プリンセス・プラスティック フレンドエネミー
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プリンセス・プラスティック フレンド・エネミー

 

                 Junichi YONETA 米田淳一

 

 

 未来が切ないんじゃない。人間が切ないんだ。

 

 

 ロシア空軍地下総司令部、PVOストラニー。

 その会議室では会議が行われていた。

『日本連合艦隊新戦艦BN-X対策会議・開催中』の文字が、入り口のウッドの壁にホログラフィで描かれている。

 閉ざされた背の高いブラックスチールのドアの向こうでは、肩の金モールの階級章で飾られたグレーの制服の高級軍人たちがパネルを見つめている。

 みな、苛立ちと焦燥の中、無煙タバコを吸ったり、コーヒーを飲んだりしながら、いらいらと考え込んでいる。

「そのような情勢下、先日我が軍の偵察機が日本連合艦隊の阻止を受けながら何とか撮ったBN-Xの実射試験の画像です。

 これが実在するとなると、我が共和国は深刻な脅威にさらされます」

 画像は日本連合艦隊が用意した廃棄予定の『実艦的』、実物大の無人戦艦と撃ち合う謎の一点に集中していく。

 しかし、画像には「最大ズーム・これ以上ズームできません」の表示が浮かぶ。

 謎の一点は、それでも一つの点のままだ。

「完全なステルス性能、そして強烈な火力だな」

 そう評した提督の胸には、日本とロシアが争った21世紀末の日本会戦のロシア側の呼び名、大極東戦争の従軍記念章が輝いている。

 

 

 

「やはり彼を使うか」

「ドクター・ラッティか」

「ああ」

 情報部のトップがそう頷いた。

「平時からそういった特殊戦をしかけるとは。それもラッティはテロリストだ。それを使うとは穏やかではないな」

「一番確実な方法です。よけいな責任関係も発生しません」

 

 

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 特設支援巡洋艦〈ちよだ〉の整備スペースは、全員が無駄な動きもなく、息を合わせてシファの整備のために動いている。

 〈ちよだ〉は新淡路基地に係泊している。

 新淡路市は22世紀の日本の首都であり、アジア共同体議長府もある世界有数の巨大都市である。

 淡路島沖の大阪湾に作られた人工都市で、高さ2000メートルを超え、規模は直径8キロの円を描く。

 

 

 全てが2000メートルではなく、部分部分が2000メートルになるようにし、その上立体都市の天井である人工地盤の底には巨大ミラーやホログラフィによって明かりと大空の風景が提供されている。

 そして、立体都市ながら、冷却水の貯蔵もかねて小椋(おぐら)湖というかつて平安時代の京都の近くにあった湖の名を継ぐ人造湖が作られ、そこにミズマグロという淡水マグロが養殖されたり、その周りの湖周道路で年1回の耐久カーレースが開催されたりもしている。

 また都市でありながら都市の中にかつての田園風景を再現しようということで竹林や雑木林と屋敷林に囲まれた農家、さらには保存鉄道として釣り掛け駆動の軽便鉄道までもが走っている。

 最先端のリニア地下鉄やリニア新幹線、そしてDAGEX浮上のVTOLが空中を行き交う中、この新淡路市はすでにいくつもの時代がコラージュされた多様性のある都市として計画され、実は今もまだ開発区があり、建設が続いている。

 

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「いいなあ、シファはこうやって紅茶飲んで待ってられるもの。私たち整備員が必死に整備してるのに」

 〈ちよだ〉はその新淡路特別市の西側、新淡路基地という日本連合艦隊の艦船を係留する係留地区に留められ、風になびくようにゆったりと揺れている。

 中規模の艦だが、21世紀末に発見されたダークマターの実相である時空の重力変動を利用したDAGEX重力場変換素子によって、そのチタンと強化プラスティック・カーボンナノチューブで軽いが強靱に作られた艦体を反重力作用で浮かせている。

 そして、その〈ちよだ〉の後部格納庫より艦首側、副整備室でみながシファの整備に余念がない。

 ライトブルーのスパッツタイプの競泳水着のような制服を着た整備員のみなが、純白の調整室でホログラフィパネルを開いて調整している。

 この競泳水着のような制服は、身体にぴったりフィットしながら防炎防弾を実現した強靱なもので、不織布の生地そのものが考え、緩衝剤を噴射する時空の穴を装備するスマートスキンである。

 被弾した場合は被弾寸前に被弾を検知し、瞬間的に緩衝剤を噴射して身体へのダメージをおさえ、なおかつ極端な温度差があった場合、熱交換装置が働いてやけどを防ぐ。

 

 

 シファはその皆が制御する窓の向こう、主整備室で椅子に座って紅茶を飲んでいる。

 シファは武装の姿もなく、ただネイビーブルーのスーツを着た女性にしか見えないのだが、胸元には大きな冷緑色のペンダントがあり、そこにさまざまな色の輝きが小さく明滅している。

 シファのお気に入りのティーセットと、それを納めたアンティークの家具が、この主整備室のまるで病院のような部屋の一角で、シファとミスフィという姉妹艦の心の優しさやセンスを主張している。

