真・恋姫無双 EP.67 天佑編(2) |
華琳が身柄を預かることとなり、李典は解放された。
「ウチの真名は、真桜や。覚悟の証として、受け取ってえな」
「わかったわ、真桜。私の事も真名で呼びなさい。華琳よ」
「了解や、華琳様」
満足そうに頷く華琳に、真桜が続けて言う。
「そういえば確か、天の御遣い様も一緒に来てるっちゅう話やったと思うんですが……どこにおるんですか?」
「一刀? 今は街の人の手伝いだと思うけど……何か用でもあるのかしら?」
「はい。実は見て欲しいもんがあるんです。ちょっと荷物を取ってくるんで、待っといてください」
そう言った真桜が荷物を取りに行くと、入れ違うように一刀がやって来た。
「あら、ちょうど良かったわ……一刀?」
声を掛けた華琳は、何やら一刀の様子がおかしいことに気付く。気落ちしたようにうつむいているが、口元にはわずかな笑みが浮かんでいた。
「何かあったの?」
「力を貸して欲しいって、言われただろ? 付いていったらさ、男の人が言い争いをしてて仲裁を頼まれた」
「そう……」
「俺なんかで良いのかなって思ったんだけどさ、争いをしていた人たちも耳を貸してくれて、納得もしてもらえたと思う」
「良かったじゃない?」
「うん」
頷いた一刀は、それから手伝った様々な作業について華琳に話した。そのほとんどが、荒らされた畑や倒壊した家屋の片付け、怪我人の世話、街の人たちの食事の準備など雑用ばかりだった。しかし隻腕で働く一刀の姿に、手の空いた者たちが次々と手伝いを申し出てくれたのである。
「結局、たいしたことはやってないんだけどさ、みんなが『ありがとうございます』って感謝してくれた……」
照れたように顔を上げて笑った一刀は、ふと、真顔に戻って言う。
「俺、天の御遣い様って呼ばれる度に、気持ちが重くなって落ち込んだりしたんだ。馴れないっていうか、そんな器じゃないって思って。呼ばれること自体は仕方がないって少しは思えるようになったけれど、でもやっぱり『そんなんじゃない』って感じていたんだ」
華琳は黙って、一刀の言葉に耳を傾けた。
「期待されてるのが、わかる。でも自分の事は自分が一番わかってて、天の御遣い様なんて呼ばれるような事は何一つ出来ない。そんな力は、俺にはない。ずっとさ、この国を良くするために何が出来るのか、戦いを無くすために何が出来るのか、そんな不相応な事ばかり考えてたんだ」
「……」
「でも今日、色々な手伝いをしてわかったんだ。彼らにとって必要な『助け』は、もっと身近なんだなって。確かに平和で、豊かな暮らしが訪れるならそれが一番なんだけれど、それ以前に目の前の生活……今日を生きることにみんな必死なんだ。だから彼らが『天の御遣い』に求めるのは、そうした今何とかすべき問題ばかりだったんだ」
そう言う一刀の表情に、気負いはない。
「自分に出来ることがある。それを必要としてくれる人がいる。それが何か、嬉しかった」
「ようやく、吹っ切れたのかしら?」
「まだ、わからないけど、前よりは気分は軽いかな」
「なら、あなたもここに来た事は無駄じゃなかったわけね」
華琳は嬉しそうに笑って、満足そうに頷いた。その時、大きな荷物を抱えた真桜が戻って来る。
「まったく……ガラクタやないっちゅうねん!」
ブツブツ言いながら真桜は、大きな荷物をドスンと地面に下ろす。
「一刀、紹介するわ。彼女が李典よ。真桜、彼が天の御遣いの北郷一刀」
「おおっ! 会いたかったわぁ!」
真桜は一刀の片手を取って、ぶんぶんと振り回した。その勢いに押されながら、一刀あいさつをする。
「えっと、よろしく李典。それで実は頼みが――」
「ウチも頼みたいことがあるねん!」
