SEASON 4.無形の季節 |
「暑い…」
陽射しが容赦なく照り付けてくる。
季節は流れて夏
何度も寝ようと試みるが暑さに目が覚めてしまう。
ずっと待っていた夏休みがやってきたが1週間で飽きてしまった。
長期休みになると誰も家に来なくなる。
たまには来てくれるがしょっちゅうではない。
やっと知った竜祈の家にでも行こうかと思ったが遠いし暑いし
何より里優と遊んでいたら悪いと思いなかなか足が進まない。
何もしないで夏休みを過ごしてしまうのはもったいない。
バイトでもしようと無料の求人誌をもらってきた。
「短期間の簡単な仕事はないかな」
さすがに夏休みをあけたあとはしたくない。
「ん?工場内仕分け作業…短期でもOKか」
難しい事を覚える必要もなさそうだしとりあえず応募してみることにした。
電話をし面接を行う事になった。
コンビニで履歴書を買い書く事にしたが名前、住所、学歴の欄はすぐにかけた。
しかし
「応募動機?長所?短所?」
まったくと言っていいほど何も思い浮かばない。
「志望動機…働いた経験がないので夏休みを利用して経験してみたかった為っと」
大人受けしそうなことがうまくかけた。
「長所……………何も出ない…体力でいいか。短所………そもそも自分の悪い部分を人に教えるか?考えすぎるところっと」
なんとか書き終えて全部を眺めたところで重要な欄があった。
保護者がどうのってところだ。
親はいないからどうするか考えたが結局家にあった親が書いた文字をなぞって書いた。
無事面接を終え明日から働くことになった。
面接というより仕事の内容とこちらの希望を聞かれたぐらいで終わった。
履歴書の意味はあるのだろうか?
働く機関は夏休みの間で週3か4日程度。
時間は午前9時から午後17時となり学校とそんな変わらない時間になった。
翌日工場内に行くとリーダーらしき人に呼ばれた。
呼ばれた方に行くと数人のアルバイトの人間がいてみんなで説明を受ける。
時折「ぬっ?」っという女の子の声が聞こえてきて集中できなかった。
だが仕事内容は簡単なもので伝票の番号を確認しそれを指定の場所にまとめて行くだけだった。
俺は1人で何も喋らず黙々と作業を進めてた。
自分でも言うのも変だが意外と真面目なんだと思った。
昼休みになり各々昼食をとる。
俺は近くのコンビニで弁当を買い食堂で食べてた。
昼休みが終わるとまた作業に戻り夕方に作業を終え家に帰る。
次の日バイトがない日は夜遅くまで起きてある日はなるべく早く寝るようにした。
たまにみんなが遊びに来た時でも同じようにした。
そんな生活を過ごしていた。
仕事に慣れ始めたある日
「おい、早く運べよ!」
後ろから声が聞こえてきた。
俺は真面目にやっているしはっきり言って作業は早いほうだと思っている。
「あっ!?」
俺は勢い良く振り向いた。
だが、言われていたのは俺ではなかった。
俺と同じ日に入ってきた女の子だった。
体が小さく力は無さそうな感じがする。
俺は気にせず作業を進め始めたがさらに後ろで騒ぐ声が大きくなった。
振り向くとさっきの女の子が何人かの人間に囲まれていた。
「ごめんなさい、ごめんなさい」
と女の子は謝っていたが調子に乗ったのか周りの奴らはやめようとしなかった。
「おい!お前らもうやめろよ」
俺は気づかないうちに止めに入っていた。
「なんだお前?」
リーダー格らしい奴が絡んできた。
「遅くてイラつくのはわかるけどもう止めてやれよ。可愛そうだろ」
