少女の航跡 短編集01「伝説の前に… Parte1」-2 |
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シェルリーナ達は、女王によって命じられた場所へと、脇目も見ずに馬を進めて行った。
『リキテインブルグ』の北東部は、中央部の大平原地帯とは異なり、険しい山々が多くなり、
人の侵入を阻んでいる。北東部から更に行ったところは、まだ文明のある人間が住んでいな
い、地図にも載らないような場所だった。
シェルリーナ達が向かっている洞窟も、人が近寄らないような場所だ。近年、他地方からの
蛮人の侵入を阻む為に、ピュリアーナ女王が活動範囲を広げさせている地域の一つの中にあ
る。
元々シェルリーナ達も、王都からかなり離れ、辺境の関所にいたから、速い彼女達の馬で
は、その洞窟まで一夜を過ごしただけで辿り着く事ができそうだった。
出発した日の夜。『フェティーネ騎士団』一行は、小さな泉のある場所で一夜を過ごそうとして
いた。
数人の者が警戒に当たり、シェルリーナ達は、明日の任務に備えて休息を取る。
戦が行われるというわけでもない。もしかしたら、大した事の無い任務で終わるかもしれな
い。一行はそれほどの緊張感も持っていなかった。
シェルリーナも同様だった。彼女は戦をも恐れもしない程、度胸と覚悟がある女だったから、
この程度の任務など、義務として行う程度のものと考えていた。
だがこの夜、シェルリーナはある夢を見た。
自分の馬に寄りかかり、ぐっすりと寝付いたシェルリーナは、まるでそれが現実で起こった出
来事と思えるような、鮮明な夢を見るのだった。
彼女が目を覚ますまで、シェルリーナはそれを現実に起こっているものとさえ思ってしまっ
た。
それが、いつの事なのかは分からない。
シェルリーナは一人の男を愛するようになっていた。
その男は、シェルリーナも知らない男だったが、どこの出身かも分からない。
だが、その夢の中の彼女は、何のためらいもなく、その男を愛していたのだ。
恋愛など、シェルリーナにとっては、普段だったら笑ってしまうような事柄だ。そんな幻想的で
乙女的な事など、自分の性には合わない。そう思っているのだ。
しかし夢の中で、やがてシェルリーナは子を産んだ。
そこで逃げ出したくなるような夢だった。こんな事、とても自分がしている事とは思えない。
だが不思議な事に、拭っても拭っても落ちない汚れであるかのように、シェルリーナはその夢
から覚める事ができなかった。
子は、外見がとてもシェルリーナに似ている娘、だった。
やがてその娘は成長して行き…。
確かに、自分は母親となる事を意識し出すようになり、それをイアリス達にも相談した。だ
が、彼女が見た夢はあまりにも鮮明過ぎた。
まるで、自分が実際に経験した事であるかのような夢を彼女は見ていたのだ。
そして、やがてシェルリーナは重要な事に気がつく。
その夢の中には、自分の騎士としての姿が、一度として出てこないのだ。
これだけ、まさに自分自身であるかのような騎士としての姿が、この夢の中では一度として出
てこなかったのだ。
この夢は、自分の姿ではない。
自分の姿をした、まるでまやかしのようなもの。こんなものが、自分の心の中にあるわけでは
ない。
何か、悪い精霊にでも悪戯されているのか。
何かに、自分の心の中を見透かされているのか。
シェルリーナは、満身の力を込めるかのようにして、その夢を拭い去った。彼女にとってはも
はや耐えられない。まるで辱めを受けているかのようだった。
シェルリーナは意識を取り戻し、目を見開いた。まるで現実の事のような夢から、無理矢理に
目を覚ました。
目の前には、イアリスがいた。彼女は警戒に当たっていたようで、鎧を身に着けたままだっ
た。夜闇の中の月明かりが彼女を映し出している。
「うなされているようでしたけれども…?」
