少女の航跡 第1章「後世の旅人」26節「果たすべき事」
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 ルッジェーロ達が中央城門から侵入していった後、私とカテリーナは、空から城の方へと向か

った。彼らが街中で騒ぎを引き起こしているその隙に、注意が街の方へと行ってしまっている

城へと潜入していってしまおうという作戦である。

 

 そう、空から。でも私達は人間で、空を飛ぶ事はできないし、城へと伸びている空中通路があ

るわけでもない。

 

 だというのに、どうやって潜入して行くというのか。答えは、カテリーナがわざわざ、《インフェ

ルノ峡谷》から連れて来た者が出してくれた。

 

 大きな翼が羽ばたき、私達は空中へと舞い上がる。

 

 深い緑色の鱗、赤い瞳を持つ大きな顔が、背の高い森の木々の間からぬっと姿を現す。や

がて巨大な翼が羽ばたきながら宙へと舞い上がった。

 

 私達はドラゴンに乗っていたのだ。

 

 そう、あのカテリーナと激戦を繰り広げた、谷の守り手であるあのドラゴンが、カテリーナの為

に付いて来てくれたのだ。

 

 自分を打ち倒した、たった一人の娘が、『ディオクレアヌ革命軍』相手にどこまでできるのか、

それを見極めたいのだと言う。だから彼は付いてきたのだし、この作戦ができる。

 

 そんなドラゴンを、カテリーナは自分達の為に協力させたのだ。始めは渋っていたドラゴンだ

が、カテリーナがかなり強気に出たらしく、今では協力する事にためらいを見せてはいない。

 

 確かにドラゴンが味方に付けば私達は有利になる。彼が戦うのならばもっとなのだが、

 

「言っておくが、わしはお前達をしかるべき場所まで連れて行くだけだ。それ以上の事はせん」

 

 と言い、あくまで自分はあまり関わり合いを持ちたくないらしい。とにかく、敵が予想も抱くこと

の出来ない、城への奇襲作戦をする事ができるだけでも、私達には有利なのだ。

 

 ドラゴンは森から舞い上がり、街の城壁よりも高い位置まで達した。

 

 ドラゴンにまたがっているのは、カテリーナと私の2人だけだ。それ以上は、いくら大きなドラ

ゴンの体と言えど乗ることはできないし、彼の飛行の妨げになる。

 

「おお…」

 

 その時ドラゴンは、感嘆の声を上げるのだった。なぜなら彼の視界の中に、街の上空に浮か

んでいる巨大生物が入って来たからだ。

 

「これは…」

 

 まるで彼は、どう言葉に表現したら良いのか分からないようであった。

 

「こんなのが、平気で人前に現れるなんて、世も末だって言いたいのか…?」

 

 確かにカテリーナの言う通りだ。『リヴァイアサン』など、ほとんど伝説にしか登場しない幻の

生物なのだから。何しろ、街一つの上空を覆ってしまうほどの大きさの生物。優しい性格ならま

だしも、ひとたび暴れれば、大地を軽々と引き裂いてしまうほどの凶暴な性格。そんな生き物

がこの世に大勢いたならば、人間など文明を発達させられない。

 

「世も末…、ありうるかもしれん…。しかし、『リヴァイアサン』は、天地創造の始めに神が創造し

た生き物。他の生き物へと進化して行き、とっくにこの世から消え失せたはず…」

 

 ドラゴンは言い、彼ははばたきながら、街の上空へと飛行して行った。街の上空では『リヴァ

イアサン』の深い息遣いが低く聞えて来て、街の方では騎士団が激戦を繰り広げていた。

 

「…、苦戦しているようだ…」

 

 カテリーナが呟いた通り、街の広場で戦っている騎士達は劣勢だ。相手はゴブリンの雑兵だ

けでならまだしも、あのゴルゴンや、ゴーレムまでが参戦していた。

 

「急いだ方がいい」

 

 ドラゴンはさらに飛行速度を上げた。目の先には《リベルタ・ドール城》の姿が望めていた。空

にいる以上、幾つもある城壁を乗り越えていく必要は無い。一気にそこまでの距離を縮めてい

った。

 