「じゃあ、プライバシーゼロ、二十四時間テレメトリーで監視される人間型人間サイズ戦艦になってみる? 私たちも出来れば監視したくないけど、そうしないといけないのよ」

 整備長の友鶴1尉が戯れに聞く。長い髪にバレッタをつけ、その上にナースキャップのような制帽をかぶっている友鶴1尉は、そのもとに、先任曹長である沖島曹長がシファの機付長、天霧がミスフィの機付長を勤める。

「それはいやかも」

 それを聞いて、沖島曹長が笑う。

「でしょ。でも、シファはそれをやっているのよ」

 友鶴の言葉に皆頷く。

「ほんと、偉いわ。いくら機械でも、これだけ繊細な心と強大な力をバランスさせるのはなみじゃないわ」

 友鶴はごほんと咳払いすると、窓の向こうの主整備室に向けてコールする。

「チェックリスト終了。シファ、アレイをオープンして」

 シファが頷き、主整備室のマークの上に立ち、スクリプトを読み、変身していく。

 

 

「我が名は、時空潮汐力特等突破戦闘艦・シファリアス。

 さあ、惑星よ、幾億の太陽よ、母なる無よ。

 応えて、全ての子たる我らに!」

 シファがスクリプトをそう詠唱すると、ホログラフィ・プレートが彼女の前に浮かぶ。

 表示。ウイングナイト級BN-X、シファリアス

 

 身体の前後左右に『危険:システム解凍中』と『ピクセルユニットシールド・近寄るな』と『非常停止釦』のホログラフィ表示が浮かぶ。

 同時にそれまで着ていた服が破け消え、代わって宇宙から見た水平線のように蒼い、よく絞り込まれた城郭的なデザインの鎧と、純白のインナースーツが彼女の皮膚を覆った。

 

 

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 背中から、灰色の航空機にも翼竜にも似た翼が生まれると、それはチリチリと音を立てながら形を変えて優美な曲線を描く。

 それが安定すると、その先がいったん折れ曲がり、空力的には最高の形状であるウイングレットを形成、固定された。

 翼の付け根からは、細く長い尻尾のようなアンテナが伸び、鞭のようにしなって床を一度叩く。

 最後に、蒸気が身体の両側から軽い溜息のように噴射されて、準備が整ったことを告げる。

 

 さっきまで彼女の周りに浮かんでいた小さな宝石たちは、膨張して鎧板に収められ、ライトグリーンに輝く機械の瞳となった。鎧の縁どりの金筋も目映く、現実味が感じられないほどの高貴な強さを醸し出している。

 特に鎧が印象的だ。胸、脇、肩を覆う鎧板は平面的でありながら立体を構成し、かつての旧日本海軍の巡洋艦〈鳥海〉のマッシブな艦橋を連想させる。

 

 全装備正常作動中。

 表示がシファの目の前にホログラフィ表示される。

 

「発射管5番から8番、注意して」

 視野内に合成された発射管のサインに確認終了の緑色のマークが浮かぶ。

「異常ないわ」

 シファが答える。

「異状無し。システム正常稼働中を確認。

 はい、アレイをクローズして。ご苦労様。

 司厨士の矢竹君が食事できてるから食堂に降りてきてって」

「ありがとう。今日のお昼は?」

 武装を元に戻したシファが聞く。武装はホログラフィで開口がサイン表示されるだけで、装備の機械類はこの時空には姿を見せない。

 そのサインもアレイオープンと呼ばれる戦闘状態を解除すれば表示されない。

 こうしてアレイをクローズしたシファは、人間となにもかわらない。

「カレー。毎週金曜は艦隊はカレーでしょ。旧海軍以来の金曜カレー」

「たまには他の食べたいわよ」

 シファが戯れに拗ねる。

「じゃ、カツカレー。トマトカレーもあるし、エビカレーもあるわよ。サバカレーというのもあるわね」

「そういう問題じゃなくて」

 シファの突っ込みに整備長は笑った。

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「ミスフィ」

 テイ教授と伊良湖検事が、水族館でミスフィと会っていた。

 遙か上に水面がコバルトに輝いている。

 他に人はいない。時空物理学の最先端でありながら身体のほとんどを動かせず、脳磁計と脚椅子で歩くテイ教授と、テロ対策担当の特別検事である伊良湖は、休館日の水族館で密会しているのだ。

 高強度アクリルの窓の向こうは水槽と言うよりも自然の海で、アクリルの汚れを取るためのマイクロマシンが働いているのが見える。

 シファの妹に当たる二番艦、ミスフィは、クールな顔ながら、かすかに緊張していた。

「事情は分かっているだろう。連中がついに接触を開始した。

 ここからは苦しい戦いになる。

 だが、我々特別検察庁も君たちをバックアップするつもりだ。

 しかし、道を開けるのは、君たちだけだ」

 ミスフィは一礼した。

「我々が望みとする世界はそう遠くない。君たちが活躍しさえすれば。

 人の望みを、守ってくれ」

 

 

 〈ちよだ〉の甲板。

「のんびりしてるね」

「そうだねえ」

 整備員が2人、釣り糸を飛行船桟橋の遥か下の海に垂らしている。

 海は過去から想像もつかないほど透き通っている。

 水質浄化とプランクトンなどの品種改良で透明度が40メートル以上あり、飛行艦係留地区から離れると海底を行くリニア列車や地下鉄が透明プラスティックのチューブで造られたトンネルの中を駆け抜けていく。

