恋姫異聞録107 −画龍編 |
俺が起きて船室から出て最初に眼にしたものは敵から拿捕した穴だらけの船が三隻
そして傷だらけで鎧すらボロボロ、体の至る所に包帯を巻満身創痍でありながらも
その眼は餓狼のようにギラついた輝きを持つ兵達だった
周りをみれば半分近い兵が同じ様相をしており、敵の誘いに乗る中一体何があったのか
俺は全く想像ができなかった。なぜならばコレだけ負傷者が居ながらも兵数は殆ど減っていないのだから
敵からの急襲?違う、それだったらもっと皆が減っているはずだ
河を見れば船の進みが俺が寝る前よりずっと早いのが解る。岩礁なんかを流れる河に逆らう事無く
まるで流される葉のように避けて、船の扱い方を理解した証拠だ
兎に角、状況を確認しなければ。華佗はコレだけ負傷者が居るんだ治療に回っているんだろう
一馬も凪達も、霞も見当たらない。牙門旗も立ててない、だが先頭か中央の船には詠が居るはずだ
男は周り見渡し、船を操舵する兵に前の船に寄せるように指示を出し渡し板をかけて船と船の間を移動する
凄いな、こんなに前の船と接近するなんて。訓練を始めた頃と比べたら天と地の差だ
一体どうやってコレだけの練度を手に入れたんだ
船を移動しながら男は驚く。前方の船と接近させて先頭へと言えば、操舵する兵は雲の百人長は頷き
小さく鐘を鳴らし前の船へ知らせれば、次々に船が一列に船の道が出来上がる
河川でありながらも陸を思わせる一矢乱れぬ動きに男は言葉を無くしてしまっていた
「・・・・・・そうか、解った。詠が何故、突騎兵なんかを水上で使おうとしたのか」
渡し板を渡りながら先頭まで到着し、後ろを振り向きながら男は呟く
何故船を艨衝ばかり作らせていたのか、何故水上で全く役に立ちそうにない
むしろ運用しようなどと考えない騎兵などを使おうとしたのか
全てに合点がいった男は頷き、己の知の及ばない改めて賈駆という軍師の恐ろしさを垣間見た
男の背筋に冷たい物が伝う。心底敵で無くて良かったと
「何笑ってるの?ようやく起きたのね、もう江夏の港は眼と鼻の先よ」
どうやら俺はまた笑っていたようだ、歓喜の笑は相変わらず無意識に出てしまう
しかしもう江夏に着くとは俺は一体どれだけ寝ていたんだ?
「なあ詠。俺はどれだけ寝ていた?」
「だいたい二日くらいかしら。まぁ全然寝てなかったんだから其れくらい寝そうだとは思っていたけど」
二日・・・あれからたった二日で江夏まで南下したのか。普通に河を下った日数と殆ど変わらないじゃないか
「無理やり押し込んだのか?予想よりも早い、いや早過ぎるくらいだ」
「周りを見れば解るわよね、苛烈に行かせてもらったわ」
「どんな攻め方をした?」
「聞いてどうするの?」
船の船首へと歩く詠は止まり、此方をまっすぐな眼で見てくる
その眼には月と同じ、強い鋼のような意思を持った瞳だ
つまりは覚悟は決まっているということだ。自分の指揮した戦い方に不満があるならば斬れと言わんばかりに
俺から目線を外さず。己の思考を、意思を俺にさらけ出してくる
本当に、詠は俺を信頼してくれてい居るんだな。軍師として、俺に斬られることすら厭わないで
勝つために策を示し、実行してくれているんだ
「現状を把握したいだけだ」
「そう、ならアンタの感じた通りよ。兵を代わり代わりに敵船に突っ込ませた、死ねと言ってるのと同じよ」
そういって指差す先には三隻のボロボロで矢が山のように刺さった艨衝
つまりはコレで兵を空船だろうがなんだろうが構わず突っ込ませ、戦闘をしてきたということだ
良く見れば無徒が腕に巻いた包帯を赤く滲ませ誇らしげに艨衝の船首に立っていた
後ろには無徒が次に引き連れる兵だろう、無傷の兵が仲間の熱気に当てられ同じように眼を鋭く光らせていた
「戦力の逐次投入、量で物を言わせた戦い。策なんてもんじゃないわ」
兵達を見る俺を詠は隣で一度俯き、鼻をフンと鳴らして腰に手を当て何時もの格好で俺を見る
