虚界の叙事詩 Ep#.18「戒厳令」-1
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帝国首都 ユリウス帝国

 

γ0057年 11月30日

 

6:28 A.M.

 

 

 

 

 

 

 

 『SVO』のメンバーが、『紅来国』《綱道地方》での調査を終え、『タレス公国』に帰還をする時

より、時間的に前後する事になるが。

 

 

 

 

 

 

 

 《帝国首都》の中心部に、巨大な企業ビルという面持ちの、講和党選挙事務所がある。その

上層階に位置するのが、フォン・ブラウン議員選挙事務所だった。

 

 今朝早くも、ブラウン議員はこの自分の事務所に姿を現していた。首都で暴動が起こってか

らというもの、ほとんど自宅にも帰らず、この事務所が家のようなものだ。

 

 だが、彼はこの事態に興奮せざるを得なかった。

 

 ブラウンはすでに初老に歳が差し掛かっている男だが、まるで若い時と同じような興奮を感じ

ている。

 

 新たな地位に登り詰める快感。長年夢にまで見てきた、国の最高指導者の座が、目の前に

迫ってきている。それも、野党の議長として、長年蹴落とそうと思っていた敵達の愚かな失敗に

よって。

 

 テロ対策に失敗し、ロバート・フォードは、若い小娘同然の国防長官に責任をなすり付けた。

そして、その国防長官はあろうことか、テロの首謀者であった原長官への攻撃の為に『NK』へ

の軍事攻撃を行う。

 

 国民の、世界の怒りが爆発すれば、それは『ユリウス帝国』の現政権が倒れる時、そしてそ

の時こそ、講和党が、自分が、国の頂点に立つときだ。

 

 幸運がこちらに回ってくる。もはやこの国は自分のものも同然なのだ。

 

 自らの政治的手腕にかかれば、その地位に登り詰めるのは不可能ではなかった。だが、ま

さかこんなに早くツキが回ってくるとは。

 

 自分のオフィスの椅子に身を埋め、混乱の首都の中にいながらも、彼の心は満たされた気

持ちで一杯だった。

 

 やけに騒がしくなる外の気配。だからどうだというのだ。今の自分は、この国で最も権力があ

るも同然。

 

 しかし、オフィスの扉は随分と騒がしく開かれた。

 

「ブラウン議員!大変です!」

 

 若い事務所スタッフが慌てた様子で呼びかけて来る。

 

「何だ?秘書を通せ」

 

 ブラウンがそう言っても、そのスタッフは構わなかった。

 

「大変です!軍の部隊が、事務所に押しかけてきています。ブラウン氏を出せと!」

 

 ブラウンは思わず椅子から立ち上がった。事態の意味がさっぱり掴めない。

 

「何だと!どういう事だ?わけが分からん!」

 

 その時、部屋に入ってきたスタッフをまるで押しのけるように、『ユリウス軍』の兵士達が押し

込んでくる。皆、武器を持ち、戦場さながらの重武装だ。とても政治事務所に似合う姿ではな

い。

 

「どういう事だッ!ここをどこだと思っている!」

 

 ブラウンは声を上げたが、兵士達は無表情のままだ。そして彼に向かって銃を向ける。

 

「おい!何か勘違いをしていないか?ここでは暴動は起こっておらん!警備は何をやってい

る?」

 

 訳も分からないまま、ブラウンは叫んだ。

 

「フォン・ブラウン議員。あなたを拘束します」

 

 一人の兵士が、突然ブラウンに言った。

 

「な、な、何を言っている?誰の命令だ。これは一体どういう事なのだ?」

 

 状況を掴めない。周りで起こっている出来事が突然すぎて、頭の中で思考が回らない。何を

言えば良いのかも分からない。

 

「国防長官より、国内の政治関係者全てを拘束するようにとの命令です」

 

 義務的な口調で、兵士は言った。

 

「な?こ、国防長官だと!アサカ国防長官の事か?」

 

「そうです。抵抗をしなければ拘束するだけで危害は加えません」

 

 ブラウンはたじろいだ。これは、一体、どういう事なのか。首都での暴動が過熱化し、一体何

が起こっているのか。

 

 思わず後ずさりした彼は、ちらりと、オフィスの窓から外の通りを望む事ができた。

 

 つい先程まで、朝早いというのに、デモ隊が練り歩いていた。それだけだ。だが、今はどう

か。戦争さながらの状態で、道に戦車があり、兵士達が武器を構えている。高層ビル群の上を

ヘリが飛び交っている。

 

 知らない間に、首都は戦場と化していた。

 

「素直に従って頂けますか?」

 

 そう尋ねるものの、兵士達は銃を向けて来ている。

 

「今、お前は、国防長官の命令と言っていた。この事は、『皇帝』も知っているのか?ロバート・

フォードの出した命令なのか?」

 

 だんだんと状況の掴めて来たブラウンは、恐る恐る尋ねた。

 

「いえ。この事は、国防長官のみのご判断と命令です」

 

「ば、馬鹿な!あのアサカ国防長官は、クーデターを起こしたというのか?ここは『ユリウス帝

国』だぞ!この国でクーデターが起こっているのか?」

 

 ブラウンがそう叫んだ時、激しい爆発音が轟く。強い閃光と共に、オフィスの窓が震え、ブラ

ウンは思わず怯んだ。

 

 彼は振り向く。すると、高層ビルの隙間から黒い煙がごうごうと昇っていた。

 

「こ、これは戦争だ!」

 

「ご理解頂けましたか?我々は本気です。素直に従う事をお勧めいたします」

 

 そう言って来る兵士は、ブラウンに近付き、銃口で彼を促した。

 

「わ、分かった。従う。だが、言う通りにするから、危害を加えるなよ」

 

 ブラウンは仕方ない様子でそう言った。

 

「約束しましょう。そのように命令が出ています。では、ご同行下さい」

 

 兵士に言われ、ブラウンは銃を向けられたまま、兵士達に連れられて行く。事務所のスタッフ

も既に拘束されていた。

 

 一人の兵士が無線機を取り出し、手短に告げる。

 

「フォン・ブラウン上院議員を拘束。繰り返す、フォン・ブラウン上院議員を拘束した」

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『ユリウス帝国』国防総省

 

5:44 P.M.

 

 

 

 

 

 

 

「『ゼロ』の最新の位置報告は入って来ていますか?」

 

 舞は、自分の執務室から、電話で自分の補佐官へと連絡を入れていた。

 

(共有データの『ゼロ』関連のフォルダに転送済みです)

 

「分かりました」

 

 舞は返事をすると、通話をオンにしたまま、卓上のコンピュータデッキを操作し、目の前に広

がる画面を操作した。そこには、衛星写真と共に、様々な情報が現れる。それは全て、『ゼロ』

に関連したデータだった。

 

「『ゼロ』がこの首都にやって来る到着予定時刻は、2時間半から、3時間後とみて、間違いな

いのですね?」

 

 と、舞は電話先の補佐官に尋ねる。

 

(ええ、現在の、『ゼロ』と思われる物体の移動速度から計算したものですが)

 

「迎撃戦闘機は配備しましたか?」

 

(北岸部隊からの戦闘機数機が、首都から100kmの地点に配備されています)

 

 補佐官の答えに、舞は何も言わなかった。正直、戦闘機を配備する事に意味があるのだろう

か。あの存在に、戦闘機などが通用するのだろうか。だが、首都の防備をがら空きにして、『ゼ

ロ』を来させるつもりも無かった。

 

 『タレス公国』から、『ゼロ』が首都に接近して来るという情報が入って、すでに数時間が経っ

ていた。舞が、国防総省にいて出来る事は、対策本部との話し合いと、軍による首都防備の命

令だけだった。

 

 しかし、軍の出動は、現在の状況では制限されていた。

 

(国防長官、ご存知でしょうが、首都の現在の状況では、『ゼロ』の防備に掛けられる人員や兵

器は限られてしまっています。クーデターは、予想以上の広がりを見せ)

 

「ええ、分かっています。自分で起こしたのですから。ですが、今では『ゼロ』が優先です」

 

 電話先の補佐官の言葉を遮るように舞は言っていた。それだけ言うと、舞は電話機の通話を

切ってしまっていた。

 

 舞の前に立ち塞がる脅威は、『ゼロ』が最もだったが、現在首都で起っている、クーデターも

無視できなかった。

 

 クーデターが開始されてから、既に12時間が経過している。フォン・ブラウン上院議員を早期

段階で拘束できたのは、舞としては明るい兆しだったが、現在の状況は芳しくない。

 

