SEASON 6.夢力の季節(1/6)
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長い夏休みも終わり学校が始まった。

バイトをしていたおかげで早く起きれるようになった。

 

 

いつもなら生徒がいない通学路を1人歩いているが

今日は生徒の群れの中歩いている。

 

 

「暑い…」

 

夏休みが終わっても夏の暑さは終わってくれないようだ。

 

 

「慶、おはよう。どうしたの?こんな時間に登校するなんて珍しいじゃない」

久しぶりの登校に相変わらずの顔。

 

「おはよ、俺だって慣れれば早起きぐらいするよ」

 

「今日雨降らなきゃいいけど」

 

 

口に手を当てクスクス笑っている。

「そんなんで降るわけないだろ?」

 

 

ざぁぁぁ

 

 

「おわ!?まじで降ってきやがった!」

「早く教室にいきましょ」

「ああ」

 

 

無意識に手を引こうと手を出していたのに気付き慌ててポケットに突っ込んだ。

 

 

「どうしたの?」

「いや何でもない」

 

 

走って校舎に向かう間に冷静にならないとな。

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廊下をひたひた歩く。

あちこちで急に雨が降ってきた話題で持ちきりだ。

そりゃあんなに天気が良かったのに急に降ってきたらそうなる。

 

 

「そういえばもう少しで修学旅行ね」

 

「そうだっけ?まだ班とか決まってないぞ」

 

 

 

もう8月後半

 

確か修学旅行は12月のいつだったかだ。

 

 

「夏休みあけに決めるらしいからそろそろ決めるんじゃないかしら?」

 

「ふ〜ん、もし担任が選ぶとしたら拓郎とは別にされるから最悪だ。クラスの奴とあわないんだよな」

 

「そうね。私も他の人といると疲れちゃうのよね。イメージがあるじゃない?慶達といる時みたい自分をだせないのよ」

 

「唯は唯で大変なんだな」

 

修学旅行の話をしながら教室に入って行く。

クラスの人間が俺達を見てざわついていた。

そんなに俺が早く来るのは珍しいのか。

俺は席に座り外を見る。

さっきより雨は強くなっていた。

 

「久しぶりだな。みんな元気だったか?夏休みボケは早く直して勉強に集中しろよ」

 

担任の丸ちゃん

相変わらず熱い男だな。

 

「おっ、神林!今日は随分早いな。どうりで雨が降ってきた訳だ」

 

「いや、俺のせいじゃないっすよ」

 

 

どいつもこいつも雨男だと思っているらしい。

 

「そうだ、今日のホームルームで修学旅行の班決めをするからな」

 

決めるというより決まってんだろう。

はっきりと言って期待していない。

 

 

 

ホームルームが始まる前の休み時間に拓郎がずぶ濡れで教室に入ってきた。

 

「あんなに天気良かったのに急に雨が降ってきたよ」

 

「そいつは不運だったな」

 

「多分慶が朝からきたからよ」

 

「そうなの?道理で雨が降るわけだよ。どうしてくれんだよ!」

 

「どうもしないし、そもそも俺のせいじゃない!」

本当に雨男の烙印を押しやがって。

 

 

「次の授業何?」

 

「ホームルームよ。修学旅行の班を決めるんですって」

 

「丸ちゃんが決めたのを読み上げるだけだろ?」

 

「それじゃ慶ちんとは別になるね。つまらないな〜」

 

拓郎は不満全開の顔しながら体育着に着替え始めた。

 

 

「俺もそれならつまんねぇ」

いつの間にか竜祈が教室に入ってきていた。

 

 

「未だにうちのクラスの奴がびびってるんだよ。どうにかならないかな?」

 

「修学旅行で仲良くなる手があるじゃない?普段とは違う一面だったり見せたら竜祈を見る目が変わるわよ」

 

「そうだといいけどお前らと一緒じゃないと面白くないからな」

 

「俺も同意見だ」

 

 

男3人で溜息をついた。

けど拓郎、ズボン履いてからにしてくれ。

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「んじゃぼちぼち時間だから戻るよ。こんな楽しみでもない修学旅行って一体なんだろうな」

 

最後に寂しげな言葉を残して竜祈は去っていった。

と同時にチャイムが鳴り丸ちゃんが入ってきた。

 

 

「さて、修学旅行の班についてだけど、とりあえず6人から7人で組んでもらう」

丸ちゃん決めてないんだな。

 

 

「そしてあれだな。気の合わない奴と組むとつまんないと思ってクラス関係なく班を組んでいいようにしたから」

 

 

なんという朗報。

 

 

「男女問わずだ。でも寝る時は別だからな。それじゃ決まったら俺の所に全員でこいよ。まとめないといけないから。じゃあ行ってこい!」

 

 

さらに朗報だ。

 

 

これで完全に気兼ねなく楽しめる。

 

「やったね慶ちん。とりあえずは4人は確定だよ」

 

「4人?里優を忘れてないか?」

 

「あっちのクラスで盛り上がってるかもしれないからさ」

 

「私里優誘ってみるわね」

 

「んじゃ竜祈の所でも行ってみるか。後で来てくれな」

 

俺達はそれぞれ別れてクラスを出た。

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「おう、慶斗、拓郎いいとこに来たな」

 

「いや〜つまらない修学旅行になるとこだったね」

 

「危なく部屋の隅っこでぽつんとするとこだったな」

 

安堵する3人。

 

 

「そういや唯は?他の奴と行くのか?」

 

「今里優を誘いに行ってる。その内ここにくるだろ」

 

「待ってらんねぇ。行くぞ!」

 

立ちあがり里優のクラスに向かう。

 

 

「先に行っててくれ。俺小便してから行くから」

 

 

2人と離れトイレに向かう。

 

「ふぅ〜」

 

 

すっきりしたところで里優のクラスに向かった。

 

 

「どうだ?里優は?」

 

「あっ、慶斗さん。修学旅行楽しみですね〜」

 

 

ばっちり確保できたようだ。

 

「でも、問題があるのよ」

 

「なんだ?最高なメンバーじゃないか」

 

「今何人いると思う?」

 

「1…2…3…4…4人だけど」

 

「僕の事抜かしたよね?」

 

「冗談だ。5人だけどどうしたんだ?」

 

「丸ちゃんの話聞いてなかったの?6人から7人って言ってたじゃない」

 

「そういや、1人足りねぇな」

 

「どうしようね。僕適当に連れてこようか?」

 

「俺達に混ざろうなんて奴はいないだろ」

 

「そうだな。丸ちゃんに空いてる奴聞いてくるよ」

 

 

一旦丸ちゃんのいる教室に戻る。

 

 

「丸ちゃん、今空いてる人っているすか?」

 

「ん?神林か。それは言えないな」

 

「なんでですか?俺達あと1人なんだよ」

 