その眼は「さぁ、煮るなり焼くなり好きになさい」と言っていた
どうやらの兵を見る表情は見てられないものであり、友として俺の信頼を裏切るような行動だったと感じたようだ
そんな詠を見て俺は少しだけ笑ってしまう
何時もは気の強いところばかり見せて居る詠はこういう時、必ず尖った表情をしながら
相手の気を使うような姿を見せるからだ
「な、何よっ!アンタの嫌うような戦いをしたんだから怒るなら怒りなさいよっ!何で笑うのよっ!!」
「怒らないよ。詠は勘違いしてる、いや華琳から聞いた事が無いのか?俺が昔、華琳を守るために
兵に死ねと同じような事を言ったことを」
どうやら華琳が昔の、統亞達と戦った事を話したのは流琉と風、フェイの三人だけのようだ
その三人ならばそうそう他言することは無いだろうし、知っているのはその三人だけということか
キョトンとした表情で眼を丸くする詠。俺の顔を見て嘘では無いと感じたようで
考え違いをしていたと少し顔を赤した詠が子供のように見えてしまい、頭を撫でようとしたところで払われた
「このっ!」
そして蹴りをスネに喰らうが、勢い任せだというのに大した威力もなく手加減してくれたようだ
詠も軍師だとは言え俺よりもずっと身体能力が高い。この世界の将は本当に違う人間とも言えるくらい
兵と比べその能力が突出している。コレが秋蘭や春蘭で本気で蹴れられれば脚は折れているだろうな
「・・・でも・・・よかったわ、アンタ何時も兵が死ぬと辛そうだから。こういった指揮は取れないんじゃ
無いかって」
「辛いさ・・・何をしたって死んだ兵を生き返らす事も、帰りを待つ人の元へも帰せない
だから、俺はこの目に焼き付けるんだ。コレが将として背負うと決めた俺の意思だ」
男はゆっくり船の縁に寄りかかり
詠へと向ける瞳は詠自身が見せたようにい、己の意思や気持ちを表す瞳
「それにな、兵は動かした時点で意味なんか無くとも人が死んでいくんだ。いくら理想を語ったところで
現実ってのは目の前で静かに残酷な物を見せる。ならば俺は皆を背負い生きるため、眼を背けないさ」
「・・・ならこんな戦、早く終わらせましょう。アンタの眼にはもう沢山刻まれているわ、もうそれ以上
背負う事も無いわよ」
そう言うと詠は縁に寄りかかる俺の腹を軽くポスッと拳で突いてくる
頷けば、詠はそのまま俺の服を掴み「馬鹿ねホント」とつぶやいた
改めて詠の頭を撫でれば、詠は不思議そうな顔をして俺を見てくる
「どうした?」
「そういえばアンタに頭撫でられるなんて初めてね・・・」
詠は気がついたように顔をハッとさせると服から手を放し、ドスッと少しだけ強めに腹を突いてきた
それでも十分に手加減してくれたようで、痛みは無い
「何で逆に慰められてるのよっ!子供扱いすんなっ!」
「気がついたか、所で敵は?詠の眼から緊張が無くなって居るようだから近くには居ないんだろうが」
質問する俺にそっぽを向き、眉を吊り上げる詠は答えてくれない
どうやら子供扱いされた事が気に入らないらしい、俺は可愛いものだと思いながら
再び船首へと移動すれば、詠は後ろからあらぬ方向を向きながら着いて来る
仕方がないと謝れば「帰ったら奢りね」と言われ、俺は苦笑しながら了承した
「敵はもう引き下がったわよ。此処に来るまで猛攻って言っていい程攻めてやった。勿論敵の速度に合わせながら
だけどね」
詠が言うには此処に来るまで無徒を先頭に、昼夜問わず敵船に次々に突っ込ませて戦いを繰り返したらしい
戦いながら練兵をすると言ってもまさか此処まで怒涛の攻めを見せると敵も思っていなかったのだろう
俺が寝ている間に敵船に翠や蒲公英も現れ、何度か戦ったようだ
やはり今の蜀で馬家の二人は重要な役割を持っていると言えるようだ
船の戦いでありながら、呉の水軍と同じ奮闘を見せたようで殆ど被害を与えることが出来なかったようだ
翠が出てきたと聞いて霞はどうだったかと聞けば、霞は翠の姿や牙門旗を見ても眼に入っていないかのように