 当然魚群も魚群探知機を使うまでもなくキラキラと輝いて見える。

 しかもバイオテクノロジーで作られた温帯珊瑚が大阪湾で珊瑚礁を作っている。

 大気浄化公社が温暖化ガスをその巨大なフィルタシステムで回収し、それを液体にして海底に貯蔵しているのだが、その配管すらはっきりと見えるほど透明だ。

 その透けて見える海底に、免震構造を持つ新淡路市の柱脚が立ち、力強く踏ん張っている。

 その透明度のため、釣りをしていても、その釣り針を露骨に魚がよけているのが見えてしまう。

 何とも悔しいのだが、所詮戯れの釣りだと整備員はノンビリとしている。

「あれ、あの向こう、空母〈かつらぎ〉に子供がいる。

 女性も。なんだろう?」

 空母〈かつらぎ〉は斜め甲板を4つ備えた超巨大空中空母である。

 その全長は700メートルをこえ、艦と言うよりも一つの建築物である。

 

「空中空母〈かつらぎ〉の社会見学だよ。今朝からなんかいろいろ見ているらしい。

 食堂で食事とって、午後も見学だって。

 飛行隊は徳島基地に降りているけどね」

「うちも社会見学とかないかなあ」

「極秘中の極秘、シファ級の母艦だもの。無理だよ。というか!」

 整備員が上の飛行甲板で皆がやっていたバレーボールの様子に気付いた。

「シファ!」

 シファが変身しようと胸のペンダントに手をやっている。

 周囲からシールドを作るように光が集まり始めたが、それをグリーンのレオタード姿の女性士官が、シファを包むシールドにある黄色い非常停止スイッチに触って止める。

「香椎さん!」

「シファ、バレーボールが甲板から海に落ちたのを取りに行くぐらいで変身しちゃダメよ。あなたは秘密なんだから」

 士官の香椎は息を吐いた。一人だけ緑色の陸戦隊員レオタードが目立っている。

「そうです。僕らが艦載エアバイクでとりにいきますから」

 

 

「と、そんなことがあったのか」

 シファの上官に当たる宮山司令が考え込む。

 ここは〈ちよだ〉ブリッジの分析コーナーである。ブリッジは見渡しの良いようにカメラ画像を合成した外部の風景を映し出すホログラフィプロジェクタで覆われている。

その前から操舵員、司令と艦長、火器管制や司令副官である戸那美3佐、そして分析員の見るドーム状ホログラフィのコーナーがあり、その後がミーティングコーナーになっている。

 その全てがそのまま空中に浮かんでいるように見える。

 実際はあまり広い部屋ではないのだが、投影される外界のために開放的に見える。

「はい。シファには変化の兆候が見られます。これをどう判断すべきか」

 シファを指揮する第99任務群幕僚の戸那美エツコが報告している。

 シャープな眼鏡の奥で、防衛大学校首席卒業、将来の連合艦隊司令長官と呼ばれるほどの俊英である瞳が輝いている。

「そうか」

 宮山司令は21世紀末の日本会戦という日露が争った戦争の武功で防衛功労章を生きながらに持つ英雄である。

「大丈夫よ。シファは成長している。こんな時にも」

 御門とアツコがホログラフィ画像で浮かび上がり、微笑んでいる。

 身体と精神構造体を設計したのが御門雅於教授、そして生まれたあとの教育をしたのがこの賀茂アツコ教授なのだ。

 22世紀、人類は2つの発明により一挙に未来を引きずり寄せた。

 その一つがSC機関という核融合エネルギーを中性子線から直接電力に変えるインバータを組み込んだ小型動力装置である。

 そしてもう一つが、DAGEX素子という重力と電力を変換する素子である。

 この二つにより、一挙に宇宙開発も航空機も進歩した。

 月には都市群が作られ、恒久基地として冥王星に観測基地が作られ、そのうえSC機関を構成する大統一理論によって可能になったピクセルユニットシールドが実用化され、光学迷彩も、また太陽表面に基地を作ることも可能になった。

 全ては粒子の存在を26次元のパラメーターとしてとらえるNexzip理論、かつてはコスモスコンプレックス理論という強烈な決定論の結果生まれたものを応用し、今やNexzipを使ったワームホール産業はかつての製鉄業並みに重要な産業となった。

 粒子とされてきたものの中に26次元が組み込まれている、という超弦理論は20世紀にあった。それを押し進め、26次元それぞれを解釈し、再構成可能にしたのが22世紀である。

 これによって錠剤のような粒にコーヒーを熱ごと時空圧縮して作る本当のインスタントコーヒーを始め、さまざまな生鮮食料品から大型機材までもがワームホールの時空圧縮効果で小型化された。

 しかし、その時空圧縮技術、別の時空に装置を置き、入出力だけをこの時空に持ってくる技術は、それぞれの時空の意味を含めてさらに謎となった。

 そんななか、シファとミスフィは生まれた。

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 任務適合性のために人間型人間サイズの遺伝子的に最高の形状をバイオ技術で作り、その身体を時空の向こうの磁気懸吊台車で懸吊し、そして8門の533ミリガンランチャーと世界最強のレーザー砲システム、25ミリ・3.31ミリ機銃システムを組み合わせた。

