少女の航跡 第1章「後世の旅人」21節「死闘」 |
中庭にて。クラリスとルージェラ、そしてフレアー、シルアは、大勢のゴブリン達に囲まれて戦
っていた。相手はまだまだ、倒しても倒しても相当の数がいる。騎士達は押されていた。しかし
そうであっても、彼女達はまだ持ちこたえていた。
3人とも息を切らしている。ゴブリン一匹一匹は、騎士ほどの熟練者ならば軽く倒す事ができ
た。だが、ここには100以上のゴブリンがいて、それはまだ城や別の扉から溢れ増え続けてい
た。
「…、どう? 死ぬの、覚悟した方がいいと思う?」
ルージェラがそっと言った。彼女は長い斧を使ってゴブリン達を牽制している。体中には手傷
を負い、鎧にもかなりの数の傷が付いていた。
更に、わき腹に一本の矢が突き刺さっている。彼女はそこを押さえたまま馬上で戦っていた。
かなり深く刺さっているが、意識ははっきりと持っている。
人ではなく、ドワーフの血が入っているからこそ、生命力が高いのだ。おそらくこのくらいの怪
我だったら、まだ戦える。
「そ、そんなあ? ちょっと、諦めないでよ!」
ルージェラに言うフレアー。彼女は魔法による防御のおかげで、ひどい傷を負わなかったも
のの、魔法を使う度に、精神力と集中力を消耗し、疲労はかなり蓄積している。
「フレアー様、集中なさって…」
と、シルアは彼女に呼び掛ける。彼も何とかフレアーの手助けはしているが、この混乱の中
では、彼女の背後にいるしかなかったし、力仕事ではとても役に立てないのであった。
「諦めてなんかいないって! こんなチビ達に倒されるなんて、冗談じゃあないからね!」
そう言いつつ、ルージェラは斧で一匹のゴブリンをなぎ倒した。
「あの子達が、王様を救出するまでの辛抱よ…」
クラリスが言った。彼女も前線で戦いっぱなし。大型の盾を防御に使用して彼女自身への傷
は少なかったが、衣服はところどころ破れているし、鎧も傷だらけ、左の太ももはかなり深く切
り裂かれ、血が溢れている。
彼女たちはだんだん消耗して来ていた。すでに立ち上がって戦っている者は、彼女達を含め
て、最初の半数程度までに減っていた。馬上で戦う事ができている人数も少ない。
「ふん…、辺境でゴブリン無勢に奇襲され死ぬよりも、王を救う為に戦って死ぬほうが名誉だ」
3人に囲まれて屈んでいるアエネイス城塞の警備隊長。彼は体に何本も矢が刺さり、もはや
戦えない状態。
そんな彼にクラリスは振り返って言った。
「…ええ、そうかもしれないですわね? でも、『リキテインブルグ』には、最後まで諦めないって
言葉がありますの…」
クラリスは槍で、迫ってくるゴブリン達を次々と倒していく。だが、四人は馬ごとすでに囲まれ
ており、飛び掛ってくる小柄な亜人種達に次々と手傷を増やされていた。遠くの方にいる弓隊
にも気を付けなくてはならなかった。
ルージェラが、また一匹を斧でねじ伏せる。その時飛んできた矢が、左肩に突き刺さる。そん
なものなど、かわすか掴む事さえできる彼女であっても、すでに集中力が切れ出していた。不
注意だった。
しかし、それを怒りの対象にしたかのように、出血を覚悟ですぐに矢を引き抜き、言い放っ
た。
「全くぅ! 何匹いるの! 100匹? 200匹? 言っておくけどね! あたしは1000匹いたと
しても諦めないわよ!」
そのまま引き抜いた矢をゴブリン達に向かって投げ返す彼女。感情を爆発させて、痛いだと
かいう弱音を無理に押し殺している。
「待ちなさいルージェラ!」
ゴブリン達に強気な声で言い放ったルージェラに、クラリスが呼び掛ける。
「何の事ォ!?」