自分の仕事を淡々とこなしていたようだ。本当は真っ先に突っ込んで戦いたいだろう衝動を抑え
仲間のために行動をし続けていたようだった
「厳顔殿は?魏延も出ては来ないのか?」
「姿を消したらしいわ。奇襲もない、急襲もない、だから恐らくはアンタの思ったとおりよ」
「気がついていたのか?」
「何となく、確証は無かったけど呉から戻ったアンタを見てね。前から覚悟はしていたんでしょう?」
「ああ・・・」
顔をしかめる俺に詠は眉を寄せ、厳しい顔を作る
そして深呼吸し息をゆっくり吐き出すと、話を続けた
善戦、そして練度はなくとも強烈に押していたのだが
相変わらず呉の船だけは恐ろしく強く、敵から拿捕したのも蜀からしい
敵に合わせ、誘われた体を保っていようと考えていたが呉の強さにそんな考えは吹っ飛んだらしい
下手に出し惜しみして、この先の赤壁で練度の少ないまま蹂躙されるよりは多少兵を減らしても
練度を上げる事に重点をおいたようだ
「だけど兵は無駄に死なせてないわよ。無徒が巧くやってくれた、お陰で赤馬の張奐なんて敵から呼ばれてたけど」
赤馬の張奐・・・其れは船に赤馬を使ったからというわけでは無いようだ
あまり良い呼び名では無いと思うが、恐らく敵の血で船を赤馬のように真っ赤に染めた所からだろう
敵を恐れさせるには十分だな、悪鬼羅刹のような呼び名だろうから
「蜀は解るとしても、呉の艦隊相手に此処まで行けたのは凄いな」
「華佗の力もあるわよ。傷ついた兵が戻るたび、直ぐに衛生兵を指揮して治療していたから」
・・・そうか、華佗も力を貸してくれている。この船には友が二人も居るんだな
お陰で兵が死なないそう考えると、気持ちが随分と楽になる
「傷ついた兵を救うのはアイツの天命なんでしょうけど、間接的に昭の心も救ってくれてる」
「詠にも華佗にも感謝してるよ。戻ったら幾らでも奢るさ」
改めて礼を言う俺に詠は「今度新しく出来た屋台ね、月と華佗も一緒に」と笑って返す
本当に二人の友には幾ら礼を言っても足りることはない
詠は何時も俺と共に戦場を駆けてくれる
華佗は俺の命を救ってくれた
何時かこの二人が窮地に立ったとき、俺はこの身を削る事も厭わない
「何笑ってるのよ・・・無徒の強さに笑っているの?ホント悪癖ねそれ」
「フフッ、そうだな」
今正直に感謝を言えば、また顔を背けられてしまうだろう
それに戦いはまだ始まったばかりだ、俺は必ず生きて帰り詠と華佗に礼をしなければならない
呆れる詠に笑を返し俺は眼前に迫る江夏の港を見据えた
此処から敵の攻撃は激化してくるだろう
江夏に来るまでに詠が言ったような苛烈な攻め、敵から船を奪うといった事までしてのけたなら
呉の船は多くなるはずだ華琳の率いる本軍が来るまでどうやって耐えるかが問題になってくる
出来ることなら赤壁の眼の前である華容に陣をはりたい所だが
「敵は何処まできているんだ?」
「放った斥候からの情報では柴桑の近く、西塞山に陣をはっているわ」
西塞山か、赤壁まで既に兵が配置済みと言うことだろう
「今までは三隻の船に一隻だけ蜀の船を混ぜていただろうけど、次からはきっと呉の船に蜀の兵を混ぜて
来ると思うわ。即席の連合で兵を分けて戦っていたんだろうけど、そうは行かなくなったはずだから」
「そうだな、此方の兵数を見て少なくとも六隻以上でせめて来るだろう。
柴桑に近づいたことで、練度を上げた蜀の兵も入ってくるはずだ。
まさか此処に来るまで城の中で休んでいたわけでは無いだろうからな」
静かに進む船の上、港に佇む無数の楼船。先に江夏に向かった工作兵と職人達が魏と書かれた旗と
叢の牙門旗を眼に入れると歓迎するように楼船を一斉に一本の道のように並べ
まるで滑走路のように俺達を迎え入れた
ついに此処まできた。華琳はもう新城から出ただろうか。江夏を見る限り港の破損具合から此処に連合軍が
攻めてきた様子はあるが船が予定された数が揃っているように見える。誰かが先に此処にきているのか?
