真説・恋姫演義 北朝伝 〜第五章・第四幕〜 |
虎牢関の前面にて、剣戟音と怒号を響かせて、激しく激突する二つの軍勢があった。
一方は『董』の旗をその中央に翻らせる、北郷軍の洛陽攻略軍、十万。
もう一方は、『張』の旗をその先頭に掲げ、常に戦場を疾駆し続ける、曹魏の軍勢五万。
両者による戦端が開かれてすでに半刻。戦いは一進一退の様相を呈していた。虎豹騎三万を主軸とする北郷軍は、その彼らを前面に押し出し、圧倒的な破壊力をもって、最初は張遼率いる魏軍を震え上がらせた。
しかし、張遼とて歴戦の将であり、その配下の兵たちも、数々の修羅場をくぐった、彼女の子飼いの兵たちである。張遼は戦いが開始されてすぐ、虎豹騎の唯一の”弱点”を見破り、そこを利用した用兵へと戦闘手段を変えてきた。
虎豹騎の弱点、それは、重武装による機動力の低さ、である。
兵のみならず、騎馬までも鋼鉄の鎧に身を固めた、突進力と防御力を突出させた騎馬軍団。一当たりすれば、大概の兵は一瞬で恐怖し、例え向かってくる者がいても、その手に携えた突撃戦用に特化した細長い円錐形の、特殊な形のその槍ですべてを弾き飛ばす。しかも、並大抵の武器や矢では、その身を覆う鎧を傷つけることも難しい。
しかし、突進力に重点を置きすぎたために、小回りが利きにくく、移動速度も歩兵より少し速い程度になってしまったのである。それゆえ、普段はその機動力を補うために、味方の雷弩騎兵や連弩隊が、その彼らを補助するという形をとることとなった。
そして今回もまた、その通りの運用手段でもって、張遼率いる魏軍に攻めかかったのであるが、張遼は虎豹騎の足の遅さに気がつくと、その補助をしている雷弩騎兵や連弩隊に、攻撃目標を変えたのである。
それらを先に片付けてしまえば、残った足の遅い騎馬隊など、少々の頑強さを除けば、後はいくらでも片付けようがある、と。彼女はそう踏んだのである。
「ちっ!さすがは霞というところか。こうもたやすく、虎豹騎の欠点を見抜いてくるとはな!」
「そうね。しかも、そうと気づいたその瞬間に、すぐさま攻撃目標を虎豹騎以外に向けたのも流石だわ。……ほんと、敵に回すとこれだけ厄介な将は、ほかには中々居ないわね」
張遼の臨機応変なその戦術に、改めて関心する賈駆と華雄。
「へぅ。……でも、私たちもここで負けるわけにはいかないよ。詠ちゃん、合図の旗をお願い」
「……そうね。出し惜しみはしてらんないか。……赤旗!青旗!力の限り振りなさい!」
『はっ!!』
賈駆のその声を聞いた、旗を三本持った兵のうちの、赤い旗と青い旗を持った者たちが、言われたままに力の限りに旗を振る。
「華雄、あんたは何とかして、霞のやつを抑えてて頂戴。……梢(こずえ)たちが脱ぎ終えるまで」
「わかった。……霞とは一度、力の限りやり合ってみたかったしな。散々に打ち負かして、月様の前に連れて来て見せましょう」
「……えっと。なるべく穏便に、お願いしますね?」
一方で、北郷軍の中央で旗が振られたことに、張遼ももちろん気づいていた。
「なんや?何の合図や?……まさか、これ以上の兵がどっかに隠れとんのか?!」
「霞さま!どうしますか?!いくら何でも、これ以上兵が増えたら対応のしようが……!!」
そんな張遼に声をかけるその人物は、董卓軍時代からの彼女の副官の、高順という少女だった。
「ちったあ落ち着きぃ、樹(いつき)。……虎豹騎とかいう連中以外の騎兵や弓兵たちは、結構な数を減らしたんや。後は月っちたちの居る本陣さえ叩けば、うちらの勝ちは動かへんくなる」
「……月さま、ですか。……生きておられたことは、私も正直とても嬉しいですが……やはり、少々やりにくいですよ」
高順にとっても、董卓は元の主である。彼女は高順にとって、いや、元董卓軍の将兵たちにとっては、優しき慈母の如き存在だった。そしてそれは、いまだに高順らにとって変わりの無い事実であり、敬愛してやまない人物なのである。
