SEASON 6.夢力の季節(3/6)
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暗闇の中に俺はポツンっと佇んでいる

 

周りを見渡しても黒一色の世界に俺はいる

 

白一色の世界なら昔に行ったことがあるような気がする

 

「おっ!?円、元気になったのか?」

 

遠くの方で円は立っていた

 

円は俺の声に気づいたのかくるりと振り向き

 

「バイバイ、慶兄」

 

手を振りその場を去っていく

 

「おいちょっと待てよ。どこ行くんだよ」

 

歩みを進めるが一向に追い付けない

 

それどころかどんどん離れていく

 

「待てよ、円!円〜〜〜!」

 

 

 

 

 

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手を伸ばした先には見知らぬ天井と照明があった。

 

一体ここはどこなんだ?

俺は何をしているんだ?

 

見たことのない部屋で俺は目を覚ました。

 

「慶斗さん、目を覚ましましたか?」

ドアが開く音とともに円の母親が入ってきた。

 

「あっ、どうも」

軽く会釈を返す。

 

 

「円を背負って走ってきたんですもんね、疲れたでしょ?」

 

円を背負って走った?

何のことだろう?

 

 

確か家で晩飯を食べて…

 

 

みんなを見送って…

 

 

 

 

……円が倒れた……

 

 

 

 

 

「そうだ!俺は円を…円は…円は大丈夫なんすか?」

 

「はい、今部屋で寝ています。薬を飲んで落ち着いたようです」

 

「そう…ですか…」

ほっと胸を撫で下ろす。

 

 

「最近顔色悪かったからやっぱり具合悪かったんだな。ゆっくり寝てれば治りますもんね」

 

 

円の母親は顔を曇らせ

「そうですね」

そう答えた。

 

 

「母さん、円が目を覚ましたよ。おっ、慶斗君も目を覚ましたか。危ないところありがとう」

 

「いえ、自分は何も…それじゃ円を見舞って帰ります」

 

「そうかい?円もお礼を言いたがってたし顔を出してあげて。帰る時は言ってくれな。送っていくから」

 

「あっ、はい」

俺は布団から出て円の部屋に向かった。

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「よう、円。もう大丈夫か?」

椅子に腰を掛けた。

 

 

「うん、もう落ち着いたよ。ごめんね、迷惑かけて」

 

「気にすんなよ。起きなくていいいから横になってろよ」

起き上がろうとした円を静止した

 

 

「うん、本当にごめんね」

 

「そんなに謝るなよ。具合悪い時はお互い様ってとこだよ」

 

「うん…」

そういうと背中をこっちに向けた。

 

 

「慶兄、心配させちゃうから今日のことはみんなに言わないでね」

 

「言わないよ」

 

「もう1つ聞いてもらっていい?」

 

「なんだ?言ってみろ。金くれってのは無理だからな。ははっ…」

俺はわざと明るく振舞った。

これ以上円に負い目を感じさせたくなかったからだ。

 

 

沈黙が続き一向に話そうとしてこないのが気になり

「なんだもう1つあるんだろ?」

 

 

聞いてみたがまた沈黙が続いた。

そしてその沈黙を切り裂いた言葉は

 

 

 

 

「……慶兄…円……もう少しで…死んじゃうの…」

 

 

 

 

だった。

 

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予想もしなかった言葉だった。

何を言っているのかわからない。

 

 

誰が…死ぬって…

 

 

頭の中が真っ白になっていくのがよくわかる。

 

 

「う…そだろ?」

鼻をすする音がする。

 

 

口から出ないように抑え込んだ鳴き声が聞こえる。

 

 

「嘘だって言えよ!信じないからな、そんな冗談!」

 

「…………今まで言わなくてごめんね。本当だよ。円はもう少しで死んじゃうの」

もう何を言っているのかわからないが円の言葉だけが入っていく。

 

 

「慶兄、覚えてるかな?一緒にアルバイトしてる時に話した事。円は力が無いって」

 