男は手を横に水平に、詠は男の仕草を見て船を四列縦隊に並ばせ迎え入れる楼船の間をゆっくりと入っていく
傷や欠けた鎧を纏う勇猛な兵、そして鹵獲された船を見ながら迎え入れる兵は
「我ら覇王の兵、江東の虎等何するものぞ」と声を上げた
−新城−
「華琳様、全軍の練兵は完了いたしました。何時でも出撃可能です」
「解ったわ、では一刻後全軍出撃。目標は江夏」
城の玉座の前には桂花と稟が華琳の前に跪き、兵の準備が整った事を伝え
華琳は口元を少しだけ冷たい刃のように笑に変えると出撃の命令を下す
玉座から立ち上がる彼女に側に立春蘭が彼女の得物、大鎌【絶】を膝まずき差し出し
華琳は鎌を握り、春蘭と秋蘭を引き連れ玉座から立ち上がり階段を降りていく
「先頭は春蘭、中軍は秋蘭。左翼を流琉に、右翼は季衣を配置なさい。江夏までは何も無いとは思うけれど
相手は周瑜と昭が臥竜と称した諸葛亮。進路に伏兵を仕込んでいるかも知れないわ」
「御意」
華琳の命に、稟と桂花はスッと立ち上がり早足で命令を待つ兵の元へと向かう
「華琳様、一刻後とは?」
「ええ、寄る場所があってね」
寄る場所?と春蘭が少しだけ首を傾げると、華琳は「行けば解る」とだけ言うとスタスタと
歩を進め、その場で目線を交わし首を捻る秋蘭と春蘭を置き去りに目的の場所へといってしまう
二人は「お待ちください」と追いかけ、戦前だというのに柔らかい顔をして何も言わず進む彼女
の歩みのままに着いていく
城を出て戦とは無関係の賑わいを見せる市を通り、近道とばかりに路地裏を通れば
目の前に出てきたのは二人の良く知る場所、陳留や許昌と同じ外観を持ち
何時も綺麗にその建物の前は清掃され、特徴のある文字で大きく書かれた兵舎と警備所の文字
徴兵されず、戦の間も町を守るために残された警備兵達が屋敷内で何時もと変わらぬ落ち着いた
市と同じ戦を感じさせない仕事風景を見せ、静かに凛した空気を纏う
戦だというのに市が相変わらずの様相を見せるのはこの警備所が何時もと変わらぬ
地に腰を下ろしたような様子を見せるからだと言うのが柔らかさと厳格さを持つ空気から感じられ
知らぬ道を通り、警備所へとたどり着いた二人は少しだけ驚く
攻略して間もないこの町をその脚で歩き、町の様相を内事を見ていたのだと
華琳は警備所の前で立ち止まり、頬を触り顔を柔らかい笑顔に変えると屋敷の内へと歩を進める
まっすぐと目的の場所へ進む彼女の脚
辿りついた場所は警備所の一室
扉を開ければ、使い古されくすんだ色と風合いを持つ机
何度も使われすり減った硯と欠けた墨
指の跡の残る【夏侯】と彫られた落款
きちんと積まれた竹簡が仕事の途中だったことを想像させる
勤勉な男の性格を感じさせる部屋の中央に置かれた机にその手には少々太めの使い込まれ黒ずんだ筆を持ち
鼻の頭を黒く染めペタペタと文字の練習をする少女が一人
「涼風・・・月と一緒では無かったのか」
呟く春蘭に気づいた涼風は筆を置きニッコリと笑顔を作り
華琳は笑顔を作る涼風に近づくと優しく抱き上げる
「出陣ですか華琳様?」