 上空に『リヴァイアサン』がいるおかげで、街はまるで雲行きが怪しいかのように暗くなってい

た。

 

「街を奪回する事ならお前にもできるだろう、しかし、この上にいる生き物は一体どうする気

だ?」

 

 城へと近づいていくドラゴンが、突然カテリーナに尋ねた。

 

「手段は…、ある。『ディオクレアヌ』の連中がこの巨大生物を飼い慣らしているなどとは、とて

も思えない。そこのところが重要だ」

 

 あくまでカテリーナは冷静に言っていた。

 

「ふん、それがただの負け惜しみでないと思っておこう」

 

 やがて私達は城の上空へと達した。

 

「あそこだ。あそこに着地してくれ」

 

 そう言ってカテリーナが指差したのは、城の東側、私達が地下の秘密の道を通り抜けてきた

方ではなく、あのドライアドとニンフがいる、森のある方の中庭だった。

 

 上空から見ると、その中庭の敷地だけで城の数倍はある事が分かる。よく街に取り囲まれた

敷地にこれだけの自然を残せたものだ。いや、もともとこのような自然があった所に街や城が

作られたのだろう。あのドライアドのエレンの木も、とても背の高い木である事もよく分かる。城

の最も高い塔と同じくらいの高さがある木だった。

 

 そしてどうやら、ここは『ディオクレアヌ革命軍』の侵攻により破壊されたりはしていないよう

だ。私が訪れた時と、変わった様子は無い。ただ、まだ日が昇る前だったので薄暗い風景だっ

たが。

 

 そんな森を眺めていると、森から出た場所、丁度、ニンフの3人と私が初めて出会った場所

に、ゴブリン達がいるのが見えた。彼らは、何やら武器を手にし、不審な動きで森の方へと向

かって行っていた。

 

 

 

「おい、早くやっちまえ。手こずるな」

 

 一人のゴブリンが、唸るような声で仲間に呼び掛けていた。彼らは、とても簡素な装備しかし

ていない雑兵で、一応、侵略した城の警備を任されていたものの、ほとんどが夜番の見回りと

いった役のようだった。

 

「だが、『ディオクレアヌ』様は、ここにいる奴らは、手に負えないから手を出すなと言っていたな

…」

 

 気弱な声で、一匹のゴブリンが答えた。

 

「知るかッ! この混乱に乗じて、オレ達が手柄を立てるぜ! そうすれば、もっと旨いメシにも

ありつけるってもんだ」

 

 錆び付いた剣を振り上げて、先頭を行くゴブリンが言った。

 

「見ろッ! 誰もいねえッ! 何でこんないい場所を残して、しかも金目のものを奪い取らねえ

のか、オレにはサッパリわからねえッ! あの無愛想な女共もここにだけはいやがらねえッ!」

 

 そのゴブリンが言った、無愛想な女というのは、赤い鎧の女戦士達の事らしかった。

 

「だが、下手に手を出すとたたじゃあおかないって言われたような…」

 

「知るかッ! オレはもう限界なんだぜッ!」

 

 しかし彼らがそのように自分達を過信していられるのも、中庭を流れている小川を渡り、森の

方へ行こうとした時までだった。

 

「なーにしてるの?」

 

 背後から呼び掛けられた声に、ゴブリン達3匹はびくっとして驚いた。それはあどけない少女

の声だったが、あまりに突然の声に彼らは驚いた。

 

 彼らの背後に立っていたのは、一人の少女だった。しかも、まだ7、8歳というくらいの幼い少

女。姿こそ人間だったが、あまりに愛らしい姿をしているので、エルフであるかのようだった。

 

 だが、そのような事はゴブリン達には理解できない。彼らは、錆び付いた剣をその少女に向

け、唸りながら言った。

 

「うるさいッ! オレ達の勝手だろがッ! さっさと消えてろッ!」

 

 そこにいるのは、ただの幼い少女。そうやって脅すだけでさっさと立ち去ると思ったのだろう。

それだけ言い放つと、ゴブリン達は、再び森の方へと歩き出した。

 

「そこから先、入っちゃあ駄目だよ」

 