「あぁ」

 

「円は生まれつき体が弱くて病気がちだったの。重いものも持てない、運動したりするとすぐに疲れちゃう、そんな体で生まれたんだ」

 

「そう…か…」

円の話は自分では感じた事のない経験、感覚

 

 

なんて答えればいいかわからない。

 

 

「だからね、いつも家の中で1人で遊んでた。同じぐらいの歳の子が外で遊んでるのを見ながら。

しょうがないんだ、この体じゃみんなと遊べないんだからって言い聞かせて」

 

「でもそれは…言い訳…じゃないのか?」

俺の言っている言葉は円を傷つけているような気がする。

 

 

同じ条件の人間ではないのだから…

 

 

「そうだね、円も言い訳だと思うよ、慶兄」

意外な答えが帰ってきた。

 

 

そうじゃないと否定されるものだと思っていた。

 

 

「一度だけ円は1人で外に遊びに行ったの。どこに行くわけでもなくただただ歩き回ったの。

今まで見たことない風景がいっぱい広がっていて知らない世界に迷い込んだ気分ですっごい楽しかった」

 

 

「大冒険だったんだな」

「うん、でもね…途中で倒れちゃったの。運良く近所の人に見つけられて家まで運んでもらったんだ。

目が覚めた時にね、お母さんとお父さんの悲しそうな顔が見えたの。

今でも覚えてるよ。それからもう迷惑をかけちゃいけないと思ってずっと家の中で遊んでたんだ」

 

 

「じゃあ今日倒れちまったからみんなと遊ばなくなるのか?」

 

「ううん、これは円の最期の自分へのわがまま」

 

「お前………最期なんて言うなよ。体が治ればまた遊べるだろ」

 

「うん、そうだと嬉しいよ。でもね慶兄。円の体のことは円が1番わかってる」

 

「そんな…事…言うなよ…そうだ、卒アル見つかったか?またみんなで来たら馬鹿笑いしてやるから」

無理にでももう話を変えたい。

 

 

「見つからないよ。見つかるはずないよ。この家にはもうないから」

 

「探してないだけだろ?嘘つくなよ」

 

「本当にないよ………捨てちゃったから」

 

「えっ?」

 

「慶兄はきっと友達と写ってるんだろうね。円はね、丸の中に写ってるよ。クラスのページにも円はいないんだ。写ってるのは個人写真だけかな。背景はみんなと違うけど」

 

「たまたま具合悪かったんだな」

 

「ははっ、違うよ。円はほとんど学校行ってなかったんだ。家の中でずっと寝てたから。

あの頃は今より体が弱くてあまり外に出た記憶なぐらいだよ。

覚えてるのは病院と学校に行っても1人っきりだったこと。

たまにしか学校に行けなかったし、円、人と話すの苦手だったから友達いなくて…

寂しかったな…掃除してる時に久し振りに卒業アルバム見たら余計に寂しくなって捨てちゃった」

カーテンから零れる月明かりに頬をつたう雫が輝いていた。

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「それでね、高校に入ったら絶対に友達作るぞ〜って思ってこの学校に入ったんだ。

でも、入学式から相変わらず登校できなくて初めて来たときは転校生の気分だったよ。

クラスのみんなは誰だろう?って顔してた。円も誰だろうって思ったけどね」

 

「そういや俺達以外の奴と話してるの見たことないな」

 

「うん、結局友達できなかったもん。また円は1人なんだなって思った」

部活を辞めた後は俺もそうだったな。

 

 

でも俺はすぐに唯達と仲良くなってつまらない生活ではなかった。

 

 

それを円はずっと続いてきたのか。

 

 

「学校がダメなら外に作ろうって思ってアルバイトを始めたの。でも全然働けなかった」

 

「変な奴に絡まれてたもんな。ってあの野郎、俺のこと殴っといて謝ってもないな」

沸々と怒りがこみ上げてくる。

 

 

「慶兄、殴られたの?」

 