「ええ、また貴女の父と母を借りるわね。必ず生きて貴女の元へ帰す事を約束する」
少しだけ強く抱きしめる華琳に涼風は「うん」と一つ頷き、何時もと変わらぬ笑顔を見せる
そんな涼風に彼女は痛む胸を抑えこみ、精一杯に柔らかく優しい笑顔を涼風に向けた
「知って居られたのですか華琳様」
「ええ、貴女が戦争前に必ず誓いを立てていることも」
呟くように秋蘭の問に応える華琳
彼女は戦の時にも変わらず涼風が兵舎の警備所にある隊長室の机に座っていることを
そして必ず秋蘭が娘に誓を立てていたことも。父を、彼女を必ず守り生きて返すと
「随分と前だけど戦前に涼風の顔を見ようと月の元へ行ったら居なくてね、話を聞いたら此処だと」
「そうでしたか」
優しく抱きしめた腕を放し、秋蘭も同じように涼風を抱きしめる
華琳とは違う、母の優しさを込めた温かく包み込むような抱きしめ方で
「行ってくる。危なくなったら直ぐに月か李通の元へ行くのだぞ」
「うん」
「華琳様の命は私と姉者が必ず守る。昭も無事に涼風の元へ帰る。約束する」
頬に口付けをして、額と額を当て小さな手を握り我が子に誓う秋蘭
涼風は一つ一つ返事を返し最後に笑顔を見せ
「お父さんもお母さんも何時も約束を守ってくれるもん。だから涼風は大丈夫だよ」
そう言って気丈に母を送り出そうとする涼風に春蘭は唇を噛み
母から離れた涼風を春蘭は覆いかぶさるように自分の胸へと抱きしめる
力強く、腕の中の大切なモノを守るように
「私も誓う。華琳様と昭を必ず守ると!この剣と義眼、そして涼風に誓おう」
失った義眼を濡らし、頬を一筋涙が伝い涼風は小さな手で春蘭の頬の雫を拭い
無言で頬を摺り寄せ春蘭の首へ細い腕を回し抱きしめていた
「有難うございます。今回は練兵があり戦前に涼風の元へ行けないと思っていたのですが」
「フフ、半分は秋蘭と涼風の為。後半分は自分の為よ」
自分の為と言う華琳に姉と娘を見ていた秋蘭は顔を華琳に向けた
そこには静かに、無表情に抱き合う姉と娘を見詰める華琳の顔
眼は冷たく鉛のような色を持ち、重く耐えずらいモノからただ耐えるように
コレが現実
無理をして、不安や悲しみに涙さえ流すこと無く笑顔を向ける子供
心を痛めなお理想の為、王である自分の為、戦に向かう兵や将
親と子を引き離し、無情にも殺し合いを強いているのは自分であり
それを再度認識するために此処に来たと静かな横顔が語っていた
「華琳様・・・」
「だけど其れももうすぐ終わる。後少しだけ力を貸して頂戴」
表情を崩さぬまま、秋蘭の方を振り向くこともなく真っ直ぐ抱きしめあう二人を見つめたまま
力を貸してくれと言う華琳に秋蘭は膝まずき、ゆっくり首を振る
「何をおっしゃいますか。華琳様は我らに唯一言【立って戦え】と仰ってくだされば良いのです」
「その通りでございます。我ら姉妹、華琳様の命ずるまま戦場を駆け、必ずや生きて戻りましょう」
華琳を見る二人の眼差しは強く、自分を信じていると強く強く感じるもので
無表情に鉄の仮面のように冷たかった華琳の顔に赤みがおびる
ああ・・・自分はコレだけ皆の信を背負っているのだ