 そして、防御としてはプログレッシブピクセルユニットシールド、つまり遮蔽素と呼ばれる別時空に受けたエネルギーを転送する小さな開口を身体から離れたところに26次元のNexzip座標を調整することで並べたシールドを採用した。

 

 このPPUシールドは宇宙開発において生まれたものである。

 座標を設定するイニシャライザーをセットするだけでコンクリート壁よりも頑丈で強力な遮蔽力を実現するこのシールドは、宇宙での工事現場の仮設防護壁として過酷な宇宙環境内での予圧・気圧調整を行うことができる。

 そのうえ、月にはそれを応用した月面露天風呂まであるほどだ。

 降り注ぐ有害放射線など宇宙線はこのシールドが吸収し、別時空に送ってしまうのである。

 それをシファとミスフィは装備するのだが、恐ろしいまでの強大さで、なんとそのシールドで吸収した質量などをエネルギーに転換したあと、シファとミスフィの攻撃レーザーなどの出力に回生するダメージ回生シールドとしても機能するのだ。

 

 人間サイズながら空力的には背中から生える翼を突出させた以外は涙滴型の潜水艦のようなシールドを展開し、その先端を変形させることで空力特性を自在に変更できる。

 これほどまでに強力な兵器が、クラッキング被害をうけたら深刻な事態になる。

 そこで考えられたのがKey Of Goldとよばれる、21世紀初頭に生まれたファス・フラクタルという架空人格、人工知能を本来の知能に変換する究極のキーであり、生命そのものだった。

 

 ファスはKey Of Goldをコンピュータ工学の始祖・アラン・チューリングが謎の自殺で残した文書から解読し、誕生させた人々の望み通り、人々のために尽くしたが、最期には自己停止してしまった。

 以来、Key Of Goldという生命のもとは詳細不明のまま、コピーを繰り返された。

 そして、コピーされたのにも関わらず、劣化することなく、しかし自然にいずれ停止するという性質を持ったまま、22世紀まで続いた。

 

 近江秀美というエンジニアがいる。近江夫妻と呼ばれるロジックエンジニアリングの巨人の間に生まれた彼は、そのKey Of GoldをついにSILVERという名前で自然停止もなく、またコピーに必要な特殊な装置も要らない疑似生命プログラムとして作りだした。

 

 そして、ドクターラッティは、その近江とかつて親友だったのだ。

 あの運命の、遙か離れた中国内陸部の学園での暴動さえなければ、今も親友だっただろう。

 しかし、今それを願っても、詮無いことなのだ。

 皆、近江とラッティの再会を願っている。

 だが、それはあり得なくなってしまった。

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 艦船のライトアップが始まり、新淡路基地では夜が訪れようとしていた。

 ミスフィも〈ちよだ〉に戻っていた。

 そのとき、空母〈かつらぎ〉では騒ぎが起きていた。

「昼間の社会見学の子供が2名行方不明です。マスコミ対策に広報は必死です」

 〈かつらぎ〉警務長が〈かつらぎ〉の紋章を入れたアメリカンスタイルのキャップにジャケット姿でせかせかと歩きながら説明を受け、沸騰していた。

「艦内にそれらしきセンサーの反応はありません」

「まさか、艦内で」

 副官が動揺する。

「そんなことあってたまるか。捜せ!」

 厳命する警備長は、その散っていく部下に『走れェ!』と叫んでいた。

 それだけ動揺しているのだ。

 あまりにも不名誉すぎる。

 世界最強を目指す日本連合艦隊第1航空艦隊の中核、〈かつらぎ〉の艦内で民間人の行方不明を出すなど、あってはならないのだ。

 しかし、皆はこの巨大空母のなかから監視システムの盲点を捜すことに途方もなさを感じていた。

 2000人以上が寝起きする〈かつらぎ〉も、現在入港中で航空隊は徳島や厚木・岩国に移動し、それらの整備員も上陸してしまっているため、広い艦内は閑散としているのだ。

 格納庫奥に乙戦と丙戦・丁戦と3種の戦闘機が係止はされているものの、それはすべて一機ずつ、残りは地上の航空基地に移動し、休養している。

「居住区から気密区画まで、捜せるだけ捜せ! なんとしても救出するんだ!」

「はいッ!」

 

「?」

 紅茶を飲んでいたシファが気付く。

「ミスフィ、誰かが来る」

 ホログラフィブックを読んでいたミスフィは首を傾げた。

 同じ日に生まれた双子のシファとミスフィ。

 ミスフィはシファ級戦艦の2番艦なのだ。

 ――来るのは子供のようね――

「ええ。心配だけど、こっちに来る。

 でも、ミスフィ、あなたが言葉を失ってから、ずいぶんになるわね」

 ――言葉が怖いわ。まだ。

 恥ずかしいけど――

 ――来たわ。この〈ちよだ〉のエントランスに――

 シファの視野内のパネルに、舷門にたどり着いた子供の姿が浮かぶ。

「あの子は!」

 

「うーん、つじつまは合うといえばあうんだけどなあ」

 〈ちよだ〉で整備員たちが子供にジュースを飲ませながら囲んで、考えている。

「〈かつらぎ〉の中で、不審な装置を艦内に取り付けている乗組員がいて、それを目撃したダイキ君が捕まり、逃げてきた君……サトシ君が」

「優しい匂いがすると思って、ここに来ました」

 少年が震えながら答える。

 シファがサーモロッカーからアイスティーを出すと、『それは僕がやるから』と司厨士の矢竹が代わり、みなのコップに注いで回る。

「そうか、優しい匂いか」

「まず、その装置から発信されているかもしれない信号の経路を探ろう。多分スパイ事件だ。捕まえるのは簡単ではないだろう」

「どうやって?」

「どうやってって?

