真・恋姫無双外史 〜昇竜伝、地〜 第一章 名もなき女神
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真・恋姫無双外史 〜昇竜伝、地〜

 

第一章 名もなき女神

 

(一)

 

 ……天井。本当に生きてたんだ、俺。

 

 光に反射した埃が力無く空中に漂っている。何となく朝ではないかと予測はできるものの、起き上がろうとしても……。

 

 ……駄目だ。身体が重くて、全然動かない。

 

 何かが光を遮り、影が落ちる。

 

 顔を覗かせたのは夢現にみた女神。肩を大胆に晒したドレスのように、布に身を包んでいる。

 

 この人は確か、俺の命の恩人……。死んでいないと、俺に教えてくれた人だ。

 

「……やっぱり、……女神じゃないのか?」

 

「……まだ言うか、この痴れ者が」

 

 溜息を吐きながら、傷だらけの腕を俺の背中へと回す。彼女の長く艶やかな黒髪が目の前で流れ落ちていく。

 

 軽々と俺を抱き起こし嫌がることなく身体を支えると、味がしない水のような粥を掬って少しずつ流し込んでくれる。

 

 ――どうしてこの人は、俺の面倒をここまで見てくれるのだろうか?

 

 疑問は意識と共に、闇の中へと溶けていく。

 

 何、だろう。俺、怒られ、てる……。

 

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(二)

 

 身体が動く。……力が入らなかった身体が動く。

 

 カコンと音がした方へ顔を向けると、その眩しさに眼を細めた。

 

 ゆっくりと起き上がり、目が慣れるのを待つ。

 

 意識と共に、その姿がはっきりとしていく。日溜まりの中、椅子に座っているのは……

 

「……目が覚めたか」

 

 俺を助けてくれた女の子で間違いない。――今度は首から下を布で隠して、ぴくりと動くことなく俺を見据えていた。

 

 彼女の綺麗な黒髪が日差しを受けて流れていく。

 

 ……あれ? 睨まれた。――あぁ!!

 

「お、おはよう、ございます!」

 

 彼女は静かに頷くと、視線を窓の外へと向けてしまった。

 

 ……っと、ずっと見てたら失礼だよな、うん。

 

 無理やり視線を逸らしても、なんだか落ち着かない。

 

 ……そわそわそわ。

 

 知らず知らずに彼女を盗み見ていたりして、

 

 ――チラッ。

 

 彼女の黒い瞳に、意図も容易く捉えられてしまうのだ。

 

「――っ」

 

 慌てて視線を逸らすと、壁に飾られた一枚の書が俺の目に飛び込んできた。

 

 力強く書かれた『漢』の一文字。そこに血の跡が走り、天井まで飛び散っている。

 

 そういえば彼女が巻きつけている布にも、血の付いた跡が残っていたな。

 

 他の場所には何もない。いや、何かが置かれていた痕跡が残っている。つまり……。

 

 ……うん?

 

「……あ、っ」

 

 彼女は俯いてそわそわしたあと、窓の外へと再び視線を向けてしまう。

 

 原因はやっぱり……、俺だよなぁ。

 

 河で溺れて、――気が付いたら何だか温かくて、柔らかくて、心地良くって。あぁ、ここは天国なのだと。だから間近で彼女を一目見て、女神様だと思い込んでしまって……。思ったことを、そのまま口にしてしまったのだ。

 

 あたふたする姿は可愛い女の子そのもので、彼女はまだ俺が生きていることや、ここが生き地獄だということを教えてくれた。

 

 そこで初めて、彼女は俺を助けるために、裸で寄り添ってくれていたことに気が付いた。

 

 遠退く意識の中で、謝らないといけない気がした。――悲しそうな表情を浮かべたこの人に。

 

 ……なるべく意識しないように努めないと。このままじゃ埒が明かない。

 

「えっとさ! その……、お礼、言って無かったよね? 遅くなってごめん。助けてくれて本当に、本当にありがとう……」

 

 顔を上げると、彼女は俺を睨んでいた。しばらくして彼女は大きく息を吐き出す。

 

 そこから動くなと言って、また窓の外へと視線を向ける。

 

 動くなと言われても……

 

 すぐに限界が訪れた。

 

「あの……」

 

 彼女は俺を黙らせようと、凄まじい殺気を放つ。

 

「か、厠に……限界かも!」

 

 ガタリと音がしたあと、彼女から殺気が消え――、

 

「さ、さっさと済ましてこい! 外にでて壁沿い、左だ!」

 

 俺は超特急で厠へと向かうために、玄関の扉を開け放った。

 

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(三)

 

「――何だ、これ」

 

 外にある厠へと急ぎながら、俺は辺りを見渡す。

 

 踏み荒らされた田畑、遠くには焼け焦げた家、伸びる道の所々に人らしきものが転がっている。

 

「……ここは、賊に襲われた村なのか」

 

 助けられた俺はここに運ばれた。そんな経緯が一瞬で弾き出される。

 

 あの子が窓の外を気にしているのは、そういう理由か。

 

 ……それにしても、色々と事なきを得たって感じだな。

 

 用を澄ました後、身体の感覚を確かめる。身体が少し重いだけで、どこにも痛みは無く、また溺れたことによる後遺症もなさそ……っ!?

 

 手が震え出した。止まらない。

 

 震えは腕から肩へと伝わると、立つことすらままならなくなる。堪らず俺は壁に凭れかかるように、尻もちをついた。

 

「あははっ、やべっ、止まんねっ」

 

 そっか。俺、生き延びたんだ。本当に……。

 

 着水に成功しても、待っていたのは――死。

 

 引き摺り込まれるように沈む身体。抗うにも、水を吸った服が鉛のように重く、上手く泳ぐことができなかった。

 

 ……悔しかった。沢山の約束を、何一つ守れないことが。

 

 だけど、生きている。生きていれば約束を果すことができるし、この先もきっとどうにかなる。……だから助けてくれた彼女には、本当に感謝してもしきれない。

 

 ――お、震えが治まってきたな。

 

「よっと!」

 

 立ち上がり来た道を戻る。

 

 ……遅くなった理由とか聞かれないだろうな。

 

 聞かれたら何て答えようか? 震えてましたとか、今更すぎて何だか恥しいな。

 

 はっ!? まさか角を曲がると彼女が仁王立ちしてたり……

 

 流石にそれは、――って、何で人が倒れているんだよ!?

