恋姫†無双 外史『無銘伝』第4話
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   第4話 無銘伝三〜虎牢関の同盟〜

 

 

華雄を捕縛したあと、俺たち、劉備・公孫賛・曹操軍の偵察部隊連合は、孫策軍と合流し、董卓軍が撤退したらしい水関へと乗り込んだ。

「……だめね」

水関の中をあらかた見て回った後、孫策が小さな溜息をついた。

「食料庫も武器庫もからっぽ。あっさり引き上げたぶん、ぜーんぶもってったみたい」

「あうー」

張飛ががっくり肩を落とした。

「じゃあ、ここで補給を待つしかないのかー……」

「こんなにはやく陥ちるとは思わなかったからな。仕方あるまい。袁紹や袁術達本軍の補給がなければ、行軍だけで兵が脱落する」

周瑜が二人を宥める。

戦闘だけなら一、二を争う劉備軍と孫策軍も、兵糧にはまったく余裕がない。劉備軍は弱小だし、孫策軍は本拠地からここまでかなり長く遠征している。

虎牢関へと撤退している董卓軍をこのまま追撃するのは無謀ということだ。

「わたしだけでいってみようか? 逃げる董卓軍の補給部隊ぐらいなら捕まえられるかも」

と、孫策。

「やめろ」

ぴしゃりと周瑜が止めて、孫策も強行しようとはしなかった。

「じゃあ、今日一日、ここで泊まることになるな……疲労している兵から休ませていいか?」

俺は孫策と周瑜を見る。

「ええ。うちの兵は見張りでもさせておくわ」

「捕虜の尋問はどうする?」

俺は少し考え、

「んー……そっち主導でやる? 助命するって約束したから、念のため、そうだな、関羽と鳳統をつける。手荒にはしないであげてね」

「ふむ…………約束しよう。では捕虜を選別してくる」

周瑜は頷き、孫策と共に一旦席を離れた。

「……やはり鈍いのか? 肝心な情報をこちらに握られるかもしれないというのに」

「さあねぇ……? なーんか隠してる気配がするんだけど」

二人は疑りつつ、捕虜を監視している黄蓋の所へ向かう。

孫策の勘はあたっていた。

俺は、董卓軍の将、華雄を生け捕っていたが、それを伝えず、「討ち取った」ことにしていた。

ゆえに、尋問する相手は華雄一人でいい。

捕虜の中に華雄以上に情報を握っている人間などいないのだから。

 

 

 

俺は、愛紗達に前もって用意させていた部屋に入り、中の様子を窺った。

部屋には、関羽、鳳統、楽進、李典といった面々がそろっていた。4人は形容しがたい雰囲気で、一人の女性を囲って、沈黙していた。

「……や、どんな感じ?」

後ろ手に扉を閉めると、ちょいっと手を挙げ、部屋の中央へ歩み寄る。

「どんな感じ? ではありません!」

愛紗が、口を開くなり激昂した。

「なんで華雄がここにいるのですっ!?」

「あー、うん。愛紗には言ってなかったか。降伏してもらったんだ」

「ふん」

部屋の真ん中で椅子に縛り付けられて、華雄がふてくされている。

「あわわ、孫策軍に伝わらないよう、箝口令がしかれていましたから」

鳳統が補足する。

「情報もひきだせるかもしれないしさ、黙ってたのは悪かったよ」

「…………まあ、そういうことなら……私も別に……でも、なんで……ばかり……」

ごにょごにょ、と愛紗は何事かを口ごもる。

「ええと、それじゃあ、華雄」

「なんだ」

「董卓軍について知っていることを話して欲しいんだけど」

「断る」

にべもなく却下です。

「ぷふっ」

李典が思わず吹き出した。

「隊長……もう少し厳しくやらなければ、尋問にならないかと」

楽進が助言する。

「そういうの苦手なんだよ……」

と、俺は苦笑しながら周りを見る。雛里と目があった。

「あわわ、わ、私も苦手です」

「だよねぇ……こういうのが得意なのは……」

再度視線を回らせる。愛紗と目があった。

「……なんで私を見るのです」

「得意じゃない?」

「…………ご主人様がわたしにどういう印象を抱いているかよくわかりましたっ!」

愛紗は目をつり上げて怒り、華雄の正面へと移動した。

「華雄。お前は敗軍の将だ。命を取られても文句は言えない。それがご主人様の慈悲によって救われたのだ…………お前に恩に報いる気はあるか?」

「ふん。押しつけに恩など感じるか。負けたとは言え、古巣を裏切る気など無いわ」

「ほう。意外と忠義の士なのだな。だが、董卓は都で暴政を敷いていると聞くぞ。そんな主にそこまで忠を尽くすのか?」

「……うん? 暴政……董卓が?」

華雄は眉を顰めた。

「何を言っているんだ? 董卓は暴政などしていない。むしろ手緩いぐらいだ。宦官共を排除し、清流派を召集して、いまも民の鎮撫の真っ最中のはず……それを貴様らが妨害しているのだろう」

「なに?」

今度は愛紗が眉を顰めた。

楽進や李典、鳳統も同じく。

やっぱりか……と俺は思った。董卓――月は暴政などしていない。彼女は、騙されて洛陽に入り、いつのまにか利用されていたのだ。そして封鎖された洛陽の外で、偽の情報が流布される。

董卓は暴君である、と。

「ご主人様、これは……」

さすが、鳳統が事態を察知して、こちらをみた。

「……反董卓包囲網は、誰かが私利私欲のために仕組んだってことか?」

「なっ……」

関羽と楽進が絶句した。

「そ、そんなん誰が…………曹操様はちゃうでっ! そりゃ、なんちゅうか、腹黒やけど……」

「真桜……擁護になってない」

「桃香様と白蓮さん、曹操さん、孫策さん、馬騰さんは違うと思います。それぞれ立場は違いますが、連合を煽って利を得るような性格ではありませんから」

「ふん、どうだか……」

華雄がつぶやくと、ギロッ、と楽進と関羽が睨んだ。

「そうなると……袁紹か?」

「可能性としては一番だと思いますが……」

「そんな頭があるのか?」

全員が沈黙した。

「袁紹さんもまた、利用されているのかもしれません」

「なるほど。それなら納得できる」

愛紗がふむふむと何度か頷いた。

どれだけ袁紹の評価低いんだよ……と思わないでもないが、まあ仕方ないだろう。

「そうなると……隊長、私たちはどうすれば?」

凪が困惑した様子で尋ねる。

「んー……そうだな。雛里、連合軍を止められると思う?」

「……難しいと、思います」

「なぜだ? 袁紹とその黒幕はともかく、他の諸将は利用されていると知れば兵をひくのではないか?」

「連合軍はその兵站の多くを、袁紹軍、袁術軍に握られています。ここから撤退するとなれば、兵糧乏しいなかで帰還しなければならなくなります。戦場で失うよりも多くの命が無駄に失われることを、諸将は認めないでしょう」