 それはシファ、君がやるんだよ」

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 シファが離陸する。

 彼女を隠すように光学迷彩が作動している。

 優秀な電磁波センサーを持つ戦艦であるシファだからできることだ。

 空中に係留されている〈かつらぎ〉の外壁をトレースする。

 

 そのとき、一瞬それまでシファを隠していた光学迷彩が、ピクセルのリフレッシュによって途切れる。

 

 なんてヘマ!

 

 シファは一瞬顔が赤くなったが、警備の皆は誰も気付かない。

 

 息を吐く。

 

『航行中、光学迷彩ピクセルのリフレッシュをしない』をチェックしておけば良かったのだが、気付かなかった。

 

 やはり自分は人間と言うには雑で、機械と言うには精密さが欠けるのだろうか。

 

『ロボットのジレンマ』とされるその思いを、シファは感じた。

 

 

 

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 あった! 電波源発見!

 目標は2区東の鉄工所!

 

「よし、警視庁情報犯罪課の建部警部補に連絡! アイツはこう言うのが得意だ!」

 みんなで〈ちよだ〉航海科士官の熱海の車に乗る。

「香椎さん、その恰好は?」

「市街戦用迷彩」

 こともなげに言う香椎は、グレーの迷彩が描かれた陸戦隊員用レオタードで、肌には熱源探知対策用の迷彩ドーランで迷彩を描いてある。

「そこまでしなくても」

「戦いの勝敗は準備が決めるのよ」

 皆は目を見合わせた。

 万が一のために銃も持っている。

 銃は分解清掃を必要としないようにフィルムでパウチされた銃で、銃には使用期限メーターとFCSが納められている。

 そして交換用弾薬も別にパウチされている。

 その様子は医療器具のようだ。

「香椎さん、開封は命令を待ってからよ」

 戸那美の声が聞こえる。

「わかってます。シファとミスフィとみんなを守るためです」

「そうよ」

 香椎はUNOMA、中央アジアの混乱を収拾させるための国連プログラムに参加し、武装警察任務を行って武功を上げた優秀なパワードスーツ士官である。

 本来は〈ちよだ〉のガレージに置いてあるFPXというパワードスーツを使うのだが、この状態でそれを使うのを戸那美は許さなかったし、香椎も許されないと思っていた。

 皆、ルールには慎重なのだ。

 

 

 基地を出ると、基地から0区中央に向けての特別市道路はびっしりと車が連なっている。

「うわ、酷い渋滞。こりゃたどり着けないぞ」

 そのとき、ミニパトの形をしていた警備端末が前に出て半分2足歩行モードのように変形してパトランプを高く差し上げ、サイレンを鳴らす。

 自動的にオートクルーズの民間車両が回避し、渋滞の真ん中に道が出来る。

「さすが建部警部補。これならいける!」

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「どうですか」

 一行はアジト近くについた。

 夜の準工業地域、警備端末の巡回も充分なので治安は悪くなく、また大手メーカーに卸す部品工場を持つエンジニアたちとその家族が多く住むが、すでに避難は済んでいるらしい。

「君たちの知っての通りだ。建部警部補が追っていた事件だったんだが、ようやくアジトを見つけた」

 警察公安部の指揮官が指揮車からデータを秘話化データリンクで送ってくる。

「周囲を包囲してある。その上で機動隊特殊部隊・スーパーエッジを突入させる。もう突入するところだ」

 君たちの出番はないと言いたげな公安部の警部だった。

 だが、その異変が彼の表情を一変させた。

「うわっ!」

「ダメです! バイオロボット多数! 機動隊、押し返されます!」

 それを聞いて香椎がいても立ってもいられないようにかけだしていく。

 

 アジト内に飛び込み、格闘する香椎。

 ヘッドセットが映す暗視画像と熱映像を使い、廃工場の屋根に登ってそこから一人のテロリストの上に着地し、もう一人にその反動を使って蹴りを入れる。

 そしてあわてるもう一人に回し蹴りを入れる。

 

「そこまでだ!」

 テロリストたちは香椎に向けて銃を構える。

 ――しまった! 銃を忘れた!――

 ――公式では艦隊員は銃器を普段は使えない。

 でも、今は持っておくべきだった!――

 香椎が止まった瞬間だった。

 そこにレーザーが差し込み、テロリストの銃を次々と焼いていく。

「シファ、ミスフィ!」

 レーザーの差し込んだ焼けた穴の向こうに、シファとミスフィがいた。

「香椎さん!」

「ありがとう!」

 香椎が向き直る。

「さあ、これでやりあえるわ」

 香椎の声に、テロリストは笑った。

「そうかな?」

 