 

 急いで駆け寄るが、その人はすでに亡くなっていた。深い傷跡が背中に、右肩から斜めに生々しく残っている。

 

 ……開き扉が死角になって、気付かなかったのか。

 

 俺の気配を察したのか、家の中から彼女が話し掛けてきた。

 

「言いそびれていたが、そこにいるご老人に礼を。私達の命の恩人だ」

 

 扉を開けて彼女に問う。

 

「命の恩人? この人も俺の命の恩人なのか?」

 

「あぁ、そうだ。……寒い! さっさと締めて戻れ!」

 

 扉を締め、そのことに関して詳しく説明してもらう。

 

「私がお前を運んでここに辿りついたときには、ご老人はすでに殺され、……見て分かるように、金目のものはすべて盗まれていた」

 

 彼女が部屋を見渡すと、今度は視線を下にやる。そこには穴が掘られており、――血が流れたのか、すぐ傍には変色している箇所があった。

 

「そこに食糧が埋められていた。死ぬ間際に意地を見せられたのだろう。その場所を覆い隠すように蹲っておられた」

 

 外にいる老人の姿が、食糧が埋められていた場所と重なる。

 

「賊は埋められていた食糧に気付くこと無くここから去った。掘り出されずに済んだのはご老人が守り通したお陰だ。だから私もお前も飯にありつけ、今を生きていられる」

 

 『漢』の一文字を遠くに見据えながら、彼女は静かに言葉を紡いだ。

 

「私は……。不条理な暴力にただ涙を流すだけしかできない庶人を、一人でも多く救うことでこの恩に報いたい」

 

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(四)

 

「……そっか」

 

 目の前の男はそう言って、再び外に出ていく。――が、先ほどと同じように、しばらく経っても戻ってこない。

 

 何をしているのか気になって様子を窺うと、男は穴を掘っていた。それも人が隠れるほど深く。

 

 助けた賊は今すぐ斬り捨てなくても良さそうだ。少なからず、義の心を持ち合わせている。

 

 そっと扉から離れ、私は椅子へと腰を下ろした。

 

 あれだけ動ければ、身体はもう大丈夫なのだろう。だがあの男……

 

 ――何者だろうか。

 

 男が手にしていた宝剣からして、貴族の出かと思いきや、姿、格好は賊そのもの。

 

 だが男は仁、他者を慈しむ心を持ち合わせていた。

 

 ――何かが違う。

 

 そう思わせる何かが、この男にはあった。

 

 少なくとも私の周りに、あのような人物はいない。……悪びれることなく、歯の浮くような台詞で私を侮辱してくる者など。

 

 ……本心で言っているのだと、分かってしまうから性質が悪い。あの男の第一声が、頭にこびり付いて離れない。私の目を見て『綺麗だ』などと……。

 

 ……はぁ。そんな訳があるはずもないのに。……悪い夢を見ていたと、すべて忘れよう。でなければ本当に騙されてしまいそうだ。

 

 騙されたら……?

 

 なっ、私は何を考えてっ! ――兎に角! 害は為さないと決め付けるのは早計! 油断せず、しばらく様子を見るべきだろう!

 

 男に関してはひとまず整理がついた! 終わりだ!

 

 一番の問題へと、私は意識を切り替える。

 

 ――ま、まだ冀州に入ったばかり!

 

 そう、冀州に入ったばかりなのだ。

 

 道なき道を行こうが所詮は歩き。馬で移動している官士達にいずれ追いつかれるだろう。

 

「……どうしたものか」

 

 手配書も出回っているだろう。斬った相手が相手なだけに、間違いなく多額の懸賞金も掛けられているはずだ。おちおち街を歩くことすらままならない。

 

 だからこそ一刻も早く司州から距離を取らねばならない。

 

 ……この場所に長く留まるのは危険だ。

 

 だが移動するにも服が必要だ。今着ている服は襤褸切れで、さして裸と変わらない。今身体に巻いている布を外衣にしても、だ。……怪しい奴と、街中で尋問でもされたらどうする?

 

『待て、そこの黒髪の女。怪しいな。外衣を取れ。――なっ、は、半裸だと!? 変態っ、ぐぁぁっ!」

 

 ……こ、このままでは親から授かった名を、変態という二文字で穢すことになりかねん。それだけは避けなければっ。

 

「んん〜〜ッ!」

 

 身体に巻いた布を広げるように、大きく背伸びをする。

 

「はぁ〜。どうしたものか……」

 

 あの男の所為で、緊張の糸がぷつりと切れてしまった。

 

 ……とても静かで、日差しが暖かい。

 

 今まで起きた出来事がまるで嘘のような、夢のような時間が流れていく。

 

 そういえばあの男の名前を聞いていなかったな。ふんっ、命の恩人に名を名乗らんとは、何たる不届き者……。

 

 ……いや、待て。

 

 私は追われる身だ。男に名を知られるのは、非常に不味いのではないだろうか?

 

 どうしたものかと悩んでいると……

 

「――つ、疲れた」

 

 突然扉が開き、男が入ってくる。油断していた私に目もくれず、炊事場へと歩いていく。

 

 布で素早く身体を隠すと、喉を潤した男が戻ってくる。手にした服を自慢するかのように私に見せてきた。

 

「服屋で見つけたんだ」

 

「――何? 私が見た時は蛻の殻だったが」

 

「正確には服屋の作業場のごみ入れかな。そこに何着か捨てられててさ、試作品の失敗作かなぁ。素敵な衣装だと思うんだけど」

 

 そう言って男は寝床へと倒れ込んだ。そのまま寝ていれば良いものを、身体を起こして私に話しかけくる。

 

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(五)

 

「そうだ。改めて、御礼を言わせてほしいんだ。助けてくれて本当にありがとう。はい、これ――」

 

 彼女に服を渡そうと、立ち上がった瞬間――

 

「――あれっ?」

 

 刃物のように鋭く、冷たい視線が俺に向けられていた。

 

「それ以上私に近付けば、命の保証は無いと思え」

 

 低く、威嚇するような声に、俺はそっと元の位置へと戻る。

 

「私は賊と慣れ親しむつもりはない」

 

「賊? 服を勝手に持ってきたから、怒っているのか?」

 

 彼女は首を振る。

 

「そうではない……。壁に立てかけてあるそれだ」

 