「……樹のその気持ちはわかるけどな。けど、それはそれ、これはこれ、や。……相手が月っちたちやからこそ、手は絶対抜けへんで……ん?」
「霞さま!あの旗は……!!」
「……華雄か!」
張遼と高順の視界に、『華』の旗を掲げた一団が迫りつつあった。その先頭で馬にまたがっているのは、もちろん華雄その人である。
「……ふふん。うちらの動きを抑える気ぃやな?樹!兵たちは任したで!うちが華雄を抑えてる間に、月っちたちを捕まえ!……あ、その際は、くれぐれも丁重に、な?」
「はっ!」
「……あれからどれほど腕上げたか、猪振りがちっとでも治ったか、確かめたるで、華雄!」
張遼と華雄が、華々しく一騎打ちを始めたのと同じく、高順率いる張遼隊の一部が、董卓と賈駆のいる本陣に対し、猛然と突撃を行っていた。
「月さま!詠!その身柄、こちらで預からせていただきます!者ども!二人を捕縛せよ!ただし絶対に傷はつけるなよ!」
「樹!?月っ!下がって!」
「詠ちゃん!」
董卓を庇い、その正面に立つ賈駆。さらに、その二人の周囲を多くの兵が囲む。二人の直衛として残っていた、虎豹騎のうちの三十人ほどである。
「ここにも虎豹騎の兵が居たか。だが、わずか三十人程度のこと!いかに十の兵の力を持っていようが、将たる私の前では何の意味も成さん!おうらーっ!」
高順の戟によって、次々となぎ払われていく兵士たち。だが、彼らは体に走る痛みをこらえ、再び高順の前に立ちふさがり、その進攻を阻む。
「みなさん!お願いですから無理はしないでください!詠ちゃんお願い!そこを通して!」
「だめよ月!ここで月が捕まったら、それこそすべてが終わっちゃうわ!気持ちはわかるけど、ここはこらえて!もっとみんなを信用なさい!樹!あんたもあんまり、彼らをなめないことね!」
虎豹騎の兵たちのその姿にいたたまれなくなった董卓が、高順の方へと思わず進み出ようとするが、賈駆がそれを阻んで彼女をを諌めた。もっと彼らを信じろ、と。そして、高順に対しては、北郷軍の精鋭中の精鋭たる虎豹騎を甘く見るなと、きっ、と彼女をにらみつけて叫ぶ。
「ふ、上等さ。さあ、来いお前ら!北郷軍自慢の虎豹騎の実力とやら!このあたいに見せてみな!!」
(……よしよし、思惑通り乗ってきたわね。……相変わらず単純ね、樹は。将としての矜持が高すぎんのよ、あんたは)
高順のプライドの高さ。賈駆はそこを突いて彼女をあおり、虎豹騎との戦いへとその目と意識を集中させた。……四半刻(約三十分)。たったそれだけの時間を、彼女はそれで稼いだ。……そのわずかの時間が、ここでの戦局を決定付けた。
「せいりゃあーーー!!」
「なんとおーっ!?」
張遼の偃月刀と華雄の斧とが、激しい金属音とともに、火花を散らしながらぶつかり合う。二人の一騎打ちが始まって、すでに三十分。何十合打ち合ったかわからないが、両者とも、まだまだ十分な余力を残し、次の挙動に入るための構えをとる。
「……やるやんか華雄。単純なままの昔の華雄やったら、うちが圧勝してたんやけどな」
「ふ。……私とて、いつまでも昔のままではないさ。……それに」
「それに?」
「……いつまでも猪なままでは、いつか”奴”に会ったとき、顔を会わせられんからな」
ふ、と。少しばかり遠い目をして、張遼の方−いや、正確には、そのはるか先を見つめる華雄。
「……誰のことを言うとるんや?北郷……ちゅうわけではなさそうやけど」
「ふ。こればかりは、月さまとてお知りにならないことだ。……私が、皆に真名を明かさない、その理由でもあるがな」
「はあ?」
(……確かに、華雄の真名って聞いたことがないな。本人からも、誰かが呼んどるんも)
だから、彼女にはもしかしたら、真名が無いのではないか?そんな噂が流れたこともあった。しかし、彼女は今はっきりと言った。真名を明かさない理由、と。つまり、彼女も他の者と同じく、真名をきちんと持っているということだ。……秘密にしているその理由とやらを、張遼は無性に聞きたくなった。だが、今は一騎打ちの真っ最中である。
だから、彼女は華雄に、こんな提案をした。
