境界のIS〜第一話 空の少女〜 |
「…さん。兄さん…」
「ん…あ…」
重い眠気が残る瞼を開ける。
隣には僕と同じベッドに寄り添うように寝そべって、幸せそうにこちらの顔を覗き込む我が妹分の姿があった。
「おはようございます。兄さん」
僕が目を開けたことに気付いたのか、彼女はニコリと笑みを浮かべる。起きて目にする最初の光景が、部屋に差し込む朝日と美少女の笑顔。うむ、実に眼福。我が人生に一片の悔い無し。
……いや待て。何かおかしくないか?
「由姫、お前……何でここに?」
そうだ。僕は通っている高校の寮で寝泊まりしているのであって、中学生かつ自宅暮らしのコイツが僕のベッドに潜り込めるはずがないのだ。
「?兄さん、まだ寝ぼけてるんですか?」
何か気を悪くしたのか、形の整った眉を軽くしかめて見せる彼女。「私、怒っています」とでも言いたげに、正面からジッと睨んでくる。
「私たち、ずっと前からこういう関係じゃないですか」
囁く吐息が、頬をくすぐる。
彼女の言葉に、首だけ動かして周りを見渡す。ベッドサイドの電気スタンド。柔らかく朝日を吸い込むオレンジ色のカーテン。小学校の頃からずっと使ってきた学習机。
間違いない。
数ヶ月間戻っていない、僕の実家にある自室。そこに僕はいた。
やっぱりおかしい。昨日は一夏や箒と別れてから、確かに寮の部屋に戻って寝たはずだ。
「むぅ〜。いつまでも寝ぼけてる兄さんには……えいっ!」
フトンがはねのけられ、横にあった彼女の身体が上にくる。マウントポジションで僕に跨った妹分が、不敵に僕を見下ろしていた。
「えと、由姫?その、どいてくれないと……」
正直、このままだと精神衛生上色々まずい。
大きく開いたパジャマの襟の間から、その慎ましやかながら形の良い胸がチラチラしている。加えて腰に乗っかられているため、朝の男子特有の生理現象というものが、その、当たって……
「ふふ。想像しちゃった……?」
絶対にわざとやってるな、コイツ。確信犯だ。
「でも今はダ〜メ。いけない兄さんには、まずお仕置きしないとね」
そう言って彼女はその白い手を――って、どこに突っ込んで――
え、クラスの出席簿?どうしてそんなものがここに――
そんないい笑顔をして振りかぶらないで――何、これがお仕置き?止めろ、来るな、らめぇー!
アッ――
バシーン!
「あべしッツ!?」
頭が割れるかという強烈な痛みと衝撃。まどろみの闇の中に、一気に覚醒の光が走る。
かけていた眼鏡のフレームが歪むかと思った。
「おはよう、向井」
頭上から聞こえてきた低い女性の声に、ビクリ、と身体が反応してしまう。蕩けてフニャフニャになっていた脳みそが、この非常事態に活動を活発化。
ギギギ、とロボットのように、僕は声を発した人物に顔を向けた。
「私のSHR中に居眠りとは良い御身分だな。言葉より先に、思わず手が動いてしまったよ」
僕の頭を強打した凶器――もとい出席簿――を小脇に挟み、カッチリしたスーツに身を固めたこの人こそ、僕らのクラス担任である織斑千冬先生その人だ。
「全く、せっかくの転入生の挨拶だというのに。何てザマだ」
黒曜石のような切れ長の瞳に睨まれて、一回りどころか二回りほど身体が縮んでしまいそうだ。
「す、すみません」
ツカツカと教卓に戻っていく千冬先生を見送っていると、確かに、見ない顔が二つあるのに気付いた。
正面の黒板前に立つ二人の内の金髪の方、は何やら困ったような微笑をこちらに浮かべている。もう一人の銀髪眼帯少女は「我関せず」と徹頭徹尾、無視を決め込んでいるようだ。
『最初から貴様らに興味はない』
その小さな身体から発せられるのは、明確な拒絶の意志だ。
「はいはーい。織斑センセー」
クラスメイトの一人であるのほほんさん(一夏命名)が元気よく手を挙げる。
「何だ?」
「転入生は『三人』と仰ってたじゃないですかぁ〜。後の一人はどうなさったんですか〜?」
途端、クラス全体が色めき立った。何というか本当に、ウチのクラスの連中はこの手の騒ぎが大好きなんだな。もう慣れたけど。
「女の子かな?どっちかな?」
「また専用機持ちの代表候補制?やだぁ、自信なくすなぁ」
