真説・恋姫演義 〜北朝伝〜 第四章・第三幕
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 大陸最北の地、幽州。

 

 かの劉備玄徳が、関羽・張飛の二人と桃園の誓いを交わした事で、よく知られているこの土地。黄巾の乱が起きるまで、この地を治めていたのは、劉備と同じく、漢に連なる血筋の劉虞という人物だった。

 

 だが、その乱の最中、劉虞は黄巾の者たちによって討ち取られ、一時は州の半分以上を、黄巾賊がその支配下に置いた。しかしその後、劉備姉妹率いる義勇軍を従えた、北平太守公孫賛の手によって、黄巾賊は幽州の地から追い払われた。そして、その功を以って公孫賛は幽州の新たな牧となり、現在に至っている。

 

 その公孫賛の居城である北平城に、その日、三万の蒼い軍勢が姿を見せた。一刀率いる冀州軍である。従軍するは徐庶に李儒、そして姜維の三人。先頭にて彼らを誘導する単経は、ここに至るまでのその道程の中、あることを痛感していた。

 

 それは、冀州軍の、その軍団としての練度。

 

 一糸乱れぬ行軍、というのは、この事を言うのだろうと、彼女は心底感心した。まるで、すべての兵が、互いに意識を通じ合っているかのような、その見事なまでに合一した呼吸。歩を進めるその足も、完全に同一のタイミングで、一歩一歩を確実に動かしている。

 

 ここまでになるほどには、一体どれぐらいの調練を課せばいいのだろうか。

 

 彼女は改めて、冀州の軍−いや、正確には北郷一刀と言う人間に、深い興味をもった。……しかし、少しでも彼と親しくなろうとして近づくと、すぐにどこからとも無く徐庶が現れ、「一刀さん?ちょっとオハナシが」と、背に”何か”を背負ったものすごい笑顔で言い、一刀を連れて何処かへといってしまうのであった。

 

 結局、単経は一刀に、まともに近づくことすら出来ないまま、北平の地に戻ってきたのであった。

 

 

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 「北郷、久しぶりだ。今回は、わざわざ足を運んでもらって、すまないな」

 

 「いえ、お気になさらず。けど本当にお久しぶりです。……いつかの連合戦以来、ですね」

 

 謁見の間にその姿を現した一刀に、笑顔で語りかける公孫賛と、それに同じく笑顔で答える一刀。

 

 「そうか、もうそんなに経つんだな。……美音、お前も使者の任、ご苦労だったな。よく、務めを果たしてくれた。礼を言うぞ」

 

 「……白蓮はん。その前に、うちからお話しておきたいことがあります」

 

 「?何だ?」

 

 主から労いと礼の言葉をかけられると、単経はその場に膝を着き、頭を下げて、自身の犯した過ちを語り始めた。つまり、一刀を試すために、主である公孫賛の真意を隠し、限りなく嘘に近い援軍要請をしたことを。

 

 「……本当なのか?北郷」

 

 「……ええ。けど、単経さんはもう十分に反省していますし、俺たちも気にはしていませんから、出来れば穏便に済ませてあげて欲しいんですが」

 

 「……北郷はん?弁護はありがたい事どすが、これは白蓮はんの臣下であるうちとしての、いわばけじめにおます。……白蓮はん、うちからの釈明はありまへん。どうか好きに、お裁きくだはれ」

 

 自分を弁護した一刀に礼を述べつつも、公孫賛の臣下として、罪へのけじめはつけたいと、単経は主君に対し、改めて自身への裁きを求める。その彼女に公孫賛はそっと近づき、単経の肩に手を置いてこう言った。

 

 「……確かに、使者として赴いた公式の場で嘘をついたのは、絶対に褒められるものじゃあない。……だが、さっき北郷も言ったが、お前はもう、十分に反省しているのだろう?なら、今後は二度と、同じ事をしないと誓えば、私はもう何も言わん。……どうだ、美音?約束、出来るか?」

 

 「白蓮はん……はい!……はい!……お約束、いたします……!!」

 

 主のその慈悲の言葉に、ただただ、涙を流して答える単経。そして、そんな君臣をほほえましく見つめる、一同であった。

 

 

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 「……美音の事については、私からも改めて謝罪を言わせてもらうよ、北郷。……その上で言うのもなんだが、改めて、北郷一刀どの。われわれと、手を組んでもらえるだろうか?」

