少女の航跡 第1章「後世の旅人」22節「時の放浪者」 |
エドガー王を救出し、カテリーナの強い要望でクラリスがドラゴンを治療し、さらに警備団長ア
ベラードや負傷した者達に、軽い応急手当を施した後、私達はすぐに行動を開始した。
何しろ、私達のいる場所は敵地の真っ只中だったのだから、すぐにその場を離れなければな
らなかったのだ。
混乱が収まれば、ゴブリンの残党はすぐに追いかけてきたはず。すぐに彼らの縄張りから脱
出しなければならない。
私達は疲れていていたし、負傷もしていたが、ほとんど休む間も無かった。その日はほとんど
一晩中、馬を走らせていたのだ。
夜の闇で、馬がどこかに脚を捕らわれるという事を私は考えたが、そのような心配をする必
要は無い。
「ルージェラ、怪しい影は無いか…?」
カテリーナが、最も先頭を馬で走らせるルージェラに尋ねた。
「何もなし。かなり先まで平坦な土地が続いているね」
ルージェラはそう答えていたが、私にはほとんど何も見えていなかった。
辺りはすでに日も沈んだ真っ暗闇で、まるで何も見る事ができない。その上、月明かりや星
明かりさえ無い、雲の多い夜だった。騎士達が所々に松明を持ったまま馬を走らせていて、そ
れで多少の光があったが、それでも暗い。一歩間違えば、どこに馬が足を取られるか分からな
い。
だが、ルージェラは違った。彼女はドワーフ血族で、目が良いばかりではなく、夜目が利く。
元々、洞窟の奥深くで採掘作業ばかりしていたドワーフ族は皆そうで、もちろん彼女も例外で
はない。
彼女が、安全な地形、危険な地形を判別して馬を走らせれば、夜でも進む事ができた。
だが、ここに来る時にそうしなかったのは、休む事ができないからである。夜通しで馬を走ら
せてしまっては、馬はもちろん疲れるし、乗り手も疲労する。だから、普通はしないのだ。
そう言っても、今は状況が違う。エドガー王が救出されたのは、日も落ちかけた夕方。ゴブリ
ン達の追っ手を巻くには、夜通しで馬を走らせるしかなかったのだ。
皆が疲労している。私ももちろん、身体が錆びているかのように疲労していた。眠気は、緊張
していた事もあって酷くはなかったが、隣を走っているクラリスの馬に乗った、フレアーとシルア
はぐっすりと眠っていた。
朝靄と共に朝がやって来ても、私達一行は馬を走らせた。
やがて高台が見えてきて、その上に馬を行かせると、
「クラリス。追っ手は追って来ているか…?」
カテリーナがクラリスにそう尋ねた。クラリスは、自分達がやって来た方向を一望し、答えた。
「…いいえ。追って来ている様子は無いようね」
なぜカテリーナがクラリスに尋ねたのか。それは、彼女がエルフだからであり、自然と共に生
きる種族であるエルフは、遠くの大地までを見る事ができる。高台に上れば、地平線の彼方ま
でを見渡し、目を光らせ、周囲の状況を知る事ができるのだという。
「そうか…」
追っ手が追って来ない。それは、私達はようやく休む事ができる。そういう事だった。
いくら騎士の為に鍛えられた馬達、そして騎士達と言えど、ほぼ丸一日休み無しに走って来
ていては、これ以上先が続かない。そろそろ休憩を取る必要はあったのだ。
朝靄に紛れて、私達はようやく休憩を取る事ができた。
見張り役にはカテリーナが買って出た。彼女が最も激しい戦いをして来たはずだが、元々疲
れを顔に出さない性格なのか、あまり疲れているという様子は見られない。ただ、砕けた鎧や、
それに付いた血痕からも、負傷の影が見られる。クラリスの精霊魔法、もしくはエルフの回復
術による治療を受けた彼女だが、あくまで応急処置なので、果たして彼女は平気なのだろう
か。肋骨を2、3本は折っているらしいし、鎧の肩当も粉々だから、腕などの方も心配だ。
何かあれば、彼女が知らせてくれるとの事だが、そんな状況では、もちろん一人では心配だ
というので、数名の騎士達も見張り役となった。
私は、ほとんど気絶するように眠りについた。私自身も、相当に激しく戦ってきたからだ。
