少女の航跡 第1章「後世の旅人」28節「トール・フォルツィーラ」
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 《リベルタ・ドール》城下町で戦いを繰り広げているルッジェーロ達は、一向に減らない相手に

苦戦を強いられていた。

 

 ルッジェーロは、長剣一つを手に、フレアーと共に最も前線で戦っていた。厄介なのは突然現

れたゴーレムだ。道行く先にあるあらゆるものを破壊しながら、敵味方関係なく襲い掛かってき

ている。

 

 彼は、フレアーと協力して、やっと一体を破壊した所だったが、ゴーレムはこの噴水のある広

場に次から次へと出現していた。

 

 フレアーが乗っている自分の馬の方へと戻ろうとするルッジェーロ。目の前に立ち塞がってく

るゴルゴンを次々と切り飛ばし、彼は進んだ。

 

 更に上空から迫ってくる巨大な影があった。

 

 いち早くフレアーはそれに気が付いたが、ルッジェーロの方はゴルゴンの方に気が行ってい

て気付く様子は無い。

 

 この《リベルタ・ドール》を攻めた時に現れたグリフォンが、城の方から姿を現していたのだ。

 

「ルッジェーロ! 上! 上! 危ないよッ!」

 

 フレアーが叫び立て、ようやくルッジェーロは気付いたが、遅かった。

 

 ゴルゴンを何体も巻き添えにして、空からの襲撃者は足の鉤爪でルッジェーロを狙ってくる。

避けているような暇も無い。

 

 彼はその攻撃に何メートルも吹き飛ばされて転がった。

 

「ルッジェーロ! ルッジェーロ!」

 

 フレアーは思わず彼の元へ駆け寄ろうとした。

 

「いいや、フレアー、こっちに来るな」

 

 ルッジェーロは即座に起き上がる。それほどひどい負傷をしたわけではないが、鉤爪に引っ

かかれた事で、怪我にはなっている。更に、彼を襲ったグリフォンが再び旋回して迫ってきてい

た。

 

「よ、避けて!」

 

 フレアーは叫んだが、起き上がったばかりのルッジェーロは、素早く行動できない。グリフォン

の鉤爪が彼へと迫って来ていた。

 

 爪が、彼を捉えようとする。その時だった。

 

 ルッジェーロを中心として突如、竜巻が巻き起こる。風が舞い上がり、塵を大きく巻き上げ

た。

 

 グリフォンはそれに驚き、衝撃を食らって奇声を上げた。

 

「これが最後の一回だと思ってくださる…?」

 

 そう言ったのはクラリスだった。彼女は上品な言葉遣いと声を保っているものの、息を切らし

ていた。

 

「じゃあ、そろそろ限界…?」

 

 ルージェラが斧を振り回しながら現れていた。2人とも相当の戦いをして来た後らしく、致命的

とは言えないまでも、数々の負傷をしている。

 

 ゴーレム、そしてグリフォンの襲撃によって、ゴルゴン達が引いている今、噴水のある広場は

さきほどほど過密な状態ではない。

 

 生き残っている騎士達が、噴水の前に集まって来ていた。

 

 そしてそれを取り囲むかのように、ゴーレムが重厚な響きと共に集まってきている。更に新た

に姿を現したグリフォンも、上空から伺っていた。

 

「ど、どうするの…?」

 

 フレアーは慌てている。

 

「さあ? これでわたし達おしまいかもね?」

 

 平然さを装ってルージェラは言った。

 

「そ、そんなのって、嫌だよぉ…」

 

 フレアーが騒ぎ立てる。

 

 距離を縮めてくるゴーレム、そして上空からグリフォンが近付いて来ようとして来ている。

 

「いいか…? これが最後だと思って、大暴れしてやるんだ」

 

 ルッジェーロが言う。彼は、剣を握り締めていつでも来いという状態だった。

 

 フレアーは魔力を高めた。クラリスは精霊を呼び出そうと、もう使い切っている集中力を再び

集結させようとしている。

 

 それらが爆発的に解き放たれる。その直前の事だった。

 

 上空から、まるで地鳴りのような音が響き渡ってくる。大地を揺るがして、引き裂いてしまいそ

うな轟音が、地にまで轟いでくる。

 