 

 「ええ。勿論、そのつもりでここに来たんですから。公孫賛さんこそ良いんですね?俺たちは今、逆賊の身になってます。……そんな俺たちと手を組めば」

 

 「私たちも、逆賊呼ばわりされかねない、か?ふ、気にすることは無いさ。……私は、民のために良いと思ったほうを選んだだけだ。迷いは、無い」

 

 無言のまま、暫し互いの目を見合わせる二人。そして、

 

 「……一刀よ、どうやら、良き盟友が出来たようだな?」

 

 「……ああ」

 

 李儒の一言をきっかけに、その顔に笑顔を浮かべる一刀と公孫賛。

 

 「なら、改めて。……わが名は公孫賛、字は伯珪。真名は白蓮だ。盟の証……になるかはわからんが、この真名、北郷に預けたいと思う。受け取ってもらえるだろうか?」

 

 「勿論。……けど、俺は真名を持ってないから、一刀と、これからはそう呼んで欲しい。……よろしく頼みます、白蓮さん」

 

 「呼び捨てで良い。後、敬語もな。……美音、お前はどうする?」

 

 いまだ跪いて泣き続けている単経に、その手を貸して立たせつつ、公孫賛がそう問いかける。無論、真名を預けるのかどうかという意味である。

 

 「ええ。もちろん、北郷様がよろしければ、うちも真名をお預けしとう思います。うちの真名は美音。ぜひに、お受け取りくんなまし」

 

 「わかりました。……よろしく、美音さん」

 

 

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 「ところで一刀?軍議の前に、一つだけ聞いておきたいんだが、その、仮面の娘は何者だ?徐庶と姜維は私も覚えているが」

 

 「ああ。……そうですね。同盟をしたんだし、貴女にも教えておいたほうが何かと良いかもね。……構わないかい?命」

 

 「妾は構わん。……じゃが、腰だけは抜かさんといてくれよ?伯珪」

 

 『??』

 

 一刀と李儒の会話の意味が理解できず、公孫賛と単経はその首をひねる。そして、仮面を外した李儒の顔を見た瞬間、公孫賛はぺたり、と。腰を抜かして床に座り込んだ。

 

 「……こ、ここっ、ここっこっ!!」

 

 「ど、どないしはりましたん!?白蓮はん?!そんな、鶏やあるまいし。……この人が、どうかしはりましたんか?」

 

 「あ、貴女はまさか、しょ、少帝陛下!?「…え゛?」……お、おい一刀!?」

 

 こく、と。

 

 顔を真っ青にして問いかけてきた公孫賛に、無言のままうなずいてみせる一刀。

 

 「な、亡くなったのでは無かったのですか?!……まさか、ゆーれいなんて事は」

 

 「このとおり足もちゃんとあるぞ?公孫伯珪。……久方ぶりじゃの」

 

 「は、ははっ!お、お久しぶりに御座います!!まさか、まさか生きておいでだったとは……!!」

 

 公孫賛と単経は、二人そろって慌てて床に平伏する。死んだと言われていた先の帝−李儒こと劉弁が生きていた。それは公孫賛にとってもとても嬉しいことであった。先の連合戦のおり、一度だけ会った劉弁の皇帝としての器に、彼女は大いに感服した。そしてこの人物ならば、間違いなく漢を、大陸を、そして民たちを良き道へと導いてくれると。公孫賛はそう確信した。

 

 だからこそ、その劉弁が死んだと聞かされたときには、彼女の失望感はそれは大きなものだった。しかし、その少帝が今、生きてこうして自分の目の前にいる。彼女はそれが嬉しくて仕方なった。……だからこそ、こんな疑問が、彼女の口を付いて出た。

 

 

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 「ご存命であられたことは、漢の臣としてまこと喜ばしいことにございます。ですが、それならば何故、ご自身の生存を世にお告げにならないのですか?そうすれば」

 

 「……早急に、世の乱れを正せるのではないかと、そう申すのだな?」

 

 「はい」

 

 す、と。公孫賛の問いを聞いた李儒は、再びその顔に面をつけ直し、その場から一歩後ろに下がった。

 

 「……陛下?」

 

 「ここに居りますのは、李儒、という名の一介の将で御座います。……死んだ亡者が世になど出てみなされ。……混乱はさらに大きく、膨れ上がることになりかねませんぞ?」

 

