真・恋姫?無双 悠久の追憶・第二五話 〜〜失った世界〜〜 |
第二十五話 〜〜失った世界〜〜
どこまでも続く荒野の只中。
砂煙を上げながら、一刀たちはただただ駆けていた。
村を襲い、食糧や金品を奪って逃走した黄巾党を追跡し、討伐するために。
その先陣を行くのは愛紗。
その後を追うように一刀、桃香、朱里、その両脇に星と鈴々、そしてその後ろを五百の兵たちがただ黙々と付いていく。
「愛紗、敵はまだ見えぬか?」
「まだ、もう少しだ!」
後ろで馬を繰りながらの星の問いかけに、愛紗は振り返ることなく答えた。
愛紗の目は、ただ真っ直ぐに果てしなく続く荒野の先を見つめている。
怒りの対象となっている敵の背中が見えるのを、心待ちにしているように。
(黄巾の賊どもめ・・・・絶対に許さん・・・・・・・!)
「愛紗・・・・・・・」
険しい表情で自分の前を走る愛紗の背中を、一刀は不安げに見つめていた。
もちろん、黄巾党の後を追うと言う愛紗の案を許したのは一刀で、村を襲った奴らを許せないという気持ちは他の仲間たちも同様だ。
しかし一刀の目には、今の愛紗はいくらか感情が前に出過ぎているように思えていた。
戦場で熱くなる事は悪いことではないし、むしろ必然と言ってもいい。
しかし熱くなることと、感情に任せて冷静さを失ってしまうことは似ているようで大きく間違っている。
今の愛紗の状態は後者なのではないかと、一刀は懸念しているのだ。
しかし、追うと決めた以上は今更引き返すわけにはいかない。
愛紗の感情の高ぶりが悪い方向に転がらないことだけを祈りながら、ただ黙って彼女の後を走るしかなかった。
それから更にしばらく駆け続け、ついに先頭を走っていた愛紗が声を上げた。
「見えたぞ! 奴らだっ!」
そう叫んだ視線の先、赤土色の荒野と空の境目には、確かにうっすらと黄色い群れが見え始めていた。
そもそも、雑兵の集まりである黄巾党と、小規模とはいえ正規の軍隊である劉備軍の足の速さの違いは明白だ。
村を出てから、そう時間をかけることなく黄巾党に追いついた。
「やっと追い付いたぞ!」
ようやく見えた敵の背中に、愛紗の表情が更に険しくなる。
姿さえ見えてしまえば、もうこちらのものだ。
それから見る見るうちに、黄巾党との距離はどんどんと縮まっていった。
「おい、さっきの奴らだ!」
背後から聞こえて来た足音に黄巾党たちも気付き、一人の男が振り向きながら声を上げた。
「まずいぞ、追い付かれる!」
それを聞き、周りにいた黄巾党たちにも焦りの表情が浮かぶ。
相手は正規の軍隊・・・・・追い付かれてしまえば、自分たちに勝ち目は無いことが分かっているからだ。
「うるせぇ! 慌てるなっ!」
「っ!?・・・・・・」
だが浮足立つ黄巾党の中で一人だけ、群れのリーダー格の男が周りの狼狽した様子を見かねたように大声を上げた。
「軍隊って言ってもたかだか数百だ。 いいか? 俺の言うとおりに動け。」――――――――――――――
「!? なんだ、あいつら・・・・・・」
順調に黄巾党の後ろを追いかけていた一刀たちは、戸惑いの表情を浮かべていた。
前を走っていた黄巾党の群れが、いきなり中央から真っ二つに分かれたのだ。
半分は右へ、もう半分は左へ・・・・・・分かれた二隊は、少しずつその距離を離していく。
「二手に分かれてこちらをかく乱するつもりか。 小癪な・・・・・・!」
「お、おい愛紗!?」
いきなりの敵の動きに一刀たちが戸惑っている中、愛紗は迷うことなく馬の手綱を引いて左へ方向を変えた。
「こちらも二手に分かれましょう! 兵の半数は私に続け!」
愛紗の指示通りに、後ろを駆けていた兵の半分がその後に続く。
「一人じゃだめだ愛紗! 俺も行く!」
それを見ていた一刀は、慌てたように兵たちと共に愛紗の後を追う。
自分が行ったところで戦力にならないことは分かっているが、愛紗を一人で行かせるわけにはいかないと思った。
「朱里、これで良いのか?」
その様子を見ていた星は、少し怪訝そうな様子で隣を走る朱里に声をかけた。
