隆文と絵倫と

戦った時に使っていたものだ。ジョンはそれを構えようとはしないが、いつでも戦えるといった

様子を見せる。

 

 そんな2人の『ユリウス帝国』からの来訪者を前にし、『SVO』の4人は身構える。

 

「あなた達は手を出さないで」

 

 絵倫が、シークレットサービスに言った。

 

「そういうわけには行きません」

 

「相手はたった2人なんだ。今の内はまだ手を出さないでくれよ…。もし周りの兵士が襲ってき

たら、その時は援護を頼む…。ドレイク大統領にもそう言われたはずだ」

 

 隆文は言った。彼は、鞄の中から素早く機関銃を取り出した。それを、ジョンの方向に向けて

構える。

 

「了解しました。あなた方の戦い方に合わせましょう」

 

 シークレットサービスの男は答える。彼は、警戒を強めたまま、一歩後ろへと下がった。

 

「さーて…、やりましょうか…」

 

 マーキュリーは、まるでゲームでも始めるかのような口調でそのように言うと、さっと背後から

何かを取り出した。

 

 それは、長い棒の形状をしている。その長さは、彼女の身の丈ほどはあるだろう。

 

 彼女は、大型の鉄槍を手に持っていた。

 

 絵倫はその槍を見て思い出す。『ユディト』の《シャイターン》で初めてこの女と出くわしたとき、

まるで一つの建物はあるかのような怪物を一撃の元に葬り去ったのは、マーキュリーだったは

ずだ。

 

 マーキュリーが直接、あの巨大な怪物を始末した所は、『SVO』は見ていない。しかし間違い

なく、倒したのはマーキュリーだ。

 

 自分達が八人がかりで逃げるしかなかったあの怪物を、一撃で倒した女と、今、自分は対峙

している。絵倫はそう思っていたが、心は落ち着かせていた。

 

「一つ、聞かせてもらうわ…」

 

 絵倫は、マーキュリーに向かって静かに尋ねた。彼女はすでに、自分の武器である鎖状の鞭

を構えていた。

 

 以前の鎖の鞭は破壊されてしまったが、今度のものは、『タレス公国』から支給された鞭だ。

そんな変わった武器を支給してくれるなど、ドレイク大統領が、どうやら『SVO』へと世話を焼い

てくれたらしい。

 

 そんな彼女の方へと、マーキュリーは特に構えもせず、右手に槍を持って目線を合わせてき

ている。

 

「何かしら?」

 

「なぜ、あなた達は、わたし達を『ユリウス帝国』へと連れて行こうとするの?」

 

 マーキュリーは余裕の笑みのまま答えてくる。

 

「さあ? わたしはただ、国防長官の命令に従っているだけだわ。だから、あなたを力ずくでも

連れて行くって、ね」

 

「そうあなたが言うのならば、私は何としてでも抵抗させてもらうわ」

 

 絵倫は言い放つ。

 

「沙恵、あなたは下がっていなさい」

 

 自分と一緒に対峙しようとする沙恵に向かって、絵倫は言った。

 

「で、でも…!」

 

「いいから!相手も一人、わたしも一人で、ちょうどいいわ」

 

 絵倫がそのように言って、自分の前で鞭を人鳴らしし、構えると、沙恵も引き下がらざるを得

なかった。

 

「絵倫…、大丈夫か…?」

 

 そんな彼女を見かねた隆文が彼女を心配する。

 

「心配も何も、わたし達で相手をするしかないわ。彼女達が、私達が『力』を使う事を知っていな

がら、自ら戦いを挑んでくるとは、自分達も『力』を使えるからよ」

 

「お前の相手は、このオレだぜ」

 

 そう言って、ジョンが隆文と絵倫の間に割り込んだ。

 

「戦力を分散させ、自分を有利にしようってか?」

 

 隆文が銃の銃口をジョンの方へと向ける。

 

「いいや、違うぜ。手柄を半分ずつにするためだ」

 

 ジョンは、構えていた剣を、隆文、そして登の方へと向けた。

 

「さーて、あなたの相手はこの私って事で…。でも一人で私と戦おうだなんて、随分とみくびられ

たものね」

 