 それは日の光を反射して、白刃の輝きを放つ両刃の剣。その剣身には金がふんだんに施され、その根元に埋め込まれた赤い宝玉が一際明るく輝いていた。

 

 全体的に淡緑の、劉備から奪い取った宝剣のことだ。

 

「賊の恰好をし、痩せ細った者がそのような剣を所持しているものか」

 

「確かにこの剣は俺のものじゃない。訳が合って――」

 

「待て、深呼吸する」

 

「へ? あ、うん」

 

 突然、大きく深呼吸する彼女。

 

「……良し。話せ」

 

 彼女は身構えると力強い視線を俺に向ける。

 

 余り深く考えず、俺は今までの経緯を掻い摘んで説明した。

 

 少し前まで楽快という賊と戦っていたこと。兵糧攻めを受ける中、義勇軍を率いていた劉備という男とその幹部達が裏切ったこと。決死隊の仲間達がこの剣を奪い取り、それを預かった俺は、奪い返そうとする劉備達に追い詰められて――。

 

 そして、思い浮かべる。楽快との戦いが終われば、共に邁進するはずだった少女の顔を。

 

 ……無事で、いるはずだよな? ――星。

 

 俺の窮地に駆けつけてくれた、――泣きそうになりながら、諦めるなと、最後まで励まし続けてくれた女の子の無事を願う。

 

「どうした?」

 

「……あ、いや、この剣をさ、劉備達から守り抜いたんだなって」

 

 皆が命を掛けて守り抜いた剣を見て思う。

 

 良い意味でも、悪い意味でも人を惹きつけるこの剣を、悪党の手に渡す訳にはいかない。

 

 それは正しい。絶対に間違っていない。

 

「それで今度はさ、この剣を本当の持ち主に届けなきゃいけないんだなって、思ってさ」

 

「……はっ?」

 

「いや、だから届けるの」

 

「届けるのか?」

 

 そう、届けるのだ。劉備は確か……、中山靖王劉勝の子孫だったはずだ。だとしたらこの剣がそれを証明するモノとみて、良いだろう。

 

 ――絶対に困っているはずだ。

 

「その剣を持っていた人物が偽物だと、何故別人だと思った?」

 

「仲間を平気で裏切る悪党がこの剣を持っていたから、かな? そうだな……。君が俺を見て、この剣の持ち主は俺じゃないって思ったのと同じくらいに、違和感ありありだったと思ってくれ」

 

 彼女は諦めに似た溜息を吐く。

 

「ならば本来の持ち主はどこにいる。……居場所が分からぬなら、どうすることもできまい」

 

「劉備は確か幽州啄郡の出身だったはずだよ。詳しくは分からない。だけど必ず幽州にいるはずだ。何たって始まりの土地だし、間違いないよ」

 

「始まりの土地?」

 

「あ、いや、こっちの話。気にしないでくれ」

 

 ――三国志の序盤、有名な桃園の誓い。劉備は幽州で旗揚げをする。

 

 そして俺には趙雲の居場所も見当が付いている。きっと近いうちに会える。

 

 訝しげな表情をしたあと、彼女は目を閉じた。

 

「……最後だ。もし、その男が本物の劉玄徳だったら、お前はどうするつもりだ?」

 

「ぶん殴る」

 

「いや、そういう意味では無いのだが……?」

 

「冗談でもそれは辛いな。でも大丈夫。確信はある。信じてくれって言っても、信じて貰えないだろうけどさ」

 

 だが彼女は首を縦にも横にも振らずに、

 

「お前の言葉が真か否か、いずれ分かることだ。それまで私はお前の言葉を信じて、その命を預けておいてやる」

 

「そっか……。ありがとう!」

 

「――だがもし嘘を吐いていたなら! まして、それ以前に怪しい素振りを少しでも見せてみろ! 天に代わってこの私が貴様を成敗してくれる!!」

 

 ……うん?

 

「ということは、幽州まで一緒だね。よろしく」

 

「――はぁ!? 何故私が貴様と一緒に行動せねばならんのだ!?」

 

「えっ? でも一緒にいないと確かめられないだろ?」

 

「そ、そんなことは――、ない!」

 

「ほら、その……、俺弱いからさ、返す前に賊に襲われて奪われでもしたら、洒落にならないだろ? 一緒にいてくれると心強いし……、この通り!」

 

 寝床で正座して、手を合わせてお願いする。

 

「知らん! 知らんぞ、私は!」

 

「あ、知らないと言えば名前! 命の恩人をいつまでも君って呼ぶのも、ね? 改めて、姓は北郷、名は一刀! これからよろしく!」

 

 無理やり話を変えると、彼女は言葉を詰まらせたあと、細い眉をぴくぴくと動かす。

 

 ……うっ、爆発寸前だな。でもこっちには命が掛っている。治安が悪い世の中だからこそ、独り歩きだけは絶対に避けたい。

 

「わ、我が名は関……、関……」

 

 ――関? はい、ストップ。……何、この嫌な予感。

 

「えっと、ちょっと待ってくれ。関さん」

 

「え? あ、あぁ……」

 

「その……、関さんの名前ってまさか」

 

「――っ!?」

 

 彼女がガタリと音を立てて、座っていた椅子から立ち上がる。

 

「いや、言う前からそんなリアクションって、えっと、……そんな反応されても困るんですけど?」

 

「……貴様、我が名を知っているのか!?」

 

「いや何となく。……もしかして、みたいな?」

 

「……ほぅ。では言ってみろ」

 

 じりじりと彼女が近付いてくるような……。気の所為か?

 

「……もしかして、『関羽』って名前だったり、っ!」

 

 彼女がニコッっと微笑むと急に悪寒が……。

 

 気の所為か黒いオーラが立ち込め、まるで大鎌を持ったあの人のような……。

 

 アレ? 死亡フラグ、キタコレ?

 

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(六)

 

「あは、あははははは、やっぱ人違いだよな!? あの関羽が俺を助けてくれるとか、いくらなんでも都合が良すぎるよな!!」

 

 だが彼女は否定も、肯定もしない。ただニコニコと俺の言葉の続きを待っている。

 

 ――あぁぁぁっ!! お、俺の馬鹿!! 名前を口籠るってことは、言い辛い何かがあるってことじゃないか!!

 

 前歴が前歴だけに、『もしかして』という期待に口走ってしまった。

 

 ――と、とにかく全力で勘違いだと誤魔化して、いや! こ、ここは無理やり話を変えよう!