「兵糧を敵からの略奪に頼っている軍も多い。まだ戦果を上げていない中では、たとえ仕組まれた戦いでも、やらなければならないということか……」

「なんかこっちが悪者みたいやな……」

「ふん……ざまぁないな」

華雄が苦笑する。

今度は愛紗も凪も睨み付けることなく、むしろ肩身が狭そうに唸った。

「とりあえずこれからの方針は、できるだけ袁紹の思い通りにしない、手柄を立てさせない、董卓軍はなるべく降伏させる、そんな感じでどうかな」

「それでいいと思います。董卓軍の降伏には――その……」

と、鳳統は華雄のほうを見た。

華雄はそっぽをむいたまま、

「まだ董卓軍が負けると決まったわけじゃないだろう…………董卓軍が敗勢になったら、考えてやる」

「…………頼む」

関羽が、頭を下げた。

華雄はそれを一瞥して、居心地悪そうに身じろぎした。

そこに、部屋の外から兵の声が響いた。

「北郷様、孫策軍が捕虜の選別を終了したので、関羽殿と鳳統殿を連れてくるようにと――」

「了解っ。じゃあ、愛紗、雛里、お願いできる?」

「わかりました」

関羽が退出する。

「ご主人様、孫策軍には伝えるべきでしょうか?」

「そうだなぁ……できれば孫策軍と協力できればいいんだけど。なにか策はない?」

「そうですね……兵糧の問題を解決できれば、協力できるかもしれません」

孫策軍は荊州からここまでの行軍を、袁術軍に頼っている。だが、孫策と袁術の関係は微妙で、そこに付け入る隙がある、ということだろう。

「雛里の判断に任せるよ」

「は、はいっ!」

雛里はぺこっと頭を下げ、退出した。

「さてと……楽進、李典。2人は張飛と于禁を呼んできてくれる? 交代で休もう」

「はっ。隊長はどうされるのです?」

「俺も適当なところで休むよ」

「了解ー、ほな、凪いこか」

凪と真桜も退室した。

これで華雄と二人きりだ。

「うかつな男だな。捕虜とはいえ、護衛もつけずに……」

「華雄ひとりが捕まったなら、ここで暴れることも考えられるけど、部下も一緒に捕まってるだろ? 部下の命を気遣う華雄が、いま暴れるとは思えないな」

「ふん……」

「意外と部下思いだよね」

「う、うるさいっ」

顔を赤らめて、縛られた体を暴れさせる。

「で、そんな華雄に質問があるんだけど」

「答えんっ!」

「中身ぐらい聞いて欲しいなー」

「いーやーだっ!」

また、ぷいっとそっぽをむく。

「仕方ないなぁ……じゃあ、ちょっと強硬手段をとろうかな……」

「――?」

華雄は、俺の言葉の雰囲気に気を引かれたのか、こちらを横目で見た。

わきわき、と手を胸の前で開閉させながら近付いてくる俺の姿を見て、華雄は小さな悲鳴を上げた。

「な、何をする気だ貴様!」

「ふっふっふ」

わきわき。

この体勢からやることなど一つしかない。

「や、やめろっケダモノ――っ!! っ、ひっ、ひぃいい、やああ!」

「こちょこちょ」

「ひゃ、やめ、やめろぉっっ!」

脇は縄で縛ってあって固く、指が入らないので、足の裏をくすぐる。

「こちょこちょこちょ」

「ひ、ひぃいいい、あ、ああああああああ!!!」

足をばたつかせたくても縛られているのでどうにもならず、壊れるぐらいの悲鳴を上げる。

「喋る?」

一旦手を停止して、華雄の顔色を窺う。

頬を真っ赤に染めて、唇の端によだれの泡をつけた乱れ顔。

「っ……はっ、はぁ……」

肩で息をし、焦点の合わない目を、ゆっくりとこちらに向ける。

「き、聞くだけ、聞いてやる……」

「ありがとう」

華雄の呼吸が調うまで待ち、改めて問い掛ける。

「この前の戦い……なんで俺たちの本陣を正確に補足できたの? 劉備軍は側面から偵察するために罠を張っていた。それを大きく迂回したのはわかるけど……」

「……」

「こっちも馬鹿正直に偵察部隊を出していたわけじゃない。水関への経路は毎回変えていたし、偽装だってしていた」

戦闘後、孔明に訊いて、その点はちゃんと確認していた。なぜ、華雄が劉備軍の本陣を奇襲することができたのか。それは孔明に訊いても分からなかった。

「……ただの勘だ」

「それは嘘だろ」

孔明、鳳統という二大軍師が考えた備えを、ただの勘で打ち破れるわけがない。

俺の視線に耐えきれなくなったのか、華雄はちっ、と舌打ちして口を開いた。

「…………お前達に軍師がいるように、私達にも軍師がいる。それだけだ」

「それは……賈駆? それとも陳宮?」

賈駆は董卓の軍師、陳宮は呂布の軍師だ。

「よく知っているな。だが違う」

「……他に軍師がいるの?」

董卓軍の軍師といえば今あげた二人ぐらいしか知らない。李儒なんかも有名だが、この三国志世界にはいなかったはず……。

「私も名前は知らん。李カクという将が連れていた得体の知れない巫女だ。頭が切れるとかで、軍師として従軍を願い出てきたんだが……」

「巫女?」

「ああ。李カクの奴は邪教にはまっているからな。おなじような巫女がたくさんいる中の一人で、胡散臭い奴だが……進言はそれなりに的を射ていた。ちょうど、お前達の軍が偵察でうろちょろしていたから、叩き潰す手は無いかと尋ねたら……」