心配そうに、また驚いたように彼女は尋ねてきた。シェルリーナは、彼女や騎士達の前で、そ
んな姿を見せた事は無かったからだ。
「悪い夢でも見たんですか…?」
悪い夢かどうかなどは、シェルリーナは答えなかった。
「夢は夢。それ以上の何者でもないものさ。悪い夢だったとしたら、それは精霊に悪戯されたん
だ」
その言葉は、悪夢を見た時に言う決まり文句だ。
その言葉に説明を任せ、シェルリーナは立ち上がった。思ったよりも長い時間夢を見ていた
ようで、遠くの空は白んできていた。
「あなたが、精霊に悪戯されるような方にも見えませんけれども…」
「それは、失礼したな…?」
しゃがんでシェルリーナを見上げていたイアリスが、立ち上がって、彼女と目線を合わせて来
る。
「もし心配なのでしたら、私が調べましょうか? 精霊の事なら何でも分かりますわ」
イアリスは純血のエルフだから、精霊の気配などは感じ取る力を持っている。そのような事は
容易にできるだろう。
「いいや、そんな事をするな。もうこんな事、思い出したくも無い」
シェルリーナは、そっけなくそのように言い放つだけだった。
だが、シェルリーナにとって、たった今見た夢は、丁度それを見た時にもそうだったように、拭
っても拭い去れぬ夢だった。
「分かりましたわ」
イアリスは彼女を気遣った。
当初、この任務を受けた時は、それに対してまるで何も感じなかった。ただの一つの任務だ
としか思っていなかった。しかし、この夢でそれは変わってしまった。
遠くの朝焼けの姿を見ながら、シェルリーナは普段かられないような不安にさらされていた。
不安。そんな言葉など、たとえどんな強敵が待ち構えていようとも、シェルリーナには無いよう
な感情だ。
だが、今回の任務は、全てが違っていた。今、たった今見た夢で、それは全て変わってしまっ
た。
信じられないようなことだ。たった一つの夢で、こうまで自分の感情が左右されるなど。
何かが、自分の中で変わろうとでもしているのだろうか。
シェルリーナは落ち着かない。まだ夜明けまではしばらくの時間があるが、とても再び眠りに
つく事などできない。
たかが夢、それだけとも思えなかった。
まるで魔法にでもかけられたかのような、セイレーンの歌に誘惑された男のような、そんな感
じでもあった。
今回の夢が、ただの夢だと思うことはもはやできなかった。
何かが待ち構えているのか。
しかしそうであっても、この夢が、まさに現実に起こる事だとは、誰にてとっても信じられない
事だっただろう。
シェルリーナ達は目的地へと近づいていた。
今日は朝から雲行きが怪しい。黒々とした雲が空を覆い隠し、真っ黒に塗りつぶしてしまって
いた。日は全く望めない。今が何時なのかすら分からないような暗さだった。
薄暗い闇が、平原を包み込んでいる。
有り得ないほどの暗さが、平原と、北東の方向に見える山々を包み込んでしまっている。黒
い雲は、どこまでへも伸びているかのようだった。
「イアリス…、どう思う…?」
この異様とも言えるほどの気配に、シェルリーナはイアリスに尋ねていた。
自然と共に生きるエルフには、この雰囲気に全てを感じる事ができる。僅かな空気の流れと
匂い、動物たちの行動、木々の生え方など、全てに意味がある。
イアリスが何かを感じ取ろうとすると、エルフ特有のその長い耳が、小刻みに動いて反応し
た。
「…、何…? この気配は…。今まで感じた事も無いような気配ですわ…」
イアリスは戸惑ったように答えた。
遠くの方では、重々しい音で雷鳴さえ響いている。
「いいのか…、悪いのか…?」
「とても、いいなどと言える気配ではありませんわ。こんなに大きな力を感じた事、未だかつて
ありませんもの…」
イアリスはそのように答えた。
だが『フェティーネ騎士団』は何者をも恐れない。たとえ、悪魔がこの場所へと迫って来ようと
も。シェルリーナを先頭として、目的地まで一直線に進んでいた。
平原には、彼女達の馬の迫力に恐れをなしたのか、それとも、この黒い雲に何か恐怖を感じ
