『孫呉の龍 第一章 Start Me Up!! 旅立ち編』 |
龍虎と太史慈、お互いの【太極】から放たれた眩いばかりの光が収束して行くと、それまで光によって奪われていた視界が元の状態に戻って来る。そこは先程まで龍虎と太史慈が居た『時の狭間の部屋』では無く、龍虎が日々見慣れた学生寮の一部屋であった。
「おいっ! 龍虎! 大丈夫かっ!」
「うっふぅ〜ん、龍虎ちゃん、無事に彼と逢えた様ねえ」
龍虎の顔を覗き込む様にして、心配そうな表情の一刀が問い掛ける。貂蝉も意味ありげな笑顔で龍虎を見ながら言う。
「戻って来たのか………」
不思議そうに呟く龍虎の問いに対して、呆れ顔の一刀が突っ込む様に言葉を返す。
「戻るも何も……さっきお前の持っている【太極】だったっけ? それが急に眩しく光り出すわ、辺り一面その光に巻き込まれるわで大変だったんだぞっ!」
「分かった、分かったから、耳元でそう怒鳴るのは止めてくれ……で、俺の【太極】が光り出してから、どのくらいの時間が経ったんだ?」
「時間……? さあ……一分も経ってないと思うけど……」
「へっ?」
一刀の、大丈夫かお前とでも言いたげな表情の返答に、龍虎が素っ頓狂な声を上げると、それに応える様に貂蝉が補足する。
「龍虎ちゃんが見てきた世界と今この『外史』では精神の在り様も時間の概念も全く違うわよん。それ程驚く事ではないのよん」
「ああ……そういう事なのか……しかし……」
「龍虎ちゃん、なんか夢でも見てたみたいな顔をしてるわよん。でも心配しないで、この貂蝉ちゃんにはよぉ〜く分かるわん。貴方がさっきまでの貴方とはまぁっ〜たく別人の様な力を持ってるって事をね」
「ええっ! でも龍虎はここから全然動いてねえじゃん! 本当に此処に居る龍虎がさっきまでの龍虎とは違うのか? 俺には全然変わって無い様にしか見えないんだけど」
暑苦しい笑顔と共に側に擦り寄って来る貂蝉の横で一刀が興奮気味に捲し立てる。
「そうねえ、ご主人様にはちょっと判りかねるかもしれないわねえ。でも今の龍虎ちゃんだったらあちらの『外史』に行っても充分な活躍が期待出来る事だけは間違い無いわよん。ただねえ………」
そう言うと貂蝉は一刀の顔をマジマジと覗き込んで顔を曇らせて腕組みをしてしまう。
「な、何だよ? 俺がどうかしたの?」
顔を曇らせた貂蝉に向かって一刀が不満気な声を出す。一方の貂蝉は何故か応え難そうな素振りを見せたかと思うと、龍虎に向かいゾッとする様な目配せをしてくるので大凡の事を察した龍虎は一刀に向かって苦笑交じりで諭す様に話す。
「あのなあ、一刀」
「ん……どうしたんだ龍虎?」
「お前、今のままで『外史』に行ったらどうなると思う?」
「今のままでって……?」
諸々の事情をよく呑み込めていないのか、心底質問の意味が判りかねると言った状態で、一刀は首を傾げて龍虎に問い返す。それを見て龍虎は大きな溜息を一つ吐いてから話し出す。
「いいか、一刀。今からお前と俺が行こうとしている『外史』は俺達が知識として憶えている『三国志』とは全く違っている可能性が高いんだぞ。つまり俺達の知識なんぞは殆ど役に立たないと言っても差し支えないのかもしれないんだ」
「あっ……ああ、そうだな………」
「そして、その下手したら右も左も判らん世界を一刀、お前がどうにかしなきゃいけないんだ。極端に言えばお前が『外史』を動かして行かなきゃいけないんだぞっ!」
「ええっ! 俺がっ!」
「当たり前だっ! 無意識とは言えお前が望んだ『外史』なんだ。お前が責任を取らないでどうする。俺はあくまでお前の協力者なんだぞっ。それを忘れちゃ駄目だ」