「――まさか」

「正確に、おまえたちの本陣と罠の位置を地図で示した。なら、試しにつついてみるか、と私が出ることにしたというわけだ」

なんで総大将が出張るんだと思ったが、そこは華雄だから。

「……猪だもんなぁ」

「……なんだって?」

「なんでもないよ」

名前の分からない巫女軍師か……。

正体は今のところ見当もつかない。もしかしたら、この世界における李儒かもしれないし、全く知らない人物かもしれない。

予断の許されない事態が、控えている気がした。

華雄は、「まだ董卓軍が負けると決まったわけじゃない」と言ったが、その通りだ。

董卓軍には、呂布がいて、張遼がいて、賈駆や陳宮、そして名の知れぬ軍師がいる。

俺は次の戦い……虎牢関の戦いに思いを至らせ、唇を噛んだ。

 

 

翌日、午前。

昨日の夕刻あたりから続々と到着した反董卓連合軍本隊の諸将が集合し、軍議を開いた。

「ふぁあ〜〜……なぜわたくしがこんな朝早くに軍議を開かなければなりませんの」

袁紹があくびまじりで場の空気を濁す。

「七乃ぉ、妾も眠いのじゃー」

袁術もぐずる。

その二人を見て、孫策はいらいらした様子で頭を掻く。

孫策は、全軍が到着した昨日、とっとと軍議を開いて今日の朝には出陣するつもりだった。それが、この二人のせいで遅れたのだ。

「いいから、とっととやるわよ」

曹操が進行役を買って出る。

「河内の韓馥、王匡軍から連絡があったわ。私たちが水関を奪取したことによって、董卓の軍は二分されたとの事。一つが虎牢関にこもる、呂布・張遼の軍。もう一つが韓馥・王匡たちが黄河を挟んで対陣する、牛輔・郭・徐栄の軍よ」

反董卓連合軍は主に二つの経路で洛陽を目指している。

一つが、洛陽の東から、水関と虎牢関を突破して向かうルート。

もう一つが洛陽の北から、黄河を渡って南下して向かうルートだ。

「私たちが……いえ、劉備・北郷軍が水関を早早に陥落させたことによって、董卓軍は各個撃破ができなくなった。今が好機といっていいでしょうね。連合軍はただちに虎牢関に向かい、董卓軍に圧力をかけるべきと私は考えるけど……」

曹操は、ちら、とこちらを見、そして袁紹を見た。

「ただちに……って、今からいくんですの? わたくしたち昨日着いたばかりですのよ?」

「……そもそもまだまともに戦ってもいないでしょう……董卓の軍程度なら、今日一日で虎牢関まで落とせるんじゃない?」

「おーほっほっほ!! そんなの当たり前ですわ。董卓さんのような田舎者に負ける可能性なんて、マツゲ一本分もありませんわ!!」

おーほっほっほ、とまた高笑いする袁紹。

「じゃあ問題ないわね。水関より虎牢関のほうが洛陽に近い分、設備も部屋も豪華よ。狭い寝台で何日も眠りたくなんて無いでしょう」

「……確かにそうですわね」

袁紹は、面倒くさげではあるが頷いた。

「では、雄雄しく、優雅に前進するとしましょうか」

こうして連合軍は出撃することが決まった。

布陣は以下の通り。

 

先鋒・右翼、曹操軍

先鋒・左翼、孫策軍

中央・右翼、公孫賛、馬超軍

中央・左翼、袁術軍

中央・本軍、袁紹軍

後軍・劉備(北郷)軍、他

 