「なんかその子に悪いじゃん。さあ頑張って探してみよう!」

 

 

あっさりと跳ね返された。

どうしようかと考えながら歩いていると階段の曲がり角で何かとぶつかった。

目を下に向けると女の子が倒れていた。

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「悪い、大丈夫か?」

 

「ぬっ、ごめんなさい。円の不注意ですから」

 

 

なんか聞いたことある口癖と名前だな。

 

 

「あっ!円!」

 

「ぬっ!慶兄!」

 

「なんでお前がここにいるんだ?まさかここの学校か?」

 

「えへへ、そうだよ。だからまた会えるっていったじゃん」

 

 

久しぶりに円の笑顔を見る。

 

 

「そういう意味があったのか。同じ学校ならまた会えるもんな。んじゃ俺は修学旅行の班決めあるから行くな」

 

 

里優のクラスに戻ろうとすると円に袖を引っ張られた。

 

 

「慶兄はもう決まった?」

 

「いやあと1人ってとこだな」

 

「円1人なの」

 

 

自分を指さしてアピールしている。

 

 

「なんだお前1人なのか。友達いないのか?」

 

「円人見知りだからあんまり喋ったことないの」

 

「んじゃなんで俺とは話してるんだ?」

 

「なんとなく」

 

「んじゃ頑張って探してくれ」

 

 

俺は肩越しに手を振り立ち去る

が、ぐっと制服を引かれた。

 

 

「慶兄…」

 

 

捨てられた子犬のような目で円は訴えてくる。

 

 

「うるうるした目で見るなよ。冗談だ。わかった、みんなに聞いてみるからついてこい」

教室に向かう俺の後を円はちょこちょこっとついてきた。

 

 

「俺達の中に入りたい奴連れてきたぞ」

 

 

円を連れて教室に入る。

何故かみんなきょとんとしていた。

 

 

「どうした?」

 

 

俺はみんなに問い掛ける。

 

 

「慶ちん、どこにいるの?」

 

「俺の近くにいるだろ?」

 

 

辺りを見渡したが円の姿が見えない。

恥ずかしがってドアのとこにでもいるのかと見てみるがいない。

するとみんながクスクスと笑い始めた。

 

 

「なんだよ」

 

「なんでもないわよ。それでその子はどこにいるの?」

 

「いやさっきまで近くにいたはずなんだけど」

 

 

本当にどこにいったんだろう。

そういえば人見知りだって言ってたから逃げたのか。

 

 

「しょうがない。捜してくるよ」

 

 

さてどこにいるかな。

あいつのクラス知らないし適当に歩いて捜すか。

それより丸ちゃんに名前いえばクラスぐらい教えてくれるか。

自分のクラスに向かうことにした。

俺はみんなに背をむけドアの方に歩き始めたが

後ろに気配を感じる。

 

振りかえる、誰もいないが影で誰かがいることがわかる。

 

 

右からサッと後ろを振り向く

 

 

影の主がサッと背後に回る

 

 

今度は左から振りかえる

 

 

また影の主がサッと背後に回る

 

 

さらに逆、そして逆

 

 

サッ、サッ、サッ、サササササッ

グルグルグルグルグルグルグルグル

 

 

「こら円何やってんだ?」

 

円の首元を猫を掴む様に掴んだ。

 

 

「こいつが入りたいっていう奴だ。ほら円、自己紹介しろよ」

 

 

しかし円は俺の後ろに隠れて出てこない。

人見知りってこういう風になるのか。

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「まあいいや、夏休みのバイトで一緒だった篠原円だ。人見知りだから恥ずかしいんだろう」

 

「宜しくお願いします」

 

 

円は俺の脇から顔を出し挨拶する程度だった。

 

 

「おう、よろしくな」

 

「よろしくね、円」

 

「よろしくお願いします〜。円ちゃん」

 

 

おお、里優が初めてちゃんづけだ。

 

 

「みんないいってよ。よかったな円」

 

 

円は小さく頷くだけだったがとても嬉しそうだった。

 

 

「まだ僕何も言ってないよ」

 

「反対なのか?」

 

「だってその子1年生でしょ?」

 

 

拓郎は円を指をさして聞いてきた。

 

 

「ぬっ!?円は2年生だよ!」

何も言わないと思っていたが文句はすらっといえるらしい。

 

 

「え〜〜〜〜〜〜!どう見ても1年生じゃん」

 

「ぬっ!2年生だよ!」

 

「1年だ!」

 

 

いつまで口喧嘩が続くんだろう。

 

 

「本当にあの子2年生なの?私見た事ないけど?」

 

「私も〜お見かけした事ないですね〜」

 

「俺もないぞ。さすがにこれだけ学校にいれば見た事あるはずだよな」

 

「俺も同じ年だってのはバイトの時聞いたから知ってたけど、同じ学校だってのはさっき会って知ったぐらいだからな」

 

 

俺達は口喧嘩をしている円を見て不思議に思った。

 

 

「丸ちゃんのとこいけばわかるんじゃないか?名簿とか持ってたし」

 

「そうね。どちらにしろ丸ちゃんのとこには行かないといけないものね」

 

「よし!それじゃ行くか!」

 

 

竜祈を先頭に教室出る。

 

 

「おい、円行くぞ」

 

俺達が隣を通ってるのにも関らずまだ口喧嘩が続いていた。

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教室を出た俺達は丸ちゃんがいる教室を目指す。

足取りが重い、行きたくないとかではない、肉体的に重い。

 

 

さっきまで口喧嘩を繰り広げていた円はすっかりと大人しくなっていた。

途中唯や里優が話しかけていたがただ頷くばかりで

俺の制服を掴み後ろについてちょこちょこと歩いているだけになっていた。

 

 

話すとしたら俺だけに

「楽しみだね、慶兄」

と微笑んでくるぐらいだ。

 

 

「やっほ〜丸ちゃん。僕達揃ったよ〜」

拓郎が手をブンブン振りながら教室に入っていく。

 

 

「やっぱり五十嵐達はそのメンバーになるよな」

どうやら丸ちゃんの脳内ではこのメンバーでくることがわかっていたらしい。

もとより好きなメンバーでっていう時点でこうなることは自然なことだ。

 

 

「でも、丸ちゃんこの子って2年生?私見た事ないんだけど…」

唯は円に目を落とした。

 

 

「ちょっと俺もわからないな。受け持ちのクラスの生徒じゃないと覚えきれないんだよな」

まじまじと円を見てなんとか思い出そうとしている。

 

 

「その名簿見ればわかるんじゃないか?」

俺は教壇に置いてある名簿を指差した。

 

 

「おっ、神林、たまには頭が回るんだな。どれどれ君名前は?」

 

「しの…ま…か…す」

 