クラリスの長い耳が反応している。彼女が遠い場所の音を聞き取っている証拠だ。
「この、大きなものが羽ばたく音。ドラゴンだわ! それも城の方から飛んできている!」
「ええッ!」
驚いた様子でフレアーは上空を見上げた。彼女自身は自分の魔法、足下の石を隆起させて
作った盾で身を守られているから、隙を作っても心配は無い。
彼女が見上げた上空、城の方から、大きな影が現れる。2体のドラゴンが、その上空に姿を
現し、中庭を羽ばたいていった。
「あッ! カテリーナ…!」
フレアーが皆に呼び掛けた。彼女はドラゴンの背中にまたがるカテリーナ達の姿をはっきりと
見ていた。
「王様を救い出そうとしているのね…?」
クラリスが呟いた。
大勢のゴブリン達に囲まれている彼女達、もはや逃げ道は無い様子だったが、そこへ一発
の重い銃声が響いた。
「ああ! あなたは!?」
フレアーが叫んだ。彼女は、ゴブリン達の中を突き進むように銃を撃ちながらやって来るロベ
ルトの姿を確認した。しかも、彼は何人もの人々を一緒に連れて城の方からやって来ていた。
「王は救い出した。捕らえられていた者達もだ。ここに長居する理由はもはや無い。すぐに撤退
すべきだな」
ロベルトは、ゴブリンと戦っていた女達に、全くの冷静な口ぶりでそう言った。彼の周りでは銃
声に驚いたらしいゴブリン達が怯んでいる。
「あッ! お、王様ッ!」
「おお、フレアー!」
フレアーが思わず叫び、目に入っていた王の方へと向かっていこうとする。しかしそれを、彼
女の二倍以上の体格があるロベルトが遮った。
「後だ。今はここを脱出する」
「えッ。あ、は、はい」
フレアーは反論もできないまま、ロベルトに従った。
「カテリーナはどうなさいましたの?」
傷だらけのクラリスが、ロベルトと向かい合って尋ねる。彼の連れて来ている人々の中にはカ
テリーナやブラダマンテの姿も無かった。
「上から行った。一足先にな」
「フレアーさん。あなたの言った事は本当だったようね…? 陛下はここにいらしたわ。今すぐ
ここから撤退するわよ! 皆に呼び掛けて!」
ルージェラとフレアーの方を向いたクラリスはそう言い、すぐさまルージェラは大きな声で皆に
呼び掛け始める。
「撤退ッ! 撤退よッ! 王は救われた! すぐにここから撤退するわッ!」
中庭で、大勢のゴブリン達と戦っている騎士達。その人数は突入の時より半数まで減ってい
る。ゴブリン達とはいえ、相手は自然の中に住んでいる者達とは違い、簡素な武装をしてい
た。しかも人数が人数。やられた騎士も多い。
ルージェラは、斧でゴブリンの軍勢をかき分けるかのようにして、退路を切り開く。さらに、ロ
ベルトの銃が火を噴き、フレアーの魔法の火球がゴブリンを次々となぎ倒し、彼女達が入って
来た城門入り口までの退路はすぐに開けた。ゴブリン達は、先に進ませまいとしていただけ
で、撤退する分には対処が遅れる。
「さあッ! 急いで行くよッ!」
ルージェラは真っ先に駆けていった。ロベルトもエドワード王を初めとする、囚われだった
人々を引きつれその後に続いていく。
「あなた、歩けますか?」
だがクラリスは、矢に射られたアベラードを一緒に連れて行こうとしていた。彼は地面に膝を
付き、うめくだけだ。
「ほら! 早くしてよォ!」
フレアーがそんな彼女達に、焦って呼び掛けるが、アベラードはとても一人で立てる様子では
なかった。
一条の矢が、すね当ての隙間から膝を貫いている。
「私の事など放って、とっとと先に行け…」
アベラードはさっきからそう言うばかりだった。
「いいえ。そんな事などできませんわ。もし立てないっておっしゃるのなら、わたしがかついでい