目を覚ました時、すでに薄暗かった。朝から夜までずっと眠ってしまったらしい。同じように休
んでいた騎士達も、目を覚まし出していた。
追っ手は、今になっても現れないという事だった。見張りの騎士達は数人が交代し、今ではカ
テリーナが休んでいた。
出発は翌日にするとの事だった。夜の内に出発しても、今では夜目による集中力を使い果た
したルージェラが休んでいるということだ。これ以上の危険は、馬に対しての負担にもなる。
私は再び休む事にした。休み足りなかったのだ。
翌日、目を覚まし、簡単な食事を取った私達は、一路、《アエネイス城塞》に向かって馬を走
らせる。ほとんど休み無しに私達は馬を走らせた。
高原を抜け、山道を走り、来た時の道を辿りながら、とにかく私達は馬を急がせた。
《アエネイス城塞》までは思ったよりも早く着く事ができた。途中、ほとんど何のトラブル、例え
ば、追っ手のゴブリン達に遭遇するとか、盗賊、その他野蛮な亜人種などに遭遇する事も無か
った。
私達は王を守り、戻って来る事ができた。
到着したのは、エドガー王の救出から、5日経った日の正午頃だった。吉報を聞いた《アエネ
イス城塞》の人々は、驚きと歓迎で私達と王を迎えた。負傷した者達はすぐさま城塞内での医
務室で治療をされる事となる。
警備団長、アベラードも重症だった上、完全な治療を長く受けなかった為、傷は酷くなってい
た。彼が真っ先に治療を受ける事になっていた。
すぐさま、王の救出を歓迎する動きが高まった。もはや救出は不可能だと思われていた王
を、少ないありあわせの人員で見事に救出した事から、私達は英雄のような扱いであった。
カテリーナは自らは語ろうとはしなかったが、エドガー王の方から話されたらしく、彼女のドラ
ゴンとの戦い、そして説得、王を脱出させる為の囮になっての大空中戦などの話から、彼女は
ひどく持ち上げられた。
私達が城に到着してから数時間と経たない内に、カテリーナは偉大なる女騎士として称えら
れていた。しかし彼女は、その事からあまり表には出なくなり、
「私はああいった風に称えられるのが苦手でさ…」
それだけ言うと、彼女の為に割り当てられた部屋に篭ってしまった。本当に疲れているのだ
ろうと思い、しばらく一人にさせてあげた。お陰で、得意げに、城にいた者達に事を話すのは、
目立ちがり屋なルージェラとフレアーばかりであった。シルアも、フレアーの話に付け加えをし、
彼女を持ち上げていた。
やがて夜が来て、エドガー王の救出の、即席の歓迎会が開かれるのだった。
大広間で行われる夕食会。私も王の計らいで、カテリーナと同じ上座に案内され、とにかく恥
ずかしかった。
その時は、皆久しぶりに武装を取っていた。カテリーナと言うと、いつも鎧を着ている姿しか
見ていなかったので、甲冑を全て外し、この城にあった私服に着替えているのには違和感があ
った。でもなぜか、女性用の服が好みでないらしく、着ていたのは男性用を思わせるような服
だった。
大きく変わったのは彼女だけで、フレアーやロバートなんかはいつもと同じだし、クラリスとル
ージェラは鎧を外しただけといった感じだった。
しかしルージェラなど、その体を激しく露出させるような服を着ているものだから、周りの視線
を強く引いていた。それでいて、引き締まり、活動的で魅力的な体をしている彼女。周囲の男
達の視線は釘付けだ。
やがてエドガー王の祝辞が始まった。
「今宵、私がここにいて、この場で話し、皆の顔を見る事ができるのは、ここにいる者達の勇気
ある行動であり、我々の国に忠誠を誓い、自らの命を犠牲にしてくれた者達の勇気ある行動
のおかげである…。今宵は、その者達へと祝杯を上げよう」
エドガー王は与えられた杯を掲げ、広間にいた者達も皆、同じように杯を掲げた。
そして、杯の中の酒を飲み干す皆。私はとても酒を飲み干す事のできるほど大人ではなかっ
たから、中に入っていたのは果物のジュースだった。実はカテリーナの飲み干した杯の中もジ