 それはずっと街の上空で佇んでいた、『リヴァイアサン』が発した轟音だった。

 

 ゴーレムがその衝撃波で体勢を崩し、グリフォンが奇声を上げながら怯んでいる。上空を旋

回した『リヴァイアサン』は城の方へと顔を向け、閃光を放った。

 

 眩い光と共に城の上部が消し飛ぶ。

 

「カ、カテリーナ…!」

 

 クラリスの心配も束の間、直後に、その『リヴァイアサン』の背中に飛び移る、2つの人影があ

った。

 

「な、何をする気なの…? まさか…?」

 

 大きな目を見開いてフレアーが叫ぶ。

 

「戦う気なのか…、カテリーナ…?」

 

 ルッジェーロが呟いた。

 

 彼は、巨大な生物に一矢報いようとしている、かつては幼い少女だった女の姿を見ていた。

 

 

 

 

 

 

 

 『リヴァイアサン』に飛び移った私達。そこはごつごつした岩の上にいるかのようだった。足場

は何とか保てたが、背中に乗られた事を知っている巨大な生物は、私達を振り下ろそうと必死

になった。

 

 激しく上空を旋回し始める『リヴァイアサン』。私とカテリーナはその勢いで振り落とされてしま

いそうになる。

 

 『リヴァイアサン』が一回転する。私は慌てて手が引っ掛かりそうな場所へと手を伸ばし、それ

を掴んだ。

 

 背中にいる私達は、宙吊りにされ、そのまま振り落とされそうになる。眼下には、50メートル

ほど下に、《リベルタ・ドール》の城下町が見えていた。

 

「絶対に手を離すな!」

 

 カテリーナが叫ぶ。私は必死だった。今にも勢いで吹き飛ばされてしまいそうだ。

 

 やがて『リヴァイアサン』は元の体勢に戻った。しかしその直後、私は、自分の脚を何かに捕

まれているのを感じた。

 

 

 

 

 

 

 

「な、何だこれは!」

 

 ルッジェーロは叫んだ。彼は、自分の足元に突然現れた、奇妙な生物を見ていた。

 

 それは、たった今、上空で旋回し、激しく暴れたてているあの『リヴァイアサン』を小さくしたか

のような姿の生き物だった。ただあのまま小さくした姿とは言い切れない。上空にいるのはムカ

デのような形状の『リヴァイアサン』だったが、今、現れたのは、平たく潰れ、まるで板のような

姿になった、小さな『リヴァイアサン』だった。

 

 赤い目が二つ浮かび上がっている。宙に浮くのではなく、地面を虫のように素早く動き回って

いた。

 

 

 

 

 

 

 

「これは、わたくしめが、排水溝で襲われた生き物ですぞ!」

 

 全く同じ頃、シルアは叫び立てていた。

 

「へええ、それは厄介だわね」

 

 メリアが、平然としたような声で言った。

 

 シルアは、メリアに抱えられていた。彼女は今は街の城壁の高い位置に立ち、街での行方を

見守っている。

 

 そこにも、小さな『リヴァイアサン』は現れていたのだ。

 

「これは何と言う事…! あの『リヴァイアサン』はすでに、自分の子らを街へと落とし、密かに

仲間を増やしていたとは!」

 

「それが、自分の親の呼びかけに従って、一斉に飛び出してきたってわけね…?」

 

 メリアがそう言った時、

 

 彼女はすでに10匹ほどの小さな『リヴァイアサン』に周囲を固められていた。全方向からそ

れは現れており、逃げ場は無い。

 

「お気をつけ下さい! 幾ら小さいとはいえ、『リヴァイアサン』の子である事には変わりありま

せん」

 

「あんた少し落ち着きなさいよ」

 

 メリアがシルアの目を覗き込んでそう言った。その時シルアは、メリアの瞳が不思議な形をし

ているのに気がついた。

 

 この女、ただの人間ではない。彼はそう思った。

 

「メリア様!」

 

 飛び掛ってくる『リヴァイアサン』の子。メリアの背後から迫ってくる。

 

 しかしそれよりも前に、彼女は軽々と飛び上がり、城壁の見張り台の上へと飛び移った。人

間業とは思えないような飛び上がり方だった。

 

