真・恋姫無双 〜美麗縦横、新説演義〜 第三章 蒼天崩落   第十八話 真実
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嘗て、管理者共が言っていた。

 

 

『始端たる者が外史を知った時、世界は終端へと向かう』

 

 

事実それによって消滅した外史は数多あり、しかし同時に生き永らえた外史も少なくはないらしい。

その境界線が何処なのかは知らないが、異端の存在である『始端たる者』はやがて世界から弾かれる。

 

 

 

 

 

記憶の底から浮き出てくるのは、消え往く友の姿。

唯一無二、たった一人の、心から信じる事の出来た最大の理解者。

 

 

華琳様でもなく、風でもなく、朱里でもなく、一刀。

 

北郷一刀。

彼が、彼の望みが無双の姫達を―――そして『僕』という異質なる者を生み出した。

 

 

何故なのか……そんな事はどうでもよかった。

 

 

彼が消え失せる事も。

僕が死ぬ事も。

 

何もかもが、最初から定められた結末だったのだと知ってしまったから。

 

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「世界の、姿……?」

 

 

吐息の様な声が漏れた。

一刀の横に立つ華琳も、背に広場の怒声が聞こえる桃香達も、一様に怪訝そうな面持ちを浮かべている。

 

 

「そうだ」

 

 

だが、彼ら彼女らの前に立つ男―――司馬懿は酷く厳然とした声音を伴ってそれを断じた。

 

 

「この世界は、その名を外史と呼ぶ―――一刀、君によって創造された世界の形の一つに過ぎない」

「なっ……ハァッ!?」

 

 

司馬懿の言葉に、ややあって一刀は驚きに声を荒げる。

 

だが司馬懿はそれを予期していたかのように落ち着き払った声で続けた。

 

 

「信じられぬというのも無理はない……いや、理解しようとしても無理だろうな」

 

 

童子の無茶に苦笑する様な笑みを湛え、司馬懿は頭を振った。

 

 

初めから何一つ期待していなかった様な。

それとも、そんな反応が返ってくる事を予め知っていた様な。

 

諦めのついた様な声で、独白の様に呟いた。

 

 

「理屈ではない。人が人を、世界を『創造』するなど、理解出来よう筈もない」

「ま、待ってくれよ!!」

 

 

一人で結論付けようとしていた司馬懿を遮って、一刀は声を張り上げた。

 

 

「じゃあ何か!?華琳や劉備さんや孫権さんや、魏や蜀や呉や他のみんなも―――みんな、俺の想像した存在だっていうのか!?」

 

 

怒りや戸惑いが混じった声音が玉殿に響く。

 

叫ぶ己の隣に立つ愛おしき少女も、その後ろに立つ大陸の女王やその片腕たる女傑達も―――今こうしている間にも命を散らす兵達も、全てが自分一人の想像上の産物。

 

 

その様な与太話を信じろという方が無理である。

 

 

「そうだ」

 

 

だが、司馬懿の声は鋭かった。

現実を、真実を突き付ける声音はただ凛然として、決して大きくはない筈の彼の声がやたら澄んで通る。

 

 

「…………そして、その幾つもの外史の中で一刀、君は魏に降り立ち、蜀に降り立ち、呉に降り立った」

 

 

まるで全てを見てきたかの様に真実味を帯びた声で。

 

 

「そして魏に天下を取らせ、蜀に天下を取らせ、呉に天下を取らせ……ありえた筈の『ありえない』史実を、歴史を、君は刻んできた」

 

 

まるで全てを知っている様な、それが当然であると告げる様な眼差しで。

 

 

「言うなれば、この世界の人間は全て『駒』であり『役者』だ。君と戦う事も、君と志を同じくする事も、君と交わる事も、全てが幾つもの筋書きの一つでしかない」

 

 

その残酷な真実を、宿命を、運命を。

 

 

「―――そう。小覇王の死もまた、外史における筋書きでしかないんだ」

 

 

全てを嘲笑うかの様な声で、ただ告げた。

 

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「ほざくなっ!!子義を、姉様を殺した張本人のくせにっ!!」

 

 

司馬懿の言葉に真っ先に返したのは蓮華だった。

こみ上げる怒りを表すかの様に瞳に憎しみを滾らせ、声を猛らせて叫び声を上げる。

 

実の姉とその片腕を謀って殺め、人形の様にその骸を弄り、最期はその糸を切って捨てる。

 

 