ュースらしい。彼女ならば、酒ぐらい飲めそうな感じではあるが。
そして、エドガー王を歓迎する会が始まった。
もともと、辺境であるこの城塞に王がやって来る事など、ほとんどありえない事だったから、そ
の分、少ない人数とはいえ盛大な歓迎会が行われた。普段、辺境の警備をしている警備兵達
は声を上げて笑い、戦いに参加した者達は、自らの武勇と生き残りを称える。そして酒を煽っ
た。
出された食べ物も、このような辺境の城塞などにあるものにしてはあまりに豪華なものばかり
であった。
「無理してこんなに豪華な料理を出さなくってもいいのにねえ…」
フレアーは並べられたものを食べながらそう言っていた。彼女の口にしている杯には酒が入
っていた。
「フレアー様、あまり飲みすぎてはなりませんぞ…!」
シルアがそんな彼女を咎めていた。
「ああ? いいのいいの。あたしより若い人が皆飲んでいるのに、なんであたしだけ…?」
「フ、フレアー様は40の年月を生きておられますが、まだ体は子供そのもので…」
「何ぃ? シルア、今言ってはならない事を二つ言ったよッ!? あたしの歳の事と、まだ子供
だってぇ!?」
ほろ酔い加減のフレアーは逃げるシルアを追っかけ始めた。
「あら? カテリーナはやっぱり飲まない?」
ルージェラがカテリーナの杯の中に入っているものを覗き込んでそう言った。彼女はドワーフ
族の血が入っているだけあって、お酒には強いようだ。食事も一人でかなりの量を食べてい
る。片手に鶏肉を持ったまま歩き回っている。
「前にも言った通り、私はまだ飲むには早すぎる歳だ」
彼女はそうきっぱりと答えた。普段の彼女の戦っている姿などからは想像し難いが、意外と
食事をしている姿などは上品にしている。それは、彼女の育ちがどのような環境であったかを
意味していた。少し外見などからは想像し難い。彼女の育った家とはどのようなものだったか、
私はまだ知らない。
「そんな事いっちゃってさ。あたしがあなたくらいの時にはもう酒ぐらい飲んでいたって」
「人間とドワーフを一緒にしない事ね、ルージェラ」
彼女の横で果汁酒を飲んでいたクラリスがルージェラに言った。クラリスは適度に酒を飲み、
ゆっくりと食事をしているらしい。
「へええ…? エルフにそんな事が分かるものかねえ…」
ルージェラはそう言い、彼女の意識はクラリスの方へと行った。
カテリーナは、自分と同じように酒を飲めない私の方を振り向いてくる。
「私は、酒は飲めないし、食事しながらうるさくするのも嫌いなのさ…」
と、彼女は私に行った。すでにカテリーナは十分に食べ物を食べたようだった。それは私もで
ある。
「分かる気がします…」
私の視線の先では、早速酒を大量に飲み、王の前で騒いでいる騎士達の姿があった。それ
は『フェティーネ騎士団』の精錬された騎士ではなく、《アエネイス城塞》の辺境騎士達だ。今
は、男も女も相当に張り切っている。必要以上の酒が用意されているようだった。今晩だけで、
この城塞にある酒類は全て無くなってしまうのではないかと思えてくる。
「ちょっと外に出ようか…?」
カテリーナはそう誘い、私はうなずいた。
外は、ひんやりとした空気が漂っていた。2階のバルコニーに出た私達は、夜の闇の中に輝
いている星達を眺めていた。
山奥の風景が、星の明かりに照らされている。どこからか、夜の生き物の鳴き声が聞えてき
ている。城塞の中は、随分と賑やかだが、外では静寂が支配をしていた。ここには他には人も
住んでいない。
少しの間、カテリーナが何も話しかけてこないので、私も黙っていたが、私の方が痺れを切ら
し、
「…、ずっと、聞こうと思っていたんだけど…。いい、かな…?」
と、とても言いにくそうに私は尋ねるのだった。
「何…?」
彼女は私の方を向いて答えた。
「カテリーナって…、その、何でそんなに強いの…?」
それは、ずっと私が思っていて、彼女に尋ねられないでいた質問だった。