 シルアは目を見開いてメリアの顔を覗く。

 

「あなた様は…、もしかして…?」

 

 彼は、メリアに人ではない生き物を感じていた。

 

「それは後。いい? 後よ。わたしの正体は人に知られちゃあまずいの。だから疑ったりしない

で」

 

 上空では、再び『リヴァイアサン』が咆哮を上げながら、激しく旋回、加速、上昇を繰り返して

いた。

 

「今はこの街の命運を見守りましょう」

 

 

 

 

 

 

 

 私達は振り落とされそうになりながらも、何とか『リヴァイアサン』の体にしがみつき、元の体

勢へと戻った。

 

「大丈夫?」

 

 カテリーナが私を気遣う。そんな彼女の背後から迫ってきている影を、私は見つけて叫んだ。

 

「カテリーナ! 危ない…!」

 

 赤い目を持つ奇妙な生き物が、カテリーナ目掛けて飛んできていた。

 

 彼女がその方向を振り向く間も無く、その生き物は一気に加速してきて、空を飛ぶ刃のよう

に、カテリーナを斬りつけた。

 

 彼女は怯む。額を切りつけられて、血が流れたが、ひどい怪我ではない。彼女が頭にしてい

る、金属繊維でできたバンダナのおかげだ。

 

「今のは、多分、この『リヴァイアサン』が生み出した、子供だ。そこら中にいる…!」

 

 私達は、『リヴァイアサン』の背中に乗っていたが、そこには、何匹もの子供達が宙を浮び、

私達を狙っていた。

 

「凄い数…! これじゃあ、どうしようもないよ」

 

 少なくとも数十の子供達に私達は囲まれていた。

 

「早めに決着を着けた方が良いようだ」

 

 カテリーナはいつになく真剣な表情、そして力強い声で言った。だが、こんな山の大きさはあ

ろうかという巨大な生物をどうしようというのか。幾らカテリーナであっても、どうしようも無いと

思う。

 

 しかし彼女は、何かを考えるなど、そんな間も置かずに、自分の大剣を、足下、『リヴァイアサ

ン』の背中へと突き刺した。

 

 『リヴァイアサン』が咆哮を上げた。再び大地が揺らぐ。

 

 カテリーナが突き刺している大剣から、青白い稲妻が激しく迸っている。この幾らかテリーナ

の剣が大剣とはいえ、この『リヴァイアサン』の体の大きさに比べれば微々たるもの。しかし、

巨大な生き物にダメージになっているというのか。

 

「カテリーナ! カテリーナ!」

 

 『リヴァイアサン』の子供達が、カテリーナ目掛けて飛んで来ている。

 

 しかし、彼女の体から迸っている稲妻の力は凄まじいらしく、子供達は、彼女の体に近寄れ

ないでいた。

 

 大きな咆哮を上げる巨大な生物。再び激しく旋回をし始めた。背中に乗っている私達を振り

落とそうと暴れまわる。

 

 回転する『リヴァイアサン』の体。そのままでは私達は振り落とされてしまう。カテリーナが、背

中に突き刺した剣を掴み、落ちて行きそうな私の手を掴んだ。

 

 『リヴァイアサン』は大きな口を開ける。そして、そこに緑色の光を集中させて行く。

 

 一気に凝縮した緑色の光を口に溜め込んだまま、『リヴァイアサン』はムカデのような形状の

体をくねらせ、背中の方にいる私達の方を振り向いた。

 

 突き刺した剣を掴んでいるだけの私達は、宙吊り状態だ。今、緑色の光弾を発射されたらひ

とたまりもない。

 

 『リヴァイアサン』は私とカテリーナ目掛けて、巨大な光弾を発射して来た。

 

 宙吊りの私達は、それを避けることなどできない。

 

 だが、発射された光の弾目掛けて、一発の砲弾が発射された。ちょうど真下、《リベルタ・ドー

ル》の城壁の一角から、砲弾が発射されていた。

 

 弾は、緑色の光の弾に飲み込まれてしまう。しかし、次から次へと何発も何発も弾が打ち込

まれてくる。

 

 やがて、緑色の光弾は内部から爆発してしまうのだった。

 