「なあ、華雄?ちっと賭けでもせーへんか?」
「賭けだと?」
「せや。もしうちが一騎打ちで勝ったら、その”理由”っちゅうのを教え〜や。そんかわり、うちが負けたら、おとなしゅう北郷軍に降って、洛陽を無傷で明け渡す。……どや?」
「……ふざけるな、といいたいところだが。ふっ、そういうのもたまには面白かろう。なにより、洛陽の街に被害を出さずに済ませられるなら、それに越したことは無いからな」
笑顔を顔に浮かべ、張遼の提案に諾とうなずく華雄。その華雄の台詞を聞いた張遼もまた、その顔に喜色を浮かべ、偃月刀を華雄に向ける。
「……それはつまり、うちに勝てるいうてるわけやな?……上等やで!来ぃや、華雄!」
「おうよ!往くぞ張文遠!おああああー!」
「でえええええい!」
華雄の金剛爆斧と、張遼の飛龍偃月刀が、再び激しくぶつかる。互いに長柄の得物であるだけに、ある程度の間合いを取っての激しい攻防を、両者は十合、二十合と交わしていく。
二人の勝負を分けたのは、二人のその、武の質だった。
「おおおおおっっ!」
「当たるかい!んな大振り!」
力強く振り下ろされた、華雄のその一振りを、張遼は蝶のような華麗さで舞い、いともあっさりとかわして見せた。目標から逸れ、地をえぐった華雄の斧により、もうもうと土煙が巻き起こり、ほんの一瞬、張遼の視界を塞いだ。
「チッ!あんの馬鹿力!ちっと位加減ちゅうのをおぼえ……なっ!?」
土煙が晴れた後、そこにあったのは、華雄の金剛爆斧だけだった。
「ど、どこにいったんや?!まさか逃げたなんてことは……?!」
「……ここだ、霞」
「!?がっ!!」
どさり、と。
声がしたと思った瞬間、張遼は、延髄に手刀の一撃をもらい、意識を失って倒れた。
「……正直、お前があんな手に引っかかるとは思ってなかったよ。……さて」
倒れた張遼に向かって、意外そうにそうつぶやいた後、華雄は本隊の方へとその視線を転じた。そこには、周囲を軽装−というか、鎧を一切着けていない騎馬隊に取り囲まれ、武器を一斉に捨てている魏軍の姿があった。
張遼と華雄が激闘を演じていた頃、董卓たちを捕縛せんとしていた高順たち魏軍の別働隊に、突如後方から襲い掛かってきた部隊があった。その手に持った、独特の形状の槍以外、一切の装備を脱ぎさって、身軽になった虎豹騎隊三万である。
あの時、賈駆が送らせた、二色の旗による合図。赤い旗は、鎧をすべて、捨て去らせるためのもの。青い旗は、一気に反転して魏軍の後方を突け、というものだった。
虎豹騎を直接指揮していた、華雄の副官である胡診は、それを見て、ためらうことなく命を下した。
虎豹騎の、兵と騎馬の双方が着けている鎧は、ともに留め金の一つを外すだけで、いとも簡単に脱ぎ去れるようになっていた。ただし、一度外せば、その場でもう一度着なおすのはほとんど不可能な上、その鉄壁を誇る防御をも失うこととなる。
それ故に、ここぞというところ以外では、将の指示ある以外はけして外すことは許されない。そして、重い鎧を脱ぎ捨てた虎豹騎は、神速をも超える速度を手に入れる。その手に持った突撃槍のその威力も、速度が加わることにより、さらにその威力を増すのである。
反転してきた虎豹騎に、突如その後方を突かれた魏軍は恐慌状態に陥り、あれよあれよという間に討ち取られていった。そして、董卓と賈駆を包囲していた高順も、その彼らによって逆に包囲されることとなり、是非も無しとつぶやいて、武器を捨てて降伏した。
虎牢関前面における戦は、こうしてその幕を下ろした。
董卓たちはその後、目を覚ました張遼の先導で洛陽へとその歩を進め、混乱無くその地を抑えた。
「……久しぶりの洛陽、だね。詠ちゃん」
「そうね。……北郷たち、うまくやっているといいけど」
「大丈夫だよ、詠ちゃん。……ご主人様のことだもの。絶対、みんな無事で居るよ」
「……そう、ね」
沈み行く夕日を見つめながら、二人の少女は微笑みあった。
そして、ちょうどその頃。
官渡でも、その決戦の幕が下ろされようとしていた……。