 

「えっと、お腹空いたなぁ〜!」

 

 ……シャラシャラシャラ。

 

「――ちょっと待った!」

 

 ――何、その音! 金属か何かが地面に擦れる音がする!!

 

 じわっと迫る彼女がピタリと立ち止まり、『どうした?』と笑みを絶やさず首を傾ける。

 

「お、俺の勘違い! 謝る! ごめん!」

 

 突き出した両手を合わせて、合掌する。

 

「字は?」

 

 ――無視ですとっ!?

 

 ……シャラシャラシャラ。

 

「待って! 動かないで! 身体に巻いた布の中に、何が入ってるわけ!?」

 

 彼女は再び立ち止まると、俺にこう答えた。

 

「……字は?」

 

 ――流されちゃうのっ!? しかも字って!? ……えっ、何だっけ!?

 

「う、雲長――!」

 

「うんちょう? ――どうしてその者だと?」

 

「か、関さんは、俺が賊だと思ったよね?」

 

「思っている、だ」

 

「うっ、で、でも俺を助けてくれた。別に関さんに取って、良い事なんて何一つないのにさ!」

 

 彼女はじっと言葉を待っている。

 

「だから困っている人を放っておけない性格なんじゃないかなって……。それが俺の知る関羽って人にぴったりだったんだ。――それに、俺が尊敬している人の眼にそっくりで、その……、強くて真っ直ぐな瞳が……」

 

 彼女の澄んだ瞳に俺が映っていた。さぞかし間抜けな姿に映っているのだろう。

 

 『そうか』とだけ答えて、彼女は戻っていく。

 

 言ってて気が付いた。これって、ただの願望じゃないか。……関さんに凄く失礼なことをしてしまったな。

 

 彼女は『かんう、うんちょう』と、片言のように呟きながら物思いに耽けたあと、柔らかな表情を俺に向ける。

 

「どう書く?」

 

 不意打ちだった。俺はしどろもどろになってしまう。

 

「へっ!? ど、どうって……、鳥の羽に、字が――」

 

 俺の言葉を遮って、

 

「空浮かぶ『雲』……、頂きへ、か。……ふふっ、悪くない」

 

「……え?」

 

 擽ったそうに笑みを漏らして、窓の外を眺めてたあと、目線をこちらに向けて……

 

「……腹が減ったな」

 

 そう呟くと、名前を問う暇も与えてくれずに俺を急かす。

 

「ほら、腹が減ったのだろう? 動け! いー、ある! いー、ある!」

 

 しぶしぶ俺が立ち上がると、彼女は口元を緩ませて微笑んだ。

 

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(七)

 

「お粥できたよ」

 

「よし、そこに置いて離れろ」

 

 もぞもぞと関さんが炊事場へと動き出した。

 

『デデデン、デデデン、デデデデッ――』

 

 某怪獣のテーマを心の中で思い浮かべた途端、ギロリと睨まれた。

 

 ……ナンデモ、アリマセンヨ?

 

 巻き付けた布を引き摺りながら、もくもくと湯気が上がる器を手に取ると、のそのそと慎重に定位置へと戻っていく。

 

 その姿に何故か笑いが込み上げてくる。

 

「どこの寒がりだよ」

 

 その一言に彼女は振り返ると、恨めしそうに俺を睨む。怖くない。むしろ可愛い。

 

「うるさい! 好きでこのような格好をしているのではない!」

 

 そう叫ぶと、関さんはふーんと目を細める。

 

「そうか。北郷殿は命の恩人が服で困っているのに、見て見ぬ振りをするのか。そうかそうか」

 

「すぐに用意させて頂きます!」

 

 現代風の服をざっと並べて……。

 

「気に入らなくても、文句言わないで着てくれよ?」

 

「この際だ。贅沢は言わん」

 

「言質取った! ふっふっふっ」

 

「お、おい?」

 

 ……そうだな。彼女の真面目そうな印象を残しつつ、清潔感を出そう。まずは白のブラウスかな。襟元に何かアクセントがほしいけど、贅沢は言えないか。深緑のスカートは控えめに広がる感じで、膝下まであるのを選んでと……。

 

「――いや、待てよ? やはりこの魅惑の黒ニーソを活かさないでどうする! スカートは膝上十センチ以上にして、ときめく夢を詰め込もうじゃないか! くっ、我ながら恐ろしい」

 

「――却下だ!」

 

「…………?」

 

「却下だ! 聞こえている癖に首を傾げるな! ――お前の言動が怪しすぎる。兎に角却下だ!」

 

「くっ、仕方ない! ……だが選ぶ権利は俺にある! 予定通りこれと、これ。そして、これだっ! ――できたっ!!」

 

「もう良い! 食後に私が――」

 

「えい!」

 

 俺は余っていた服を火の中へと放り捨てた。

 

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(八)

 

「風邪を引いたら大変だ! さぁ、早く着替えたほうが良い!」

 

 関さんが食事を終えたのを見計らって外に出た俺は、彼女が着替え終わるのを心躍らせながら待っていた。

 

「時代を先取りする人っているもんだなぁ〜」

 

 どちらかというと、現代的な衣装。だからなのか、この時代の人達には異質に映ってしまうのかもしれない――。

 

「こ、このような格好で外を歩けるか!」

 

 案の定、関さんの悲鳴が聞こえてきた。

 

「大丈夫だって! 絶対に似合うって!」

 

「似合うかっ!」

 

 ――だから俺は関さんの退路を断つため、服を燃やすという策に出たのだ。

 

「そんなことないって! 関さんは綺麗なんだから何でも似合うって。自信持って!」

 

「〜〜〜〜っ!」

 

 どれほどの時間が経ったのだろうか。関さんは中々合図をくれない。

 

「関さん、まだ?」

 

「――っ! ま、まだだ! まだ入ってくるな!?」

 

 扉の向こうから、ドタバタと音が聞こえたあと、

 

「よ、良し! もういいぞ! 入ってこい」

 

 とうとうこの時が来た! 何故だろう、緊張してきた……。

 

 俺はゆっくりと扉を開いて、関さん姿に言葉を失う。

 

「むっ、何だ、その眼は」

 

「いや、……何で布巻いてるのかなって」

 

「巻こうが巻くまいが、私の勝手だ」

 

 ――まだだ、俺は絶対に諦めない!