 そう前置いてから、李儒は自分が生きていることを隠すことにした理由を、公孫賛に語って聞かせた。都に残した妹のこと。各地の諸侯のこと。大陸と、民の現状。それらを総合して熟慮した上で出した、自身の結論を。

 

 「……」

 

 公孫賛はただ静かに、李儒のその言葉を聴いていた。頭では、確かに彼女の話も理解はできる。だが、感情としてそれを拒んでいる自分がいるのも、また確かである。

 

 そこに、一刀がするりと、口を挟んできた。

 

 「……なあ、白蓮。命の気持ち、理解してやってくれないかい?……彼女も十分に悩んだ末、今の立場を選択したんだ。過去の自分をすべて捨てて、民のためになると信じた自分の道を、さ。……駄目、かい?」

 

 「……はあ。……わかった。もう、これについてはこれ以上何も言わない。私は今日、ここで何も見なかった。何も聞かなかった。……それでいいんだな?」

 

 「……感謝いたしますぞ。公孫伯珪どの」

 

 不承不承、もしくはやれやれといった感じで、公孫賛は頭をかきつつ引き下がった。先の台詞を語る李儒の瞳には、一点の迷いも感じられなかった。見て取れたのは、決して曲がることのない強い意思。加えて、一刀の李儒を擁護したその言葉が、それをさらに強調した。

 

 もうそれ以上、公孫賛は何も言えなかった。

 

 

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 「それじゃあ、気を取り直して、だ。烏丸に対するこっちの対策なんだが」

 

 「美音さんから、それについてはある程度聞いてるよ。俺たちが并州の匈奴をけん制している間に、白蓮たちが直接、烏丸の地に攻め入るってことは」

 

 「それなら話が早い。お前たちが連れてきた三万、そいつでもっていくらか時間を稼いでいてほしい。その間に私たちは「ちょっと待ってくれ」……え?」

 

 自身の方針−一刀たちに背後の憂いを防いでもらって、その間に烏丸へ攻勢をしかけるという、その内容を語りだした公孫賛を、一刀が話の途中でその言葉をさえぎる。

 

 「それについてなんだけどさ、烏丸への攻勢には、俺たちが連れてきた三万も、そっちの戦力として使ってほしいんだ」

 

 「お、おい!それじゃあ、匈奴への牽制ができないじゃないか。……あ、もしかして、?の戦力をそっちに当てるつもりなのか?」

 

 一刀の本拠地である?の城には、華雄と賈駆が先に送った五万をあわせた、総勢六万の兵で待機をしている。まあ、そのうち即戦力になるのは一万ほどだけであるが、牽制程度ならばその程度でも十分可能ではある。だが、一刀の答えは公孫賛の考えを、はるかに飛び越えたものだった。

 

 「……いや。匈奴の連中のところには、兵は一人も連れて行かない。俺と輝里、それと由の三人だけで乗り込む予定だよ」

 

 ほんとは一人で乗りこむ気だったんだけど、と。そう事も無げに、笑顔でそんなことを一刀がのたまう。で、それを聞いた公孫賛の反応は、至極当然、こうなるわけで。

 

 「ぶっ!?おま、冗談も寄せ!いくらなんでも無謀すぎる!徐庶!姜維!それに李儒殿!この馬鹿、何とか止めらんないのかよ!?」

 

 「いや、あの、馬鹿って」

 

 一刀の対匈奴の手段。それを聞いて思わず一刀を馬鹿呼ばわりし、徐庶たちに自分たちの主君を諌めろという公孫賛。だったのだが。

 

 「……私たちも、散々、止めたんですよ?いくらなんでも馬鹿な選択にも程がありますよって」

 

 「輝里まで……」

 

 「馬鹿は馬鹿やん。十万以上の異民族が跋扈してるところに、たった一人で乗りこむっちゅうやもん。……馬鹿って言う以外なんて言うねん」

 

 「……あう」

 

 「ま、こやつの馬鹿は今に始まったことじゃないがの。……それに、一応、妾たちも納得する手段を出してもおるし……まあ、それでも、こやつ以外では、多分出来んことだとは思うが」

 

 「だから仕方なく、私と由が同行するのを条件に、一刀さんの馬鹿な策を認めんたんです」

 

 と、徐庶が嫌味たっぷりな言葉とともに、一刀をじっと見る。

 