彼女達の信こそ自分の正当な評価であり価値なのだろう。王と己で口に出して言えるのは彼女達が居るからこそ
ひいては自分を王と敬う民が、信を置いてくれるからこそ自分は王なのだと
改めて感じることが出来た。大きな戦の前にやはり此処に来て正解だった
ならば皆の期待に、皆の信に答えなければと改めて確認した華琳はフッと息を軽く吐き
何時もの自然な強く気高い、凛とした表情を見せ跪く二人、そしてニッコリと笑を見せる
小さな民に華琳は優しい表情を見せる
「そうね、では改めて命じます。夏侯惇、夏侯淵、私の為に戦い勝利を捧げなさい」
【御意】
魏の猛将二人が王の前に膝まずき命を受ける姿
小さな民は二人の猛将に、王に何を思うのか
伝記に出てくる王に忠誠を誓う英雄を見るような熱さなのか
それとも子の前で非情な命を下す覇道を進む武に魅入られた王の冷たい姿なのか
彼女には解らない、幾ら言葉で表情で言い繕うが
命の遣り取りをする場所に言葉ひとつで躍り出る親の姿を見る子の心など解るわけがない
彼女には慧眼は無いのだから
だが小さな民に今向けられている眼差しと表情は嘘ではない、自分を信じているものだと
彼女は心に刻みこむ
「さあ、着いて来なさい二人とも。私と共に覇道を、修羅の道を」
身を翻し、胸を張り歩みも強く将二人を引き連れ城門へと向かう姿を小さな民は何時までも手を振って見送っていた
城門前では虎豹騎、虎士が並び大地を曹魏の特徴的な蒼色で埋めていく
重く厚く頑丈な扉がゆっくりと開き、現れる王の姿に兵は声無く槍を揃え返事の代わりとし
華琳は兵の前に自身と気高さに満ちた瞳を見せる
「全ての兵に大宛馬の配備、虎士への馬車搭乗完了しました。準備は整っております」
「ええ、では速やかに江夏まで南下します」
春蘭と秋蘭を従え現れた華琳に桂花はスッと近寄り膝を地に付け報告する
一つ頷き、南下の命を伝えた所で華琳の目の前に小さな人影
波がかった黄金色に輝く見た目から柔らかく感じてしまう髪を揺らし
変わった人形を載せる少女がテクテクと視界に入る
「風、見送りに来てくれたのかしら?」
「ええ、ご武運をお祈りいたしております」
風は一つ礼をすると、袖から一本の竹簡を取り出し静々と王である華琳へとさしだし
受け取った華琳はその場で開き、ざっと眼を通すと無表情のまま竹簡を閉じ風へと少し鋭い視線を向ける
急に雰囲気の変わる華琳、両脇を固める春蘭と秋蘭も微かに漏れる殺気にピクリと肩を震わせ
桂花は跪いたまま顔を上げることが出来なくなっていた
「それで、風は今から何処かへ行くのかしら。馬も連れているみたいだけど」
「はいー。漢中へと行こうかと、推薦したい方がそこに居らっしゃいますので」
チラリと遠くに繋がれた馬へと視線を向け、また風へと視線を戻し口の端を吊り上げる
王から漏れ出す殺気と表情に春蘭は剣へと手を伸ばすが、秋蘭は春蘭へと視線を向け首を振る
何故だ?と春蘭は眼で返すが、秋蘭は真っ直ぐ春蘭を見るだけ
「そう・・・所で先刻、詠からの伝令で厳顔と魏延が消えたと報告があったわ。何処に出没するか