素直に疑問に思っていた事ではあるが、あまりにも唐突な上、簡単に尋ねてしまったので、
彼女は、どう答えたら良いのか、少し戸惑ったらしいが。
「…、『フェティーネ騎士団』は皆、強いよ」
「でも、あなたは特別だよ…」
私がそう言ってしまうと、カテリーナは更に答えにくいようだった。
「どうしてカテリーナは、あんなに大きな剣を扱えるの…? あれは、とてもあなたみたいな人が
扱えるような大きさと重さじゃあない…。もちろん、人間の中にもあのくらいの剣を使う人はいる
けれども、それでだって、もっと体の大きな人ばかり…」
私は、今までカテリーナに対して抱いていた疑問を、この機会に彼女から聞こうとしていた。
もう、そんな事を聞いてもいいくらいの関係のはずだ。
「どう、説明したらいいのか…」
カテリーナは困っているという様子ではなかったが、その事に関しては答えにくいといった感
じであった。
「シェルリーナさんも、似たように戦っていたって。でもそんな剣を使うなんて話は聞いたことも
ない…。その剣はどうして…?」
とりあえず、私は彼女の母の名前を出してみた。それによってカテリーナが何かを言ってくれ
るかもしれない。
「その事に関しては、私からは何も言えない」
カテリーナはそれだけ言うと口をつぐんでしまうのだった。決まりが悪くなった私は、彼女と目
線を外す。質問してはならない事だったのだろうか。
「た、ただ気になったから…」
決まりが悪そうに呟いた。
「一つだけ言える事は…、『トール』の力」
すると、カテリーナは私にそう言って来る。
「え? 『トール』の力って…?」
「あの剣の名前。『トール・フォルツィーラ』と言う」
そうカテリーナに言われても、私には正直何の事だか良く分からなかった。
『トール』というのが、雷の神、もしくは月の名前を現すのは知っていた。季節で言ったら初夏に
訪れる雨と雷の多い一月の事であり、フォルツィーラとは力である。それが、カテリーナの扱っ
ている大剣の名前…。だからどうだと言うのだろう。
彼女の剣に、何か特別な意味があるのだろうか。確かに彼女の剣は、実際の戦いでも使え
るが、鉄でできているような、石でできているような、不思議な感じであり、儀式用の古風な装
飾が施されている。騎士達が使う剣とは似ても似つかない。
私がそんな事を考えている時だった。
「おいおい、何だ? 中に入れさせるな」
城の城門から聞えてくる声。守衛の声だった。
「何だろう?」
バルコニーの柵から下の方を見下ろしてカテリーナが言った。城門の方からは、何やら馬の
鳴き声が聞えてくる。しかもそれは、私の良く知る鳴き声だった。
「ええ? 嘘…! まさか…!」
少し驚きながら、私はバルコニーから城の中へと戻り、城門の方へと急いだ。
「ほら、大人しくしろッ。まさか革命軍の差し向けじゃああるまいな?」
城門の前では、守衛達が、城の中に入って来ようとする、一頭の白馬を何とか咎めようとして
いた。
「ちょ、ちょっと待って下さい!」
カテリーナは祝賀会場に戻り、私だけ、急いで城門に辿り着くと、守衛に言った。その彼は私
の事を知っているらしかった。
「は? 何でしょう…? 今、この馬が城の中に入ろうと…」
「メ、メリッサ…!」
守衛の説明も聞かずに、私はそこにいた白い白馬と顔を合わせた。それは、私の馬だった。
「あ、あの。私の馬なんです」
守衛に説明する私。彼は戸惑ったような表情を見せた。
「は、はあ…」
「ど、どうしたの一体…。それに、どうやってここまで来たの、あなた…。だって、確かずっと《リ
ベルタ・ドール》にいたはずじゃあ…」
メリッサとは私が旅をし始めた頃から乗り、ずっと共に歩んできた、いわば愛馬だった。彼女
には、もちろんカテリーナと出会ったずっと前の時から、《リベルタ・ドール》に向かう時まで、ず
っと乗せてもらって来ていたが、あの混乱ではぐれてしまっていたのだ。
目も覚めるような白馬な上に、私が乗っても大き過ぎない程の大きさの雌馬だったので、私