 日中の首都内での軍事作戦は思うように進まなかった。予想以上にクーデター反対派が多

かった事が原因だ。

 

 軍は、舞率いるクーデター軍と、政府率いる反対派に分かれ、首都の中心部で戦闘を繰り広

げている。それは、さながら戦争。双方に多数の死者が出て、戦いは泥沼化を始めている。

 

 国防総省は、クーデター本部となって、中央政府への攻撃を試みている。なるだけ時間をか

けず、早期段階で政府を制圧してしまえば、クーデターは成功だった。しかし、物事はそう上手

くは行かない。

 

 幾ら首都全土に渡って、軍が展開している戒厳令状態だったとしても、『ユリウス帝国』ほど

洗練された国家を転覆するのは、容易な事では無い。

 

 大体、今、目前に迫って来ている、『ゼロ』の事を知っている人物すら、ほんの一握りしかいな

いのだ。クーデターの最終目的は『ゼロ』にあると言うのに。

 

 この混乱した世界の中の『ユリウス帝国』を、浅香舞率いる軍が、ほんの短い期間でも治め

る事ができるものか。そう考える者達が少なく無い。

 

 一方で、クーデター軍となっているのは、マーキュリー・グリーン将軍と、ミッシェル・ロックハ

ート将軍以下、舞の行動に賛成意見を持つ将校達の部隊である。元々、幅広く軍事活動を行

える者達であったが、そうであってもその勢力は、国内で活動する軍の半数程に過ぎなかっ

た。

 

 舞は、『ゼロ』接近のデータと合わせ、現在の軍の活動状況を確認した。

 

 彼女の目の前に展開されるのは、《ユリウス帝国首都》の立体映像。光が造り出す立体的な

映像は、航空写真を参照して作られたもので、仮想空間にある実物のミニチュア。そこに赤い

ポイントが現れ、それが、軍の展開しているポイント。そして、戦闘が行われている地点では、

光が点滅していた。

 

 《セントラルタワービル》を中心として、光の点滅が広がっている。そこが、最も戦闘が激しい

地帯だ。

 

 あろうことか、『ユリウス帝国』の中でも最も中枢部。政治と企業ビルの中心部で戦闘が過熱

化している。官僚街と呼ばれる、ユリウス帝国首都1区が、今では戦場なのだ。

 

 しかし、いかなる犠牲を払おうと、舞は、《セントラルタワービル》を制圧しなければならない。

『皇帝』ロバートもそこにいるはず。

 

 彼を確保してしまわなければ、クーデターは成功しない。そして、成功しなければ、『ゼロ』を

止める事はできない。しかもその『ゼロ』は、目前にまで迫って来ている。

 

 舞の中で、『ゼロ』抹消の為の方程式はそう結論を導いていた。クーデターは一段階に過ぎ

ない。しかし、その一段階が無ければ、『ゼロ』に辿り着くこともできない。

 

 『ユリウス軍』が、『ユリウス帝国』という枠に収まっている限り、『ゼロ』の為に活動を展開する

事ができないのだ。

 

 戦闘が苦戦を強いられている。迫って来ている『ゼロ』を止めるべく、起こしたはずのクーデタ

ーが苦戦している。舞は、ただこうして安全な場所で事が展開していく事に、だんだんと憤りを

感じていた。

 

 死者の数は増え、首都の被害は広がる。クーデターは彼女の意志を超え、暴走しかかってい

る。

 

 本来ならば、『ゼロ』が接近している事さえ分かっていたならば、クーデターなど起こしてはな

らない事は分かっていたというのに。

 

 彼女の決定は早かった。迅速な対応が、国防長官には要求される。思考が、ばらばらになっ

ている結果の為の行動というパズルのピースを、頭のなかで組み上げられた瞬間、舞は机の

上の一旦切っていた電話機のスイッチを押す。

 

「来て下さい」

 

 それだけ告げた相手は、国防長官補佐だった。すぐにガラス張りの部屋の外から、舞より年

齢が上の、ダークスーツの女性が姿を見せる。

 

「お呼びですか? 国防長官?」

 

 国防長官に恭しく敬語を使う補佐官。舞は椅子から立ち上がる。

 

「《セントラルタワービル》に向かおうと思います」

 

 彼女のその言葉に、補佐官の女は、目線を外してため息をついた。

 

「それだけはご遠慮して頂きたい。あなたは国防長官なのですよ?このクーデターの中、外へ

と出て行く事はあまりに危険な事です」

 

 そのように補佐官は止めてきたが、舞は自分の意見を述べるだけだった。

 

「『皇帝』陛下は、《セントラルタワービル》に篭城し、クーデターが長期化するのをあえて待って

いるつもりでしょう。国民や、諸外国からの、クーデターへの反発を期待して、私が折れるのを

待っている。私は彼のやり方は良く分かっています。15年間、世話になったものでしてね。父

のような存在ですよ。今までのままでしたらね」

 

 補佐官は、黙って彼女の話を聞いていた。

 

「『ゼロ』に関しての重要な事柄を、彼は私に隠していた。これは立派な国への反逆です。危険

にさらした原因も同然なのですから、例え父のような存在であっても、許す事は出来ません。何

としても拘束しなければ。

 

 私が出て、証拠を再び突きつければ、この状況も考えて覚悟を決めるかもしれません」

 

 舞の言葉に、補佐官は口を開いた。

 

「ですが、国防長官。もう一度お考え直しを。首都内は戦場も同然です。あなたが出て行く事

で、火に油を注ぐ結果になるかもしれません。あなたが行かれても、《セントラルタワービル》内

に入る事もできないでしょう」

 

 だがその説得でも、舞は変わらなかった。

 

「『ゼロ』が、接近して来ているこの状況でも、あなたは同じ事が言えるでしょうか?」

 

「接近して来ているから、むしろそうであると思いますが?」

 

 だが、舞はそれには答えない。

 

「あそこに入る方法は、幾らでもあるんですよ。私は国防長官です。そんなルートは手に入りま

すし、既に調査して知ってもいます。多数の軍隊を送り込む事はできなくても、私だけなら入る

事のできる道もあるんです。あなたはここに残って、私の代わりを務めてください。マーキュリ

ー・グリーン将軍から連絡が来るはずです」

 

「私は、あなたが、いわゆる『高能力者』である事を知っています。ええ確かに、あなたは国防

長官としての器だけではなく、時として超人的な『力』を発揮する事ができる。

 

 しかし、私は身を案じているのです。確かに『ゼロ』は接近して来ています。ですが、それは迎

撃戦闘機がどうにかしてくれるでしょう。今、首都で起こっているのはクーデターです。懸命なあ

なたなら理解できるはずです。首都は、今までの首都とは違うのです。ここで起こっている出来

事は、戦争なんです」

 

 迎撃戦闘機がどうにかしてくれる、そう考えているんだろう。補佐官は『能力者』ではないか

ら、『ゼロ』にはもはや戦闘機など通用しないなどという事を、理解できないだろう。

 

 だが、舞は理解していた。

 

 だから、舞は補佐官の制止をあくまでも聞かない。すでに執務室から外へと出て行こうとして

いる。

 

「では、この私の手で、その戦争を終わらせ、『ゼロ』とも決着を着けましょう」

 

 

 

 

 

 

 

 舞と彼女の補佐官は、すぐに国防総省の特別駐車場にまでやって来ていた。その入り口に

は重厚なバリケードが張られ、何人もの侵入を拒んでいる。

 

 そして、すでに装甲車が一台、そこには構えていた。

 

 舞をこれ以上止めても無駄と考えた補佐官は、その装甲車に乗り込もうとする舞に、一言告

げた。

 

「こんな事、分かっておいででしょうけれども、あなたは国防長官です。本来は、ここにいるべき

お方なのですからね。このような有事の際に、あなたは外に出る立場などではありません」

 

 だが、舞は構わず装甲車の中へと、普通の兵士と同じように乗り込んだ。

 

「それは、身を案じる言葉と受け取っておきます」

 

 数人の護衛の兵士と共に、装甲車の中へと乗り込んだ舞。彼女が「出しなさい」という合図を

するのと共に、その入り口は閉められ、車は発進した。

 

 護衛達には、《セントラルタワービル》に舞が向かう事は既に告げてある。だから完全武装で

彼女の護衛に当たる。

 

 装甲車の中に乗り込んだ舞は、スーツの中に着けた防弾ベストと、腰の方に吊るした愛用の

剣を見直し、そこにぬかりが無い事を確認した。

 

 そして、『皇帝』に突き出す証拠は、鞄の中に仕舞ってあった。舞は大事そうにその鞄を自分

のすぐ脇に置き、揺れる装甲車の中で、《セントラルタワービル》への到着を待った。

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ノーム海上空

 

6:03 P.M.