「竜祈達の地元の近くの祭りに行った時ちょっとあってな」

 

「そうなんだ。でもあの人に絡まれてなかったら慶兄と仲良くなれなかったから円はちょっと感謝してるよ」

 

「納得いかないけどきっかけはあいつが作ったようなものか」

 

「慶兄と仲良くなって唯姉、里優ちゃん、竜兄とも仲良くなれたよ」

 

「こんな時もスルーか?」

 

「冗談だよ。拓坊とも仲良くなれた。円の毎日は本当に楽しいよ。

でもそれももう終わっちゃう。夢をかなえる前に…」

 

「なんだよ。夢があれば生きていけるよ。病気だって治る。体だって丈夫になるよ」

そう、やりたいこと叶えたいことががあれば。

 

「無理だよ、慶兄。円の病気は原因不明で治療法がないんだもん」

 

「だから円はもう少しで死んじゃうの」

俺の言葉はもう円には届かないとわかった。

 

 

それが悲しいのかわからないけど自然と涙が止まらなくなった。

 

 

「慶兄泣かないで!円は本当に楽しかったから、ねっ!」

むりやり笑っているのが余計に辛くなってくる。

 

「慶兄、この事は絶対にみんなには言わないでね」

涙を拭き円の顔を見る。

 

 

「それはでき…な…」

円の目は強く俺を見ている。

 

 

「みんな聞いたら悲しい顔をしちゃう。心配しちゃう。笑ってくれなくなる。みんなの笑顔だけをしまっておきたいの」

強い思いが心に直接入ってくる。

 

 

「わかった、でも本当に辛くなったら言えよ。それが条件だ」

俺が円にできる最大の譲歩。

 

 

「ありがとう、慶兄。流石は円のレッドだよ!」

「レッド?」

「なんでもないよ。ついでにもう一ついい?慶兄」

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翌日から円は学校に来ていた。

昨日よりは顔色もいいし何より元気すぎる。

 

 

はしゃぎ過ぎている姿を見ると昨夜の姿が疑わしくも思える。

と同時にいつ倒れてしまうか心配でしょうがない。

みんなと少し離れた隙を狙い円に体調を聞く。

 

 

「うん、大丈夫だよ慶兄」

笑いながらかけてくれる言葉は少しだけ不安を取り除いてくれる。

 

 

「慶、どうしたの?元気ないんじゃない?」

俺が唯に心配される始末になっていることは円はきづいているのだろうか?

 

 

 

あの日から2週間たった。

円は相変わらず拓郎と口喧嘩を繰り広げ元気そのものというしかない状態だった。

 

《円のもう1つの願い》

 

そろそろ叶えてやってもいいぐらいだろう。

修学旅行まで残り2か月だしみんなもなんの疑いもしないだろう。

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その晩俺はお茶タイムに切り出した。

 

 

「修学旅行の予行演習だ〜!」

俺は立ち上がり握り拳を突き出した。

 

 

「はあ?」

一同から疑問の声が漏れた。

 

 

「慶ちんは相変わらず突発的に変なこと言うね」

 

 

拓郎には言われたくない。

 

 

「何?予行演習って。もしかして旅行先まで行って下見しようって言うの?」

 

「それは金がかかり過ぎるし疲れる。俺達こうやっていつもつるんで飯食ったりとかしてるけど、どっかにいったことないだろ?」

 

「そういえば〜そうですね〜」

 

「遊園地と花火大会とテーブル買いに行ったくらいか」

 

「1回目の遊園地は僕は行ってないけどね…」

だから隅っこで落ち込むのはやめろ。

 

 

「だから更に和を深めるために今回は1泊2日のプチ旅行だ!っと言っても泊まるのは俺の家だけどな」

 

「未成年だけだと断られる可能性もあるしお金もかかちゃうからいいんじゃない?」

 

「ひゅ〜、パジャマパーティだね!僕ネグリジェ持ってこなきゃ」

誰も見たくないという視線を拓郎に注ぐが気づかない。

 

