そらのおとしもの 二次創作 〜プライドある戦い! Ver.T&S (前編)〜 |
「トモちゃんのエッチ〜〜〜!」
「うげぶはっ!」
こんにちは、智樹です。
え? 何でいきなり僕は宙を舞っているかって?
要はいつも通りに僕が自室でエロ本を読んで、いつも通りにそはらにチョップで制裁されたという事です。
こんにちは天井。ごきげんよう僕。
「ぐべっ!」
ただいま床。おかえり自分。
「もうっ! この本は没収だからね!」
いつも通り僕のリビドーの根源を持って部屋から出て行くそはら。
「…大丈夫ですか、マスター」
いつも通りに僕を心配するイカロス。その言葉も本当に心配しているというよりは日常の会話みたいに感じます。
そう、これはいつも通りの日常。いつも通りの光景。
だからこそ、変化が欲しいと思いませんか?
「イカロス。俺がそはらにチョップされたのは何回目だ?」
「マスターの申請が正しければ、今回で三千回目になります」
「そうか、三千回か…」
これが少ないか、もしくは多いのかは皆さんの感性にお任せしたいと思います。僕にとって重要なのは、そのうち一度もあのチョップを避けられた事が無いという事です。
「良い機会だな、あれをやるか…」
「マスター?」
「イカロス、悪いけどいくつか頼みたい事がある」
僕は以前から考えていた事をイカロスに話し、協力をお願いしました。
これは、僕とそはらの意地とプライドを賭けた戦いの記録です。
〜 プライドある戦い! Ver.T&S (前編)〜
「そはらさん、これを受け取って下さい」
「え? 私に?」
学校のお昼休み、イカロスさんは私に一通の封筒を手渡してきました。
その封筒の表にはこう書かれていました。
『裸たし状』、と。
「…果たし状?」
微妙に漢字が間違ってるけど、きっとそういう意味だと思う。
「はい」
えーと、これはどういう事だろう? イカロスさんが私に決闘を申し込んだって事? 嫌われる事なんてした憶えが無いけど、自分が気づかないうちに傷つけちゃったのかな?
「あはは、冗談だよね?」
「いいえ」
…そうだよね。イカロスさんが冗談なんて言う訳ないよね。
はっ!? という事はまさかトモちゃんのお嫁さんを巡っての宣戦布告!?
「…いいよ、私は逃げも隠れもしないよ」
「…そうですか」
たとえイカロスさんが大切な友達でも、これだけは負けられない。決意の眼差しを送る私に対してイカロスさんは平静そのものだ。くっ! 同居人だからこそ見せられる余裕なのっ!?
「ふっ、受けてくれるか。それでこそ俺の知るそはらだぜ」
「え?」
私の返答に満足そうに答えたのは私達の近くに座っていたトモちゃんだった。
「…これ、トモちゃんの?」
「おう」
…ああ、そうだよね。イカロスさんって頭いいし、こんな漢字の間違い方をするのはトモちゃんだよね。
「ふんっ!」
「がぼはっ!」
勘違いの腹いせにトモちゃんにチョップした。教室の床に埋没したトモちゃんは、数秒後によたよたと這いあがって来た。
「なんでイカロスさん経由なの! トモちゃんが自分で渡せばいいじゃない!」
「演出だよ演出! こういう方が面白いだろ?」
「全然面白くない!」
まったく、昔から変な所でこだわるんだから。余計な勘違いをさせないで欲しい。
「と、とにかく中身を読め!」
「はいはい」
トモちゃんの事だから、どうせろくな物じゃないんだろうなぁ。
『見月そはら殿。汝に決闘を申し込む。
一週間後の放課後、特別なルールにて僕と戦って欲しい。
負けた方は勝った方の言う事なんでも一つ聞く事。
なお、特別なルールとは―』
「私がトモちゃんにチョップを当てるか、もしくはトモちゃんが私にパイタッチをする。先にそれに成功した方を勝利者とする…」
果たし状の内容はそれだけだった。
「トモちゃん、正気?」
「せめて『本気?』と聞けっ!」
「だって、トモちゃんが私のチョップを避けるとかあり得ないし」
守形先輩曰く、私のチョップはトモちゃん限定の聖剣である。一度私がチョップを振るえば、定められた運命のごとくトモちゃんに命中して殲滅する。実際、昔から私のチョップがトモちゃんを捉えられなかった事は無い。
「それを覆すって言ってるんだよ! 俺はお前に怯える日々から脱却するんだ!」
「はいはい。頑張ってね」
「軽いなおい!」
だって結果が分かってる事だし。
「…ふふん。負けて俺の言う事を聞くのが怖いか?」
トモちゃんは不思議なくらいに自信満々だ。その自信はどこからくるんだろう?