 「……そりゃ、無茶なのは分かってるけどさ、何もそんなに馬鹿馬鹿連呼しなくても」

 

 『……何か間違ってるとでも?』

 

 「………………ませんです、はい」

 

 三人からジト目を向けられ、何も言い返せずに縮こまる一刀。

 

 

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 「しかしなあ。いくら策があるといっても、一国の主が敵地にほいほい乗り込むってのは、あまりにも危険すぎるぞ?……もしも何かあったときは、いったいどうする気なんだ?」

 

 「大丈夫さ。……主君としての器を持ってる人間なら、ここにもう一人いるからね。俺に何かあったら、後を全部任せられる人が。……な?白蓮?」

 

 「な?!……そ、それって」

 

 そう。一刀はそれを確信していた。……先ほどの単経への裁き、そして、自分たちとの同盟を組むことに対するその覚悟。加えて、今までの彼女の統治能力を判断すれば、”それ”は十分に不可能ではない、と。

 

 「……それに、俺はまだ死ぬ気は無いからね。やらなきゃいけないことは、まだまだ山積みなんだ。……少し高い山くらいで、この足を止めてなんかいられないさ」

 

 「っ!」

 

 少し高い山。

 

 一刀にとっては、匈奴や烏丸などの、あの五胡の者たちすら、その位のものでしかないというのか。あくまでも、彼らは通過点でしかないというのか。公孫賛は、一刀のその器の一端を、ようやく少しだけ覗けたような気がした。……あまりにも、大きすぎるその器の。

 

 身震いを感じた。

 

 それは、いつだか初めて、先の皇帝である少帝の前に出たときに感じたもの。−いや、それ以上のものかもしれなかった。

 

 「……わかった。なら、三万の冀州兵、確かに預からせてもらう。指揮は、李儒どのに任せればいいんだな?」

 

 「うむ。……本当なら、妾も一刀に付いて行きたかったが、個人としての武を持たぬ妾では、お荷物の足手まといにしかなんからの。伯珪どの、しばしの間、よろしく頼みますぞ?」

 

 「ああ、こちらこそ」

 

 握手を交わし、互いに笑顔を向ける公孫賛と李儒。そして、軍議がまさに終わろうとした、そのときであった。

 

 バタンッ!!

 

 『!?』

 

 突然謁見の間の扉が開かれ、そこに一人の女性が飛び込んできた。

 

 「姉貴!敵だ!また烏丸のやつらが来たぞ!」

 

 「何だと?!水蓮、向こうの数は?!」

 

 「それが、わずか五千足らずってところだ。……それに、様子が少し、変らしい」

 

 公孫賛の問いに答えたその女性−公孫越が、少しだけ眉をひそめて、その報告を始めた。

 

 「様子が変、って。何かあったんどすか?」

 

 「美音か。戻ってたんだな。……いやな、どうやら連中、騎馬を一騎、追いかけて来ているらしいんだ」

 

 「追いかけてる?たった一騎をか?」

 

 烏丸の軍勢から少し先のほうを、一騎の騎馬が先導するような形で走っているらしい。しかしその走り方は、まるで後方の軍勢から逃れようとしているようだと。公孫越は物見の報告を、ありのままに話した。

 

 

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 「……輝里、みんな、すぐに動けるかな?」

 

 「はい。全軍、疲れも無く待機しています」

 

 「一刀?」

 

 「白蓮、ちょっと出てくるよ。……その騎馬、助けたほうがいいような気がする。……輝里、由、命、行くよ」

 

 『御意!』

 

 たたた、と。公孫賛からの返事を聞くのもそこそこに、一刀たちはその場から足早に駆けていく。

 

 「……なんだ、あいつ?姉貴のこと真名で呼んでやがったけど?」

 

 「あいつが北郷一刀だ。真名はさっき預けた。……って、んなことより私たちも行くぞ、水蓮!その騎馬……対烏丸の、大事な鍵になるかも知れん」

 

 一刀のその表情が、何かを直感したことを物語っていた。それに気づいた公孫賛は、状況の飲み込めていなさそうな妹を急かし、一刀のその後を追った。

 

 そして、北平から少し離れた、遼東郡との郡境にほど近い場所。

 

 「はあ、はあ、はあ。……連中め、本当にしつこい。……じゃが、さすがはわしの育てた連中じゃ。行軍にそつがないのう。……と、そんなこと言うてる場合ではないか。何とかやつらを振り切って、北平に辿り着かねば……!!」

 

 全力で疾駆する馬に跨ったまま、ぶつぶつと独り言を言っているその少女。その十代前半にしか見えないその容姿で、自身の倍はあろうかというその馬を巧みに操り、ただ一目散に西を目指す。そして、郡境となっている小さな川の近くまで来た、その時だった。

 

 どすっ!