「しのかますか…変わった名前だな。う〜ん、そんな名前の生徒はいないな」

円の声が小さくてちゃんと聞こえなかったみたいだ。

 

 

「あっ、あの、篠原…円…です」

弱々しい声で言い直す。

 

 

「すまんすまん、篠原円な」

ペラペラとページを捲っていく

 

 

「おっ、あったあった。やっぱり受け持ちじゃないとダメだな。これを機に全員覚えるかな」

 

「え〜!!、本当に2年生だったんだ」

 

「…」

 

 

俺の脇から円が呟いていた。

 

 

「慶ちん、なんて言ったの?」

 

「そっちは頭の中が1年生じゃないの?とさ」

拓郎に告げると円は完全に隠れてしまっていた。

 

 

「何を〜!この野郎!」

俺の周りで拓郎と円の追いかけっこが始まる。

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「それじゃ、丸ちゃん私達この6人ね」

 

「了解。秋原がいればちゃんとまとまるだろ。頼むな。俺は3人が心配で心配で」

俺達に目を配らせる。

 

 

「大丈夫よ。私に任せといて」

ぐっと力こぶを作るような仕草を見せた。

 

 

「やべぇよ慶斗。なんか力技でくるらしいぞ」

 

「そういう意味じゃないだろ。でもまじでそうだったら危険だな」

 

「う〜僕等無事に帰ってこれるかな?」

 

 

ひそひそと俺達は話していたが

「ちょっと、聞こえてるわよ!」

筒抜けだった。

 

 

「もう、私が3人に力技でいっても敵わないでしょ。だ・か・ら・里優、あなたもお願いね」

 

「わかりました〜。竜祈さん達が変なことしたら〜私怒りますよ」

 

ひぃと後退りする3人ときょとんとする円。

語尾の伸びない里優は怖い。

ある意味唯以上かもしれない。

 

 

「んっ?ちょっと待て」

丸ちゃんが難しい顔を覗かせている。

 

 

「篠原円ちゃんだっけ?」

丸ちゃんは円に問いかける。

 

 

「修学旅行…行くの?」

 

 

意味のわからない質問だった。

 

 

「丸ちゃん、行くに決まってるじゃ〜ん!ビッグイベントだよ」

 

 

浮かれながら拓郎が答えた。

 

 

「お前には聞いてない。俺はこの子に聞いてるんだ」

 

 

冗談に返す様な声ではなく真剣な声だった。

この雰囲気に教室が静かになる。

さっきまで浮かれていた拓郎も驚きを隠せていない。

 

 

「本当に行くのかい?」

 

「えっ…あの、行きたい…です」

 

 

円は顔を下に向け必死に答えた。

 

 

「そりゃ行きたいよな。これを親御さんに書いてもらってきてくれ」

 

 

円は丸ちゃんからもらった紙をそそくさとポケットに突っ込んだ。

丸ちゃんは腰を落とし円と目線を同じ高さにし肩に手を置いた。

 

 

「一緒に楽しもうな」

 

 

ニカッと笑ってそう言いのけた。

 

 

「……はい……」

 

 

わずかに声が震えていた。

 

 

「よしこれで班編成は全員終わりか。俺は職員室に戻るから親睦でも深めとけよ」

 

 

名簿を片手に丸ちゃんは教室を出て行った。

 

 

「円、さっきの紙はなんだ?それに丸ちゃんが言ってたのって?」

 

「なんでもないよ。円この前まで行かないって言ってたからじゃないかな」

 

「もらってた紙は?」

 

「円には難しくてわからないけどお金のことだと思う」

 

「そうなのか。円みたいな娘だと親も大変だな」

 

「ぬっ!円は愛されてるよ!」

 

 

円は腰に手を当てふくれた。

いらない心配のようだ。

 

 

「ほらほら、2人で親睦深めてないでみんなで話しましょ」

唯の提案で机をくっつけて円との親睦を深めることにした。

 

「円ちゃんは〜どこにお住いなんですか〜?」

 

「俺の家から見てみんなとは逆の隣町だそうだ」

 

「誕生日はいつなの?」

 

「12月だそうだ」

 

「高い高いしてやろうか?」

 

「してほしいけど子供じゃないからいいそうだ」

 

「なんで慶ちんが答えてるの?」

 

「恥ずかしがって俺にぼそぼそと答えてるからだよ」

 

 

みんなで親睦を深めてるはずがすっかりと俺と円の親睦が深まっていく。

 

 

「円、自分で答えたらいいじゃないか」

 

「だって慶兄…恥ずかしいんだもん」

 

「それじゃ意味がない。よし、お前はここに座れ。俺はここで傍観させてもらう」

 

円を唯と里優の間に座らせ俺は竜祈と拓郎の間

そして円と対面になるように座った。

それから時間になるまで質問攻めが続く。

 

 

円は隙間のない質問に

「ぬっ、ぬっ、ぬっ、ぬっ、ぬっ、ぬっ、ぬっ…」

と困惑するばかりで時々俺を見て

「ぬ〜〜〜〜〜〜〜」

と助けを求めてきたが

逆に質問してやった。

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チャイムが鳴るとそれぞれが自分のクラスに戻っていったが

円は机につっぷしている。

 

 

「お疲れさん」

 

「ぬ〜、慶兄疲れたよ〜」

 

「修行が足りないな。まあそのうち仲良くなれるさ」

 

「そうだと嬉しい。円頑張る」

始業のチャイムが鳴り円はそう言い残しクラスに戻っていった

 

 

「円って面白いわね。小さい子供相手してるみたい」

口に手を当て唯はクスクス笑っている

 

 

「それ言うと円に反撃されるぞ」

 

「僕のようにだよね」

拓郎はてへっと笑って頭を掻いていた。

 

 

「みんなと仲良くなりたいんだとさ。協力してくれよ」

 

「そうね。せっかく同じ班になったんだし、それに悪い子じゃないし」

 

「僕にはちょっとした天敵になりそうな気がするよ」

 

「まあそう言うなよ。そんなこと言ったらお前らに会った時の方がひどいと思うけどな」

 

「慶ちん、すごい言い草だね。そんなことないよね、唯?」

 

「拓郎と竜祈だとちょっとね。そうだ今日円を家に誘ってみない?」

確かにそれはみんなと仲良くなるにはもってこいの案だ。

 

 

 

 

 

 

「っという訳で俺の家で歓迎会をするからな」

 

「どういう訳だかわからないよ」

 

「そりゃ、まだ何も言ってないからな。いつもみんなで俺の家で話したり、飯食ったりしてるんだよ」

 

「ほわ〜、とても楽しそうだね。みんな仲良しなんだね」

 

「その中にお前も入るんだよ」

 

「ぬっ?え〜〜〜!そんな、円はいいよ」

円はわたわたし始めた。

 

 

「それじゃ仲良くなれないぞ」

 

