ここにいて |
記憶が正しければ、劉備の活躍は晩年になってからだった。
蜀を手に入れた時点での年齢は50前後だったはずで、それまでにも領地を治めていたことがないわけではないが、僅かな期間で奪われたり、捨てたりと流浪の身として、明日をも知れぬ生活を送ってきたはずだ。
史記にしろ演義にしろ、その事実に関してブレはない。
決起してたかだか数年で、国という単位を治める地位まで駆け上がるには、劉備には後ろ盾がなかったのだ。
良家の出身である曹操や、武を以って地位を手にした孫堅と比べても遅咲きといわざるを得ない。
中山靖王劉勝の末裔を自称すれど、直近の近親者に高官が居ないのではこの時代に身を立てることが困難だった。
――そう考えれば俺の存在は少しは役に立ったということなのだろうか。
城壁の高さや、行き交う城下の人々に逐一声を上げてはしゃぐ桃香のその姿は、一国の主にしては無防備極まるものだった。
空に大きく手を広げる背中から、羽が生えてきそうだとすら思う。
身を乗り出して落っこちてしまういそうで、別の意味で危なっかしくもある。
危ないぞと注意すると、そこまで子供じゃありませんと、舌を出す。そんな姿が子どもっぽいのだと思ったが、口にすることはやめた。
この蜀漢の地を手にしたことは、ひとつの大きな区切りだ。
名声を持たない彼女たちの、求心力として『神の御使い』の名を冠した。
おかげで朱里、雛里のような貴重な人材を早期の段階から軍勢に組み込むことに成功したし、何かとこの名声が有利に聞いた局面も多かった。
結果として、正史で数十年かけてようやく手にした全土の4分の1にも及ぶ広大な領地を、驚くべき速さでものにした。
流石に曹操率いる魏と比べると見劣りするが、東に控える呉とは互角。人材でいえば正史より充実している分勝算すらあるかもしれない。
三国が鼎立した現状、戦況は今までとは大きく異なってくる。
流浪時代のようにがむしゃらに攻め立てるのではなく、国力の増強や民の安寧、それと軍備の拡大とを考えていかなければならない。
その中で、自分の立ち位置を見失ったような気になった。
どうあっても、自分は『神輿』で、たとえ彼女たちが便宜上『主人』と持ち上げていても、三国志という物語の中における蜀の王は劉玄徳。
それはきっと、変えてはいけない防衛ライン。
「俺は桃香の信念に賛同して、ここまできて、それでもやっぱりそれだけなんだ。
これから蜀の国は桃香が思うように作っていけるし、そんな桃香を求めて、人が集まってくる」
身勝手に月や詠を匿ったりしておきながら、今更な話だと思う。
思うままを訥々と口にする無責任さをかみ締めながら、それでも言わずにいられなかった。
今までこの世界に北郷一刀を繋ぎとめていた『御使い』の消費期限が切れて、腐り落ちていくような、存在がバラバラと崩れていく感覚。
切り捨てられる以上に、この世界を熟知していない自分が重荷になることのほうが怖かった。
ぱちん、と小さな音がして、両頬に小さな刺激が走る。
痛みはほとんどなくて、温かな熱を皮膚を通じて感じた。
俯いていた顔を無理やりに動かされて、飛び込んだ青碧に息を呑んだ。
「ひどいなぁ、ご主人様。
今までずっと一緒にいて、まだ私たちがそんなもののためだけに慕ってると思ってたんだ」
多少の怒りと悲しみを乗せて、それでも穏やかな口調で。
「そりゃ、初めて会ったときはそういった目的がなかったわけじゃないけど。
けどもうご主人様は私にとって大切な人なんだよ。
ううん。私だけじゃない。愛紗ちゃんも、鈴々ちゃんも、朱里ちゃんも雛里ちゃん、星ちゃんも、最近仲間になった翠ちゃんや紫苑さんまで。
みんなご主人様の人柄に惹かれて、付いていこうと思ったんだよ。
だいたい私ひとりじゃ、国の主なんてやっていけないよ」
それは違う。
例えば北郷一刀という駒のない世界でも、恐らく桃香はこの国を建国していただろう。
予想なんて曖昧なものではない。それは史実からなる絶対的な真実なのだ。
そしてそんな世界がきっと正しくて、今自分がこの場所にいるほうが可笑しくて。
そう自覚が始まると、後ろ向きな考えが止まらなくなった。
「ちが――」
「ここにいて」
否定を塞ぐストレートな言葉に貫かれる。
「ここにいて。たとえご主人様が何ももっていなくても、私はご主人様に居てほしい。
そこにいるだけで、もっと頑張れる気がするから。
隣に居てくれれば、辛いことがあっても耐えていけるから」
平和な世界でのうのうと生きてきた自分には当千の武があるわけでも、秀でた学があるわけでもない。
人の上に立って導くなんて本来できるはずもなくて、『御使い』の名声がなければ居場所なんてあるはずなかった。
桃香たちに拾ってもらわなければ、良くて野垂れ死に。最悪匪賊に殺されていた可能性だって十分ある。
だからこそ、価値を失うことが怖かった。
自分がここにいて良い理由が欲しかった。
言葉が、欲しかった。
「俺はまだ、ここにいていいのか?」
答えのわかっている質問を繰り返す。一分も残すことなく、不安を拭い去るために。
悪夢を見た子どもが、母親に泣きつくように。
そんな心情を見透かすように、優しく笑みをこぼしながら桃香は何度でも答えた。
「ここにいて」
子守唄のような声に、不覚にも涙が零れそうになった。
説明 | ||
『ご主人様』と呼ばれていても、一刀は自分を『神輿』として捉えて、人の上に立つような構えはなかったと思う。 あくまで信念は桃香に恭順して、そこに現実味を持たせるために立ち回っていたに過ぎないような感じ。 最悪「自分がいなくなっても桃香がいるなら大丈夫」ぐらい自分の事に関して杜撰だったらいいです。 間違いなく俺得 (追記)小説のhot項目に曝しの刑を食らっている……ナニコレコワイ。ホントに夢? |
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コメント | ||
TAPEt様:その支援に支えられています。ありがとうございます(牙無し) shirou様:桃香たちからすれば勘違いも甚だな話なのですがね。一刀もオトコノコですから。(牙無し) なんと感想を言えばいいのかわからないので取り敢えず支援しておきます(TAPEt) 将や軍師として請われたわけでもない。そして自分がいなくても国としてやっていける確かに答えが欲しくなるよねぇ居てもいい理由が。(shirou) 十数時間目を離した隙に過去前例がないほどコメントが……夢だろうか? 皆さんありがとうございます。お褒めの言葉、嬉しすぎてニヤニヤが止まりません……(牙無し) 確かに、周りの人材と自分を比較したら・・・卑屈というか(ヒロイン達はそう思って無くても)「自分の存在」について悪い方向に考えてしまいかねないですしw むしろ「じゃあ国から出て行ってください」なんて言われた日には・・・数名言いそうなキャラ居ますがw(村主7) 確かに、久しぶりに読み応えのある作品に出会えた気がする。(yosi) たとえ御遣いという看板がなくなったとしても・・・いままで過ごしてきた刻は本物だから・・・ だから仲間として、家族として・・・ということですね。 うん・・・ぐすっ(よーぜふ) |
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