「トモちゃんこそ、負けたら私の言う事を聞くんだよ? エッチな本を全部処分させちゃうよ?」
「ありえんな! なぜなら勝つのは俺だからだ!」
「それこそあり得ないよ。やったら勝つのは私だもん」
なんか売り言葉に買い言葉になってきた。…トモちゃんとこういうやり取りをするのって、随分久しぶりな気がする。やだ、私ったらこの状況を少しだけ楽しんでる。
「なら勝負してもいいよな!」
「仕方ないなぁ。どうなっても知らないよ」
そっけない言葉とは裏腹に、私はトモちゃんとの決闘が楽しみになって来ていた。
「打倒そはら! 一週間後に向けて特訓だ!」
『えいえいおー』
僕の号令にやる気なさげ応える二人のエンジェロイド。
「わざわざ河原でやる意味が分からないんだけど? お菓子の買い置きも家だし、帰っていい?」
不満たらたらなニンフと。
「ニンフ先輩の言う通りよ。寒し、ひもじいし。家でやらない?」
ぶーぶーと抗議するアストレア。以上の二名が僕の協力者です。
「食料は各自で調達してくれ。さすがに四人分は面倒見切れん」
あ、あと守形先輩もいます。もっぱら日和見するつもりみたいですが。
「そう言わず協力してくれ! 頼む!」
僕は二人に土下座してお願いします。
僕とそはらの決闘の話はあっという間にクラス中へ広まり、賭けごとが始まっていました。そして薄情なクラスの連中はみんな俺よりもそはらに賭けてしまっています。四面楚歌とはまさにこの事。
「ちょっと、土下座までするの!? …もう、仕方ないわね」
「ニンフ先輩ってばこいつに甘いですよねー。ま、私もご飯におむすび追加でなら付き合ってあげるわ」
「すまん、恩に着る!」
しかし、僕にだって力を貸してくれる奴らがいるんです。こういう時に親身になってくれる友人っていいですよね。一方はちゃっかり物を要求してますけど。
「それで? 私達に何を頼みたいの?」
「ああ。ニンフには今までのそはらのデータを見直して、チョップのパターンを解析してほしいんだ」
「ふーん。で、それをデルタに実践してもらって練習台にすると。そんなとこ?」
さすがニンフは話が早くて助かります。要はニンフの解析力とアストレアのパワーを使って、仮想そはらを相手に特訓するという事です。
「えーっと、つまりどいう事ですか?」
そして全く理解していないアストレア。うん、分かってましたよ。こいつはこういう奴だって僕は信じていましたから。
「つまり、私のよこしたデータをそのまま真似ろって事よ」
「なーんだ、簡単じゃないですか。それを早く言って下さいよー」
これはニンフの存在が生命線だな。連れて来て本当に良かった。
「それにしても、イカロス先輩がそはらさんの方につくなんて驚きですよね」
「そうね。まあソハラとアルファーって仲良いし、そういう事もあるんじゃないの?」
「…ふ」
それが一般の反応でしょう。イカロスと親しいこいつらでさえ納得してしまう状況。だからこそ、それを十分に活かすのです。
「そうだ、そはらとイカロスは仲が良い。だからこそあいつにしかできない仕事がある」
「…トモキ、あんたまさか!?」
「カード起動!」
僕はイカロスから預かったカードを起動。眩い光のあとに現れたのは、守形先輩がよく使っているノートパソコンに近いものでした。スイッチを入れると、画面先にイカロスの顔が映ります。
「こちらおっぱいマイスター智樹。イカロス聞こえるか?」
『こちら笑わない珍獣イカロス。感度良好です、マスター』
「こ、これは…! まさかスパイってやつですかニンフ先輩!?」