 マーキュリーが、勝ち誇ったかのような表情のまま絵倫に迫る。

 

 絵倫はそんな彼女に対し、じっと構えて待った。周りでは、『タレス公国』のシークレットサービ

スと、『ユリウス帝国軍』の兵士達が注目している。

 

 緊張の糸を解いたのは、マーキュリーだった。

 

 彼女は、絵倫との距離を一気に詰め、手にした槍を、彼女の方へと突き出した。

 

 鋭い突きが繰り出される。だが、大型の槍による攻撃を、絵倫はかわした。

 

 更に突き出される槍による攻撃、それも絵倫はさっと避ける。マーキュリーは、3回の突き、

そして最後には薙ぎ払う攻撃を絵倫に仕掛けたが、それらを彼女は全て避けきった。

 

 今度は少し離れた間合い、マーキュリーの槍が十分に届かない位置に絵倫は立つ。

 

「思っていたよりも、大した動きじゃあないわね?」

 

 そう言ったのは絵倫だ。今ぐらいの槍による突きだったら、絵倫でも十分に見切る事ができ

る。

 

「今のはただの小手調べ。いきなり本気で行くのは、あなたに悪いでしょ?」

 

 マーキュリーは言い、再び絵倫の方に向かって一気に間合いを詰めた。

 

 今度は、更に素早い動きで絵倫を攻め立てる。マーキュリーの動きも、人間の動けるスピー

ドを超え出した。絵倫もそれに合わせ、自分のスピードを上げていく。

 

 やがてマーキュリーの一突きが、絵倫を捕らえようとした。

 

 マーキュリーは思わず、その隙に口元を緩めたが、彼女の突きによる攻撃は、大きく軌道を

外れていく。

 

 突風のようなものが、槍の一直線な軌道をそらせた。

 

 そこにできた隙。絵倫はとっさに手にした鞭を振るう。小さな竜巻のようなものを纏ったその

鞭は、絵倫の意思によって操られ、マーキュリーを捕らえた。

 

 彼女の体は、大きく後方へ飛ばされる。だが、何とか体勢を保った。地面に手を付きつつも、

倒れるような事は無い。

 

 だが、彼女の被っていたフードは大きく破れ、頬に切り傷がついていた。

 

「そのくらいの動きじゃあ、わたしは捉えられないわよ。あなた、槍が重すぎて、スピードが付い

ていかないんじゃあないの?」

 

 絵倫は、再び距離が離れたマーキュリーの方を見据えて言った。

 

 だが、マーキュリーは、それを聞いていないかのように、いつしか冷静な表情になった眼を向

けている。

 

「国防長官が言っていた通り、あなどれないようね? ただ、逃げたり隠れたりするのが得意な

だけじゃあない。あなた達は戦い慣れている。正直、最初はあなたをみくびっていたけれども、

手加減しない方がいいみたいね。

 

 でも、悪くは思わないでよ? 私があなたをどんなに傷つけても、個人的な恨みがあるわけじ

ゃあないわ」

 

 マーキュリーは冷たい目を向け、絵倫に言う。

 

「そう…? でもそう思うなら、さっさとかかってきたら?」

 

 絵倫がそう言うと、マーキュリーは鋭い目付きを向けたまま言い放つ。

 

「言われなくてもね…!」

 

 そしてマーキュリーは、絵倫の方に向かって駆けてきた。槍を振りかざし、絵倫の方へと迫っ

てくる。

 

 その動きは、先ほどと特に変わったような様子はなかった。だが、槍を大きく振り上げ、絵倫

の元へと振り下ろして来ようとするその様は、何か、巨大なものを上から叩き下ろすかのような

威圧感があった。

 

 絵倫はその動きに警戒した。

 

マーキュリーの槍の振り下ろしによる攻撃を避け、その場から飛び退る。

 

 大きな鉄槍は、力強く地面へと叩きつけられた。

 

 マーキュリーの槍が地面に叩きつけられると、地割れのような衝撃波が一気に地面に伝わっ

た。

 

