真説・恋姫演義 〜北朝伝〜 第四章・第七幕
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 張文遠の心を、現在占めているもの。

 

 それは、”罪悪感”。そして、”責任感“。

 

 

 あの時。

 

 当時、いまだ皇帝として健在だった劉弁から、彼女は同僚の呂布とともに、ある密名を受けた。王允らを影から操り、その裏でいろいろ画策をしていると思しき、その真の黒幕。

 

 その正体に繋がる情報を得るため、自ら囮をつとめ、わずかな供だけを連れ立って外に出た劉弁を、ひそかに護衛する役目を。

 

 だが。

 

 兵を伏し、その機を伺っていた彼女たちを、突然謎の軍勢が急襲した。いかに呂布や張遼が、一騎当千のつわものとは言え、いかに彼女たちの率いる兵が優秀とはいえ。あまりにも突然すぎた奇襲に、わずかばかり対応が遅れた。

 

 そのわずかの間に、劉弁は、他の正体不明の軍に襲われた。その劉弁を護衛していた華雄と、月、賈駆の三人が行方不明となり、そして、劉弁はその時、その命を落としたと。どうにかこうにか敵を撃破して、都に戻った彼女らは、王允の口からそう聞かされた。

 

 その後、呂布とその専属軍師(自称)である陳宮が、呂布の義母である丁原の、荊州赴任に付き添って都を離れることになった。

 

 「……霞、ごめん」

 

 「……呂布ちんが謝る事無いやろ。お母はん、大事にしたり。音々音もあんじょう気張りや?」

 

 「霞どのに言われなくても分かっているのです。ねねは恋殿の軍師なのですぞ!」

 

 そうして、都に残った旧・董卓軍の将は、彼女ただ一人となった。しかしそれでも、彼女は都を出ようとは思わなかった。

 

 劉弁を死なせたことへの負い目。

 

 それが彼女を縛り付けていた。そして、劉弁の妹であり、王允たちの手で、十四代皇帝に祭り上げられた劉協。その彼女を必ず守ること。それを、己が贖罪として。

 

 それから半年も経っただろうか。

 

 劉協の勅命として、并州に侵入してきた匈奴討伐を、張遼は命じられた。

 

 都を離れることはしたくなかった。だが、勅命に逆らうことも、彼女には出来ようはずも無く。劉協からの激励の言葉を胸に、彼女は都を発った。

 

 「……こうなったら、ちゃっちゃと終わらせて、ちっとでも早く、都に戻るだけや」

 

 そして、彼女は并州・上党郡に入り、そこに駐留していた匈奴の軍勢五万を、瞬く間に壊滅させ、さらにそのまま北上を開始した。

 

 「ええかお前ら!五胡の異民族如き、あっという間に叩き出すで!神速の張遼隊のその真髄!匈奴の連中に見せ付けたるで!!」

 

 『遼来々!遼来々!遼来々!』

 

 遼来々―――。

 

 神速の将・張文遠が、その精兵三万を率い、大地を響かせ、大気を震わせて、晋陽の街に猛然と迫っていた。

 

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 「拓海!楓(フォン)!すぐに迎撃の用意!漢の軍勢なぞ、すぐに蹴散らしてあげるわよ!」

 

 『御意!』

 

 晋陽城の宴席場にて。張遼軍襲来の報せを聞いた劉豹が、呼厨泉と蔡?の二人に、すぐさま軍勢を整えるよう命を下す。

 

 「劉豹さん。俺たちも手伝いますよ」

 

 「!?……いいのかい?」

 

 そんな劉豹に助勢を申し出た一刀に、劉豹は思わず聞いていた。漢の人間が、漢の人間と、異民族である自分たちの為に戦えるのか。同盟を承諾したとはいえ、劉豹はいまだに半信半疑といった感じだった。

 

 「盟を交わした相手を見捨てるなんてこと、俺たちは絶対にしませんよ。……輝里、由。いいね?」

 

 「もちろんです」

 

 「うちも構わんで。……それに、霞とはいっぺん、本気でやりおうて見たかったしな」

 

 一刀の問いかけに、真剣なまなざしを送りつつ、徐庶と姜維がうなずく。

 

 「……意気込んでるとこ悪いけど、由にはちょっと、?に使いに行ってほしいんだ」

 

 「え〜?うち、仲間外れか〜?」

 

 「文句言わないの。……月さんたちに、来て貰うんですね?」

 