 

 

 

 

 

 

 

 『ユリウス帝国』大陸北側の大洋、《ノーム海》の海上に、一機のヘリコプターが飛んでいる。

それは、『タレス公国軍』のヘリだった。

 

 そしてその中には、『紅来国』へは出向かず、『タレス公国』で待機していた、『SVO』のメンバ

ーの4人、太一、隆文、絵倫、浩が乗り込んでいる。彼らはその進路を、《帝国首都》へと向け

ていた。

 

「それじゃあ『ユリウス帝国』は、クーデターと合わせて、首都周辺に警戒態勢を敷いたのです

か?」

 

 そう尋ねたのは、ヘッドセット型の通信機をつけ、『タレス公国』にいる原長官との連絡を取ろ

うとする隆文だった。

 

 彼の膝元にはいつものように、鞄を開いた状態でコンピュータデッキが置かれ、『ユリウス帝

国』の情報を引き出している真っ最中だ。

 

(ああ、国防補佐官とドレイク大統領が話した。補佐官はすぐにも国防長官に伝えるそうだ。迎

撃戦闘機を配備し、首都周辺に警戒態勢を敷くとの事だが、現在の状況で住民の避難は難し

いらしい)

 

「そうですか」

 

 隆文は少し間を置いてからそう尋ねた。

 

(ああ、よりによって、こんな時にだ。『ゼロ』は《ユリウス帝国首都》へと向かっている。関係諸

国には既に警戒態勢をとるように連絡を入れたが、肝心の『ユリウス帝国』はクーデター中とき

た)

 

 原長官は深刻な声だ。

 

(だが、『ゼロ』が接近している状況、そしてクーデターの混乱があるとは言え、君達の入国は

厳しいかもしれない。何しろ指名手配犯なのだからな。特殊な方法で首都に上陸してもらう事

になる。

 

 その分、『ゼロ』に先を越される危険性が、出てきてしまうわけだがな)

 

「承知しました。必ず彼よりも先に上陸して見せます。ところで今、『ゼロ』はどの辺りにいるの

ですか?」

 

 隆文は尋ね、原長官がそれを確認する為の時間がある。

 

(衛星画像で確認したところ、ノーム海上、《ユリウス帝国首都》からおよそ、800km離れた海

上を移動中だ。この速度だと、およそ2時間半から3時間後には首都上空に達するだろう)

 

「3時間ですか。幸いにも俺達の方が早く『ユリウス帝国』に到着できます」

 

 隆文は通信機越しに答える。

 

 『ゼロ』の存在が海上で確認されたのは、ほんの数時間前。直後、『SVO』の4人のメンバー

は『タレス公国』を発ち、超音速ジェットで『ユリウス帝国』に程近い、同盟国の軍事基地へと移

動、そこからヘリで移動している。

 

 こうでもしなければ、『ゼロ』のスピードには追いつけなかった。彼らは今、高速リニア並みの

速度で移動している。

 

(この任務は君達にしかできない事だ。だが、気をつけておきなさい。『ユリウス帝国』国内では

君達は未だに国際指名手配という事になっている)

 

「ええ、分かっています。近藤を、見つけるのですね?」

 

 隆文は返答した。

 

(そうだ。浅香 舞国防長官は、近藤を見つける事が目的でクーデターを起こしたという見方を

我々はしている。近藤が、『ユリウス帝国』のフォード皇帝と共謀し、今回の事件を起こしたと。

そして、近藤ならば、『ゼロ』を止める事ができるだろうと。

 

 さらに君達の任務も、近藤だ。近藤を捕らえる事で、『ゼロ』に近付くことができ、君達も関わ

った『プロジェクト・ゼロ』の全容を知る事ができる)

 

「ええ、分かっています」

 

(首都がこんな状況だ。近藤を見つけ、『ゼロ』を止める事ができるのは、君達にしかできない

だろう)

 

「最善を尽くします」

 

(では、任せたぞ)

 

 原長官の通信はそこで切れた。

 

 ヘッドセットで原長官との連絡をとっていた隆文を、太一、絵倫、浩はじっと見つめていた。彼

らの表情から、何を隆文から聞きたいのか、彼には良く分かっていた。

 

「『ユリウス帝国』なんだが、クーデターで相変わらず混乱しているって話だ。『ゼロ』の事はよ、

伝えたそうだ」

 

「それで、奴は今、どこ?」

 

 絵倫が尋ねた。

 

「奴は首都から今、800kmほど離れた海上にいる。3時間弱で首都に到着する予定だそう

だ」

 

 隆文は絵倫達に答えつつ、時計のタイマーを2時間半後にセットした。

 

「どっちにしろよォ、近藤を見つけられなきゃあ、奴を止められねえってわけか。何せ逃がした

張本人だし、オレ達まで実験台にしやがった」

 

 浩が言った。彼は言葉と共に拳を打ち鳴らす。

 

しかし、隆文はそんな彼をなだめるかのように、彼の鼻先に、電子パットの表示された地図を

見せ付ける。

 

「いいか? これから俺達は、『タレス公国』の空母、ベルベットへと向かう。そこは《ユリウス帝

国首都》から250km離れた、『ユリウス帝国』の領海ぎりぎりの場所を航行中の空母さ。そこ

から高速潜水艦に乗って首都へと向かう」

 

 タッチペンで指し示しながら浩は言った。

 

「それが、今からどのくらいの時間がかかるの?」

 

 絵倫が尋ねた。

 

「首都に上陸できるのが、大体1時間か、1時間半後といったところだろう」

 

「そ、そんなで間に合うのか? 首都に上陸できれば、それで終わりってんじゃあないんだぜ?

 『ゼロ』はどこに来るか分からねえし、近藤だってどこにいるか分からねえ。上陸後の方が面

倒だぜ」

 

 浩が自信なさげにそう言った。

 

「前にも言ったように、『ゼロ』は俺達の存在に引き付けられているようだ。俺達が現れる所に

『ゼロ』は現れる。そんな所だろう。だから、俺達が首都へと向かっている事は、『ゼロ』も気付

いているはずだ」

 

「やれやれ、それは参ったな」

 

 と、浩。

 

「覚悟を決めて行かないといけないようね」

 

 絵倫が静かな口調で言った。

 

 そんな彼らの乗っているヘリの眼下には、大型の空母が見えてきていた。夕日の中に『タレ

ス公国』の国旗が瞬いている。そして、大きく描かれた着陸ポートに、ヘリは速やかに着陸して

行こうとしていた。

 

「ほとんど待ち時間無しで、潜水艦に乗り込むぜ。もう上陸用の潜水艦は準備してあるはずだ」

 

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ユリウス帝国首都 ハイウェイ 3号線

 

6:07 P.M.

 

 

 

 

 

 

 

 舞を乗せた『ユリウス軍』の装甲車は、クーデター軍の幾つもの検問を通過し、今では《セント

ラルタワービル》が大きく望める位置のハイウェイを疾走していた。

 

 一般道を走らないのは、現在、首都内部の至る所で戦闘が置き、完全にその範囲を把握で

きていないからだ。《セントラルタワービル》に着くまでに、戦闘に巻き込まれるわけには行かな

い。

 

 舞の乗った装甲車は、制圧地域が多く、戦闘も行われていないハイウェイを走っている。

 

 軍の装甲車は思ったほど揺れる。舞は体を揺さぶられながら、一緒に乗り込んだ兵士達と、

激しい戦闘が行われている、《ユリウス帝国首都》1区へと向かっていた。

 

「国防長官、お電話です」

 

 と、運転席の方から呼びかける声が聞え、舞へと車内電話が渡された。それはずっしりとし

た、両手サイズのもので、中央に画面が取り付けられたテレビ電話だ。

 

「どちらから?」

 

「情報部のベッツ司令官です」

 

 舞は、言われた人物の顔を頭に思い浮かべ、画面の方を向いた。画面には雑音とノイズが

走っていて、通信状態が悪い事を示している。

 

「国防長官。ご報告致します」

 

 そのように言って来る、ベッツという名の司令官の顔はどこか深刻で、顔を見ているだけで危

機を感じさせる。

 

「『ゼロ』と呼ばれる存在は依然として首都に接近しております」

 

「そうですか」

 