そしてその衝撃波は、ただの波としてではなかった。

 

まるで鋭いガラスのような形状のエネルギーと成り代わり、人工島の地面を抉り出す。

 

 彼女の周りの地面は大きく陥没してしまった。そして、形となった衝撃波が、いびつなガラス

の姿となって、一気に広がる。

 

 飛び上がっていた絵倫は、その光景を見ると、

 

「何ていう破壊力…!こんなのをまともに受けたら…!」

 

 だが、飛び上がっていた分、絵倫は反応が遅れた。

 

 マーキュリーは、絵倫の方に向かって、槍を突き出してくる。しかし、絵倫までは距離が足りな

い。

 

 それでもマーキュリーが槍を突き出しただけで、衝撃波が空間を伝わる。そして、再びガラス

状のエネルギー波と成り代わる。

 

 絵倫はそれを避けようとするが間に合わない。ガラス状のエネルギーは空中へと伸びてい

き、彼女の左脚を掠った。

 

 地面に着地した瞬間、絵倫は体勢を崩した。実体化したエネルギー体は、彼女の脚を少し掠

っただけだったが、猛烈な痛みが彼女を襲った。

 

 左脚の太股が、大きく切り裂かれている。激しい出血をし、立つ事ができない。

 

絵倫は思わず声を上げた。

 

「絵倫ッ!」

 

 隆文が彼女の方へと呼び掛ける。

 

「どこ見てやがるッ?お前の相手はこのオレだッ!」

 

 だが、彼の目の前にジョンが立ち塞がり、隆文の方へと剣を振り回してくる。たまらず隆文は

後ろに跳び退った。

 

「そこまでだ!これ以上彼らを傷つける事は許さない!」

 

 シークレットサービスが見かねて制止に入ろうとする。

 

 だが、彼らは『ユリウス帝国兵』達に銃を向けられてしまう。

 

「いいのよ!まだ負けたって決まったわけじゃあない…! このくらいの傷なら…!」

 

 強気に言う絵倫だったが、脚から多量の出血をしている。地面に脚を付き、全く立つ事がで

きない。地面には脚から流れた血が広がっている。

 

「まともに当てれば、鉄筋コンクリートの支柱だって粉々に破壊できるのよ。掠っただけで生身

の人間ならイチコロだわ。でも、わざと致命傷にならないように脚を狙ってあげたまでの事。本

気ならばいつでも命を奪えるわ」

 

 絵倫を見下ろしながら、マーキュリーが迫ってくる。

 

 あのユディトで、巨大な怪物を一瞬にして倒したマーキュリーだったが、その力の秘密はこれ

だった。この破壊のエネルギーを使って、マーキュリーはあの怪物を一刀に両断していたのだ

ろう。

 

 マーキュリーは、衝撃波を破壊のエネルギーの形としてしまう『力』を持っている。

 

 全く立ち上がる事のできない絵倫。左脚の傷は大腿筋を破壊されてしまっていて、脚の感覚

が無くなっている。

 

 それでも、毅然とした表情でマーキュリーの方を見上げていた。

 

「降参って言う表情じゃあ、無いわね…」

 

 マーキュリーは独り言のようにそう言うと、槍を、今度は絵倫の上へと振り上げた。

 

 そして、何のためらいもなく、彼女はそれを地面に向かって振り下ろす。

 

 再び地震のような衝撃が、人工島の地面を揺るがした。

 

地面を抉りながら、自分の方へと迫ってくる衝撃波。立つ事のできない絵倫にはとてもそれを

かわす事はできない。

 

絵倫は、迫ってくる衝撃波の方向を、自分の『力』を使って空気の流れを変え、方向をそらさせ

ようとした。

 

しかしそれでも、破壊のエネルギーを全てそらす事はできない。鋭い刃は打ち砕かれたが、ガ

ラスの破片のようなものとなったエネルギーが、絵倫に降り注ぐ。

 

絵倫は悲鳴を上げつつも、そのガラスの破片を身に受ける。まるで、ガラスのシャワーを浴び

たかのようになる。

 

だが、絵倫は、少しだけその破片を浴びただけで、大した傷を負わなかった。

 

