不思議的乙女少女と現実的乙女少女の日常 『嘘とそれ以外 3』 |
「リコさんはいらっしゃらなかったんですの?」
「んー、なんかね、用事あるんだってさぁ。付き合い悪いよねぃ」
エリーの問いかけに、良く知らないんだけどねぃ、とヤカは答えた。
ここは花刻家、エリーザの私室。無駄に広大な花刻家の、少しばかり常識を逸脱した規模の、しかし、その敷地と比較すると余りにも小規模な屋敷。その一室。
数日前に訪れたばかりのその場所に…………友人の家なのだから、何時訪れても構わないのだろうが、家が大き過ぎて躊躇いが有るのだった…………ヤカは再び訪れていた。
ヤカはエリーのお見舞いに来たのだった。『体調不良で欠席』という報を受けたのは今朝の事で、それは教師からホームルーム中に語られた。休み時間に詳しく話を聞こうとしたのだが、教師も詳しくは知らないらしかった。ただ、特に悪い訳でも無いらしいという話だったので、その場は安心したのだった。だが、昔は体が弱かったという事なので、どうにも心配になり、ここまで足を運んだのだった。メールや電話で直接的に連絡を取ろうともしたのだが、どうもヤカが訪れる少し前まで寝ていたらしく、携帯電話を放置していたらしい。もちろん、花刻家の屋敷には事前に連絡を入れていたので(そもそも、そうしないと門前払いになる可能性が高い)、エリーの状態についてはある程度理解していたのだったが。
リコも誘ったが、どうやら用事が有る様で、断られた。謝っておいてと言われたが、そんな事を言えば、逆にエリーに気を遣わせかねない。と、いう事で、無駄な話は省いて、リコは事実だけを伝える事にした。もちろん、それだけでエリーが好意的な解釈をするだろうと知っているからだ。エリーは友人を悪く思う人間では無い。そう信用しているからだし、事実そうだった。
「本当は登校するつもりだったんですのよ? でも、久遠がどうしてもっていうから、仕方なく休んだんですの」
天蓋付きの、無駄に豪華なベッドに…………数日前、3人で仲良く就寝した…………それほど病人の様にも見えない様子で、エリーは半身を起こしていた。
言葉通り、確かに悪そうには見えなかった。熱も無いというし、少し気だるそうにしているだけで、他に変わった様子は無いように感じられた。
ヤカは一度、親友が死に近づく様子を目の当たりにしている。中学時代の、遠足での事だった。なので、本当に悪い…………死を感じさせる顔色というものは、何と無くだが、理解できるような気がしていた。もちろん、何の根拠も無いのだし、専門家が聞けば鼻で笑われるか、あるいは相手にされないだろうが。だが、それでも自分を安心させる材料にはなる。
と、いう訳で、ヤカは胸を撫で下ろした。本当にホッとしたのだった。数日前、この部屋から続いているテラスで、『長生きしよう』と言ったのを思い出したのだ。時期など関係ないが、言った数日後に、命に関わる様な事が起こるのは、いくらなんでも止めて欲しい。
エリーも同じ事を思い出していたのだろう。少し笑っていた。
「…………紅茶、飲むかぃ?」
その時の事を思い出すと、急に紅茶を飲みたくなってきた。ただ、喉が渇いただけかもしれないが。
エリーは少しの間きょとんとしていたが、目を細めて、柔らかく微笑んだ。
「ええ、お願いしますわ」
勝手知ったる…………という程では無いが、紅茶の場所くらいなら覚えている。メイドの久遠に淹れさせれば良いものを、どうもエリーは自分でやりたいらしく、部屋に器具や茶葉の全てを保管している。棚に整然と保管されたそれらも、エリーが管理しているらしい。性格がとても良く出ている。
テラスへ通じる大きな窓の、すぐ横のクラシカルで値段の張りそうな棚。
棚の前に立つと、テラスから差し込む日の光が目を刺激した。
大きな空を見上げ、雲1つ無い晴天の世界。
この空の下、幼馴染のアイツは何の用事で何処へ行っているのかと、ふと気になった。
その幼馴染である所のリコは、常識で考えれば、ちょっと、いや、かなり有り得ない状況に居た。異常という2文字と、その言葉の持つ意味を辞書から削除したとしても、その状況を体験した事で『異常』という言葉を再構築してしまわざるを得ないほどに、有り得なかった。
凄惨を極める。
その言葉が十分に当てはまって有り余るほどの状況。リコの目の前に広がっているのは、そういうものだった。
往来絶え間ない駅前の噴水広場。栄えているとは言えないまでも、人の数は多い。
その場に居る人の数は、パッと見たとしても、100を越えているのだろう。
老若男女、様々な人々。もしかしたら、外国人も居るのかもしれない。
その全てが。
頭を地に落としていた。
両足の関節が逆側に折れ曲がり、膝を付いていた。
両腕の関節が逆側に折れ曲がり、肘を付いていた。
そして出血は無く。