「こうなっては仕方ありません。 鈴々ちゃん、愛紗さんとご主人様に付いて行って下さい!」
「わかったのだ!」
「星さん、桃香さま。 私たちは右を追いましょう!」
「うん!」
「承知!」
力強く頷いて、星と桃香は愛紗たちと逆方向へ馬を走らせる。
残りの半分の兵もその後を追うように駆けだした。
「愛紗、鈴々! 主の事は任せたぞ!」
「分かっている! お主こそ、桃香様と朱里を頼む!」
「任せておけ!」
後ろを振り返りながら大声で言葉を交わし、二手に分かれた隊はお互いに背を向けて黄巾党の後を追った。――――――――――――――――――――――――
「くそ・・・・・・奴ら、一体どこへ・・・・・・」
左に分かれた黄巾党を追っていた愛紗たちは、駆けていた馬の速度を落とし辺りを見回していた。
黄巾党を後を追って数分・・・・・・愛紗たちは先ほどの見晴らしの良い荒野の只中からは離れ、大きな岩がところどころに立ち並ぶ岩場の中にいた。
敵はもともと百人程度と少ないうえに、今は半分に分かれその数は約五十人。
この岩場にそれほどの少数で隠れられては、見つけるのは困難だ。
「愛紗、ここはいったん戻ろう。」
「ご主人様・・・・・」
少し焦っている様子の愛紗に、その後に付いていた一刀が声をかけた。
「残念だけど、この岩場であいつらを見つけるのは難しい。 それに、これ以上深追いするのも心配だ。」
黄巾党たちを追い、既に元居た村からかなり離れたところまで来ていた。
これ以上何の準備もなしに荒野を進むのは、正直に言って不安があった。
「・・・・分かりました。」
今までは少し感情に任せている部分があったが、ここでは冷静な判断をしてくれたようだ。
愛紗は少し納得のいかない表情ながらも、ゆっくりと頷いた。
「ぶ〜。 せっかくここまで追ってきたのに詰まんないのだ。」
その隣で、鈴々は頭の後ろで手を組んで不満そうに唇をとがらせている。
「ごめんな鈴々。 代わりに、街に戻ったら肉まんでもおごるからさ。」
「なら良いのだっ♪」
本当にゲンキンというか・・・・・正直な反応だ。
さっきまでの不満げな表情はどこへやらで、すぐに満面の笑みにすり替わった。
「それじゃあ戻ろうか。」
馬の手綱を引いて、来た道を戻るように歩きだす一刀の顔には、安堵の表情が浮かんでいた。
愛紗や鈴々には悪いが、一刀は戦わずに済んで良かったと内心で思っていた。
黄巾党を追うことを許したのは自分であるにも関わらず、この戦いにどこか不安を抱いていたのだ。
その不安が現実になる前に引き返せたことにほっとしていた。
それからほどなくして、今までの入り組んだ岩場からようやく抜け出した。
が、その時・・・・・・・・
「!・・・・・・・・」
今まで先頭を進んでいた愛紗が、急に表情を変えて足をとめた。
「? 愛紗、どうし・・・・・・」
「全員伏せろーっ!!!」
「!?」
“ヒュン ヒュン ヒュン”
愛紗の叫び声にかぶせるような風切音と共に、頭上から雨のような矢の群れが降り注いだ。
「ぐぁ!」
「ぎゃぁっ!」
降り続ける矢の音に混じり、次々と兵隊たちの悲鳴と、地面に崩れ落ちる音が響いていく。
そして・・・・・・・・・
「・・・・・・・・・・・・・」
数秒後、辺りは今までが嘘のように、静寂に包まれた。
そんな中、突然の出来事に今まで腕で顔を覆っていた一刀は恐る恐る腕を下ろす。
「いったい、どうなったんだ・・・・・・・・・・・?」
目を開けた一刀の前には、その視界を遮るように二つの人影が立っていた。
「愛紗、鈴々・・・・・・。」
一刀の前に立っていたのは、険しい表情で武器を構える鈴々と愛紗だった。
そして三人を囲むように、地面には無数の矢の群れが突き刺さっている。
どうやら、一刀にめがけて降ってきた矢の全てを二人が叩き落としてくれたらしい。
「・・・・・危なかったのだ。」
「ご主人様、ご無事ですか?」
「ああ、ありがとう二人とも。 他の皆は・・・・・・・」
自分の後ろを付いてきた兵隊たちは無事かと、後ろを振り向く。