 黄色いエネルギーの膜のようなものが、絵倫を守っていた。

 

「絵倫一人じゃあ、やっぱり無理だよ!」

 

 それは、沙恵が、絵倫を守る為に張った、バリア状のエネルギー体だった。

 

「沙恵…、あなたが敵う相手じゃあないわ」

 

 出血で頭が朦朧とし始めている絵倫が、沙恵の方を向いて言った。

 

「でも、絵倫一人でも敵う相手じゃあないよ」

 

「どうせ、全員連れて行くんだからね。精一杯抵抗しておいたほうがいいわよ」

 

 そう言って、マーキュリーは沙恵との間合いを一気に詰めた。

 

-4ページ-

「気をつけろ、登…。そいつの剣の攻撃は、物体を劣化させる『力』を持つ。何でかは分からな

いが、とにかく金属ならあっという間に錆びさせ、肉体なら腐食させられる…、それだけは分か

っている」

 

 隆文は一歩退き、登が彼よりも前に出てジョンと対峙していた。逃げ腰のようにも見えるが、

隆文はどうしても接近戦が苦手だった。

 

 反面、登ならば槍により、光のようなスピードで接近戦をする事ができる。隆文も何もしない

わけではなく、機関銃による援護をするのだ。

 

「そんな武器で、わたしと戦えるとは思えないわ。さっさと諦めたほうが、無難なんじゃあない

の?」

 

 マーキュリーが、対峙している沙恵に向かって堂々と言った。彼女は、じっとマーキュリーの

方を見据えている。

 

 手には円盤に刃が付いた、ブーメランのごとくの武器を持ち、四方に付いた刃の内一つを、

マーキュリーの方へと向けていた。

 

「知っている? あたし達は、どんな事があっても諦めないの!」

 

 沙恵が凄んだ。

 

「あらそう?それはいい心構えだわ!」

 

 マーキュリーは言葉を返しつけると、沙恵の方へと一気に間合いを詰めた。

 

 同時に、登の方に向かっても、ジョンが一気に間合いを詰めてくる。

 

 登は、さっと突き出されて来た剣をかわした。ジョンの突きの速度も相当なもので、目で捉え

ることができないほどだが、登ならば問題ない。

 

「驚いたな…。なかなかのスピードだ」

 

 ジョンはそう言うも、剣を振り、登を捕らえようとした。

 

 登が、隆文とジョンとの直線状から離れたのを確認し、隆文は機関銃を掃射する。

 

 だがジョンは、飛んでくる機関銃の攻撃を次々と弾いた。無数に飛んでくる弾を、次々と跳ね

返していく。

 

 登が別方向から迫り、槍を突き出そうとする。

 

 ジョンは、機関銃の弾を弾きながら、人工島の地面を剣で抉る。それは大きなブロックとなっ

て抉り出され、さらにジョンの剣によって、隆文の方へと飛ばされた。

 

 隆文はそのブロックを避けざるを得ない。機関銃の掃射が止まった。

 

 迫ってくる登に対し、ジョンは蹴りを繰り出した。登はその攻撃をとっさにかわす。

 

 すぐさま体勢を立て直すジョン。登との間合いは離れた。

 

「登のスピードにも付いていけ、しかもそれでいて銃弾をもかわす事ができて、更には反撃まで

できるとはな!お前は一体何者だ?」

 

「前にも言っただろう?オレは国防長官直々の組織のメンバーさ」

 

 ジョンが言葉を返す。

 

「人間は訓練次第で、幾らでも『能力』を引き出せるのさ、『ゼロ』のようにな…。奴に比べたら、

オレも国防長官も大した事はねえ…、

 

 お前達はもっとかもな?」

 

 挑発し、再び対峙するジョン。今度は登の方からジョンへと攻撃が繰り出され、再び火花は散

った。

 

 ジョンの方が実力は明らかに上だったが、登はスピードと隆文の援護で、何とかそれをしの

いでいた。

 

 そして、離れた所では、沙恵とマーキュリーが戦っていた。

 