はすぐに彼女だと分かったのだ。
「なーに、何、どーしたの?」
城の方から私に呼び掛ける声、フレアーだった。顔を赤くしてこちらに歩いてくる。どうやら軽
く酔っているらしい。
「あ…。この子、私の馬で…。本当は《リベルタ・ドール》にいるはずなんだけど…」
「ふーん」
フレアーはゆっくりとメリッサの方に近寄っていく。
「ねえ…、どーしてここまで来たの? あなた。うん?」
私がいつもやるようにして、フレアーはメリッサに話しかける。ついでにフレアーは彼女の背
中にも触れていた。
メリッサはフレアーの方を向いて、彼女と目線を合わせた。やがてフレアーは何かを理解した
かのように頷く。
「…、うんうん…。ああ、そうなのね…」
「え…? 何が…?」
私にはフレアーが何をしているのか、さっぱり分からなかった。
「あなたが心配だから付いてきたんだってさ」
平然とした声で彼女は私に言った。
「え? その子が言ったの? よく分かったね…?」
「うん。そうそう。いても立ってもいられなくなって、ついついここまで走って来ちゃったんだって
さ」
私は、始めはフレアーが、ただメリッサの表情を見て、あくまで憶測で解釈していたのかと思
っていた。だが、どうも違うようだ。
「もしかして、あなた…? 動物と会話できるの…?」
まさかとは思っていた。しかし正直の所、私はフレアーのような魔法使い一族の事を何も知ら
なかった。
「まあ、正確には会話って、言わないよ。ただ、ほら、精霊と心を通じ合わせるのと同じ事だよ
…、声じゃあなくて、心で会話するの」
「じゃあ、もちろん、馬が何を言いたいかも分かるの…?」
「だから、今言った通りじゃあない」
フレアーは、一見するとただの童女のようにしか見えない。そして、私自身も、彼女にそうして
接してきた。だが、彼女には、どこか、神秘的で、私達人間には理解し難い面も多く持ってい
る。丁度、エルフと同じような神秘さを持っている彼女は、私達とは違う存在なのだと、改めて
思う。
「君の馬か…、ここまで来たのか…?」
城の入り口からロベルトが歩いてきて、突然私達に話しかけてきた。彼は祝賀会場にいたは
ずだったので、突然呼び掛けられて私はびっくりした。
「え? あ、はい。そう見たいなんです…」
「大切にしておくんだ。君にとって非常に大切な馬さ」
私達の方に歩み寄ってきた彼は、私に突然、そのような事を言った。
「大切って…」
「友達…、なんだろ…?」
「ええ、まあ…」
彼に私の馬、メリッサの事を言われた事は一度も無かった。この時は、私も彼の言葉通りに
受け取ってしまったが、彼は必要以上の事は喋らない。何か重要な意味を持っていたのだ。
「いくら祭り騒ぎとはいえ、まだ終わったわけではない。『ディオクレアヌ』はあの程度の事では
諦めないだろう。騎士団はすぐに《リベルタ・ドール》へと向かい、王都の奪還作戦を行うはず
だ」
「正直、分かりません。何で、あなたはそんなに色々な事を知っているのですか?」
「今のはただの憶測さ。誰でもできる」
「いえ、違います。あらゆる事です。あなたは本当に色々な事を既に知っているとしか思えない
んです」
私がそう言っても、ロベルトは特に表情を変えるような様子は見せなかった。それに、何らか
の感情を見せるような事もしない。私がそう尋ねる事を、すでに知っているかのようでもあっ
た。
「そろそろ、話してもいい頃かもしれない…」
「えッ…?」
それは、今まで頑なに自分の事を喋らないで来た彼にしては、珍しい言葉だった。
「まあ、全てを話すわけにはいかんが…」
「構いません。話して下さい」
「あたしも聞いちゃっていいの?」
すぐ側にいたフレアーが言ってくる。
「それよりも、君の馬を馬舎に入れてから話そうか…」
「あ…」
言われて見れば、私の馬、メリッサをまだ外に出しっぱなしだったのだ。
メリッサを、他の馬と共に開いている馬舎に入れた後、私とフレアーは、人気の無い裏庭でロ
バートの話を聞くことにした。