 

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(九)

 

 何故北風と太陽作戦が失敗に終わったのか。

 

 夕食の後片付けをしながら、俺はそんなことを考えていた。

 

 冷たい視線が突き刺さる中、村中から集めてきた壺を彼女の周り並べ、その中に熱湯を注ぎ込んだというのに見知らぬ顔一つで、さらには足湯まで始められる始末。

 

 このままじゃ、馬鹿丸出しで終わってしまう……。

 

 しかしそんな考えも、彼女の一言で一瞬にして吹き飛んでしまった。

 

「さて、一緒に寝るか」

 

「い、一緒に寝る?」

 

 無造作に並べられた壺の間をすり抜け、のそのそと寝床へと歩いていく。

 

「寝床は一つしかないのだ。夜は冷えるし、お互い体調を崩してはいかん」

 

 ――本気ですか!?

 

「年頃の男女が一緒に寝るのは、さ、さすがに問題だろ!?」

 

 っていうか色々とまずい。冷静でいられる自信がありません。

 

「お、お前を助ける時だって私は恥しいのを我慢して、だな……」

 

 もじもじしながら頬を赤くして、意を決っしたように叫ぶ。

 

「――変に意識をするな! こっちまで変になる。兎に角、すべて私に任せておけ!」

 

「任せろと言われましても……」

 

「――そうか、私とは一緒に寝たくないんだな」

 

「いやいやいや、そうじゃない! 関さんは大丈夫なのかって意味だよ!」

 

「大丈夫だ」

 

 ――即答ですか。俺が選んだ服を着るのに、恥しがっていた人の台詞とは思えない。

 

 これはひょっとして……。

 

『やりましたな、主!』

 

 そうそう、星ならきっとそう……って、違うだろ!? ――自重しろ、俺! 

 

「コホン……。お互い、後ろめたいことがあるやもしれぬ。だが心配するな。……何も、考えられなくしてやる」

 

「何も考えられなく!?」

 

 ――添い寝だよな!?

 

「これは仕方のないことなのだ。想い詰めなくとも良い」

 

 また咳払いをひとつすると、関さんは俺に迫る。

 

「そ、そういうことだ。男なら、そろそろ覚悟を決めてもらおうか、北郷殿?」

 

「――ッ! ……分かった。俺も男だ。そこまで言われたら、引きさがるつもりはないからな?」

 

「おう、上等だ。では準備する。後ろを向いて、目を閉じるんだ」

 

 俺は言われるがままそうすると、布が擦れる艶めかしい音が聞こてくる。

 

 くそっ! 期待するだけ無駄だって分かっているのに、何でこんなにドギマギしているんだよ。って、今夜は絶対に眠れないっ!

 

 彼女の左手が撫でるように肩から腕、胸へと流れていく。

 

 ――えっ!? アレ? ほ、本当に添い寝するだけだよな!?

 

「力を抜け、もっと、そうだ……」

 

「wktk、wkt……」

 

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(十)

 

「……はぁ」

 

 一夜明けた朝、関さんは相変わらずの定位置で、くすくすと笑っていた。

 

「北郷殿、そこまで落ち込まなくとも」

 

 これが落ち込まずにいられるかっての!

 

 気が付けば外が明るい。あれっと思ったら扉が開くと関さんが――

 

『ぉぉおはよう! 目が覚めたようだな。うん、よく眠っていたぞ』

 

 と、挨拶してきたのだ。

 

 準備するからと言うことで後ろを向いたあと、鋭い痛みが後頭部に走り……、そこから朝までの記憶がバッサリと抜け落ちていた。

 

 ――純情な男心を何だと思ってるんだ!

 

「そう膨れるな。だが私の言っていたことは、嘘、偽りはなかったはずだぞ?」

 

 お互い後ろめたいこと。全て私に任せて置け。何も考えられなくしてやる。男なら覚悟しろ……。

 

「間違っちゃいないけどさ……」

 

 その気にさせるような言葉ばかり選んでないか!?

 

「罠だとは、思わなかったのか?」

 

 関さんが興味あり気に聞いてくる。

 

 ――むむむ。

 

「分かっていても、前に進むものなの!」

 

「そう、なのか?」

 

 何となくこうなることは、分かっていたけどさ――!

 

「それに俺はしないで後悔するよりも、やって後悔する人間なの! 可愛い女の子が手招きしてるんだ。止まる訳にはいかないだろ?」

 

 白い目を向けられていたが、徐々に彼女の顔色が赤く変化していく。

 

「――か、可愛い!? 女の子だと!?」

 

「何を今更……」

 

「――ッ!? 武人に可愛いなど、私を侮辱するのも――」

 

「へぇ、関さんは武人なのか」

 

「そうだ! 何を今更――!」

 

 ……どうやら反撃の時が来たようだ。

 

「な、何だその目は!」

 

「いや、ね? 関さんのような凛々しい人が、時折見せるそんな仕草が可愛いなって思ってさ」

 

「――貴様っ、まだ言うか!! どうやら痛い目を――」

 

 彼女が勢い良く立ち上がる。

 

「あ、でも武人だったらもっと堂々としてるはずだよなぁ。服を見られることで、恥しがったりはしないと思うんだけど?」

 

「くっ、ならば武人らしく、堂々としていれば問題は無かろう!――堂々としていればっ!」

 

 彼女が布に手を掛ける。

 

「そうそう。関さんは綺麗なんだから、自信を持って……」

 

 ……あれ?

 

 どうしたことか、関さんはぴくりとも動かず、俯いたまま手を震わせている。

 

「……そ」

 

「そ?」

 

「そろそろっ、腹が空いたのではないか!?」

 

「へっ?」

 

「空いたであろう! 空いたな!」

 

 ――えぇぇぇっ!?