「うっ………」
龍虎の叱咤に返す言葉も無く一種の虚脱状態になった様な一刀を見た龍虎は、もう一度大きな溜息を吐くのだった。
「なあ一刀、お前と俺が『外史』に行き、そこで皆と暮らして行く為に一番大事な事は何だと思う?」
先程までの口調とは一転して、優しく諭す様な口調で龍虎は一刀に聞く。
「俺達が暮らして行く『外史』が理不尽な終端を向かえない為に努力していく事………かな?」
暫く考えた後一刀はそう答えた。それを聞いた龍虎は一刀に笑みを返しつつ再度一刀に問う。
「その通りだっ! じゃあその努力を一刀は、どう言った形で表すんだ?」
「形で表すって………例えば俺や龍虎が華琳達の為に戦うとか………後は華琳達の治世を助けるとか……かな」
自身無さげに答える一刀に対して、またもや笑顔を見せながら龍虎は言葉を続ける。
「戦う事も一つの選択肢だけれども、残念だが一刀が武を奮うって事を魏の将達は恐らく望んではいない筈だ。では治世の方はと言うと……これも恐らく魏には優秀な文官が大勢いるのだろうから、現時点の一刀では口すら挿めないだろうな」
「じゃ、じゃあ俺はどうすりゃあ良いんだよっ!」
龍虎の言葉を聞いた一刀は若干不満気な口調で食って掛る。それを龍虎は軽く受け流すようにして話を貂蝉に振る。
「まあ落ちつけよ、一刀。ところで貂蝉、ちょっと聞きてえ事があるんだが………」
「あらん、何かしら龍虎ちゃん?」
「さっきお前が言ってた『外史』が安定するまでの時間は、あちらの世界での季節が一巡りって事だが……俺と一刀が『外史』に行くのに残された時間ってのは正味どんくらいなんだ?」
「そうねえ……こちらの『外史』の時間換算だと……大体後2年半って所かしらねえ。まあイレギュラーな事とかも起こり得る可能性を考慮すれば実質残り時間は2年ぐらいだと思ってねん」
「そうか多少は余裕が有って助かったな………」
龍虎が納得の笑みを浮かべるのを見た貂蝉は何かに気付いた様だが、全く置いてけぼりにされた一刀は未だに何が何だか理解出来ない様子である。それを感じた龍虎は再度一刀を諭す様に話す。
「一刀、さっき俺は現時点でのお前では武官にも文官にもなれないって言ったよな」
「あ……ああ……確かに……」
「一刀、俺やお前に有って、あちらの『外史』に暮らす人々に無い物って分かるか?」
「俺や龍虎が持ってる物であちらに無い物…………あっ、未来の知識の事かっ!」
「正解だっ。まあ厳密に言えば過去から蓄積されて来た諸々の技術や社会の歩みってヤツだな。今から2年間、俺とお前で徹底的にあちらの世界で有効な事を学習するんだっ!」
「そうかっ、以前華琳達の所に居た時は中途半端な知識だったんで余り有効性は無かったけど、今度こそ役に立つ知識を吸収しておけば………」
「ああ、それに俺達が培ってきた常識ってヤツもあちらの人間からみたら不可思議な物だろう。これだって充分な俺達の武器になるんだ。なんせ物事の見方が多方面から見れるからな」
「そうだな……うん、俄然ヤル気が出て来たぞっ! ありがとう龍虎……華琳待っててくれ、俺は皆の為に色々な事を勉強して必ず華琳達の『外史』を安定させてみせるさ」
「よしっ、その意気だっ! 俺も強力するから死ぬ気でやろうぜっ!」
先程迄の虚脱状態が嘘の様に饒舌になる一刀を見て貂蝉は思う。
(やっぱり、龍虎ちゃんだわねえ、落ち込み気味だったご主人様のモチベーションを言葉だけであそこまで上げられるんですもの……本当に凄いわあ龍虎ちゃんって?)