「ええ…! というか何なのその合言葉!?」
そう、イカロスはそはらの情勢を知る為に送り込んだスパイなのです。それと合言葉はノリですから気にしてはいけません。
「そはらの様子はどうだった?」
『記録映像を出します』
イカロスに言葉と共に画面が乱れ、次に映ったのは広い和風の部屋で談笑するそはらと会長でした。
『それにしても、桜井くんも思いきった事をしたわね〜』
『そうですね。会長はこっち側で良かったんですか?』
『あっちは守形くんもいるしね〜。きっと桜井くんにお節介してると思うから、私はこっちじゃないと〜』
『…会長って、やっぱり守形先輩の事は特別なんですね』
『まあ、幼馴染ってやつなのよね〜。その辺りは見月さんと同じかも〜』
『わ、私は別に…』
なんか、思わぬガールズトークが聞けちゃったりしてますね。しかも会長と守形先輩は幼馴染で、先輩も僕と同じく沙馴染みの横暴に心を痛めていたとは。当人の先輩は向こうで釣りをしていますが、聞かせてあげた方がいいんでしょうか?
『それにしても、イカロスちゃんがこっちについてくれるのは心強いわね〜』
『私は嬉しいけど、いいのイカロスさん? 本当はトモちゃんの所に…』
『いいえ、私はここにいます』
『決意は固いのね〜。ところで、そのカメラは何かしら〜』
『記録用、です』
『何の?』
『………お答えできません』
『…?』
「よし、良く黙秘した! 偉いぞイカロス!」
あいつが隠し事をちゃんとできた事は大きな前進です。
これはあいつが人間らしくふるまう事、そして僕の勝利の為の大きな一歩なんです。
「あからさまに怪しんでると思うんだけど?」
だからニンフの指摘もスルーします。ここでつまづいてたら先に進めませんからね。
「しかしそはらの奴め、特訓もせずに呑気にお茶してるとは…」
こちらを完全に舐めきってますね。これは何としても勝ってやりたいものです。
『第二の記録映像を出します』
「おおっ! 待ってました!」
再び映像が乱れた後に映ったのは、湯船につかるそはらと会長でした。
「俺の勝利キターーーーーーー!」
湯船に浮かぶ四つのおっぱい。
これこそ僕の求めていた勝利そのものでした。
勝った! プライドある戦い、完!
「何が勝利よ! この変態!」
「げふっ!」
ニンフさんのローリングソバットが僕の顔面を打ち抜きますが、この程度で倒れている場合じゃありません。
この理想郷の景色を網膜に焼き付けなければなりませんから。
『イカロスちゃん。そのカメラって防水なのかしら〜?』
『はい。カードで転送した完全防水の永久記録用です』
『イカロスさん、どうしてお風呂の映像なんて撮るの?』
『………ノーコメント、です』
『…見月さん』
『…はい、分かってます会長』
じりじりとこちらに寄ってくるそはらと会長を不審を感じたのか、イカロスが二人から離れるそぶりを見せます。そして次の瞬間、映像は途切れてしまいました。
『………マスター』
「イカ、ロス?」
真っ暗な映像の中、イカロスの声だけが聞こえてきます。
『もう、お傍には、戻れません』
「あ、あああああ…」
その言葉で僕は悟ってしまいました。イカロスは、もう…
『まさかイカロスさんを使ってスパイをするなんて思わなかったよ。…トモちゃんサイテー』
「待てそはら! イカロスは!? あいつはどうなった!?」
『自分を信じてくれる味方を死地に追いやるなんて、桜井くんも鬼畜外道よね〜』
「会長…っ!」
二人の声が向こうから聞こえるという事は、もうっ…!