水関の功績があったため、劉備軍は後方に配置された。

「……」

兵力に乏しい劉備軍としては僥倖だが、俺としてはあまり好ましくなかった。

戦場の様子が見えにくいし、虎牢関を突破した後、洛陽の董卓……月たちを保護するためには、後ろからじゃ間に合わない。

せめて中央右の公孫賛軍と合流するか……。

と、俺は行軍の最中に、その旨を桃香達に伝えようかと考えていたとき、

「北郷はいるかっ!!」

辺り一帯に響き渡る大声で、呼ばれた気がした。

周囲がざわめく。

……この声、すっごく聞き覚えがあるなぁ。

「ここにいるよー」

返事をしないのも悪いと思って、手をあげる。

すると、それに気付いたのか、のっしのっし、と大股で1人の女性が歩いてきた。長髪をなびかせ、よその軍の真っ只中なのに、傍若無人というかんじの武将。

夏侯惇――曹操軍一番の猛将だ。

「曹操様がお呼びだ! 一緒に来て貰うぞ!」

俺の目の前まで来ると、びしっ、と俺を指差してそういった。

「……ええっと」

有無を言わさないご様子。

「待て!!」

北郷隊の脇で備えていた愛紗が、慌てて飛んできた。ちなみに、愛紗が今日は俺の護衛で、鈴々は桃香の護衛だ。一日ずつ交代するようにしているらしい。

「夏侯惇、貴様、ご主人様をどこへ連れて行く気だっ!!」

「関羽か。今日はお前に用は無い」

「なっ……どこまでも無礼な……!」

わなわなと愛紗の拳が震えた。

そういえばこの2人犬猿でしたねー……まずいな、俺1人で止められるかな。

行軍中は念のため将を分散して配置している。どこかでなにかあっても、即応できるからだ。なので、劉備、張飛、孔明、鳳統はとてもすぐに駆けつけられる位置にいない。

「曹操様はお忙しい。さっさと行くぞ」

「待てと言っているだろう! なぜご主人様が曹操の元へいかねばならない!」

「華琳様が北郷を呼んでいるからだと言っているだろう! 馬鹿か貴様はっ」

「お、お前に言われたくはないっ!」

互いに得物を構え、一触即発となり――

「止めろっ、二人とも!」

俺は勇気を出して間に割って入った。

前もこんなことあった気がするな……それで、このあと華琳が夏侯惇を止めて――

「おやめなさい、春蘭」

音曲のような、凛とした声が、三人をその場に縫い止めた。

「か、華琳さまっ」

董卓に並ぶ魔王、曹操が、夏侯淵を従えて来着していた。

春蘭は慌てて武器を収める。

それを見て、愛紗も青龍偃月刀をひく。

「私から出向くと言ったのに、なんで呼ぶことになっているのかしら?」

と、華琳は、じっ、と夏侯惇を見る。

「だ、だって、華琳様がこんな得体の知れない男の所に足を運ぶなんて――」

「貴様っ、ご主人様になんということをっ!」

「う、うるさいうるさい! 控えろ関羽! この御方をどなたと心得る!」

夏侯惇がばっと腕を広げ、曹操を示す。

「…………水戸黄門?」

なんかそんなノリだ。さしずめ春蘭秋蘭は助さん格さん。

「……こーもん?」

夏侯惇が俺の言葉に首を傾げる。

「コホン」

曹操が咳払いした。

「馬鹿騒ぎはここまでよ。春蘭、そして関羽も。これは主同士の会見、みだりに口を挟まないように」

「わかった。愛紗、こっちおいで」

と、愛紗を手招く。

渋渋、関羽は俺のすぐ横へと移動した。

「それで、どんな用事かな。先鋒の曹操がわざわざ、後方の劉備軍に用事があるとは思えないけど」

「……劉備に用事があるなら、劉備の所に行くわ」

「それは、俺個人に用があるってこと?」

「ええ」

ふ、と小さく曹操は微笑んだ。

思わずドキリと、胸が高鳴る。

「それは――光栄だな」

「水関突破はうまくやったようね。凪達から聞いたわ」

「ああ。三人にはお世話になったよ」

凪、沙和、真桜の三人は、曹操軍へと戻っていた。華雄が捕虜になっていることは内緒にしてもらったが、その他の情報は自由にさせた。全部秘密にしていたら、凪達が董卓軍と戦いにくいだろうと思ったからだ。

「それと、董卓が利用されているらしい、ということも聞いたわ」

「……そうか」

「そんな、雑兵ごときが知るよしもないだろう情報を一体誰から聞き出したのか、興味があるところだけど…………まぁ、それは置いておきましょう」

「……」

気づいてるよ。絶対気づいてるよ、この魔王。

「連合軍の誰が仕組んでいて、誰が裏で糸を引いているのか……さすがに、いまの情報だけではわからないわね」

「盟主である袁紹が一番怪しいと皆は考えているみたい」

「その裏に誰がいるかは分からないという事でしょう? 正直な話麗羽は利用しやすすぎて、誰でもやれそうだけれど……」

と、苦笑する。

「董卓は違うわ。それなりの軍師を抱えている董卓を、ここまでうまく嵌めるなんて、凡百の策士にできることじゃない――それこそ」

にっこり、と微笑み、

「私ぐらいじゃないとね」

冷気を孕んだ含み笑いだった。

俺は一瞬、本当に彼女が謀主なんじゃないかと勘繰ったが、すぐに否定した。

俺は、彼女を信じている。

華琳は、たとえ策謀をめぐらせるときでも、自分の名を隠したりしない。堂々と表舞台にたって、宣戦を布告し、罠を張り、軍を動かし、敵を打ち破るだろう。

董卓と袁紹を利用して、己の権力を密かに高めるなんて迂遠なことをしたがるとは思えない。

それは孫策にしても同じだ。

「ま、冗談はともかく」

曹操もそれ以上疑わせるようなことはいわなかった。

「袁紹の思い通りには動かない、というのが基本方針みたいだけど、それなら、軍の最後方に配置されたのは失敗ね」

「ああ。俺もそう思っていたところだ」

「どうするつもり?」

「とりあえず、公孫賛の所へ行こうかなって」

「ふうん。確かに、中央右なら好位置だし、いいんじゃない」

横の関羽が、何か言いたそうにじっとこちらを見ている。

――また白蓮殿のところへ? と、目で問うているようだった。

「孫策軍には伝えてあるの?」

「いや、まだだ。交換条件があれば、こっちの動きに呼応してくれるとは思うけど。うちの鳳統がいうには、兵糧の問題を解決すれば、協力できるんじゃないかって」

「兵糧なんてどこも余裕がないわ……袁紹と、袁術を除いてね」

袁紹と袁術は、連合の盟主であるという立場と、本拠地からそれほど離れていないということがあって、兵糧は潤沢である。

「……あるところから拝借しましょうか」

「借りるっていうか、盗む?」

「嫌な表現ね……幸い劉備軍は後ろにいるからとりやすいわ」

「じゃあ、劉備軍が袁紹、袁術の兵糧をもらって――」

「左の袁術側からは通れないから、右から私の軍と、孫策軍に流しましょう」

「わかった。右の公孫賛には俺から伝えて……その、馬超にも協力を仰いでいいか?」

別の三国志世界の記憶だが、翠――馬超は華琳を親の仇としてみていた。今は、多分大丈夫なはずだ。

「馬超――涼州の雄、馬騰の娘ね。いいでしょう」

と、華琳は即断した。

「それじゃあ、ここは劉備に任せて俺は一度公孫賛軍に――」

「ちょぉおっっと待ったぁああ!!」

1人の女が、そこに割り込んできた。

大きな胸を弾ませて、大陸随一の大器が1人。

劉備軍の主、劉玄徳が張飛、孔明、鳳統の三人を連れてただいま参上、である。

ぽかん、と曹操が小さく口を開けてそちらをみた。珍しい表情だった。

「たとえ味方の曹操さんでも、ご主人様を勝手に連れていくなんて許しませんからっ!!」

どん、と効果音が付きそうな迫力で、桃香は啖呵をきる。

どうやら北郷隊の動揺を聞きつけて、皆集まってきてしまったらしい。

しかし。

「と、桃香さま……」

慌てた様子で関羽が説明に走った。

「え? 協力? 曹操さんと? それでいまからまた白蓮ちゃんのところへ?」

「ごめん。あとで伝えようと思ってたんだけど」

俺は頭を下げて謝るが、桃香は半ば聞いていなかったようで、

「……また……ご主人様がどこか行っちゃう」

と、呟いた。

そして、何かを決断したように、胸に手を当てて、

「私たちも行くよっ! 後方にいてもやることがないもん!」

「ええええええええええっ!!?」

劉備の言葉に俺が驚いている間に、

「はわわ、では影武者を立てて桃香さまを隠します!」

「あわわ、兵が少なくなるので、旗を多く立てて偽装します!」

「この場は簡雍、糜竺、孫乾、馬良、徐庶にまかせる。本陣周囲は厳に警戒し、他軍に様子を窺わせるな!」

「じゃあ、鈴々達は変装するのだ!」

あれよあれよというまに事が決まり、絶句して立ち尽くす俺に、

「…………大人気ね。ま、いいんじゃない。兵糧が円滑にまわってくれば何も言わないわ。それじゃ、また後でね」

曹操は呆れたように一声かけて、立ち去った。

俺はそれに生返事しか返せず、慌ただしく移動の準備を開始した5人を、見守るだけだった。

 