そんな一刀と龍虎を暖かい目で見ていた貂蝉に向かって、何かを思いついた様に龍虎が声を掛ける。
「貂蝉、一刀の事はこれで何とかなるだろう……いや何とかして見せるが、俺の方の頼みを聞いてもらえるか?」
龍虎の言葉を聞いた貂蝉は、或る意味破壊力満点の笑顔で答える。
「あっらぁ〜ん、龍虎ちゃんがお願いなんて何かしらん♪」
その貂蝉の態度に若干引きつつも龍虎は願いを貂蝉に説明する。
「いや大したことじゃあ無いんだ……あっちの『外史』に行く迄に、もう一度俺の武を鍛え直したいんだが誰か相手になってくれる奴と場所を提供してくれないか。流石にこの世界の人間と修行する訳にはいかんからな」
「そうねん、龍虎ちゃんにもリハビリは必要よねん……分かったわ、その辺りはこの貂蝉ちゃんに任せておいて」
「スマン、助かる」
力強い貂蝉の答えに姿勢を正して感謝の意を表した龍虎の瞳には、これから進む新たな道への決意が宿っていたのだった。
華琳達が待つ『外史』に戻る為の準備に費やせる時間が、ほぼ二年間であることを知ってからの一刀と龍虎両名の行動は素早かった。まず、二人の一致した考えとして学園を自主退学し(これに至っては一刀の両親、龍虎の養父母共に最後まで難色を示したが、最終的には貂蝉、卑弥呼の何らかの怪しい術の為に了承された)学園の側の安アパートを借りて共同生活を始めた。
そして午前中は龍虎の養父の仕事場である大学の教授室で龍虎の養父の個人的な講義を受けたり、資料として保管してある三国時代の文献を読んだりした。午後からは各々大学の図書館、果ては国会図書館にも足を運び貪欲に使用できると思われる知識の吸収に専念するのであった。
「だからっ! 華琳達の下で三国同盟を結んだんだから、三国がお互い不干渉の立場でお互いを認め合っていければ良いんじゃないのか?」
「いや、今後の事を考えれば漢王室の再興は無理にしても、誰か王を建ててその下で政令を発して行くと言う遣り方でないと後々に足並みが揃わないって事に成りかねない」
「それじゃあ、三国があれだけの犠牲を払ってまで戦乱の世を収束させた事が全く無駄って事じゃあないか。その王を決める為にまた戦乱が引き起こされるじゃないか」
「その為に俺達がいるんだろうがっ、それに俺が考えている王制ってのは『外史』の終端クラスの大事が終結する迄の事だ。最終的には王制から徐々に国民主体に移行していく腹積もりだ」
「でもそれは余りにも時期尚早な考えじゃあ………」
又、夕食(基本的に朝食と夕食の係りは龍虎である)後にはこの様に自らが学習した事に対して二人の間でコンセンサスを図る為のディスカッションを毎日の様に試み。
「いくぞっ! 一刀! デェェェェェイッ!」
「グッ! まだまだぁ――――っ!」
「太刀筋から目を放すなっ! どんな状況でも一刀は生き延びねばならんのだっ! ならば攻撃よりも防御を優先に憶えて相手の隙を突かねばならんのだっ! 分かったか!」
「おっ、おうっ! もう一丁!」
一刀の武力を少しでも上げて生き残る事を確実にする為の修練を龍虎が師となって、学園側の好意(というよりは不動先輩の独断とも言う)で借りられた剣道場で毎日行った。最も龍虎は一刀を教えた後に不動先輩の稽古相手も務める羽目になるのだが……
この様な日々の激務にクタクタとなって一刀が泥の様に眠りに就く頃、龍虎は一人で安アパートの部屋を出る。赴く先は近所に有る古い神社の境内、そこには龍虎の相手となる卑弥呼が待っていた。一刀との勉強や修行の後、龍虎は己の武を磨き直す為に毎晩、結界を張ったこの地で卑弥呼と修行をしていた。
「でえええええいっ!」
卑弥呼の容姿からは想像も付かない程の高速で威力の有る拳が龍虎を襲う。
「はああああっ!」
間一髪の所で己が手に有る双鞭【太極】で卑弥呼の拳を捌き体を入れ替え卑弥呼の背後に回り、無防備に見えた背中に【太極】を振り降ろす。
「ヌルいっ! ヌルいぞぉぉっ!」
そう言うや否や、全く後ろが見えない筈の卑弥呼が龍虎の攻撃の気配だけを頼りに、【太極】を振り降ろそうとした龍虎の身体に強烈な後ろ蹴りを放ってくる。
「どわぁぁっ! 危ねえぇぇっ!」
振り降ろす動作に入っていた為、急には卑弥呼の蹴りを回避出来ずに、【太極】を交差させガードする事で直撃を避ける。
「ふんっ、なかなかヤルではないかっ、子義龍虎よっ! この卑弥呼を本気にさせるとわなっ!」