解らないから気をつけなさい」
「おおー。そうでしたか、一馬君が居れば良かったのですが」
「風の推薦する人物、楽しみにしてるわ。全軍出撃、江夏へ向かうっ!」
一瞥し、前へ進み絶影へと跨る華琳
体を引き、王の道を開ける風は眼を伏せたまま顔を上げず
春蘭と桂花はヒリつく空気を出す王、華琳に何も聴くことは出来ず
風から何を華琳へ渡したのかと問いただそうとすれば、いつの間にかその場にはもう居らず
離れた場所に繋がれた馬へ騎乗し振り向くこと無く立ち去ってしまう
戸惑う二人の肩を秋蘭は軽く叩き
「華琳様が何も仰ら無いのだ、我らには関係が無いことなのだろう。こんな所で立ち止まっていては
遅れてしまうぞ」
と言い。二人は顔を見合わせ、遅れる訳にはと自分の持ち場へ春蘭は先頭へ、桂花は後ろから追従する
輜重隊へと走り秋蘭は其れを見送り、爪黄飛電へと騎乗すると華琳の側へと馬を進ませた
全軍が速度を徐々に上げ江夏へと進む中、華琳の隣に弓を片手に馬を寄せる秋蘭
「・・・何か質問は?」
「ありません、我らは華琳様の望むがままに」
「貴女らしいわ」
小さく微笑み、殺気が薄れ手綱を握る手が緩む華琳。その表情は「何時も貴女には苦労かけるわね」
と言っていた
「それに・・・」
「それに?」
「涼風に誓って下さいましたから。昭もきっとそう申し上げるはずです」
目を伏せ手綱を握る手に着けた真っ青な海碧色の?に夫を思い出す秋蘭に
華琳は柔らかく笑い「そうね」と返し、直ぐに凛とした表情に戻す
手綱を片手で握り、絶影の白い毛並に手を這わせ視線を真っ直ぐ前に江夏へと向ける華琳
隣に寄り添うように爪黄飛電は脚を合わせ、秋蘭の思うがままに駆ける
江夏へと向けて
−江夏−
入港し、船から見える港から直ぐ目の前にある江夏の城門を見て男は少し驚く
不思議に思った詠が、船から乗り出し城門を見ればそこには既に到着した華琳率いる本隊
全ての兵が揃い、あふれた兵が江夏の城壁前に陣を張り叢の牙門旗を歓迎していた
その中央で腕を組み、両脇には何時もの二人を引き連れ真っ直ぐに自信たっぷりの
強い眼差しを向ける少女
男は拳包礼を取り、王の視線に答えれば王は眼で軽く答えそのまま身を翻し江夏へと入っていく
「まさか本当に揃っちゃうとはね」
「どういう事だ?」
「う〜ん。鳳の手腕から大宛馬をもしかしたら全軍に配備出来るくらい揃えるんじゃないかって
そしたら此処に僕達より早く来るかもってね」
そうか、一馬でさえ一日で往復して見せたんだ。一馬と霞に鍛えられた騎馬隊だ
馬さえ素晴らしい物が揃えば此処まで俺が寝る前に出撃すれば俺達より早く着くということか
だから港に攻撃された跡があっても大した被害を出さないで済んでいたんだな
ある程度の被害は覚悟していたんだが、襲いかかる敵には秋蘭の鍛えた弓兵が相手だ
ましてや此方は陸から攻撃したに違いない。ならば負ける要素など何処にあろうか
しかし、俺達の軍はそうとうな数がいるというのに。幾ら騎馬を使わない船戦だからといって
此処まで揃えるとは。内政は彼女に一任しても良いと言えるんじゃないか?