ってあげます!」
クラリスは真剣な面持ちで彼に言った。
「お姉さん! 早く!」
フレアーが慌てて彼女達に呼び掛けた。だがクラリスは、
「あなた、先に行っていて…。大丈夫。わたしもすぐに行くから」
「おのれ…。それでもお前、騎士たる者か…! 名誉ある死をこれから迎えてやろうというのに
…!」
「あら? 女の子達だけが前線で戦って、あなたはあっという間に、ゴブリンなんかが放った矢
で怪我をなさり、お終いにはゴブリンになぶり殺される…。それのどこが名誉ある死だっておっ
しゃりますの? あなた一人で王様を救出したっていうのなら、まだ話は分かりますわ」
アベラードは何も答えなかった。
「わたしはただ、あなたに諦めて欲しくないだけなのですよ…、出来る限りの事をするっていう
のが、『フェティーネ騎士団』での名誉ある事でしてね…」
アベラードはゆっくりと、クラリスの方を見上げた。周りからはゴブリン達が迫ってきている。
「ええい、好きにしろ。だが、女に助けてもらうなど恥だわ!」
「まあ、随分失礼な事をおっしゃりますのね?」
そう言いつつも、クラリスは大きな盾を背中に吊るし、更には馬から降り、アベラードの肩を
担いだ。甲冑を着込んだ彼の体は相当に重たく、自分の鎧の重さもあるから、クラリスは足元
がよろける。
「無理なのならばやめておけ」
「全然平気です」
クラリスは強がりよろめきながらも何とか歩き始めた。周りからはゴブリンがどんどん迫って
きていて、一刻の猶予も無い。
逃げ遅れている2人、すばしっこいゴブリンによって取り囲まれるまでは、そう長い時間もか
からなかった。2人は城門の前にも達していないどころか、馬の上へと戻る事もできない。
ゴブリンが迫る。
「…、見てみるがいい。今なら私を置いていけば良かったと思っているだろう?」
そう言ってクラリスの顔を覗き見たアベラードは、彼女の唇が動き、何かを呟いているのを見
た。
「何を言っている?」
クラリスと担がれているアベラードの周囲で、砂埃が巻き上がった。続いて、クラリスの周囲
を取り囲むようにして風が巻き起こり、風は形となって、だんだんと、精霊の姿を形成していく。
「な、何だこれは…?」
アベラードは驚くばかりだが。
クラリスの前に現れたのは精霊。風の精、シルフ。クラリスよりも小柄で、その体の全てが風
でできており、姿は宙に揺らぎながら現れている。
「ハーイ、クラリス。御用は何かしら?」
透き通るような声で風の精はクラリスに話しかけた。
「こんにちはアルセイデス…。わたしが、怪我しているのに、随分暢気じゃあない?見ての通り
かなりまずいの…。思いっきりやっちゃって頂けないかしら?」
「はいはい」
そうシルフのアルセイデスが答えると、彼女の体はみるみる内に元の風の姿へと成り代わっ
ていった。その風の勢いは、急激に強まっていき、クラリス達二人を中心にして、突風から暴
風、そして竜巻へと強さを増した。
飛ばされないように身構えるゴブリン達だが、アルセイデスの引き起こす突風はそれを遥か
に凌駕した。
2人を取り囲んでいた何十匹ものゴブリン達が、竜巻によって一気に上空へと巻き上げられ
た。
クラリス達は竜巻の中心にいたので被害は無い。彼女は再びアベラードをかついだまま歩き
出す。
「…、なるほど…、精霊の力か…? だが、なぜもっと早い内から使わなかった?」
うめくような声でアベラードがクラリスに尋ねた。彼女も半分虚ろな目で見返す。
「精霊にだって、限界はあるのですよ…。今見たいな竜巻は、せいぜい一日数回くらいが限界