「ああ、あまりあちらの世界で戦うって手段は択びたくないが、こればっかりは避けて通れないからなっ」
「ふうむ、その意気や良しっ! ならばこの卑弥呼も全力を持ってお主に稽古をつけようぞっ! 幸いにもここは儂が張った結界の内故、一切の邪魔は入らぬからなっ!」
「おおっ! 望む所だっ! お互いガチンコでやり逢おうぜっ! せりゃぁぁぁぁぁぁっ!」
毎晩、毎晩、夜が更けるまで二匹の獣の、稽古と称した戦いは続くのであった。
光陰矢の如しとは良く言ったもので龍虎と一刀が諸々の勉強や、武力と並行して行っていた体力強化を始めてから、アッと言う間に二年の歳月が流れた。この間に両名が勉強した事は治世面に於いては政治経済学、法学、商業、農業、機械、簡単な医療等多岐に亘り、それらを書き写した大学ノートも二人で100冊を超えた。
龍虎は元より一刀も、この二年で以前よりは若干精悍な顔つきになり、知力の方も、この二年間ずっと見守って来てくれた貂蝉曰く
「あっらぁ〜ん、ご主人様ってば今なら魏の三軍師のお嬢ちゃん達とも互角に話し合えるわよおん」
そう言われる程には成長していた。龍虎と一刀の旅立ちの時は刻一刻と迫って来ていたのである。
龍虎と一刀が諸々の修行を行って二年が過ぎようとしている頃と同時期の『外史』、ここは曹魏の首都洛陽。先の三国による大戦終結から一年近く経ったものの、終結直後に消失してしまった北郷一刀への思慕に立ち直れていない者も未だ多い。
曹魏の首領でもあり大戦終結後の実質的支配者である魏王 華琳も日常に於いては今迄通り覇王の威を見せるが、自室に一人となった時に不意に一刀の面影を思い出して、声を忍んで泣く事も少なくはなかった。
そんなある日の事、昼食を終え午後からの公務として、自室で洛陽の商人組合からの陳情の竹簡に目を通していた時、廊下をドタドタと騒々しい足音が聞こえて来たかと思うと、いきなりドアが開かれた。そこにはいつもの猫耳フードがずり下がっているのにも気が付かない筆頭軍師の桂花が、心持緊張した顔で駆け込んできたのであった。
「華琳さまぁぁぁぁぁっ!」
「騒々しいわよっ、桂花。一体何事かしら?」
華琳は部下の非礼の不始末を責める様な冷たい目を桂花に向ける。それを感じ取った桂花は瞬時にその身を強張らせて平伏し、おずおずと声を出す
「も、申し訳ありませんっ、華琳様っ。あの……」
「桂花、私が多忙なのは貴方もよく知っているのではなくて? 火急の要件があるのだったら要点だけ伝えてくれないかしら」
「はっ、はいっ、只今城門に星見の菅輅と名乗る者がまいって、華琳様へのお目通りを願っておりますが如何いたしましょう」
「菅輅……どこかで聞いた名ねえ……そんな星見の者の報告をするのに筆頭軍師の貴方がそこまで取り乱すものかしら?」
読んでいた竹簡を、机上の堆く積まれた他の竹簡の山に戻しながら華琳は訝しげな視線を桂花に向ける。
「おそれながら華琳様、菅輅は以前に天の御遣……いや、あの北郷の事を予見した星見の者でございます。その菅輅が星見の言を是非にでも華琳様にお伝えしたいらしく……」
桂花の言葉に何事かを思い付いた顔をして突然華琳が席を立つ、その勢いで机上に積んであった竹簡が崩れるのにも目を向けずに平伏している桂花に向けて下知を飛ばす。
「桂花っ!」
「はっ、はいっ」
「菅輅を直ちに玉座の間へ、私も直ぐに行くわっ。そして城内にいる各将に玉座の間に集まるように伝えなさい。今すぐによっ!」
「御意っ!」
華琳の命を受けた桂花が踵を返し走り去って行く、その後ろ姿を見ながら華琳は何かが音を立てて動き出すのを感じていた。
菅輅を迎えた城内の玉座の間は、或る意味異様な雰囲気に包まれていた。玉座に王である華琳が座し春蘭、秋蘭、そして魏の誇る三軍師等の主だった重臣達が脇に侍り、その多くの眼が一人の女性に向けられている。
その女性は玉座の前で平伏していて顔は全くと言ってよいほど見えてはいない。しかし、身なりや醸し出す雰囲気が何処か異質であり、背負った月琴が更にその雰囲気に拍車をかける。
招集を掛けられた将達のほぼ全員が何についての招集か分からずに騒然とする中で、華琳の脇に侍る桂花より菅輅にむかって口上が放たれる。
「平原の出、星見の菅輅よ、此方におわすは魏王 曹孟徳殿にあらせられる。御前であります。礼を失さぬ様、表を上げよ」
