義兄妹依存論
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 Please cry Please cry

Please call my name

And please scratch at my back

Because they are convinced existence of you

 

 

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 月の色は国によって違うらしい。

 日本では黄色だがそう識別するのは割と少数派で、銀色であるという見方もある。

 色自体の認識の違いかもしれない。それでも自分はこれからも空に浮かぶあの衛星が銀色に見えることはないだろう。

 だからその日も変わることなく月は黄色だった。部屋の輪郭をぼんやりと映し出す柔らかな斜光にまで色はないにしても。

 寝ぼけ眼のままに純一は全開のままのカーテンに視線を走らせた。

 

――原因はコレか。

 

 泥のように眠ったはずだったが月はまだ高い。妙な時間帯に目覚めてしまったものだ。頭上の時計が示す数字は起床時間よりも眠りについた時刻のほうが近いくらいだ。

 傍らの体温を探る。触れた指先に安堵する。そんな自分に驚いた。

 何をビビってんのやら。思わず口が自嘲を刻む。

 つい数時間前に溶け合うくらい重なり合ったはずなのに、未だに何が不安だというのか。

 なんだかおかしい。

 焦りにも似た不安感。その原因がわからなくて、身勝手に一際輝く空の星を一睨みする。

 乱れたシーツから身を起こし、カーテンに手をかけた。

 

「にぃ、さん……」

 

 耳慣れた鈴の音と呼び声に振り返った。

 寝返りをうってこちらを向いた音夢の瞳は閉じている。

 

「きょうから、わたしが、あさごはん、つくる、から」

 

 起こしてしまったかと内心冷やりとしたが、杞憂だったようだ。

 唇から漏れる寝息は途切れ途切れだが、イヤにはっきりと聞こえる。

 犯行声明とも殺人予告とも取れるそれに眉を寄せながらも苦笑した。

 正夢になるのはもう少し先にしてもらわないと。愛しい恋人の愛だけなら誰にも劣らないだろう手作り料理を受け取るには、少々自分の胃は修行が必要なのだ。

 今は恋人が夢の内容を覚えていないことを祈るしかない。

 もっとも彼女の料理の腕さえ上がってくれれば、最低限気絶しないものができればいいのだが。

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 リン、と高く涼しく音が静寂の部屋に転がった。

 

 夢見が悪いのか(夢の中の自分がまた何か余計なことでもいったのだろう)少し顰め面をしてごそごそと動き出した音夢。身体を隠していたはずのシーツが肌蹴た。

 背筋が凍ったのはその一瞬。

 現れたのは白い肌の上の赤い痣に、ドクリと心臓の不気味な高鳴りに思わず胸を押さえた。

 確かに、自分がつけたものだ。熱に浮かされたようにぼんやりとした記憶の中で、愛した者に付けた所有印。

 肌の柔らかさと塩の味を思い出す。

 口付けの刻印は真紅の花弁に酷似してて。

 思考の片隅に押しやったはずのものを鋭く突き刺す。

 

 月明かりの部屋と

 自分のベッドで眠る恋人と

 身体に散らばる……花

 

 掘り起こした記憶はトラウマに近い。眩暈と吐き気が同時に体内で爆ぜ踊る。

 ぐにゃり、と視界が歪んで、焦点のぶれた視界の中、むせこむ声が聞こえた。

 悪い既視感は連鎖する。

 はじかれたように陶磁の肌に触れた。先ほど触れたよりも冷たくなっているのが気のせいなのかどうかの判断もつかない。

 

「音夢、音夢。……音夢!」

 

 気づけば乱暴に肩を揺さぶっていた。そうでもしなければ、目覚めてくれない気がした。

 臆病になる。過去の切なくて、苦しくかった悪夢がそうさせる。

 今が夢なのか現実なのかすら分別つかなかった。

 高まる感情に置いてけぼりをくらった現実はあっけなくて、不機嫌な声を上げて開かれた海の瞳は、起こした本人の必死の形相に目を丸くした。

 

「兄さん? どうしたんです?」

 

 どうしたかと聞かれて、聞きたかった声を聞いて、ようやく純一の中に冷静さが舞い戻ってきた。

 遅れて、ブレていた視界の中の全てが急速に像を結んでいく。

 自分の情けないまでの大げささに気づいたのは、目の前の少女のきょとんとした表情がはっきりわかるようになってからだ。

 

 確かに桜は枯れたはずなのだ。

 彼女が無秩序な夢を身に溜め込むことも、おぞましいほどに鮮やかな花弁を吐き出すこともない。

 

「いや……」

 

 そもそも元をただせば、彼女の身体中の刻印を付けたのは自分じゃないか。

 独占欲や支配欲や、もろもろの欲情に飲み込まれた、忘我の果ての行為が自分を脅かしていたなんて、いえるわけがない。

 兄としても、男としても、恋人としても。

 