 その直後だった。

「戦車!」

 多脚戦車が工場の中から出てくる。

「馬鹿、止めろ!」

 警備端末があわてて徹甲弾を撃ち始める。

 しかし、戦車は動じない。

 戦車は6群に別れた脚を立ち上げ、軽量プラスティック建材で作られた工場の壁や天井を引き裂きはじめた。

 後部ではSC機関が甲高い動作音を上げている。

 SC機関は核融合機関で、LHCPという人工安定化水素燃料の水素を融合させ、質量を中性子線に変え、それを素子の作用で電力に変えるサイクルを持っている。

 その出力で重たい装甲を支えて搭載する160ミリ戦車砲を突き出し、センサーであたりを狙う。

 こんな大物に銃器を持った徒歩のテロリストや弱装甲の一般パワードスーツ相手に作られた警備端末の徹甲弾が効くはずがない。

「ダメだ、全部エンドウ豆みたいにはじかれちまう!

 シファ、ミスフィ、追跡を!」

 シファとミスフィは白く着色したドーム状のシールドを張って、地上から深い前傾姿勢で浮上、追跡を始める。

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「こちら新淡27、SAIS照会281号、該当多脚車両の入手経路を検索」

 追いかけるパトカーの中から公安部の警部がSAISのもとの警視庁ネットワークに照会する。

 SAIS、国家ネットワークではデータベースが駆使され、艦隊で処分されたであろう試作戦車の実験車両がいかに転売され転籍されたかの調査が自動的におこなわれ、それと同時に、この事案を予知できなかった犯罪予知システム「タカムスビシステム」のログが検討されることになる。

 

 22世紀、時代はついに実質的なタイムマシンである事件予知までをも可能にしようとしている。もちろんそれは大統一理論の完成や26次元を繰り込んだNexzip理論の確立から時間移動の可能性とそれに伴う瞬間移動や遠隔操作力といったかつて魔法にしか思えなかったものを可能にするのだが、それを阻むのは人間の理性である。

 

 事実、もしタイムトラベルを意図せずに行い、宇宙の始まりに別の物体を転送してしまったら、この宇宙が根こそぎ破壊されてしまう。

 

 そのため勘のいい物理学者は、遙か昔から『時間順序保護に関する会議』を各国持ち回りで行い、今、タカムスビシステムの開いた可能性についても検討しているのだ。

 

 タカムスビシステムは新淡路市の地下のとある場所に推論ユニットが4096個用意され、それが並列に接続され、主記憶装置は空気中の粒子の配列を操作するストレージで構成されている。熱運動する粒子のそのまた素粒子の超弦の持つ26次元のパラメーターそのものが記憶単位なのだ。

 

 そしてSAISは新淡路市の外周道路沿いにデータバスが通り、途中途中にデータセンターがある。そして中央の新淡路公園の地下に262144個のユニットを組み合わされた推論システムを持ち、データは新淡路ではなくシンガポールと北京にサブデータセンターがあってその3者がそれぞれ互いをコピーし、互いを検証し会ってデータの完全性を確保している。

 

 そして、そのネットワークは森林状に、樹状に構成され、リアリティモードを変えることによってオンラインゲームの世界のように、最新の脳磁デバイスを使って現実の空間のように歩くことすら出来る。

 

 かつては国家行政ネットワークとしては先進的なシステムだったが、周囲の一般ネットワークではるかに先に実用化されていたために今は特筆する人もいない。

 

 実際にはSAISの自己組織化のきっかけを作る代わりに命を失った人々がいるのだが、その犠牲は今は省みられることはほとんど無い。

 

 しかも、SAISも必死に拡張しているのだが、処理能力はシファとミスフィが一人で大体出来るところにまでなった。

 技術の進歩は、残酷である。

 

「追いかけろっていったって、あれもダメこれもだめでどうやって追いつめるのよ」

 そう言うシファとミスフィの目の前に、発砲許可なし・発砲禁止のサインが浮かんでいる。

 

 

 高速での追撃戦が始まった。

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 戦車は通りかかった車や、路面区間を走るトラムにぶつかりながら逃げていく。

 車もトラムも急ブレーキをかけて回避しようとするのだが、都市管理システムからの誘導が行かないため、衝突してしまう。

 

 それでも戦車への発砲許可は出ない。

 追跡には警察エアバイク隊と、航空機ながら120ミリ対戦車砲を持つ、戦車の天敵であるティルトローター対地攻撃機シャイアンIIも参加している。

 しかし、街中なので彼らも発砲は出来ない。

 

 ――前方に警察の防衛線!――

 発砲許可をようやく得た警備端末のスクラムと対物ライフルの砲列が待ちかまえる。

 

「一発で仕止めろ! 2度目はないぞ!」

 対物ライフル、二十ミリ口径の大型ライフルをパワードスーツを来た機動隊員が構えている。

 

 そして、警備端末が特殊誘導弾を用意する。

「用意!」

 

 しかし、警備端末は反応せず、戦車は対物ライフル隊を蹴散らして進む。

「まさか!」

 

 ――やられたわ! 都市システムに侵入!――

 ――警備端末行動不能!――

「ドクター・ラッティ!」

 シファの右側面のホログラフィにサインが浮かんでいる。

 艦隊電子作戦群と警察の逆探知が成功しつつあるのだ。

 