 再び背後にいる少女が言ってくる。立ち去らなかった事が頭に来たゴブリンは、彼女の方を

振り返って言い放つ。

 

「うるせえなッ! とっとと消えろッ! 痛い目に遭いてぇのかッ!」

 

 再び錆び付いた剣を向け、少女に向かって脅しかけてきた。

 

「おい…、でもおかしいぜ…、何でガキがこんな所にいるんだ…?」

 

 一匹のゴブリンが疑問に持つ。

 

「知るかッ! さっさと追い払えッ! 邪魔だッ!」

 

「あなた達…、その子の言う事を聞かなかったわね…?」

 

 今度ゴブリン達に聞えてきたのは、大人の女の声だった。聞えてきたのは森の方向。慌てて

彼らはそちらに目をやる。

 

 森の中から、一人の女が現れる。人間ではない。ゴブリン達にもそれが分かった。人間に近

い姿をしているが、人間ではない。

 

 人間は、耳が尖っていないし、髪の毛も蔦のような姿をしていない。それに、着ている服だっ

て、自然の色を流しているかのような生地でできている。これは人間なんかじゃあなくって、森

の中に住んでいる、尖がり耳の種族に似ていた。

 

「な、何だ、何だ。お前達は…!」

 

 ゴブリンはたじろいだ。何しろ、尖がり耳は自分達の何よりもの天敵だからだ。

 

「あんまり、わたし達を怒らせない方が身の為よ…、あなた達。ただでさえ、近くをうろうろされ

ていい気分じゃあないんだから…、少しこらしめてあげようかしら」

 

 静かな声でエレンは言った。それは、まるで冷たい風のように、ゴブリン達3匹の耳に響い

た。彼らはそれだけでも、逃げ出したいほどの衝動に駆られる。

 

 しかしそれよりも前に、ゴブリン達は奇妙な音を耳にする。ついでに小さな何かが幾つも自分

の側を過ぎっていくのを。

 

 そして、彼らは鋭い痛みを感じるのだった。

 

 奇声のような悲鳴を上げるゴブリン。その痛みは一回だけではなかった。幾つも幾つも、彼ら

はその痛みを味わう。

 

「ぎゃあッ! 蜂ッ! 蜂だあッ!」

 

 ゴブリン達3匹を、何匹もの蜂が襲いかかっていた。それは、毒性の強い、刺されたら即死す

るような蜂でもなければ、怪物の、特大の大きさを持つ蜂でもない、普通にどこにでもいるよう

な蜂だ。しかしそれでも、何匹にも一斉に襲い掛かられたらたまったものではなかった。

 

 そしてその蜂達は、エレンによって操られていたのだ。

 

 エレンはドライアド、木の精霊。ゆえに、木に住む生き物達は、彼女が自由に操る事ができ

た。蜂などは当然のように彼女の配下。

 

 ゴブリン達はパニックになりながらも、慌ててその場から逃げ出そうとする。

 

 しかしそれよりも前に、彼らは自分の足元を拘束されてしまう。がっしりと脚をつかまれ、その

場から動けない。

 

 彼らの地面の下から、さっきの少女の手が現れ、ゴブリン達の脚を捕まえていた。地面から

生えるようにして、3人分の少女達の腕が現れている。

 

「ぎゃああ、離しやがれぇッ!」

 

 ゴブリン達は、少女達、の手を無理矢理振りほどこうとする。それがただの人間の少女なら

ばゴブリンの力に叶わず、振りほどかれてしまうだろう。

 

 しかし、その少女達の腕は、そのまま植物の蔦の姿に変わった。少女達は、少女達ではな

く、精霊のニンフだった。彼女達は意識ある自然が具現化した姿である。

 

 何重にも巻きついた蔦。完全にゴブリン達は脚を拘束されてしまい、その場から一歩も動く事

ができない。彼らが慌てふためく間にも、蜂は次々と襲い掛かり、その針を刺して行った。

 

 彼らの悲鳴である奇声は、早朝の中庭中に響き渡る。その声で、城中の皆が起き出してきて

しまいそうだった。

 

「あんた達も、随分、手荒な事をするな…」

 

