漆黒の守護者10
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「義勇軍明星は董卓殿に力添えさせていただきます」

 

 洛陽に訪れて月――全員から真名を許された――と会見を行って三日の月日が過ぎた。連合軍が着々と準備を進める中、董卓軍もまた準備を始める。明星も同様に。平原での戦いであれば兵力の差で連合軍が勝利は確実。しかしこちらには洛陽を守る壁、水関と虎狼関がある。籠城に徹すれば勝利の可能性は格段と上がる。だけど、

 

「この戦に勝利したところで意味はない」

 

俺と聖、董卓軍の軍師を務める詠との三人だけで軍議を開いていた。

 

「な、貴方たちは月に負けろというの!?」

 

「そうだ。この戦は勝ったところで再び連合軍は団結して攻めてくる。それこそ今回のように各国の野望を捨ててまでだ。月の風評を謀でさらに悪化が進むだろう。そうすれば完全に逃げれる機会を失う。お前たちには苦しいだろうが、察してくれ」

 

おそらく詠も薄々と気づいていたのだろう、食いしばるように歯をかんでいる。

 

「その後はどうしたらいいの? 私たちには帰る場所がないのよ!」

 

「俺たちが匿うさ。義勇軍なだけに他国からの警戒は薄い。例え月の存在がばれたとしても、売ったりはしない。信用できる長い付き合いではないが、今は信じてくれとしかいえないがな」

 

詠は黙り込む。頭の中で模索をしているのだろう。他に最善の方法はないのか、俺たちを信じていいのか、あらゆる事が詠の頭を混乱させている。その時、

 

「詠ちゃん、翡翠さんたちを信じましょう」

 

「月……わかったわ。翡翠、貴方に私たちの命を授けるわ」

 

「了解した」

 

月を含めた四人で握手を交わし、永遠の契りをちぎった。

 

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 濃紺の空、星が一面に広がる夜空の下で決戦前夜の宴が広げられた。屋内ではなく屋外での宴は風流に包まれる。火照った体を夜風が冷まさせてくれる。明日、生きて帰れる保証のない激しい戦争が待ち受けている。各自はそのことを知り、今だけでも恐怖を和らげようと酒に浸る。それでも明日に影響を及ばすほどの泥酔に至らないのは、兵士としての本能だろうか。

 宴として開催されていたのはほんの一刻程度。その後は個々の時間を与えた。

愛する家族と一夜を楽しむ者。

愛すべき妻へ最後となるやもしれない愛情を注ぐ者。

将来を約束した恋人に思いを告げる者。

長年共に剣を振るい続けてきた戦友との酒。

この世に馳せる強い思いがそれぞれの一点に注がれ、明日へと誘う。明日で尽きるかもしれない一筋の不安を払拭させる為に。最後になるかもしれない信愛なる者の笑顔を脳裏に焼き付ける為に。そして命を懸けてまで守りとうそうとする家族、君主、友人の為に我らは明日へと歩み出す。

 

「ご一緒してもよろしいですか、月殿」

 

満月を眺めながら酒を口にする月の隣に座る。夜風で届けられる酒の臭いと甘い香りが融合して鼻を刺激する。

 

「どうぞ」

 

月は杯に酌してくれる。続けて俺も月の杯に酒を酌する。そしてただ満月を眺める。月光が酒を輝かせ水面に二人の顔を映す。

 

「では、乾杯」

 

「乾杯です」

 

互いの杯を打ち鳴らし、それぞれの口に添える。程よい苦みと甘味が体にしみこんでいくのが手の取るようにわかる。そして長い沈黙の空間ができる。息苦しさを感じさせない沈黙だけに悪くない。ただ杯を交えるだけの前夜も一興。されど今は何か話をしたい気分な俺は、何か話題となる事を探し、眼前に聳え立つ木が目に入った。

 

「あの木はなんと?」

 

「東洋の国にある木で桜といいます。昔に商人が苗木を送られてきまして、今はあそこまで成長したんです」

 

鮮やかな白桃色の花弁は月光により神秘な輝きを放ち、夜風に揺らされながら濃紺の空間をたゆたう。それは彷徨う放浪者のように空間を彷徨い、憑代を見つけたかのように杯の中へと吸い込まれていった。酒に身を委ねる花弁は波に揺られるように静かに動く。月見と花見を同時に味わえるこの瞬間は祝福のひと時であろう。

 

「桜ですか。綺麗な花を咲かせる」

 

「はい。だから私も詠ちゃんもこの木が好きなんです。でも今回の戦でこの木もどうなるのかわからないんですね………」

 

親友と大切に育てた大事な木を失うことに月は悲しむ。

 

「植物は人と違い強い生き物です。信じましょう、桜の生命力に」

 

「……はい」

 

あまり気の利いた慰めの言葉ではなかったが、月は納得してくれて互いに笑顔を浮かべた。

 

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「これで明日を迎えるだけじゃな」

宴の席を一足に退席していた聖は明日の戦の見直しをしていた。軍師として翡翠の主としてぬかりのない指揮を執ることこそが軍師の役目。だからか、そこに月の軍師である詠も訪れた。