「!? そんな・・・・・・・・」
振り向いた一刀の目の前に広がっていたのは、今まで共に歩いていた兵立ちたちの変わり果てた姿だった。
二百を超える兵隊たちが、針山のように突き刺さった矢の群れの中に力無く横たわっている。
そんな中でいまだ立っていたるのは、もはや一刀たち三人だけだった。
「申しわけありません・・・・・・・どうやら、我々は罠にはめられたようです。」
「罠って・・・・・・・・なっ!?」
愛紗の声に、もう一度前を向く。
そしてその視線の先に広がっていたのは、視界を埋めつくさんばかりの黄色い群れだった。
「あれが、全部黄巾党だっていうのか・・・・・・・・」
荒野に広がるその数は、およそ五千。
さきほどまでたった五十人程度だったはずの黄巾党が、いつの間にか百倍にも膨れ上がり目の前に立ちはだかっていたのだ。
「恐らく、この近くに奴らの拠点があるのでしょう・・・・・・まんまとやられました。」
二手に分かれたのは、一刀たちの戦力を少しでも減らすため。
事実、戦う力の無い一刀を除けば、こちらの戦力はたった二人。
いくらその二人が一騎当千の愛紗と鈴々と言えど、あまりにも絶望的な状況だった。
「逃げよう、二人とも!」
「無理です。 馬をなくした我々に、あの数から逃げる術はありません・・・・・・・」
「だけどっ・・・・・・」
前に立つ二人に、一刀は悲痛の表情で訴える。
それは別に、自分の命が惜しいからではない。
このまま戦えば、恐らく大切な二人が無事では済まない。
それが、一刀には何より怖かった。
しかし必死の一刀に対して、愛紗は振り返って冷静な表情で言った。
「ご安心ください。 ・・・・・鈴々。」
「にゃ?」
「ご主人様を連れて、星たちのもとへ行け。」
「なっ!?」
愛紗の言葉を聞いて、一刀も鈴々も目を見開く。
それはつまり、一刀と鈴々を逃がし、愛紗一人がここに残ると言っているのだ。
「何言ってるのだ!? 鈴々も一緒に戦うのだ!」
「ダメだ! 私とお前だけでは、あの数を相手にご主人様を守りきることはできん。」
「俺の事なんかいい! だから愛紗も一緒に行こう!」
「いけません! さっきも言ったでしょう? 三人一緒では、逃げ切ることはできません。
誰かが残らなければ・・・・・」
「愛紗・・・・・・」
「大丈夫です。 星たちと合流できれば、奴らを倒せます。 それまでは、私が奴らを押さえます。」
一刀が何と言おうと、愛紗は意見を変えようとしない。
今度は鈴々の方へ向き直り、その小さな肩に手をかける。
「いいな鈴々? 早くご主人様を連れて逃げろ。」
「・・・・・・嫌なのだ!」
鈴々は眉をつり上げ、首を横に振る。
「鈴々!」
「どうして愛紗はいつもそうやって一人でやろうとするのだっ!? たまには鈴々の事も信じてくれったって・・・・・・・」
「信じているからだっ!!!」
「!・・・・・・・・・」
今まで諭すようだった愛紗の口調は一変して厳しいものに変わり、その声に鈴々も言葉を詰まらせた。
「信じているから・・・・・・・お前に一番重要な仕事を任せたいのだ。」
今度は普段は見せない優しい表情で、鈴々の肩に置いていた手でその赤い髪を撫でつける。
「鈴々・・・・・お前は、私の自慢の妹だ。 お前なら、きっとできると信じている。 これは、わがままな姉の一生の願いだ。 ・・・・・・ご主人様を頼んだぞ。」
「・・・・・・・・・・・・」
鈴々はうつむき、言葉を失う。
その頬からは、一筋の涙が伝った。
「・・・・・愛紗はずるいのだ。」
「? ずるい・・・・・?」
「そんな風に言われたら、もう嫌だって言えないのだ・・・・・・なのに・・・・・・・っ」
「鈴々・・・・・・」
その小さい肩が震える度に、瞳から小さなしずくがこぼれ落ちる。
出会ってから今までを共に歩き、共に戦い、共に笑った大切な姉の一生の願い・・・・・・・
その願いを叶えた先に、どんな結末が待っているのか分からないはずはない。
だが鈴々はその思いを押し殺し、必死に涙をこらえようと歯を食いしばる。