取り、その場から逃げ出したのか。動物の気配がまるで無かった。鳥さえも飛んではいない。
それでも、シェルリーナ達は恐れない。
しかしそうであっても、この黒い雲に、何かの予感を感じられずにはいられなかった。あまり
に、不気味で、陰鬱。
迫力のある雷鳴が響き渡った。閃光が輝き、体の中にまで鳴り響いてくるかのような低い音
の雷鳴だ。
まるで、巨大な存在が光臨して来るかのような雷鳴。
そして、雷鳴と共にやがてやって来る雨。
それは突然やって来た。
大きく、しかも強烈な雨だった。雨粒の一つ一つが、大きく、しかも打たれるだけで痛い雨。
そんな平原の中では、立っていられるのは頑丈な甲冑を身に着けたシェルリーナ達と、その
馬だけだった。
天をひっくり返したかのよう、前が確認できない程の雨。全ての生き物がこの平原から逃げ
出そうとしている。
自分達が正しい方向に向かっているかどうかすら、シェルリーナ達には分からなかった。
雨は降り続いている。すぐに止むような雨のはずだ。『リキテインブルグ』ではよくあるスコー
ルなのか。
しかし、これほどまでのスコールは、未だかつて降った事が無かっただろう。
シェルリーナ達は、その場で立ち止らざるを得なかった。進もうとしても、誤った方向に進んで
しまうだろう。
猛烈な雨に打ち続けられているシェルリーナ。銀髪は、雨で濡れ、銀色の鎧は、雨に打たれ
て激しい音を立てている。
大きな雨音で、全てが包まれている。そして一定の間隔を置いて、雨音も何もかもをも吹き
飛ばしてしまうかのような雷鳴。
しかしシェルリーナはその中で、ただならない気配を感じていた。人間であるシェルリーナで
すら感じられる気配。
この雨音の中で、何かが迫ってきている。大きな雨粒が空間を覆ってしまっていて視界が開
けない。一向に進む事もできないのに。
まるでこの雨は、自分達をこの場で足止めさせるかのような雨だった。
それが、何かを意味しているかのように。
やがて、雨は一気に止んだ。
しかし止んだのは雨だけで、どす黒い雲で空は覆われていた。遠くの空では雷鳴の低い音が
響き渡る。
雨に打たれたばかりのシェルリーナは、全身びしょ濡れで、銀髪が濡れた金属のような光を
放っていた。
『フェティーネ騎士団』の一行は、平原の只中で立ち止まっていた。少し離れた所には『リキテ
インブルグ』領土の外れの山が見えている。
遠くで鳴り響いている雷鳴。それが爆発音のようにここまで届いてきている。
「何かが、来る…」
シェルリーナは、この平原に漂う雰囲気を感じながら、言っていた。彼女の側にはイアリスが
いた。
「さあ、どう言ったら、良いのでしょう…? 何かが迫ってきているという感覚なんかじゃあなく、
もうすでにここに来ている…?」
「まさか、さっきの雨の音に紛れてここに…?」
雨が一気に上がり、先ほどよりも暗くなる。こんな事はシェルリーナにとって初めてだった。
草原の草から雨粒が零れ落ちる。シェルリーナの濡れた髪から雨滴が流れ、頬を伝ってい
く。不気味な気配が流れた。
シェルリーナは集中していた。周りの雑音が全く聞えなくなるほどに。全てが静まり返った中
で、彼女は何かを聞き取ろうとしていた。
ふと、彼女の周りの空間が、静かに歪んだのをシェルリーナは気がついた。
空間に、すっと歪みのようなものが縦に走り、地面で掻き消えた。奇妙な現象だった。彼女自
身も、このようなものなど見たことがない。
肌で感じる、危険の匂い。それが漂っていた。シェルリーナの周りの騎士達も、それを身を持
って感じた事だろう。
シェルリーナは、静かに、ゆっくりと、自分の腰に吊るしてある長剣へと手を伸ばそうとした。
足元の雑草の上に乗っていた、大粒の雨滴が、ゆっくりと静かに地面へと落ちようとしてい
た。
まるで迫って来るかのような上空の黒い雲、夜のごとく暗くなっていこうとしている風景。