『イカロスちゃんの身柄はこちらで預かるわ〜。今後この機械は使えないから、あしからず〜』
がしゃん、という音を最後にイカロスからの通信は無くなりました。
「うわああああぁぁぁぁぁあぁぁぁ! いかろおおおおおおおおぉぉぉぉす!」
畜生! 畜生! 畜生!!
いつも俺を信じてくれたあいつを死地に追いやって何が勝利だ!! 何が頼みたい事があるだ!!
会長の言う通り、俺は最低の鬼畜外道じゃねぇかこん畜生!!
「…まぁ、アルファーにスパイをさせようとした時点で失敗よね」
ニンフの冷静な言葉がさらに俺の心をえぐる。
「ぐすっ… イカロス先輩… もう、会えないんですね…」
涙ぐむアストレアの表情が俺の魂を揺さぶる。
くそっ! 俺は何よりも大切な相棒を失っちまったんだ!!
「立て、智樹」
「先輩…!」
「イカロスの死を無駄にしない為にも、お前は勝たなければならない。それだけが彼女に返せる唯一の物だ」
「ええ… 分かってます…っ!」
守形先輩の言う通りだ。泣いても喚いてもイカロスは帰ってこない。だからこそ勝たないといけない。あいつの想いを無駄にしない為にも!
『マスター。どうか、私の事を、忘れないで下さい…』
「当たり前だろ。忘れる訳ないさ…」
聞こえるハズの無い声に俺は答える。夜空に浮かぶイカロスの顔は少しだけ笑っている気がした。
「………何なのこの茶番」
ニンフさん、ツッコミありがとうございます。
やっぱりこの面子だとあなたの存在はマジ生命線です。ツッコミ役的な意味で。
「まったく! トモちゃんったら馬鹿な事ばっかり考えるんだから!」
「それでこそ桜井くんとも言えるけどね〜」
イカロスさんが持ってきた機械を壊し、私はトモちゃんの行為に腹を立てていました。まさか私達とイカロスさんの仲を使ってエッチな事を企むなんて、最低です。ちなみにイカロスさんは私と会長のくすぐり攻撃で沈黙しています。表情こそ変わりませんでしたが、かなりくすぐったかったみたいです。
「さ、もう寝ましょ? それともお風呂で汗でも流す?」
「じゃあもう一回お風呂を使わせてもらっていいですか?」
「ええ」
一週間後トモちゃんをどう処刑しようかと考えながら、私と会長はお風呂に向かいます。
「…そはらさん」
そこに、ゆらりと立ちあがったイカロスさんが声をかけてきました。
「そはらさんは、特訓をしないのですか?」
「しないよ? トモちゃんが私のチョップを避けられるわけないし」
それはもはや世界の法則であり、トモちゃんにとって物理法則に逆らうくらいに無謀な事なんですから。
「…それでは、負けます」
「…え?」
だからこそ、イカロスさんの続ける言葉はもの凄い衝撃的でした。
「このままでは、そはらさんはマスターに敗北します。確実に、完膚なきまでに」
私が、トモちゃんに負ける?
それは自分では想像できない光景でした。
「ふ〜ん。その理由、イカロスちゃんには解るのよね?」
「はい。どうか、説明させてください」
会長の問いに、イカロスさんは力強く頷きました。
五月田根家のお屋敷は本当に大きい。その内には小さな道場らしきものまであります。
「それで、どうやって説明してくれるのかしら〜?」
そして今の私達三人はその道場にいるわけです。なんだか仰々しい事になってきちゃったなぁ。私としては会長とのんびりしたかったんだけど。
それでもイカロスさんの指摘は気になるし、せっかくの厚意を無視するなんてできません。
「まずそはらさんのチョップですが、ベストコンディションの一撃なら私やアストレアでも撃破可能なレベルです」
「いやいや、それおかしいよねイカロスさん?」
イカロスさんは真剣な顔で言ってますけど、確かイカロスさん達は鉄砲の弾を受けても平気なくらいに頑丈なんです。それを超える威力なんて人間に出せるわけないんです。
「確かにそうね〜。桜井くん限定という縛りがなければ世界を獲れるレベルよね〜」
「ええー…」
会長まで真剣な顔で同意してるし。私の信じてる常識の方がおかしいんでしょうか?
