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ただいま。

三日間なにしていたのとか

どうしていたのとか、色々聞きたいことはあると思うけど。

それに全部答えようと思うので

少し黙って聞いてほしい。

この三日間で私はメルキドに行ってきたのだ。

 

ぽつり、ぽつりと降り出した雨はやがてじゃんじゃんばらばらと地を打ち、

下着まで濡らしてくれた。

私は警告と悲鳴をあげながら人々が家の中に引っ込むのを見ていた。

メルキドの雨のことは聞き及んでいたので

私もなんとなく危機感を覚えて、さて、どこのどいつにぶらさがってもぐりこんでやろうかしら。と考えていた。

 

雨の中では人が死ぬ。

 

それがメルキド。

逃げなくてはいけない。この雨が、やがて暴力の粒と化す前に。

 

「こっち!」

 

ぼーっとしているうちに人々は全部家の中にもぐってしまい。

雨はだんだんと力を増す。

肩が痛いなぁ、ああでも肩こりには効くかしら?と馬鹿のことを考えている私に、不意に誰かが声をかけた。

 

「こっちだってば!!さっさと来て!!」

 

振り向くと小柄な少女が私を呼んでいた。

誰かと勘違いしていないか。

だけど都合が良い、この少女の家に何とか言ってもぐりこませてもらおう。

 

私はそれだけ思考して走り出した。

 

 

「すごいねー」

少女が差し出したタオルを頭から被りながら私はつぶやいた。

「あなたおしかったよ、もうちょっとで死ぬところだった」

少女はこぽこぽと変な音のする機械をいじりながらこっちを向いた。

機械の中で茶色い液体が踊る。

「なんで呼んでくれたの?」

いまさらながら、旅の疲れがでてきて、私は目をつぶる。

肩が痛い。あのうわさは本当なんだな。

雨が暴力を振るう、というのは。

「人が死ぬところをただ黙ってみてろって言うの?」

少女は微笑んで茶色い液体をコップについだ。

微笑むと桃のように愛らしかった。

あのわけのわからない何かをまさか飲めって言うんじゃないでしょうね?

 

タオルでおおまかに体を拭くと、少女の差し出したコップを取る。

一口飲んで、苦さに顔をしかめたらしい、少女がころころと笑った。

「コーヒーよ、そんなに苦い?」

「んがい」

「着替えた方がいいわね」

少女は笑いながら近くの棚を開けた。

 

夜。

凄まじい音の雨粒が、地球を揺るがしていた。

闇の中で少女の吐息を感じながら私はぼんやりと天井を見ていた。

「眠れない?」

ふいに、静かな声で少女が問うた。

「………うるさいでしょ………4の月はね………いつもこうなの」

「別にうるさくないよ」

「……………私がいるから眠れないの?」

「まさか」

 

「…………」

「………………」

 

しばらく、雨の音だけが部屋に満ちた。

綺麗な天井の窓に、暗闇からもはっきりわかる流れ落ちる滝のような水。

窓が綺麗にナって良いね、ってぼんやり思った。

 

「いつから?」

「え」

 

「いつから雨が暴力的になったの?」

「知らないの?」

「え」

 

「最初からよ、この町ができるずっと前から雨は暴力的だったわ」

 

「4の月以外はずっと雨なんて降らないんでしょ?」

「降らないわ。だから4の月は大事なの。命の水よ」

 

 

「なんで」

 

「え」

 

「なんで私を家に泊めてしかもいっしょに寝るの?」

「………いや?」

「いやじゃないけど警戒心がなさ過ぎるわ」

「……………雨で、私は独りぼっちになったの」

 

ため息をついて少女は寝返りを打った。

少女の鼻が闇の中でぼんやり見える。

流れる滝の窓を見て、何を思っているのだろうか。

 

「いつもこの町の雨は突然だから。

この町に住む人間も、死ぬことがあるの」

 

少女はそれ以上しゃべらなかった。

私もそれ以上問い詰めなかった。

明日のタメに、私は早く寝ようと目をつぶった。

 

 

 

「だめよ!何を馬鹿なことを考えているの!?」

 

案の定少女は止めた。

合羽を着る私の衣をぎゅうぎゅうと引っ張る。

 