堪え様のない憤りを胸中に渦巻かせながら此処まで来て―――それを嘲笑うかの様な男の言葉。

 

 

最早、我慢ならなかった。

今直ぐにでもその首を刎ね飛ばし、喉を切り裂いて――――――そんな彼女の憎悪を見透かしたかのように、司馬懿は哂った。

 

 

「文句なら私にではなく、一刀に言ってくれないか?世界の筋書きを定め、我々『役者』にそれを歩ませたのは……他ならぬ彼なのだから」

 

 

淡々とした、感情を欠片も思わせない台詞。

 

それが、限界だった。

 

 

「―――ッ貴様ァ!!!」

「ッ!?思春!!」

 

 

飛び出したのは蓮華ではなく、その傍にあった思春だった。

愛刀である鈴音を携え、一瞬の内に床を蹴ると瞬く間に司馬懿の懐へと潜り込む。

 

そのまま、敬愛する主を侮蔑した喉を切り裂く為に振り上げた刃は―――――しかし、標的を捉える前に虚空を舞った。

 

 

痛覚が作用するより早く――熟達の武人である彼女でさえ察知出来ない程に速く――思春の喉に腕が伸び、次の瞬間気道を抑えつけられる。

 

 

「―――嗚呼、やはり駄目だ」

 

 

力は決して強くない。寧ろ自分の方が余程強い、筈。

 

 

だというのに、的確に把握したかの様に喉の急所を抑えつける指に身体の力を奪われ、自由を奪われ、やがて呼吸すら失われていく。

 

酷く失望した様な司馬懿の声すら、今の思春には届かなかった。

 

 

「ガッ……ア、ァ……ッ!!」

「こんなゴミに私を殺す資格はない。こんな雑魚では、私の大願は叶えられない」

 

 

司馬懿の言葉に、桃香の眉がピクリと動いた。

 

 

「大願……?」

「私には大いなる『願い』がある。それが貴様らでは叶えられないから、私は乱を起こした」

「自分の願いの為、だけにですか……?」

 

 

肩を、声を震わして桃香が紡ぐ。

その所作に、司馬懿の双眸が興味深げに向いた。

 

 

「何か文句でもあるのか?口先の大徳」

「―――誰かを傷つけてまで、泣かせてまで叶える必要があったんですか!?」

 

 

鼻を鳴らして司馬懿が問うと―――瞬間、桃香の絶叫が轟いた。

 

 

「貴方を信じて裏切られた人がいます!!貴方を信じて死んでいった人がいます!!貴方はただ自分の願いの為だけに、そんな人達を犠牲にして!!心が、魂が痛くはないんですか!?」

 

 

見も知らぬ、下手をすれば敵であったかもしれない他人の為に涙を流す。

その途方もない慈愛が―――その全てが。

 

 

「……フフフ、クッ、アッハハハハハ!!!笑わせるな小娘っ!!」

 

 

司馬懿にとっては、ただただ嫌悪すべき存在でしかなかった。

 

 

「貴様にそんな事を言う資格があるのか!?己が理想を掲げ、いくつもの命をその言葉で、理念で殺してきた貴様に!!己が意にそぐわぬ者を傷つけ、殺めてきた貴様に!!自らは戦おうともせず、いくつもの命を贄にしてまで未だふざけた事をほざく貴様に!!そんな事をほざく資格があるのかっ!?」

「そ、それは……ッ!!」

 

 

桃香が言葉に詰まるのを見越していた様に、司馬懿は更に声を荒げて口を開いた。

 

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「英雄も狂人も暴君も、皆等しく人殺しだ。ただ殺した相手が、時が、機会が違った―――たったそれだけの事で、人は振り分けられる」

 

 

世に美徳とされる『仇討ち』もその日暮らしの盗人が働く『蛮行』も、所詮は同じ『人殺し』

 

戦であれば万の敵を討てば絶賛されるというのに、平素は人一人殺しただけで罪人扱い。

 

 

「これ程の理不尽があるか?例えその相手が血を分けた家族であろうと、親しき同朋であろうと、帝と崇め奉られた者であろうと、全ての命は等しく一つ。同じものだ」

 

 

路傍で朽ち果てる老躯であろうと、宮殿で静かに逝く大臣であろうと、一人の身体に命一つ。魂一つ。

 

 

「それを殺した相手、殺された相手が違うだけで貴様らは振り分ける―――その血塗れた理想を叶える為に、貴様らは更に贄を求め、血を求めて戦い続ける!!」

 