「そう、マスター限定です。それこそが、最大の欠点なんです」
「でも今回の相手はトモちゃんだし、何も問題はないよね…?」
「いいえ、それにもう一つの条件が加わります」
そう言いながらイカロスさんはポケットから丸いお面を取り出し、顔に被りました。
「私が仮想のマスターとなります。そはらさんは遠慮なく打ち込んでください」
「ええっ!? イカロスさんにそんな事できるわけないよ!」
「…今の私はイカロスではありません。マスターです」
………いや、無理。
身長も性別も違うし。それにお面の顔も全然似てないし。イカロスさんの努力は認めてあげたいけど、これは…
「じゃあこれも追加しちゃいましょ〜」
会長がイカロスさんの後ろに回りこんで、持っているラジカセの再生スイッチを入れます。
『そはらめ、俺が勝ったら≪俺の≫を舐めて≪ベルッ≫してもらうぜぇ!』
「か、会長! なんて物を流してるんですか!!」
「桜井くんの声を録音してちょっと編集をね〜」
そ、そうよね。いくらトモちゃんでも放送禁止用語を連発なんてしないと思うし、会長のお遊びよね?
「まあ、見月さんの名前以外はほぼ無編集だけど〜」
「トモちゃん…」
なんだかもう泣けてきます。ちょっとだけ幼馴染やめたいと思いました。
「ともあれ、これで何とかならないかしら〜?
『へいへい、そはらさんびびってるんですか〜? うひょひょひょ〜』
「うーん… やってみます」
イカロスさんの後ろから聞こえるトモちゃんの声のおかげで、なんとか相手をトモちゃんと思える。気がする。
「せいっ!」
渾身の力を込めて打ち込む。勢いも十分に乗せて―
ぺちっ
「…あれっ?」
私のチョップはイカロスさんの頬で軽い音をたてるだけで終わった。おかしい。いくら似てなかったとはいえ、いつもトモちゃんに打ち込んでいるくらいの力加減だったハズなのに。
「…これが、そはらさんの置かれた現状です。そはらさんのチョップは、マスターがある特定のパターンの行動をした時のみ、本来の威力を発揮します」
「特定のパターンって、つまりエッチな事ね〜」
「………それってつまり」
私もようやく理解しました。それはつまり―
「桜井くんが先にエッチな事をしないと、見月さんのチョップは不発に終わる。でも決闘の条件は『先に』それに成功した方を勝利者にするから〜」
「マスターが先手を打ち、そはらさんは受けるしかありません。マスターの、勝利です」
「そん…な…」
私は膝の力が抜けて床に座り込んでしまいました。
私が、トモちゃんに負ける。負けたら―
『ふっ、これで俺はお前という存在から解き放たれたというわけだな。これからは他の女の子達に遠慮なく破廉恥な行為をしてやるぜ〜』
『いや〜ん、止めなさいよトモキのエッチ〜(でも嬉しそうな顔)』
『マスターったら、エッチです(ぽっ)』
「それだけは、それだけは…っ!」
トモちゃんのあふれ出るリビドーが制御を失ったらイカロスさんとニンフさんが危ない! それと同時に私の立場も危うい! アストレアさんは… まあどうにかなるよね、うん。
「そはらさん、立ってください」
「イカロスさん…?」
座り込んでいる私に、イカロスさんは手を差し伸べてくれました。
「弱点を克服するからこそ特訓というのだと、マスターは言っていました。ですから…」
「…そうだね。今頃トモちゃんも特訓してるんだよね」
「はい、マスターならきっと」
そうだ。トモちゃんが頑張っているのに、私だけ何もしないのが間違っていたんだ。
「イカロスさん、私やるよ。トモちゃんがエッチな事をしなくてもお仕置き出来る様になる!」
「はい。その意気です、そはらさん」
私達は手を取り合って決意を確かめ合うのでした。
「見月さんだけじゃなくて、イカロスちゃんも小芝居が出来る様になったのね〜。桜井くんの教育の賜物かしら〜」