「それは困るよ。どうしよう慶兄」

 

「だから俺の家にくればいいだろ?」

 

「ぬ〜、わかったよ。それでいつ行けばいいの?慶兄の家の場所円知らないよ」

 

「それは大丈夫だ。今からみんなで行くんだから」

 

 

俺の後ろからみんながぞろぞろとやってきた。

 

 

「やっほ〜円、一緒に帰ろう」

 

「円ちゃん、一緒にいきましょ〜」

 

 

女性陣が率先して円と仲良くなってくれるみたいだ。

しかし円は相変わらず俺の後ろからは出てこない。

 

 

「ほら、円。仲良くなるチャンスだぞ」

俺の前に出そうとするが

まさしくてこでも動かないという感じで後ろから出てこない。

 

 

 

ぐいっ、ぬっ、ぐいっ、ぬっ、ぐいっ、ぬっ、ぐいっ、ぬっ

 

 

「ふうふう…」

「ふうふう…」

 

 

ぐいっ、ぬっ、ぐいっ、ぬっ、ぐいっ、ぬっ、ぐいっ、ぬっ

 

 

「ふうふう…」

「ふうふう…」

 

「慶ちん、埒あかないからとりあえず行こうよ。僕お腹減ったよ」

 

 

その提案に従い円を引きずりながら学校を出た。

 

 

 

一路我が家を目指す6人。

 

 

いつもの如く前の方では俺と円を抜かした4人が盛り上がっていた。

 

 

「慶兄ごめんね。いつもならみんなと一緒にいるんだよね」

 

「まあな。でもお前も仲良くならないと修学旅行つまんなくなるだろ」

 

「うん!円頑張る!」

力強く拳を握る。

 

 

「そういえば円は食べれないものある?今から食材買いに行くんだけど」

 

 

唯に不意に話しかけられさっきまでの意気込みが消えている。

ついでに俺の隣からも消えていた。

 

 

空を見上げふっと息を吐いた。

 

 

「円、頑張るんだろ?」

円はうんうんと頷いて恐る恐る答えた

 

 

「円はピーマンが嫌いなの」

 

「ピーマンね。他には?」

 

「ハンバーグが好きなの」

 

「ハンバーグが好きなのね。わかったわ。買ってくるから先に行ってて」

唯と里優は近くのスーパーへ向っていった。

 

 

 

 

 

「僕は焼きそばがいい〜!」

と虚しくこだまが響く中を

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2人が去った後俺達は家を目指す。

拓郎も竜祈も俺達と一緒に歩いてくれた。

 

 

俺も少し話に夢中になっていると

「慶ちん、竜祈〜歩くの早いよ」

後ろを振り向くと拓郎と円が並んで歩いていた。

 

 

「悪い、話に夢中になっちまってよ」

 

「少しペース落とすか。唯達も買い物してるから遅くなるだろうしな」

 

 

それからはゆったりと歩き続けた。

しかし拓郎はいつも俺達と同じペースで歩くのになんでだろう?

考えながら歩いていると拓郎は隣にいてまた話に夢中になる。

 

 

 

気づくと拓郎は後ろにいて

「待ってよ〜」

と言ってくる。

 

 

そんなことを繰り返しながら家に着いた。

カバンから鍵を出しドアを開ける。

それぞれが自分の指定席に座っていく。

 

 

「慶ちん、お茶〜」

さっそくあつかましい注文が飛んでくる。

 

 

「自分でとれ」

 

 

そう言い返ししぶしぶ拓郎は冷蔵庫に向かう。

お茶の入ったペットボトルとコップをテーブルに置きみんなの分を用意する。

それを飲みながら俺達は話に夢中になっていった。

 

 

ふと気付けば円はドアの所で立ち尽くしていた。

 

 

「どうした?座ったら?」

俺は円に促した。

 

 

すると円は俺の耳元まで来て

「どこに座ればいい?みんなすぐに座ったから決まった場所があるんじゃないかなって思ったの」

 

 

唯や里優も後から来るからと思い

「そこなら誰も座らないからそこに座れよ」

2人がいつも座っている場所の間に座らせた。

 

 

円はちょこんと座ると俺達の会話の中に入ってくるわけでもなく

ただただ部屋を眺めたり会話を聞いて笑っていた。

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「おまたせしました〜」

 

 

そうこうしているうちに唯と里優が買い物を終え戻ってきた。

 

 

「里優ちゃん、今日のメニューは何〜?」

 

「できるまでのお楽しみです〜。すぐ作りますので待ってて下さい〜」

 

 

唯と里優は台所でせっせかと料理を始めた。

 

 

「円、手伝ってきたらいいんじゃないか?」

俺は円にきっかけを与えようと言ってみたが

料理とかできるのか疑問に思ってしまった。

 

 

「料理…できるか?」

 

 

「ぬ〜、お湯を入れて3分待つことしかできないよ」

思った通りの答えだったがなかなか切ない答えだ。

 

 

「なあ唯」

俺は何か円にできそうなことはないか台所に行き唯に聞いてみた。

 

 

「話は聞こえてたから丁度よかったかもしれないわね。それじゃこれにお湯を入れてもらおうかしら」

確かにこれなら円にもできる。

 

 

「円、ちょっと来てくれ」

 

 

不安そうな顔をしながら円はきた。

相変わらず俺の後ろにいて唯達に顔を合わさない。

 

 

唯は俺の後ろに回り込んで円と同じ目線になるよう腰をおとし手を握って話しかけた。

円は少し怯えているように見えた。

 

 

唯はそれがわかっていたのか笑顔を見せ

「人と話すのはまだ苦手なのかな?でもこれから一緒に苦手なものは潰していこう。ねっ?」

その言葉は優しさに満ち溢れていた。

 

 

円は少し俯いていたが

ばっと唯の胸の中に飛び込んだ。

俺も唯もこの光景を見ていたみんなが顔を見合わせ笑った。

 

 

「拓郎、竜祈運んで」

出来上がった料理を拓郎と竜祈が食卓へと運んで行く。

 

 

「円、これにお湯入れて」

「ぬっ!了解だよ!」

力強くポットを押しお湯を注ぐ。

 

 

待つこと3分

お湯を捨てソースを入れかき混ぜる。

 

 

「ねぇ、唯〜料理5つしかなかったけど誰か食べないの?」

 

「あら?拓郎焼きそばがよかったんでしょ?円、拓郎に作ったのあげて」

 

 

無言で拓郎に円が作った料理を渡す。

 

 

「はうっ!」

驚きすぎて天井を見上げた。

 

 

「これは?」

 

「ご注文の焼きそばよ。お湯を注いで3分でできるやつ」

 

「ううっ。嬉しいけど僕だけ別メニューは嫌だよ!」

 

「わかってるわよ。里優」

 

「拓郎さんは〜すぐに騙されてしまいますね〜。ちゃんとありますよ〜」

 

「里優ちゃんにもからかわれるようになったんだね、僕は」

 

「いいから食べようぜ拓郎。それは俺が里優にしこんだんだよ」

 

 

ケタケタと竜祈が笑っている。

 

 

「もう慣れてるからいいけどさ。よし!食べようか!」

できたての焼きそばと料理を持って食卓につき

「それでは…」

「いっただきま〜す!」

食事が開始する。

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「拓郎、お茶くれ」

 

「ほい、慶ちん醤油取って」

 

「ほらよ、竜祈お茶回して」

 

「そら、里優おかわり」

 

「は〜い、唯さ〜んおぼん取ってもらえますか〜」

 

「はい、円食べないの?」

 

「ピ…ピ…ピーマン」

 

 

今日のメインはピーマンの肉詰めだ。

思い返せば円はピーマンが嫌いだとしっかりと唯に言っていた。

 

 

まさか唯は円が嫌いなのか?