 「そういうこと。……頼むよ、由」

 

 「……しゃーないか。けど、お嬢たちが来たからって、簡単に退くような霞とちゃう思うけど?」

 

 ?には今、張遼の元主君である月−董卓と、元同僚である賈駆、華雄の三人が待機している。その彼女たちを援軍として呼びに行ってほしいと。一刀は姜維にそう頼んだ。姜維であれば、半日とかけずに?へとたどり着けるから。

 

 とはいえ、親友である張遼のその性格は、姜維もよく分かっている。例え月たちが来たところで、その矛を簡単には収めたりはするはずが無いと。

 

 「別に張遼さんを退かせるために、月たちを呼ぶわけじゃないさ。彼女たちには、一万ほどでもって、壺関を抑えてほしいと、そう伝えてくれ」

 

 「壺関というと、冀州と并州の間の関ですよね?」

 

 「ああ。関を抑えたら、後は遠くからでも目立つように、高々と旗だけ掲げてくれればいい。詠にはそう話してくれればいいよ。彼女なら多分、それで分かってくれると思うからね」

 

 「了解や。……カズ」

 

 「ん?」

 

 「霞のこと……頼むな」

 

 「わかってる」

 

 一刀の返事を聞くや否や、姜維はすぐさま部屋を飛び出る。友である張遼のことは気にはなるが、そこは一刀が居るのである。決して彼女を悪いようにはしないはず。……まあ、張遼までもが、一刀のあの微笑みの餌食になる心配は、少なからずあるが。

 

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 「さて、と。それじゃ、俺たちも行くとしましょうか、劉豹さん」

 

 「その前に、着替えないんですか?」

 

 「あ」

 

 自らも外へ出ようとし、一刀は劉豹にその背を向けるが、徐庶の突っ込みで、自分が女装したままだったのを思い出す。

 

 「悪いけど御遣いくん。着替えなんかしてる暇はないわよ。敵は待っちゃくれないんだからね」

 

 がっし、と。

 

 一刀のその肩を抱き、腕をつかんでぐいぐいと引っ張り、劉豹が歩き出す。……それはもう、めっちゃ楽しそうに。

 

 「ちょ!劉豹さん、ま、待って!後生ですからせめて化粧ぐらい落とさ」

 

 「そんな暇ナイナイ。者ども!出陣だよ!”美しき”、天の御遣いどのが加勢してくれるんだ!気張っていくよ!!」

 

 おおーーーーーっっ!!

 

 何故かテンション大アップの匈奴兵たち。

 

 

 

 「……匈奴の人たちって、いつもあんな風?」

 

 「……お恥ずかしい、限りです」

 

 徐庶に問われ、肩を思い切り落としてため息をつく、呼廚泉だった。

 

 

 それはともかく。

 

 それから半刻後、場所は晋陽の街から南に一里の平野にて。劉豹率いる匈奴軍十万と、張遼率いる漢軍三万が、一触即発の状態で対峙していた。

 

 

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 「匈奴の連中、よう聞けや!うちの名は張文遠!漢の皇帝・劉協陛下直属の禁軍将軍や!身のほども知らんと、漢の国にて傍若無人に暴れるおのれ等を征伐に来た!おとなしゅう北の地に帰るんならよし!さもなくば、お前らの血でこの地に真っ赤な河が出来ることになるで!」

 

 軍勢の先頭に立ち、天にも届けとばかりの大声で、その口上を述べる張遼だったが、その視界の中に、見知った顔があるのを捉え、手の偃月刀をその人物に向ける。

 

 「そこに居るんは徐庶やないか!なんであんさんがそこにおんねん!」

 

 「……私たちは、匈奴の人たちと、この度盟を結びました。その盟友の危難に、黙って傍観をすることは出来ません。若輩の身ではありますが、わずかでも力添えをと、今ここに、その轡を並べさせてもらっています。……ね?一刀さん」

 

 「……は?北……郷?へ?え?いや、ちょい待った!まさか。まさかそこに居るんが」

 

 「……ご無沙汰してます、張遼将軍」

 

 「えーーーーーーーーーーーーーっっっ!!」

 

 大絶叫が響き渡る。

 

 まあ、無理もない。

 

 ”あの”、一刀が。

 

 呂布と互角に渡り合い、先帝の信の篤かったあの一刀が。本物の美少女と見間違えるほどの、美しい出で立ちで居るのである。張遼があっけにとられるのも、仕方が無いというものである。

 

 「あ、あんさん、まさか……女やったんか?」

 

 「そんなわけないでしょう!!」

 

 「ほな、なんやねん!……まさか、趣味か?」

 

 「……事情があるんです。色々と……」

 

 はうう、と。

 

 その肩を大きく落として、恥ずかしそうにうつむく一刀。そんな彼を見た張遼はいうと。

 

 (あかん。何、この可愛い生き物。……お持ち帰りしたなる……!!)