 

「いや、空いてないかな」

 

「私は空いた。だから早く準備しろ!」

 

「……」

 

「に、ニヤニヤ、するなぁぁぁーっ!」

 

 関さんをからかった俺は、一時的難聴の代価を支払うこととなった。

 

-11ページ-

 

(十一)

 

「ふぁ……」

 

 手を口に当てて、大きな欠伸をする関さん。目が合うと照れ笑いして……

 

「こんなにのんびりと過ごしたことなど、今まで無かったのでな」

 

 咳払いして……、ピッっと背筋を伸ばす。

 

「だが昼にはここを発つ」

 

「そっか。じゃぁ昼までにはこの家の片付けをしなきゃいけないな」

 

 そうだなと言って、またふわっと欠伸をする関さん。少し眠そうだ。

 

「それまで一眠りする?」

 

「申し訳無いが、そうさせてもらおう」

 

 寝床に頭まで潜り込んだ途端、規則正しい寝息が聞こえてくる。

 

 俺はそっと外に出て、入口付近の雑草を抜き始めた。

 

-12ページ-

 

(十二)

 

 入口付近に生えていた雑草を全て抜き終わり、綺麗になったと一人頷いていると、どこからか聞こえてくる低い地鳴りに耳を澄ました。

 

 ……遠くで砂煙が上がっているな。

 

 その正体が徐々にハッキリしてくる。どうやら官兵のようだ。

 

 官の旗を靡かせて、一直線にこちらへと迫ってくるではないか。あれよあれよと距離は縮まり、二十頭の馬が目の前で一斉に嘶いた。

 

 ……撥ねられるかと思った。

 

 彼等は馬を落ち着かせた後、馬から降りずに声を掛けてきた。

 

「お前、この村の生き残りか?」

 

「いや、違いますけど?」

 

「流れ者か……」

 

 そう言って俺を品定めしたあと、尋問を再開させた。

 

「ここで何をしている?」

 

「何をしているって、掃除かな」

 

 抜いた雑草を指差す。

 

「掃除? 流れ者のお前がこの家の掃除をしているのか?」

 

 俺はその経緯を簡単に説明する。官兵たちが顔を見合せて頷く。

 

「人様の飯食ってんだから盗人のようなもんだが、今回は見逃してやろう。俺達の目的はお前を捕まえることじゃないからな。そのかわり、幾つか質問に答えろ」

 

「うん?」

 

「この辺りで、長くて美しい黒髪を持つ絶世の美女を見なかったか?」

 

「見た。びっくりするくらい綺麗な人」

 

「どこで見た!?」

 

 官兵達が一瞬ざわめく。

 

「中にいるよ?」

 

「そうか! 中にいるか! ……中!?」

 

 彼等の動揺を悟ったのか、馬が暴れ出すと兵士達は必死になって馬を宥める。

 

「関さんのことだろ?」

 

 男達が青褪めていく。……何だろう?

 

「は、ははーん。お前、俺達を驚かそうとしてんだろ? そうだろ?」

 

「いや、別にそんなつもりは……。ちょっと待ってて。起こしてくる」

 

 兵士達が悲鳴に似た声を上げて、俺を呼び止める。

 

「待て待て待て待て! 本当に関長生が中にいるのか?」

 

「関長生? 聞いてみるよ」

 

 部屋に戻ると関さんは起きていたようで、寝床に腰を下ろしていた。

 

「あっ、関さん起きてたんだ」

 

「まぁ、あれだけ外で騒がれればな」

 

「官軍の兵士が名前を教えて欲しいってさ。関さんの字って、長生だったりするの?」

 

「……いや、違うぞ?」

 

 若干、語尾が上がったのが気になるけど……。でも本人が違うと言うのだから、違うのだろう。

 

「違うってさ」

 

 兵士達の曇った表情が、面白いほどに晴れ渡って……いかなかった。

 

「そうかそうか、違うのか! ……って、信じられるか! 女、家から出てきて姿を見せろ!!」

 

 男達が一斉に剣を抜いて、この家を取り囲むように部隊を展開する。

 

「――ちょ! 行き成り剣を抜いて、何だってんだよ!?」

 

「関長生はな、白昼堂々有力豪族を叩き斬った極悪人だ! お前も早くこっちへ来い!」

 

「……極悪人? 関さんがぁ?」

 

 俺が振り返ると、関さんは着ている服を隠すように、もぞもぞと身体を動かしていた。

 

 ……あんな可愛い生き物が、極悪人?

 

「おいおい、人違いも大概にしてくれ。こんな可愛い生き物が極悪人のはずないって、――危なっ!?」

 

 ……後ろからお椀が飛んできましたよっ!

 

「こんな時まで、貴様は私を侮辱するのか! さっさと向こうへ行け!」

 

「――なっ?」

 

 と、兵士達に問い掛けても誰も剣を下ろそうとはしない。

 

「誰に同意を求めているかは知らんが、中にいる女! さっさと出て来い!」

 

 関さんが大きく溜息を付く。立ち上がり、のそのそと姿を現した。血の付いた布を纏いながら。

 

「むむっ、身体に巻いた布が怪しいな、取るんだ!」

 

「――さぁ、取るんだ!」

 

 これはチャンスと馬鹿丸出しで便乗すると、関さんは俺を睨みながら近付いてきて、二の腕辺りを押すように、何度も頭突きをかましてくる。

 

 って、結構力強いな……。一発喰らうと、二、三歩よろめくですけど。

 

「なっ? 可愛い痛っ――!!」

 

 今度は俺の顎目掛けて、……飛んできたっ。

 

 誰かが、あれは痛いと呟いた。……本当に痛いです。

 

「全く! お前は少し黙っていろ!」

 

 官兵の間で何やら話しだしたのだが、その内容が丸聞こえで余りにも酷い。

 

『確か絶世の美女だよな?』とか、『美女じゃないな』、『どこが美女だよ』などと、まるで本人に聞こえるように、わざと話しているかのようだ。

 

 失礼な奴等だと思いつつ、心配になって関さんの表情を窺うと、彼女は青筋を浮かべてじっと耐えていた。

 

「茶番はもう良い! さぁ、取れ! 美女とは程遠くとも、その布の中に武器を隠し持っているに違いない!」

 

「くっ、言わせておけば。どやつもこやつも。……良いだろう。北郷、こっちに来て手伝ってくれ」

 

「あ、あぁ……」

 

 関さんの傍に寄ると、前を向けと言われたので抗議する。

 

「ちょっと待ってくれ、これじゃ関さんの姿が見れないじゃないか!」

 

「――見んで良い!!」

 

「あんた達も何とか言ってくれ!!」

 

「――どうでも良いわ!」

 

 ……くそっ、味方がほしい!

 

「誰か! 関さんは可愛いと、俺に味方する者はいないかーっ!」

 

「ここっ――っぷ」

 

 ――いる!? どこ!?