 

 

「さっき言ったでしょ?苦手なものを潰していこうって。まずはピーマンから克服しましょ」

 

「ぬ〜」

 

 

涙目で俺を見つめてくる。

 

 

「そんな目で見ても助けないからな」

 

「ぬ〜」

 

 

次に竜祈を見る。

 

 

「なんだ?食べないなら俺にくれよ」

箸が円の皿へとのびていく。

 

 

「竜祈さん!駄目ですよ!」

 

「すまん。こら円!里優が作った料理を残すなんてお父さん許さないわよ!」

 

 

つっこみどころが多いセリフを吐くのは止めてくれ。

 

 

「ぬ〜」

拓郎に目線が移った瞬間里優に移った。

 

 

「って僕はスルー?うほん!いいか円!ちゃんと食べないと僕みたいになれないぞ!」

胸を張って言いきった。

 

 

「円ちゃん。これぐらいなら食べれますよね〜?はい、あ〜んしてくださ〜い」

明らかに肉の量を多く切って円の口元に運んだ。

円はみんなの顔を見渡し大きく頷き口を開け目を閉じた。

 

 

「また僕だけスルーだったよね?何気に里優ちゃんもスルーしてたよね?」

ううっと唸りながら箸を握りしめ涙を流している。

 

里優の箸が円の口にほぼ肉を運び入れた。

ゆっくりと口が閉まり顎が上下し始める。

俺達はその様子を固唾を飲んで見守った。

ついにピーマンが……いや、ほぼ肉が円の胃袋に収まった。

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「おお〜!」

 

 

歓声と拍手が部屋の中に響き渡る。

 

 

円は何故か俺のところまで来て

「慶兄、食べれたよ。全然ピーマンの味しなかったもん」

そりゃほぼ肉だったからな。

っと言ってやりたかったが喜んでいるところに水を差すわけにはいかない。

 

 

「もう1回食べるところがみたいな」

 

 

すると円は大慌てで自分が座っていたところに戻った。

しかし箸をつけようとする手が止まる。

どうやら本能が体を支配いてしまったようだ。

 

 

「はい、円口あけて」

 

 

今度は唯が口元まで運ぶ。

さすがは唯!

さっきよりは割合が増えている。

今度も口を開き目を閉じた。

さっきよりは早く口の中に入れ飲み込んだ。

 

 

また円は俺のところまで来て

「もう円食べれるよ!」

と報告していく。

 

 

「それじゃ、今度は自分で食べてみろよ」

「わかった」

 

 

またすぐに席につき箸をつける。

今度は1度も止まることなく口まで運び食べ始めた。

 

 

「ぬ〜〜〜〜!」

 

 

途端に円は悶え始める。

そりゃそうだ、今までほぼ肉を食べていたんだから残されているのは

ほぼピーマンだ。

 

 

「円、無理しなくていいのよ」

 

「そうですよ〜円ちゃん」

唯と里優が心配になって聞いたが円は首を振りなんとか飲み込んだ。

 

 

「円食べれたよ」

 

 

少し涙目になりながら笑っていた。

すると唯と里優は円に抱きつき頭を撫でた。

円は照れながらさらに嬉しそうな顔で笑った。

-14ページ-

「そろそろ始めるか。っと言っても敗者はわかりきっているのだがな」

竜祈は俺をちらりと見て鼻で笑った。

 

 

「何を言ってるんだ?里優と付き合い始めてから勝率下がってる人もいるんだけどな」

 

「ほう?上等じゃねぇか」

 

 

2人の間に火花が散る。

円はそれをみてきょとんとしていた。

 

 

「いつも食べ終わった後はお皿洗いのジャンケンをしてるのよ。負けた人が全員分洗う過酷な対決なの。でも大体慶が洗うことになるんだけどね」

円はおおっと驚きコクコクと頷いた。

 

 

「唯、一言多いぞ」

 

「八つ当たりとはだせぇぞ、慶斗」

 

「ふん、結果で示してやるからな」

 

「じゃあいくか」

 

 

食事終わり恒例の行事の開幕を告げる

 

「じゃ〜んけ〜んほい!」

「じゃ〜んけ〜んぬっ!」

-15ページ-

戦いは熾烈を極め歓喜の声と落胆の声が入り混じる。

一撃でとどめを刺すこともあり時には長時間の戦いになる時もあった。

 

 

長い長い戦いに今終止符が打たれようとしている。

 

 

「慶ちんが残ってないのはおかしいよ」

 

 

最後の勝負に俺がいないのが不満のご様子だ

 

 

「ぬ〜…」

 

 

もう1人の生き残りの円は少し落ちこんでいるように見える。

 

 

「よし!円最後の勝負だ!僕には秘儀があるんだ。くらえ〜!」

 

 

そういうと拓郎は野球拳を思わせる動きを始めた。

すると円は目を輝かせ拓郎と同じ動きを始めた。

 

 

「なんだこの2人は?」

 

「すごいわ…共鳴し合ってる」

 

「でもなんなんだこの動きは?」

 

「朝にやってる〜小さな子向けの番組のジャンケン拳の動きですね〜。結構人気あるコーナーなんですよ〜」

 

 

そして今両者の拳は振り下ろされ決着はついた。

-16ページ-

各々自分で使った食器をシンクへ置いていく。

 

敗者を残し部屋に戻る。

 

 

しばらく経つと敗者は耳元で

「慶兄、洗剤なくなちゃった」

と言ってきた。

 

 

台所にいき戸棚などを調べたが見当たらない。

 

 

「おかしいな。いつもここに置いてあるんだけどな。唯、ストックないのか?」

 

「この前買ってきたわよ。どこに置いたのかしら?あっ、竜祈、片づけてくれたわよね?どこに置いたの?」

 

「そういえば片づけたな。適当に置いたから確かここか」

 

 