「フフフ。どんな娘でもいらっしゃい。美しい百合の花は、皆私が可愛がってあげるわ」
「キャー!お姉さまー!!」
――訂正。最後のヤツらはまだちょっと、な。
「ええい、静まれ!今、山田先生が――」
パシュン、と圧縮空気が抜ける軽い音。
教室前方の扉が開かれ、彼女は入ってきた。
一瞬だった。
その美少女が現れた瞬間、クラスの空気がビシリと凍りつき、全ての視線が彼女へと引き寄せられた。
それ程までに、その存在は異質だったのだ。
滑らかな白い肌。澄みきった空のような色をした、軽くウェーブがかった髪がふわりと流れる。作り物めいた美貌を持つ少女。
サファイア色の、穢れを全く知らなそうな瞳が、何かを探すようにキョロキョロ動いていた。
「ああっ、ダメですよ〜!勝手に行っちゃあ〜!!」
少し遅れてクラス副担任、山田真耶先生がバタバタと駆け込んできた。
「あれ?皆さん固まって、どうしたんですか?」
山田先生の登場で、僕らは少女の魔法から解放された。
止まっていた音が、時間が。再び流れ始める。
「キレイ……」
「お人形さんみたい……」
先程まで教室を支配していた、ある種の緊張感にも似た張りつめた空気が、やんわりと溶けていった。
「そ、それではまず、自己紹介をしてもらおうか」
「……?」
僕は、千冬先生が少しでも動揺するところを初めて見た。美少女はそんな先生を「何?」と言いたげな視線で見上げると、
「古京……世界」
りん、と鈴の音が鳴るようなよく通る声で。
ぽつりとそれだけ言って、またキョロキョロ。
「ええと……」
山田先生がワタワタしてる。先生、眼鏡がずり落ちかけてますよ。
と、少女の視線が僕に向けられた。
僕も、彼女を見つめた。
僕らは無言で、ただ目線だけを交わし合った。
二人だけの、世界。
『やっと、見つけた』
目は口ほどに物を言う。
美少女が動き出した。黒板の前から机の間を、迷うことなくこちらへ向かってくる。つられる様に、僕も立ち上がった。
彼女が僕の前まで来た。
「カナ」
「ん」
彼女の背丈は僕より頭一つ分小さい。
純粋無垢な蒼い瞳が、真っ直ぐにこちらを見上げている。
そして――
「会いたかった……」
僕の身体に両腕を回し、抱きついてくる。
僕の胸に顔を埋め、僕の名前を呼びながら、甘えるように頬ずりする。
何度も、何度も――
「え、あ――」
僕の思考は再びフリーズ。
数秒後に響いた驚きと歓喜の声が、ひどく遠いものに聞こえた。
初めまして。夢追人です。御覧の通り、話題のISの二次創作。アニメが始まってから急に増えましたよね。割と初期の方から原作を読んでいた自分としてはびっくり。
この前の話が”Last Episode”と銘打たれている訳ですが、最終話ではありません。お話はこれから始まります。この小説を投稿した時点で原作は六巻まで出ており、そこまでは原作を意識した流れになります。しかしそこからは『ISの名を借りたベツモノ』になり果てる予定なので、原作スキーの方はご容赦を。これまでのIS二次創作にはないようなヒロイン運用も予定しています。自画自賛。
読んで分かる人は分かると思いますが、前話の戦闘シーンの文構成は中公文庫より刊行、森 博嗣先生の『スカイ・クロラ』シリーズのオマージュです。ま、オリジナルには到底及びませんが、参考にさせて頂きました。
こんな形で始まった『境界のIS』。読者の方々のお眼鏡に適うかどうかは分かりませんが、どうか末永くお付き合い頂けたら幸いです。
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コメント | ||
つくよみさん)中々にお目が高い。D.C.U、意識してます。あれは神ゲー。(夢追人) 東方武神さん)自分にとっての初コメです。ありがとうございます。多くの人に楽しんで頂けるよう、頑張ります!(夢追人) ・・・D.C.っぽい(つくよみ) これは新しい始まりかただな。原作ファンとして、そしてこの物語に興味を持ったものとして、貴方の作品を楽しみに待っています。頑張ってください。(東方武神) |
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