 

 ひひいーーーーんっっ!!

 

 「し、しまった!!」

 

 後方から放たれた一本の矢が、少女の乗っていた馬の脚に、見事に突き刺さった。そして、走っていた勢いのまま、前転する形で転倒した。当然、その背に乗っていた少女は、馬から思い切り放り出された。……とっさに取った受身のおかげで、怪我らしい怪我はしなったものの、地に叩きつけられ、そのままごろごろと大地を転がった。

 

 「う、くそ……。わしとしたことが、油断したわい」

 

 転がり続ける自身を何とか止め、ゆっくり立ち上がろうとする。だがそこに、後ろから来ていた軍勢が追いついた。そして、その軍勢の中から、一人の筋骨隆々とした男が歩み出てきた。

 

 

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 「……?頓(とうとん)か。よくもまあ、わしの前に出てこれるものよな。……この裏切り者めが」

 

 ぎろり、と。少女がその軍勢を率いていた男をにらみつけた。

 

 「裏切り者とは心外ですな、単于(ぜんう)?……こうやって民を捨てて、一人逃げ出すものは裏切り者とは言わないとでも?」

 

 「ああ、裏切り者じゃろうな。……じゃが、それもお前に比べればまだまだましなほうじゃ。分けの分からぬ者に踊らされて、一族を真っ二つに割ったお前に比べればの!」

 

 「分けの分からぬ、ということはありますまい。あの者は漢の正式な使者ではありませぬか。……しかも、われらが五胡の全てを掌握できるよう、たんまりと兵や物資を送ってくれたではありませぬか」

 

 「ふん!あやつらの本当の狙いも分かっておらん者が、何を言うのか」

 

 数ヶ月ほど前。

 

 長安の漢帝の使者を名乗るものが、彼女ら烏丸の地を訪れた。大量の、兵士と軍需物資を携えて。その男は張温と名乗り、漢の皇帝の言葉としてこう伝えた。

 

 『これに持ち寄りしは、漢の十四代皇帝たる劉協陛下よりの、心ばかりの品である。雄雄しき烏丸の者たちこそ、五胡の頭領として相応しき者たちである。些少ではあるが、これらの物が烏丸による五胡平定の力添えとなるよう、ここにお送りするものである』

 

 と。

 

 烏丸の単于であった少女は、これを丁重に断ろうとした。内紛を煽るための火種。それが見え見えだったからである。だが、彼女の側近だったこの?頓は、少女の判断に異を唱えた。この好機を逃す手は無いと。

 

 そして、烏丸族は単于派と蹈頓派に分かれ、激しく争った。結果として、敗北したのは単于派だった。

 

 彼女は囚われの身となり、烏丸は?頓の手で指導されることになった。そこまでなら、まだ彼女も何も言わなかったであろう。烏丸の者たち自身の意思で、行動の規範を決めていれば。だが?頓は、さらに漢から送られてきた援助物資に気をよくし、彼らの”依頼”を聞くようになってしまった。

 

 その依頼とは、遼東半島への進出であった。

 

 かの地を占拠し、さらには幽州全域すら、その支配下に組み入れてほしいと。その使者は言い始めた。そして、単于たる彼女は悟った。漢朝は、自分たちを都合のいい手駒にしようとしていると。

 

 もちろん、?頓にもそのことは言って聞かせた。だが、彼はまったく聞く耳を持たず、本気で幽州侵攻を開始した。事ここに至り、彼女は決意を下した。烏丸後を脱出し、かねてより親交のあった幽州の牧、公孫賛を頼ることを。

 

 そして機を見て烏丸の地を飛び出し、あと少しで、公孫賛の居城である北平に辿り着くところまで来た。なのに、後一歩のところで追いつかれてしまった。

 

 

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 「?頓よ。このままあやつらの頼みを聞き続けていれば、いずれわれら烏丸族、ことごとく漢人の手足、いや、奴婢として徹底的に使役されることになるぞ?」

 