上の戸棚の1番上に置かれていた。

 

 

「もう、竜祈しかとれないじゃない。取ってあげて」

 

「はいよ」

 

 

洗剤を取ろうと伸ばした手は止まり

「ぬ〜!」

円を持ち上げた。

 

 

「どうだ?これで取れるだろ?」

 

「ぬっ!」

 

 

洗剤を取り終えた円を下し部屋に戻っていく竜祈を円が輝く目で追っていた。

皿洗いが終わった円を交えてまったりといていた。

-17ページ-

「それでは〜そろそろ私帰りますね〜」

 

「もうそんな時間か。じゃあ帰るか」

 

「それじゃ僕も帰ろうかな。もう眠いや」

 

「私も帰ろうかしら。1人だと少し怖いし」

 

 

みんなが玄関に向かう。

俺は玄関まで見送るため立ち上がると円も一緒についてきた。

 

 

「円も帰るのか?」

 

「円もお見送りするよ」

 

 

靴を履き終えたみんなは玄関を開けた。

 

 

「また明日な」

 

「お邪魔しました〜。また明日〜」

 

「まったね〜」

 

「それじゃ明日ね」

 

「ああ、またな」

 

 

円は何も言わずに手を振るだけだった。

ドアが閉まる寸前に円は飛び出し

「ぬっ!?」

見事にドアにぶつかった。

 

 

「ちょっと円大丈夫?」

すぐに唯は駆け付けた。

 

 

「ぬ〜、え…あの…ぬ…」

 

「どうしたの?」

 

「えっと…あの…また…ね」

 

 

恥ずかしくて顔上げられないのか俯いたままだったが精一杯言った。

 

 

「うん、また明日ね」

唯は頭を撫でて答えみんなと帰っていった。

 

 

みんなを見送った後俺と円はテレビを見ながらまったりといていた。

 

 

「慶兄、今日はすごい楽しかったよ」

 

「あぁ、あまり喋れなかったけどな」

 

「でもちゃんと別れの挨拶できたもん」

 

「お前にしちゃ大きな進歩だからな。それにしても俺にはこんなにべらべらと話すのにな」

 

「円はそんなマシンガントークじゃないよ」

 

「言ってるそばからよく喋るな」

 

「ぬっ!これは喋らされてるんだよ」

 

「そういうことにしとくよ」

 

「そうなんだもん!」

 

「わかったよ。俺の話術はすごいものを持ってるんだな」

 

「そうだ慶兄。みんなのことなんて呼べばいいのかな?」

 

「うん?なんでもいいんじゃないか?」

 

「円も唯さん、里優さんって呼んだ方がいいのかな?」

 

「唯はさん付けはあまり好きじゃないからな。里優はあまり気にしなさそうだからそれでもいいとは思う」

 

 

俺と円は真剣に考え始めた。

 

 

 

 

 

 

考えがまとまり2人とも納得のいく結論が出た。

 

 

「じゃあ明日からそれで呼んでみろよ。いやそうならまた考えよう」

 

「わかったよ。明日頑張って呼んでみるね」

 

「まずは話しかけるとこから始まるのか」

 

「慶兄…それが大問題だよ」

 

 

 

2人とも黙り込んでしまった

 

 

 

「円もそろそろ帰るね。遅くなちゃった」

 

「もうこんな時間か。近くまで送るよ」

 

「大丈夫だよ。それに慶兄に玄関で見送られたいんだよ」

変なことをいう奴だと思ったが円の希望を叶えることにした。

 

 

「それじゃ慶兄、またね」

 

「あぁ、またな。気をつけて帰れよ」

 

「うん。またね」

 

 

玄関が閉まり今日1日が終わった。

-18ページ-

今日も早く起きれた。

バイトをしていた成果がこんなところに出るとは思ってもみなかった。

 

 

朝飯を食べ学校に行く支度をする。

 

 

支度する合間にみた天気予報によると今日は1日快晴で

雨の降る気配はないらしい。

 

 

「やっぱり昨日はたまたま降っただけだな」

 

 

意気揚揚と学校に向かう。

通学路にいた生徒達は俺を見るなり鞄の中を見だした。

 

 

どうやら折りたたみ傘を確認しているらしい。

 

 

そんな心配はまったくしなくていいのに。

 

 

「あら?慶?おはよう」

 

「あぁ、唯。おはよう。見てみろよ、俺を見るたびみんな鞄の中を…って唯、何してるんだ?」

 

 

さっと唯は顔を上げ鞄を後ろへ隠し

「ううん、何でもないわよ。宿題のノート持ってきたかなって思って。ははっ」

 

「昨日は宿題は出てないぞ」

 

「じゃあ、予習した時のノートかな。そんな事より教室に行きましょ」

唯は足早に教室に向かい始めた。

 

 

「相変わらず嘘が下手だな」

頭を掻きながら唯の後追った。

-19ページ-

朝のホームルームが始まる。

 

 

「なんだ神林、今日も早いな。みんな折りたたみ傘持ってきてるか?」

 

「だから俺のせいじゃないっすよ」

 

「冗談だ神林。今日は特に連絡事項はないからこれで終わりな。よし!今日1日頑張るぞ!せーの!おー!」

 

 

熱き漢丸ちゃん

熱すぎる

 

 

「私達帰った後は円とどんな話をしたの?」

 

「これと言って特別なことは話してないな。強いて言えば…」

 

「言えば?」

 

「みんなの呼び方を決めたくらいかな。最初はさん付けにしようかと思ってたみたいだけど」

 

「私は嫌かな。里優は特別いいけど同じ年の子にさん付けはされたくないもの」

 

「そういうと思って呼び捨てでいいんじゃないかって言ったんだけど、円が嫌がってな。ぬっ、円には円の立場があるんだよってな」

 

「気にしなくてもいいのにね。友達なんだから」

 

「そこで考えに考えた結果1つの案にまとまった」

 

「私はなんて呼ばれるの?」

 

「円に呼ばれるまでの楽しみにしとけよ。話しかけてきたらの話だけどな」

 

「今のところは大問題ね。私から話しかけるのはあり?」

 

「それでもいいけど円の為にならないかもしれないな」

 

「そうね。帰りまで我慢してみるわ」

 

 

休み時間になっても、昼飯の時間になっても、円が教室にくることはなかった。

今日は休みなのかと思い帰る前に円のクラスを覗いた。

 

 

「円、今日来てたのか。俺達のとこに来なかったから休みかと思ったぞ」

 

「あっ、慶兄。ごめんね。何回も行こうとしたんだけど緊張しちゃって」

 

「円らしいな。今日は家に来るのか?」

 

「ぬっ!当たり前だよ。頑張って昨日の成果を出すんだもん」

 

「よし、その意気だ!」

 

「ぬっ!円頑張る!」

 