雑草から零れ落ちた雨滴が、地面へと落下する音を、シェルリーナははっきりと聞き取った。
空間の歪みが、また走った。
そして、暗くなって行く平原の中で、それを切り裂くかのように、青白い光が幾つも幾つも、空
間の歪みから溢れ出した。
落雷のごとく鳴り響く轟音。
シェルリーナは剣を抜き放った。彼女の髪の色と同じ、冷たく濡れているかのような長剣が、
彼女の前の空間を切り裂いていく…。
『フェティーネ騎士団』の騎士達は、一斉に武器を抜き放っていた。
シェルリーナ達、総勢35名の『フェティーネ騎士団』の前、そして横に次々と現れたのは、光
だった。
しかも、ただの光ではない。空間の歪みから溢れるようにして現れたそれは、まるで剣を持っ
た人の姿だった。
あっという間に光、それも稲妻にも似た光が形成したのは、紛れもない人の姿。剣を持った
男。奇怪な形の兜が顔と頭を覆い、姿は分からない。大柄な肉体。筋肉がはっきりと現れる衣
服を纏っている。
そして、騎士団の前に現れた10体ほどの戦士達は、皆が同じ姿をしていた。
声を発するような事はしない。ただ、稲妻が迸るような音だけが辺りに響いている。
「何者だ! お前達は!」
シェルリーナが威嚇と共に言い放った。しかし、相手はそれを無視するかのように剣を構え
た。
彼ら、光から現れた戦士達は、鋭い針のような形状の長剣を持ち、それを構えていた。大勢
の騎士を前にしても、まるで動じる様子はない。
「シェルリーナ様!」
隣にいるイアリスが呼びかけた。
「何者かも答えないと言うのだな? いや、答える口がお前達には無いようだな? 我らを『フェ
ティーネ騎士団』と知っての事か?」
戦士達は何も答えようとしなかった。彼らは人なのかどうかすらも分からない。その肉体は人
のものだったが、顔は兜で隠されていて、素顔が伺えない。
「話を聞く気は無いようだな? 貴様達の正体は知らないが、刃を向けられてしまってはしょう
がない。お前達に私達も刃を向けさせてもらう!」
シェルリーナのその一言で、彼女の配下の騎士達は一斉に各々の武器を抜き放った。
「待ってました! 相手が10人足らずじゃあ、すぐ終わってしまいそうだけれどもねえ!」
アンジェラが意気込んでいる。彼女は手に握れるほどの小型の斧を両手に構えていた。
「行くぞ!」
「オオーッ!」
騎士達が雄たけびを上げた。そして、先制攻撃を仕掛けようとしたのはシェルリーナだった。
少し脅かしておけば、すぐに退散するだろう。シェルリーナは迫力を見せ、軽く剣で斬りつけ
てやるだけのつもりだった。
しかし、どこか拭い去れない不安が残っている。昨日から続く、妙な不安。それが彼女に呪い
でもかけているかのように、攻撃をためらわせようとしていた。
そのせいか、先に攻撃を繰り出してきたのはシェルリーナではなく、光から現れた戦士の方
だった。
シェルリーナは、思わず繰り出されてきた長剣による攻撃を防御した。だが、馬から放り出さ
れてしまいそうな程の衝撃を受ける。
シェルリーナに最も近くにいた、長剣を構えた戦士は、剣を振り下ろしたままの姿勢。
予想以上に強い衝撃に、シェルリーナは驚く。まるで巨大な鉄槌でも受けたかのような衝撃。
「何だ? 何者なんだ? お前達は…!」
「シェルリーナ様。大丈夫ですか!」
イアリスが心配する。騎士達は、シェルリーナが一撃で怯んだ事に驚いている様子だ。
だが、彼女はすぐに姿勢を取り戻した。
「な、何…! この位の事で。だが、思ったよりやるようだ。騎士達よ! 少しも加減はいらない
ぞ! この者達に刃をくれてやれ!」
シェルリーナは勇む。そして、馬を駆った。
今度は本気でやってやる。この得体の知れない戦士は、実力がある。シェルリーナを一撃で
怯ませる輩はそうはいない。
手にした剣を、馬の駆る勢いと共に、剣を携えた戦士の方へと突き出す。馬の脚力と速さ。
そう簡単に避ける事はできないはず。
しかし、シェルリーナの前の戦士は、彼女の剣を、手に持った剣で弾いてしまった。