 

「はぁ、拓郎はいいとして他は?」

 

「俺もいいぜ」

 

「私もいいですよ〜」

 

「円もオッケーでごわす」

 

 

なんとか円の願いは叶えてやれそうだ。

 

回りが盛り上がっている間に円の近くに行き

「良かったな。願いは叶いそうだぞ。で、ごわすって何だ?」

声をかけた。

 

 

「ありがとう、慶兄。円は気合いを入れるでやんす。見といてけろ」

 

「………あぁ」

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次の休み

朝から俺の家に全員が集まる。

 

「拓郎、何だその荷物の量は?」

 

 

回りは着替えぐらいしか持ってきていないのにパンパンになっているカバンが3つも置かれている。

 

 

「修学旅行と言えばゲームでしょ!?いろいろ持ってきたからよるやろうね」

こいつは本当に予行演習なんだな。

 

 

「それじゃ行くか!」

「お〜!」

 

 

俺達は円の提案で海を目指す。

 

 

もう10月だから泳げるわけはないが円がどうしてもというので決まった。

この町から海に行くにはバスに乗り電車を乗り継がないといけない。

時間も結構かかるが修学旅行で移動に時間がかかるのは定番。

移動中もある意味修学旅行なのである。

 

 

電車の中で拓郎は大量のお菓子を取り出し始めた。

パンパンになったカバンその1から。

 

 

「拓坊、お菓子は300円までだよ!」

それは遠足のルールじゃないか?

 

 

「バナナはおやつじゃありませ〜ん」

定番の返しか。

その前にそのカバンの中にバナナが入っているのか?

 

 

 

それからなんだかんだ拓郎と円は仲良く並んでお菓子を食べ始めた。

唯と里優は雑誌を見ながらこれいいとか可愛いとかいって楽しんでいる。

 

 

俺と竜祈はというと

「ごぉ〜〜〜〜〜〜!」

いびきをかいて俺に寄りかかり寝た。

それに潰されないように俺は頑張ってた。

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「次は〜笹峰〜笹峰〜」

車内アナウンスが流れる。

 

 

「おい!竜祈起きろ!降りるぞ!」

さっきから起こそうとしているがまったく起きる気配を感じない。

 

 

「やばいな、もう着くのに」

困り果てた俺に里優は気づき代わりに起こしてくれると言う。

 

 

「竜祈さん、1度寝ると起きないんですよ〜。そういう時はこうするんです〜」

 

 

顔を竜祈の耳元まで近づけ

「竜祈さん、お・き・て」

と甘ったるい声で起こし始めた。

 

 

それなら耳元で大声で叫んでいた俺の苦労は無駄になる。

 

 

「はい。起きます」

あれだけやって起きなかった竜祈はすぐに目を覚ました。

 

 

「慶斗さんも今度やってみてくださいね〜」

 

 

やれない!

絶対にやれない!

 

 

海にほぼ隣接しているといってもいいぐらいの駅を出るとそこには一面の海が広がっていた。

 

 

「いっいやっほ〜!」

 

 

拓郎はすぐに海に向かい走り始めた。

 

 

駅の階段を降りるとそこはすぐ砂浜

多分あのスピードで階段を下りて砂浜にたどり着いたら

「ハブロ!」

案の定砂に足を取られこけていた。

 

 

「ちょっと拓郎大丈夫?」

唯達が笑いながら後を追っていく。

 

 

「どうした?円?」

口をぽかんと開けて海をじっと見ていた。

 

 

「慶兄、これが海なんだ。広いね、大きいね」

 

 

「あぁ、歌になってるぐらいだからな。俺達も行くか」

拓郎が置いて行ったカバンをを持ち少し先を行く円の後を追った。

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海水浴のシーズンは終わっているため砂浜は閑散としている。

ある意味貸切状態。

 

 

荷物を一つにまとめ俺達は波打ち際まで走りはじめた。

足だけを海につけ走り回る。

時々竜祈や拓郎が転ばそうと押してくるがそこは何とかクリア。

 

 

それを見かねた2人は組んできた。

絶体絶命のピンチ。

じりじりと詰め寄ってくる2人。

 

 

もう逃げ場はない。

どうする神林慶斗!