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しばらくして、俺たちは公孫賛のところへと赴いた。

「おお、北郷! よく来た、な…………?」

白蓮は星とともに俺を出迎え、そして、目を見張った。

俺の後ろには、桃香達がいるのだが……

「…………と、桃香、だよな?」

「しーっ!! 白蓮ちゃん、声が大きい!」

その恰好は、いつもの服の上からマントを羽織り、色つき伊達眼鏡を着用するという、致命的に怪しいものだった。

「私たちは今ここにいないことになってるの!」

「はわわ、そうなんです。説明しますと――」

孔明がかくかくしかじかと経緯を語る。

「……で、全員で来ちゃったと……」

「ぷっくっく、主は好かれていますな」

星はおかしそうに相好を崩した。

「あーっ!! 星がこんなところにいるのだ!」

「久しぶりだな、鈴々。愛紗や桃香さま、朱里に雛里も……ん? そちらは?」

星は愛紗と鈴々に挟まれた女に視線を向けた。

女は居心地悪そうにしながら、口を開いた。

「……葉雄だ」

「新しい仲間か?」

「そんなところ」

葉雄。その正体は華雄である。

董卓軍降伏の鍵となるかも知れないため、連れてきた。

戦いの混乱で脱走する可能性はあるが、部下が水関で捕虜として捕まっているため、逃げることはないだろうと踏んだ。

「で、食糧を曹操軍に運べるようにすればいいんだな?」

「ああ。結構大量になると思うから、馬超軍にもお願いしに行くよ」

「馬超か。あいつなら頼りになるだろうな。頭は残念だが」

「面識があるのか?」

「まあ少しだけな。涼州で反乱が起きたとき、私も参戦したから」

「そうなのか」

「馬超に会いにいくなら私も行こう……桃香達は留守番な」

「えええええ!? どうして!!?」

桃香や鈴々が不満げに口を尖らせた。

普段なら可愛らしい仕草だと思うが、怪しい恰好をしている現状、なんだか笑える光景になってしまっている。

「その恰好で馬超にあってみろ!? 変人扱いされて、最悪門前払いだ!」

「うぅ……」

「たしかにそうなのだ……」

見た目に自覚はあるようですごすごと引き下がった。

「ふむ……」

その様子に星は何か思うところがあるようで、

「あの仮面が全員分有れば……おしいな」

などと、1人悔しがっていた。

 

 

 

「水関での活躍、帰ってきた兵達に聞いたぞ」

馬超軍への移動中、白蓮は自分のことのように、嬉しそうな声で言った。

水関を占領した後、互いに忙しくて、白蓮と会う機会がつくれなかった。兵を貸してくれたことへのお礼も、伝言で届けて貰っていた。

「公孫賛軍や曹操軍の兵のおかげだよ。皆、よく戦ってくれたし……あ、そうそう、白蓮のところの副官さんには助けられたよ。俺に矢が飛んでくるのを、盾でかばってくれた」

「公孫越が?」

「ん? 家族なのか?」

「ああ、いとこだ……ふうん、あいつ一刀が華雄をどうやって倒したか身振り手振りで話してくれた割に、自分のことは何も言わなかったけど……そうか。あとで誉めておいてやろう」

「そうしてやってくれ」

そういえば、白蓮にも易京城の戦いの時にかばわれたな、と俺は思い出した。

いつかちゃんと恩返ししないと。

どんな形でするべきかな………………。

…………べ、別に閨でどうこうしようなんて考えてないんだからね!

「白蓮殿! 主!」

先に馬超軍に来訪を告げにいった趙雲が戻ってきた。

「おお、どんな反応だった?」

「二つ返事で、歓迎するとのこと」

「そうか。一刀は馬超たちのこと知ってたっけ?」

「ん、まぁ、少しだけね」

本当は真名どころか性癖まで知ってますが。

俺は馬超と馬岱、二人の顔を思い浮かべた。名前の通り、ポニーテールの少女たち。馬超は、連合軍の大本営でちらっと顔を見たが、ちゃんと正面から接するのは初めてになる。

「嫌な奴じゃないよ。少なくとも曹操や孫策や麗羽たちみたいな奴じゃない」

白蓮の中でその三者は同じカテゴリーらしい。あんまり関わり合いになりたくない連中ということだろうか。白蓮は太守という立場があるから、個人的にどうこうというより、勢力的に近付きたくないという意味もあるだろうが。