「死んじゃうわ!!!」

「死なないよ」

「馬鹿なことはやめて!!」

「しかたないよ、私は馬鹿なんだし」

「何を言っているの!?」

「知らない?馬鹿な旅人の話」

 

私は少女の桃のような頬に手をあてて微笑んで見せた。

少女がびっくりして身を引く。

 

「各地を旅して馬鹿なことばっかりやっているおばカサン」

 

「…………聞いたことあるわ。

妙な旅人で、各地で馬鹿やって死ぬ目にばっかりあっているって」

 

「…………だから止めないでね」

 

「ふざけないで!そんな理由で!」

「そんな理由もこんな理由もないのよ」

「あなた本当に馬鹿なんじゃない!?」

「ええ、言ったでしょ、馬鹿だって」

「こ…ここ…」

「にわとり」

「このくそばかっ」

 

少女の目は涙で光っていた。

本当に雨で誰かが死ぬのが嫌みたい。

 

「やるんなら違うとこでやってよ!なんで私の家でなんて」

「ごめんねー、でも丁度良いときに声かけるんだもーん」

「馬鹿っばかばかっおおばか」

「ほにょほにょほにぃ」

私は笑って彼女の頭をなでた。

 

「大丈夫、私は死なない」

 

「…………死んじゃうわ」

「死なないよ」

もう一度笑うと、私は合羽をがさがさ着て少女の家のドアを開けた。

 

ごぶうううう。

 

大粒の雨が横殴りにかっ飛んでいた。

圧力でドアが閉まりそうになる。

 

「………!」

 

少女が何か叫んだ。

やめて、だったかもしれない。

ばか、だったかもしれない。

もう一度彼女が何か言う前に私は外へ飛び出した。

 

 

 

 

ごううんごうんごうううんごうん。

 

耳のそばで超特急の台風が渦巻いているみたい。

どかっどかっどかっと殴られたような衝撃が肩と腹、体中。

 

なるほど、これはすごい。

 

雨の暴力。

 

この雨で人が死ぬことを考えた。

雨の一粒一粒はたいしたことがないのだ。

だたそれが風に乗り、大群になったとき、

暴力と化し、人を襲う。

 

普通の人なら衰弱するだろう。

おまけにたまに、とがった氷も降ってくる。

なんともまぁサービスの良い雨だ。

 

ばしゃんばしゃんと私は雨の中歩いた。

薄いシールドを体の周りにはる。

シールドは雨を弾き飛ばし、体を守る。

しかしシールドをはリ続ける持続力が結構しんどい。

 

さて、どこへ行きましょうか。

私はにまにま笑いながらあたりを見渡した。

滝のような雨で煙、周囲はさながら幻想のようだ。

 

何があるとは知れないが、好奇心をそそられたら即実行が私の信念だ。

雨の時に外に出てみたかった。

今回の冒険はこれに尽きる。

 

そう言う意味ではすでに目的は達しているのだ。

あとはどうするか………。

 

 

 

ふと、私は雨の中、何かの影が映るのを見た。

小さな黒い影だった。

不意に映り、不意に消えた。

 

私はちょっと考えた後、走って影を追い出した。

 

 

 

 

「つーかまーえたぁ」

「ぎょわわああああ」

 

影が見えたとたん私は飛びかかった。

あっけなく影はぶっ倒れ、雨の中影と私は転がりまわった。

 

「は。はなせぇ」

「あはははは」

 

「何をしておる、ソウジャ」

 

転げて笑いまくる私と怯えまくってパニックになっている影に、

誰かが声をかけた。

んー?と見ると、それは巨大な影だった。

 

 

「人間の客は久しぶりだな」

雨の中。

連れてこられた原っぱの真中で私は興味しんしんにあたりを見渡していた。

草という草は申し訳なく「もうしんぢゃいたい」というように、頭を下げて雨に打たれるにまかせている。

そう言えば辞書に載っていたが、ココら辺の草は全部柔らかく茎がないらしい。

巨大な力の雨に逆らうより屈する方がすごしやすいのだろう。

その草花のあちらこちらに影が立っていた。

私の飛びかかった影は不服そうに、私の隣で突っ立っている。

目の前にいる、あぐら(?)をかいた大きな影がもう一度言った。

 