防御されるだけならまだいい。だが、この戦士は、剣を防御するという動きだけで、同時にシ
ェルリーナの体をも落馬させんばかりの勢い。
「お、おのれ…!」
シェルリーナが、思わず感情を高ぶらせたその時、
「シェルリーナ様! 後ろ!」
彼女の後に続き、馬を駆っていたアンジェラが、慌ててシェルリーナに呼びかける。
落馬しそうになった体勢から背後を振り向くシェルリーナ。そこには、もう一人の戦士が、剣を
振り上げていた。
長剣を柄と刃の部分で両手に持ち、振り下ろされてきた剣を受けるシェルリーナ。
凄まじい衝撃だった。剣がこのまま二つに折れてしまうのではないかと思えるほどの衝撃。
落馬しそうになったが、何とか踏み止まる。手が痺れていた。
人間の出せる力を超えた斬撃。相手の持っている剣は、一目見ればただの長剣だというの
に。
なぜ、このような者達がこんな平原にいるのか。
すでに、シェルリーナ達以外の騎士達も戦いを繰り広げていた。突如現れた戦士の数は10
体。騎士達は30数名がいるが、すでに取り囲まれている。
馬に乗った大勢の騎士達を前にしても、戦士達が動じるような様子は無い。ただ、長剣を持
ち、それを振り払っている。
馬にのった『フェティーネ騎士団』の騎士達が、剣を持つ戦士に突撃して行く。
しかし、目の前に立ちはだかる光から現れた戦士は、その騎士に向かって剣を振り下ろし
た。
両者の武器が接触する。騎士の方が馬ごと後方へと吹き飛ばされた。
一刀だけで、一人の騎士が馬ごと吹き飛ばされる。そんな事があろうか。相手はどう見ても
大柄な人間の男くらいの体格しかない。
戦いが始まって、ものの一分ほどしか経っていない。しかし、騎士達はすでに押されていた。
シェルリーナは勇んだ。『リキテインブルグ』の『フェティーネ騎士団』。精鋭部隊ともあろうも
のが、こんな平原の中に現れた得体の知れない者達にまともな戦いで押されるなど、あっては
ならない事。
馬上で自分の剣を構えなおしたシェルリーナは、自分に向かって背後から襲い掛かってきた
戦士に向かって、振り向きざまに剣で斬り払った。
手ごたえはあった。完全に相手を捕らえている。背後で剣を振り上げている戦士を袈裟に切
り裂いている。
その戦士の切り裂かれた傷跡からは、血ではなく光が溢れていた。
相手の動きが止まっている。仕留めたかと思ったシェルリーナ。しかし、その戦士は斬り裂か
れた所から光が溢れているだけで、再びシェルリーナに向かって剣を振り下ろしてきていた。
「何だと…!」
剣の一撃を避けたシェルリーナ。その刃が通り過ぎるだけで、衝撃波を彼女は浴びた。突風
のようなものに煽られ、思わず落馬しそうになる。
「シェルリーナ様!」
イアリスが叫んだ。彼女は片手でも操れるくらいの槍を武器にし、光から現れた戦士を前にし
ている。
騎士達は、次々の追い詰められていた。光から現れた戦士は、騎士の武器や馬などをもの
ともせず、次々と攻撃を繰り出している。
何人かの騎士が、戦士の武器によって高々と空中へと跳ね飛ばされていた。
叫び声が聞える。光から現れた戦士達が持っている武器は、単なる長剣のようにしか見えな
い。騎士達の重い甲冑などを高々と飛ばすには、巨大な鉄球が必要なはずだ。
「何…!」
空中へと飛ばされた騎士が、次々と地面へと落下して来ていた。
その不自然な光景に、シェルリーナは目を見開いた。
「お前達は何者だ…!」
正体の分からぬ戦士達に、シェルリーナは思わず叫びかけた。
気が付くと、シェルリーナは囲まれていた。馬に乗ったままの彼女を、3人の戦士が取り囲ん
でいる。
彼女はその戦士達を見回し、そして鋭い視線をぶつけた。
相手の表情は被っている兜で伺えないが、シェルリーナの視線には動じていない。
その戦士達が、一斉にシェルリーナに襲い掛かってきた。剣を振り上げ、馬上にいる彼女に
襲い掛かる。