考えろ、考えろ、考えろ、考えろ、考えろ!

 

 

 

これだ!

 

 

 

「なあ2人共」

 

「なんだい慶ちん」

 

「観念して放り出される覚悟が決まったとでも言うのか?」

 

「いや、違う!あっちを見ろ!」

唯達が遊んでいる方を指さす。

 

 

「唯達がどうしたの?」

 

「想像してみろ。学校では見慣れたスク水ではなく違う水着で戯れているとしたらどんな感じだ」

考えた末にわけのわからないことを言ってしまった。

 

 

「慶斗……」

やっぱり通用しなかったか…

 

 

「お前もなかなかの妄想族だな。いい光景が浮かぶぜ」

 

「慶ちん、もしかしてこの道の第一人者?やばいよ〜やばすぎるよ〜」

2人は目を瞑り妄想の世界へと入っていった.

 

 

よし、これなら逃げ切れる。

 

 

「慶、早く逃げて!」

おお、逃げ切ってやるぜっと親指を立て唯に合図した。

しかし唯はいつまでも海の方を指差し叫んでいる。

 

 

そっちの方を見ると

「なんだ?あのばかでかい波は?おい!竜祈、拓郎!逃げるぞ!高波だ!」

 

しかし2人は妄想の世界に引きずり込まれたままだ。

しょうがない、やるしかないのか。

 

 

「竜祈、お・き・て」

全身に寒気が走る。

 

 

「はい。起きます。って、なんかすげぇ気持ちわりぃ〜」

それはこっちのセリフだ!

 

 

「竜祈、逃げるぞ!高波だ!」

「うお!やべぇ!おい!拓郎!戻って来い!」

頬を往復ビンタするが拓郎は帰ってこない。

 

 

しょうがなく拓郎を置いて俺達は逃げた。

「はははっ!待て待て」

波はすぐそこまできていて俺達は遠くから拓郎を呼ぶ。

「僕の水際のエン…」

 

 

ご臨終

 

 

 

「ジェ〜〜〜〜ル!!!」

拓郎は見事に波に飲まれ俺達の待つ所まで流されてきた。

ワカメをくわえて。

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「ううっさぶいよ〜!」

全身ずぶ濡れになりガタガタ震えていた。

 

 

「まったくもう、何やってたの?危ないって言ってたのに」

男3人衆はなにも言えずに愛想笑いをするしかなかった。

 

「着替えとかないんだから乾くことを期待しましょ」

 

 

唯はどこか干せる場所はないかときょろきょろしていたが

「秋原の唯さんよ、五十嵐の拓ちゃんをなめてもらっちゃ困るぜ。こんなこともあろうかと…」

おもむろにカバンその1を開け始めた。

中にはタオル、着替え一式、ビニールシート、パラソル、ビーチボール、etc…

とにかく準備万端だった。

 

 

「そろそろお腹もすいたしこいつらも出しとくか」

ビニールシートなどを手際よくセットし始める。

 

 

「僕着替えてくるからお昼の用意しといてよ。唯がもってきたのお昼ごはんでしょ?よろしく〜!」

着替え一式をもって遠くへ走っていった。

 

 

「そうね、それじゃお昼にしようっか」

ビニールシートの上に唯が作った弁当が広げられる。

 

 

おおっという歓声と共に座り始めた。

拓郎のほうを見ると遠くにいるがタオルを巻かずに着替えをし

パンツを履こうとして転んでいる姿が見えた。

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運動をしたせいか唯の弁当が美味いせいか食がどんどん進む。

一心不乱に食べる男衆。

 

 

「いつもより美味しい」

円がぽつりと零した。

 

 

「あっ唯姉、いつもが美味しくないわけじゃないんだよ」

 