 「ふん。そうなる前に、逆に我らが漢を支配してくれるわ。さ、戻っていただきますぞ。貴女にはまだまだ利用価値がありますでな」

 

 ?頓が少女の手を掴もうとした、その時であった。

 

 「将軍!前方に砂塵が!」

 

 「なに?!幽州の連中か!?ちっ、思ったより素早い」

 

 「あ、いえ!旗は公孫ではありません!黒字に白の十字!」

 

 『何だと!?』

 

 少女と?頓が同時に、その口から驚愕の声を上げる。二人のその視界にも、それがはっきりと見えてくる。それは間違いなく、黒字に白い十字が描かれた牙門旗。

 

 「まさか、あの天の御遣いか?!飛将軍と呼ばれし呂奉先と同等の武を持ち、その知略神の如しと噂される、あの?」

 

 「馬鹿な!なぜやつらが幽州にいる!?」

 

 そうしているうちにも、一刀率いる冀州軍三万は、彼らのすぐ近くへと、大地を響かせて押し寄せてくる。

 

 「ちっ!このままじゃ分が悪すぎるか。全軍退くぞ!単于よ、とっとと一緒に来」

 

 「行かせるかいーっ!!」

 

 「うおっ!?」

 

 「せいやあーっ!!」

 

 「くうっ!?」

 

 突然襲ってきた、短刀と両柄の剣を寸手でかわし、少女からわずかにその距離を開ける?頓。さらに―――。

 

 「……北天示現流、残影衝!チェストおおおおっっっ!!」

 

 「ぐおおおおっっっ!?」

 

 その二つの斬撃の一瞬後、?頓の体勢がわずかに崩れたその隙をめがけ、蒼い光がいくつもの影を残しつつ、彼をめがけて突進してくる。?頓はそれを何とか受けきるが、その勢いに押され、大きく後方へと弾き飛ばされた。

 

 「ぐはっ。……おのれ、貴様ら……!!」

 

 「……冀州刺史、北郷一刀。故あって、この娘に助太刀させてもらう」

 

 「その配下、徐元直。……同じく、お相手します」

 

 「同じく、姜伯約や。……うちの影刃(かげば)、味おうてみるか?」

 

 少女の前に立ち、武器を手に?頓をにらみつけ、牽制する一刀、徐庶、姜維の三人。

 

 「……三万対五千か。しかも、戦神と呼ばれる天の御遣いが居ては、尚のこと分が悪すぎる。……単于よ、その身柄、しばしそやつらに預けておきましょう。……全軍!退けーっ!!」

 

 ?頓の指示とともに、烏丸軍はその場から撤退をしていった。そこに、公孫賛と公孫越も、その手勢を率いて合流してきた。

 

 

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 「よかった、みんな、怪我は無いか?」

 

 「せーへんせーへん。ほんな柔とちゃうしな。……で、白連はんはこの人、知ってはるんやろ?紹介してくれへんか?」

 

 と、気軽に公孫賛に問いかける姜維。しかし、

 

 「……いや、私も始めてみる顔だが」

 

 『へ?』

 

 「ほほう。お主が公孫白珪か。そう言えば、文は何度か交わしておるが、実際に会うのは初めてじゃったの。ぬはははは!」

 

 徐庶の手を借り、その場に立ち上がったその少女が、公孫賛の名を聞いて笑いながらそう言った。

 

 「……ちょっと待て。じゃあ、何か?もしかして、お前……が?」

 

 「うむ!……まずは、始めましてと言っておくべきかの」

 

 居住まいを正し、一同へとその視線を送り、少女ははっきりと、自己紹介を始めた。

 

 

 「わが名は丘力居!烏丸の単于である!……以後、よろしく見知りおけ♪にゅははははははっ!」

 

 

 『……………………』

 

 

 衝撃の事実にぼーぜんとする一刀たちをよそに、丘力居のそんな高笑いが、周囲へとこだまするのであった。

 

 

                                  〜続く〜

 

説明
はい、どーもw

四章、三幕目で〜っす!