 

「軍師同士、考えることは一緒のようね」

 

「じゃな。もしこの作戦でさらに苦戦を強いられるのであったとき、それこそ我らの力の見せどころ」

 

戦場の外で組み上げた戦術はあくまで仮定の域を脱することのできない理想の範疇。戦場とは予想外の出来事が起こる場所。軍師とはその場で臨機応変に対処し、最善の策を作り上げる。そして成功させること。それこそが軍師。

 

「なら一杯どう?」

 

詠は酒瓶を片手に誘う。聖は微かに口を釣り上げて笑みをこぼした。

 

「そうじゃな。今夜ぐらいは飲み明かそうか」

 

されど程よい酔いでお開きにするのもまた軍師の役目と心得る二人に明日への影響は一切にしてない。

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 愛馬に背中を預けて一人酒に浸る枢。翡翠との出会う前までは一人だった彼女はこの時間が好きだった。だけど最近では大所帯で飲む酒も悪くないと思い始めていた。それはおそらく、

 

「こんな所にいたのかよ、枢」

 

前方から酒瓶を持ちながら近づいてくる壬が原因である。二人は似た境遇の持ち主。幼き頃に両親と邑を無くし天涯孤独の人生を送ってきた。それだけに心惹かれるものがあったのだろう。

 

「飲みすぎるなよ。明日は大事な戦なのだから」

 

「相変わらず堅いね。俺が今までに酒で迷惑をかけたことがあるか?」

 

「ありすぎて困るな」

 

枢は苦笑をこぼして壬を隣へと誘った。そして杯に酒を注ぐ。壬も同様に。そして静寂の中、二人はただ酒を口にして夜風の余韻に浸る。

 

「……いよいよ明日だな」

 

沈黙を破るように壬は口にした。

 

「……えぇ」

 

「怖いのか?」

 

「今回の戦だけはこれまでとは違うから。どうしても体が震えてしまう」

 

月光だけで分かりにくいが枢の全身は微かに震えていた。その姿を見て壬は声をかけようとするが、口が動かない。今まで一人で生き、仲間を得たのもほんの最近。簡単には言葉が浮かんでこなかった。

 

「ふふ、安心しろ、の一言もかけられないのか?」

 

痺れを切らした枢は身体を震わせながら強がりの声を出す。

 

「う、うるさい。いま言おうと思っていたところだ」

 

「それなら言ってくれ。………それだけで私は楽になる」

 

「安心しろ。お前は俺が命を懸けてでも守る。お前を死なせはしない」

 

告白に近い言葉にきょとんとした顔で壬を見る枢。そして自然と緊張と恐怖が解けて体が正常になっていく。

 

「なら約束をしよう。この戦、必ず二人とも帰還しよう」

 

「あぁ」

 

二人の約束は静寂の闇夜に灯火がついた。互いの杯を打ち鳴らして二人は笑みをこぼしながら明日を迎える。

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 城壁の上、董卓軍に古くから使える四将軍がいた。張遼、呂布、華雄、陳宮だ。四人は満月をつまみに酒を飲む。酒飲みの張遼でさえ余韻に浸り、酒の手は忙しくない。

 

「明日の戦、生きて帰れるやろうか?」

 

一騎当千の霞でさえ明日の戦に恐怖を覚えていた。

 

「恋殿がいれば大丈夫なのです」

 

ねねが恋に対する心酔ぶりは相変わらず。

 

「ねね、今回の戦はそんな単純なものでないことは分かってるだろう」

 

「……それでも月を守る。だから戦う」

 

張遼に言葉に返事したのは恋だった。

 

 闇夜に風を切る音が響く。華雄の得物が空を切る音だった。それに気づいた霞と恋は同じく得物を手にして華雄の元へとより、同じことを始めた。

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 鍛錬場で二つの得物が激突する。昴の大剣と椛の短刀がぶつかり合う音だ。力と速さの対決。新参者にして将軍に抜擢された二人の意気込みは大きなものだった。彼女らの初戦がこんな大きな戦だからともいえる。二人には酒を飲み、余韻を浸るほど余裕がない。だから身体を動かして不安を払拭させていた。

 

「椛、この戦で必ず戦功をあげましょう」

 

「……私は翡翠様の為に働くだけ」

 

二人の決意を斬撃に込めて一撃を振るう。闇夜も切り裂く鋭利な斬撃は天さえも切り裂くほどに衝撃を与えた。

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 朝を迎えてすべての部隊が集う。各軍に命令が下されて死地へと向かったのだった。

説明
董卓との合流し決戦前夜を迎えます。
そして、本戦に突入。
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コメント
その部分は自分も力を入れて書いた部分なので、お褒めのコメントありがとうございます。(ソウル)
戦い前の各人の心情・・・それぞれの想いが伝わってきますなw 2p目の兵士達の動き描写がリアルと言うかこういった雰囲気が好きです(村主7)
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