少女の航跡 第1章「後世の旅人」23節「光の旧都」
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 祝賀会の翌日、私達はすぐさま、《リベルタ・ドール》に向けて出発した。

 

 王は救出した。しかし、まだ重要な事が残っている。『ディオクレアヌ革命軍』によって占領さ

れた《リベルタ・ドール》を、再び『セルティオン』の手に戻さなければならないのだった。

 

 《リベルタ・ドール》を再びエドガー王の統治下に戻すまでは、一連の混乱が解決したとは言

えない。だから騎士達は《リベルタ・ドール》へと行き、奪回作戦を実行するのだ。

 

 それには、《アエネイス城塞》の辺境騎士団、更にはカテリーナ率いる『フェティーネ騎士団』

も参加する事になった。

 

 すでに、連絡は行き渡り、『セルティオン』並びに、『リキテインブルグ』を含めた周辺諸国も参

加する事になっているらしい。そして、もちろんここまで付いてきてしまった私さえも。

 

 だが、この人数だけで《リベルタ・ドール》に直接乗り込んでいくわけにはいかなかった。《リベ

ルタ・ドール》を襲撃した『ディオクレアヌ革命軍』の数は、一万を遥かに上回っていた。単純に

考えてしまうと、こちら側は、それを上回る人数が必要だという事だ。

 

 しかも、脅威は数字だけではない。革命軍には、巨大な櫓や、怪鳥グリフォン。そしてあの『リ

ヴァイアサン』までもが加わっているのだ。

 

 知っている者はごく少数。あの存在にどう立ち向かうというのか。私は気が気ではない。

 

 その脅威が何であろうと、私達が目指したのは、方角こそ《リベルタ・ドール》ではあったが、

その都市ではなかった。

 

 《リベルタ・ドール》は、つい30年前に出来上がった『セルティオン』の王都であり、500年以

上続いている『セルティオン』の歴史の中では、比較的新しい都市である。

 

 それまでの470年間、『セルティオン』の王都は、現在の都市の隣、《セーラ・ドール》にあっ

た。

 

 《セーラ・ドール》とは、光の都という意味である。

 

 都の全てに光が降り注ぐ、明るい輝きに溢れた清らかな街だという話だった。王都が移った

事で、今ではこの街に住んでいる者はおらず、この街を後世に残しておく為に配備された警備

隊だけがそこに駐留しているのだという。

 

 そしてこの光の都は、《リベルタ・ドール》から、わずか10キロ足らずのところの山の中腹に

位置していた。《リベルタ・ドール》に攻め入る為の準備をするにはうってつけの場所と言うわけ

だった。

 

 

 

 

 

 

 

 私達は再び山を抜け谷を抜け、《リベルタ・ドール》からやって来た道を、今度は4日かかって

逆戻りして行った。途中、またしても追っ手に襲撃されるような事はなく、前よりも短い時間で戻

ってくる事ができた。エドガー王も一緒に付いて来ていた。王都を奪回し、早急に民を安心させ

たいのだという。

 

 《セーラ・ドール》は、《リベルタ・ドール》のある山とは、隣の山に位置している。《リベルタ・ド

ール》側からは目立つというので、一行は街道を外れ、王都の方から全くの死角となる方向か

ら光の都を目指した。それも、人気の少ない明け方に私達は都に到着しようとしていた。

 

 薄暗い裏道を進む私達。私は今では、自分の愛馬、メリッサに跨っていた。他の馬や騎士達

よりもかなり小柄な姿になっている。

 

 順調に辿り着けるかと思っていたが、《セーラ・ドール》まであと1キロもないというところで、突

然、カテリーナが警戒の様子を見せだした。

 

「さっきから、どうも誰かに見張られているようだ…」

 

 私はその言葉にどきりとした。

 

「数はどれくらい…?」

 

 ルージェラが尋ねる。

 

「10人いるわ。すでに囲まれている」

 

 クラリスが冷静に答えた。

 