 

 ――このままだとこの先は空港と住宅地よ! どうする?!――

 ミスフィのメッセージに、シファは決意した。

 

 

「正面の2区東中央駅前一帯と伊咲屋百貨店を封鎖!」

 そのとき、目の前の防水壁が次々と持ち上がり、シファたちの針路をふさぐ。

 防水壁の上は立体地盤、針路がなくなった。

 しかし、その真ん中が降りて、通路を造っていく。

『補償対策費と書類諸々はシファ、君にツケるって。早瀬局長の命令だ』

「鳴門!」

 鳴門が都市管理システムに介入しているのだ。

「まったく、この件は僕らも追いかけていたとはいえ、やっぱり困るね」

 シファは頷く。

 内閣調査庁・鳴門調査官。シファと恋仲にある男性だ。

「いくらかかるか分からないよ。君の人格が2佐相当でも、この処理は後手に回りすぎている」

 そして、恋仲というよりも、鳴門はその頭脳でシファを精神的に支えている。

「でも、君を信頼してる」

 シファは微笑んだ。

 二人は、支え合ってここまで来たのだ。

-13ページ-

「正面! 全員退避!」

 戦車がデパートに突っ込む。

 1階の下着売り場がシファとミスフィの排気で大嵐になる。

「ごめんなさい! ごめんなさい!」

 下着やアクセサリーがきらめきながら飛び散り、そのなか、下向きの空気噴射で浮いているシファは、あまりのことに凍り付いた店員たちに謝りながら追う。

 そして戦車は地下食品売り場に落ちる。

 地下の果物や野菜の置き台を潰し、陳列棚を易々とへし曲げながらシファとミスフィに抵抗する。

 そこまではねらい通りだった。

 地下からの出口は限られている。

 そして、何よりも戦車は市街戦に弱い。

 しかし、戦車も最後のあがきを見せる。

「しまった!」

 戦車は狭い地下に落ちたが、そこで姿勢を立て直し、体当たりでシファを仕止めようとする。

「発砲許可はまだなの!」

 

「それがちょっともたついてね。でも」

 エアバイクに守られながら移動中の要人用装甲車の中で、内閣調査庁津島次官が承認を押す。

「総理には私からあとで上奏します。この事案であれば事後承認による治安出動が使えます」

 そして、ライトアップされた巨大なクリスタルと金細工の宝石箱のような新淡路首相官邸で、会議を中断した内閣府事務方のトップ、官房副長官愛宕ヤスコが承認を押す。

「がんばって」

 ヤスコは言葉を添えた。

 新淡路市建設の指揮を執り、そして死んだ愛宕国土交通省事務次官の妻だった愛宕ヤスコ。史上最強の未亡人の名を与えられながらも、判断と決意の強さは官邸で随一である。

 

 視野内に制限解除のサインが浮かんだ。

 すぐにシファは身体を返して戦車の下に仰向けで滑るように潜り込み、そのサスペンションにレーザーを発砲した。

 そして戦車が崩れ、擱座(かくざ)する寸前、シファは反対側に抜ける。

 戦車は車体の支えを失い、行動不能になった。

 最後に砲を回そうとするが、ミスフィが空中から高エネルギーの剣を取り出し、その砲身を一瞬で灼き切った。

 戦車砲の砲身の特殊鋼でさえも一瞬で灼き切るその武装に戦慄したテロリストが、擱座した戦車の中から逃げようとハッチを開ける。

 が、その彼女をミスフィがふわりと舞い降り、蹴り落とした。

 すぐについてきた警備端末がスタンジェルで逮捕した。

 戦車に乗っていたのは、女性だった。

「よし!」

「あとが大変だけどね」

 戦車がじたばたしたために崩壊した売り場には、野菜も果物もグチャグチャになって飛び散っているし、陳列棚もほとんどがへし曲げられている。

 大量の商品でうずたかく山になっていて、普通に歩くことも困難だ。</td>

 

「で、子供は?」

 後を追いかけてきた熱海が聞く。

「わかったわ!」

 シファが戦車のシステムにケーブルをつないでいた。

「こういうことは、やっぱり直接有線で探るに限るわね。トラップにかかることもあるけど」

-14ページ-

 シファ、ミスフィは、熱海と香椎を抱いて新淡路市上空を飛ぶ。

 衝突防止灯と舷灯を点けるが、身体は光学迷彩で隠している。

 夜の新淡路市は、2000メートルの高層立体都市でありながら、周縁に低層のメガフロート構造の地域を持つ。

 警察と民間のエアバイクが行き交う中、シファとミスフィは誘導に従って新淡路市郊外の基地へ向かう。

 

(いやー、帰りは戦艦でクルーズなんて。役得だね)

 熱海が翼を広げたシファの下に抱かれて空を飛ぶ。

(車は?)