 舞は分かっていたかのように返事を返していた。

 

「『ゼロ』は首都へと向かっています。接近速度は、およそ時速350km。首都に到着するのは

2時間から2時間半後と推定されています」

 

「2時間半」

 

 彼女はその存在を感じ取り、全身にみなぎって来る危機感を味わう。そして、今度こそは失

敗できないのだという責任を感じる。

 

「了解しました。迎撃戦闘機のパイロットには、警戒を怠らないように連絡しなさい」

 

「了解」

 

 ベッツはそう言って、舞の方から通信を切った。

 

 装甲車はハイウェイ上を走り、《セントラルタワービル》へと接近して行く。どこからか銃声が

聞え、爆音までもが聴こえて来た。外の様子を表すモニターを見れば、高層ビル群の隙間や、

ビル自体から煙が昇っている。

 

「作戦部隊の状況は分かりますか?」

 

 再び運転席へと質問を投げかけた舞。

 

「双方共に犠牲者が出ている模様です。《セントラルタワービル》には今だ潜入できない模様。

特殊部隊が入り口付近にバリケードを敷いていますので」

 

 返事は乾いた声だった。

 

 このクーデターを仕掛けたのは、まさに自分。今、『ユリウス帝国』の政治と経済の中心から

煙を昇らせている、その原因を作ったのも、まさに舞自身。自分がその場に近付いて来て見

て、初めてそれを実感として感じる事ができる。

 

 だが、この軍事作戦で何人の死者が出ようと、どのような被害が起ろうと、果ては自分の身

が危うくなったとしても、それは全て『ゼロ』を抹殺する為にはしなくてはならない事。

 

 舞は改めて自分に言い聞かせる。そして決意を新たにしようとする。

 

 そう舞が思った時だった。

 

 遠くから何かが飛んでくる音が響く。それもかなりのスピードでだった。あっという間にその音

は接近し、最大になると、舞の乗っていた装甲車は激しい衝撃と爆音に包まれた。激しく振動

する車体。

 

 舞や、兵士達は座席から投げ出されてしまう。

 

「何です?一体何がありましたッ?」

 

 舞は運転席に呼びかけた。と同時に、車体にぶつかる軽い音が聞こえて来る。

 

「攻撃です!攻撃を受けています!」

 

 クーデターの反対派に操られている軍が、舞の乗っている装甲車を攻撃してきている、それ

も警告無しだ。

 

 舞が中に乗っている事を知ってか、知らずか、それは分からない。

 

 この聞こえて来る軽い音は全て銃弾。装甲車の装甲が防いでくれているが、銃弾は雨あられ

のように降り注いできている。

 

「どうするんですか?」

 

 運転席から聞えてくる声。

 

「車体に大きな損傷はありますか!?」

 

 舞はすぐさま質問する。

 

「いいえ、ありません。まだ十分に走行可能です」

 

 『ユリウス帝国軍』の装甲車は、並みの攻撃ではビクともしない。戦火の真っ只中にだって飛

び込んでいく事ができる。

 

「では、このまま進みなさい!」

 

「了解!」

 

 装甲車は、銃弾の雨の中を進んで行く。ハイウェイに降り注ぐ銃弾は、本当に雨のようだ。装

甲車の外壁のそこら中に当たっている。

 

「そこで止まれ!」

 

 外から聞こえて来る、拡声器を通した声。舞は何者かと、外を見る事のできるモニターに眼を

やった。

 

「バリケードです」

 

 ハイウェイの料金所を利用し、バリケードが張られている。そこには、数台の装甲車が置か

れ、兵士達も一個小隊が配備されていた。

 

「これは、我々側ですか?それとも、反対派ですか?」

 

 舞は頭の中に考えを巡らせた。しかし、彼女が答えを出すよりも前に、拡声器からの声が聞

こえて来る。

 

「アサカ国防長官をそこから出せ!繰り返す。アサカ国防長官をそこから出せ!」

 

 舞ははっとして顔を上げた。

 

「どうなさいますか? ご指示を!」

 

 一斉に車内の兵士達が舞の方を見つめて来る。

 

「この中に私がいるという事が、相手側に漏れているという事は、国防総省を出てからずっとマ

ークされていたようですね。クーデター軍を指揮しているこの私が捕まれば、クーデターは失敗

に終わる。というわけですしね」

 

 だが、装甲車の周りは包囲されている。銃撃を受けた後、車体の周りには兵士達が取り囲

み、一斉に銃口を向けていた。

 

 舞の乗っている装甲車にそのような事をするのは、クーデター軍ではない。バリケードを張っ

ているのは、反対派の方だ。

 

「直ちに、アサカ国防長官をそこから出せ。さもないと銃撃を開始する」

 

 再び促してくる声。だが、舞の行動は決まっていた。

 

 彼女は持ってきていた黒い鞄を開く。そこには幾つもの書類が納められていたが、舞はコン

ピュータディスク一枚だけを手に取り、それをスーツの内ポケットへと入れた。鞄は閉め、その

場へと置いておく。

 

「仕方ありませんね。私が出て行きましょう。扉を開きなさい。何が起こっても、あなた達は戦闘

を行わないようにしなさい」

 

「了解」

 

 舞の指示で、装甲車の後部扉が開かれる。そして、クーデター反対派の兵士達の前に現れ

る舞。

 

 そんな彼女は両手を挙げ、無防備だった。彼女の背後から、心配そうな様子で装甲車内の

兵士達が向いてくる。

 

「アサカ国防長官。あなたを拘束します!」

 

 ハイウェイの上でバリケードを張っている、何台もの装甲車の内の一つから声が聞えて来

る。舞は両手を挙げたまま、戦う意志が無い事を相手に示していた。

 

 ゆっくりと、銃を向けたまま近付いてくる兵士達。一人が、装甲車からハイウェイの道路に降

り立った舞を、後ろから拘束しようとした。

 

 しかしその時、舞はその兵士の顔面を拳で強打して怯ませる。そしてそのまま、前方で銃を

向けてきている兵士達の中へと飛び込んだ。

 

 普通の人間には、あまりに速すぎるであろう舞の動き。クーデター反対派も、舞が『高能力

者』である事は聞かされているはず。

 

 すぐさま、彼女に向かって銃撃が開始された。もはや国防長官だという事は忘れ、兵士達は

一斉に彼女に向かって銃弾を放つ。

 

 生死は問わない。国防長官を拘束するか始末するかして、クーデターを終わらせる。その命

令を受けている。

 

 舞は、一人の兵士の持っているマシンガンを蹴り上げ、武器を失わせると同時にその顎を蹴

り上げた。相手の体は何メートルも吹き飛び、地面を滑るように転がっていく。更に、背後から

迫って来ていた銃弾を避け、体を回転させながら、背後にいた兵士の頭部を蹴り付ける。

 

 銃を持つ兵士が数人いる程度ならば、それは、『高能力者』である舞の敵ではない。

 

 だが今度は、そんな彼女から離れ、距離を取る兵士達。

 

「撃て、撃てェーッ!」

 

 バリケードを張っている装甲車の方からの声だった。激しい音と共に、今度は機関砲から銃

弾が発射されて来る。舞を襲っていた兵士達は安全な場所に隠れ、その身をさらしているのは

彼女だけだ。

 

 機関砲の弾は、一瞬で車一台をバラバラにできる破壊力。その銃弾の速度は舞にも軌道を

読む事ができたが、当たればひとたまりも無い。

 

 彼女は身を翻しながら機関砲からの銃弾を避ける。彼女に当たらない銃弾は、道路の路面

を砕き、めり込んでいく。

 

 ハイウェイは閉鎖され、《セントラルタワービル》への他の道を探すしかない。装甲車は包囲さ

れ、もはや一人でその道を進むしかないようだ。

 

 ハイウェイの高架橋の下は一般道。《ユリウス帝国首都》の15区であるはずだった。戦闘地

域を抜け、1区に入るには、それほど時間はかからない。ただ問題なのは、河を渡る必要があ

るという事。

 

 舞は迫って来る重機関砲の銃弾を避けつつ、ハイウェイの柵にやって来ていた。彼女は軽々

とした身のこなしで柵の上へと飛び乗り、そして、高架橋すれすれの所にまで接近している建

物へと飛び移った。

 

 飛び移った先は、普段、ハイウェイの騒音が直撃しているであろう、みずぼらしい雑居ビルの

非常階段。高架橋からは数メートルは離れているが、舞はそれを飛び移る。非常階段では激

しい音が立ち、舞の脚は着地の衝撃を吸収し切ったが、後から脚にやってくる、じわりとした痛

み。

 

 ここ最近、体を酷使し過ぎたせいか、疲労が溜まっているようだ。

 

 だが、すぐに体勢を立て直す。

 

「飛び降りた!」

 

「すぐに下を捜せ!絶対に逃がすな!」

 

 激しい銃撃音が止む代わりに、兵士達が血眼になって舞を捜している。

 

 舞は痺れた脚を引きずりながら、雑居ビルの階段を3階分、大急ぎで降りて行く。そして、高

架橋下の通りへと飛び出すと、周囲を見回した。

 

 ハイウェイ沿いに進めば、1区に入り、そのまま《セントラルタワービル》の脇をかすめて行く。

しかし、そのフリーウェイ周辺は、先程の兵士達によって捜索が行われるだろう。

 

 舞は、《ユリウス帝国首都》のどこからでも望む事ができるという、《セントラルタワービル》の

位置を再確認し、その方向に向かって歩き出した。

-5ページ-

ユリウス帝国首都15区

 

6:37 P.M.