異様な姿を晒したまま、異常な姿を晒したまま、見る物に激しい嘔吐感を抱かせる格好で、しかし、普通に動いていた。
日常、彼らが取る行動に則していた。即ち、動き、呼吸し、食し、飲み、話す。
恐ろしいことに、おぞましい事に、駅前の広場には喧騒が保たれていた。首から離れてしまった頭が、出来の悪い人形以下の、だからこそ出来の良い人形以上の不気味さで動き回るそれらに、ゴロゴロと付いて周り、日常会話を垂れ流していた。
今度は、老人の頭が落ちた先ほどの様に、一瞬で何もかも元通りにならなかった。
すでにこの状態になって、数十秒が経過していた。
とはいえ、妙に時間の概念が曖昧だった。本当に数十秒しか経過していないのか、あるいは数秒も経過していないのか。緊張で頭が混乱しているのだろうか。
この光景を硬直して眺めていたリコは、この異常な世界を眺めていたリコは、眼の前のそれらに生理的な嫌悪感や吐き気を催しつつも、しかし、心の芯は意外と冷静だった。それこそが最も異常な意外さだったが、今はとりあえず無視しておく事にした。
眼の前の光景に眼を逸らすのでは無く、しっかりとした意思で、リコは振り返った。
ポニーテールにやさぐれた瞳。高校の制服をだらしなく着用して、下着が見えそうになるくらいの角度でベンチに座って。
ミーコは、リコの中学時代の頼りになる先輩は、確かにそこに居た。
彼女にも確かに見えているであろう、凄惨な光景などは、意に介していない。変わらぬ日常の風景とすら言いたげな気楽ささえ感じられた。
「…………先輩がやったんですか?」
「何を? って、もう少しからかいたい所だけども…………まあ、あんまり焦らしても仕様が無いわな」
気だるそうに認めて、私がやったけれども、何か? と言いたげに、ミーコは胸を張っていた。
「幻覚…………なんですよね、きっと」
「ああ、まあ、そうだな」
良く分かったな、おりこうさん。そう言って、ミーコは笑みを深めた。褒められているのかなんなのか。貶されてはいないだろうが、本気で褒められても居ないような、そんな感じ。
だからこそ、敢えて確かめざるを得なかった。
「嘘じゃ…………無くて、ですよね?」
「ん…………ああ、はっはっは!」
先程のやりとりを思い出したのか…………仮に忘れていたとしたら、先輩と言えども病院へ行く事を真剣に訴えざるを得ないが…………手をひらひらと振って、
「これが嘘かどうかなんて、本当にどうでも良い事だからね。本当に。それに実を言うと、嘘は嫌いなんだよ、私は」
それこそ、どうしようも無く嘘っぽく聞こえてしまうような主張を堂々と宣言しつつ、ミーコはさらに言葉を繋げた。
「『夢幻世界』。夢と幻を行きつ戻りつ。私の持つ、異能力だよ」
言葉と共に、周囲の光景は更に変化していく。
悪い方向に変化していく。
不自然な四足歩行で日常会話を非日常的に行っていた駅前の人々が、悪い方向に変化していく。
肘関節が逆方向に折れ曲がり、開放骨折を起こしていた彼らの腕が、突如、更に力を無くして両肩を地面に付けた。肩の関節が力任せに捻じ切れたような形で皮膚を突き破ったためだ。力の入りようが無くて、当然だ。力の入れようが無いのだから。
そして、彼らは当然の自然さで不自然に踊る。
無い頭を鶏の様に振りながら、骨の露出した肩と折れ曲がった膝で、地面を醜く踊り始めた。踊りの様に、見えたのだ。世界の何処にも存在してはならない踊りだが。
ともあれ、恐ろしく趣味の悪い幻覚だが、これが現実で無くて良かったと、心底安心した。あの、もはや人間の原型を留めないほどの肉塊とかして蠢く彼らが、実際にあの様な姿になっていたとしたら、これは全く恐ろしい。
「…………異能力?」
その光景に、喉の奥、胃の中心で熱い物を感じたリコだったが、何とか耐える。耐えながら、搾り出すように問う。
「まあ、超能力やら奇跡やら、どんな言葉で呼んでも良いと思うけども、私たちはそう呼んでる」
重要なのは現象で、呼び名なんて、本当の所なんでも良いのだと、続けた。
「…………先輩って、何となく、変な人だと思ってました。いや、そんな、眼で視ないでくださいよ。性格的な事を言ってるんじゃ無いですよ? ただ、そう。なんというか…………」
中学時代から覚えていた、何となくの違和感。
具体的な現象が起こっているのを見た…………という事では無く、その人間自体に付随する、雰囲気としての違和感。普通の人間では無い様な、そんな異質感。
その正体はこういう事だったわけだ。
ミーコはどうやら…………いや、やはりと言うべきか。訳のわからない世界に所属する人間だったらしい。
説明 | ||
凄い久しぶりの投稿ですが、モチベーションは下がっていなかったり。でも、話自体は全く進んでなかったり。これからはほんとに更新頻度を上げていきたい。 | ||
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