 

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 しどろもどろに答えを濁す純一を、珍しく歯切れの悪い兄を、音夢はどこか見慣れない風に見ていた。

 思い出すのは目覚めた刹那。必死な呼び声と、泣き出しそうな表情と。

 思い当たる節があった。

 崩れる意識の中で聞こえた叫びと、真っ白な病室で真っ先に飛び込んできたあの顔だ。

 

 兄は強い。いつも面倒くさがりで、無気力に見えるかもしれない。だが誰よりも真っ直ぐでブレがない。

 弱いところを他人に見せたがらなくて、妹の音夢にはなおさら。さらに恋仲になってからはその傾向は顕著になった。

 男として、兄として、恋人としてのプライドだろうなと音夢は思う。

 無理をしすぎる性格は自覚しているところもあるが、強がりというのだったら純一だって負けていない。ただそれが見えにくいだけの話。ある意味天才的な器用さで巧妙に隠している。

 

 だからこそ、そんな彼が突然見せた脆さが愛おしく思えた。

 満月の魔力。

 浮かんだのはそんな陳腐な発想。だがそうでないとも言い切れない。そんな幼ささえ残る戦慄の容相。

 それはだれも知らない彼の表情を自分だけにさらしてくれていることに対する、子どもじみた優越感なのかもしれない。

 

 意味がわからないほど、愚かなつもりはなかった。

 どうすればいいかわからないほど、幼いつもりもなかった。

 音夢はゆっくりと手を伸ばす。

 

 どう答えたものかと思考をめぐらせる純一の首に不意に暖かな温度が巻きついた。

 それが音夢の腕であることに気づいたときには引き寄せられて、ベッドにかろうじて片膝をついていただけのバランスが崩れ落ちる。温かな人肌。塞がれた視界のなかで言葉が降り注ぐ。

 

 

 

「大丈夫です。私はここにいますから」

 

 

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 もう一度、大丈夫という甘い声が純一の耳朶を打つ。

 悟られるわけがないなんて思ったわけでもないが、あっさりと心情の深淵まで差し伸べられたことに、目を見開いた。

 それでも見透かされたという事実は、なぜか心地よく胸に溶けた。

 勝手な空回りを繰り返していた心が、ゆっくり解れていく。

 確かに聞こえる心音がどうしようもなく嬉しくて、少しだけ涙が音夢の肌を滑る。

 

 多くを望むわけじゃない。ただ、そばにいて欲しい。

 それはささやか過ぎる願望。笑ってしまうほどに。

 普通に隣で笑いあって、怒りあって、悲しみあって、慰めあって。

 そんなことすらに心を砕いたときがあって。

 多分、もはや自分たちは離れられるようにできていない。そういう構造になってしまった。

 言葉にすればなんでもないありふれた感情。だが長い年月をかけて育まれたそれは、いつしか身体の重要な器官に定着してしまった。

 恐ろしいのは失うこと。心も、身体も、幾度となく重なった大切な存在だから。

 

 だから――。

 

「足りない」

 

 淡く光の落ちる室内に落ちるくぐもった声。

 音夢が疑問を飛ばしたときには純一はすでに行動に出ていた。

 おもむろに身体を起こした純一の四肢が、音夢の上に覆いかぶさる。

 重なり合わない部分は肘で支えられた顔だけで、それすらも互いの吐息が聞こえるほど近い。

 身に着けるものが何もない肌と肌で互いの熱は音夢のほうが少しだけ熱い。

 仰向けの瞳は海。深い慈しみの母なる色。

 

「確かめさせてよ」

 

 耳元で囁かれた誰かの熱は、音夢の細い背中を内側から突き上げる。

 浮かされかけた脳裏の中、なけなし理性を掻き集めて音を紡ぐ。

 できるだけ平静を装って。

 

「……今からですか? もう夜が明けちゃいますよ?」

「それからもう一度寝ちゃえばいい」

「学校はどうするんですか? 土曜日ですよ、明日は」

「どうせ半ドンだろ? サボっちまおう」

「ンもう。そんなんだから――」

「で? どうする?」

 

 強制はしない。なんていう、純一の顔はいつもの兄のそれではない。

 見慣れない「男」としての純一の顔に、自分は弱いのだというのが、最近の音夢の発見だった。

 

 でも今回はそれだけじゃない。

 

 首に回していた腕をそろりと伝わせて、少し赤くなった頬に滑らせる。

 強気な発言とは裏腹な、瞳の奥の怯えに気づいてしまったら。

 

 ――もう拒むことなんて、できるわけがないから。

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ssをうpしていたブログが謎メンテナンス→全記事文字化けの憂き目にあって、頭の中がクラッシュしました。
この際だからと過去に書いたssを書き直してTINAMIにいくつか上げようと思います……
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