 

 

 

 

 

 

 

 日が急速に傾き出した。もうすぐ日が沈む。そうすれば行動がしやすくなるが、舞はそれまで

待っている余裕が無かった。

 

 クーデターはこの15区の繁華街にまで飛び火している。1区の激戦地から溢れ出た戦火

は、この地区でも激しい戦闘を繰り広げていた。

 

 一般市民の影は無い。ただ代わりに、クーデター軍、もしくはクーデター反対派の兵士達が、

戦争と同じ重武装で街中の戦闘を行っている。所々で聞える銃撃音と爆発音を耳で聞きなが

ら、舞は、賑わいを失った繁華街の中を進んでいた。

 

 《セントラルタワービル》に『皇帝』ロバート・フォードはいる。有力な議員達と共に篭城して、こ

のクーデターが、あえて泥沼化するのを待っている。未だに陥落できない《セントラルタワービ

ル》。舞はそこに行く。

 

 だがその為には1区に入らなければならなかった。

 

 商店などが立ち並ぶ、雑居ビルの隙間、《ユリウス帝国首都》の旧市街を抜け、舞は河沿い

の道へと脚を踏み入れた。

 

 1区を初めとする、首都の人工島側には、幾つかの橋がかかり、それと、河の下を走ってい

る地下鉄が、唯一の交通手段だ。だが、地下鉄の駅も、どの橋も、クーデター反対派が制圧し

ているか、戦闘が行われているか、との事だった。

 

 河の向こう側に見える高層ビル群を見つめながら、舞は頭を回転させる。建物郡は西日を浴

び、目に見えるほど早く、その影を伸ばしていっている。

 

 クーデター軍と合流するという手もある。だがそれで、1区に侵入できるとは限らない。

 

 『ゼロ』がこの街に接近して来ている。それが舞を焦らせる。しかも到着はほんの2時間後。

 

 このまま《セントラルタワービル》に到着し、『皇帝』ロバート・フォードを捕える事でクーデター

を終結させ、『ゼロ』を捕えようとする。そんな事が可能だろうか。

 

 軍を動かしても、『ゼロ』を捕らえる事はできない。それは彼女が身を持って知っている。『ゼ

ロ』接近時、肝心の通信が全く取れなくなり、それは、致命的な損失だ。

 

 やはり、自分が自ら動くしか無いのだろうか。

 

 1区に向かう一つの橋へと向かいながら舞は思案する。その内一つは、先日の『SVO』なる

組織との交戦で崩れてしまった。復旧は相当後になる。

 

 と、そんな彼女の元に、重々しい足音が聞えて来る。彼女は、すぐにそれに反応すると、さっ

と身を隠そうとした。河沿いの建物の隙間に身を隠し、様子を伺う。

 

 彼女が身を隠した直後、そこに巨大な影が現れた。建物ほどの大きさはあろうかという、巨

大な影だった。

 

 高さが5メートルはある。それは、むき出しの鉄骨のようなもので作られており、非常に無機

質な印象だ。

 

 『ユリウス軍』のロゴマークが付けられている。それは、人型をした二足歩行兵器だった。胴

体の中心部に人が乗り込み、直接操作する。もちろん、人間の数倍の力を持つ歩行兵器であ

り、銃火器も装備している。

 

 “大型歩兵ユニット”と名付けられたこの直接操作型ロボットは、本来は災害地で開発する目

的で誕生したロボットだったが、それを軍用に開発し直したものだ。

 

 しかも、この兵器の使用は、まだ軍で認めていないものだ。骨格がむき出しの姿を見れば分

かるが、まだ実戦使用を開始しておらず、開発途中のものだ。

 

 という事は、この大型歩兵ユニットを使っているのは、クーデター反対派という事だった。舞の

許可なしに、この兵器を使う事は許可されていない。

 

 舞は建物の隙間から様子を伺う。隠れていたつもりだったが、ユニットの向きは舞の方を振

り向き、ゆっくりと接近してきた。

 

「アサカ国防長官、こちらでしたか?随分と捜しましたよ」

 

 死角にいたはずなのに発見された。ユニットの中心部の操縦席にいる兵士は、スコープを被

っている。おそらく熱探査か赤外か。壁越しに居場所が分かったらしい。

 

 舞は、建物の隙間の中を素早く移動し出した。

 

 同時に、歩兵ユニットも舞の後を追跡する。

 

 重厚な足音。それは、人の走るスピードとほぼ変わらない速度で舞を追跡する。歩兵ユニット

の大きさは巨大だったが、その機敏さは驚くべきほどのものがあり、まるで人と変わる事は無

い。

 

 地響きのような足音は隠しようが無いが、あっという間に、舞のいる建物の隙間までやって来

る。そして、右手の装着された機関砲を、彼女の方へと向けた。

 

 建物の隙間から突き出される機関砲。

 

「もう逃げられませんよ。国防長官殿」

 

 だが、舞は距離を離していた。狭い建物の隙間を走り抜け、河から通りの方へと向かう。そ

んな彼女を追い立てるかのごとく、背後から、重機関砲の弾が襲い掛かる。

 

 建物の壁が砕け、ごみバケツは宙に舞った。狭い通りを、歩兵ユニットは、何の障害も無い

かのように進んでくる。戦車さながらのように、建造物などものともせずに近付いてくる。

 

 舞は、建物の隙間を通り、裏路地へと飛び出す。低い建物が立ち並ぶ繁華街の裏通り。普

段は、挙動不審な者達が行き交う通りだが、戒厳令下で今は誰もいない。むっつりとした、裏

通り独特のごみと廃棄物のような匂いは変わらないが。

 

 そんな通りの中を舞は急ぐ。機関砲と破壊の音は迫って来ていた。

 

 まさか、歩兵ユニットが使われるとは。あの兵器は、現代の最新技術の結晶で、捕えどころ

の無い利点だらけの代物だった。激戦地に赴くだけの装備を、あの巨大な人型機械は一体で

揃えている。

 

 裏路地へと瓦礫と共に飛び出してきたユニットが、舞の方へと照準を向け、一気に距離を詰

めてくる。人のような脚を持つユニットだが、平行な地面の上では、脚下に備え付けられた微

動作可能なタイヤで滑走できる。そのスピードは、車よりも速い。

 

 機銃を掃射しながら、歩兵ユニットは迫って来る。どこへ隠れようとも無駄だ。相手は熱探査

や、赤外線でも物を見る事ができる。

 

 表の通りへと飛び出した舞。《セントラルタワービル》とはまるで反対側の方向。歩兵ユニット

が立ち塞がり、河の方から引き離された。

 

 舞に焦りが募る。こんな事をしている場合ではない。『ゼロ』がこの首都にやって来るまで、あ

と1時間と少し。

 

 だが、誰かに応援に駆け付けてもらおうとも、無線も携帯電話も使えなくなっていた。

 

 『ゼロ』が接近すると、全ての計画が狂う。だが、今度ばかりは、彼を抹殺しなければならな

い。

 

 舞は大通りを移動して行く。さっきからずっと大型歩兵ユニットに付け回され、掃射される機

銃が通りを破壊して行く。

 

 と、前方からも、一機の大きな影が現れる。交差する通りを抜け、さらにもう一機の大型歩兵

ユニットが舞の視界に入った。

 

 思わず脚を止めそうになる彼女だが、もう一機の方は彼女ではなく、別の方向へとその照準

を向けていた。

 