 砲弾の発射台には、《リベルタ・ドール》の兵士達がいた。そしてそこで指示を出しているロバ

ートの姿も。

 

 緑色の光の弾が消滅したのを知り、『リヴァイアサン』は激しい雄叫びをあげながら、体をくね

らせた。

 

 カテリーナは、その反動を使って、剣を引き抜くと同時に、巨大な生き物の背中にある突起に

手をかける。

 

 彼女は空中にいるままそれをやってのけ、ついでに私の体も更に上へと放り投げてくれた。

 

 カテリーナよりも上部にある突起に私は手をかけた。

 

「行くんだ。もっと上へ」

 

 私が見上げた先には、『リヴァイアサン』の頭部が見えていた。しかしそこまでは、『リヴァイア

サン』が激しく暴れまわっているために、相当昇っていかなければならない。

 

 巨大な生物が、空中で旋回し、激しい衝撃波が吹きまわる。何度も何度も、私達は振り落と

されそうになった。

 

 『リヴァイアサン』の子も、空中から、刃のように次々と私達を狙って飛び交って来る。『リヴァ

イアサン』から突き出している突起から、何度も手を離しそうになってしまう。

 

 カテリーナが、体のこなしを器用に使って、突起に両脚をかけ、そのまま反動を使って、一気

に跳躍した。

 

 彼女は私の体をも飛び越え、さらに上の突起へと手をかけたが、頭の方まではまだ100メー

トルほどもある。

 

「カテリーナ! どうにかならないの?」

 

「こんな所で使っても、多分、倒す事はできない」

 

 彼女は冷静な声で答えた。このような場にあっても、少しも動じる事がないようである。

 

「使うって、何を!?」

 

 私は彼女に呼び掛けたが、返事は返って来なかった。

 

 と、カテリーナは不安定な姿勢のまま、剣を抜き、それを、再び『リヴァイアサン』の背中へと

突き立てる。

 

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 体を垂直にして、上空へと昇って行く姿の背中にしがみついているものだから、私達の体は

危険極まりない。

 

 再び背中に剣を突きたてられた事により、『リヴァイアサン』は奇声を上げた。

 

 ふいに、『リヴァイアサン』が頭を下へと向け、一気に降下していく。私は突起から手を離して

しまう。

 

 思わず声を上げた。体が宙に投げ出される。

 

 しかし、私と共に落下して来るカテリーナ。彼女は、落ちて行こうとする私の手を掴んだ。

 

 さらに、手に持った剣を、下降していく『リヴァイアサン』の背中に突き立てる。

 

 雲を突き抜けて行き、落下のスピードも重なって、カテリーナの持つ大剣は、『リヴァイアサ

ン』の背中を大きく切り裂いていった。

 

 溢れ出すのは血ではない。青い光のようなものがそこから漏れ出した。閃光のようになって、

傷口からそれが溢れ出す。

 

 まるで『リヴァイアサン』の体内に、光が詰まっていたかのようだ。

 

 再び上がる『リヴァイアサン』の奇声。その巨大生物の口の方には、またもや緑色の閃光が

集まってきていた。それも、今までの大きさの比ではない。

 

 巨大生物の真下には、《リベルタ・ドール》の街がある。

 

 このまま光を発射されたのならば、街は消滅してしまうだろう。

 

 自分が追い詰められてきたと、『リヴァイアサン』は直感しているのだ。だから一気に行動に

出ようとしている。

 

「どうにかしないとッ!」

 

 落下していく『リヴァイアサン』にしがみついている私は、カテリーナに向かって呼びかけた。

 

「よかった。ここが頭だ…」

 

 カテリーナは顔を上げて言った。

 

 彼女の言うとおり、私達は、『リヴァイアサン』の頭部の真上にいた。カテリーナの剣によって

切り裂かれた傷口が、大きく広がっている。

 

 カテリーナは、一気に下降していく『リヴァイアサン』の上へと、不安定ながらも何とか立った。

 

「一体、何をするの?」

 

 私は彼女に問いかけたが、カテリーナは、ただ上空を見上げていた。

 

「神の力を借りる」

 

「はあ?」

 

 カテリーナはただそう言っただけだ。何の事だか、私にはさっぱり分からなかった。

 