「わかってるわよ。外でみんなで食べると美味しく感じるもんなのよ」

 

「へ〜そうなんだ。本当に美味しいよ」

 

「早く食べないと男共に全部食べられちゃうわよ」

 

「うん、ぬっ!慶兄それ円のサンドイッチ〜!ぬっ!竜兄それ円のから揚げ〜!ぬっ!拓坊それタバスコいっぱいかけといたから」

 

「な〜〜〜〜!から〜〜〜〜い!」

 

 

 

 

それから夕方になるまで俺達は遊び続けた。

夕日が海に沈んでいくのを見ながら帰路につく。

帰りの電車の中は行きとは違って静かなものだ。

 

 

あれだけ遊べばみんな疲れてしまって深い眠りの中だ。

竜祈は壁にもたれかかり、竜祈に里優がもたれかかり、里優の膝枕で円が寝ている。

 

 

拓郎は他の客に迷惑なぐらいよこになって寝ている。

 

 

唯は俺にもたれかかり寝ていて俺はドキドキしすぎて眠れない。

 

 

 

 

…死んじゃうの…

 

 

 

 

そんな言葉が似つかわしくない程の暖かい風景だ。

この風景から円がいなくなるなんて考えられない。

 

 

いや考えたくないのだろう。

絶対に治るんだと願い目を瞑る。

 

 

唯から放たれるいい匂いと寝息に鼓動が速くなる一方で降りる駅につくまで寝れなかった。

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改札口を抜け家を目指す。

風呂に入りたいという話になったが流石に家の風呂では3人ではいるのは無理がある。

 

 

1人ずつはいればという案も出たがそれでは修学旅行ではない。

幸い家から少し遠いが銭湯がある。

 

 

家から着替えを持ち出し銭湯に向かう。

拓郎はカバンその2から袋を取り出し意気揚揚と銭湯の中に入っていく。

 

 

「っで、拓郎、そのボケはこの歳だと犯罪だぞ」

 

「突っ込まれなかったらどうしようかと思ったよ」

女湯の暖簾をくぐる寸前だった。

 

 

「なんで唯も止めてくれないの?」

 

「どこまでいくのかなって思って止めなかったの」

 

「僕の扱いがちょこちょこ変わってきてるね」

肩を落としながら拓郎は男湯に入っていった。

 

 

俺も男湯の暖簾に手をかけた。

 

 

「竜祈……俺は止めないからな」

 

「私も止めないわよ」

 

「私も止めませんよ〜」

 

「じゃあ円も」

竜祈は拓郎のボケにかぶせていた。

 

 

「俺の扱いも変わってきたな。まして里優も止めないなんて」

こうしてようやく風呂に入ることができた。

 

 

 

「ふぅ〜」

並んで湯船に浸かる男3人衆。

まだ疲れが残っているのかなかなか会話が出てこない。

ぼ〜っとしていると隣からお湯が飛んできた。

 

「なっ、なんだ?」

 

「へっへっへっ、いいでしょ!」

拓郎は誇らしげに水鉄砲を構えていた。

 

 

「まさかそれ持ってきたのか?」

 

「まあね、でも…他のお客さんもいるから銃撃戦は止めておくよ」

残念がりながら水鉄砲を置く。

 

 

 

しかし

 

「俺達の前をさっきから泳いでる黄色いアヒルはなんだ?」

「アッヒル隊長だよ。隊長、お勤めご苦労様です」

 

 

ビシっと敬礼をすると

「グワァッ!」

と鳴いた。

 

 

一体どんな仕掛けがあるんだ?