 カテリーナはさっと馬から降りた。そして、辺りをくるっと見回す。周囲は山の中の森であっ

た。辺りは木々が立ち、遠くまで視界は開けない。隠れようとすればそのような場所は無数に

ある。

 

 と、ある一点でカテリーナの視点が止まった。その時私は、カテリーナの口元が少し緩み、彼

女が微笑したのを見た。

 

 次の瞬間、彼女は背中の大剣を抜き、側の木陰へとそれを振り下ろそうとする。

 

 しかし、彼女の剣は、木陰から現れた長剣によって阻まれた。

 

 そして、ゆっくりと木陰から、その長剣を構えたまま一人の騎士が現れた。

 

「年端もいかぬお嬢様が、そんな格好で、しかもこんなところで何をしているんだ…?」

 

 銀髪の背の高い男性だった。銀色の甲冑を身に纏っており、兜は被っていない。姿こそ立派

な騎士だった。彼は、長剣でカテリーナと対峙している。カテリーナの剣の方が巨大ではあった

が、銀髪の騎士の方は身長でカテリーナに勝っている。彼女よりも、20センチ近い高さの身長

があった。

 

「私は、同盟国を救いに来たのさ」

 

 少し攻撃的な言葉でカテリーナは言った。2人はがっちりと目線を合わせる。彼女の顔をしっ

かりと見た事で、銀髪の騎士の方は彼女が誰であるかを理解したようだ。

 

「そうか…、お前はカテリーナ…、『フェティーネ騎士団』の団長だな…?」

 

 私は緊張していた。カテリーナがこのように対峙している事からして、目の前の騎士は只者で

はないからだ。

 

 しかし、その緊張を切り裂くかのようにして、突然、クラリスの馬にまたがっていたフレアー

が、

 

「ルッジェーロッ!」

 

 と喜んだように言い、銀髪の騎士の方へと近寄って行った。

 

「おっと、お前はフレアーか。良く無事だったな」

 

 銀髪の騎士の方も緊張を解き、近寄ってきたフレアーに慣れ慣れしく話しかけた。表情もか

なり砕けた。

 

「そりゃあ、だってね…、まあ、あたしだって、そんなにヤワじゃあないの」

 

「良く、《リベルタ・ドール》から脱出できたな、って事さ」

 

「一人で脱出したんじゃあないんだもん」

 

 私には、二人が馴れ馴れしく話しをしている姿を見て、初対面でない事は良く分かったが、彼

が誰であるかは、さっぱりと分からなかった。

 

「あの…、あの人、誰…?」

 

 私はカテリーナに尋ねた。

 

「ルッジェーロ・カッセラート・ランベルディ…」

 

 カテリーナはそれだけ呟き、あとは私達の側まで来ていたエドガー王が続けた。

 

「セルティオン近衛騎士団の精鋭じゃ。わしは最も信頼しております」

 

「ああ、あの方が…」

 

 私も名前だけは聞いた事があった。彼の名前は、『セルティオン』国内では有名だからだ。だ

が、私が聞いていたのはそれだけで、詳しい事は何も知らない。彼の姿を見るのも初めてだっ

た。

 

「陛下。よくぞお戻り下さいました。私達も嬉しい事この上ありません。只今、ここ《セーラ・ドー

ル》では、王都解放作戦の計画を練っておりますので、どうか陛下もお越し下さい」

 

 ルッジェーロはエドガー王の前で、とても畏まった様子でそのように言った。彼は、王の前に

して口調こそ丁寧であったが、顔はどこか自信を持った表情をしていた。

 

「それはよくぞお主達だけでそこまでやったものじゃのう」

 

「ええ…、ですが、あまり期待はなさらないで下さい。特に、この街ではあまりあなたを歓迎でき

る設備がありませんので」

 

 そうルッジェーロは、エドガー王ではなく、カテリーナの方に言っていた。

 

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 《セーラ・ドール》は、30年前に王都が移って以来、人が住まなくなった街。今では廃墟になっ

てしまった街、しかし街の中に入ると、かつての王都の面影を感じる事ができる。

 