 『リヴァイアサン』は《リベルタ・ドール》目掛けて、今にも緑色の閃光を解き放ってしまいそう

だった。

 

 だがカテリーナは落ち着いている。まるで、それを食い止める自信があるかのようだった。

 

 私の見ているカテリーナ。彼女の体、そして身に纏う鎧が、だんだんと青白い光、それも溢れ

んばかりの稲妻に包まれていくのを私は見ていた。

 

 カテリーナは両手を大きく広げ、天に向かって祈るかのような姿勢を取る。『リヴァイアサン』

の背中の上という不安定な場であったが、彼女はその姿勢を保つ。

 

 そして、彼女は、私には分からない言葉を口に出し始めた。

 

 

 

「トーラ、ザ、グートスカ…。ア、スピリト、ブ、ア、デパーティッ、パソン…。

 

 ヴ、ワー、トゥ、ディス、セルフ。

 

 アン、ビフォア、アペアリン、オ、ザ、グラウン!

 

 フィアル、ワー、ウィッチ、ティアー、ザ、スカ、フォー、ザ、イティー、ワー、ウィッチ、ティアー、

ザ、グラウン!

 

 リリー、スト、ナ!

 

 アン、スウィング、ダン、アン、アロン、ハマー、オ、ザ、グラウン!

 

 トーラ、ザ、グートスカ…。ア、スピリト、ブ、ア、デパーティッ、パソン…!」

 

 

 

 古代エルフ語なのか。それとも何なのか、私には分からなかった。クラリスの発していた言葉

に似ているような気がしたが、違う気もする。私も聞いた事がないような響きを持つ言葉だっ

た。

 

 なぜ、こんな言葉をカテリーナが知っているのか、しかもそれを彼女は自分の言葉のように

口に出している。

 

 だが、詠唱をしている時のカテリーナは、とても不思議だった。

 

 今まで見てきた、彼女のどの姿とも違う。威厳のある冷静な騎士の姿でも、私の前で見せてく

れた、一人の女としての姿でもない。

 

 まるで戦いの女神のごとき姿。

 

 力強さ、存在の大きさ、そして近寄りがたい程の畏怖が、今の彼女には現れていた。青白い

光に包まれ、身に纏う鎧と銀髪が光を乱反射する。

 

 それはとても一人の人間の姿とは思えない。

 

 偉大で、強大な存在、何かが彼女に乗り移ったかのようだった。そうそれは、『リヴァイアサ

ン』をも上回るほどの存在の強さ。

 

 ふいに、私は、辺りがどんどん暗くなって行くのを感じていた。

 

 昇り始めていた朝日を、黒い雲がどんどん覆っていく。更に、どこからか雷鳴も聞えて来てい

た。

 

 周囲を見回す私。この《リベルタ・ドール》の上空に、どんどん黒い雲が集まってきている。

 

 不自然なほどに速い動きだった。朝靄の空に、雷雲が集まって来ている。それらは時々光

と、火花のようなものを飛び散らせながら、一箇所へと集中していた。

 

「カ、カテリーナ…?」

 

 私には分かった。この雷雲は、カテリーナが呼び寄せているのだ。

 

 なぜそんな事ができるのかは分からない。しかし彼女は、この《リベルタ・ドール》いや、『リヴ

ァイアサン』の真上に、雷雲を呼び寄せている。

 

 雷鳴は激しく轟く。それは大地を揺るがすほどの響きとなった。

 

 『リヴァイアサン』は、眼下に見える街に向かって、今にも口に蓄えた光を解き放とうとしてい

る。

 

 私は気が気ではない。しかしカテリーナは、上空を仰いだまま、静かに集中している。天へと

祈りを届けようとしているかのよう。

 

 そして、彼女は呟いた。

 

「来た…」

 

 同時に、雷鳴が更に激しくなる。黒い雲の一箇所、丁度私達の真上の辺りに、閃光を散らし

ながら光が集まってくる。

 

 カテリーナは私の腕を掴んできた。彼女はすでに、上空を仰ぐのを止めている。

 

「な、何…?」

 

「私がするのはここまで。だから、ここから飛び降りる。そうでないと危険なんだ」

 