 

 そんなことを考えつつ、さらにその脳内で、一刀のあられもない姿を想像(妄想)していたりした。

 

 

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 「……いい加減、話を進めてもいいかしら?」

 

 そんなやり取りを見ていた劉豹が、必死に笑いをこらえながらそう促す。

 

 「あ〜。……ごほん!ともかく、北郷もここに居ったんならちょうどええわ。都からの勅を断り、朝廷に叛いたあんさんには、問答無用の捕縛命令が出とる。……ま、うち個人としては、あのあほたれどもに従ういわれはないんやけど、陛下のためと言われれば逆らうわけにもいかんねん。……一応聞くけど、おとなしゅう降ってくれへんか?」

 

 「断ります」

 

 「ッ!!……ほうか。……ならしゃあないわ。匈奴の連中をぶっ飛ばした上で、あんさんを都に連れて行くことにするわ」

 

 す、と。

 

 その手の飛龍偃月刀を高く掲げる張遼。

 

 「ええかお前ら!敵はこちらの三倍!そして天の御遣いもあちらに居る!せやけど何も臆することは無い!うちらには、真の天たる帝がついておられる!勇を奮え!武を見せ付けぃ!鋒矢陣にて連中の喉ぶえを噛み千切ったれ!……全軍抜刀!」

 

 うおおおおおおおおっっっ!!

 

 

 「……この戦力差で正面から来る気なわけ?」

 

 「油断大敵ですよ、劉豹さん。……張遼将軍が神速と呼ばれるのは、何も戦略面的な速度だけじゃないです。戦場においても、その用兵は神速。そこを発揮させたら、彼女の思うがままになりますよ」

 

 圧倒的な数の差に、少々高をくくっている劉豹を、一刀がそう言って諌める。

 

 「何かいい手でも?」

 

 「輝里」

 

 「はい。……呼廚泉さんは左翼の指揮を。劉豹さんは右翼の指揮をお願いできますか?中央は一刀さんが指揮を取りますので」

 

 一刀に促された徐庶が、自らの戦術策を劉豹たちに説明していく。なお、今回の戦に当たるに際し、作戦の立案は徐庶が行い、劉豹たちもそれに従うという確約を、一刀は出陣前に彼女たちからとっていた。

 

 「じゃあ、あれかい?張遼の相手は御遣い君がやると?」

 

 「いえ。さすがにこの格好で彼女の相手をするのは、正直骨が折れますから。それに、朱雀と玄武も城においてきたまんまですし。……誰かさんが無理やり引っ張ってくれたおかげで」

 

 「あ、あははは……」

 

 着替えをするどころか、自分の武器すら取りにもいけず、そのまま劉豹に、半ば強引に戦場に連れて来られてしまった一刀。だからここは、自分は部隊指揮に集中しますと。劉豹にそう言って見せた。

 

 「じゃ、誰があの人の押さえをするんです?」

 

 「いや、それが」

 

 「私がしますが、何か?」

 

 『え?』

 

 あっさりと。張遼の相手は自分がすると言った徐庶に、一瞬ぽかんとする劉豹・呼廚泉の二人。

 

 「この剣は飾りじゃないですから。……少しの間押さえておくくらいなら、私でも十分務まると思います。ですので、皆さんは私の作戦通り、部隊を動かしておいてください」

 

 そうして、戦いは開始された。

 

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 「おりゃあーーー!!」

 

 騎馬にまたがったまま偃月刀をふるい、匈奴の兵を次々となぎ払う張遼。

 

 「ええか!足を止めるんやないで!動いて動いて動きまくれ!連中をしっちゃかめっちゃかに掻き回したれ!」

 

 戦闘が開始されると、張遼は鋒矢陣を組んだまま、呼廚泉の指揮する左翼へと突撃。その足を一切止めることなく、群がる兵を次々と蹴散らし、呼廚泉の部隊を壊乱させていく。

 

 「よーし!こっちはこれぐらいでええ!次は右翼や!いくで!」

 

