『やまない微熱』第4章その1
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 第四章 「私の恋」

 

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「いーのーちーみじかーしー」

 

 抑揚のない私の歌声は、冬空の風に消えていく。

 

 肺活量がない私はカラオケも苦手ですし、音楽の成績もどん底です。

 決して誉められない歌声。それでも私は歌う。

 

 この歌は百年近く前の物らしい。

 昔の人はなんて素晴らしい詞を書くのでしょうか。

 こんなにも私にピッタリな歌を百年前から用意してくれてるなんて、

 技術大国ニッポンの未来予測技術にはホント頭が下がります。

 

 夕日が山の端に消えるのは確かに綺麗。

 いつ見ても飽きはしない。儚い気分になる太陽の消失。

 私はただそれを見ているしかありません。

 

 放課後の屋上で今のように何することなく居続けるのは、

 いつ雪が降ってもおかしくないこの季節、私には自殺行為。

 それでも私はこの屋上に通い続けていた。

 

 文化祭が無事終わった今では生徒会にろくな仕事がないらしく、生徒会室に頴田君が来ることもない。

 私がこの屋上に来る意味も逃避以外の何物でもない。

 

 頴田君へ手紙を出して数日、私は何もやる気が出ませんでした。

 本当なら、もう一度綺麗な手紙を書いて出すべきなのかもしれません。

 そう思う度に、頴田君の手によって手紙を捨てられた情景が脳裏に浮かぶ。

 

 また読んでもらえなかったら……。

 また捨てられでもしたら……。

 そんな恐怖が私を襲う。

 

 頴田君に悪気なんてないし、私も頴田君の責任にしようだなんて思わない。

 外見が汚い手紙を出した私が悪いんだ。

 私の所為。手紙を出したときは舞い上がってて、外見の汚さがどんな影響を及ぼすのかまで頭が回らなかった。

 馬鹿な私が悪いだけの話。

 

 だから、頴田君に悪感情なんかこれっぽっちも抱いていません。

 

 私の気持ちは変わらずに頴田君一筋。

 だったら、どうしろっていうのでしょう。

 

 やっぱり告白するしかない。結論はそれだけ。

 それ以上もそれ以外も存在しない。

 なのに私はこうして屋上に逃げ込んでいる。

 教室でも頴田君の方を見ることを避け、放課後も頴田君が確実に帰っているだろう時間まで、ここでずっと待っている。

 幸いここ数日は体調がいい。保健委員にお世話になることもありませんでした。

 

 頴田君に会いたいのに、ずっと避けている。ダメな私。

 

 私、どうしたらいいんだろう?

 

 神様教えてください。あなたの哀れな子羊がこんなにも悩んでいるんです。

 ちょっとはうんとかすんとか言ったらどうなんですか? 神様のバカヤロウ!

 

 そんな弱音まで私の頭をグルグル回る。

 

 でもね、私を病弱に作ったクソ神になんて用はない。

 私は私の力で生きているし、私の為に生きている。

 あと何年間生きられるかわからないけど、私は後悔なんてしたくない。

 

 そこまでわかっているのに行動が出来ない。

 ホントくだらない。

 

「真湖、まだいたのか……」

 

「楠木先生、お久しぶり」

 

 ここ最近、楠木先生は屋上に来ていなかった。

 私と楠木先生以外に誰も来ない屋上は、ここ数日、私一人が独占していたのです。

 おかげでとても静かで良かったです。

 どうせ楠木先生は仕事と彼女さんに忙しかったのでしょう。

 

「お前、寒くないのか?」

 

 先生が心配するのも無理はありません。

 私はコートやカーディガンを着ることもなく、この風の遮る物のない屋上にいるのですから。

 唯一の防寒具といえば首に巻かれたマフラー一つ。

 

「友情マフラーをぺちったので暖かいですよ」

 

「ん……?」

 

 そりゃ、何を言っているのか楠木先生にはわからないでしょうとも。

 

 このマフラーは要さんのもの。

 頴田君の下駄箱に手紙を入れた朝に、要さんが私に巻いたマフラー。

 去年同学年だった二年生のひしめく教室に行くなんて惨めなマネはしたくなかった。

 だからマフラーもまだ返していません。

 いつ会っても返せるように毎日学校に持って来てはいるのですが。

 

「先生、タバコ止めたの?」

 

「ん? わかるか?」

 

「ええ。ここ最近、屋上に来なかったし、それに臭いがしない」

 

 楠木先生は自分の体を嗅ぎ付ける。

 そりゃ喫煙者はタバコの臭いなんてわからないでしょ。

 

「彼女に止めるって約束してな」

 

 おお、いきなりおのろけですか?

 楠木先生も節操がないですね。私も一応この学校の生徒ですよ?