 激しい銃撃戦が行われている。ユニットと対峙しているのは、クーデター軍のバリケード。彼

らが向き合っているのは、1区へとかかる一つの橋、セントラル河を跨ぐ、ブルーブリッジの方

向だった。

 

 橋から伸びている通りの一つ、7番通りが舞の進む先で交差していた。

 

 だが、この先で行われているのは激しい銃撃戦。背後からは機銃を掃射するユニットが近付

いて来ている。

 

 7番通りを進もうとしているクーデター軍は、歩兵ユニットを前に苦戦気味だ。その部隊も、数

台の装甲車と共に橋を突破しようとしていたが、ユニットは、機銃を掃射するし、防御や行動力

に関しても死角が無かった。

 

 舞は、脚を止め、背後を振り返る。抜き放っていたのは刀。彼女の上着の中に隠されていた

鞘から、沈み行く夕日の光を乱反射させるような、紅く輝く刀が抜き放たれる。

 

 彼女がそれを一閃させるならば、その軌跡には紅い光が残り、彼女の方へと向かっていた

銃弾も、まるで水の流れに流されるがごとく、その軌道を変化させられる。

 

 彼女が、『能力者』以外の者に対して刃を向ける事はほとんど無い。幾ら銃で武装した兵士

であったとしても、体術だけで倒せてしまうからだ。

 

 だが、大型歩兵ユニットなどと戦うのは初めて。舞は、相手を『能力者』と同等だと見なした。

 

 舞の方へと照準を合わせ、歩兵ユニットのアームに取り付けられた重機関砲は止め処なくそ

の銃弾を発射して来る。今度は、舞はその銃口に向かって、臆する事無く向かって行く。

 

 刀の動きが、彼女を守っていた。銃弾を迎え撃ち、夕日を乱反射する刃が、その銃弾を切り

裂いて行く。

 

 一気に距離を詰めた。目にも留まらぬような足さばきによる動きだ。歩兵ユニットに急接近す

ると、舞は跳躍し、ユニットの重機関砲が取り付けられた方のアームへと飛び乗る。

 

 彼女が再び跳躍した時には、そのアームは火花と共に切断されていた。むき出しの配線や

骨格などは切断されアームは重厚な音と共に地面へと落ちる。

 

 舞は跳躍の後、地面へと着地した。

 

 だが直後、何かが弾けるかのような音、そして、背後から迫って来た気配に、思わず振り返

る。

 

 小型ミサイルだった。それが彼女の方へと迫ってきている。

 

 着地の態勢から、思わず身をかわそうとする舞。着地した脚を、そのまま踏み切りの足に変

え、路面を飛び退る。

 

 しかし、ミサイルは舞の方向に引き付けられるようについて来る。

 

 誘導ミサイルだった。舞はロックオンされている。着弾するまではどこまででも追いかけてくる

誘導ミサイル。

 

 間に合わなかった。歩兵ユニットは片腕を切断されても、その肩部に装着されたロケット砲を

使い、舞を攻撃して来る。

 

 7番通りの近くに、爆音が轟く。同時に閃光が輝き、衝撃波が振り撒かれ、炎と煙が上がっ

た。

 

 大型歩兵ユニットに取り付けられたミサイルの破壊力は、戦車砲並み。路面にはクレーター

が開き、通りに並ぶ建物の窓ガラスは割れ、ひびが入る。人間に向かって発射するならば、死

んだのかどうかすら分からない程粉々になる。

 

 だから、ミサイルによって開けられたクレーターのどこにも、舞の姿を確認する事はできな

い。その断片すらも無い。もうもうと炎と煙が上がるだけだった。

 

-6ページ-

 だが、舞は生きていた。

 

 スーツは破れ、肩や脚からは出血している。髪は一部分が焦げ、ふらつきながらも歩いてい

たが、舞はまだ生きている。

 

 ミサイル着弾の瞬間。弾丸よりも速いスピードで彼女はミサイルから免れた。更にミサイルの

爆発の衝撃波をも利用し、その場から脱出する。ただそれは、ミサイルの爆発力を防御する

のには完全では無い。実際、建物一つをも粉々にするミサイルのダメージを、舞は少なからず

受けていた。

 

 だが彼女は、爆発の炎と煙に乗じて、通りから再び河沿いの土手へと移動していた。今はす

でにブルー・ブリッチの真下だ。

 

 

 

 

 

 

 

 今、煙に乗じて姿をくらます。もし、通りで爆発があれば、皆の注意がそちらへと向けられる。

動くチャンスだ。

 

 『ゼロ』が接近しているという事実だけがある中、舞は、1区と15区にかかるブルー・ブリッチ

の橋下にいた。

 

 そんな彼女の耳に仕込まれた小型無線機に、声が聞えて来る。

 

(国防長官?アサカ国防長官!ご無事ですか?衛星では、7番通り付近で爆発を捕えました)

 

 補佐官からの連絡だった。舞は周囲の様子に警戒を向けながら答えた。

 

「ええ無事です。それよりも、ブルー・ブリッチを渡る方法はありませんか?セントラル河を越え

なければ、1区へと入る事はできません」

 

 その時、橋の上空をヘリコプターが通過していく。それも舞を捜しているのだろうか?彼女

は、橋下の影に隠れ、ヘリが過ぎ去っていくのを待った。

 

(どうか国防長官。これ以上の無茶はお止め下さい。1区は現在激戦地です。数箇所で戦闘が

繰り広げられており、被害も広まっております)

 

 心配してくる補佐官だったが、舞はそれをきっぱりと遮った。

 

「私の心配よりも、国の心配をなさい。ブルー・ブリッチを渡る方法を見つける事が、《セントラ

ルタワービル》にいち早く潜入する方法であり、クーデターをすぐにでも終わらせる事ができる

という事なのですよ!」

 

(承知しております。国防長官。ですが現在、7番通りから部隊を派遣する事はできません。

我々クーデター軍はその地域を制圧できてはおりませんので。地上から1区へと潜入する事は

不可能でしょう。ヘリを派遣したい所ですが、1区付近で着陸する事は困難です。タワービルの

屋上も封鎖されています。周辺のビルのヘリポートも無理です)

 

 だから舞は地上を来たのだ。

 

「何とかして見せます」

 

 そう言い、舞は腕時計を見やった。爆発の衝撃でも少しの破損しか入らなかった腕時計。今

の舞にとっては重要な目安となる。

 

 『ゼロ』がこの首都上空に達するまで、残り2時間と少し。

 

 舞は1区のある、人工島付近を観察する。セントラル河は川幅が800メートルもあり、水深

の深い所も多い。元は海で、首都の高層ビル群は人工島なのだから。そこに、現在の首都の

基盤が出来上がった。

 

 かかる橋は数本あるが、そのいずれもが、反クーデター軍のバリケードが設置されている

か、交戦の真っ只中だ。

 

 だが舞はふと、《セントラル河》にかかっている、一つの橋の方を見やった。

 

 それは、つい半月前まで、そこにかかっていた橋である。

 

 今、その橋は橋げたを残し、一部分が崩れてしまっている。まるで、その部分だけぽっきりと

折れてしまったように橋が分断されていた。

 

 『SVO』の首都潜入事件。あれ以来、首都の警備は更に強化されたはずだった。

 

 隣接するブルー・ブリッチは、そう簡単には崩れないだろう。立派な橋げたを持ち、こちらは

何本ものワイヤーによって保たれている吊り橋だ。

 

 舞は、その骨格となる部分を見上げ、一つの通路を見つけた。彼女の頭の中に考えが浮か

び、すぐに無線で連絡を取る。

 

「ブルー・ブリッチに作業用通路がありますか?そこを通りたいのですが?」

 

(作業用通路ですか?すぐに調べさせます。しかし、作業用通路を簡単に通れるのならば、我

が軍がすでに通っています。おそらく、そこにも警備網が敷かれ、すぐに発見されてしまうでしょ

う)

 

「でも、橋の上を堂々と通るよりはましでしょう?通路は広くありません。兵を配置するとしても、

一人ずつです。作業用通路の見取り図を、私の携帯端末に送って下さい」

 

 頭上に伸びている、ブルーブリッジの作業用通路を舞は確認する。橋の骨格となる部分に沿

い、延々と対岸まで延びているはずだ。河原にある橋げた部に備え付けられた、非常階段に

よって登る事が出来る。

 

(首都防衛部からの図面を端末に送信しました。ご確認下さい)

 

 携帯端末を確認する舞。橋の骨格部には、一つの足場に過ぎない通路が延び、それは対岸

まで続いている。

 

「見取り図は届きました。あとお願いしたい事なのですが、『ゼロ』を迎え撃つ為に首都を旋回

している戦闘機がありますね?」

 

(はい、B−X型爆撃機が5機あります)

 

「その内一機を、ブルー・ブリッチ上空までやって頂けませんか?」

 

 舞がそう言うと、無線の先の補佐官は少し間を置く。舞には、彼女が続いて何を言ってくる

か、大体の予想はついた。

 

(また無茶をなさろうとしていますね?どうか、身をご案じ下さい。あなたは本来は現場に出て

行く人間ではございません)

 

 耳の中に響いて来る補佐官の言葉を聞きつつ、舞は、すでにブルー・ブリッチの作業用通路

の扉を開けにかかっていた。

 

 錆びかかっている鉄格子の扉は簡単に壊せ、鉄骨の階段は橋のすぐ下へとらせん状に続い

ている。

 

「その言葉なら、私も理解しています。ですが、『ゼロ』を止めることができるのは、おそらく私し

かいないのですよ」

 

 舞は、階段を駆け上り始めた。鉄骨の橋では音が立つから、なるべく急ぎ、なるべく音を立て

ず、彼女は階段を上る。

 

(もしやあの証拠が、あなたをそうさせるのですか?)