「見えてきましたな。馬の旗と、涼州精鋭騎馬部隊が……」

馬超率いる、馬騰の軍。

涼州において異民族、五胡と戦い、時に混じり合い、中原とまったく異なる様相となった軍だ。数においては小勢だが、質の平均値はどの軍よりも高い。

涼州の英雄、馬騰こそ西の異民族に備えていて参戦していないものの、長子馬超は少しばかりの策などものともしない勇猛さがある。

…………でも、よく考えてみたら、董卓軍も涼州兵なんだよな…………賈駆に陳宮もいるし。大丈夫かな、翠。

できれば力になってやりたいが。

「北郷殿、公孫賛殿がお見えになりました!!」

馬超軍の集団の一端にさしかかると、馬群が綺麗に開かれて、道を作ってくれた。

「……さすが、統制が取れてるな」

白蓮が感心して、白馬の上で心なしか背筋を伸ばした。

「――おーい!」

騎兵隊が左右に並ぶ道の先で、少女が手を挙げてこちらを呼んでいた。

「お、馬超かな?」

「こちらも手を挙げた方がよいですかな」

「…………というか、その前にあっちがこっちに来るみたいだけど」

だんだん馬影が迫ってくる。

「速いな。白蓮と同じか、それ以上っ――」

気付けばもう目の前で速度を緩め、停止していた。

「とっ」

ぴょん、と翠が馬から下りる。

俺たちもそれにあわせて、下馬する。

「よっ、白馬長史、それと、北郷……でいいか?」

「ああ。それでいいよ」

「私は良くない。その名で呼ぶなといつも言っているのに……」

「ははっ、悪い悪い」

馬超は悪びれた様子もなく、快活に笑う。

「ん?」

馬超が来た方向で砂塵が上がっている。馬超と似たシルエットの一騎駆けは、やはり馬超と似た雰囲気の動作で――

「お姉様ぁああ!! たんぽぽを置いてかないでよー!!」

いや、ちょっとだけ荒い感じで駆けてきて、抗議した。

「たんぽぽが遅いんだよ。ほら、ちゃんと挨拶しろっ」

「はぁーい!」

尻尾のような髪を揺らして、ぺこり、とお辞儀する。

「こんにちは、伯珪さん、と、えーっと、天の御遣いさま?」

「ああ、そういえば天の御遣いなんだっけ? よくわかんないけど」

「なんか噂になってたよー、天の御遣いさまが現れて、劉備軍にいるーって。やっぱりそうなんだ?」

「ああ……うん、一応そういうことになってるけど。できれば名前で呼んでくれるとありがたいかな」

正直面映ゆい。

「じゃあ、北郷さん?」

「それでいいよ」

「はーいっ!」

「はぁ……悪いな、北郷。引っ掻き回して。こいつは馬岱。わたしの従妹だ」

「そっか。よろしく、馬岱」

「よろしくー!」

と挨拶を交わしあい、本題に入る。

「曹操軍に兵糧を?」

「ああ。続いて孫策軍にも流すかもしれない」

「そりゃまた、大胆なことするなぁ……まぁ、袁紹達からなら、問題ない気もするけど」

涼州の姫も、袁紹には容赦がないようです。

「あたしのところは、兵が少ないからそれほど兵糧は必要ない。そのかわり、武器とかの予備が足りないんだ。できれば、まわして欲しいんだけど」

「ああ。一緒に持ってくるよ」

「助かる」

「いや、こちらこそ……それじゃ、よろしく頼むね」

「ああ!」

馬超が踵を返す直前、俺は声をかけた。

「それと――個人的な頼みがあるんだけど」

 

 

 

一旦公孫賛軍に戻り、曹操軍を経由して孫策軍の元へ赴くため準備している最中。

「本当に行くのか? 桃香」

白蓮が心配そうに声をかけた。

「うん。劉備軍の要請としていくんだもん。私が行かなきゃ」

桃香はさすがに怪しすぎた色眼鏡を捨てて、そのかわり髪形を変えてついてくることになった。長い髪を三つ編み巻きにして、出立の準備は完了したようだった。

「じゃあ、行って来る。雛里、鈴々、星、行こう」

軍師として孫策軍共闘策を練っていた鳳統、護衛として鈴々と、星もついてくることになった。

「あいつは半分劉備軍だからな……というか北郷軍か?」

特に異論はないのか、白蓮はそれを見送った。

曹操軍の本陣に着くと、曹操本人と護衛の夏侯惇、そして桂花……軍師である荀ケが一緒に孫策のところへ行くことになった。

「やっぱり、曹操が直接交渉するぐらいの相手なんだな、孫策は」

「ええ。そっちだってあなたと……あれは劉備よね」

俺と星の影に隠れている桃香を一瞥する。

「うん……なるべく目立たない恰好にしたんだけど、どう?」

「いいんじゃない?」

特に興味もなさそうに、華琳は言った。

「ところでさ――なんか俺、睨まれてるんだけど、何か悪いことしたかな」

曹操の隣、桂花の方からすごいプレッシャーを感じる。

春蘭も、俺が華琳と話していることに対して、あまり愉快そうではないが、桂花ほどではない。

「さぁ? あなたの胸に聞いてみたら? 覚えがないなら、堂々としていればいいのよ」

「そんなもんかな……」

「主はある意味女の敵ですからな」

「女の敵って、どういうことなのだ?」

「うむ、それはだな……」

「そこ! 説明しなくていい!」

過去の記憶を呼び戻してみると、桂花は確かにあんな性格だった気がするので、華琳の言うとおり堂々としていることにした。

「孫策軍が見えてきたわね」

「ああ……本当だ、真っ赤な軍勢が――」

真っ赤。

血の色。

それは夕暮れの、あの、地獄の色。

「――っ!」

一瞬、立ち眩みがした。

こっちに来て以来、あの悪夢は見ていないというのに。

「……どうしたの? 恐い顔をして」

華琳が、怪訝そうな顔でこちらを見た。

「えっ? あ、ああ、いや。なんでもない。ちょっと、緊張しただけだ」

静かに深呼吸して、強張った表情をほぐす。にこやかに、とはいかないが、普通の顔に戻す。

「別に敵のところへ行くわけじゃないんだから、しっかりしてもらわないと困るわね」

「そうだな。これから、虎牢関を攻めようっていうんだから、これぐらいこなさないとな」

「ええ。あなたの相手は難攻不落絶対無敵七転八倒虎牢関であって、孫策じゃないわ。今のところはね」

「……なんかすごく物騒な四字熟語の関門だな」

華琳は華琳なりのやりかたで俺の緊張をやわらげようとしてくれたみたいだ。

そんな会話をしているうちに、孫策軍と接触し、本陣へと通された。

本陣には、孫策と周瑜だけでなく、何十人という将、軍師、護衛が揃っていた。

宿将である黄蓋をはじめとし、それぞれ一騎当千の力を身に纏った将軍達が、こちらを観察している。

何も知らないままだったら、ここで怯んでいるところだが、俺は幸い過去の記憶があったので、むしろ、懐かしくて、ちょっとだけ泣きそうだった。

特に、陣の片隅でこちらをじっと睨め付けている蓮華……孫権の顔を見つけたときは、思わずにっこり微笑んで、手を振ってしまいそうだった。

「足労痛み入るわ、曹操殿、北郷殿。といっても、同じ先鋒の曹操殿はともかく、後方の劉備軍がどんな用事でこちらに来たのかはよくわからないけど」

孫策は、とりあえずの儀礼をこなして、こちらに着席をすすめた。

「……単刀直入に言えば、協力の申し出だよ」

腹の探り合いを拒否して、俺は開口一番そう言った。

「協力?」

「ああ。袁紹の思い通りにさせないためのね」

本陣の、陣幕の中が少しざわめいた。皆の視線が俺1人に集中する。

「袁紹の……どういうことかしら?」

俺は、反董卓連合のからくりを説明する。

「…………誰かが、董卓を敵とするように仕向けた、か。その可能性もあるとは思ってたわ。強かな董卓たちを、まんまとのせるほどの奴が見あたらなかったから、ありえないとも思ったけど……黒幕、か」