「なんだ?正義のヒーロー気取りか?」
こいつまじでむかつく…
俺はそいつを睨み付けた。
「ちっ!行こうぜ!」
そういい周りの人間を連れ持ち場に戻って行った。
「おい、大丈夫か。あいつらも酷いな、そこまで言わないでいいのにな」
「いやこっちが悪いからしょうがないです」
「まあ気にせず頑張れよ」
そう言い残し持ち場に戻ろうとしたが誰かに袖を掴まれた。
さっきの女の子だ。
「一緒に作業してもいいですか?1人だと心細いから」
「別に構わないけど手伝いはしないからな」
ぐっと拳を胸ぐらいまであげ
「それでもいいです。円も頑張りますので」
言い放った。
「円?誰?」
「ぬっ!?円は円です」
「そいつを聞いてるんだけど」
女の子は自分を指さし
「円は円です。篠原円です」
「篠原円(しのはらまどか)って言うのか。俺は神林慶斗だ」
「知ってます」
偉そうに胸をはっている。
「どこかで会った事あったっけ?」
円は少し俯き何かを考えているようだった。
「いやないです。断じてないと思います。それに名札に書いてます」
なんか強く否定された気がする。
それからは2人で作業をした。
周りの奴が言ってた通り作業が遅い。
一生懸命頑張ってるのはわかるが力がないからか仕分けしたものを1つずつしか運べない。
見ていると可愛そうなのでいつの間にか手伝っている。
時給だからどんなに働いても給料は変わらないのに。
昼休み
円と2人で話しながら飯を食べる。
「そういやお前いくつなんだ?中坊が働いてていいのか?」
「ぬっ!?円は16だよ!12月で17歳だよ!」
「何?同い年?全然見えないぞ」
「ぬっ!?大変失礼です。これでも立派な女性です」
すごい反論をくらってしまった。
多分昔から言われていて嫌なんだろうな。
「そうか、んじゃその子供っぽい弁当箱は?」
「これはお気に入りです」
「そう…」
あまりつっこんでもしょうがないから仕事の話をして話を無理矢理変えた。
「神林さんは力があっていいですね」
「一応これでも男だからな。それより同い年なんだから敬語とかじゃなくていいんじゃないか?」
里優も敬語に近い感じで話してくるがあいつはキャラ的に合う。
でも円はどうもキャラじゃない。
「そうですか?あまり人と話さないからわからないです。それになんか年上に感じるんで」
「ガキくさいもんな、お前」
「ぬっ!?それじゃ止めるもん!」
「そういう言葉の方が自然だな」
「ぬ〜!」
顔を真っ赤にして睨んできたが子供が怒ってるようにしか見えない。
「これから神林さんは無し!慶兄に決定!」
「結局上かよ…まあ、お前妹みたいな感じだしな」
「円は大人だよ!」
「そういうことにしといてやる」
「円は大人!」
昼休みが終わるまで子供か大人かの言い争いを繰り広げた。
それからは円と2人で作業していた。
相変わらず作業は遅かった。
おまけに最初は気づかなかったがすぐに疲れてしまうみたいだ。
よくうずくまって息を整えていた。
大丈夫かと声をかけるとさっきまで息苦しさが嘘のような顔を見せた。
「体力もないんだな」
「ごめんね」
この時ばかりは虚勢をはらない。
本当に申し訳ないってのが伝わってくる。
「慶兄…円今日で辞めることにした。もう偉い人に言ってきた」
「どうしたんだ?嫌になったのか?」
「体力的に辛くなったから」
「そうか、お前体力なかったしな」
「力がいることとか昔から苦手で」
「それでよくここに応募したな」
「あまりこういう事をしたことがなかったので自分を変えるためにもバイトしてみたかったから」
