真・恋姫無双 EP.66 天佑編(1)
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 朝の冷えた空気を肺いっぱいに吸い込んで、華琳はかつて街があった場所を眺めた。何進軍に蹂躙され、すべてが破壊、多くの命が失われた場所だ。

 いくつも張られた天幕が、今は残された住民たちの仮の家である。瓦礫や遺体は片付けられていたが、地面に残された染みと深い悲しみは今もなお、癒えてはいない。

 

「華琳様?」

 

 背後から掛けられた声に振り向くと、侍女たちと共に食事を持ってきた月がいた。華琳は目で、隣に来るよう促す。察した月は、侍女たちに指示を出し、華琳の隣に並んだ。

 

「戦場では、あれほど容易く失われる命が、今はこうして力強く大地に立っている。この逞しさこそが、国の礎なんでしょうね」

「そうですね……」

 

 華琳の言葉に頷いた月は、そっと横顔を見た。真っ直ぐ正面を見つめる目は、どこか悲しそうに思えた。

 

「あの、華琳様?」

「なあに?」

「どうして私を、同行者に選ばれたのですか?」

 

 その質問に、華琳はちょっと驚いたように目を見開き、すぐに微笑んで言った。

 

「私が一刀と二人っきりになったら、あなたが心配するんじゃないかと思ってね」

「ええっ!」

「ふふ、半分冗談よ」

「半分は本気なんですね……へぅ」

 

 頬を染めて、困ったように眉を寄せる月に、華琳はクスクスと声を上げて笑った。だがすぐに真面目な表情に戻ると、ぽつぽつと独り言のように言葉を漏らした。

 

「ガラにもなく、気持ちが弱っていたのかも知れないわね……。あなたなら、この不安と恐れを共有できるんじゃないか……そう、思ったのよ」

「私なら、ですか?」

「あなたもかつては、この孤独な場所に立っていたのでしょ? どれほどの人に囲まれていても、ここだけは立った者にしか理解できない。そういう場所だもの」

「……そう、ですね。私にはいつも側に詠ちゃんが居てくれたけれど、それでもきっとこの気持ちは詠ちゃんにはわからないんだと思います」

 

 月はかつての自分を思い出し、瞼を閉じる。あの時感じた孤独――それは、終わりの見えない暗闇のようなものだった。

 

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 華琳は月に、普段は口にしない気持ちを吐露した。それは同じ立場で国を見た者の、不安や恐れ、苦しみ、痛みだった。

 

「失われる命の多さに、歯がゆい思いをしたことは数え切れないわ。自分が正しいと信じても、確信なんてどこにもないもの。賛美の言葉よりも、恨み辛みの罵りの方が大きく聞こえたりね。それでも前に進むしかない。弱音を吐けば、従う者たちの心が揺らいでしまうから」

 

 相づちを打ちながら、月はかつての自分を重ねてみる。気を張って、外面を取り繕わなければならない日々。月にとってそこは、窮屈で居心地の悪い場所だった。

 

「私なんかがエラそうに言えませんが、華琳様はすごいです。私はただ、そこから逃げることばかり考えていたような気がします。だから今の生活には、ホッとしているんです」

「ふふ……月のメイド服姿は、とても可愛らしいものね。私も眼福だわ」

「そんな……きっと、華琳様の方が似合います。あっ、侍女が似合うという意味ではなくて、その……」

「わかってるわよ、ありがと。でもそしたら、一刀も可愛いって思ってくれるかしら?」

 

 悪戯っぽく笑って、華琳は自分のスカートの裾をつまんでみる。

 

「今度、一刀を誘惑したいからメイド服を貸してって頼んだら貸してくれる?」

「へぅ……それは……」

「冗談よ」

 

 月の困った顔に、華琳は笑って言う。そしてちょっとだけ寂しそうに、言葉を続けた。

 

「あなたが、うらやましいわ……」

 

 その言葉を聞いた月が、少し怒ったように唇を尖らせる。

 

「私は華琳様がうらやましいです。私は一緒にお布団に入っただけなのに、華琳様はご主人様と……その……肌を重ねて……」

 

 真っ赤な顔で必死に告げる月を見て、華琳はこんな時だが楽しい気持ちになった。そして同時に、不思議に感じる。まさか自分が、同じ年頃の娘とこんな話をするとは思ってもいなかったのだ。