 丁度そこに、私達を乗せたドラゴンが舞い降り、着地するまでもなく、カテリーナと共に飛び降

りた。私も次いでドラゴンの背中から下ろしてもらう。

 

「あなたに比べたら大した事はないわ」

 

 着地の時にその場の光景を見ていたカテリーナの言った言葉、それに対してエレンは、優し

い声で話しかけた。しかし言葉の意味には棘がある。

 

 そう言えば、私が知る限りでは、カテリーナとエレンは初めて会ったはずだ。でも、まるですで

に知り合っていたかのようだった。

 

 ドラゴンは何も言わず、再び舞い上がって行った。ここからは私達だけで行かなくてはならな

い。

 

「それじゃあ、私達は急いでいるので、これで…」

 

 私は先を急ごうとした。だが、カテリーナとエレンは、何やらひそひそと話している。

 

「…幾らあなたでも、太刀打ちできないものはある…。だからいざって時は、あの力を使いなさ

い…。知っているでしょう? 今まで一度も使った事が無くても、あなたはその力を本能として

知っているはず…」

 

 エレンが、吸い込まれて行きそうな瞳で見ながらカテリーナに話しかける。彼女の体は、すで

に半分ほどが透明になって消えていこうとしていた。

 

「…、分かっている…。最初からそのつもりだった。何としてでも使ってみせるさ…」

 

 カテリーナは、消え去ったエレンにそう答えていた。彼女は私の方を振り向き、ようやく歩いて

くる。

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 私達は、蜂に刺されて悲鳴を上げているゴブリン達の脇をすり抜けていき、そのまま城の東

口へと向かった。

 

「あの人とは、知り合いなの…?」

 

 私はカテリーナに尋ねた。

 

「『セルティオン』へは、母に連れられたりして何度も来ている」

 

 カテリーナのその答えには、私もなるほどと思ったが、

 

「でも、直接会ったのは初めてかな…」

 

 だったら会っていないも同然じゃあないか、と言いたくなってしまう。

 

 最近私が出会った人は皆そうだが、カテリーナにも、色々不思議なところが多かった。もしか

したら、誰よりもそうだったかもしれない。

 

 だが、そんな事を私が考えている暇もなく、東口から城の中へと私達は入っていった。

 

 東庭に通じる場所は、大理石の柱が並ぶ、天井の高い広間になっていた。そこは、反射して

自分の姿が写ってしまうほどに床が磨かれた場所。城は占領されてしまったはずだが、乱暴な

破壊行為は行われていないようだ。そこら中ぴかぴかのままである。

 

 この場所も綺麗なままに残っていた。

 

 夜明けのほんの少し前の、もっとも静かな時間帯。私達の歩く足音が一番響いていた。この

場所にも誰もいない、そう思っていたが、ここは占領された城。そんなはずがなかった。

 

 私達が広間に足を踏み入れると、大理石の柱の影に隠れていたゴブリン兵達が、一斉に姿

を現した。

 

 全員が、斧やら鎌、剣などの武器を持っている。それだけではただのゴブリンだが、この兵

士達は今までのゴブリン達と違って、大柄な肉体を持っている者達だった。そう、本来は人間

の子供くらいの体躯のゴブリンだが、これは、人間の大柄な男性と同じほどの体の大きさを持

っている。

 

 それ故、持っている武器も、纏っている甲冑も簡素なものではなく、かなり大型で、しかも上

質に出来ているものだった。

 

 これはゴブリンの親衛隊だ。話には聞いていたが、ゴブリンには群れを統率する、大柄な者

達もいるのだという。

 

 そして、その兵達は私達の前に一斉に並んだ。武器を打ち鳴らし、威嚇して来ている。

 

 私達は、何も言わずにお互いの顔を見合わせた。

 

 大型の武器を持った、大柄なゴブリン達は、一斉に私達目掛けて飛び掛ってくる。すかさず

私達は、それぞれ違う大理石の柱の陰に隠れた。

 

 もっとも先頭で突っ込んできたゴブリンが、私の方には大きな鉄球、そしてカテリーナの方に

は槌を振り回して来る。

 