桂花の口上が終わると同時に菅櫓が顔を上げた後に揖礼の姿勢を取り、華琳に向かって挨拶をする。その身のこなしの優雅さと整った顔立ちの中で特に人目を惹きつけるであろう、美しく澄んだ瞳に諸将が息を呑む。
「初めてお目にかかりまする。曹孟徳様。手前は平原の出、今現在は、ここ洛陽に於いて星見で生業を建てさせて頂いておりまする菅輅と申します。以後お見知りおきを」
挨拶の後に桂花が何か言おうとするのを華琳が手で制して、自ら話を切り出す。
「そう、貴女が先の大戦時に巷で噂になっていた菅輅なのね、貴女には一度会いたいと思っていたの。して、その星見の菅輅がこの曹孟徳に一体何用かっ!」
鋭く斬り付ける様な声音に周りの将達が一様に身を固くするが、それを向けられた菅輅は一向に気に留める様子も無く、穏やかな笑みを湛えたまま華琳と相対している。
玉座に控える諸将の誰もが息を呑み、菅輅の次の一言に全神経を傾けている中、菅輅はゆっくりと話し出すのであった。
「そう、貴女が先の大戦時に巷で噂になっていた菅輅なのね、貴女には一度会いたいと思っていたの。して、その星見の菅輅がこの曹孟徳に一体何用かっ!」
鋭く斬り付ける様な声音に周りの将達が一様に身を固くするが、それを向けられた菅輅は一向に気に留める様子も無く、穏やかな笑みを湛えたまま華琳と相対している。
「はい、先だっての大戦終結以来安定していた星々の動きが、昨今急に乱れたのを不穏に感じて星見をしておりました所、昨晩その星見の言が私に降りて参りましたので、それを曹孟徳様にお聞かせしようと思いまかりこした次第に御座いまする」
「星が乱れた? それに星見の言が貴女に降りて来たなどと夢物語の様な事をこの曹孟徳が信ずると思うてかっ!」
なおも、厳しく詰問するかのような華琳の口調に側にいた風までもが目を見開いて、華琳の顔を凝視している。それでも菅輅は優雅な素振りを全く崩さず、まるで覇王の覇気を全て流してしまっているかの様に涼しい顔で華琳に答える。
「信ずるも信じざるも全ては魏王の思うがままに致しますれば宜しかろうかと、私は遠き星々の呟きを言葉にいたすだけにございますれば」
「ならばっ、大陸一と民達が噂をする程の星見の菅輅が、遠き星々より聞いたと言うその呟きを、今この曹孟徳の前で申してみよ! 事と次第によっては……分かっているでしょうね」
獰猛な笑みと共に華琳は玉座より立ち上がり菅輅に向かって愛用の絶を突きつける。慌てて秋蘭が止めに入ろうとするが、菅輅は秋蘭を目のみで制して、華琳に向かって
「ご随意に……」
と、一言言い放つと、周りの諸将にも聞こえるよく通る声で滔々と星見の予言を話始めた。
「遠き彼方の地より流星が二つ、その流星と共に天の御遣い此の地に再度降臨する也。白き天の御遣いは覇王の下に馳せ参じ、いずれ覇王と共に大いなる徳を持ちて此の地を包み込む者也。紅き龍の御遣いは白き天の御遣いを導きて此の地に現れ、その類稀なる力を使い此の地に垂れ込める暗雲を払い、白き天の御遣いが此の地を照らす事を助ける者也」
その言葉を菅輅は唄う様に紡ぎ、居並ぶ諸将達は呆然としてその言葉に聞き入る。そして諸将の誰もが菅輅の予言に出て来る白き御遣いに、今は此処にいないが、皆にとって掛け替えの無い一人の男性を当てはめる。
星見の言を語り終えた菅輅は辺りを一度ぐるりと見回した後、華琳に向き直り深々と一礼をして
「以上が昨晩、私の星見によって降りて来た、星達の呟きでございます。この言を信じるも信じざるも先程口にした通り、皆々様の御心のままに……只、老婆心ながら一言添えさせて頂きますると、流星が来るその日は間近に迫っておりまする」
凛とした声でそう言い放った。その言葉に諸将達のざわめきが一層広がりつつあった時に、不意に一人の将から堪りかねた様に声が出る。
「ちょい待ちいな。それって天の御遣い……一刀が……ウチ達の所に戻ってくるっちゅう事と思うてエエんやろな? 性質の悪い冗談とかやったら大将がどうこう言う前にウチが承知せえへんで」
晒に豊かな胸を包んだ袴姿の霞が、常人ならば気絶するくらいの剣呑な視線を持って菅輅に喰ってかかる。しかしその視線すらも全く意に返さぬ様に霞を真っ直ぐ見つめて
「さて? 天よりの御遣いが貴女の仰られる一刀様……でしたか? その方かどうかと言う事迄は残念ながら、この菅輅には分かりかねまする。ですが、星達の願いは、この事を一刻も早く曹孟徳殿にお伝えせよとの事なので、恐らくは貴女方に縁の深い方の事ではないかと思われまする」