 

「アツアツですね」

 

「茶化すなよ」

 

 否定しないんですね、先生。

 ますます重症です。

 

「そういえば、もう一ヶ月ぐらい前か、お前に話したの」

 

 一ヶ月、もうあれから一ヶ月たったんですね。

 月日は永遠の旅人らしく、流れ去るのは早いものです。

 

「まぁ、なんて言うか。お前に言われた通り、謝ったぞ俺」

 

 彼女とケンカしたとかなんとか言っていたやつですね。

 そういえばそんなことも言った気がします。

 ですが、この所の私は頴田君のことで頭がいっぱいでしたので、それどころじゃなかったんです。

 先生の女性関係なんて私にはどうでもいい。

 

「結果はどうでしたか、先生?」

 

「まぁ、なんて言うか……助かった」

 

 その様子では効果が有ったのでしょう。よかったですね。

 

 楠木先生と彼女さんとの仲を取り持った私の恋の悩みは解決する様子もなく、

 一ヶ月前よりも事情は複雑になっている。

 私の悩みこそどうにかしてほしい。

 

 彼女さんのことを考えたのか、先生の顔は緩みっぱなし。

 この前ケンカしたときの悲愴な顔が嘘のよう。

 先生が彼女さんと仲直り出来たことに、ちょっとしたイタズラ心が私に湧いてくる。

 

「先生。先生の彼女ってどんな人ですか?」

 

「……。あ〜、みんなには秘密だぞ?」

 

 結構口が軽いんですね。

 女の子にここだけの秘密が通じるとでも思っているんですか、先生?

 

「お前とは違ったタイプの大人しい普通の娘だよ。わがままで、いっつも俺に注文を付けてくる。それで……笑ったらカワイイ」

 

 他人ののろけ話は体に悪い。

 人の不幸は密の味。それじゃあ、人の幸福はどんな味?

 私はその味を好きになれそうにありません。

 

 でも、先生の話は参考になります。

 男は女の笑顔に弱い。それは古今東西、どこにでもある真理のようです。

 

「彼女と付き合うきっかけを教えてくださいよ」

 

「おい、真湖。今日はずいぶんと絡んでくるじゃないか」

 

「私だって女の子です。そういう話は興味あるんです」

 

「そりゃあ、そうだろうけどなぁ。俺だってそんなこと、べらべら喋るのはなぁ」

 

 さすがに楠木先生も躊躇いがあるようです。

 でも一介の生徒である私にここまで話しておいて今更なんですよ、楠木先生。

 

「教えてくれたら、とっておきの情報を教えてあげます。交換条件ですよ」

 

「情報? お前の交換条件って恐そうだな」

 

 楠木先生は私の性格をよくわかっているようです。

 去年から私の面倒事を押しつけられてるだけはあります。

 

「はい。とっても恐いですよ」

 

「おいおい、そういう冗談はよしてくれよ」

 

「じゃあ、素直に吐いてください♪」

 

 吐くと言っても、私みたいに血は吐かなくて結構ですよ。

 

「いやぁ、まぁ減るもんでもないからなぁ。前から顔見知りだったけど、たまたま休日に会ったんだよ。

 それでちょっと話をして……、そんな感じで付き合い始めたのかなぁ」

 

 『たまたま休日に』。

 そのフレーズに、私は新町に買い物に行った日のことを思い出す。

 偶然、頴田君に会えたこと。頴田君が買い出しに付き添ってくれたこと。まるでデートのような夢の一日。

 

 そうです! やっぱり、学校外でゆっくり会うのがいいんです!

 決めました。休日に頴田君に会いに行く。これしかありません!

 

「なんか嬉しそうだな、真湖」

 

「はい。先生の話、とっても参考になりました」

 

「そ、そうか。何の参考かは知らないけどよかったな」

 

「はい。だから取って置きの情報を教えてあげます」

 

「お、おお。で、何だ?」

 

「先生、耳を貸して」

 

 楠木先生は素直に耳を差し出す。

 全く素直は美徳ですよ。私には欠片もない要素です。

 

 私は小声で一人の女生徒の名前を言う。

 

「……。そ、そそ、その子が何だって?」

 

 先生、声が上ずってますよ。

 実のところ、確証がなかったのでヤマを張っただけなんですが、当たりでしたか。

 

「先生、教え子に手を出すのは……。まぁ他の先生にバレないようにしてください」

 

「ま、真湖。お、お前は何か、勘違いして」

 

「ふふふ、大丈夫ですよ。私は秘密にしておきますから」

 

 私はそう言うとスキップして屋上を後にした。

 最近練習を始めたスキップは習得率四割ほど。まだまだぎこちないけど結構いい感じ。

 

 なかなか調子が出てきましたよ、私。

 

 

 

 

 

(第四章の2につづく)

説明
幾度となく血を吐き捨てる私。
いつに死ぬともわからぬ私。
惨めに死を待つしかない私。
そんな私でも恋をした。
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