 

「ふふふ、やっぱりあなたを連れてきて正解だったわ」

 

 華琳は心から、そう思った。

 

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 華琳と一刀は、わずかな手勢を連れて街の跡地を歩いていた。あちこちで、すでに新しく家を建て直す作業が始まっている。静かな、けれど内に秘めた情熱で人々は突き動かされるように働いていた。

 それを眩しそうに目を細め華琳が眺めていると、数人の男たちがこちらに近づいて来た。

 

「あの、天の御遣い様でしょうか?」

 

 男たちは一刀を見て訊ねた。困惑しながらも、一刀は黙って頷く。

 

「良かった! お願いします! 力をお貸しください!」

「えっと……」

 

 迷うように華琳を見た一刀に、彼女は頷いて言った。

 

「行ってきなさい。こっちは事情聴取に時間が掛かるだろうしね」

「……わかった」

 

 男たちと一緒に歩いて行く一刀を見送り、華琳は修復途中の詰所にやって来た。隊長が出迎え、華琳は李典と対面する。

 

「私は曹操、いくつか聞きたいことがあるわ」

「ウチはただ、絡繰りを直してただけや。捕まるような事は、してへんで」

「直せるということは、あの絡繰り兵士を造ったのはあなたなの?」

「造ったわけやないけど、設計図はウチが描いた……」

 

 李典はうつむいて答えた。

 

「つまり、何進のために殺人兵器の設計図を描いたわけね」

「ちゃうわ! ウチが造りたかったのは、そないなものやない!」

 

 激昂して顔を上げた李典を、華琳は正面から見据えた。

 

「ウチはただ、出稼ぎでいない男たちの代わりに畑仕事をする、そないな絡繰りを造りたかっただけや。それをどこで聞きつけたのか、朝廷から使者が来て設計図を修正して渡すよう言われたんや。村のみんなを守るために、そうするしか……」

 

 李典は弱々しく首を振り、深く息を吐き出す。哀れみを誘うその姿に、だが華琳は毅然と言い放った。

 

「ようするに村の者たちを助けるため、関わりのない多くの者たちを犠牲にした、というわけかしら」

 

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 ガタンッと椅子を倒し立ち上がった李典は、涙を溜めた目で華琳を睨む。

 

「仕方ないやないか! ウチにとって村のみんなは、家族みたいな存在や! それを守るために、ウチは設計図を差し出すしかなかった……」

「……」

「他にどないしたら良かったんや? 誰も彼も全部助けるなんて、そないなことあんたなら出来たんか?」

 

 力なく項垂れ、李典は握った拳を机に叩きつける。そんな彼女に、華琳は言った。

 

「……もしも、すべてを救う手立てがあるなら、私が知りたいくらいよ」

 

 李典は顔をあげ、華琳を見た。

 

「私は別に、あなたを責めているわけではないわ。時に情勢は、人の命を天秤に掛けなければならない判断を強いる。どれほど多くの命を救おうとも、その裏には少数とはいえ犠牲があるのだわ。理不尽だけれど、常に誰かがそれを選ばなければいけないのよ。自分が守りたいもののために、ね」

 

 華琳は李典に向かって、スッと手を差し出した。

 

「悔いる気持ちがあるのなら、私と来なさい。あなたのその力、一人でも多くの命を救うために使わせてもらうわ」

「……それが、贖罪になるんやろか……」

「何をしても、失った命に償える事などないわ。結局は、自分自身を許せるかどうかなんじゃないかしら? 背負う罪を無には出来ない。その重さを忘れたい一心で、人は償いを求めるのよ」

 

 李典は、差し出した華琳の手を見つめる。そして意を決したように、その手を取った。

 

「今は正直、ようわからん。でもウチは、いつかちゃんと笑いたい。全部背負って、それでもちゃんと笑えるように、ウチは生きる」

 

 そう言った李典は、今はまだぎこちない笑みを浮かべた。

説明
恋姫の世界観をファンタジー風にしました。
今回からまたがんばりますので、よろしくお願いします。
楽しんでもらえれば、幸いです。
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コメント
おお!真桜が大人だ(VVV計画の被験者)
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