 この街は《リベルタ・ドール》に比べればかなり小規模の街なのだが、山の中だというのに整

備された街並みと建物、そして石畳の道路などが、一部自然の中に埋もれたまま残っていた。

通りの道は苔だらけになっているし、木々は建物よりも高く、街の中に枝を張っている。建物の

壁には蔦が生していた。

 

 しかし、今では朝日が少しずつ差し込んできており、自然の中に埋もれた古き街の姿が、ど

ことなく神秘的な姿を私に印象付けていた。

 

 裏門から街に入った私達は、狭い道を抜け、中央大通りに出ようとする。

 

 夜は明けて来て、辺りはこの上ないほどの静けさだった。人影は無い。ルッジェーロに案内さ

れて、私達はこの、自然の中に埋もれてしまったかのような街のどこかへと向かっていた。

 

「作戦会議は、かつての宮殿内で行っております。集まった騎士団も、ほとんどそこにおり、陛

下の到着を待ちわびています」

 

「結構な事じゃ。おぬし達をこの街に移しておいて正解じゃったよ」

 

 ルッジェーロと王の会話が、周囲に響き渡る。私達は、馬に揺られたまま、その蹄が石畳に

当たる音と共に大通りを進んだ。

 

「どういう事?」

 

 ルッジェーロの側を歩いているフレアーが、元気良く彼に尋ねた。

 

「《リベルタ・ドール》に近づいている危機をお前から聞いた陛下は、念を入れて俺達近衛騎士

団の一部をこっちに回したのさ。都市が占領でもされたら、《セーラ・ドール》にいる警備隊員だ

けじゃああまりに力不足だからな」

 

 自信を持ったような声でフレアーに言うルッジェーロ。

 

「そんな事、全然知らなかったよ。だって、いきなりいなくなっちゃうんだもん」

 

 フレアーは彼に、まるで兄に話しかける妹のように言うのだった。

 

「この事は、機密事項だったんでな。誰にも話せなかった。悪かったな」

 

「おぬしが謝る必要はない事じゃ」

 

 そう言ったのはエドガー王だった。

 

 会話を聞いていれば分かる事だが、フレアーとルッジェーロは、親密な仲であるらしかった。

同じ国の、しかも同じ都市、王の側にいる立場となるのだから、それは不思議な事ではないの

だが。

 

「ああ、見えてきた見えてきた。あれが、《セーラ・ドール》の光の宮殿さ」

 

 ルッジェーロが指差す中央大通りの突き当たりに、かつての宮殿はあった。

 

 かつての『セルティオン』王族の住んでいたという宮殿は、《リベルタ・ドール》にある現在の王

宮に比べれば小さいものだったが、長年の歴史というものを感じさせられた。苔や植物がその

壁面にまとわりつき、宮殿らしさを醸し出していた置物や装飾品も、数百年という歴史の中で変

色してしまっている。だがそれでも、建造物自体はしっかりと地に付き、元々の形もしっかりと

残していた。

 

 この宮殿だけでなく都市が、略奪や破壊に遭わないのは、この都市をそのままの形で残して

おきたいという、今に至るまでの王達によって配備された警備隊が、しっかりと機能していると

いう証拠だった。

 

 夜通しここまで馬で走っていた私達には、午前中一杯の休憩を与えてくれる事になった。

 

 私は、できればこの古き歴史のある王都を見て回りたいと思っていたのだが、あまりに疲れ

ていたので、与えられた部屋でぐっすり休んでしまうのだった。そこは駐留している騎士が休む

部屋らしく、ちゃんと人が寝起きできるように整えられていた。

 

 

 

 午後になり、王都奪回作戦の会議が行われるというので、私達は、さっそく宮殿の王広間に

通された。

 

 おそらく、1000人はそこに入り、一度に食事などができるほどの大きさのホール。天井から

ぶら下がったシャンデリアは蝋燭を灯さず、窓から入ってくる光が照らしている場所。それだけ

でも明かりは十分過ぎるほどだ。そこにはすでに、百人近い騎士達が集結していた。

 