「別に聞いても構わないが、君にとって徳になるような話ではないぞ」
彼は私についてきたフレアーに対してそう言った。
「いいから話してよ。徳になるかならないかは、話を聞いてから決めるもん」
子供のような無邪気さでフレアーはそう言った。
「そうか。では話そう…」
ロベルトは私達には背を向けたまま話し始めた。
「君達に故郷があるように、私にももちろん故郷というものはある。ここからは遠く離れた、とて
も遠い所にあった」
「あなたはやはり、この辺りの出身ではないんですね…」
「君の察しの通りだ。それで、だ。
そこにいた私達の一族は、とても好奇心が旺盛でな。ありとあらゆる事を知ろうとするんだ。
我々にとってはそれが生きがいだったのさ。
様々な発見があった。人の役に立つような事はもちろんあったが、同じくらいの数で、発見し
なければ良かったと思える事や、人を不幸にするような事まで、無数の発見がな。私はそんな
中で生まれ育ったわけだ。
だが、ある時から、我々は、自分達の知っている世界よりも外の世界を知りたくなった。それ
を知る事で、自分達の在り方を再認識できるかと思ったからだ。
やがて、私達は散り散りになり、それぞれが、思い思いの所へと旅立つようになった。もは
や、共通の故郷も無い、とにかく遠くへと旅をするようにな」
「それで…、あなたはこの西域諸国へと来たんですか…?」
「そういう事さ」
ロベルトは振り返って答えた。
「あなたの故郷って…?」
「自分でも良く覚えていないし、帰る事もできないかもしれない。それだけ遠くにあるのさ」
彼は至って真剣に話をしているようだったが、やがてフレアーが、面白い事を吹き出すかの
ように言い出すのだった。
「あっはは! おじさん。あたし達をからかっているの? それって、『アンジェロ』の話だよね
え?」
「え? 『アンジェロ』…、そう言えば、そんな話、聞いた事があるような、無いような…」
確かに私自身も、『アンジェロ』という言葉と、それに関する話を聞いた覚えがある。ただ、子
供の時に聞いただけだったようで、あまり覚えていなかったが。
「子供の御ばなしだよ! お、と、ぎ、ば、な、し。『アンジェロ』さん達は、あたし達の文明よりも
以前に高度な文明を築いていた種族なんだけど、自分達の力を過信するあまり戦争をして数
を減らしてしまいました。生き残った『アンジェロ』さん達は改心し、自分達の後に、この世界を
担っていく種族を作りました。それが、エルフや人間とか何だってさ。そして、『アンジェロ』さん
達は、今でも私達を見守っていて下さります。
でも、まさかそんな事、本気で言っているの? だって、自分は神様だって言っているようなも
のなんだよ。それに、もしそうだったとしてもさ、あなた今、一体何歳だって言うの?」
半分笑いながら言って来るフレアーを見ても、ロベルトは別段表情を変えなかった。口調もい
つものものと変わらない。
「そう思いたければ、そう思えばいいさ。別に信じてもらえなくても構わん。ただ、伝承の中にも
真実はある」
「ああー! 最初っから、そう言ってはぐらかすつもりだったんでしょ!? もう! 子供扱いし
ないでよッ!」
だが、私はロベルトの話をフレアーのようには思わなかった。彼は、事実しか語らない人間だ
ったし、何より話している時の彼の表情からしても、とてもおとぎ話を話しているようには見えな
かったからだ。
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23.光の旧都
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ある少女の出会いから、大陸規模の内戦まで展開するファンタジー小説です。一難去った後、とある砦まで戻って来た主人公達が描かれます。 | ||
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