 

「きょろきょろしてないで、しっかり前を向けっ!」

 

 誰も聞こえていない? 俺の気の所為なのか……。可愛らしい声が聞こえたような気がしたんだけど……。

 

「北郷、絶対に放さずに持っていろよ」

 

 背後から小さな小さな関さんの声、腕を取られて――。

 

「――っ」

 

 硬い何かを握らされる。布で隠されてはいるが、この重さ、剣に違いなかった。

 

 ――もしかして、布の中にずっと隠し持っていたのか。

 

「振り向いたら命はないからな!! ――これで、良いのだろう?」

 

「ぷぷっ、何だ、その御洒落な格好は!」

 

 指を指して笑う官兵達に、それが当り前のような声色で彼女が答える。

 

「ふん。その様なこと、言われなくとも――」

 

「――関さん、綺麗だ!」

 

 そう叫ぶと、ここにいる誰もが沈黙した。馬まで沈黙しなくても良かったのに……。

 

 その静けさの中、最初に声を上げたのは関さんだった。

 

「――っ! い、行き成り何を!?」

 

 官兵達は俺を馬鹿にするように、肩を震わせて笑いだした。

 

「見てない癖にそのような台詞、し、信じられるものか!」

 

 関さんは必死に否定しているけれど、俺には自信がある。

 

「俺が関さんのために選んだんだ。見なくても間違いなく似合ってる。――お前等は謝れ! 彼女に謝れ! さっきから失礼なことばかり言いやがって!」

 

「あー、分かった分かった。そう噛みついてくるな」

 

「だから彼女に謝れって――、っ!!」

 

 後ろから突然腕を回され、抱きしめられた。

 

「もう良い。その気持ちだけで十分だ」

 

「……でもっ」

 

 ――くそっ、腹立つ!

 

「くくっ、男必死っすね。でも剣を持っていないとなると、見当違いっすかね?」

 

「そのようだな。奴は我等から逃げるに必死。このような場所で道草を食っているとも思えん」

 

「ですな。それも多額の懸賞金。どこにも逃げ場などないわ。目の前の女は……、なぁ?」

 

 がっかりだと嫌がらせのように吐き出しながら、官士達は踵を返して去っていった。

 

「もう二度と彼女の前に姿を見せるなーッ!」

 

 ……畜生! いくら叫んでも、負け犬の遠吠えみたいだ!

 

-13ページ-

 

(十三)

 

 官士達が乗った馬は彼方へと消えてしまった。

 

「……」

 

「……あの、えっとさ」

 

 だが奴等が見えなくなっても、関さんは俺を後ろから抱きしめたまま動こうとしない。

 

 背中に当たる柔らかな感触に、官兵のことなど何処かへ吹き飛んでしまった。

 

「――凄く、大きいです」

 

「〜〜〜〜っ!?」

 

 しまった! つい口に――。

 

「……ぐっ」

 

 凄い力で身体が締め付けられていく。――苦しい、けど幸せ、あ、でもやっぱ苦しい。――ギブッギブッ。

 

 空いていた手で彼女の腕を叩く。彼女は剣と布を素早く奪い取ると、一瞬で身体に巻き付けてしまう。

 

 ……嘘、だろ? そりゃないよ。

 

「……お前だけにはこの姿、絶対に見せぬっ!!」

 

 そう言って、彼女は憤慨しながら家に戻っていった。

 

-14ページ-

 

(十四)

 

 片付けを済ませた俺と関さんは、この家の主が眠る墓前で祈りを捧げたあと、幽州へと足を向ける。

 

「関さんも同じ行き先で良いんだよね?」

 

「お前に教える義理は無い」

 

 彼女は俺の前を早足で歩いている。彼女の横に並ぶために走り寄る。

 

「それじゃ一緒の所までよろしく!」

 

「……勝手にしろ。私の足を引っ張るようなら、置いて行くまでだ」

 

「またまた〜。関さんは俺を見捨てたりしないよね?」

 

 …………スタスタスタ。

 

「速っ! 歩くの速いって!」

 

「貴様が遅いだけだ」

 

 峠に差し掛かり、俺のペースはさらに落ちて行く。一方、顔色一つ変えず山道を登っていく関さん。見る見る距離が開いていくではないか。

 

「ちょっ、待ってくれー!」

 

 あっという間に彼女の姿は見えなくなった。

 

 近くの村か町で関さんとは合流できるんだろうけど、まさか本当に置いて行かれるとは……。

 

 ――関さんの薄情者!

 

 黙々と一人峠を越える。下りに差し掛かると小さな町が見えた。

 

 ……おっ、残り半分といったところか。

 

 少し休憩しようと思ったとき、後ろから声を掛けられた。

 

「よぉ、兄ちゃん。死にたくねぇよな? 身ぐるみ置いてさっさと消えな!」

 

 そのまま走って逃げようか。そう思った瞬間、山腹から男の断末摩が聞こえてきた。

 

 ――ピィィィッ!

 

 口笛が悲鳴と共に響き渡った。ひとつやふたつではない。数え切れないほど沢山だ。

 

「おいおい、どうなってやがる」

 

 相談するかのように視線を交わして頷き合ったあと、視線を俺に戻して舌打ちする。

 

「命拾いしたな。――行くぞ!」

 

 賊達は声がした方へ走り去ってしまった。

 

 ……助かった。

 

 全身から力が抜ける。その間にも遠くから男の悲鳴が幾つも聞こえてくる。

 

 そして途絶えた。

 

 ……何が起こったのか気になって、声がしたほうへと急ぐ。

 

 見えてきたその光景に、俺は言葉を失った。

 

 百近い数の賊が、其処等じゅうに倒れているではないか。

 

 そんな中を一人歩き周っている人物。……関さんだった。

 

「……北郷か」

 

「か、関さん!? 怪我してるじゃないか!?」

 

 布から出していた手から、血が流れていた。俺は慌てて駆け寄る。

 

「――なっ!?」

 

 彼女の手を取り、俺は水筒の水で傷口を洗い流す。

 

「か、掠り傷だ!」

 

 俺の手を払い退けるが、俺はその手を取り直して傷口を洗い流す。

 

「掠り傷でもだよ。ここ以外に怪我は?」

 

「……無い」

 

「まさか関さんが賊に襲われていたなんて……」

 

「この私が賊に後れを取るものか」

 

 彼女は俺の手を振り解き、水筒と小さな袋を押しつけてくる。

 

「ど、どこへ?」

 

「……落し前をつけに」

 

「……へっ? あ、ちょっ!」

 

 信じられない速さで森の奥へと消えてしまった。

 

 後を追いかけようとしても彼女の姿はどこにもなく、俺は立ちすくことしかできなかった。

 

 ……そういえば。

 

 袋の中身が気になって開けてみると、そこに入っていたのは幾許かの路銀だった。

 

 これを渡されたってことは、先に宿へ向かえということだろうか?