 皆が『セルティオン』の紋章が付いたものを身に付けている以外は、様々な姿の騎士達がそ

こにはいた。『セルティオン近衛騎士団』であるというルッジェーロのと同じ、銀色の甲冑を身に

付けている騎士達も数えるほどいれば、黒塗りの簡素な甲冑の騎士もいる。

 

「どうやら、周辺の騎士達にも連絡が行ったようじゃな…?」

 

 王が広間を見渡して言った。

 

「今のところ、近衛騎士団と、《セーラ・ドール》警備隊、あと数箇所から騎士団が集まっており

ます。しかし、まだまだ他方面から騎士団が集まる模様です。沿岸三カ国も我々に協力を」

 

「それは結構な事じゃ」

 

 王がそう答えた時、私達が広間にやってきた事に気付いた騎士達が、

 

「エドガー王だッ!」

 

「エドガー王が戻られたぞッ!」

 

「陛下ッ!」

 

 広間は大きな歓声に包まれた。

 

 そんな騎士達の中を掻い潜って、ルッジェーロを先頭とした私達は、広間の中心の大きなテ

ーブルへと向かった。

 

「ほら通しなって、陛下も作戦会議に参加されるのだ」

 

 ルッジェーロはそう周りの騎士達に言い放ちながら、流れ込むようにして中央のテーブルへと

辿り着いた。

 

 中央のテーブルには、大きく広げられた地図がおかれていた。そして、その周囲を取り囲む

ようにして騎士達が陣取り、王の到着を待っているようだった。

 

 テーブルに最も近い位置にいる騎士達は、高い地位にいる騎士達らしい。おそらく近隣の騎

士団の団長ぐらいの地位にいるのだろう。周囲にいる若い騎士達とは違い、とても貫禄がある

者達ばかりだ。中にはカテリーナ達よりもずっと歳上の女騎士の姿もあった。

 

 王がそこに姿を見せると、テーブルの周りに座っていた騎士達は一斉に立ち上がり、凛々し

く敬礼をする。

 

「陛下、よくぞお戻りになられました!」

 

「随分と準備が良いようじゃな」

 

 その場所の光景に、感心したようにエドガー王が言った。まるで、王が戻る事を知っていたか

のようだ。

 

「はい。失礼かもしれませんが、陛下が救出されるされないに関わらず、王都の奪回作戦は遂

行するつもりでしたので」

 

 と、ルッジェーロが言ったが、王は気にしなかった。

 

「皆、なおられよ。作戦会議をするのじゃろう?」

 

 王がそう言うと、騎士達は一斉に、

 

「はッ!」

 

 と言い、元通りにテーブルへと着席するのだった。私達も席に座る。エドガー王とルッジェー

ロがテーブルの中央の辺りに座り、ルッジェーロの隣にカテリーナ、その隣に私が座るのでは

なく立ったままで、側にはクラリスやルージェラやフレアー、そしてロバートが位置した。座れる

席はカテリーナの為の一つしかなかった。

 

「私達が救出作戦に参加した事は聞いていたか?」

 

 突然、カテリーナがルッジェーロに尋ねた。

 

「ああ、知っていた。『フェティーネ騎士団』の伝令がここに寄ったんでな」

 

「それでも、救出できないって思ったのか?」

 

 そう言うカテリーナの口調はかなり冷たい。

 

「思ったさ。普通ならできない」

 

「見くびられたものだな」

 

 カテリーナがその言葉を言うと、辺りはしんと静まり返ってしまった。彼女とルッジェーロの会

話に、辺りが気まずくなる。

 

「それで、作戦の事をわしは聞きたいのじゃが?」

 

 そんな、誰も何も言い出せないような重い雰囲気の中、エドガー王がルッジェーロに尋ねるの

だった。

 

「…ええ、では…」

 

 ルッジェーロが皆の方を向いた。彼は王を含めた周りの騎士達に向かって話し出した。

 