イカロスさんの場合は素のような気もするんだけど、トモちゃんが変な事を教えてないとは言い切れないのが難しい所です。
「だから! そうじゃないって言ってるでしょ!」
「でも右ぎょうかく37どとか全然分かりませんよー!」
「ああもう! じゃあ分かりやすい様に映像を出してあげるから、それならデルタでも分かるでしょ?」
ニンフによるそはらチョップのデータ解析が終わって、今はそれをアストレアに教えている最中なのですが…
「もちろんですよー。最初からそうしてくれればいいのに、ニンフ先輩も結構おバカですねー」
「パラダイス・ソングッ!」
「わきゃああぁぁ!? なんで怒ってるんですか!?」
「大丈夫かよあいつら…」
雲行きが怪しいですね。ちょっと離れて様子を見ている僕からでも難航している事が分かります。頼った僕が口を挟むのもはばかられるのですが、やっぱり不安です。
「にしても、文句言ってたわりには楽しそうだなニンフの奴」
アストレアに指導しているニンフは心なしか楽しそうに見える。今はアストレアのアレっぷりに怒っているけど。
「お前から頼み事をされたのが嬉しいんだろう。お前の場合、大抵はイカロスに頼んでしまうからな」
「先輩、俺は…」
「命令は嫌い、か? お前は一応家主であり、彼女達は居候だ。この程度の頼み事なら一般的だろう」
守形先輩の言う事は正しいと思う。でも結局はニンフの受け取り方次第なわけで。
「あいつが命令って思ったら、それは命令っすよ…」
「…かもしれないな。ならその彼女の常識を変えてやったらどうだ? いや、もうお前はやっているか」
「全然うまくいかないっすけどね。俺も、なんか難しくて」
命令とお願いの境界線は難しい。俺はあいつらに自由でいてほしいと思う反面、色々な事を共有したいと思っている。でも、それはつまりあいつらの行動を縛っているという事で。結局、俺はあいつらをどうしたいんだろう? 自分自身でも分からなくなってしまう時がある。
「そう難しく考え込むな。お前なりにやっていけばいい」
「俺、バカですから。少しでも考えておかないと、本当にバカな事やっちまいそうで」
「そうか。なら相談したい時になったら言ってくれ、力になる」
「はい。頼りにしてます」
守形先輩みたいな人がいるのは本当に助かる。俺一人だったらもっと苦労してたんだろうな。
「ところで智樹、特訓の件だが」
「何すか?」
「仮想見月にアストレアを使うのはいいが、他にする事はないのか?」
「他に?」
そはらのチョップの軌道とパターンをニンフに解析してもらい、アストレアのバカ力で再現する。それを相手に特訓して本番に備える以外にする事があるというんでしょうか?
「気づいていなかったか… まあ仕方ない事かもしれないな」
先輩は一人納得した様子でニンフ達の所へ歩いていきます。
「ニンフ、ついでこれも―」
「え? まあいいけど」
先輩に何かを呟かれたニンフは、カードを取り出して転送を始めました。
「…メガホン?」
ニンフがカードで転送したのはよく映画監督が持つ様な黄色い小さな拡声器みたいな物でした。
「簡易型の変声器よ。これで―」
『トモちゃんのエッチィ!』
「な!? そはら!?」
「ソハラの声を再現できるってわけ」
「な、なるほど…」
一瞬あいつが来たのかと思えるくらいにそっくりな声でした。確かにこれなら仮想そはらに十分な現実味を加えられるかもしれません。
「じゃあ、いっくわよー!」
頭にそはらのお面をつけて得意気に腕を振り回すアストレアと、その後ろで変声器を持つニンフ。これで特訓の準備は整いました。
「おう、来い!」
『トモちゃんのバカー!』
ニンフが発するそはらの声と共にアストレアのチョップが振り下ろされる。
大丈夫だ、ちゃんと見えてる! これなら何とか―
「―あ?」
体が、動かない!?