 

 補佐官がそう言って来る。彼女もあの、『皇帝』に突き出したはずの証拠については知ってい

た。データとして写した情報は、今、舞がしっかりと持っている。

 

「あの証拠によって、私は自分が『ゼロ』との決着を着けるべき存在だと、はっきりとしました」

 

 階段を登っていく。大きな吊り橋の橋下に達するまでは大分距離があった。再びヘリコプター

が橋の上空を通過していく。舞は警戒した。

 

(今度こそ、『ゼロ』を止められると言う保障はおありなのですか?)

 

 その言葉に、舞は即座に答える。

 

「さあ、正直言って、保障はありません。私だって命がけですし全力です。しかし、首都の防備

は万全にしておきたい所。その為には、早くこのクーデターに決着を着けなければなりません」

 

 舞は、非常通路に達した。橋の上、7番通りから伸びる道路にも上がることができ、橋の対

岸にまで、ずっと鉄骨がむき出しの橋が続いている。通路の幅は狭く、人一人がやっと通れる

程度しかない。

 

「熱探査で、非常通路上の敵の数は確認しましたか?」

 

 舞は、補佐官に尋ねる。非常通路の見通しは良くない。橋桁に添う形で、通路は入り組んだ

構造、死角のある構造になっていた。

 

(連絡によれば、我が軍はブルー・ブリッチを制圧しておりません。これから熱探査画像をあな

たの端末に送りますが、橋の上にはおよそ30人の兵があり、バリケードも張られています。今

のあなたの地点から、およそ300メートル先の地点です。一方、あなたの今おられる、橋の下

の非常通路には、およそ10名が配置されています)

 

「分かりました。私は今からここを突破します」

 

 そう言った舞の足は既に動き始めている。彼女は前方に、一人の『ユリウス帝国軍』兵士の

姿を確認し、通路の死角へと隠れた。

 

(あと先程から、ヘリコプターが一機、ブルー・ブリッチ付近の警戒に当たっています。非常通

路は外側からは丸見えですので)

 

「分かりました。ヘリにも注意します」

 

 一人の兵士が、非常通路の曲がり角を進んでくる。それは、橋げたを大きく迂回しながらそう

形になり、死角には舞がいる。

 

 一人の兵ならば、『能力者』の舞の敵ではない。

 

 兵士が単独で彼女の射程に入った瞬間。舞は目にも留まらぬ動きで、その兵士へと一撃を

浴びせた。

 

 手に持った銃を撃つ暇も、彼女に攻撃された事すらも気がつくことは無かっただろう。素早い

攻撃だった。

 

「一人、倒しました」

 

 非常通路を進み、更に先の通路までを確認する。とりあえず、次の橋げたの位置までは誰も

いない。

 

 舞は非常通路上を音が立たないように走り、橋げたの死角に潜り込む。そして熱探査画像を

確認。この先には二人のクーデター反対派兵士がいる。その先にも二人、対岸に移るにはま

だ多くの兵士がいた。

 

 この兵士達は、非常通路上を巡回するようにして警戒に当たっている。《セントラルタワービ

ル》への突入の援軍を防ぐのならば、クーデター軍を1区には入らせない必要がある、そして

その為には、このブルー・ブリッチを始めとする、首都の人工島側にかかる橋の防備は、万全

にする必要がある。舞は、厳戒態勢を突破しようとしている。

 

 一人の兵士が死角の側まで近付いてくる。舞は慎重に距離を詰めた。だが、一人を倒せば、

もう一人に気付かれる。

 

 素早く二人を倒す必要があった。

 

「異常なし」

 

 との無線連絡の隙を突き、舞はその兵士の後頭部を強打し倒す。しかし、その時の衝撃が

強すぎ、その兵士を非常通路の外へと飛び出させてしまう。通路は、腰の高さ程の柵で囲われ

ているが、兵士の体はそれを乗り越える。

 

「しまった」

 

 舞は思わず呟いた。通路を飛び出した兵士の体が、橋下へと落下して行く。橋の下はセント

ラル河。夕日を眩しいほどに反射している。

 

 落下した兵士の体が、大きな音を立てて水の中へと飛び込む。橋下まではおよそ20メート

ル。

 

「何だ?何があったーッ?」

 

 すぐさま、ペアで警戒に当たっていたもう一人に気付かれた。だが、舞は兵士がそう叫んだ

瞬間、すでに顔を合わせる距離まで接近しており、一撃の元で兵士を倒す。

 

 その時だった。上空にヘリの音が聞こえて来た。そして、それは、隠れようの無い非常通路

の真中にいる舞の方を向く。

 

「アサカ国防長官を非常通路で発見!繰り返す。アサカ国防長官を非常通路で発見した!」

 

 そう聞えたのはヘリの方では無く、非常通路を警戒している兵士達の方だった。

 

 ヘリは、橋の非常通路をはっきりと望める位置にまで降下して来る。『ユリウス軍』のロゴマー

クが入った迷彩柄のヘリは、その機体下部に機関砲が取り付けられていた。相手が国防長官

であろうと、誰であろうと撃って来る。さっきの大型歩兵ユニットの事で、舞は理解していた。

 

 彼女は非常通路上を駆ける。前方には兵士、こちら側に武器を向けて来ている。

 

 舞が走り出した時、ヘリから機関砲が放たれた。鉄骨がむき出しの柱を、金属同士が衝突す

る音が鳴り響き、火花が飛び散る。激しい銃撃音。

 

 舞は刀を抜き放っていた。夕日を反射するその刃は、舞の手に操られ、紅い軌跡を残しなが

ら機銃の銃弾さえも受け流す。

 

 だが今度は前方にも武器を持った兵士がいる。そちらからも銃弾が放たれてきた。

 

 舞の体が残像を残し、目にも留まらない速度にまで加速した。彼女は前方の兵士にスライデ

ィングをして行き、相手が銃の向きを変える間も無く打ち倒す。

 

 だが、ヘリからの銃撃もすぐに方向修正を行い、舞の方へと弾を撃ち込んできていた。

 

 激しい銃撃音の中で、耳の中に補佐官からの声が響き渡る。

 

(何です。何がありました!?)

 

 舞は刀を抜き放ち、ヘリからの銃弾を防御しながら答える。

 

「ブルー・ブリッチでヘリからの銃撃を受けています!B−X戦闘機はまだですか?」

 

 激しい銃撃の中で叫ぶ舞。

 

(間も無く接近します!)