愛紗はそんな鈴々をなだめるように、もう一度その髪を指で撫でる
「・・・・ずるい姉ですまん。 その代わり、戻ったらお前の願いをいくらでも叶えるから・・・・・。」
あの桃園で姉妹の契りを交わした日から、もう幾日が過ぎただろう・・・・・・
今手に伝わってくるサラサラとした髪の感触を、これほど愛しいと思った事は無いかもしれない。
目の前で肩を震わせているこの子がこれほどか弱く、それでも頼もしく見えた事も・・・・・・・・
「・・・・・・・・・約束するのだ。」
「?」
「鈴々は、絶対にお兄ちゃんと一緒に星たちを連れてくるのだっ! だからっ・・・・・・だから帰ったら、いっぱいいっぱい一緒に遊ぶのだ・・・・・・!」
「・・・・・・ああ。 約束だ。」
コクリと頷いて、愛紗はゆっくりと鈴々の髪から手を離す。
「行くのだっ、お兄ちゃん!」
「お、おい鈴々!?」
腕で涙をぬぐいながら、鈴々は一刀の手を引いて走り出す。
「待ってくれ鈴々! まだ愛紗が・・・・・」
「・・・・・信じるのだ。」
「え?」
「約束したから、信じるのだ・・・・・っ!」
「鈴々・・・・・・・」
拭い続ける鈴々の目から、涙が止まることは無い。
そのまま一刀の手を引いて走り続け、少しずつ、少しずつ・・・・・・・愛紗との距離は遠くなっていった。
遠くなっていく二つの背中を見つめながら、愛紗は優しい笑みを浮かべていた。
「(・・・・・・頼んだぞ、愛する妹よ。 思えば、お前には口うるさくするばかりで、姉らしい事は何一つしてやれなかったな・・・・・・・・。 不出来な姉を、許して欲しい。)」
出会ったころから今まで会ったことを思い出すように、笑みを浮かべたまま瞳を閉じる。
「(そして、どうかご無事で・・・・・・・・・私の、一番大切な人。)」
そう心の中で唱え、愛紗は決心したように瞳を開け、後ろを振り返る。
その表情に、もはや先ほどまでの優しさはない。
―――――――――――さぁ、もう振り向くまい。
後ろにはもう、愛する人の背中は見えない。
―――――――――――今はただ、自分がなすべきことを・・・・・
今その凛たる瞳が見つめるのは、目の前に広がる地平線を埋める黄色い群れのみ。
―――――――――――これが私の・・・・・・最後の戦いだ。
「聞けぇぇい! この地を荒らす黄巾の匪賊どもよ! 我は劉玄徳、北郷一刀が忠臣、関雲長! たとえここで貴様らを討つ事叶わず、朽ちるはこの身のみなれど、この心に立てた誇りまで折れると思うな!」
握りしめた青龍刀を天に付き立て、その黒髪は風に吹かれて宙に踊る。
五千の敵を前にひるむ事無く仁王立つその姿は、まさに武神の名にふさわしく・・・・・・・
「関雲長、推して参る!」
手にした青龍刀を構え、愛紗は駆けだす。
怯えも震えも一切見せず、ただ真っ直ぐに敵の只中へ・・・・・・・
――――――『我ら、同年・同月・同日に生まれることを得ずとも、同年・同月・同日に死す事を誓う!』―――――――――――――――――――――――
――――――――――――桃香様、鈴々・・・・・・・どうやら、誓いは守れそうにありません。
――――――――――――そして、ご主人様・・・・・・・
――――――――――――もし叶うらな・・・・・・最後に、もう一度だけ――――――――――――――――
――――――――――――――――
―――――――――
――――――――――――――――――――――――――――――――――――――――――――――――
―――――――――
――――――――――――――――
――――――――――――――――――――――――――――
「愛紗! 愛紗っ!」
荒野の地に膝をつき、一刀は愛紗の肩を抱きながらその名を叫ぶ。
「・・・ごしゅ・・・・じ・・・・・さま・・・・・・」
「愛紗っ・・・・・・!」
自分の名を呼ぶ声に、愛紗はうっすらと重そうに瞼を開けた。
しかし、それで一刀の表情が笑顔に変わる事はない。
結論から言えば、一刀たちは間に合わなかった。