「この作戦自体は、《リベルタ・ドール》が襲撃されるよりも前より計画されていたものだ。すで

に、《リベルタ・ドール》内にも、革命軍の目を掻い潜り、奪回作戦の準備を始めている者達が

いる。我々は外側から攻め入り、彼らは内側で我々が攻め入り易いように工作をするという手

はずだ。中央大通りの城門から何から全てに彼らが配置され、敵を出し抜く予定でいる。内部

で手を回す者達は約100名」

 

 テーブルに広げられた、《リベルタ・ドール》の周辺地図を、ルッジェーロは喋りながらなぞっ

た。

 

「エドガー王が戻られた事で、この作戦の実行日時が決まった。それは明日だ。明日に決行す

る。明日の夜明け前に実行する」

 

「気が早い話だ」

 

不機嫌そうにカテリーナが言う。ルッジェーロはちらっと彼女の方を向いたが、彼の話は続い

た。

 

「…、この計画は早く実行しなくてはならない。革命軍に占領された王都に残った民の為にも

だ」

 

「王都を占領した革命軍は、数万とも言われる。それを我々が相手にするのか?」

 

 テーブルのすぐ前についていた、貫禄のある騎士がルッジェーロに言った。おそらく、王都周

辺の騎士ではない。

 

「夜の闇に紛れて奇襲する。内と外からな」

 

 自分よりも遥かに年上の騎士を前にしても、ルッジェーロの態度は変わらない。

 

「今、ここには何人集まっているのだ?」

 

 その騎士は続けてルッジェーロに質問した。

 

「今のところ千人って所だ」

 

「奇襲とはいえ、たった千で数万を相手にできると思うか?」

 

 あきれたように騎士は言った。

 

「まだどんどん集まってきている。少なくとも四から五千は集まる予定でいる」

 

 ルッジェーロがそう言うと、カテリーナが突然立ち上がった。そして、彼と目線を合わせると、

 

「予定という所が、その作戦の弱点だな…?」

 

 そう言い放ち、呆れたように彼女はその場から立ち去るのだった。

 

「おいおい、どこへ行くってんだ?」

 

 ルッジェーロは立ち去っていく彼女を呼び止めようとする。

 

「作戦が陛下に認められたら、私を呼びな」

 

 カテリーナはテーブルから離れていった。そんな彼女の後ろ姿を見ながら、テーブルを囲って

いた歳とった騎士達は口々に言い合う。

 

「若い騎士は感情的だから扱いづらいな。特に女は…」

 

「女ばかりが活躍している国の騎士だ。無理もあるまい」

 

 そのように言い合う騎士達の話を、私は四方八方から聞いていた。

 

「カテリーナと彼…、何か、仲、悪いの…?」

 

 広間を出て行くカテリーナの後ろ姿を見ながら、私はフレアーに尋ねていた。すると彼女は、

何か面白いものでも言うかのように答えてきた。

 

「そう思う…? まんざらでも無いんだよねえ、聞いた話によると」

 

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 大広間で行われていた作戦会議が終わり、一時間ほどが経っていた。

 

 その会議が行われた、かつての王宮のすぐ近くの建物に、光の神殿と呼ばれている場所が

ある。

 

 そこは、王宮と同じように、長い年月の間に、建物が植物に侵食され、かなり崩れてしまった

部分もあるが、施された美しい装飾品はその形を残したまま健在していた。

 

 なぜ、その建物が光の神殿と呼ばれているのか。建物内の随所に彫刻され、その入り口の

彫像が示しているように、この神殿は、光の精霊、セーラを祭っている神殿だった。

 

 セーラとは、私達の国々、特に『セルティオン』の発音では光という意味だが、精霊、時として

は女神をも意味する。光に包まれた姿、神々しい装束に身を包んだ、長い金髪を称えた美しい

女性、それもまだあどけない顔立ちをしているとされる。

 

 しかし、彼女が現れるところ、闇の中に差し込む光のように希望がやって来るのだと言われ

ていた。この地方、西域諸国の人間ならば誰でも知っている信仰だ。

 