といった所ですわね…」
クラリスはよろめきながらも、何とかアベラードを馬へと乗せ、自分も馬へと乗り込んだ。そし
て、そのまま彼女達はゴブリンをかき分けて城門まで辿り着いた。中庭では、竜巻に巻き上げ
られたゴブリン達が次々と落下して、地面に叩きつけられている。そんな中、クラリスは上空を
飛んでいるドラゴンの咆哮のようなものを聞いていた。
「カテリーナ…」
クラリスは上空を見上げて呟いていた。
そんなカテリーナと私を乗せたドラゴン達は、《ヘル・ブリッチ城》の中庭を眼下に見下ろしな
がら通過し、今は谷を渡ろうとしていた。
「おい、もっと速く飛んでくれ」
カテリーナが自分を乗せているドラゴンに呼び掛けた。ドラゴンは巨大な翼を羽ばたかせて
高く飛ぼうとするのだが、翼は空気をかき混ぜるだけだった。
「…、誰かが傷つけてくれたおかげで、いつものように力が出せんわ…! それに、王はとっく
に逃げたのだから構わんだろ」
ドラゴンは大きな威圧感のある声でカテリーナに言った。だが、カテリーナはそんなドラゴンの
巨大な声に動じる事は無かった。
「意外だな…? ドラゴンでも弱音を吐くなんていう事があるのか…?」
彼女は、冷たい目でドラゴンを見つめながらそう言った。そんな彼女の視線は、ドラゴンの視
線などよりも、よほど威圧感があり、彼の体を突き刺すかのようだっただろう。
「ええい…!」
ドラゴンは翼を羽ばたかせて、さらなる速さへと加速した。私を乗せているドラゴンも、同じよ
うにそれに続いた。
だが谷を抜けた時、一発の爆音が響き渡り、カテリーナと王を乗せたドラゴンのすぐ側を、砲
弾がかすめて行った。
ドラゴンは傷ついた体でも、何とかその砲弾を避ける。砲弾は、谷の先、私達がやって来た
方にあった森の中へと飛び込み、木々を吹き飛ばし燃え上がらせた。まともに食らえばドラゴ
ンでも手傷を負う。
「この谷一帯は、すでに亜人種共が制圧している! 城だけではなく、そこら中に戦争ができる
程の兵器が置かれているのだッ! ただで帰る事などできんのだ! 地上からも、空からも
な!」
「初めから、ただ脱出できるなんて事は無理だと思っていたさ…、だから、こうして囮になってい
るんだし、もう一人連れてきたんだ」
カテリーナを乗せたドラゴンと、私を乗せたドラゴンが並んだ時、カテリーナは、離れた所にも
聞えるよう、大きな声で言って来た。
「あんた達は反対方向に行け、ブラダマンテ! 私達は一斉に引き付ける」
「ええッ! 私がッ!?」
下を見下ろせば、落ちたらひとたまりもないような高さ。しかも更に一発の砲弾が、今度は私
のドラゴン目掛けて飛んできた。私の方のドラゴンはそれをさっとかわすのだが、私は振り落と
されそうになってしまった。
私を乗せたドラゴンが、方向を転換すると、カテリーナは更に私に言って来た。
「私は敵の攻撃を引き付けるつもりだ。その隙に、あんたが安全な場所まで皆を誘導してく
れ!」
だが、そこへ一発の砲弾が飛んできて、2体のドラゴンの間をすり抜けていった。カテリーナ
の方のドラゴンはさっとそれを避ける。
「ええいッ! こざかしいわッ!」
大地も揺るぎそうな声でそのドラゴンは言った。
「今のは森の方から飛んできたようだ。私達はやつらの縄張りに誘われていたらしい…」
と、カテリーナ。
「知っていたような口振りだな? だったらなぜ、あえてその縄張りに堂々と踏み込んだの
だ?」
ドラゴンがカテリーナに尋ねる。
「私が囮で、皆を逃がす為さ。それに脱出するのなんて、簡単だから」
「強がりを、言いおって」
苦笑したようにドラゴンが言った。