「みんな下駄箱で待ってるから行くか」

 

 

 

俺達はみんなの待つ下駄箱へ向かった。

相変わらず円は俺の制服を掴みながら後ろについて歩いていた。

下駄箱で待つ4人は俺達の姿を見て笑っていた。

俺から今日の円の意気込みを聞いていたが相変わらずの円に笑ってしまったのだろう。

 

 

今日は昨日買い出しに行った為食材はある。

 

 

6人で帰り道を歩く

俺と唯と拓郎は3人で先頭を歩き

その後ろに竜祈と里優が並んで歩く

1番後ろに円がついて歩いていた

気づくと拓郎はいなく1番後ろにいて円と何も話さずに歩いていた。

 

 

「慶ちん、待ってよ。早いよ〜」

 

「そうか?いつも通りだと思うけど。いつの間にか体が鍛えられてるのかな?」

 

「そうね、慶は元々運動していた人だもんね」

 

少しペースを落とし歩いていると拓郎は先頭に戻っていた。

 

暫らくするとまた拓郎はいなく1番後ろにいて

「早いよ〜」

っと言ってくる

 

 

この中でのスピードキングなんだなっと誇ってみたものの微妙な称号だとも思った。

-20ページ-

家に着くと各々いつもの場所に座り話し始める。

 

 

俺はいつ円が切り出すか気になってしょうがない。

今か今かと待っていたが話を聞いて笑っているか話かけられても頷くばかりで

まったく行動を起こす気配を感じさせない。

 

 

そうこうしている内に飯の時間になり唯と里優が支度を始めた。

 

 

「ほら円、今から行って手伝いながら切り出してこいよ」

 

「ぬ〜、緊張しちゃって手伝いにいくチャンスまで見逃しちゃったよ」

 

 

俺達はひそひそと話し始めた。

 

 

「なんでだよ。今からでも遅くはないだろ?」

 

「だって慶兄…後ろ…」

 

「後ろがどうしたんだ?」

 

 

後ろを振り向くと唯と里優が料理を運び始めていた。

 

 

「どうしたの慶?早く運んで食べましょ」

 

 

確かに遅かった。

 

 

「なんでこんなに早いんだ?」

 

「昨日のうちにある程度用意してたのよ。これが毎日作るコツね」

 

 

今日に限ってはいらないコツだったかもしれない。

 

 

「いただきま〜す」

 

 

かくして食事が始まってしまった。

しかし今日の円の意気込みを知っているせいか誰も話さずに黙々と食べている。

 

 

まずい、このままでは今日が終わってしまう。

どうするべきか考えていた。

 

 

「竜祈、醤油取ってくれ」

 

「あっあっ、おっおっお醤油ね。どうぞ」

お醤油って、動揺しすぎて気持ち悪い。

 

 

「慶ちん、次僕に頂戴」

 

「あいよ」

なんとか打開する方法はないのかと延々と考えた。

 

 

「拓郎さ〜ん、次いいですか〜?」

 

「はい、里優ちゃん」

 

「里優、私もいい?」

 

「どうぞ〜唯さん」

 

「唯、その流れで俺にもくれよ」

 

「はいはい、ちょっと汚れてるわね。慶、ふきんもらえる?」

 

「ん?あぁ」

 

「はいどうぞ」

 

「悪いな」

 

「……竜兄…円にも…貸して…」

 

「はいよ」

 

 

暫く沈黙が続いた。

どうにか円に切り出させないと

って

「今俺のことなんて呼んだ?」

 

 

 

「……竜兄……」

 

 

 

俺が考えている間に動いていた。

 

 

「里優、聞いたか?円が俺のこと竜兄って。おお〜!父さん腹を痛めて産んだ甲斐があったぞ〜!」

昨日に引き続き突っ込みどころが多い。

 

 

「あの…唯姉、里優ちゃん……昨日の…ご飯…すごい美味しかったよ」

 

「竜祈さん、円ちゃんが…里優ちゃんって呼んでくれました〜。ママとても嬉しいです〜」

あの彼氏あってこの彼女ありだな。

 

 

「慶、これが昨日考えたやつ?」

 

「そうだけど嫌だったか?」

 

「ううん、全然。すごい嬉しいわ」

 

名前を初めて呼ばれた3人は大盛り上がりで

円にどんどん言わせようとしていた。

 

 

まだたどたどしくだけど3人と話せるようになった。

 

 

その輪を見て俺も嬉しくなったが隣の男は納得していなかった。

 

 

「僕だけまだ呼ばれてないんだけど」

 

「お前は聞かない方がいいなじゃないか?2人とも納得する答えが出て似合うんだけど拓郎には微妙かもしれないからな」

 

「ふん、慶ちん。なめてもらっては困るな。僕の心は海より深く広いんだよ」

 

「ふ〜ん。円言ってやれよ」

 

「へい!カモン!円!」

 

 

円は戸惑っていたが俺と目が合い頷くと拓郎の目を見て

「拓坊!」

言いのけた。

 

 

「はうっ!」

 

 

驚きのあまり天井を見上げている。

 

 

「何を〜!拓郎お兄様だろ!」

 

「ぬっ!拓坊!」

 

 

やっぱり言い争いが始まった。

 

 

拓郎の心はそこら辺にできた水溜り程度だった。

-21ページ-

暫く続いた喧噪がやみお茶をすする音が響く。

拓郎の熱はまだ冷めていないようだがさすがに疲れ果てたようだ。

 

 

一方の円もすっかりと大人しくなりぬ〜っとじゃなくぼ〜っといていた。

竜祈と里優は名前を呼ばれた事が相当嬉しかったのか、未だにパパがママがと言い合っている。

 

 

円が来て2日目にしてこの馴染みようは俺達らしいと思った。

確か里優が初めてきた日からすぐに仲良くなった気がする。

今では竜祈の彼女でもあるし俺達は意外とフレンドリーな人間達だったんだな。

 

 

「じゃあ僕そろそろ帰らないと」

いつもより拓郎が帰り始めた。

 

 

「あぁ、じゃあな」

 

「拓郎さん、お気をつけて〜」

 

「おお、じゃあな」

 

「じゃあね、拓郎」

 

「って僕1人ですか〜!?」

 

 

とぼとぼと玄関に向かう。

その後ろを姿を誰も追う者もなくそれに気づいた拓郎はさらにしょぼんと歩き玄関を開けた。

とことこと円がついて行った。

 

 

「またね、拓坊」

 

「う〜、円だけだよ〜」

そういい円に抱きついた。

 

 

「ぬ〜!離れて〜。ぬ〜!暑いよ〜!」

拓郎の腕の中で大暴れしていた。

玄関での激戦をよそに俺達のお茶タイムは続く。

-22ページ-

「なんだかかんだであいつら気が合うのかな?」

 

「似たような空気を持ってるしな」

 