「縁の深いって……なんやねん、それは……それにもう一人の紅い龍って………」
「そこまでよ、霞!」
菅輅の言葉に未だ何事かを言いたそうな霞を玉座から華琳が制して
「菅輅よ、星見の言、確かにこの曹孟徳が、受け取った。確かに白き天の御遣いは我等曹魏に縁の深い者であろう。しかし、先程の予言に出て来た紅き龍の御遣いと言うのは一体何者なのかしら? 菅輅」
覇王の名に恥じぬ覇気を身体中に纏い、相対する者の全てを見透かすかの様な視線を持って華琳が菅輅を見据える。
「紅き龍の御遣い様の事は詳しくは分かりませぬが、此の地に仇成す様な邪な氣は感じられませぬし、寧ろ静謐な氣すら感じられまする。恐らく星見の言の様に、白き天の御遣い様を正しく導く程の御方なのではないかと思われまする」
菅輅は、その澄んだ瞳で真っ直ぐに華琳を見つめ淀み無く、己の感じた事を言上する。
「そう、それを貴女から聞く事が出来て安心したわ」
先程迄の覇王としての顔では無く、長年来の友人に逢った様な顔と所作で華琳が菅輅に再度言葉を掛けた。
「菅輅よ態々出向いてもらって大義であった。して菅輅よ、その大義にこの曹孟徳は何をもって応えれば良いのかしら」
その言葉に菅輅は暫し考えた後に
「それでは魏王、曹孟徳殿に一つだけ御願いがございます。この星見の言を「呉」と「蜀」にも伝える事をお許し願いたいのでございまするが……」
「雪蓮と桃香にも……」
「はい、如何でしょうか……なんぞ不都合でも御有りでございまするか?」
「結構よ、菅輅、貴女の思った通りになさい。この曹孟徳が許可するわ。」
華琳の言葉に菅輅が深々と揖礼を取りつつ謝辞を言って、この玉座の間を退去しようとした時に華琳が菅輅に向かって声を掛けた。
「菅輅、貴女の予言が、今此処に揃っている我が曹魏の者達に、素晴らしい希望をもたらしてくれたわ。この曹孟徳、皆に代わって貴女に礼を言うわ。本当にありがとう」
そう言って礼をした華琳の目にはうっすらと涙が滲んでいた。
一刀と龍虎が諸々の修行や学習を、ほぼ予定通りに順調に終了する事が出来てから半月程経った。現在は『外史』で暮らして行く為に必要な物を揃えている所である。二人とも既に家族や親しい友人との今生の別れは、その気持ちをおくびにも出さずに済ませてある。
そんな或る日の早朝の事、一刀と龍虎が起居するアパートのリビングに、如何にも怪しいピンクの紐パンツ姿のマッチョがいきなり現れた。いわずもがな貂蝉である。
「にゅっふぅん♪ 早朝の清々しい空気と共にこのプリチィ〜な貂蝉ちゃんが、ご主人様と龍虎ちゃんを熱ぅぅぅぅいキッスで起こしてあげる事が出来るなんてシ・ア・ワ・セ?」
二人が聞いたら卒倒しそうな程の物騒な事を口にしつつ、若干息を荒くしながら二人が寝ているであろう部屋の前で内股気味にモジモジしている。
どのくらいそうしていたであろうか、我慢が出来なくなった貂蝉が上気した顔で部屋のドアを開けて、寝ているであろう二人に向かってダイブする。
「ご主人様! 龍虎ちゃん! キャワイイ貂蝉ちゃんの朝n…ぶべらばっ!」
貂蝉が一刀の布団に飛び込もうとしたその瞬間、貂蝉の巨体は飛び込んできたのと同じドアからリビングに向かって吹っ飛ばされていた。
「貂蝉! テメエは一体何回言ったら、俺達が寝ている間に部屋に上がり込んで来るのを止めるんだっ?」
「なっ、なんだっ! どうした龍虎……ゲッ! 貂蝉!」
「うぅっ……流石は龍虎ちゃんねえ、良い掌打だわ、この貂蝉ちゃんが油断していたとは言え一発喰らうなんて……ゲフッ」
龍虎に貂蝉が吹っ飛ばされた音とそれに続く龍虎の怒声に飛び起きた一刀は、現状を把握したのか布団の上で固まっているし一方の貂蝉はカウンター気味に入った龍虎の掌打にピクピクと悶絶している。或る意味、何時も通りの日常に大きく溜息を吐く龍虎であった。
「で、今朝は一体何の用だったんだ、貂蝉?」
朝のひと騒動も落ち着いた頃に、食卓で朝食を取りながら、若干不機嫌な声で龍虎は貂蝉に問う。
「ほうよ、ほれはのふぉん。『ぐぁひひ』のふぇーふぉふぁ……」
「口の中に食い物いれたまんま、喋んじゃあねえよ。何言ってるか分からないだろうが」
「ふぁっらぁ〜ん、ふぉふぇんふぁふぁひ ……ゴクン。ああ〜美味しいっ。この鯵の味醂干しは龍虎ちゃんのお手製ねっ。味が全然違うわあっ」