一人が飛び上がり、振り上げ、そして振り下ろしてきた剣を、シェルリーナは剣で弾いた。岩
に剣を打ち当てたかのような衝撃が、腕と肩に襲い掛かる。
更に背後から迫っていた方の戦士の剣も、シェルリーナは振り向きざまに斬り返す。
こちらも防御する事はできた。
しかし、更に迫っていたもう一体の戦士の剣を防御している余裕は無い。
シェルリーナは自分の肩を襲った衝撃に、声を上げた。鎧の肩の部分が粉々に砕け散り、肩
に鈍い鈍痛を感じる。
左肩が上手く上がらない。腕を動かそうとするならば、痛みが襲う。
鎧を着ていたから致命傷にはならなかったが、おそらく鎖骨は砕かれた。砕けた鎧のプレー
トの破片。そして、保護用の鎖が弾け飛んでいる。
痛いのは確かだ。だが、痛みに怯んでいるシェルリーナではない。依然として彼女は3人の
戦士に囲まれていた。
そうであっても、まだ諦めはしない。
光から現れた戦士の一撃によって、一人の騎士が、馬ごと何メートルも飛ばされていた。重
い鉄槌のよう剣の攻撃に、騎士が叩き切られている。
『フェティーネ騎士団』は、その数を半数以下にまで減らしていた。
「シェルリーナ様ッ!」
イアリスが叫び、彼女はこちらに向かって、手を振り上げている。
それが何の合図であるかは、シェルリーナはすぐに理解できた。イアリスの方へと、そよ風の
ようなものが集まっている。
イアリスは、その風の流れを、シェルリーナの方へと向けた。風が、眼にはっきりと映るほど
の実体となり、シェルリーナの周りに集まる。
空気の流れは、シェルリーナと3人の戦士達を取り囲んだ。
そして、シェルリーナのいる場所を中心として、風が沸き起こった。それはそよ風のようなも
のから一気に勢いを増し、あっと言う間に竜巻のような衝撃となる。
シェルリーナは竜巻の中心にいるから安全だ。だが、彼女の周りを取り囲んでいた、3人の
戦士達は、竜巻の突風をまともに食らう。
3人の戦士達は空中に巻き上げられる。彼らはなす術もないまま、遥か上空へと巻き上げら
れていき、やがて竜巻が収まると、次々と地面へと落下してきた。
かなりの衝撃。凄まじい勢いで、3人の戦士達は地面へと叩き付けられる。
剣で切り裂いても、尚向かってくる戦士達、これで倒せたかとも疑いたくなる。
シェルリーナは警戒も露に、落下して来た戦士達へと剣を向けた。初めはぴくりとも動かない
様子だったが、
やがて彼らはゆっくりと身を起こそうとする。
「こいつらめ…、一体何者だ…? そして何故私達を襲う? まるで誰かにけしかけられた傀
儡のようだ…」
左肩の痛みを感じながら、シェルリーナは言っていた。
周りでは、次々と騎士達が打ち倒されている。自分ですらどうしようもない。『フェティーネ騎士
団』を指揮している自分でさえも、この戦士達には押されている。
3人の戦士達が、完全に起き上がり、再びシェルリーナを取り囲んだ。
まだかかって来る。高い所から地面へと叩きつけられたというのに。この戦士達は何事も無
かったかのように迫って来る。
一人で剣を構え、取り囲む3人の戦士と対峙するシェルリーナだが、今度はそこへイアリスも
駆け付けた。
シェルリーナを取り囲む輪の中には入れないが、彼女は馬上で槍を抜き放っている。
だが戦士達はシェルリーナの方を向いたまま、後ろから迫っているイアリスなどどうでもいい
かのようだ。
彼女は槍を突き出し、一人の戦士を突き刺そうとする。しかし、振り向きざま、イアリスが攻
撃をした戦士は剣を振り払った。
イアリスの槍の方が間合いがある。だから、相手の長剣は届かなかった。だが、戦士が振り
払った剣から、青白い光の火花のようなものが飛び出すのを、シェルリーナは見逃さなかっ
た。
その火花はイアリスに襲い掛かる。まるで稲妻だった。そしてその輝きは、この戦士達が現
れた時に起きた空間の歪みにそっくりだ。
彼女は戦士の放った稲妻のようなものに打たれ、思わず怯んだ。