「それじゃしょうがないな。お前力は弱いけど強いんだな」
「ぬっ?どういうことだかよくわからないよ」
「お前は強いってことだよ。もう会うことはないと思うけど元気でな」
「わかんないよ。また会うかも知れないもん」
不敵な笑みを浮かべ俺の顔を覗きこんできた。
「もし次会えたら奢ってもらうよ?」
「ああ、会えたらな。ここにきて会えた!とかはなしな」
「ぬっ!?円は卑怯者じゃないもん!それ以外で会ったら奢りだよ、約束だよ?」
「お前の好物でも奢ってやるよ」
「絶対だよ!じゃあまたね〜」
大きく手を振って去っていく。
こうして円はバイトを辞めていった。
夏休みも終わりが見え始めてきた頃
俺の最後のバイトも終わった。
残り少ない休みを満喫するしかないと思いそのまま竜祈の家に向かった。
駅には浴衣を着た人達でいっぱいだ。
それを尻目に歩いて向かう。
「はぁ…はぁ…あいつの家こんなに遠かったか?」
よく考えてみれば前にあいつの家に行った時はバイクの後ろに乗ってたんだ。
しかたなく歩き続けたが体力が限界に近づく。
途中でタクシーを拾おうか考えていたが
考えこんでいると通りすぎていざって時にはこないまま。
「……ついてしまった」
顔を滴る汗もそのままあがりきっている息を整えることもなくインターホンを鳴らす。
…が出てくる気配を感じない。
「なんだ?いないのか?そういえばあいつのバイクもないしな」
辺りを見回すとお気に入りのバイクがない。
せっかく来たのにどうしようもなく玄関に寄り掛かり待つことにした。
しばらく待っても帰ってこない。
1人しりとりをして待つ。
「夏、釣り、リゾート、ときめき、緊張、浮輪、ワニの浮輪、わたあめ、めっちゃ楽しそう」
いつの間にか俺には無関係な夏の楽しみになっている。
「慶斗、何ブツブツ言ってんだ?」
「慶ちん気持ち悪いよ」
1人しりとりに集中しすぎて知らない間に帰ってきてた2人に気づかなかった。
「どこ行ってんのかと思えば俺の家の前かよ。バイト先にもお前の家にもいったんだぞ」
「悪いな。バイト終わってそのまま来たんだ。俺を探してたってことはなんか用事でもあるのか?」
「今日はうちの地元の近くで花火大会があるんだよ。慶ちんを誘おうと思ってね」
待ちきれなくてウズウズしているのが手にとるようにわかる。
「そっか、だからあんなに浴衣を着た奴らが多かったのか。ここに来たのは正解だったな」
「まあな。もちろん行くよな?行かないって言っても強制連行だけど」
「選ぶ権利なしかよ。行くよ、遊びにこっちに来た訳だしな」
「決まりだね。それじゃ僕は着替えていくから会場で会おう。みんなすぐ見つかるだろうしね」
拓郎はすっ飛んで帰っていった。
多分着替えてすぐに行くつもりだろうな。
竜祈の家に上がりまずは一休み。
あの片付けからなのか里優と付き合い始めてからなのか部屋が綺麗に片付いていた。
若干いい匂いが漂っている。
犬の様にクンクン嗅ぎ回っていると竜祈から変な視線を感じた。
ゆっくりと顔を見るとあからさまに変なものを見た顔をしている。
「お前何してんだ?俺の部屋の匂いなんか嗅いで。………まさか!?俺はそんな気はないぞ!里優がいるし!」
後ずさりしどんどん離れていく竜祈。
とんだ勘違いをされてしまったようだ。
「竜祈、この部屋いい匂いだな。もしかして里優の匂いなのか?」
「さあな、俺は毎日ここにいるからわからんな。そんなにいい匂いするのか?」