「そりゃどうも。あと何枚か残ってるから卑弥呼にも持っていってやってくれ。それと一刀! 飯の最中に新聞読むのを止めろっ! 行儀の悪いっ!」
「うっ……ごめんなさい」
貂蝉とイマイチ話が噛み合わない苛立ちを思わず一刀にぶつけた為に、とばっちりを受けた一刀がまたもや固まってしまう。
「ちっ、兎に角! 貂蝉! 今朝ここに来た理由は何なんだ?」
「あっらぁ〜ん、私とした事が、すっかりご飯に夢中で忘れてたわん。ご主人様、龍虎ちゃん、二人とも旅立ちの準備は済んだのかしらん」
龍虎が入れた食後の緑茶を啜りながら、貂蝉が二人に聞いて来る。
「ああ、もう全て終わったよ。いつでもあちらの『外史』に行ける準備は整っているさ」
今迄固まっていた一刀が、部屋の片隅に積まれてある自分達の荷物を視線で追いながら、貂蝉に答える。
「そう、それは良かったわん。こちらも『外史』がそろそろ安定期を迎えそうな兆候が見えているのでゲートの準備をしていたのだけれど、それも明後日には完了するわ」
「そうか……ならば明後日には出発出来るんだな」
「そう言う事になるわねん、ただ、ゲートが開通するのは明後日の満月の夜の深夜二時から十分間だけなの。それを逃すと貴方達二人は永久にあちらには行けなくなるから注意してねん」
「了解した。で、ゲートの設置場所は何処なんだ?」
「聖フランチェスカ学園高等部の中庭よん。其処がこの『外史』の中では一番環境が安定している所だしねん。まあ、何はともあれ二人とも良く此処迄辿り着いたわねん。龍虎ちゃんもご主人様も間違いなく『天の御遣い』としての役割が果たせるぐらい成長してるわん」
貂蝉の感慨深そうな言葉にお互いの顔を見合わせて無言でハイタッチをする一刀と龍虎であった。
遂に二人が『外史』へと旅立つ日がやって来た。
空には満月が地上全てを照らす様に優しく輝いている。深夜の聖フランチェスカ学園高等部の中庭には結界が張られていて、その結界内には簡易的な祭壇があり古めかしい銅鏡が置いてある。
その祭壇の前で北郷一刀は手持無沙汰を隠さず、一方、子義龍虎は若干引き攣った顔をしつつ時が満ちるのを待っていた。龍虎の若干引き攣った顔の理由は、此の地に両名が来た時に貂蝉から手渡された『天の御遣い』としての服にある。
一刀が手渡された服は前回の『外史』で、一刀の代名詞ともなっていた聖フランチェスカの制服そのままであったのだが、龍虎の服は形こそ同じ制服ではあったものの、色使いが微妙に龍虎に戸惑いを与えるものであった。
貂蝉から龍虎に手渡された制服の色は深紅、それも御丁寧に背中には昇龍の刺繍まで施してある。これを手渡した貂蝉曰く、
「あちらの『外史』では、ご主人様は『白き天の御遣い』、龍虎ちゃんは『紅き龍の御遣い』って噂が流れているらしいから、これを着て行ったら間違いなく信用してもらえるわよん♪」
との事だが、龍虎から言わせて貰えれば、
「こんな、これ見よがしなもん着て行ったら、逆に疑われるだろうがっ!」
と、なるのである。しかし龍虎の反対意見も卑弥呼、貂蝉には全く聞き入れて貰えず、頼みの一刀にも、似合ってるじゃんの一言で片付けられてしまい、只今龍虎は絶賛不機嫌状態であったりする。
そんな龍虎と一刀の前にひょっこりと或る人物が顔を出した。その人物に気付いた一刀が非常に驚いた様な声で、その人物に駆け寄って話し出す。
「及川! どうしてお前がこんな所にいるんだよっ!」
「いやあ、あそこにおるキモイオッチャンにやな、かずピーが二度と戻れん遠い所に旅立ってしまうって聞かされてやな、無理言って此処に連れて来てもろたんや。全くワイにすら黙って行こうとするやなんて……」
「スマン、及川……でもこれは俺がやらなきゃいけない事なんだ。だから親友であっても迷惑は掛けられないと思って……」
「別に責めとんとはチャウでえ、黙って消えたりしようとせずに一言ぐらい言うてくれても良かったんちゃうんかい」
「うっ……スマン及川」
「まあ、それがかずピーのエエ所やしなあ……まあ許したるわ。それにたっちんもおるみたいやから心配は無いやろうし……」
そう一刀に言いながら及川は、離れた所で見ていた龍虎の所迄来て今迄の及川の表情とは違う真剣な表情を見せる。龍虎と正対している為に背後の一刀からは、及川の表情は全くと言って良い程見えない。
「しんどいやろうけど、かずピーの事頼むわあ、たっちん……いや、太史慈殿」