 

 ……きっとそうだな。ここで待っていても、また賊に襲われたら洒落にならない。

 

 後ろ髪を引かれつつも、俺は一人町へと向うことにした。

 

-15ページ-

 

 あとがき

 

 お待たせしました! 地編、第一章です。いつもながら、更新が遅くなって申し訳ありません。

 あの人と一刀との出会いになります。

 彼女がどのように彼と接するか、ずっと悩みの種でした。

 まず天の御使い補正がありませんので、畏怖も敬愛もない仕様に。そこに彼女の状況+主人公補正でこんな形に。色々と申し訳無いの一言です。

 

 ――取り敢えず、一刀には彼女の魅力を引き出そうと頑張って貰いました。口説いているように見えますが、本人には全くその気がありませんので悪しからず。

 

 ……思ったことは、物語が一気に弛んだことでしょうか。気が抜けたと言いますか。少しずつ引き締めて行きたいと思います。

 

 さて冀州から北上して幽州へと向かうのですが、途中で少し寄り道なんかしたいなと思っています。地編、お付き合い頂けると嬉しいです。それでは!

 

説明
○この作品は、真・恋姫†無双の二次著作物です。
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コメント
原作の礼儀正しい関さんと違って ぶっきらぼうだけど こういった関係好きですわwww(Alice.Magic)
rikuto様――ニヤニヤ頂けるとはっ、もう嬉しい限りです!w まだストーリが断片的に転がったりしているので、上手く繋げていけたらと思います!(テス)
ニヤニヤw面白かったですw関さんもステキでしたwストーリーも続きが楽しみで仕方が無いですw(rikuto)
jackry様――全く持って罪な野郎です! 責任は取るのかと、小一時間問い詰めたいw(テス)
シロクマ様――全くです! ただそのお陰でしょうか、捕まりませんでしたw 彼女にとっては複雑ですね。(テス)
小鳥丸様――更新に一か月掛ってしまいました。大変お待たせしました! 関さんの可愛さが出てましたか〜。この調子で次回も頑張ってみたいと思います!(テス)
うたまる様――無意識で、しかも旗を斜めに立たせていくから性質が悪いw 星に胸に手を当てて良く考えてみろ! と言われても、一刀には分からないのでしょうねw(テス)
ha-様――敬愛の感情は出さずに、関さんの雰囲気を出すのに今回苦しめられました。そう言って貰えて嬉しいです。(テス)
よしお。様――星の焼き餅って凄くレアなのでは? 焼き加減が非常に難しそうです!(テス)
関さんは美人なのに…官軍見る目が無いぞ( ゚Д゚)ゴルァ!!(シロクマ)
更新の日を今か今かと待ち望んでいました。  相変わらず関さんかわいいっすね〜〜今後の展開に期待します!(小鳥丸)
こうして一刀は又もや旗を立てて歩くわけですね。  一刀いい加減にしとかないと、星と再会した時にまた彼女がヘソを曲げて他人の振りをしちゃうよ(ぉw(うたまる)
一刀と関さんの対等な関係、新鮮ですごく良いですね。思わず感想を書いてしまいました。(ha-)
星には焼き餅を焼いて欲しいなぁw続きお願いします!(よしお)
闇羽様――まさか、逃亡途中に口説かれるわ、見たことの無い服を着せられるわで、彼女にしてみればまさに災難でしょうねw ニヤニヤして貰えると嬉しいですw(テス)
samidare様――絡み、喜んで貰えたようで嬉しいです! 次回も頑張ります!(テス)
流狼人様――確かに!w(テス)
これ正史の某人物知ってるとニヤニヤしてくるなぁw(闇羽)
kashin様――手配書には彼女の容姿がバッチシ書かれてるんですけどねw 関さんの衣装、誤解のある書き方をして、上手く伝えきれなかった模様です。補完すると、現在公式の衣装ではありません。でも最後には一刀が口走った意匠を彼女が選ぶっと……。もう少し表現を選ぶべきでした。反省です。(テス)
更新待ってました!! さすが一刀!関さんとの絡み最高でした! 次回も楽しみにしてます(samidare)
初々しくていいな!!(流狼人)
更新お疲れ様です。恋姫世界の美人基準は相変わらず謎すなぁ。あの服が一刀の意匠だったということは桃香の服も・・・(kashin)
td_tk様――この展開を生かして、もっと広げていけたらと考えてます。字数は悩みどころだったりします。(テス)
cognac様――助けた人間に、まさか歯の浮くような台詞を言われるとは、思ってもいなかったでしょうねw ありがとうございます! 次回も頑張ります!(テス)
tukasa様――お待たせしました! 次も頑張って仕上げたいと思います!(テス)
面白い展開ですね。文字量も多く読み応えがありました(>_<)(たけちゃんS)
カズト様――今は体力的に弱っている感じですね。若いからすぐ元気になるはずw 次回の更新目指して頑張りたいと思います!(テス)
恥ずかしがる関さんが可愛い。次回を楽しみにしています!(cognac)
きのすけ様――そして関さんは徐々に感化されて……。ありがとうございます! 続き、頑張ります!(テス)
砂のお城様――だと嬉しいですw あっ、正式の服装はまた別の話でして、今回は単に綺麗だと言ってくれた服が汚されてしまったので、「落し前」だったりしますw そういえば彼女の予備の服とか、裏話ありますね。興味深いです。(テス)
続き待ってました!頑張ってください^^(tukasa)
黒山羊様――読める文章が書けるのは文才だと思います。自分には難しい話だったりします。(テス)
poyy様――お待たせしました! 続き〜、昇龍伝とは別話になりますが、4月1日更新分を時間の許す限り仕上げようと思います(もう一年かぁ)。それから頑張ります!(テス)
関さん登場!!北郷って弱くなった?気のせいか?更新楽しみにしてます。頑張って下さい!!(スーシャン)
関さんと一刀のちぐはぐな感じが新鮮な気がしました。 続き待ってますね。(きの)
続きが気になります。早く書いてくれると嬉しいです。(聖槍雛里騎士団黒円卓・黒山羊)
更新を心の底から待ってました!!続きを期待して待ってます。(poyy)
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