「だから匂いを嗅いでたんだよ。お前の匂いなんか興味ない」
「なるほどな。だからさっきはあんなことしてたのか。俺はてっきりあっちの方なのかとハラハラしたぞ」
「竜祈…殴るぞ」
「悪い!ついに本性を曝け出してきたのかと思ってな」
「馬鹿だろ、お前。そういえば匂い知らないって言ってたけど里優からなにも感じないのか?」
「ん?そういえば無いな」
「いつも一緒にいるのだから何かはあるだろう。そうだ、今日里優もくるんだろ?その時に嗅いでみたらいいんじゃないか?」
「ばっ、馬鹿!そんなことできるわけねぇだろ!かっこ悪い!」
「ふ〜ん、好きな子の匂いも知らなくていいんだ。あっ、そんなに好きじゃないんだな」
「ほ〜、慶斗、喧嘩売ってんのか?」
「まさか、お前に勝てるわけないだろ。ただ疑問に思っただけだよ。まっ、竜祈がいいならいいんじゃないか?」
「言わせておけば…おし!んじゃ今日確かめてやるぜ!」
「約束だからな」
「任せとけよ。嗅いで嗅いで嗅ぎまくって変態って罵られるまでやってやるよ」
「誰が変態なんですか〜?」
振り返ると満面の笑みを浮かべる赤の浴衣を着た里優が立っていた
竜祈と2人で顔を見合わせた。
お互いどこから聞かれてた?最初からだとさすがにまずい。
そんなことを考えていたに違いない。
「あの〜どうしたんですか〜?顔色が悪いですけど〜?」
「里優いつ来たんだ?」
竜祈が先頭に立って聞いてくれた。
「今きたところです〜。チャイム鳴らしても出てこられなかったので〜失礼だと思ったのですが入ってきちゃいました〜」
「そっ、そうか…それなら良かった」
「何が良かったんですか〜?」
「さあ竜祈!そろそろ行かないか?」
話題を変えないと深い突っ込みが来そうだ。
「おっ!そうだな、そろそろ行くか!」
竜祈も俺の思惑を感じとってくれたらしい。
俺と竜祈が立ち上がろうと瞬間…恐ろしく冷たい視線を感じた
その視線の先を見る。
里優が少し怒っているのがわかる。
「どうかしたのか、里優」
恐る恐る俺は里優に聞いてみた。
「なんでなんですか?なんでそうなんですか?」
語尾とかが伸びていない。
前に唯に聞いた事がある。
里優が怒ったり真剣に話す時は語尾とかが伸びない。
まさに今その状況だ。
竜祈もその異様な空気を感じているのか黙り込んでいる。
竜祈も知っているのだろう。
俺なんかよりも付き合いがあるのだから。
「なんでですか?」
その言葉だけが部屋にこだまする。
ついに竜祈が重い口を開いた。
「ごめん、お前を無視したわけじゃないぞ。でもそろそろ行かないとな」
「だからです!なおさらじゃないですか!」
俺と竜祈は何がなんだかわからなくなってしまった。
「竜祈さん!」
「はっ、はい!」
直立不動になった竜祈に里優は近づき竜祈の服を掴み睨みつけた。
「竜祈さん!この格好でいくんですか?一緒に買いに行った甚平着てくれるっていったじゃないですか!」
そういうことだったのか。
もう変態の件は終わっていたんだな。
それから竜祈は大慌てで着替え始めた。
「うし!里優これでどうだ!」
「やっぱり竜祈さんかっこいいです〜」
語尾が伸びている。
もう機嫌は良くなったみたいだ。
にしても竜祈の格好をみると屋台の若い衆に見えるのは俺だけだろうか。
「着替えも終わったところでいくか」
「お〜!」
みんなの声が揃い家を出るが何か忘れている気がする。
少し歩きようやく思い出した。
「ちょっと、私のこと忘れてない?」
そう、唯だ!