今回はまたまた新キャラが登場です。敵味方双方に一人づつでございます。

さて、幽州の白蓮のもとに訪れた一刀一行。

そして、一人の少女との巡り合い、です。

それでは。
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コメント
にゅ;;…にゅっ!?ここでは『はわわ』『あわわ』の代わりににゅはなのか(RevolutionT1115)
ロリが多くなってきたな・・・一刀、本気でロリに目覚めそうだな・・・(東方武神)
ゆっきーさま、見た目はロリですよーw中身はばb(自主規制www(狭乃 狼)
霊皇さま、香りが同じ、中身も同じ・・・かな?wクスクス^^。(狭乃 狼)
2828さま、そうですが、何か?^^。(狭乃 狼)
namenwkoさま、ハイ、脇ですwww(狭乃 狼)
くそ・・あれはロリじゃないあれはロリじゃない・・・。・゚゚ '゜(*/□\*) '゜゚゚・。 ウワァーン!!(ゆっきー)
なんか袁家の香りがする・・な・・・(霊皇)
ロリ分補充ですか?www(2828)
なんか男が出てきたな・・・まぁ脇役にしかならんけど(VVV計画の被験者)
mokiti1976−2010さま、どっちも所詮脇役ですw 一刀の方針は変わりませんよ。細かいところはまた次回にて、お送りしますw(狭乃 狼)
?頓も長安の連中も自分が相手を利用しているつもりになっている感じが悪役三下っぽいですね。しかしこの状況でも一刀は直接乗り込むのでしょうか?(mokiti1976-2010)
ロンロンさま、はて〜?何の事やろか〜?うちにはわからんわ〜www(狭乃 狼)
俗にいう合法ロリというやつか?(龍々)
hokuhinさま、そりゃ噂ぐらいは流れるでしょう。交流が全く無い訳ではないですからね。(狭乃 狼)
zestさま、本人たちはそんな事、かけらも思ってないのが、尚性質悪いというw(狭乃 狼)
村主さま、それとはちょーっと、違うんですねーw半分正解、半分はずれ、ぐらいですね。答えは・・・当分内緒です^^。(狭乃 狼)
紫炎さま、いろいろと、ですかwwよしよし、狙い通り(え;^^。(狭乃 狼)
ほわちゃーなマリアさま、はて、何のことやらwww(狭乃 狼)
kabutoさま、そのネタ「桃香譚」でさんざんやりましたからねーw多分(?)やらないと思います。 で、やな予感って、何のことでしょう??(狭乃 狼)
はりまえさま、誘蛾灯www アー、まさにそのとおりかもwww(狭乃 狼)
poyyさま、消える直前の蝋そk・・・じゃないといいですが(狭乃 狼)
よーぜふさま、見た目はちまっ子ですがねww(狭乃 狼)
一刀は異民族まで知られているのか・・・種馬の方じゃなくってよかったなw(hokuhin)
廷臣たち、漢室への忠義と言えば聞こえがいいけど、やってることは売国奴のそれだな。この節操の無さや無定見さは、悪い意味で宮廷政治家的。(zest)
まさかとは思ってましたが・・・今回の異民族襲撃にも一枚噛んでたんですな、あの漢の忠臣(あーほらしー)達w 大方餌ばらまいて「反逆者(この場合一刀)倒せたら多少の犠牲(ハムさん)はどうでもいいやw」な考えでしょうが・・・ そして新キャラの丘カ居・・・ロリなお嬢様系?(村主7)
いろいろと唖然呆然愕然……。(紫炎)
何故か丘力居の笑い方を見て、第二の袁術の誕生だと思い込んでしまったのは自分だけなのか?(ほわちゃーなマリア)
「チェストぉおおおおおおおおお!!」に惚れたで!!このまま「雲〇の太刀」とか「大〇輪」とかやるんですよね?・・・なんだ?いやな予感が・・・・。(kabuto)
殺人スマイルの毒牙にかかる人がまた一人・・・・・まさに誘蛾灯のごとく呼んでるな・・・・(黄昏☆ハリマエ)
白蓮の輝きに涙が出てきたぜ…。(poyy)
おう、まさかのきゅーさん?か なかなか豪快ですなぁ丘力居さんw(よーぜふ)
根黒宅さま、一刀の策がパーは無いです。 やつが小物かは、さて・・・?w(狭乃 狼)
もしかして、これで一刀の策がパーになるのか?今の敵の大将が漢のいいなりっぽいし、何か小者臭ぷんぷんだし。(根黒宅)
nakatakuさま、報告ありがとうございます。すぐに気づいて、直してありますw(狭乃 狼)
4p下から二段目…「利儒」「公孫算」…見間違いかな?でしたらすんません。(nakatak)
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