「おまえ、少し疲れないか?」

「何が」

「死にそうな風ではないが………この雨の中、平気なのか?」

「ぢょから何が」

「……………タフな人間だ。人間にしてはな」

がっふあっはっはと大きな影が笑った。

 

「こいつは悪いやつですよ、お父さん」

 

私の隣に立っていた影が言う。

 

「僕に飛びかかって僕を殺そうとした!」

「しどい!私は遊んでいただけなのに!」

「なんだと!?」

 

「まぁ、おちつけ、ソウジャ」

「だってお父さん!」

「いいじゃないか、こんなにタフな人間は久しぶりだ。

雨の中。生きているとはな」

「………君たちはなんなの?

アメフラシ?」

「アメフラシ…………?」

「この雨は君たちが降らせているの?」

 

「勘違いしてもらっては困る、人間」

 

大きな影は笑いながら言った。

雨の中の影なので、表情は見えなかったけど。

 

「私たちは雨の中でしか生きられないが、雨を欲して降らしているわけではない」

 

「雨人間?」

「いや………昔、おまえのように雨の中で死ななかった人間は、私たちのことを”雨影”と呼んでいた」

「あめかげ」

「…………雨の中の影、という意味らしい」

 

まんまじゃないか。

 

「人間、もう少し生きていられるなら、私たちの祭りに参加しないか?」

「おうともよ!」

「お父さん!!」

「目くじらを立てるな、ソウジャ。

おまえに飛びかかっただけでこの娘が悪い人間だと決め付けてはいかん」

「だって父さん!!」

「そうじゃそうじゃ、そうなのじゃー!」

「なんだと!!!」

「ソウジャ!!」

 

雨影たちの祭りは奇妙なものだった。

一人の影が、真中に踊り出る。

それに向かって大勢の影たちがはやし立てる。

影によって影の性格をあらわした言葉を大声でがなりたてる。

私もわけがわかっていないながら、大声でちょんちょぼりーだの、ものものはーだの、囃したてた。

その囃しによると、”ソウジャ”と呼ばれる青年は、

父さん大好きの半人前で、それでも気の良いやさしい貧弱男らしい。

父さんは雨影の”長”だった。

 

「どうだ、客人、楽しんでいるか?」

「楽しいよ」

「………大丈夫か?この雨はきついだろう」

「大丈夫だけど、そろそろ帰るよ」

「この葉を頭に被っていけ」

 

雨影の長は、長くて広い丈夫そうな葉を、後ろから取り出した。

どこにしまっておいたんだ?

 

「少しは雨がましになる」

「ねぇ、雨影たちは、雨の中でしか生きられないの?」

「そうだ、雨が降らなければ私らは地面に沈み、次の雨を待つ」

「…………雨の中の風景は綺麗?」

「綺麗かどうかはわからないが、私はこの雨が好きだな」

「そう」

 

私は葉を受け取って、ありがとうと言った。

実は結構しんどかったのだ。

 

「また会えるかな?客人」

「多分ね、ワカンナイケド」

 

私は走り出した。

体力がなくなる前に、この町を出なければいけない。

ちらりとあの桃のような少女のことを考えたが、

まぁ彼女も違うところで私のうわさを聞けば、

私が生きていることを知ることができるだろう。

そう思って、走り出した。

 

「あああーねぇー!!?」

「んーなんだー」

 

歩みを止めず、私は叫ぶ。

 

「雨が降ってきたことーどうやって知るのーー!!」

 

「音がするからなー」

 

私は手を振ってとびっきりの笑顔を浮かべた。

雨影たちが祭りをやめて、こっちを見送った。

誰かが手を振った。

みんなが手を振った。

ソウジャも手を振っていた。

 

雨の町、メルキド。

その町を出てからも、私の体の節々は痛み、悲鳴をあげ、

あの雨の力がどんなにすごかったか、私は想いはせるのだった。

説明
カキが旅をしていた頃、ある国に着くと、そこには異常な雨の話題でいっぱいでした。「暴力」と化するほどの雨。いかれているカキはその雨の中に飛び込み…。
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  カキ ファンタジー SF 

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