「そうかもね…」
カテリーナがそう答えたとき、2体のドラゴンは距離を離し始めていた。だが、その時私たち
は、森の方からの砲撃を一斉に受けていた。森から来た時は気づかなかったが、搭とも思える
ほどの矢倉が3台前方に見られ、そこからゴブリンらしき亜人種が、何台もの砲台から一斉に
射撃を行っていた。
「本当に、大丈夫!?」
私はカテリーナの方に叫んで答えた。
カテリーナは背中から大剣を片手で引き抜く。
「私は平気さ…!」
一発の飛んできた砲弾。カテリーナはそれを、片手で持った大剣で弾き返した。跳ね返った
砲弾は、森の中に現れている一つの矢倉の方へと飛び込んでいく。
ゴブリン達の奇声と共に、一つの矢倉が砲弾によって吹き飛んだ。爆風が、矢倉の木片を吹
き飛ばし、爆炎がゴブリン達を焼き払う。
しかしその時、さらに一発の砲弾が飛んできていた。私の方のドラゴンがそれをかわそうとす
る。
私は宙へと投げ出されてしまった。
このままでは森に落下してしまう。そう思ったとき、誰かが私の落ちていく右手をしっかりと掴
んだ。
「絶対に離すなッ!」
それはカテリーナだった。私の腕をしっかりと右手で掴み、もう片方の腕でドラゴンにしがみ
ついている。
だが、残り2つからの砲台の攻撃は続く。ドラゴンはその攻撃をかわそうとし、私は何度も振
り落とされそうになる。
「あの矢倉に近づけッ!」
ドラゴンに言い放つカテリーナ。
「しっかり掴まってなよッ!」
更に私にも言い放ち、彼女は私の体を力いっぱいに引き上げる。幾つもの砲弾がすれすれ
を飛び交い、かすめていく。
私がカテリーナによって何とか引き上げられ、ドラゴンの背中に乗った時だった。彼の左の翼
を砲弾が直撃した。
咆哮を上げるドラゴン。爆風が私とカテリーナの側をかすめていく。ドラゴンは大きく体勢を崩
した。
「おのれぇ! たかが、下種な悪鬼共めがッ!」
ドラゴンは怒りに燃えた。砲弾によって、彼は左の翼に深手を負ったが、それでも矢倉へと向
かっていくスピードを緩めず、彼は大きくその口を開いた。
巨大な火の柱が、その口から放たれた。
ゴブリン達の放つ砲弾を次々と飲み込んでいく。ドラゴンの口から放たれた炎の塊は、矢倉
を一撃で粉々に吹き飛ばした。
「ふん…! いいざまだな…!」
ドラゴンは言い放つ。だが彼の左翼は失われたも同然。彼の体勢はどんどん崩れていってい
た。そんなドラゴンの体を、残った一つの櫓が狙いを定めていた。
「おのれ…!」
ドラゴンが弱々しい声でそう言った。彼はもう羽ばたけない様子で、どんどん地面へと急降下
していっている。
だがそんなドラゴンから、カテリーナが飛び出した。
彼女は、ドラゴンの背中から、ゴブリン達のいる櫓へと跳躍する。それは、人間業では到達で
きない程の距離があったが、彼女は、その距離を飛び切った。
彼女がジャンプする時と、着地する時、私は彼女の体が、電流でも放つかのように光ったの
を見ていた。
櫓へと飛び移るカテリーナ。彼女は、そこにいたゴブリン達を、次々と倒していく。彼女の剣
が、それから迸る電流と共に唸り、まるで叩き切り、焼き切ってしまうかのようにゴブリン達を倒
していく。
しかしそれでも、砲台は私の乗ったドラゴンの方を向いていて、砲手のゴブリンは今にもそれ
を発射しそうだった。
カテリーナは、砲手のゴブリンを後ろから剣で叩き斬った。しかし、櫓に砲台は幾つもある。
他の砲手達が私の方へと砲台を向けている。
カテリーナはとっさに思い切った行動に出た。
自分の側にある砲台を真下に向け、発射したのだ。
轟音と共に、櫓が爆風と炎で吹き飛んだ。さらに他の砲台も暴発し、その爆発は次々と広が