 ある程度の被害を呼廚泉隊にだしたあと、今度は大きく迂回して、右翼の劉豹の部隊へと移動。再び突撃を慣行する。

 

 「ちっ!さすが神速の将と呼ばれる張文遠。予定通り、足を止めにかかるしかないわね!いいかお前たち!無理してぶつかる必要は無い!やり過ごしつつ、馬の脚を狙え!」

 

 劉豹の指示により、兵たちは張遼隊の突撃を受け流しつつ、その馬たちの脚を狙って剣や槍を突き出す。……馬は急には止まれない。全速で駆けているのだからなおさらである。脚下に突然出された刃をよけることができず、次から次へと前脚や後ろ脚を負傷し、張遼隊の馬たちは、文字通りその脚を殺されていく。

 

 「くそったれ!残っとる騎馬はどんくらいや?!」

 

 「およそ半数といったところです!」

 

 「騎馬を失った奴は無理して戦うなと伝えぃ!残った連中!うちについて来いや!中央にいる天の御遣いだけでも捕縛するで!」

 

 さすがにその持ち味ともいえる速度を殺された以上、あまり無理はできないと判断した張遼は、その矛先を一刀の率いる部隊に変えた。

 

 「……どうやらこっちに来たみたいだな。輝里、連絡は?」

 

 「来てます。四人そろって、関に入ったそうです」

 

 「わかった。全軍!これより張遼隊を取り囲むぞ!兵は殺すな!馬の脚を殺す事に集中しろ!かかれー!」

 

 おおーーーーーーー!!

 

 「頼んだよ、輝里」

 

 「はい。……一刀さんも、予定通り、お願いしますね?」

 

 「わかってるって。……気をつけてな」

 

 「はい!」

 

 

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 信じられなかった、と。

 

 張遼が後日、とある人物にそう語った。まさか、軍師という人種の中に、自分とまともに渡り合えるような”将”がいたことを。

 

 「はあああああっっっ!!」

 

 「なんとおっ!?」

 

 己の武器である双偉天を、まるで柱のように立て、それに掴まった状態で回転し、張遼の背中をめがけて蹴りを繰り出す。それを間一髪でかわし、張遼は前転をしつつ少女との距離をとる。

 

 「……やるやんかい。まさか、軍師っちゅう人間で、うちとこれだけやれる奴がおるとはな。……世間はほんと広いで。なあ、徐元直はん」

 

 「まあ、もともとは”こっち”が本職なので。軍師になったのは四・五年前なんですよ。それまでは、剣客として生きてましたから」

 

 にっこりと。

 

 自身に不敵な笑みを向けた張遼に、同じく笑みを返しつつ答える徐庶。

 

 徐庶対張遼。

 

 周囲で激戦を繰り広げる兵たちの中央で、その一騎打ちは行われていた。

 

 徐庶が名乗りを上げた当初、張遼は完全に高をくくっていた。それはそうだ。彼女の知る限り、徐庶はあくまでも、一刀の腹心である参謀−軍師なのである。

 

 将と軍師では、どうひっくり返っても、まともな戦いになどなるはずも無い。だから、彼女は最初、徐庶のことを無視し、一刀に対して偃月刀片手に突っ込んだ。だが。

 

 「……貴女の相手は私だと、そう言っているはずですよ?」

 

 何がおきたか分からなかった。

 

 徐庶の横を、その後ろにいる一刀めがけ、馬で駆け抜けようとした。ところが、馬まったく”動かなかった”。ふと見れば、張遼が握る、自身の馬の手綱を、徐庶がしっかりと握っていた。微動だにすらせず、である。そして、徐庶がにこ、と。笑顔を見せたその一瞬の後、張遼は”馬ごと”宙を舞っていた。

 

 ありえない。

 

 背に人が乗った馬を、”片手で”ぶん投げる人間がいるなんて。

 

 「……恋だって、あんなこと出来るかわからへんで」

 

 張遼がそう、そのときの感想を言ったとかどうとか。

 

 

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 徐庶の武器は、通常の剣を逆さに合わせた、両柄双剣という類のものである。その使い方は、基本的には棒とか棍と同じである。しかし、扱いの難しさは、そのどちらも比較にはならない。手持ちの部分以外は刃なのであるから、相当に熟練しなければ、自身の体すら傷つけかねない。

 

 (ほんなもんを自在にあやつっとる時点で、こいつの練度がようわかるっちゅうもんや。それに加えてあの怪力。……なんで軍師なんかしとんねん、こいつ)