 私はさっと身を屈める。巨大なものが頭の上を通過して行って、鉄球が大理石の柱を砕く。

破片が飛び散り、私は声を上げて怯んだ。

 

 だがカテリーナの方は、槌による攻撃を大理石の柱を盾にしてやり過ごすと、そのまま柱を

中心にして相手の背後に回りこんだ。

 

 彼女は背中の大剣を抜き取り、そのまま背後からゴブリンを斬り飛ばした。聞くに絶えない悲

鳴。それは小柄な方のゴブリンよりも低い鳴き声だった。

 

 カテリーナの剣は、ゴブリンの体を斬り飛ばすと、そのまま同時に、半分崩れている大理石

の柱を砕くように切断してしまう。まるで打ち砕くかのような破壊だった。

 

 カテリーナはそのまま一回転しながら、更に自分の背後から迫って来ていた、今度は巨大な

斧を持ったゴブリンを、回転の力を使って斬り飛ばす。

 

 そのゴブリンも、大柄だったし、重い鉄製の甲冑を着ていたが、大理石の柱を切断するほど

のカテリーナの大剣はそれをものともせず、ただ斬りつけるだけではなく、その体をも何メート

ルも吹き飛ばす。

 

 そのゴブリンが持っていた大きな斧は、そのまま、床を砕きながら落下した。

 

 カテリーナは更にそのまま剣を振り回し、立ち塞がるゴブリン達を次々と倒そうとしている。私

は大理石の柱の影にいるだけだ。

 

 だが、ゴブリンは私にも襲い掛かって来ようとしていた。

 

 鉄球を大理石の柱に叩き付けたゴブリンは、柱にめり込んだその武器を引き抜くと、それを

頭上で何回転かさせながら、私の方に振り下ろして来ようとしている。

 

 そんな鉄球を振り下ろされたら、どんな強者でも簡単に潰されてしまうだろう。しかし動作が

大振りだ。私にも避けている時間は十分にあった。

 

 鉄球が、鏡のように磨かれた床に叩きつけられた。それだけで、地震のような衝撃が揺るが

し、破片が頭よりも高い位置まで跳ね上がる。

 

 飛びのいた私は、そのまま床に転がる。

 

 さらにもう一撃が、避けた私の方へと振り下ろされてきていた。それは私のすぐ脇で起きてい

た。

 

 動きは遅かったが、このままでは鉄球の迫力だけで倒されてしまいそうだ。逃げているばか

りではやられてしまう。

 

 私は、転がった姿勢から体勢を立て直すと、腰に吊るした剣を引き抜いた。目の前では、頭

上で鉄球を回転させながら、私の二倍の体を持つゴブリンが迫ってきている。

 

 振り下ろされてくる鉄球。私はあえて攻撃をさせた。鉄球は床を砕きながらめり込む。その隙

に、私は右脚で全力で踏み切り、大型のゴブリンの甲冑、その繋ぎ目の部分へと剣を突き立

てた。

 

 私には、とてもカテリーナほどの力を出す事はできない。しかし、敵の弱点を突けば、そして

急所を攻撃できれば、幾ら大柄な体躯の敵でも倒す事ができる。

 

 このゴブリンは大柄な肉体を持っているが、防御の事は何も考えていないようだ。私が剣を

突き立てると、聞くに絶えない悲鳴を上げ、鉄球の付いた鎖を握り締めたまま、床に崩れた。

 

 それを倒したのも束の間。私は、目の前に現れたゴブリンの姿を見て、思わず柱の影に隠れ

た。

 

 衝撃が、左腕に付けた防具の肩に響いてくる。軽いが丈夫な鉄の素材にヒビを入れ、空を斬

る小さなものが彼方へと飛んでいった。

 

 あのゴブリンが手に持っていたのは、紛れも無い、銃だ。まともに受ければ、鉄製の鎧だって

貫通する。

 

 大理石の柱に隠れていると、もう一発、衝撃が柱に響いた。

 

 『ディオクレアヌ革命軍』は、西方の異国から火薬などの発明品を入手し、自軍に与えている

という。その一つには銃もある。しかも連発する事ができるように改造されているようだ。

 