 そして、《セーラ・ドール》とは文字通り、精霊、セーラを祭る神殿があった所から始まった都

市だ。

 

 彼女を祭っている光の神殿は、その名の通り、昼間中眩しいばかりの美しい光が差し込んで

いる、神秘的な神殿となっていた。

 

 神殿の構造が、日中の光を集め込み、まばゆいばかりに乱反射させる構造に設計されてい

る。ここを訪れる参拝者は皆、セーラの光を浴びながら、希望を求め、彼女に祈りを捧げたの

だ。

 

 今ではここを訪れる参拝者はほとんどいない。長年の間に、人々に忘れられてしまった。

 

 だが今、この神殿の広間に一つの人影が現れる。

 

 それはルッジェーロだった。

 

 彼は、光の差し込んでいる広間にまでやって来ると、ひびの入った壁を背にして誰かを待っ

ていた。そんな彼の表情は、こころなしかそわそわしていて、さっきまでの自信を持った態度と

は違っていた。

 

「私をここに呼び出したという事は、少しはましな作戦が立ったようだな」

 

 その声に、ルッジェーロは少しびくっとして背後を振り返った。

 

 そこにはカテリーナが立っていた。

 

 彼女は一人でここにやって来ていた。日中の差し込んでくる光が、カテリーナの銀髪やら鎧に

反射して眩しいくらいに輝いている。

 

「…、その厳しい言葉、どうにかならないのか…? まるでお前のお母さんそっくりだ」

 

 という彼の指摘に、カテリーナは彼と目線を合わせてゆっくりと口を開いた。

 

「さっきのお返し」

 

「…、さっき会った時は悪かったな。あまりにお前が成長していたんで、俺にも誰だか分からな

かった」

 

 ルッジェーロはじっとカテリーナの顔を見た。彼が見たのは、まだ若い女の顔、だが、冷たく

鋭い青い瞳と、きりっとした目鼻立ちが、彼女の精神的にも肉体的にも強いという事を意味し

ている顔だった。

 

 ルッジェーロはその顔を直視できず、時々目線を外してしまう。顔に浮かんだ恥ずかしそうな

表情は隠しても隠しきれない。

 

「私の話、聞いていないのかい?」

 

 カテリーナもルッジェーロを見返した。彼女が見ているのは、彼女と同じような色の銀髪で、

いつもは自信のある表情の顔、今は戸惑いを隠せないような男の顔だ。瞳の色も似ている。

冷たく鋭い青い瞳だった。

 

 ただ、彼女はしっかりとルッジェーロの顔を見据える事ができる。

 

「それは…、お前の話はよく聞く。しかし、まさかお前が騎士になるなんて、俺も想像していなか

った。お前が10歳くらいの時は、突っ張った感じで、読書好きの女の子にしか見ていなかった

からな…。15歳の時だったか? 叙任式は…? お前だけ雰囲気が浮いていたよな? こん

なお嬢ちゃんが騎士になるのかってな…」

 

 カテリーナは鼻を鳴らしていた。

 

「だが、随分と活躍しているようだな? 『ディオクレアヌ革命軍』を追い詰め、さらにはエドガー

王の奪回と…」

 

「それは…、騎士になりたいって言ったのは私だから…」

 

 そう呟くカテリーナの手を、ルッジェーロは優しく自分の手と合わせた。そして、彼女の方へと

まなざしを向ける。

 

 カテリーナはそれに動揺を見せる事は無かったが、ルッジェーロは真剣な眼差しを向けてい

た。

 

「まさか、お前がこんなに強く美しくなるとはな…」

 

 カテリーナと目線を合わせ、ルッジェーロは彼女にそう言った。まるで囁きかけるかのように

優しく言っていた。

 

「久しぶりに会ってみて分かったぜ。俺にとって、お前には、本物の美しさを感じる…。さっき俺

と剣を向け合ったときのお前が、俺にとっては一番美しかった…。着飾ったり、見せ付けられた

りするものじゃあない。お前は俺にとっての、戦いの女神だ」

 