 マーキュリーは最初は槍によって攻撃を繰り出していたが、沙恵があまりに避けるので、マー

キュリーは破壊のエネルギーを使い始めた。

 

 彼女が槍を振り下ろすたびに、まるで地震のような衝撃と音が、辺りに伝わる。

 

 沙恵は、次々と迫り来る衝撃波を、何とかかわし続けていた。

 

「逃げ足は速いようだけれども、こんな事もできるのよ! そらッ!」

 

 マーキュリーは、すでにある自分が作り出したガラス状の破壊のエネルギーに向かって槍を

振り下ろした。

 

 ガラスのような形状となっている物体は、粉々に砕け、破片が周囲に飛び散る。それは、まる

でナイフのように沙恵の方に向かって飛んで来る。

 

 沙恵は、それをバリア状のエネルギーを張る事で防いだ。

 

 だが、そんな彼女の姿を見ても、マーキュリーは動じるような様子もない。

 

「ただ、エネルギーを飛ばすだけだと思った?」

 

 うなるような音が地面を伝わっている。

 

 沙恵は警戒する。そのうねるかのような音は、沙恵の周囲を取り囲み始めた。まるで何かが

地面下を伝わっているかのようだ。

 

「沙恵!エネルギーの振動がそっちに伝わっているんだわッ!」

 

 絵倫が叫んだ。

 

 沙恵は、とっさにバリアを張った。そして、迫り来る攻撃に備える。

 

 地面の下から、伝わっていたエネルギーが形となって、アスファルトを打ち砕いてきた。ガラ

ス状のエネルギーが、地面の下から一気に聳え立つ。

 

 沙恵はバリアを張って備えていた。いくら人の体を破壊できても、手榴弾の爆発をも免れる

事のできる沙恵のバリアは破れる事はない。

 

 しかし、エネルギーの形は、沙恵の周りを取り囲むようにして聳え立つだけだ。彼女に向かっ

て直接襲い掛かって来ようとはしない。

 

 だが沙恵は気付く。マーキュリーは、エネルギーの形を使って直接攻撃して来ようとしたわけ

ではない。

 

 沙恵は、エネルギーの形によって作り出された、牢獄のような場所に閉じ込められたのだ。

 

 マーキュリーは、高々と飛び上がり、槍を上段に構えて彼女を狙う。

 

「直接の攻撃は、そのバリアで防げるかしら?」

 

 マーキュリーの構えた槍は、青い色をしたエネルギー体のようなものを渦巻かせている。そ

れが振り下ろされれば、破壊のエネルギーが爆発のように広がる。

 

 沙恵には、自分の『力』が作り出すバリアが、それを防げるとは思えなかった。

 

 だが彼女は代わりに、自分の武器を使おうとした。円盤状の武器を取り出し、それをマーキ

ュリーの方に向かって、ブーメランのように投げた。

 

「こんなもので、私を倒せるとでも思ったの!」

 

 自分の方へ、回転しながら迫ってくるブーメランに対して、マーキュリーは言い放った。それは

刃を持っていたが、大型の武器に比べれば小さく、所詮は人の投げたもの。彼女にとっては槍

で弾いてしまえばいい、恐れるに足らない武器。

 

 だが、そのブーメランは、空中で分裂した。

 

 上部と下部の二つに分離し、それぞれがマーキュリーに向かって迫る。

 

「こんなもの!」

 

 空中で槍を振り回し、マーキュリーは二方向から迫ってきたブーメランを弾き落とそうとした。

 

 しかし、沙恵のブーメランは、さらに二つずつに分裂する。

 

 合計、四つのブーメランへと分裂した刃が、高速回転しながらマーキュリーへと迫った。彼女

は、槍を振り回してそれらを防ぐ。

 

「ちょっと驚いたけど、こんなもので私は倒せな…」

 

 マーキュリーがそう言いかけた時だった。

 

 彼女の落下して行く先に、沙恵がいない。

 

 彼女は、エネルギー体の牢獄の中に閉じ込められたはずだった。しかし、落下先に沙恵がい

なかった。

 

 しかも、エネルギー体が囲っている部分の地面は、大きく陥没していた。

 