 更に別の方向からも銃声が聞えてくる。私は柱に隠れ、両方向からゴブリンが銃を構えて迫

ってきている。

 

 彼らの前に姿を見せるのはまずい。

 

 銃を構えて迫ってくるゴブリンの足音2つが、離れた所で戦っているカテリーナが倒している

ゴブリン達の悲鳴に紛れて聞えてくる。

 

 私は高鳴る胸の鼓動を押さえつけながら、ゴブリン達が迫ってくるのを待った。

 

 彼らは、何も考えずに、銃を私の方に突き出してきた。しかし、彼らが発砲して来るよりも前

に、私は剣を振り回しながら攻撃していた。今度のゴブリンは、大した装備もしていないし、体

格も小柄だった。

 

 一匹を私は剣で斬り付けた。そして、私の背後から迫って来ていた方のゴブリンは、そのまま

大理石の柱を一周して、今度は私が背後へと回りこみ、さっきカテリーナがやっていたように、

回転の力を利用しながら斬りつける事で、大きなダメージを与えた。

 

 だが、まだまだ私の前にはゴブリンが現れる。真正面から現れた大柄なゴブリンに、私はそ

の場から飛び退って避ける事しかできない。

 

 カテリーナと私は、大理石の立ち並ぶ広間の中央辺りにいた。この広間にすでに待ち構えて

いたのだろうゴブリン達は、私達2人を取り囲んできていた。

 

 数は10体ほど。大柄なのが7体いて、残りの小柄なのは銃を持っていた。

 

 私は自分達を追い詰めてくるゴブリン達に、これ以上なす術もない。しかしカテリーナは違っ

た。

 

 彼女は、堂々と剣を構え、ゴブリン達と対峙している。心なしか彼女の体は、うっすらと青白

い稲妻を放っているようだった。

 

「ブラダマンテ…、飛び上がりなッ!」

 

 カテリーナは言い放つ。そして彼女は、自分の体に纏わりついていた稲妻を、両手に持った

大剣へと集中させ、そのまま飛び上がった。

 

 彼女に言われたとおり、私はその場から全力で飛び上がった。カテリーナがどんな行動に出

るのか、私にはすぐに分かった。

 

 私達の行動に、取り囲んできていたゴブリン達が、一斉に襲い掛かって来ようとしていた。し

かし、それよりも前に、カテリーナは大剣の剣先を、床へと叩きつけていた。

 

 彼女が剣を床に振り下ろしただけで、床には放射状に深々とヒビが入り、隆起するほどに砕

けていく。その衝撃が部屋全体を揺るがした。だが、それだけではない。剣へと集中していた

稲妻が、床へと移り、それが広がったのだ。

 

 まるで網を開くかのように、稲妻が床へと広がっていく。それはあっと言う間の出来事だっ

た。

 

 網のように広がった稲妻は、それだけで高い攻撃力を持っていた。青白い光が、次々とゴブ

リン達へと伝わっていく。

 

 私達は地面に着地した。床に立っていたりなどしたら、私もカテリーナの放った稲妻にやられ

ていた事だろう。

 

 全身を一気に流れた電流に、ゴブリン達は次々と悲鳴を上げた。一瞬で彼らの体は焼け焦

げ、致命傷を与えてしまっている。力なく武器を落とし、私達を取り囲んでいたゴブリンは崩れ

ていった。

 

 黒こげになった大柄のゴブリンが床を揺るがしながら倒れると、カテリーナは再び剣を背中

へと戻し、何事も無かったかのように城の奥へと進み始めた。

 

 これほどの戦いをした後でも、カテリーナは息切れさえしていないし、傷も負っていない。私の

方はと言うと、未だに高鳴っている心臓の鼓動を感じながら、はあはあと息を切らせてしまって

いるのだ。普通なら誰だってそうだろう。

 

 だがカテリーナはどんどん城の奥の方へと歩いていってしまっていた。私も、ゴブリン達の倒

れた後をすり抜けながら、何とか彼女に付いて行った。

 

 

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27.挑戦

説明
一足先に王宮へと乗り込んだブラダマンテとカテリーナは、その内部へと侵入していきます。
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