 香椎もミスフィの下だ。

(自動運転で基地に戻ってくるよ)

 シファとミスフィは、背中から翼を広げ、身体の両側面の見えないファンで空気を吸い込み吐きだして浮上し、身体の周りの空中に輝きを作っている。

 赤と緑の舷灯と、明滅する衝突防止灯、前を照らす着陸灯。

 そしてシファたちの正面に主サーチライトが点灯され、その輝きによる幻惑効果を使って発光しない身体を完全に隠している。

 そして左右には丁戦、ストリームスパローというVTOL戦闘機が2機、護衛についている。

 シファとミスフィはその気になれば極音速、さらには大気圏独力脱出と再突入も可能だが、あえて低速で新淡路基地を目指す。

 丁戦も大きな迎え角を取って随伴する。

 この時代、戦闘ヘリや飛行パワードスーツ、エアバイクの天敵として丁戦のようなVTOL戦闘機が位置づけられている。

 丁戦のパイロットが拳を上げ、シファは視線で答える。</td>

 

 

 正面にライトアップされた正規重空中空母〈かつらぎ〉が広がってくる。

 4つの斜め甲板は左右左右と交差しないように並び、同時に2機ずつの着艦を可能にしている。長さは明石架橋よりも遥かに長く、大きさも比類ないもので、日本連合艦隊のパワーの象徴である。

 そのヘリコプター着艦スポットにシファとミスフィは着艦した。

 まぶしく飛行甲板を照らしながら、身体を支えた香椎と熱海の脚が飛行甲板をとらえ、それを話してシファとミスフィの脚が着く。

「シファ、ミスフィ! 子供のいるところが分かったって、本当か?!」

 〈かつらぎ〉警務長が駆け寄る。

「ここです」

 シファは艦内を歩き、艦内に円筒状に張り出すように区画を圧迫している部分、近接防空ミサイルの垂直ロータリーランチャーのところで立ち止まった。

 コントロールパネルに触れ、作動させる。

「ここならミサイルの打ち上げの爆風にも耐えられる頑丈な構造なので、救いの声は聞こえません。

 回転式になっているので、閉じこめて手動操作で回転モーターを操作して回してしまえば出口は発射口だけになります。

 その発射口は3メートル上の甲板のハッチ。子供では脱出も出来ません。

 センサーもここは盲点です」

「なるほど。でも、近接対空ミサイルの垂直発射機は12群ある。それもそれぞれ10発ずつのロータリーランチャー4基で1群だ。480発分ある。

 なぜここだと分かった?」

「捕まった乗組員と、子供たちの移動経路と、隠したであろう時間の関数で計算しました。

 12群の垂直発射機も一カ所に集中してあるわけでなく、広い艦内に分散しています。

 そして何よりも、満載にされたはずのミサイルはこの前のこの〈かつらぎ〉のクルーズで1発実射訓練をしています。

 その実射を行ったまま補給されず、ミサイルの収まるべきランチャーがあいているのはここだけです」

 ランチャーが回転し、あいた。

 飛び出してシファに抱きつく子供の姿に、全員ため息をついた。

 そして、犯人は特定され、逮捕された。

 

-15ページ-

「さて、ラッティにどこまで察せられたか心配ね」

 ヤスコがため息をつく。

「大丈夫さ。みんな、若々しい。若いみんなには、可能性がある。

 俺たちも、それを支えなきゃな」

 津島次官の目の前のパネルに、〈ちよだ〉に戻った鳴門とシファの姿が映っている。

 

 甲板のフェンスで、シファと鳴門は並んでいた。

 鳴門はグレーのスーツ姿だ。

 内閣調査庁のG4調査官といえば公安警察の警護対象であるのだが、G4ではまだ警備端末の要点警戒のみである。

 しかしG3になったとたん一変する。G3といえば課長級なので警護官が着き、また住居も今の鳴門のアパートでは警備上いけないので引っ越しもせねばならない。

 それで鳴門はG3調査官への昇進試験を受けるように言われても固辞しているのだ。

「〈かつらぎ〉の要員が警務隊に捕まった。借金がもとで抱き込まれたらしい。

 公務員を狙った犯罪は増えているからね。

 特別職国家公務員である艦隊乗組員も例外ではない。

 大昔は上官がそこまで面倒見ていたっていうけど、結局ドライになってきたからね」

「そう」

 風が吹く。

「やつれたわね」

 シファが鳴門を心配する。

 

「まあ、いろいろだよ。役所勤めも。

 時々給料以上に働いて、そのせいで叱られたりすることもある。

 よけいなことをするな、って。

 なんのためにカフェイン入れて国家A試験通ったのかな、なんて思ったり。

 結局良いように使われてるよ。

 津島次官も早瀬局長も信頼している。氷室管理官にも不満はない。

 でも、現実は最悪だ」

 

 シファは困る。

 

「冗談。君と僕のためだ」

 

 抱き合うシファと鳴門。

 

 香椎とミスフィも、女性同士で抱き合っている。

 

「あいかわらず、あれにはどきどきさせられるよね」

 

 鳴門がついひそひそと口にする。

 

「それってオヤジ趣味!」

 シファが突っ込む。

「まあね」

 夜が明けていく。

 純白の流曲線を描く柱脚で作られた新淡路市が、神戸・大阪・京都と一体化した4都都市圏が静かに朝になっていく。

 極高層ビル群は純白の霧に包まれながら、金色の朝日に照り輝き始めている。

 

 

 長い戦いは、ここでも始まった。

 

 

説明
早川プリンセス・プラスティック5部作のプロローグとなる小説です。
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