 その言葉に私は驚く。下を見下ろせば頭がくらくらして来るような高さだ。それが迫ってきてい

る。

 

「そ、そんな事したら…!」

 

 しかし私がそう言った時、上空でとてつもない雷鳴が響き渡る。その轟音だけで、押し潰され

てしまいそうだ。カテリーナがなぜこの場を離れようとしているのか、分かったような気がして来

た。

 

「大丈夫。ドラゴンがいる」

 

 そうカテリーナは言うと、私の腕を掴んで、『リヴァイアサン』の背中から飛び降りた。

 

 彼女は自分の大剣を、『リヴァイアサン』の背中に突き刺したままだった。

 

 私達が飛び降りたのと同時に、上空で、激しい閃光が輝いた。

 

 大きな稲妻が黒い雲から現れる。辺りが一瞬真っ白になる。

 

 それは『リヴァイアサン』目掛けて一気に落ちて来た。その過程で、稲妻は形を形成してく。

 

 まるで、巨大な竜のような姿になった稲妻が、『リヴァイアサン』の背中目掛けて落下して来て

いた。

 

 激しい落雷音と、閃光。竜の姿となった稲妻。今にも街の方へと光の塊を放ちそうな『リヴァ

イアサン』目掛け、鉄槌を振り下ろす。

 

 稲妻は、カテリーナが突き刺した剣の場所へと、導かれるかのように落ちた。

 

 そして、その落雷は、文字通りの鉄槌だった。

 

 『リヴァイアサン』の頭部を、一瞬にして打ち砕き、更には、口の中へと蓄えられていた光の

塊さえも粉々にしてしまう。

 

 衝撃が空を放射状に広がって行く。そして、街のはずれの城壁をぎりぎりかすめて行き、街

から外れた場所に落雷した。

 

 『リヴァイアサン』の体は、頭部を粉々に破壊されてしまった。その時の衝撃で、巨大な肉体

は、大きく吹き飛ばされる。

 

 閃光が、辺りを包み、『リヴァイアサン』の体は稲妻に弾き飛ばされていく。その巨体さえも打

ち砕き、そして吹き飛ばしてしまうほどの稲妻。凄まじい威力だった。

 

 稲妻の一撃は、『リヴァイアサン』を一撃の元に葬り去ってしまった。あの巨体は木っ端微塵

に砕かれてしまった。

 

 私達は『リヴァイアサン』から飛び降り、地面へと落下しようとしている。《リベルタ・ドール》の

景色が間近に迫ってきている。

 

 だが、そんな私達の体は、空中で受け止められるのだった。

 

 それは、ドラゴンの背中だった。

 

 私とカテリーナの体を空中で受け止めてくれたのは、《ヘル・ブリッチ城塞》から、この《リベル

タ・ドール》へと、カテリーナが連れて来たあのドラゴン。地上へと落ちて行こうとする私達を助

けてくれたのだ。

 

「お前がこのわしを打ち負かしたのも、無理は無いのかもしれんな…」

 

 ドラゴンは独り言のようにそう呟いていた。

 

 そしてゆっくりと地面へと降ろして行ってくれる。

 

 下を見れば、街の中の広間にクラリス達がいた。

 

「ふうう…、もうこれが限界…。使い果たしちゃった…」

 

 地面に辿り着いた私達を迎える、ルッジェーロ、クラリス、ルージェラ、フレアー。彼らの周り

にはゴーレムの残骸が崩れていた。

 

 クラリスは膝を付いている。彼女は息を切らし、自分一人では立てない様子だ。彼女は精霊

に呼びかけ続け、魔法で風を起こしていたのだろう。それも、自分の限界を上回る力を使い続

けたのだろう。

 

 皆、傷だらけ、埃だらけで、騎士達や、打ち倒された『ディオクレアヌ兵』達が広場中に倒れて

いる。私達は上空で激闘をしていたが、もちろん地上でも激しい戦いが行われていたのだ。

 

 そして、ドラゴンは私達を見守っていた。カテリーナはそれを知っていたからこそ、上空から

飛び降りたのだ。

 

 しかし、あの巨大な落雷は一体。

 

「あ、あの。カテリーナは一体何をしたんですか…?」

 