そこへすかさず、稲妻を放った戦士が剣を突き出してきた。イアリスは怯んでいて避ける間も
無い。
ミスリル銀の破片が空中に舞って、イアリスの体は馬ごと後方に吹き飛ばされた。
「イアリスッ!」
今度はシェルリーナが叫びかけた。イアリスは落馬し、地面に倒れていたが、すぐに起き上
がろうとする。
「だ、大丈夫ですわ…、シェルリーナ様…。何とか…」
左の肩当てを砕かれ、かなりの流血。
彼女を打ち飛ばした戦士は、すぐにシェルリーナの方に向き直る。
「あくまで目的は私という事か? ならば良いだろう。とことんかかって来い!」
シェルリーナは凄む。騎士団長であるが故、自分が真っ先に狙われても仕方の無い事。左
肩の怪我などもはや痛みも感じないほどの気迫を見せ付ける。
三方向から戦士達が迫った。
次々と繰り出された剣による斬撃を、シェルリーナは馬上で巧みにかわし、剣で防御した。
しかし、一人の戦士の剣が、シェルリーナの体を打ち、鎧が砕かれる。その衝撃にはなす術
もなく、彼女の体は馬から引き離され、離れた所の地面を転がった。
呻きながら、シェルリーナは立ち上がる。鎧の胴、脇腹の部分が砕かれていて、思うように体
が動かない。
また何本か骨を折られたようだ。この戦士達から繰り出される剣による攻撃は、たとえ頑丈
な鎧を着ていても、負傷は免れない。
だが、シェルリーナは馬から引き離され、負傷したとはいえ、囲まれていた枠から外へと脱出
できている。
彼女は、イアリスの側まで飛ばされて来ていた。
「シェルリーナ様、ここは一まず逃げましょう!」
騎士団長を気遣いながらも、イアリスが言って来た。
「何だと? 逃げるだと? 敵に背を向けると言うのか?」
脇腹の痛みに顔をしかめながらも、シェルリーナは言った。
「このままでは全滅です! せめてシェルリーナ様だけでもお逃げ下さい」
戦士達が迫って来ていた。あくまでもシェルリーナだけを狙って来ている。
「シェルリーナ様ッ!」
そこに、一人の女の声が響き渡った。それはアンジェラだ。彼女は持っている斧を高々と振り
上げている。
彼女は迫ってきている戦士達の向こう側に立ち、その斧を地面へと思い切り叩きつけてい
た。
すると、その場所から、まるで土石流のような衝撃が湧き出した。地面下からあふれ出した
その衝撃は、一気に地面を伝わっていき、戦士達へと襲い掛かる。
小柄ながらも、アンジェラが繰り出した衝撃波の威力は凄まじいらしく、あの戦士達も次々と
それに薙ぎ倒されていた。
土石流が覆い被さり、戦士達の姿は一時消え去る。
アンジェラがシェルリーナ達の方へと駆けて来ていた。
「シェルリーナ様! 早く撤退しましょう!」
彼女は駆けながらそう言って来る。そんなアンジェラはまだ深手を負っていない様子。
「あそこに、見えますか? わたし達が目指していた洞窟があります! あそこの中に入ってと
りあえず隠れましょう!」
そう言ってきたのはイアリス。彼女は一刻の猶予も無いという表情をしている。
アンジェラが倒した戦士達は、土の塊の中から次々と姿を現しだし、騎士団を取り囲んでい
た戦士達約十人も、倒れた騎士達の上を歩きながら、こちらへと迫って来ていた。
アンジェラがやって来て、脇腹を抱えてよろめいているシェルリーナを気遣う。
「シェルリーナ様、気付いていますか? あたし達騎士団は、あたし達三人を除いて全滅してし
まったんですよ! あたし達がやられてしまったら、『フェティーネ騎士団』は全滅です!」
アンジェラは、まだあどけなさが残っているその顔に、必死な様子を表し、シェルリーナに言う
のだった。
次のエピソード
Episodio02 『伝説の前に… Parte2』
説明 | ||
少女の航跡の短編的物語になります。まずは第1章で活躍したヒロイン、カテリーナのお母さん達の物語が描かれる事になります。 | ||
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