星たちと合流し、急いで引き返してきた一刀たちが見たものは、荒野一面に横たわる五千の黄巾党たちだった。
そして五千の敵の他には、弓矢に倒れた二百の仲間たち。
それだけの数の人間が居るにも関わらず、荒野には誰一人として立っている者はいなかったのだ。
そう・・・・・敵も味方も、誰一人として・・・・・・・・・・・
「愛紗っ・・・・しっかりしてくれ!」
「ごしゅ・・・・・じ・・・・さま・・・・」
愛紗は消え入りそうな声で、必死に叫ぶ一刀に応える。
愛紗の肩を抱く一刀の腕は、すでに真っ赤に染まっていた。
彼女の身体に刻まれた矢傷や切創からは、止ることなく血が流れつつけている。
「もうしわけ・・・・・ありま・・・・・ゲホッ・・・・・!」
「愛紗っ・・・・・・!」
それでも愛紗は必死に言葉を続けようとするが、それを許さぬかのように吐血が邪魔をする。
「大丈夫だ! すぐに医者の所に連れて行くから・・・・・!」
自分で言っていて、それが無理なことくらい分かっている。
こんな見渡す限りの荒野の只中の、いったいどこに医者が居ると言うのか・・・・・・
それでも、何か言わずにはいられなかった。
何か話していなければ、愛紗はこのまま遠くへ行ってしまうから・・・・・・
「・・・・・願いが・・・・・叶いました・・・・・。」
「え・・・・・?」
額に汗を浮かべながらも、愛紗は優しく微笑んで小さく呟いた。
「もし、叶うなら・・・・・・最後にもう・・・・一度だけ・・・・・・・・あなたに・・・・・・抱きしめて欲しいと・・・・・・」
「愛紗・・・・・・」
それは、敵に向かっていく最中に彼女が思い描いた最後の願いだった。
それを聞いた一刀の瞳からは、大粒の涙がこぼれ落ちる。
「何言ってるんだ・・・・・・っ。 そんなの、帰ったら何度だって抱きしめてあげるから・・・・・・だから、一緒に帰ろう・・・・・・!」
「それは・・・・・できそうに・・・・・・ありません・・・・・・・・」
「そんな・・・・・・・」
こうしている間にも、愛紗の身体からは少しずつ温もりが消えていく。
それは、一刀にこの先に待ち受ける残酷な未来を告げているようだった。
「ごしゅ・・・・じんさま・・・・・・・」
「?・・・・」
もう喋るのさえやっとのはずなのに、愛紗はゆっくりと左手を挙げ、そっと一刀の頬に触れる。
「暖かい・・・・・。 ・・・・・・あなたに出会えて・・・・・良かった・・・・・・・」
「愛紗・・・・・・」
それに応えるように、一刀も頬に触れた彼女の手を握る。
その手からは、もう温もりは消え始めているけれど・・・・・一刀にとっては何より暖かく感じられた。
「・・・・あなたを・・・・・・・愛しています・・・・・・・・。」
優しい表情のまま、愛紗は目を細めて涙を流す。
「・・・・・・・ああ。 俺も愛紗を愛してる・・・・ずっと、ずっと・・・・・愛してる・・・・・。」
涙を流しながらの情けない鼻声だけれど、一刀は精一杯の笑顔で囁いた。
恐らくこれが、彼女への最後の言葉になると感じていたから・・・・・・・・
「・・・・・・・・よかっ・・・・・た・・・・・・・・・・・。」
小さく言って、愛紗は少しずつ瞼を閉じていく。
もう二度と覚めること無い眠りに、ゆっくりと落ちて行くように・・・・・・・
「そんな・・・・・・・愛紗ちゃん・・・・・・・・・・」
「愛紗さん・・・・・逝っちゃいやですよ・・・・・・・・!」
「愛紗・・・・・・。 約束したのに・・・・・・・なんで守ってくれないのだ・・・・・・・・・・っ」
「バカ者め・・・・・・・。 お主がこんなところで居なくなってどうする・・・・・・!」
一刀の後ろでその光景を見つめていた仲間たちも、思い思いに涙を流す。
そんな中一刀は、もう目覚めることのない愛紗の身体をそっと抱き上げた。
「帰ろう、愛紗・・・・・・。 ・・・・・・俺たちの街に。」
その言葉に、もう彼女からの返事は聞こえないけれど。
大好きな人の腕の中で眠る彼女の顔は、本当に眠っているのではないかと思うほどに安らかで・・・・本当に微笑んでいるように見えた―――――――――――――――――――――――――――