真桜は興奮気味に、荷物をガサガサあさり始めると、何やら汚れた紙切れを取り出した。
泥で汚れてほとんどが判読できない状態だが、一部だけ何やら文字らしきものが確認できた。
「偶然拾ったんやけど、誰か読めへんかなあ思って持ち歩いてるねん」
「見たことない文字ね……一刀はどう?」
真桜の持つ紙切れを覗き込んでいた華琳が訊ね、一刀は差し出された紙を受け取る。そしてその文字を見た瞬間、驚愕に顔を歪めた。
「これって――!」
「読めるんか!?」
一刀の様子に、真桜は興奮して声を上げ、華琳も驚いたように目を見開いている。だが……。
「いや……ごめん。やっぱり読めない、かな」
「なんや〜。ホンマに? 思わせぶりすぎやないか」
「知ってる文字に似てたから、もしかしてって思ったんだけど。ごめん」
「んー、まあ、ええわ」
残念そうに紙を仕舞う真桜を、一刀はじっと見つめる。その一刀を、華琳が訝しむ様子で見ていた。華琳は一刀が、嘘をついたことに気付いていたのだ。
一刀は、その紙切れに書かれていた文字を読むことが出来た。なぜなら、それは彼が良く知る日本語だったからだ。なぜこの世界に、日本語が書かれた紙があるのか、それはわからない。ただ、そこに書かれていた言葉を見た時、一刀は口にすることが出来なかったのである。
(あれは、どんな意味だったんだろう……)
一刀は脳裏に刻んだその言葉を、思い出して見る。
『世界を破滅から守るため、北郷一刀を排除すべし』
誰が、どんな意図で書いたのか。不気味な予言のような言葉がどんな意味を持つのか。今の一刀にはまだわからなかった。
「噂?」
斗詩の言葉に、麗羽は首を傾げた。二人は並んで、街中を歩いている。
「はい。満月の晩に、屋根から屋根を跳んで渡る人影があるそうです」
「お猿さんじゃありませんの?」
「そう思われていたのですが、見張りの兵士が月明かりに照らされたその姿をはっきりと見たらしいのです。その姿というのが、血を浴びたような真っ赤な顔で、頭は禿げていて、人間の手らしきものを咥えていたという事で……」
「まあ……。でもそれが、文醜さんと何の関係がありますの?」
「ですから、文ちゃんがその噂の人物らしき者を捕えたと――」
そう話をしている間に、二人は猪々子が隠れている民家に着いた。ここは反抗勢力の隠れ家の一つとして、別の街に住む家主から提供されている。
「文ちゃん……」
そっと戸を叩いて呼びかけると、窓の隙間から誰かが覗き、戸が開いた。
「待ってたぞ、斗詩。あと、姫」
「ちょっと、文醜さん。何で私がついでみたいなんですの?」
「ま、まあ、姫。それより文ちゃん、その例の人って?」
斗詩が訊ねると、猪々子は顎で部屋の奥を示した。薄暗い部屋の隅に、縄で縛られた人影がある。三人はその人影に近づいた。
汚れ破れた着物姿で、わずかな髪の毛がべったりと固まったようにこびりつくだけで、確かに禿げて見える。何よりも、死人の方がマシに思えるほど生気がなく、やせ細って見るからに餓死寸前のようだった。
「――!」
麗羽の顔が凍り付く。二人は、あまりの姿に驚いているのだろうと思ったが、どうも様子がおかしい。
「姫?」
「どうしたんだ?」
「……この方は……」
「この人を知っているんですか!?」
「ええ……」
頷いた麗羽は、一呼吸おいて、厳かにこう続けた。
「この方は献帝……劉協様ですわ」
説明 | ||
恋姫の世界観をファンタジー風にしました。 真桜の口調が定まらない。そして色々、詰め込んだ。 楽しんでもらえれば、幸いです。 |
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