「ああ。連合軍の中にいるかも知れないし、外にいるかも知れない。どっちにしても、袁紹に功績を立てさせることも無いと思うんだ」

「…………袁術と縁のある私たちが黒幕とは、考えないのかしら?」

「無いとはいわないけど。できるだけの顔ぶれが揃っているしね」

周瑜や陸遜がいれば、可能だろう。

「ただ、できないんじゃなくて、やらないと思ってる」

「……そう。なんかよくわかんないけど、信頼されているのかしら?」

「袁紹や袁術よりは」

「ふふっ……それ、すっごく微妙」

孫策は失笑した。

「では、協力の内容を聞きましょうか。返事はそれからよ」

「わかった。鳳統」

「は、はいっ!」

俺は雛里を呼び、計画を開陳させた。

「――という形で、糧食と武器を確保し、こちらから――」

兵站に関する細かい点は周瑜と呂蒙が応じた。

「ふむ、これなら、十日は維持できるか。曹操軍との割り振りは――」

「こちらは余ってはいないけれど、急を要する状態ではないわ。だからこちらの荷駄は往復させて――」

それに荀ケと華琳も混じって、細目を詰める。

「ねぇねぇ、北郷」

「え?」

いつの間にか孫策が、会議の内容に聞き入っている俺の後ろに回って、肩をつついていた。

「紹介したい子がいるんだけど、来ない?」

「へ?」

「軍議は軍師に任せてさ」

「いいのか?」

「大丈夫よ〜、信頼する軍師だし、そっちもそうでしょ?」

「まぁ、そうだけど」

「でしょ。はい、こっち来て」

背中を押される。

押されるままに陣の中を移動し、ひとりの少女と対面する。

孫策と同じ色の肌、髪、そして蒼い瞳と、その奥に見える火。孫策が美女なら、彼女はまだ美少女。育ちきる前の、萌芽を思わせる雰囲気は、未完成でも、英雄のそれだった。

孫権。孫仲謀。後に孫呉の皇帝となる人物。

蓮華だ。

「姉様?」

目を見開いて、俺と姉を交互に見る。その表情は当惑の色でそまっていた。突然やってきて、見知らぬ男をつきだされては、仕方がないだろう。

「北郷よ、蓮華。北郷、こっちは私の可愛い妹、孫権」

「あ、ああ……劉備の所の。孫仲謀だ。よろしく頼む」

「よろしく、孫権。俺は北郷一刀」

と、手を差し出す。

「…………その手は?」

「あれ? 握手って、こっちじゃ挨拶じゃなかったっけ?」

「ん……そういうことか。では」

蓮華は差し出された手に、自分の手を重ねる。

握り合う手と手。一回り小さな手を、丁寧に包むように握る。

「ん……」

ピクッ、と蓮華が身じろぎした。

力を入れてしまったかと、握り直す。今度こそは、と、優しく。

「あ……」

ちょうど良かったようで、蓮華も、きゅっ、と握りかえしてきてくれた。

少しの間そのままでいて、やがて、どちらからともなく放した。

ふと、蓮華の頬に、少し赤みが差していることに気付いた。

多分俺も、紅潮しているだろうな、と思った。

「うふふふふふ」

にやにや、と孫策は笑う。

お見合いを成功させた、仲人のように。ここからは若い二人に任せて――とか言いそうだ。

「ね、姉様、軍議にもどらなくて良いのですか?」

「あら? 短時間だったのに、もう終わったのかしら。軍師が優秀ってのも考えものね。ごめんなさい一刀、戻りましょ」

「う、うん」

名残惜しいが、戻ることにした。

蓮華はそれを見送り、一刀に握られた手を、見つめた。

「蓮華さま? どうかしましたか? 北郷が何か――」

近くで護衛していた甘寧が、声を掛ける。

「いえ……なにも、なにもないわ」

まだ体温を感じる手を握り、顔を引き締める。

――あいつの手で、母様を思い出すなんて…………どうかしている――

蓮華は、軽くかぶりを振り、懐かしさと愛おしさを、同時に振り払った。

 

 

 

評定の場に戻ると、大体のことは決まり、あとは主同士の決断のみが残されているということが伝えられた。

「……どんな感じ? 劉備軍の軍師は?」

小声で雪蓮は冥琳に問う。

「こちらの兵の数、兵糧の残量まで、適確に把握している様子だ。こちらがあちらを知っている程度に、あちらはこちらを知っている」

「厄介ねぇ……どうする? あえて、拒絶するのも手だけど」

「そうなると、袁術に頼むことになるが」

「それはそれで嫌よね」

「…………お前の勘にまかせる」

「なによう。私だってちゃあんと考えてるんだから!」

「はいはい」

短いやりとりを終えて、孫策は俺たちと向き合う。

「この内容なら協力してもいいけど、ひとつ、劉備軍に対して疑問があるわ」

「……なんでしょう?」

鳳統が不安げに尋ねる。

さすがの鳳雛も、小覇王の威風には気圧されるらしい。

「劉備軍は水関で功績を立てた。それゆえこの戦いでは最後方という位置にある。水関ではさっさと敵は引き揚げたみたいだけど、虎牢関ではそうはいかないわ。敵はここを抜かれれば洛陽を取られる。だから、激しく抵抗するでしょうね」