―――――――――――――――――沈もうとする夕陽に照らされながら、一刀たちは街から少し離れた丘の上にいた。
そしてその前には一つ石と青龍刀が寂しげに建てられている。
「お休み、愛紗・・・・・・。」
その石の前に座り込み、一刀は優しく微笑む。
この石の下に眠る愛しい人に、その言葉が届くように・・・・・・
「なぁ・・・・・鈴々、星・・・・。」
「?・・・・・・・」
一刀はゆっくり立ち上がると、自分の後ろに立つ仲間たちの中から二人の名を呼んだ。
呼ばれた二人は、少し不思議そうにうつむいていた顔を上げる。
「・・・・・俺に、剣を教えてくれないか?」
「・・・・・・・・・・」
「頼む・・・・・。 俺は強くなりたい・・・・もう二度と、大切な人を失わないように・・・・・・・」
それは、愛紗を失った一刀なりの償いだった。
あの時、自分に戦う力があったなら愛紗を救えたかもしれない。
今更そんな事を思ってもどうにもならないけれど、せめてこれから先は誰にも守られないで良いように・・・・・
「・・・・・承知。 謹んで、ご教授いたします。」
「・・・・・・鈴々もやるのだ。」
一刀の気持ちが分かっているから、二人も一刀の試みを止めることはしない。
礼をとって、静かに頷いた。
「・・・・ありがとう。」
一刀は二人にそう言うと、今度は赤く染まった空を見上げた。
そして、恐らく今は空にいるであろう彼女に、想いが届けと手を伸ばす。
―――――――――愛紗・・・・・聞こえるかい?
―――――――――もしこの声が届いていたなら、君に助けてもらったこの命でまた戦場に向かおうとする俺を、君は叱るかな・・・・・・?
―――――――――だけど、俺は戦うよ・・・・・君が目指した平和な世界を、この手で実現するために・・・・・・・・・
―――――――――君を失ったこの世界で、俺は生きていく。
「だから、少しだけ待っていてくれ。」
夕陽に伸ばした手を握りしめ、心の中で力強く誓う。
――――――――今はまだそっちには行けないけど、いつか必ず・・・・・・必ずまた、君に会いに行くから・・・・・・・
まるで空から彼女が返事をしたように、優しい風が吹き抜ける。
そして今日のこの悲劇の日に区切りをつけようとするかのように、夕日はゆっくりと・・・・ゆっくりと遠くの空に沈んでいった。―――――――――――――――――――――――――――
〜〜みんなであとがき〜〜
鈴々 「うわ〜ん!!」
一刀 「お、おい鈴々!? なに泣いてるんだ!?」
鈴々 「だって・・・・・だって、愛紗が・・・・・グス・・・・・・」
愛紗 「落ちつけ。 これはあくまで物語の中の出来事で、私はこうして生きている。」
鈴々 「あれ・・・・・ほんとなのだ・・・・・」
愛紗 「安心しろ鈴々。 私がそう簡単に死ぬものか。」
鈴々 「はぁ〜・・・・・良かったのだ。」
一刀 「あはは。 まぁ、確かにお話の中の事とは言えびっくりするよな。」
愛紗 「・・・・にしても、この話の終わり方は少々納得がいきませんね。」
一刀 「え?」
愛紗 「たかだか五千の賊ごときに、私が共倒れになるなどありえません!」
一刀 「あはは、まぁまぁ。」
鈴々 「ところでお兄ちゃん、次回のお話はどうなるのだ?」
一刀 「え? ああ、これで記憶の話は終わりだから、次回からは現実に戻ってからの話だな。」
愛紗 「ふむ。 そういうことなら、次回からの活躍で名誉挽回するとしましょう!」
一刀 「そうしてくれ。 それじゃあ、また次回もよろしくな。」
鈴々 「ばいばーいなのだ♪」
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更新が遅くなってしまって申しわけありません (汗 外史カズトの記憶、続きです。 どうか最後までお付き合いくださいノシ |
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