 

「空爆を許可します!」

 

 舞は叫びながら、非常通路の上を一気に疾走して行った。前方に立ち塞がる兵士達を次々

と倒し、時には橋下の河へと落下させてやる。

 

 だが、橋上の道からも警戒に当たっていた兵士が次々と流れ込んできている。橋を真中ほど

進んだ地点で、舞はヘリからも銃撃を受けている。

 

 その時、空気を切り裂くかのような音が上空に聞こえて来た。銃撃音を切り裂き、それはあっ

という間に接近。何かが放たれる音、それも接近する音。

 

 非常通路上の舞と、ヘリまでの距離は、およそ20メートル。舞は、接近してくる音が最大値

に達した瞬間を見計らい、通路へと身を伏せた。

 

 その刹那、銃撃を行っていたヘリに、ミサイルが撃ちこまれた。ヘリは一瞬で粉々に爆発し、

空中で衝撃波と爆炎を振り撒く。

 

 爆発による衝撃波は思った以上に凄まじい。舞は身を伏せたが、非常通路上の兵士達はそ

の爆発に思わず怯んだ。

 

 舞はその隙に兵士達の間を突破する。目にも留まらぬ彼女の動きとヘリの爆発で、兵士達

はまるで気付かず、次々と狭い通路から投げ出される。

 

 爆発による爆風と発光が収まってきた頃には、舞は既に封鎖された橋を半分以上通過して

いた。

 

 空爆による攻撃で、クーデター反対派の兵士達の注意がそちらに向けられている。

 

 橋にはすでに、1区の高層ビルの影が差し掛かっていて薄暗い。既に舞の頭上には、《セント

ラルタワービル》が堂々と聳え立っていた。

 

「突破しました。これから《セントラルタワービル》に潜入します」

 

 舞は無線機越しにそう囁き、その脚を先へと向けた。

 

-7ページ-

帝国首都4区

 

6:55 P.M.

 

 

 

 

 

 

 

 頭上で閃光が輝き、爆音が響き渡る。首都の人工島と大陸側に跨る橋のすぐ側で、一機の

ヘリが撃ち落されていた。

 

 《帝国首都》の状況は、思っていたよりも悪いようだ。既に首都の中枢部である、人工島は激

戦地となっており、至る所で銃撃戦が繰り広げられている。その中での混乱も酷いものであり、

自宅に閉じ込められた市民達は路頭に迷っている事だろう。

 

 混乱に紛れ、《タレス公国》軍の潜水艦で首都に上陸した『SVO』の、太一、隆文、絵倫、浩

の4人は、打ち捨てられた港のボート小屋から入港していた。

 

 首都の中でも4区は、高層マンションなどが立ち並ぶ、官僚達の住宅地。港に面した区画に

は、個人船舶が停泊する港が数多くある。

 

 潜水艦のハッチから、港の桟橋へ、4人の『NK』人は次々と飛び移る。

 

「『ゼロ』が到着するまでは、どのくらいだ?」

 

 慌しい様子。早速桟橋へと飛び移った隆文に、浩が尋ねる。隆文はいつものように黒い鞄を

持ち、その反対側の腕につけた腕時計を確認する。

 

「もう2時間無い」

 

「わたし達が行く所、『ゼロ』が必ずやって来ると思って間違い無いのかしら?」

 

 と、絵倫。その直後、空中を、空気が切り裂かれるような音が響き渡って行く。それはジェット

機の音だった。

 

「『ユリウス軍』は、やる気満々だぜ。首都へと『ゼロ』が来ようってんなら、とことん迎え撃とうっ

て気だ」

 

 上空を見上げ、浩が言った。

 

「俺達がここに来たのはいいが、奴を止められるのかって話だな、所詮、俺達は奴の力には敵

わない。結局接近を感じる事ができるってだけだ」

 

「そういう事ってわけだな」

 

 と、背後から聞こえて来た声に、4人はとっさに振り返った。

 

 そこに立っているのは一人の男。ほとんど沈んでいく日の光は、建物が遮り、港には影が多

い。男はそんな影の中に潜んでおり、その姿はほとんど隠れている。

 

 しかしその声から、誰がいるのか、4人には察しが付いた。

 

「お、お前は」

 

 隆文が呟く。そして彼が名前を発するよりも前に、余裕を持ったかのような足取りで、男はこ

ちらへと向かってくる。

 

「これは、毎度ご来国頂きましてありがとうございます、だ。だがお前らは歓迎されねえ。この港

から先には進ませねえんだからな」

 

 男は、以前ブルーと名乗った、『ユリウス帝国軍』『レッド部隊』を名乗る工作員だった。

 

 隆文、絵倫、浩は知っている。この男の眼つきは、焦点が合っていないようで、人を見下して

いる。余裕があるからこそ、あえてそんな顔をしているのだ。髪は青色に染め上げられ、そこら

中にピアスを開けている。

 

「この先へ進ませない? 理由を教えてもらおうかしら?」

 

 だがブルーも、絵倫の姿を見ると、その視線を向けざるを得ないようだ。

 

「これはこれは、またしてもあんたにお目にかかれるとはなあ?別に以前、あんたにしてやられ

た事なんざあ、気にしちゃあいねえぜ。ありゃあ、俺のミスで」

 

「質問に答えないのだったら、無理矢理先に行かせてもらうわよ? わたし達には時間が無い

んだから」

 

 絵倫は一歩脚を踏み出した。目の前に立ち塞がっているのはブルー一人。

 

「おおっと。お前達を先には進ませねえ。何たって命令が出てんだからなあ? 国防長官殿

直々の、よォ。『ゼロ』だかが現れる所に、かならずてめえらも現れる。捜査だか、始末だかの

邪魔になるから、てめえらを足止めさせておけって、なァ」

 

 人を馬鹿にしたかのような口調で、ブルーは言ってきた。彼の方も距離を詰める。

 

「ち。残り2時間も無いんだぞ」

 

 隆文がぼそりと言った。日がどんどん沈んで行こうとしている。日没直後には、この街に『ゼ

ロ』が来る。

 

「てめえ1人しかいねえんじゃあ、話にならねえな? こっちは4人なんだぜ。そこどけよ。一瞬

でカタをつけてやる」

 

 そう意気込んだのは浩。ブルーの目の前に立ち塞がり、彼と目線を合わせる。

 

「1人、1人って、よォ。俺がてめえら4人の前にたった1人で来ると思うか? 俺達は、絶えず

『タレス公国』を張ってたんだぜ?

 

 大統領との事も、おめえらと『ゼロ』って奴との事も、大統領の座を狙って、スパイを送り込ん

だ議員だかの事も、皆知ってんだ」

 

「口を開きすぎだ、ブルー」

 

 再び背後から聞こえて来た声。『SVO』の4人はとっさに振り返る。

 

 彼らの背後から、以前ブルーと共に現れ、シルバーと名乗った男が姿を現した。現れた2人

の『レッド部隊』の工作員は、4人を挟み込む。

 

 更に、港の建物の屋根の上で音がしたかと思うと、屋根の上には、二人の人間が立ってい

る。やけに大柄な人物と、対照的に小柄な人物。小柄な方は目深くフードを被っているが、『ユ

リウス軍』の軍服を着ている事で、その正体は分かる。

 

「イエローちゃんに、ブラックちゃんだ。おめえらはまだ知らねえよな?おっと、そこの眼鏡君は

知っているかもしれねえが」

 

 それは太一の事だ。この非常時にはそんなニックネームも笑ってはいられなかったが。

 

「あんなに見えても2人とも女だぜ」

 

「まだ出てくるのかしら?」

 

 ブルーの仲間達に囲まれても、絵倫は強気に尋ねる。

 

「次で、最後だ」

 

 と言い、ブルーは道を譲るようにその場をどく。そして彼の後ろから、またしても1人の男が現

れる。

 

 一際大柄で、屈強な体をした男だった。おそらく特注であろう赤い軍服の上からでもその胸

板を確認でき、腕などは丸太のよう。髪は短くしており、赤みがかっている。眼鏡をかけた顔付

きは、顔彫りの深さと相まっていかめしい。

 

 ジュール系だ。『ユリウス帝国』出身ではなく、社会主義国の『ジュール連邦』の民族の血が

入っている。この男を一目見れば分かる。

 

 浩や、一博をも上回る体躯。屈強な軍人が4人の前に立ち塞がる。

 

「『SVO』とかいう組織の者共、私は『レッド部隊』の隊長、レッドだ。アサカ国防長官の命令に

より、貴様らをここから先には通さん」

 

 迫力のある声で、レッドという男は警告する。

 

「悪いが、オレ達にも任務があるんだぜ。『ゼロ』を止めるっていう任務がな。そんなのに比べり

ゃあ、てめえのちっとばかしでかい体や、国防長官の命令何ざ、知った事じゃあねえ。そこを通

らせてもらう」

 

 そんな男の警告にも関わらず、浩は堂々と言い放って、彼に前へと立ちはだかる。2人が並

べば、背の高さ、体の大きさは相手の方が上だった。

 

「ならば、覚悟しておくのだな」

 

 濃くなっていく影の中でもはっきりと見て取れるほどに、レッドの眼光は輝く。『SVO』の4人は

身構えた。

 

説明
主人公達が北の大地で真実を突き止めていた頃、ユリウス帝国では大規模なクーデターが発生していたのでした。
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