〜続く〜
説明 | ||
北朝伝、五章の四幕です。 虎牢関前面における、元・董卓軍同士の戦いです。 ちびっとだけ、オリキャラ二人(一人は名前だけw)登場。 それでは。 追伸: 森番長さまのコメによるご指摘に基づき、 無理のあった部分を修正しましたw 2p目の後半部分です。では。 (4/7 13:53現在) |
||
総閲覧数 | 閲覧ユーザー | 支援 |
21263 | 15818 | 130 |
コメント | ||
キャスト・オフに・・・クロックアップですか・・・。面白いアイデアですw(アーバックス) いえ、アロンアルファ様のコメント見て新しい嫁が増えるんだろなぁ・・という意味でのドンマイです ややこしくてごめんなさいです(よーぜふ) 東方武神さま、一応はイメージにはなってますw 鎧の色は蒼ですけどねw(狭乃 狼) この虎豹騎見てると、なんだか龍浪伝を思い出すんだが・・・さて、まずは一勝。次戦も楽しみにしてます(東方武神) 村主7さま、はい、その華雄の話の詳細は、次の章にて語らせていただくつもりですw(狭乃 狼) よーぜふさま、えっと、月の何に対してのドンマイのお言葉でしょう?ちょっとわからなかったです。(狭乃 狼) 2828さま、はい、それもまた大変な作業のひとつですw(狭乃 狼) 森番長さま、言われてみればまさにそのとおりですねwうわー恥ずかしミスを(汗) すぐ修正しておきますのご勘弁くださいませ。(狭乃 狼) hokuhinさま、そう言っていただけて何よりですwww(狭乃 狼) アロンアルファさま、新しい嫁・・・多分もっと増えるでしょうwww(狭乃 狼) はりまえさま、まっことおっしゃるとおりでw 華雄がメインの外史、いつかそれを生んでみたいものですww(狭乃 狼) 砂のお城さま、かんぱーい!!www(狭乃 狼) ほわちゃーなマリアさま、ワンタッチって便利ですよねw で、そのメイド服にはどんな特性が?www(狭乃 狼) 無双さま、天はどっちに微笑むでしょね?w(狭乃 狼) ニルヴァーシュさま、それは嬉しいですwどうかたっぷり、気にしててくださいw(狭乃 狼) mokiti1976−2010さま、華雄に限らず、みんな一刀補正を受けて成長するんですw(狭乃 狼) 何やら気になる華雄さんの過去話・・・は暫くお預けですかね(一騎討ちで勝ったから) さて対華琳戦の大詰めがどうなっているのか、結末を楽しみに待ってます(村主7) まあ一刀ですから・・・月ちゃんドンマイw (よーぜふ) ・・・・・脱いだら凄いんです(速度が)w 戦終了後に脱いだ鎧回収ですねw(2828) 気になったんだけど、高順は月と直接話した事が無いってあるのに真名を呼んでるのが凄い違和感合ったんだが?(森番長) 鎧を脱いで身軽になるとは・・・華雄の勝利もついてよい戦いであったな。(hokuhin) 信じてあげてください月チャン、一刀は新たな嫁を連れてくることを・・・ハッ!後ろから強烈なプレッシャーが!(アロンアルファ) 今度から姉御(華雄に対して)呼ばせてもらいます!しかしこうも人気があるのに本編(恋姫・真・萌将伝)ではわずかしか活躍できないとは本当に悲しい(黄昏☆ハリマエ) 成長したな、華雄(シミジミ ワンタッチで鎧が外せる機能は、便利ですよね。おし、この特性メイド服を月達に贈っときますか。(ほわちゃーなマリア) このまま上手くいくといいんだが・・・。続き待ってます!!(無双) おおおお!これは続きが気になる!!(ニルヴァーシュ) おおーっ!華雄が霞に勝った!!やはり一刀補正が加わると皆強くなるのか!!!次はいよいよ官渡決戦、結末や いかに?(mokiti1976-2010) |
||
タグ | ||
恋姫 北朝伝 月 詠 華雄 霞 | ||
狭乃 狼さんの作品一覧 |
MY メニュー |
ログイン
ログインするとコレクションと支援ができます。 |
(c)2018 - tinamini.com |