「うぐげぶぁ!?」
何も出来ないまま吹っ飛ぶ僕。そして地面に顔から着地。
「うわ、ちょっと大丈夫?」
「あ、あんまり大丈夫じゃねぇ…」
アストレアの問いかけに息も絶え絶えに応えます。まあこいつのバカ力によるダメージはある程度予想していたんですが…
「…体が動かなかった。ニンフ、他に何かやったのか?」
「やってないわ。スガタの言う通りにソハラの声を加えただけよ」
ニンフは何もしてない? じゃあ僕の体が動かなかったのは何故?
「…やはりな」
先輩だけがため息交じりに納得した声をあげました。
「智樹、お前が動けなかったのは見月の声があったからだ」
「そはらの、声?」
確かにニンフの声はそはら本人にそっくりでしたが、それが何か関係するのでしょうか?
「お前は見月の声によって自分自身の動きを止めていたんだ。いつもの通りに制裁を受けようとしてな」
「なっ…! じゃあ、俺は…!」
「そうだ。お前にとって見月の制裁は避けがたいものであると、トラウマに等しいレベルで心身に刷り込まれているんだ」
「バカなっ…!」
なんという真実。僕は身も心もそはらに制圧されていたのです。
「トモキ…」
「う、うん! 仕方ないわよね! あれだけ毎日やられてちゃ仕方ないわよ!」
「み、見るな! 二人ともそんな同情たっぷりな目で見るなぁ!」
ニンフとアストレアに憐れみの視線を受ける僕はとっても惨めでした。
「くそっ! まずはこいつを克服しないとチョップを避けるどころじゃないってことか!」
「そういう事だ。ニンフ、変声器を貸してくれ。俺も付き合おう」
「先輩…!」
「後輩部員の窮地に加勢せずして、なにが部長か。安心しろ、お前なら克服できる。汚れなき厨二の翼を持つお前なら…!」
「はいっ!」
先輩みたいな人がいて本当に良かった。僕一人だったらもっと迷って、後悔して、落ち込んでいた事でしょう。僕は決意を新たにします。
「…なんか茶番がパターン化してる気がするけど、このまま特訓続行でいいのよね?」
「ああ、そうだな」
「そういう事ならじゃんじゃんいくわよー!」
「とりあえず俺がまともに動ける様になるまでアストレアはもう少し手加減してくれよ?」
アストレアが師匠と同じくサディストの道を歩まない様に抑えつつ、僕らは特訓を再開しました。
(後編に続く)
説明 | ||
『そらのおとしもの』の二次創作です。 今回は今まで書く機会の少なかった彼女をメインにしてのお話。 もう一人の扱いが不遇な(私の書く内での話)ヒロインもそのうち救済したいと思いますが、どうなるかは未定です。 |
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コメント | ||
BLACK様へ 智樹と一番付き合いが長いのはそはらのハズですし、やはり互いを知りつくしていると思います。今後はそういう関係が書けたらいいなぁ。(tk) 枡久野恭(ますくのきょー)様へ 今回は聖者というかどっちも愚者ですけどね。アストレアはこういう扱いがデフォになってきてます。もう少し待遇を改善しようと思いつつもつい… (tk) そはら、お前の妄想はどこのニンフだ。(笑)しかし、互いに弱点があるのはそれだけ付き合いが長いという事なんだろうな。(BLACK) 智樹とそはらが互いを思いやる『聖者の贈り物』のような物語ですね。お互いにトラウマに気付くという部分だけがほんのちょっと違いますが。 そして >アストレアさんは… まあどうにかなるよね、うん。 は泣けてくるシーンですね(枡久野恭(ますくのきょー)) |
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