「はい……将は同じでしょうが、水関以上の兵力をもって抗撃してくることは確実です」

「そう。だとすると、先鋒の私たちや、曹操軍はその矢面に立たされることになる。負けはしないけど、疲弊はするでしょうねぇ?」

「……そうだな」

「そうでしょう? 董卓軍の将の実力には詳しくないけれど、難攻不落絶対無敵七転八倒虎牢関に苦戦することは十分考えられる」

「……それ、言わなきゃいけない決まりでもあるのか?」

朱里も虎牢関をそう呼んでいた気がする

「そのあと、どうにかこうにか私たちが敵の勢いを弱めて、それから――」

孫策はこちらを探る口調で、

「後ろにいる北郷軍が、私たちが戦って得た好機をもって、虎牢関へ押し寄せる……という筋書きが考えられるわね」

「そんな――」

俺が口を開いた刹那、

「そんなことありません!」

いままで口を噤んで控えていた劉備が、大声を上げた。

「え……あなた……もしかして、劉備?」

孫策は驚いた顔でかたまった。

気付いてなかったんかい。

「私たちは、漁父の利を得ようなんて考えていません! 邪な気持ちでこんな大きな戦いを起こした誰かに、抗いたいだけです! 本当は、騙された董卓軍の人たちも救いたいけれど、それができないことはわかっています。だから、せめて……」

桃香は一気にまくしたて、一息ついて、

「せめて、私たちで勝利を得て、二度とこんなことが起きないようにしたい。それだけなんです。だから、だから虎牢関で戦功を掠めようなんて思いません」

雪蓮は、理想を語る桃香を冷ややかに見つめながらも、心の奥底で、火がともった気がした。

「…………誓約できる?」

「はいっ!!」

桃香は即答した。

「では、虎牢関での功は、孫策軍か、曹操軍が得る。いいわね」

桃香は頷く。

「曹操軍もいいわね?」

蚊帳の外にいた華琳も、頷く。

「ええ、もちろん。どちらが多く取るかは、その場の流れにまかせましょう。ただ、互いに競い合うことはあっても、妨害はしない。それでいい?」

「ええ」

そして、三人は立ち上がり、誓約した。

「ここに、三軍の盟約は成った。天地神明に誓い、各々の誇りをもってこれを履行する」

すっ、と孫策から差し出された手に、劉備、曹操の手が重なった。

(俺は…………俺は、すごい光景を見ているのかもしれない)

後に魏呉蜀をそれぞれ建国する勢力が、一致団結した。

三雄の会盟……いや、あえて、言い直そう。

これは、三国の同盟だ。

心が奮い立つのを感じる。

水関から出発したときの漠然とした不安は、雲散霧消していた。

たとえ、呂布と張遼が相手でも、負ける気がしない。

俺は拳を握り、武者震いを密かに抑えて、この場に立ち会えた幸運を噛み締めていた。

 

 

 

――洛陽、朝議の間にて――

 

「月っ――!」

眼鏡をかけたひとりの少女が、小走りで入ってきた。

「詠ちゃん」

それを迎えた少女は、貴人の服装をした、小柄な娘。

彼女たちは、董卓軍の賈駆と、董卓その人である。

「どうしたの? 連合軍に何か動きがあった?」

月は親友のただならぬ様子を見て、ああ、これは、きっと悪い知らせだ、と思った。

けれど、詠は、なんともいえない複雑な表情をしていた。

もし、董卓軍が負けてしまったなら、もうちょっと悲しそうな、あるいは怒り顔をするだろう。

「良い知らせと悪い知らせが一つずつ……いえ、もしかしたら、悪いだけの知らせが一つあるわ」

「……わかった。悪い知らせから言ってくれる?」

「黄河に進軍した、牛輔、郭、徐栄たちが死んだわ」

「――っ!!」

覚悟はしていた。不利な状況にある董卓軍。仲間や知り合いが死ぬのは、覚悟していたはず。だが、月は、悲しみで涙が溢れそうになった。しかし、泣くのは堪える。まだ、泣いてはいけないと思った。

「良い知らせ……の方は?」

「…………その牛輔たちが対陣していたはずの、敵側の将、韓馥、王匡も死んだわ」

「え……!?」

戦場だから、敵味方両方の軍の将が死ぬのはありえることだ。

だが。

だが、それでは、互いに全滅ではないか。

「洛陽の街の隅っこに、大きな井戸があるのは知っているわよね。今は使ってない」

「……え? う、うん」

突然の話題の転換に、月は戸惑った。

「そこに、五人の死体が沈んでいたわ」

「っ!? そ、それ、まさか――」

詠はこくりと首肯した。

「そう。牛輔たちと韓馥たちよ」

月は立ち上がり、小さく震えた。

「そんな、そんなことって――」

「その上……」

賈駆は、言葉を重ねた。

「その場に偶然居合わせた男の医者が言うことには、韓馥と王匡の死体は、牛輔たちの死体よりも数日前のもの、らしいの。つまり、牛輔たちが韓馥たちを迎撃しに、出陣したときにはすでに――」

「し、死んでいたの? でも、それなら、黄河の対岸にいた連合軍は一体誰が率いて――」

「わからない……牛輔たちが率いていた董卓軍も行方がわからないわ」

「どこへ……どこへいったっていうの?」

董卓は、カチカチと、歯を鳴らした。かわいそうなぐらい、震えている。

「月……」

賈駆はその体を抱きしめた。

月は私が守る。必ず。そんな決意を持って、強く、抱きしめた。

連合軍も、わけのわからない事件も、月に近付かせるものか。

暗雲の中の、悲愴な決意。

「黄河の、牛輔たちが布陣したあたりと連合軍がいた地点に偵察の兵を送るわ。私は、念のため、虎牢関の様子を見てくる。ヘッポコの華雄のかわりに胡軫を連れて置いてくる。李カクと李儒には、洛陽撤退の準備をさせるわ。月、なるべく表に出ないで。子飼いの護衛たちを増やして配置しておくね」

「うん……詠ちゃん。詠ちゃんも、気をつけて」

「ええ。様子を見たら、すぐに戻ってくるから」

詠は、忍び寄る悪夢に足を取られるような気がして、重くなった足を、ぐっ、と踏み出して、駆けた。

月の視線を、背中に感じながら。

虎牢関へと。

戦の待つ、虎牢関へと。

 

 

 

説明
俺、この小説書き終わったら、白蓮と結婚するんだ……
第4話です。
本当は虎牢関の戦いが終わるまで書くつもりだったのに、まさかの戦闘無し。
多分、次の話で、一区切りつくと思います。
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