 

己の理想の為に払われた犠牲を美と捉え、逆らう逆徒の命を雑草の様に刈り取る。

全ては只、平和を謳う諸々の野心の為。

 

 

「その願いの為にどれだけの民が泣いた?その理想の為にどれだけの民が死んだ?」

 

 

踏み台にされた者達を顧みようともせず、ただ位人臣を極める為だけに、夢想でしかない理想を叶える為だけに、己の周りのごく僅かな平穏を守る為だけに――――――全てを必要な犠牲と、そう決めつけて救えた筈の命を捨て、払わずに済んだ犠牲を払った。

 

 

「分かるまい……分かる訳があるまい!!ただ玉座に座して、漫然と平和を謳っていただけの貴様に!!辺境に引き籠り、何一つ行動を起こそうとしなかった貴様に!!!」

 

 

だからこそ―――だからこそ、司馬懿は翻したのだ。

 

 

根本から腐り果てた国を、微塵も残さず叩き潰す為。

弱き者を、力無き者を顧みない者達を駆逐する為。

 

 

 

 

 

「―――言いたい事は、全て言い終わったかしら?逆賊司馬懿」

 

 

その覚悟の全てを、しかし華琳は一笑に付した。

 

覚悟が何だ。

決意が何だ。

 

犠牲を厭い、嫌っているとほざくこの青年こそが、最も多くの命を弄んでいるではないか。

 

己を顧みていないのは、貴様自身ではないか。

 

 

「曹孟徳……私は、貴様にも一縷の望みを掛けていた」

 

 

そうやって他人を勝手に批評して、見下しておきながら何が平和だ。何が統治だ。

 

そんな独裁者の築いた天下など、それこそ一陣の風に散り、崩れ落ちるではないか。

 

 

「貴様なら、或いは叶うのではないかと……幾度も、幾度も信じて、信じ続けて」

 

 

己の分を弁えぬ不届き者が。

己が器量を見誤った愚か者が。

 

どうして―――どうしてそんな風に堕ちるまで、一人で抱え込んだのだ?

 

 

「――――――だが、結局は裏切られ続けた」

 

 

どうして世界を憎む程に、乱世を怨む程に。

己を何よりも嫌う程に、染まってしまったというのだ。

 

 

「貴様もまたそこの凡愚と同じく、ただ今世の平穏のみしか見えていなかった」

「……何が言いたいの?」

 

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そして、司馬懿の口が禁忌(タブー)を紡いだ。

 

 

「未来という真実を語れば、蜀も呉も魏も、全て滅ぶ」

 

 

一瞬、誰かの息を呑む音が聞こえた。

 

 

「それもごく近しい未来―――貴様らの子、孫の時代でだ」

「―――なっ!?」

 

 

声を上げたのは誰だっただろう。

理解する間も与えず、司馬懿は続けた。

 

 

「天下は曹魏の元で一つとなる。曹操の子は帝位に昇り、国号は『魏』として新生した―――かに見えた」

 

 

己の無能を嘆く様な調子で。

 

 

「だが、その死後には跡目を争って子は争い、その後継達も早死にした事が原因で権力は周囲の親族が握り……結局は漢王朝と何ら変わらぬままだった」

 

 

己の無様を嘲笑う様な笑みで。

 

 

「私がそれに気づいた時、既に魏は国家として力を失っていた。もうその時には、どれ程足掻いても衰退は防ぎようがなかったんだ」

 

 

天井を仰ぎ、司馬懿は淡々と口を開く。

感情を欠片も思わせない声音は、笑みは、面はやがて侮蔑と嘲笑を刻み、憎しみの矛先は誰あろう己自身へと向き。

 

 

「私は後悔したよ。信念も、野望も、願いも―――己が感情すら捨てたというのに、切望したそれは決して永くは続かなかった」

 

 

全ての犠牲の先に手に入れた筈の幸せが、選び抜いた末の結末の全てが、余りにも無様。

 

 

「……フフフ、フハハハハハハ!!!これ以上に滑稽な話があるか!?愛も理想も、全てを捨ててまで勝ち取った平穏は、愚かしくも捧げた相手によって壊されたのだぞ!?」

 

 

怒りを交えた様な声音に表情をいきり立たせ、狂気に笑みながら怒りを表し、司馬懿は叫んだ。

 

 

「だからって……どうして!?」

 