 それは、陥没したというよりも、何かが吹き出したかのようになっている。

 

「まさか…!」

 

「あたしは、こっち!」

 

 沙恵は、マーキュリーの目の前に迫っていた。

 

 彼女も飛び上がったのか。そう思う間もない。沙恵は、空中で分裂していた自分の武器を再

び集合させて手に取り、それを、マーキュリーの方へと繰り出した。

 

 槍によって、沙恵の攻撃を受け止めるマーキュリー。武器はさほどのものではないが、まる

で、突風のような衝撃をマーキュリーは浴びた。

 

 マーキュリーはその場から飛ばされた。

 

「馬鹿な…!飛び上がっている時間なんて無かったはず…!それに、あんなに狭い空間じゃ

あ、踏み切りだってできない…!」

 

「ふふ…、あなたが、『力』のエネルギーが伝わっていく道を作ってくれたおかげで、わたしの

『力』を、沙恵に送るのはたやすかったわ」

 

 絵倫が言った。彼女は手の平を、マーキュリーが先程槍を振り下ろした場所へと押し当てて

いた。

 

「あなたが破壊のエネルギーを送った道筋は、アスファルトがトンネルのようになっていて、わ

たしの風の『力』を、沙恵がいる場所へと、正確に送れるようになっていたわ。そして、あなたが

落下するよりも前に、沙恵を上空へと飛ばしてあげたの。真下から一気に空気を噴出させて

ね」

 

 絵倫は、何とか自分の脚の出血を止血して、地面を転がったマーキュリーに向かって言って

いた。

 

 マーキュリーは、とっさに立ち上がる。

 

「こんなもので私を倒せると思った?何よ!いい気になるんじゃあないわ!」

 

 いきり立ち、絵倫を睨み付けた。しかし、絵倫は、不敵な笑みをマーキュリーへと向けてい

る。

 

「あら?いい気になっているのはあなたの方だわ。わたし達二人を一人で相手にするって言っ

たけれども、自惚れもいい所よ」

 

「何ですって?」

 

 マーキュリーがそう言った時だった。

 

「全くだよ!」

 

 彼女の目の前に、突然沙恵が現れ、マーキュリーの方へと刃を突き出した。

 

 避けるような暇も無い。沙恵が突き出したブーメランの刃は、マーキュリーを完全に捉えてい

た。

 

 刃が深く左胸へと突き刺さった。突然の出来事で、マーキュリーは何が何だか分からない様

子だった。

 

 彼女は、突然の鋭い衝撃にうめく。

 

「そんな…!近付いていたならば、分かるはず…!」

 

 マーキュリーは言葉を漏らした。ブーメランの刃が突き刺さった左胸から、血が溢れる。

 

「わたしの『力』を使って、空気の光の屈折を変えられるわ。沙恵の姿を隠させてもらったわよ。

だから、あなたからは沙恵の姿を見る事ができなかったの。わたしが、ただここで見ているだ

けだと思っていた? 自惚れが過ぎるのはあなただったようね? 一人で二人を相手にできる

なんて言ってさ」

 

 絵倫が、マーキュリーに向かって言っていた。マーキュリーは虚ろになりかけた目で、彼女を

チラッと見ていた。

 

「心臓の少し手前で、刃を止めてある。このままあたし達を見逃して、さっさと帰るって言うんな

ら、あなたを殺しはしないよッ!」

 

 沙恵が、マーキュリーに向かって凄んだ。それだけではない、彼女は、その場にいた者達全

員に向かって叫んでいた。

 

「そ、そんな事…!するわけ、ないでしょ…!」

 

 マーキュリーは、胸を刺されていても、頑なにそう言った。

 

 だが、沙恵は、更に深くブーメランの刃を突き刺す。マーキュリーは思わず声を上げたが、心

臓のほんの少し手前まで刃を押し込まれていては、動く事ができない。

 

 そんな沙恵に向かって、周りにいた『ユリウス帝国兵』達は、一斉に銃を向けた。『タレス公

国』のシークレットサービスも、それにはどうしようもない。

 