っていく。
ゴブリン達は、炎に包まれ、爆風に吹き飛ばされた。
同時に、私を乗せたドラゴンも、森の木々の間に落ちていく。私は木の枝に引っ掛かった後、
地面に落下した。
しばらく、倒れた地面にうつ伏せになっていた私だが、まだ生きている事を知り、さっと起き上
がる。
ドラゴンが木に引っ掛かってくれたお陰で、私の地面への落下の衝撃はかなり吸収されてい
て、多少の打撲程度で済んだ。側では、弱ったドラゴンが、深い息をついている。
更に周囲には、櫓を構成していた火の点いたままの木々やら、砲台の残骸、ゴブリン達がそ
こら中に散乱していた。
私は周囲を捜しながら叫んだ。
「カテリーナッ!」
彼女も、砲台の爆発に巻き込まれたはずだ。かなりの爆発。大きな櫓一つが、跡形も無いく
らいに吹き飛んでしまう爆発。普通ならば助かるはずもないのだが。
「ここだ…」
カテリーナはふらふらした足取りで私の前に現れた。
「ああ…、良かった…。本当に…!」
私は思わずカテリーナに抱き付いた。さすがの彼女も、爆発に巻き込まれただけあって、体
中煤だらけ、髪の毛も少し焦げていた。だが、それ以外ほとんど怪我をしていない様子だっ
た。
「でも、どうやって…?」
彼女の目を覗き込んで私は尋ねた。怪我をしているらしかったけれども、鋭い目、冷たい青
色の瞳は、変わらずに冷静だった。
「いや、ただ、爆発の直前に脱出しただけさ…」
「ちょ、直前って…」
驚く私。カテリーナが自分のいる櫓で砲弾を暴発させて、爆発するまでの時間など、ほとんど
無かったからだ。
だが、彼女ならば、爆発の瞬間に外へと飛び出し、生き延びる事も可能なのかもしれない。
私にとっては、目の前に立っているカテリーナが不思議でもあり、必然でもあるような気がし
た。
「大分、弱っているな…」
「あ…」
ここまで私達を連れてきたドラゴンが、側で横たわっている。顔をこちら側に向け、目を瞑り、
深い呼吸をしたままだ。左の翼がかなり痛々しく損傷していた。
「カテリーナッ!」
女の声で呼び掛ける声。それはルージェラの声だった。
「ここだ!」
カテリーナがそう言うと、すぐに彼女は姿を現した。彼女の背後には、フレアーや他の騎士
達、城から助け出された者達、そしてロバートがいた。
「無事で良かった…。あなたも」
「あ、いえ。どうも…」
ルージェラに言われ、私はどう答えたら良いのか分からず、ただそう言ってしまった。彼女が
私ならば死んでしまいそうな程の怪我をしていたからだ。
「王様は、無事だから、もう安心していいよ」
周囲を見渡しながらルージェラが尋ねる。確か、エドガー王は、女の方のドラゴンに乗せられ
ていったはずだ。
「ここですわ…」
ルージェラ達とは別の方向から、王が姿を現した。彼はまるで怪我をしておらず、無事な様子
だった。
「良く、ご無事で…」
煤だらけのカテリーナが王を気遣って言った。そんな彼女の、死闘の影を残す姿を見た王
は、
「わしなんぞよりも、ご自分の心配をなさった方が良いですぞ、カテリーナ。あなたには本当に
感謝しておりますぞ…。いえ、あなただけではない。わしは皆に感謝しておる」
「王様ぁ〜ッ!」
エドガー王の無事を知ったフレアーが、思わず彼に抱きついていた。
「おうおう…。お前さんにも感謝しておるよ…、お前さんがここまで皆を案内して来たのじゃろ
う? 良くやったのう…」
「やったねッ! あたし達の勝利だよッ!」
大きな声で、元気良くルージェラが叫ぶほどに言った。彼女は、かなりの数の手傷を負ってい
たが、それでも全然平気そうだった。強がっているのかもしれないけれども。