 

 

「俺熱いのダメなんだ。先あがるぜ」

竜祈が湯船から出ようとした瞬間隣の女湯から唯達の声が聞こえてくる。

 

 

こっちに聞こえてないと思っているのか

「里優、胸大きいわね」

 

「そんなことないですよ〜。唯さんだって綺麗な形してますよ〜」

 

などなど思春期の男子には興味深い会話が聞こえてくる。

咄嗟に竜祈はまた湯船に入り動かなくなった。

 

 

そして俺達は会話を聞く度に湯船から出れなくなっていった。

もちろん分身が反抗期を迎えているからだ。

 

 

唯達が上がってからほとぼりがさめるまで待ち冷水をかぶって銭湯を出た。

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「ちょっと遅いわよ。湯冷めしちゃうでしょ」

 

「まあ、ちょっと色々ありまして。円どうした?元気ないな」

 

「そうなのよ。入ってる時からずっとこうなのよ。何聞いても上の空って感じで」

まさかと思い円をみんなから離し具合悪いのかを聞いた。

 

 

「違うよ。そうじゃないよ」

円は泣きはじめた。

 

 

「どうしたの。何かあるなら言って」

 

「うっうっうっ…唯姉と里優ちゃんを見て…」

 

「私達を見て?」

 

「女としての違いを見せつけられた〜〜〜〜!」

 

 

唯と里優から苦笑いしか出なかった。

つまり銭湯の中で聞いた会話の内容が円の女としての格だったのだろう。

 

 

 

帰る途中円は唯と里優に慰められながら歩いていた。

 

 

家に着き晩飯の時間。

何故か台所には円が1人だけで唯と里優は俺達と一緒に座っていた。

 

 

「なんで円1人なの?」

 

「どうしても1人で作るって聞かなくて」

 

 

台所から聞こえてくる物音1つ1つが気になりいてもたってもいられない。

心配になり台所に行くとすぐに追い返される。

完成するまでは近寄れない。

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「できた〜!」

 

 

いつもなら自分の分は自分で運ぶが今日は円がすべて運んできた。

テーブルに並んだものは案外普通の料理だった。

 

 

「今日は円の大好きなハンバーグだよ」

ハンバーグにしては形が少しいびつだ。

何かを模様しているみたいだけどそれがわからない。

 

 

「これなんだ?」

 

「内緒だよ。形は悪いし味も唯姉と里優ちゃんみたいにはできなかったけど一生懸命作ったんだよ」

 

「何言ってんだよ。めちゃくちゃ美味そうだぜ」

 

「竜兄、本当?」

 

「まじで!早く食べようぜ!それでは…」

 

「いっただきま〜す」

 

 

 

食事が始まると円はみんなに

「美味しい?」

と聞きまわり

「美味しい」

と言われて今までに見たことのない笑顔で笑っていた。

 

 

食事が終るとジャンケンもせずに円は皿を洗い始めた。

俺は気になりお茶を取るふりをして台所にいった。

 

 

「円、大丈夫か?」

 

「うん、大丈夫だよ慶兄」

確かにいつもより顔色がいい。

 

 

「修学旅行ってこんなに楽しいんだね。円初めてだったからびっくりしてるよ」

 

「初めてだったのか。本番はもっと楽しいぞ。今日なんかよりも」

 

「きっとそうだね」

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皿洗いも終わりお茶をすする。

「よ〜しそれではゲーム大会の開始だ〜!」

 

 

カバンその3からあれこれ出そうとした時

「円達はこれからガールズトークだから」

そう言い残し違う部屋へ向かった。

 

 

「え〜!なんで!こんなに用意したのに!あっ!寝る前にやればいいか」

 

「慶、多分そのまま寝るから適当に布団借りるわね」

拓郎のあらゆるゲームが無駄になった瞬間だった。

 

 

「じゃあ俺達も寝るか」

竜祈はさっさと布団を引いて横になってしまった。

 

 

拓郎の目が2人でもいいからやろうよって言っている。

 

 

今こいつに付き合ったら夜は長すぎる。

俺もベッドに駆け込み寝ることにした。

 

 

シクシク泣く拓郎の泣き声を子守唄代わりにしながら。

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疲れていたのか起きたのは昼過ぎだった。

台所に行くと唯と里優が昼飯の準備をしていた。

 

 

「円は?」

 