「ほ…、ほら?あ…、あなたが私を殺したなら、周りの私の部下達が、あなたを殺すわ…!」

 

「試してみる…?あたしはすでに刃を通じて、あなたの心臓の鼓動を感じているんだよ? 子

供の力でこれを押し込むだけ。もしあたしに誰かが何かをしたなら、刃があなたの心臓を貫く

だけ…」

 

 沙恵は、更に少し深く刃を胸の奥へと突き刺そうとした。

 

「沙恵…!」

 

 絵倫が彼女に向かって叫ぶ。だが、沙恵は、マーキュリーと目線を合わせているだけだ。マ

ーキュリーは目こそ霞んで来ているようだったが、しっかりと沙恵へと視線を向けている。頑固

たる意志があった。

 

「さ…、さっさと、突き刺せばいいじゃあない…?ど、どうせわたし達は、任務を達成するまでは

ここを出ていかないわよ…!」

 

「しょうが…、ねぇなあ…」

 

 重苦しい緊張の中、それを引き裂くかのような言葉。ジョンが一人、沙恵達に近付いて来る。

 

「い、いつの間に…!」

 

 登は、ジョンが沙恵達の方に向かったのを見えてはいなかった。たった今まで、彼の攻撃を

避け続けていた登も、彼の動きが完全に見えていなかった。

 

 登は、ジョンの攻撃を避け続けた事で、息切れさえしていた。

 

「それ以上こっちに近付いてきたら、この人を殺すわよ」

 

 だが沙恵は動じない、ジョンに対しても、強気な口調で言った。

 

「そうしたければ、そうすればいいさ。だが…、よォ…。お前達は、何か忘れてはいないの

か?」

 

「何の事よ…?」

 

 彼のすぐ背後にいた絵倫が言った。

 

「オレ達の目的は、お前達だけじゃあないんだぜ…」

 

「何だって…?」

 

 沙恵が言った。ジョンは彼女とは一定の間合いを保っている。近付けば沙恵が刃を押し込も

うとするからだろう。

 

「もしかして…?原長官のことか…?」

 

 隆文が言った。

 

「そうだぜ。オレ達はお前達を捕まえるついでに、ハラ長官も捕らえるようにって命じられて来

た。ハラ長官が、ここのシェルターに隠れているって事は、オレ達も知っているんだぜ…?」

 

「だが、シェルターがどこにあるかなんて、あなたは、知らないんでしょ…?」

 

 と、沙恵。

 

「甘いぜ。オレ達は、衛星写真で絶えずこの島を探っていたんだ。ハラ長官がどこにいるかな

んて、すでにお見通しだぜ…」

 

「やはり、スパイを潜り込ませたのか…?」

 

 隆文はその場から動けずに言った。

 

「何の事だ…?」

 

 ジョンはしらける。

 

「スパイを潜り込ませたかって、聞いたのよ!」

 

 今度は隆文の言葉を代弁するかのように絵倫が凄んだ。

 

「ええ、潜り込ませたわ…!い、今頃、ハラ長官を捕らえたはずよ…」

 

 胸を刺されているマーキュリーが、搾り出すような声で答える。彼女は刺されてはいたが、急

所までは達していない。それでも口から血を流していた。

 

「そういうわけだ。この将軍をお前が殺したならば、お前達のみならず、ハラ長官の身の安全も

保障しない」

 

 ジョンは、平然とした態度で言った。そして無線機を手にとって、それを『SVO』へと見せ付け

る。

 

「オレが指示を出せば、スパイがいつでもハラ長官を手にかける。素直に従ったほうがいい

ぜ?」

 

「じゃあ、その将軍様がどうなっても知らないの?」

 

 絵倫は、微動だにできないマーキュリーの方を見て言った。

 

「ああ、そういう事だぜ…」

 

 当然の事のように、ジョンは言うのだった。

 

 その場の緊張からは、誰一人として逃れる事ができなかった。

 

 

説明
巨大国家の陰謀を探る話から、世界的な脅威へ。明かされた主人公達の秘密。彼らはこれからの危機にどう立ち向かっていくのでしょうか?
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