 燦燦と光が降り注いでいる。その神秘的な光の中で、2人はお互いの目を合わせていた。そ

してしばらくの間、2人は黙っていた。

 

 しかしやがて、カテリーナが、

 

「そうやってあんたは、一体何人の女を口説いてきたんだ? 口説き文句としては立派だけど

…」

 

 と、半分冷めたような口調で彼に言った。

 

「いや、今の俺は本気だ。もう心の中に決めている」

 

「ご冗談を」

 

「誰かにそっくりだ。その性格や言い方」

 

「それでも結構」

 

「俺は、お前が、昔から…」

 

 顔を赤らめながらルッジェーロが言い出す。さっきの本気の言葉の時は、そのような態度は

見せなかったのに。しかし、何とか言い出そうとする彼の言葉を、カテリーナはため息で遮って

しまった。

 

「じゃあ、今晩にでもここで結婚式を開くって言うのかい?」

 

「…、そうしてくれるなら、それが一番いい」

 

「急過ぎる告白だな。それにあんたとはしばらく会っていなかったのに…」

 

 ルッジェーロはせきばらった。

 

「《リベルタ・ドール》が奪回できたら、またゆっくりと話す時間が欲しいな」

 

「話というのは、それだけか?」

 

「…、それだけだ…。じゃあ、また後で、な」

 

 カテリーナがそっけなくそのように言うと、ルッジェーロは、やや恥ずかしそうな表情をして足

早に広間から出て行った。

 

 そんな彼が、広間から出て行ってしまうのを見ていたカテリーナは、やがて、

 

「もう行ったよ、出てきてもいいだろ?」

 

「えッ? き、気付いていたの?」

 

 一部始終を柱の陰に隠れて伺っていた私とフレアーは、驚いたようにその場から飛び出すの

だった。

 

「帽子の端が見えていた。でも、あっちは気付いていなかっただろうけど」

 

 フレアーは、自分の魔法使い種族の特徴である尖がった帽子を掴んでいた。帽子のつばが

広いので、柱には隠しきれなかったようだ。

 

「2人は知り合いなの?」

 

 そんなフレアーの姿を尻目に私はカテリーナに尋ねた。そうだとフレアーが言うからここまで

わざわざ付いてきたのだし、しかももっと深い関係だとも彼女は言っていた。

 

「それとも恋人同士?」

 

 面白い事を尋ねるかのようにフレアーは尋ねる。そんな事をカテリーナに対して平気で言っ

たら怒られてしまいそうだが。

 

「話を聞いていただろ? 2年も会っていない。初めて会った時、私が10歳で向こうが17歳。

母さんがエドガー陛下に招かれて、私と一緒に《リベルタ・ドール》に一週間ぐらい滞在したとき

に知り合ったのさ」

 

 不思議と彼女は怒るような事はしなかった。

 

「本当にぃ?」

 

 と、フレアー。

 

「冗談じゃあないって。だけど、そう言うあんたも、彼と随分仲がいいようじゃあないか?」

 

 カテリーナの鋭い指摘に、フレアーは思わず黙ってしまう。彼女の顔が少し赤くなった。

 

「やきもち焼いているんならお好きなように」

 

「そ、そんなんじゃあ、絶対に無いって」

 

 だが、フレアーの喜怒哀楽が激しい表情には、はっきりと恥ずかしい様子が表れているのだ

った。

 

 それよりも私は気になっていた。カテリーナはさっきのルッジェーロの会話を聞かれていて

も、まるで恥ずかしいような素振りを見せてはいない。いやむしろ、まるで自分達の関係が当

然であるかのような、そんな感じで話しているのだった。

 

 もしかしたらすでに深い関係なのではないかと思えてしまう。今までのカテリーナの姿からは

想像しがたい、彼女の異性関係を私は見ていた。

 

 

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24.陽動

説明
物語は敵勢力から都を奪還する戦いへと移っていきます。そのために、かつて王都だった古い都に訪れた主人公一行。
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