「もう里優、待っててって言ったじゃない!」
「あはは〜、すみませ〜ん」
「もう2人も気づいてよね。っん、慶斗どうしたの?なんか私についてる?」
「いや別に…」
改めて唯は美人なんだと気づく。
紺色の浴衣にアップした髪型、普段見なれた唯とは違う輝きを感じる。
「そう?なら行きましょ」
祭り会場に向かう途中唯と里優が並んで歩いていると他の男性陣が見とれているのがわかる。
「竜祈、ちゃんと約束守れよ」
「ちょっと自信がなくなってきた」
俺が当人でもそうなるぐらいの魅力をかもしだしている。
会場に着くと多くの人で賑わっていた。
これでもかっていう人の群れに熱気に満ちている。
「さて、拓郎はきてんのかな?」
背の高い竜祈が辺りを見渡す。
「まだ来てないみたいだな。あの髪の色ならすぐわかるはずだからな」
確かにあの色ならすぐ気づくだろう。
「色々お店出てるからとりあえず探しながら歩きましょ」
「腹も減ったしな。よし行くか」
拓郎を探すついでに露店を見るため歩き始めた。
いや、露店を見るついでに拓郎を探すのか。
どっちでもいいが歩き回ることにした。
人込みを掻き分けながら屋台を見て周る。
竜祈の地元の近くというのもあるのだろうか。
歩くたびに竜祈に挨拶しにくる奴らがいたり姿を見かけて逃げていく奴らが多い。
「ったく、祭りを楽しませろっての」
ボソッとこぼしていた。
懐かしい友達に会うのはいいが、ここまで色んな人間に来られてはたまったのんじゃないだろう。
有名税ってやつだな。
「あ〜、竜祈さん。あれ獲ってくれませんか〜?」
里優が指差したものは射的の景品。
「おう!いっちょ漢を見せてやるよ!」
竜祈は銃を片手で持ち目的のものに銃口をむけた。
いや、ちょっとまて…そもそもそれは倒れるのか?
銃口を向けた先にあるもの…自分達の身長ぐらいあるクマのぬいぐるみだった。
無理だろ、絶対に無理だ。
「おっ、竜君こいつを狙うのかい?やめときな。これをとれるのは奴だけだよ」
「おっちゃん!あいつにできて俺にできないことはないぜ!」
「竜祈、知り合いなのか?」
「ああ、毎年ここにはきてるからな。いつも見てるからコツは知ってる。見てろよ里優!」
銃口に弾を詰める。
確かに詰め方が回りでやっている人と何かが違う。
何が違うかは分からないが何かが違う。
弾を詰め込み終わり竜祈は腰を落とし照準をクマの眉間に合わせた。
目を逸らすことなくクマを見据え暫く制止する。
こっちにも伝わる緊張感
唾を飲む音が大きく聞こえる。
「いくぜ!」
その声と共に銃口から弾が一直線にクマへと放たれる
それはとてつもない速さで向かっていく
この銃はこんなに速い弾を放つ事ができるのかというぐらいだった。
弾がクマの眉間をとらえる。
次の瞬間……
何事も無かったかのようにクマは弾をはじき返していた。
うなだれる竜祈、里優の励ましの言葉も届いていないのかどんどん落ち込んでいく。
っと勝手に歩き始めっていった。
「おい、竜祈!」
追いかけようとした俺達を
「あはは〜、すみません〜2人にしてもらえますか〜?」
そう言い残し里優は竜祈を追いかけていった。
呆然とする俺と唯。
顔を見合わせた瞬間、何故か笑い出してしまった。
「あそこまで見栄切ったのにあれじゃ恥ずかしいわよね」
「あいつここ1番で弱かったりする時あるからな」
「本当よね。さて2人になっちゃったけどどうする?拓郎でも探す?」
「歩いてればその内見つかるだろ。何か他にも見に行こうぜ」
「そうね、その内あっちから来そうだものね」
そうしてまた歩き始めた。
「そういえば慶はここのお祭りくるの初めて?」
「初めてだと思う。思うけど…」
「けど?」
「なんか来た事があるような気がする」
そう、ここについてから何か懐かしい感じがずっとしている。
そしてその時誰かと一緒に歩いていた気がする。
「いやなんでもない。多分気のせいだろう」