「一刀に本当の事は言わなくて良いのか? 及川」
この二年の間に龍虎は、及川も『外史』の管理者である事を卑弥呼から聞いていたのだが、及川本人の希望で事実を一刀には話していない。
「まあ、出来る事なら黙っとってくれた方が助かるわな」
「了解! では、一刀の親友の及川君、元気でな」
「あっ、そやそやこれをたっちんに渡しとくわ、ちいっとばかりあっちの世界でゴゾゴゾしといたさかい、ほんまにチョットだけやけど二人の手助けにはなると思うでえ」
そう言った及川が龍虎に分厚い封書を渡す。
「これは……?」
及川から封書を預かった龍虎が訝しげに及川を見ると、及川は
「大したもんやあらへんよ、向こう着いてからのお楽しみや……ほな、たっちんも元気でな」
そう言うと及川は一瞬だけ管理者としての顔を見せた後、直ぐに何時もの及川に戻って、軽い調子で一刀と二言、三言別れの挨拶を交わした後に結界から遠ざかる。
及川が結界内より離れた事を確認した卑弥呼は祭壇前に立って厳かに神事の様なものを始める。
「さて、いよいよだな一刀。今更だが覚悟は良いんだなっ」
「本当に今更だなっ、龍虎。お前こそ本当に良いんだなっ、俺自身の事に巻き込む様な形になっちまったけれど……」
「まあ、それが縁というもんなんだろう。取り敢えず、宜しく頼むぜ北郷一刀」
「こちらこそ頼りにさせて貰うぜっ、子義龍虎」
二人がガッチリと握手を交わすと同時に祭壇上の銅鏡より幾筋もの光が放たれ、その幾筋もの光はやがて収束して辺り一面を覆い隠す程の光の渦となる。光の渦は一刀と龍虎を包み隠し二人の視界と意識を徐々に奪って行く。
やがてその巨大な光の渦が一瞬にして空の彼方に消え去って行った後には、一刀と龍虎の姿は言うに及ばず、卑弥呼、貂蝉、及川の姿や、今迄そこにあった祭壇等も残らず掻き消す様に消えてしまっていたのであった。
後書き……のようなモノ
ふわぁぁぁぁっ、やっとあっちの世界に行ってくれました。これも作者の文才の無さの故ですがねえ(T_T)
と、言う訳でTINAMIユーザーの皆様如何お過ごしでしょうか?どうも毎度毎度の駄目小説家の堕落論でございます。
だらだらと長いだけで内容が有るのか無いのか微妙な小説を三話に渡って投稿させて頂きました。
こんな事するなら定期的にでもちゃんと書けとお叱りが聞こえてきそうですね……本当にスミマセンm(__)m
閑話休題
今更ではございますが……
東北地方太平洋沖地震により尊い命を失われた方に心からの御悔みを申し上げますと共に
多大な被害をうけられた方、今なお避難所などで大変なご苦労をされている皆様にも心よりお見舞い申し上げます
被災された方々のご健康と1日も早い復興をお祈り申し上げます。
コメ頂いたり、支援していただいた皆様へ
毎度毎度拙い文に皆様からコメや、支援いただき本当にありがとうございます。結構おっかなびっくり書いている私には皆様のコメや支援が大変嬉しく又、励みになっています。
まだまだ駆け出しの新米ではございますが今後とも本当に宜しく御贔屓の程をお願いいたします。
また、このssに対するコメント、アドバイス、お小言等々お待ちしております。「これはこうだろう。」や「ここっておかしくない??」や「ここはこうすればいいんじゃない」的な皆様の意見をドンドン聞かせていただければ幸いです。皆様のお言葉が新米小説家を育てていきますのでどうか宜しくお願いいたします。
ではでは、また次回の講釈で……堕落論でした。
説明 | ||
遅ればせながら…… 東北地方太平洋沖地震により尊い命を失われた方に心からの御悔みを申し上げますと共に 多大な被害をうけられた方、今なお避難所などで大変なご苦労をされている皆様にも心よりお見舞い申し上げます 被災された方々のご健康と1日も早い復興をお祈り申し上げます。 |
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コメント | ||
コメありがとうございます。ええ、一刀には楽しい楽しい(笑)再会の場面を第二章で用意しておりますので次回以降もお楽しみくださいね。(堕落論) これからの二人の活躍楽しみですねー。特に一刀、帰ったらどんな目にあうか…(アロンアルファ) |
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