「いつか2人で組んで何かしでかすんじゃない?」

 

「そうですよね〜。1番仲良くなるんじゃないでしょうか〜」

 

 

みんなも同じ意見を持っているようだ。

 

あの人見知りをしていてなかなか話出せずにいた円が

1番最初に話したのが拓郎だったしな。

 

 

 

文句だったけど…

 

 

 

「もう聞いてよ慶ちん。円が僕の熱い抱擁を拒むんだよ」

 

「そりゃそうだろ。俺でも拒む。それに仮にも円は女の子だしな」

 

「ぬっ!?仮にもじゃなくて円は女の子だよ!」

 

「そうかそうか、悪い」

 

「女の子とか関係ないよ。外国の人かよくやってるじゃん」

 

「なら唯と里優にもやってみな」

 

「よし、慶ちん見てなよ。ほら〜唯〜……あっ…」

 

「どうした?」

 

 

唯の眼を見ると明らかに冷たく

そして頑なな拒絶の色を見せていた。

 

 

氷ついた拓郎は眼で俺にチェンジしていいかを聞いてきた。

あの眼をしている唯に何かするのは俺でも無理だと思い静かに頷いた。

 

 

「さあ〜、里優ちゃ〜ん。カモン!」

そういうと里優はきょろきょろし始めた。

 

 

「どうしたの?里優ちゃん。カモ〜ン!」

拓郎は両腕を大きく広げて待っていたが

「前に味わった視線がきてるよ」

ひきつった顔をしながら話しかけてきた。

 

 

「前に?」

 

 

俺もその鋭い視線を感じそちらを見た。

竜祈の視線が突き刺さっている。

 

 

「拓郎…お前は頑張ったよ。もう休んでもいいんじゃないか?」

 

「うぅ…そうだね。僕もお茶でも飲むよ」

再びいつもの席にみんなが座った。

-23ページ-

たわいもない会話で時間が過ぎていく。

 

 

「そういえばさ、拓郎帰るんじゃんかったか?」

 

「あぁ!すっかり忘れてた。今日はやりたいことがあったんだ!」

 

「やりことって何?」

 

「それは唯でも言えないな。その内わかるよ。僕帰るね」

 

「じゃあ俺もそろそろ帰るかな」

 

 

そういうと同じ方面に帰る4人は一斉に立ち上がり帰り支度を始める。

 

 

「円はどうするんだ?」

 

「みんなを送ってから帰るよ」

 

 

玄関が空きそれぞれが別れの言葉を発する。

それに円は1人ずつに

「またね」

と返していく。

 

 

それが終わると少し後から円も俺に

「またね」

と声をかけ帰路についた。

-24ページ-

それから俺達は6人でいることが多くなった。

円もあまり自分からは話しかけたりはしなかったが、最近ではうるさいぐらいに話に入ってくる。

初めてバイトで会った印象に近くなっている気がする。

本来の円の姿はこうなのだろう。

 

 

それにしても

「へへへ、いただき!」

 

「ぬ〜!!それ円が最後に食べようと残してたやつだよ!」

 

「早いもの勝ちだもんね」

 

「ぬ〜!」

いつも拓郎と喧嘩する時の謎な踊りというか動きも本来の姿なのだろうか?

 

 

「ねぇ、唯姉。これはどうやって切ればいいの?」

 

「それは一口サイズに切ってくれる。うん、それぐらいでいいわよ」

 

 

最近では台所は女の園とかしている。

円が自分から料理ができるようになりたいと唯に教わっていた。

唯に教わり失敗した時は里優に慰めてもらいながら頑張っていた。

 

 

男3人は台所から聞こえてくる

「ぬ!」

という声が何回聞こえてくるかを当てるゲームがはじまっていることも知らずに。

 

 

何回失敗しても何回手を切っても頑張り続けているが

料理を見た瞬間に何を手伝ったかがわかるあたりが

円の不器用さを物語っている。

 

 

「慶兄美味しい?」

 

「あぁ、美味いよ」

 

 

その言葉で円はとても嬉しそうな顔を見せる。

その内1人で作るとか言い出したら恐ろしいことになりそうだ。

-25ページ-

俺はあることに気づき食後のお茶タイムにみんなに話を切り出した。

 

 

「俺にとって重要なことを話す」

 

「なんだよ慶斗、真面目な顔をして」

 

「何があったの慶?悩んでるなら話してみなよ」

 

「まさか慶ちん、僕のことが好きだって言い出すんじゃ…でも慶ちんなら…」

とりあえず頬に拳を入れておいた。

 

 

「どうしたの慶兄、なんか怖いよ」

 

「そうですよ〜、もしかして今日のお料理美味しくなかったですか〜?」

 

「いや、いつも通り美味しかったよ」

 

「そうですか〜、それならよかったです〜。円ちゃんも一生懸命手伝ってくれましたから〜」

 

「今日は今までで1番の出来だったもん。唯姉にも褒められたんだよ」

 

「少しずつ上手くなってきてるわよ。その内私なんか抜かれちゃいそう」

 

「ぬっ、それなら今度円1人で作ってみるよ」

 

女の子3人はどんどん盛り上がっていく。

やばい、このままだと円の手料理を食べるはめに。

-26ページ-

っとその前に話さないといけないことがあった。

 

 

「話は戻るけど…」

 

「なんだよ慶斗、真面目な顔をして」

 

「何があったの慶?悩んでるなら話してみなよ」

 

「まさか慶ちん、僕のことが好きだって言い出すんじゃ…でも慶ちんなら…」

とりあえず頬に拳を入れておいた。

 

 

「どうしたの慶兄、なんか怖いよ」

 

「そうですよ〜、もしかして今日のお料理美味しくなかったですか〜?」

 

「いや、いつも通り美味しかったよ」

 

「そうですか〜、それならよかったです〜。円ちゃんも一生懸命手伝ってくれましたから〜」

 

「今日は今までで1番の出来だったもん。唯姉にも褒められたんだよ」

 

「少しずつ上手くなってきてるわよ。その内私なんか抜かれちゃいそう」

 

「ぬっ、それなら今度円1人で作ってみるよ」

 

「ってそれじゃさっきの繰り返しだろ。あのな、円もよく来るってことでテーブルが少し小さい気がするんだ」

 

「確かに食べる時に手が良く当たるわね」

 

「それで今度の休みに買いに行こうと思うんだけど誰か一緒に行かないか?運んだりするから手伝って欲しいんだ」

 

「僕暇だよ」

拓郎を先頭にみんな暇にしていたらしく全員でいくことになってしまった。

できれば少ない人数の方がよかった。

 

説明
夏休みも終わって次のビッグイベント……修学旅行。
班を作ろうにもあと1人足りないなぁ。
人を探して歩いていると1人女の子とぶつかった。
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