唯は不満そうな顔をして俺の顔を覗き込んできた。
「ば〜か!」
何故か怒られた。
理由を聞いても答えてはくれなかった。
「悪い、何か気に障ったなら謝るからさ」
「いいわよ、気にしてないから」
「気にしてるから怒ってるんだろ。だから…っん?」
泣き声がする。
「気にしてないわよ!それに…って慶どうしたの?」
俺は唯から離れ泣き声がする方へと足をむけていた。
小さな女の子が人込みの中で1人小さくなってないていた。
迷子にでもなったのだろう。
「ママ…ママ…」
っとずっと母親を呼んでいた。
「どうしたんだ?迷子か?」
いつの間にか俺はしゃがみ込み女の子に聞いていた。
「迷子…じゃないもん…探してるだけ…だもん」
「そういうのを迷子っていうんだぞ」
「違うもん…探してるんだもん…」
「そうか、お前がそういうなら迷子じゃないな。見つかりそうか?」
「ううん、みんなおっきくて探せない」
「そっか、放送とかしてもらうと探しやすいぞ」
「やだ、怖いとこいかない」
「そっか、じゃあ俺が手伝ってやるよ」
俺は女の子を持ち上げた。
「どうだ?これで少しは探しやすいだろ?」
女の子を持ち上げた俺は肩車をしてあげた。
「見やすい〜」
肩の上で女の子はおおはしゃぎだった。
「ちょっと慶どうしたの?あぁそういうことね。私も手伝うわ」
まだ何も言っていないのに唯は察してくれていた。
女の子が言った方向に足を進める。
「あっち」
「違う人、こっち」
「違う人、そっち」
こうして俺達は会場を1周してしまった。
「まだみつからないのか?」
「見つからない…」
さっきまではしゃいでいたのが嘘の様に大人しくなっていた。
一旦降ろそうした時
「ママだ〜!」
女の子が指をさした方向に心配で今にも泣き出しそうな女の人がいた。
俺は足早にその人のところに向かった。
「ママ〜!」
地面に降りた女の子は一目散に母親に駆け寄った。
母親に抱かれた女の子はわんわん声を上げ泣いていた。
「唯、行こうか」
俺はその光景を背に唯の手を引いて人込みに入っていった。
「慶らしいわね」
「何が?」
「困った人をほっとけないところよ」
「そうか?そんなこと思った事もないぞ」
「それは自分だからよ。自分にとっては当たり前のことなんだから他の人に言われないと気づかないわよ」
「そうかもしれないな。でも昔からそうだったのかな?」
「慶はずっとそうよ。昔から」
「自覚がないってのはまずいかもな」
「いいと思うわ。意識しちゃったらできなくなることもありそうだし。試しに1ついうと私と手をずっと繋いでたの知ってた?」
「そういえば手が暖かいな」
手の方に目をやると確かに誰かと手を繋いでいる。
その手の先を見ると唯。
「わわわわわ!」
思わず手を離してしまった。
「ほらね、意識してなかったらなんでもなかったのに意識したら照れくさくなったでしょ?」
そういう唯の顔も赤くなっていた。
「やっと慶ちん達見つけたよ」
後ろから拓郎の声が聞こえてきた。
「なんだ、拓郎どこいってたんだよ…っげ…」
「拓郎その格好どうしたの?」
「うん?何かおかしい?」
着ている物は普通の甚平姿だけど
頭には捻り鉢巻、お面
右手には山盛りのたこ焼き
手首に金魚に水ヨーヨー
左手には綿あめ、チョコバナナ、フランクフルト
手首には光る腕輪
完全に祭りを楽しみまくっている格好になっていた。
完全に楽しんでいるのであればこの格好は正しい。
「そうだ、これから大食い大会があるからこれあげるね」
手に持っていたたこ焼き等を俺達にくれた。
「もらっていいのか?せっかく買ったのに」
「食べたくて買ったわけじゃないから。どうですかって言われたらこの雰囲気は買わずにはいられなくてね」
こいつ将来破産してしまうんではないかと不安になる。
「んじゃ行ってくるね、今年は圧勝だよ!」
手を振り拓郎行ってしまった。
落ちていた紙を拾う。