 

理解し難い、とでも言いたげな一刀の言葉に、鋭く凍てついた声で司馬懿は静かに紡いだ。

 

 

「その後悔という残留思念は、肉体が滅びても尚朽ちる事無く外史の狭間を彷徨い続けた…………そして『管理者』と呼ばれる者達によって別の外史へと向かわされた。嘗ての後悔の記憶を、その内に背負ったまま

 

 

 

―――そして目醒めた時、私は理解したのだよ。これは天命なのだと。

 

 

許せないのなら壊せばいい。納得できないのなら変えればいい。

例えそれが奴らの狙いであり、その掌中で踊らされているのだとしても、私は止まる事はない。

 

これが私の望んだ道、私の望んだ理想―――私が目指す、真の平穏を勝ち取る為の一手に過ぎない!!」

「争いの先に、本当の平和があると!本気でそう信じているの!?」

「ならば曹操!!貴様の眼に、心に!!この大陸は、中原はどう映る!?」

 

 

華琳の叫びに、司馬懿が絶叫を上げて怒鳴り返した。

 

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「仲間うちで争い!国力を疲弊させ!民草は餓えに嘆き!支配者は己が私欲を満たす為だけに動く!!……こんな腐りきった国を見て、貴様は何一つ感じないのか!?」

 

 

どれだけの絶望を、悲劇を目の当たりにしてきただろうか。

 

 

「変えて見せる!!この曹孟徳が、私の信頼すべき仲間達が!!」

 

 

その言葉を、志を信じて、どれだけ裏切られただろうか。

 

 

「この期に及んで綺麗事を抜かすか!!真の王に必要なのは、絶対的な統治力でも圧倒的な人望でも万民を惹く理想でもない!!大事なのは清濁併せのむだけの器量であり、国事に私情を挟まぬ非情さだ!!」

 

 

分からない―――分かりたくもない。

 

 

「ほざけ!!己が矮小なる野心の為だけに、幾万もの命を弄んだ貴様にそんな事を言う資格はない!!」

「何が違う!私と、貴様らと!!一体何が違うというんだ!?」

 

 

心臓の奥底を、魂魄の根底を穿つ様なこの痛みの正体が何者であるかなど知りたくもない。

 

知ってしまえば―――理解してしまえば、今まで自分という存在を縛り続けてきた決意の全てが崩れ落ちてしまいそうで。

 

 

「理想の為に敵を殺し、願いの為に兵士を殺し、戦いに明け暮れ、多くを傷つけ―――それでも止まる事は許されない!!それが、それこそが統治者!!貴様らが歩み、そしてこれからも進み続ける道の、本当の姿であろう!!」

 

 

否定し続けなければ、全てを拒絶しなければ――――――

 

 

「自らが汚れる事を拒む様な三下の分際で、未だに王を語るか!!!」

「私は誰よりも平穏を望んでいる!!誰よりも平和を愛している!!だが貴様らが統治者ではそれが叶えられない…………私に乱を起こさせたのは、私を追い詰めたのは!この乱の因果は、貴様らなのだぞ!!」

 

 

大切な人の『死』を。

己自身の『死』を。

 

全ての終端を、認めなければならなくなる。

 

 

 

 

 

 

―――認めない。

 

 

「貴様らに分かるか?才があると持て囃されながら、何一つ出来ず愛する国を失う者の苦しみが」

 

 

―――許さない。

 

 

「貴様らにはあるか?地位や名声などという俗物では考えられない程に貴重な、本当に大事なものが」

 

―――この身に、磨き上げた才に。

 

 

「幾千、幾万と繰り返してきた外史の中で、私はそれだけは失いはしなかった」

 

 

―――捧げ、想い続けた祈りに。

 

 

「人と獣の境界は理知の有無だ。己が心も律せぬ様な輩は、ただの獣でしかない。己を律し、己が任に徹し、己が為すべき事を見出す……それこそが、人が人として生きる存在意義」

 

 

―――友の、大切な人達の願いに。

 

 

「私の存在意義は、天下を正しき方へと導く事。それを邪魔するというのであれば」

 

 

―――終わりなど、終端など。

 

 

「喰らい尽くしてみせろ。数多の外史を超え、重ね続けたこの身の業諸共に」

 

 

――――――認めはしない。

 

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「我を――――――この司馬仲達を、殺してみせろ!!!」

 

     

 

説明
そろそろきつくなってまいりました。
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