 私は、少しあえいだまま、クラリスに聞いた。

 

 彼女は地面に座り込んだまま、少し考えたような素振りを見せる。彼女は何か知っているの

だろう。

 

「聞きたいの? でも、多分、信じられる話ではないわ」

 

 私の顔を見ながら彼女は言った。

 

「私は信じます」

 

「そう…、だったら話すわ」

 

 そうクラリスは言い、よろめきながらも立ち上がる。彼女は、私の前に立った。頭一つは高い

身長がある。

 

「クラリス。教えちゃうの? もし噂が広まったら大騒ぎだよ」

 

 と、彼女の背後のルージェラ。

 

「いいじゃあない。もう彼女も立派な仲間なのよ。だから話すわ…」

 

 クラリスは彼女に言い、そこで一呼吸を置いた。そして、しっかりと私と目線を合わせて話して

くる。そのエルフの神秘的な緑色の瞳に、私は吸い込まれていきそうだった。その瞳に見られ

ているだけで、何もかも信じさせられてしまいそう。

 

「あの子は、カテリーナは、自分の持つ剣の力を解き放ったのよ」

 

 しかし、それを聞いても、私には何の事やら理解できない。

 

「そ、それって、どういう事ですか?」

 

「あの剣は、ただの剣じゃあないの。あなたも知ってる? 伝説の聖剣、『トール・フォルツィー

ラ』なのよ」

 

「は、はい…?」

 

 私は相槌を打ったものの、それは不明瞭な言葉だ。

 

 『聖剣』という言葉は聞いた事がある。でもそれは、あくまで伝説や伝承などのお話の中での

事なので、にわかには理解できない。

 

「つ、つまり…?」

 

「カテリーナは、一人の女や騎士である前に、雷の神トールの右腕とも呼ばれる聖剣、『トー

ル・フォルツィーラ』の力を操れる、『聖剣使い』なの」

 

 私は、どう理解したら良いのか分からなかった。クラリスの言葉通りに受け取るならば、カテ

リーナは伝説の『聖剣』を自在に操れる、これまた伝説の戦士という事になる。

 

 ごくまれに歴史上に現れる英雄。時の危機に現れ、人々を救うその英雄は、時に、超自然的

な力を引き出せる剣を持っているという。彼らは、それにより人々に降りかかる脅威を遠ざけ、

救ってきた。それが『聖剣使い』であると、私は子供のときに本で読んだりして知っていた。

 

 彼女の戦いぶり、人間の女の体で大型の剣を自在に振り回し、鬼神のごとくの力で相手を圧

倒、更には稲妻の力さえも自在に操れる。それを見ていれば分からないでもない。

 

 現に彼女はたった今、一つの国を救ったのだ。

 

 しかし、カテリーナが伝説の『聖剣使い』だとは、私にはとても信じられない事だった。

 

 おとぎ話が現実にあったとでも言うのか。現に、『聖剣』などという言葉は、おとぎ話にしか出

てこないのである。

 

 

 

 

 

 

 

 カテリーナは仲間達の無事を確認しただけで、一人、街の中央通りを走っていた。

 

 彼女は何かに導かれるがごとく通りを走っている。まるで彼女自身の意思ではないかのよ

う。

 

 やがて、通りの中央に突き刺さっている自分の剣を見つけた。

 

 『リヴァイアサン』の背中を打ち砕いた剣は、あのまま地面へと落下して行き、深々と路面の

石畳に突き刺さっていたのだ。

 

 カテリーナは、地面に突き刺さっていた自分の剣を手に取った。まだ、稲妻のようなものが迸

っている。しかし彼女はそれを手に受けても、何も感じない様子だった。

 

 柄を握り締め、大きな刃を見据えていく。

 

 そして彼女は、目を瞑って上空を仰いだ。

 

 彼女の仰いだ先では、街を覆っていた雷雲が、一気に晴れ上がって行く。

 

 カテリーナは差し込んでくる日差しをその身に浴びたまま、しばらくその場に立っているのだ

った。

 

 

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29.一つの決着

説明
決着をつけるために、カテリーナはブラダマンテと共に、巨大生物であるリヴァイアサンに戦いを挑みます。
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