---やきそば大食い大会---
そう書かれていた。
あまり人のいないとこに座り拓郎にもらった食料を食べる。
遠くから歓声が聞こえてくる。
どうやら金髪の少年が誰も追いつけないスピードで食べているらしい
少年は去年の準優勝者でもあるらしい
去年はギリギリの勝負だったらしい
その接戦を演じたライバルは今年はエントリーしていない。
ライバルは背の高い頭にバンダナを巻いた少年らしい
今年は女の子と歩いているのが目撃されている
そんな情報が自然と耳に入ってくる。
食べ終えたトレーを片付け唯と2人っきりで川沿いに座る。
「花火はいつ上がるんだ?」
「もうそろそろよ。大食い大会が終わってから少したってからね」
「ふ〜ん、そうか」
俺は空を見上げる、今日は雲1つない綺麗な星空。
ここに花火が上がればより綺麗に見えるんだろう。
「ようよう、何いちゃついてんだ」
声の方を見ると暗闇から3人の姿が見えてきた。
よく見るとバイト先で円をいびっていた奴らだった。
「おっ、なんだ。神林か。女連れていい身分だな」
こいつら酒臭い。
絡まれると面倒だと思い
「唯、行こう」
手を引きこの場を離れようとしたが
「おい!ちょっと待て。前からむかついてたんだよなぁ。ん?その子可愛いな。こんな奴といるより俺らに付き合えよ」
「痛い!離しなさいよ」
無理やり唯の手を引っ張りやがった。
「やめろ!」
俺は唯を掴んでいた手を払った。
「なんだよてめぇ!やんのか!」
そいつは俺を睨みつける。
「女の子は俺らに任せてそいつボコッちゃって下さいよ。俺もそいつ気にくわなかったんすよ」
とりまきの2人がケタケタ笑いながら唯を捕まえ様としていた。
俺は唯とそいつらの間に立ち唯を守るように後退した。
「お前の正義感みたいのがむかつくんだよ。お前ら行け!」
2人は俺達に向かって走ってくる。
「唯!逃げろ!」
「でもそれじゃ慶が…」
「いいから行け!」
唯は俺から少しは離れたもののこの場からなかなか離れない。
「やっぱり…」
「いいから行け〜!」
唯は涙を浮かべながら走っていった。
唯を捕まえ様とそいつらは加速する。
だけどそんなことはさせない。
そいつらを捕まえ一緒に転げた。
「いてて、てめぇ!何しやがる!」
思いっきり殴られた。
手が離れた瞬間にまた走り出そうとした1人をまた捕まえまた殴られ何回繰り返したかわからない。
痛みでどれぐらい殴られたかわからない。
でもそいつらを逃がすことはなかった。
意識はあるけど目の前が真っ暗で何も見えない。
唯は無事に逃げれたのか?
もうなんだかわからない。
全然物音が聞こえない。
頬が暖かい、そして柔らかい
「慶!大丈夫?慶!」
目に光が入ってくる
「ゆ…い…?」
「良かった、気がついたのね」
唯の目から涙が零れ落ちた。
「あいつらは?」
「あそこ」
3人共正座して震えていた。
竜祈がずっと睨みつけている。
正確には里優に抑えられ殴ることができず睨んでいた。
「急いで竜祈探して戻ってきたの。そしたら慶がぼろぼろになってるのに頑張ってたわ」
「ありがとな。これ以上は無理だったかもしれなかったし」
「お礼を言うのは私の方よ。ありがとう」
「何いちゃついてんだよ。大丈夫か慶斗?あいつらには俺から言っといたからもう安心しろ」
「助かったよ、悪いな竜祈」
「んで、今居心地いいだろ」
にやっと竜祈は笑いかけてきた。
「確かにいいけど」
「唯さんに膝枕してもらってますもの〜、気持ちいいでしょうね〜」
「唯に膝枕?おわっ!」
思わず飛び起きてしまった。
「悪い、浴衣汚しちまったな。クリーニング代出すから」
「いいわよ、私を守ってくれたんだから」
「でも俺が竜祈みたいにもっと強ければこんな目に遭わせなかったのに…もっと力があれば…」
そう、力があれば…
「何言ってんだよ慶斗。お前は強いよ」
「えっ?でも俺はこんなになっちまってみんなに迷惑かけちまってる。もっと強ければ」