「あら?慶おはよう。まだ寝てるわよ。遅くまで話してたから眠いんでしょうね。そろそろみんな起こしてきて。準備しておくから」

 

「あいよ」

まず拓郎と竜祈を叩き起し円を起こしにいった。

 

 

「円、そろそろ起きろよ」

顔を覗き込むとどんな夢を見ているのか涙が流れていた。

 

 

「んっ、慶兄おはよう」

まだ寝ぼけていてふらふらしている。

 

 

支えながら食卓に行くとピンクのネグリジェを着た拓郎が座っていた。

「お前、その恰好…」

「昨日これでつっこんでもらおうとしたらみんな寝てるんだもん。それに僕のゲーム達もカバンの中でおやすみさ」

かなりのショックを受けているらしい。

 

 

「飯食べたらやればいいじゃないか」

 

「僕これから用事あるから食べたら帰らないと…」

なんてついてない男なんだろう。

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昼飯を食べ終わり拓郎が帰っていく、カバン3つを持って。

玄関までいく拓郎を円がついていく。

 

 

「拓坊、バイバイ」

 

「円だけだよ、見送ってくれるの」

玄関が騒がしい。

また拓郎が抱きついているようだ。

でもすぐに静かになり玄関が閉まる音が聞こえ円が戻ってきた。

 

 

「拓郎に抱きつかれたのか?」

 

「まったく拓坊、円だって女の子なのに」

ぶつぶつ言っていたが嬉しそうにも悲しそうにも見えた。

 

 

夕方になると

「私もそろそろ帰らないと」

唯が慌てて帰り支度を始める。

 

 

「それじゃ俺達も帰るか」

続いて竜祈達も帰り支度を始める。

 

 

玄関に向かう3人を俺と円は見送る。

円は両手を広げて何かを待っているようだ。

 

 

「どうしたの円?」

唯は円に聞いた。

 

 

「拓坊だけだと不公平かなって思って」

何かに気づいたように唯は円を抱きしめた。

 

 

「バイバイ、唯姉」

「うん、また明日ね」

次々と円を抱きしめていく。

 

 

「バイバイ、里優ちゃん」

「はい、また明日です〜」

 

「おい、竜祈。何をためらってるんだよ」

 

「いや俺には里優がいるし」

 

「気にしなくていいですよ〜。じゃないと不公平ですから〜」

 

「そっか」

恥ずかしがりながらも竜祈はぎこちなく円を抱きしめた。

 

「バイバイ、竜兄」

「おお、またな」

 

こうして3人は家を出ていく。

最後に円は外まで出て大きく手を振り

「バイバ〜イ」

と叫んでいた。

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「慶兄、本当にありがとう。円のわがままに付き合ってくれて」

 

「気にするなよ。これで元気になればなって思っただけだよ」

 

「うん、奇跡が起こればみんなとこうしてまた遊んだりできるね」

 

「奇跡なんか起きなくてもまた遊べるだろ」

 

「ううん、円にはわかる。もうそこまできてるから」

 

「きてるって?」

 

「なんでもないよ。円もそろそろ帰るね。やりたいことあるし」

 

「そっか」

円は部屋から荷物を持ってきて両手を広げた。

 

 

「俺もやるのかよ」

「当り前だよ」

渋々円を抱きしめた。

 

 

「バイバイ、慶兄。本当にありがとう」

「あぁ、またな」

円が玄関から出ていく。

 

 

「送らなくて大丈夫か?」

「大丈夫だよ。円はこんなにも元気なのです」

ぐっと腕に力をいれて見せる。

 

 

「そうか。早めに寝ろよ」

「うん、バイバイ、慶兄」

小さく手を振り円は帰って行った。

玄関を閉めようとすると小さくどこからか

 

 

《今まで本当にありがとう》

 

 

と聞こえた。

 

説明
俺は円の秘密を知ってしまった。
そんな中、円にお願いをされる。
俺は叶えるべきか叶えないべきか…
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