「我らの勝利だッ!」
騎士団の皆がそう叫んだ。その大きな声は、辺り中に響いた。
「どうかしら…? 言った通りになったでしょう…? 最後まで諦めなかったから、わたし達は王
様を救出のですわよ…」
そんな騎士達の背後から、遅れてやって来たのは、アベラードの体を馬へと乗せてやって来
たクラリスだった。
「王が無事で何よりだ…。もういいだろう? 私の体を離せ…」
「まあ、強がりです事…、でも、わたしはあなたを連れて行かないと…」
「クラリスッ!」
ルージェラがクラリスの姿を見つけ、彼女に駆け寄った。
「あら? あんたまで…? どうやらクラリスに助けられちゃったみたいだね…?」
傷だらけで弱っているアベラードにルージェラは言った。
「でも、クラリス…。あなた良く、あんなに混乱した場所からこの人を助けて来れたよね…。自分
もやられるかもって、思わなかった?」
アベラードを馬に乗せたままのクラリスに言うルージェラ。
「それは…、もちろんそう思ったわ…。だけど、彼の言っている事が納得できなくてね…。それ
をわたしが証明してあげたのよ。最後まで諦めちゃあ駄目だって、ね。もちろん、もっと危なくな
ったらどうしていたかは自分でも分からないわ」
クラリス自身も、相当に消耗していた。彼女の体で、重い甲冑を着た警備団長の体を担いで
いたし、ついでに彼女自身も傷だらけだった。
「さっすが、エルフの血が入っているだけはあるよね…。負けず嫌いなんだから…」
「あなたも、でしょう?」
そうクラリスが言うと、2人は笑うのだった。
「クラリス…」
そんな所へ、ふらふらしながらカテリーナが姿を現した。
「あら、カテリーナ? あなたが王様を助けたんでしょう? 凄いわね…。おめでとう。改めて感
心するわ。でも、あなた自身も相当怪我をしているみたいだから、治してあげるわよ」
だが、カテリーナは彼女を褒め称えるクラリスに答えようとはせず、
「あんたに頼みがある…。傷だらけのところ悪いが…」
そう彼女に言った。
「何かしら? 何なりとお申し付けくださいませ。騎士団長殿? あなたよりも全然軽傷なので
わたし達の、ご心配はいらないわ」
するとカテリーナは、私達をここまで運んで来てくれたドラゴンの方を振り向いた。
「彼を…、治療してやってくれないか…?」
クラリスの長い耳が反応した。
「え…? あのドラゴンの事…?」
「そう…」
そこにフレアーが割り込んできた。彼女は金切り声を上げる。
「ちょっと、ちょっと。何が起こったのか知らないけど、正気じゃあないよッ! 治したりしたら襲
われちゃうよ!」
しかし、カテリーナは、
「いや、私達は彼に助けてもらった。だからエドガー王を救出できた。だけど、まだ助けてもら
わなくちゃあならないみたいだ。《リベルタ・ドール》を取り返す。その為には彼の助けが必要
だ」
それを聞いたクラリスは、半分呆れたかのようだったが、
「はいはい分かりました。あなたの言う事だからね…。でも、ドラゴンを治療するなんて、した事
ないのよ」
そう答えるのだった。
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22.時の放浪者
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ある少女の出会いから、大陸規模の内戦まで展開するファンタジー小説です。敵地で行われる激しい戦闘です。 | ||
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