「慶斗。確かに俺は腕力とかはある。でもそれは強いとは言えないんじゃないか?いくら喧嘩が強くたって敵を増やすだけだ」
「それでも俺は…」
「慶斗、お前は困っている人を助けたり体を張って守ったりする。俺はお前のそんなとこを羨ましく思う。お前はどう思っているかわからないけど俺はそれを強さだと思うぞ」
「そうよ慶、もっと胸を張っていいと思うわ」
「そうですよ〜、慶斗さん」
「強さに形はないもんだと思う。だから目に見えるものは気付くが見えないものは気付かない。慶斗の強さは見えない心のものだから慶斗は自分では気付いてないだけさ」
3人は優しく微笑んでいた。
そういえば俺は同じようなことを円に言ったことがある。
《お前は強いって》
でもあいつはわからないっと言っていた。
多分同じことなんだとわかった。
花火が上がる音が響き渡る。
色んな色で辺りの景色が彩られていく。
夜空に咲いた大輪の花が全てを包み込んでる。
「慶、今日は本当にありがとうね。私怖かった」
「いや、ただ唯に危ない目に遭わせたくなかっただけだよ」
「ごめん、手…繋いでいい?」
「あぁ」
俺は恥ずかしかったがしっかりと唯の手を握った。
どこかぎこちなかったが徐々に慣れていく
小さく震えていた唯の手から怖さが消えていく
俺もどこかで安らぎが戻っていた
花火を見終わった俺達はある場所にきていた。
「今回の優勝者は………ゼッケン1番五十嵐君です!」
大きいトロフィーを掲げ誇らしく立っている拓郎を遠くからみんなで眺めていた。
毎年竜祈に負け優勝はできなかったが今年は竜祈は出なかったから圧勝で優勝できた。
竜祈が言うにはあのトロフィーがどうしても欲しかったのだという。
竜祈がやろうかと渡したが自分で取るんだと受け取らなかった。
例え竜祈が出ていなくても自分の力で掴み取ったものは価値のあるものなのだろう。
そしてその価値のあるものは俺に絡んできたやつらとぶつかり一瞬で壊れてしまった。
破片を拾い集め拓郎がうずくまっていた。
「どれ、みんなで慰めにいこうか?」
拓郎の所に行こうとした時
「てめぇら!ちと待てや!」
怒りの声が聞こえてきた。
「僕の大事なもの壊しといて素通りとはいい身分じゃのう!?おう!?」
大乱闘が始まった。
乱闘と言っても拓郎の一方的な攻勢終了した。
「そういや慶斗は知らないかもな。拓郎キレると俺でも抑えるのきついから」
見ればわかる。
明らかに竜祈よりすごいことになっている。
暫くして唯に怒られながら拓郎が戻ってきた。
「もう簡単に暴れたりしないの!」
「だって、僕のトロフィーが…」
まだ涙目なのが拓郎らしい。
「もういいや、ちょっと気分転換にちょっと行ってくるね」
拓郎は走り去りすぐに何か大きいものを背負って戻ってきた
「すっきりした〜1番大きいの落とすのはたまんないね。僕景品いらないから里優ちゃんいる?」
「ありがとうございます〜。でも…」
「でも?」
「おい拓郎!それは俺が落として里優にやるつもりだったんだよ!」
「竜祈怒ってる?」
「当たり前だろ!」
「ごめんなさ〜い!」
拓郎はすごい勢いで逃げ始めた。
それを竜祈も追いかけ始めた。
「こんな場所でも相変わらずなんだな」
「私達らしくていいじゃない」
俺達らしくないことも少しあったけどな。
「あの〜、慶斗さん。竜祈さんが私のこと嗅いでいたみたいなんですけど〜男の人ってみなさんそうなんですか〜?」
あいつストレートすぎる行動をしてしまったんだな。
「へぇ〜慶、私も興味あるからそこのとこ細かく教えて」
意地悪な笑みを浮かべながら聞いてきた。
こうして竜祈と拓郎は走り回り
俺は女性陣2人に変な誤解をさせないように神経をすり減らしながら説明をして花火大会が終えた。
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