 

 それが素直な感想だった。

 

 (……さ〜て、と。そろそろこっちの体力も限界かな〜。……何とか誤魔化してはいるけれど、張遼さんに体力切れを悟られたらそれで終わり。……ほんと、生まれつきとはいえ、持久力の無さだけは如何ともしがたいのよね……)

 

 徐庶が剣客を辞めて軍師の道を選んだ理由。それは、自身の体力、持久力の無さ。生まれつきの怪力の代償とでも言うように、彼女はとにかく、スタミナだけがどうしてもつかなった。それこそ、漢方から食べ物にいたるまで、ありとあらゆるものを試したが、そればっかりはどうにもならなかったのである。

 

 この徐庶にとっての久々の一騎打ち。彼女には張遼に勝つ気はまったく無かった。ただ、彼女の注意を引いておくこと。それだけが目的である。

 

 そして、その目的は達成された。

 

 「張遼さま!」

 

 「何や!今取り込み中やで!」

 

 「じょ、上党に残してきたわが隊の者たちが、制圧されたとの報せが!」

 

 「な!?」

 

 「……あは。一刀さん、うまくやってくれたみたいですね」

 

 「……どういうこっちゃ。!!……まさか?!」

 

 徐庶の言葉に、あわてて周囲を見渡す張遼。その視界に、『十』の旗印を捉える。しかし。

 

 「……居らん!?北郷がどこにも居らん!!」

 

 あんな目立つ格好をした一刀である。いざとなればどこからでも見つけられると、張遼はそう思っていた。だが、どう目を凝らしてみたところで、一刀の姿は戦場のどこにも見つけられなかった。

 

 「おまえらまさか、全員、囮か……?!」

 

 「ご明察♪ふふ。……いまさら遅いですけどね」

 

 「……あかん!全軍集結や!このままじゃ背後を突かれる!」

 

 「張遼さま?!」

 

 「このままやったらうちらは完全に包囲される!数で劣るうちらや、そうなったら全員逃げ場が無くなる!馬を失ったものは誰か乗せてやりぃ!悔しいけどこれ以上は無理や!都まで撤退するで!」

 

 

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 張遼のその声を受け、張遼軍は瞬く間に集結を完了する。

 

 「徐庶!北郷に伝えとき!この借りはきちっと返すよってにな!全軍!撤退や!」

 

 一目散に。しかし、それでも一糸乱れず駆け去っていく張遼軍。

 

 「……撤退もまた見事ですね。……さて、と」

 

 「追撃するの?」

 

 息を吐いて戦闘状態を解除した徐庶の背に、劉豹が声をかけてくる。

 

 「いえ。こちらも結構被害が出ましたし、そこまでの必要は無いです。皆さんの手当てが先決ですよ。あと、一部の元気な人たちを、上党に行った一刀さんの下に送っておいてください。向こうの鎮撫をしてもらわないと、ですから」

 

 「わかったわ」

 

 「……張遼さん、一刀さんからの贈り物に、気づいてくれてるといいんですけど」

 

 その視線を、はるか先に立ち上がる土煙に向ける徐庶。

 

 

 その撤退中の張遼はというと。

 

 「……完全にしてやられたわ。十万の兵が全部囮やなんて、誰が思いつくっちゅうねん」

 

 匈奴軍のすべてを囮にし、そして徐庶が張遼の注意をひきつける。その間に、こっそりと戦場を離れた一刀が、上党に残した三百の兵を制圧に向かう。

 

 張遼たちに、撤退を促すために。

 

 「……うちらを力ずくで殲滅することだって、十分以上に出来たはずやのに。わざわざ逃がそうとはな。……まったく、よう分からんやっちゃで、北郷一刀いう男は」 

 

 しかし、それ以上に面白い男でもある、と。張遼はそう思った。そのとき。

 

 「張遼さま!あれを!」

 

 「なんや!?また敵でも居るんか……って、あれは?!」

 

 はるか東の方。

 

 兵の指し示したそちらへと視線を転じた張遼の目に、それは飛び込んできた。壺関という関の上。そこに翻る三つの旗。

 

 『華』と、

 

 『賈』。

 

 そして、

 

 『董』。

 

 

 「……は、はは。……ほうか。生きとったんか。……北郷の指図やな?粋なことしてくれるで」

 

 目頭に溜まってきたものを拭い、笑顔をその顔に浮かべる張遼。

 

 「……道は分かれたけど、三人とも、元気でいてや。……よっしゃ!とっとと都に戻るで!遅れずついて来いや!」

 

 

 そして、その壺関の屋上にて。はるか西を見つめる四人の人物がいた。

 

 「……詠ちゃん。霞さん、こっちに気づいてくれたかな?」

 

 「大丈夫でしょ。霞、目はとってもいいはずだし」

 

 「そうだな。……今度会うときは、戦場以外でと願いたいものだ。……な、姜維」

 

 「せやな」

 

 沈み行く太陽が、その赤い光で四人を照らす。

 

 道の分かれた友の無事と、これからの互いの道に幸あれと。

 

 少女たちはただ願う。

 

 

 河北におけるその一連の戦いは、こうしてその幕を下ろしたのであった。

 

 

                                  〜続く〜

説明
四章の七幕目。

并州に兵を送り込んできた朝廷。

その軍勢を率いるは、神速の張文遠。

果たしてその顛末やいかに。

それでは。
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コメント
ロンロンさま、元ネタの漫画はわかりますが、最近読んでないのでその技まではわかりませんw どんなのか今度調べときますね^^。(狭乃 狼)
輝里なら某海賊漫画の「拳骨流星群」とかできそうな気がする(龍々)
2828さま、亞莎以外は冥琳ぐらいですよね? 穏はそんな戦闘力あるイメージはないし。 まあ、確かに面白いことにはなるでしょうがw(狭乃 狼)
poyyさま、さわらぬ輝里になんとやらw 一刀がよく生きてるもんですwww(狭乃 狼)
戦える軍師・・・呉陣営と絡ませたら凄い事になりそうだw(2828)
・・・輝里さんを怒らせたら死ぬんじゃ。(poyy)
mokiti1976−2010さま、種馬は投げ飛ばしてません。フルボッコにしてるだけですww ・・・まあ、よく生きてるもんですけどねw(狭乃 狼)
馬ごと人間投げ飛ばすって輝里さんすごすぎ・・・・・そうか!いつも種馬を投げ飛ばしているからか!!(mokiti1976-2010)
hokuhinさま、なるほどwそれは思いつきませんでしたわww そのうちやってみようかなー?www(狭乃 狼)
輝里には是非亞莎と語り合ってもらいたい(両方とも元は武が得意で、後に軍師になった)きっと意気投合しそうw(hokuhin)
ほわちゃーなマリアさま、タグに気づいていただけましたかw まあ、あの中に居た訳じゃないですけどね^^。 最後の最後に三人で出てきてるだけでふwww(狭乃 狼)
ちょっと待てーい!タグが遼来々に紛れてへぅ来々があるwあの迫り来る軍の中に、へぅ子が居たんだwそして、一刀の女装姿は大陸中に広がり、一刀達は逃避行に走るのであった・・・と続かないでしょうね。(ほわちゃーなマリア)
紫炎さま、だからこそ、スタミナ不足が悔やまれるんです。もしスタミナまできちんとあったら、恋をも超える武人になってかもw ・・・おーこわwww(狭乃 狼)
王允ワロスww 輝里、すごい怪力……。加えて双刃刀を自在に操るってのは驚きです。(紫炎)
東方武神さま、そういう意味では、一刀も大概頑丈ですわなwww あと朔耶もね^^。(狭乃 狼)
一刀はいつもあの怪力に追いかけられたりしているのか・・・おぉ、怖い怖い。(東方武神)
はりまえさま、どっちかというとそっちがメインになってしまったという(ぉw(狭乃 狼)
いや・・・・・シリアスなのはわかるよ?うん、わかる話の前を見るとどうしても・・・・ねぇ?あらぬうわさが立たないことをお祈りするばかりです(まる)(黄昏☆ハリマエ)
村主7さま、霞は大丈夫ですよー。詳しくは、この章の後にお伝えする幕間にて、お伝えする予定です。 王允たちのことも含めて、です。(狭乃 狼)
何とかお互いの生存は伝えられたものの・・・このまま都に戻ったら霞の安否がw 大方王允(ハイワロ)が無理難題吹っ掛けてきそうで 前コメにありましたが王允からしたら張温が消されたのはさしたるダメージでは無いのですかね?トカゲの尻尾みたいな価値しか無かったとかw 3人纏めて地獄を見せてやるとばかり想像してたので(村主7)
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