「アンタあの娘は内政向きだとかって考えてない?」
「違うのか?」
「あの娘は自分の策とか絶対に他人どころか華琳にまでに話さないから未知数だけど、多分結構出来ると思うわよ」
「・・・珍しいな。多分だなんて、軍師は正確な情報を元に語るんじゃ無いのか?」
桟橋に着く船、飛び降りる兵が迎え入れる兵と挨拶を交わし船を縄で縛り付ける様子を見ながら
意外な事を言う詠。男は此方に一人向かってくる秋蘭の姿を見ながら怪我など無い様子に安心すると
詠へと視線を移す
「前にね李通が非番の時だと思うんだけど、賊を捕まえたところを見たことがあるの」
「賊を?どうやって」
「特に兵を使ったって訳じゃ無い、李通が賊を威嚇してる間に周りの材木とか売り物を適当に地面に並べて
急に自分の方に挑発して誘い込んだと思ったら次々につまずくのよ。その賊」
詠が言うには武器を持たない鳳に油断したのだろう賊は真っ直ぐに誘う鳳に襲いかかったのだが
鳳の置いた物に次々に躓き、足を取られ、鳳の前で地面に体を投げ出した状態で止まり
最後は頭を踏みつけた鳳が羅漢銭で背中を的に硬貨をぶつけていたらしい
「あんなに見事に罠にかかって行くなんて普通は出来ないわよ。いいとこ一つ二つに躓いて
体勢崩した所に一撃って感じなんだけど。最後まで完璧に繋がっていた、連環の計よあれ」
話しながら船を降りたところで、男は迎える秋蘭がそっと隣に寄り添い手を握る
その姿に呆れた溜息をつきながら、天秤のように両手を上げる詠
「聞いてる?まったく、敵から奪取した船は直して使うわよ。工作兵は直ぐにかかって
後続の凪達に江夏の城へ、華琳の元へ赴くように伝えて。ほら、アンタ達も行くわよ」
「ああ。行こうか秋蘭」
隣で頷く妻の頬を指先で撫で、嬉しそうに眼を細める秋蘭を見ながら城へと歩を進める男
詠が認めるほどの軍師か、ならば余計に良かった。確かに俺の知る歴史でも荀攸は目立たず
内側には英知を有し、臆病に見えて勇敢であり、善をひけらかさずと言われたらしい
あの曹丕でさえ荀攸が病の時に見舞いに行き拝礼したようだからな
「どうした昭?」
「いいや、何でもない。華琳が待ってる、行こう」
そう言うと男は江夏の城の先、新城を見つめながら城門へと進むのだった
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投稿遅くなりました。ごめんなさい( TДT) 落ち着くまでもう少しだけ掛かりそうです 何時も読んでくださる皆様 それまで少し不定期ですが、頑張りますので 今後とも宜しくお願いいたします>< |
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ジオニックフロント 様コメント有難うございます^^一気に読んでくださったとは、有り難いです><楽しんで頂けたようでなにより、今後も頑張りますのでよろしくお願いします^^(絶影) Ocean 様コメント有難うございます^^今回も楽しんでくださったようでなによりです><なるべく早く更新いたしますご期待に添えるよう頑張ります^ー^風の動きや、三人の誓いなど今回盛り込んだ所を楽しんでくださって感無量です><(絶影) KU− 様コメント有難うございます^^ご心配してくださって本当に有難うございます><仰るとおり、2Pが肝です。覚えておいてくだされば有り難いかなと思います^^(絶影) ねこじゃらし 様コメント有難うございます^^仰るとおり、痛み分けと言った感じでしょうか。今後どう動くかご期待ください^ー^(絶影) GLIDEコメント有難うございます^^楽しみにしてくださって本当に有難うございます><これからも頑張ります!!(絶影) お、追いついた・・・。昨日プロローグから全部読んできたぜwww 次の更新待ってます(ジオニックフロント) どんなに時間が過ぎようと、異聞録を楽しみに待ってます! 何やら風が画策してる様子、これがどう赤壁で影響が出るのか楽しみです。涼風に誓いを立てる華琳、春蘭、秋蘭の心からの誓いと言葉に、胸が熱くなりましたw(Ocean) 更新より生活を第一にお考えください。(KU−) 2Pが今回の話の肝ですね。(KU−) 前哨戦…どちらも痛い目にあったのは確かですね(ねこじゃらし) 次回開戦ってとこかな。異聞録をこれからも楽しみにしてまってるよ ^^b(GLIDE) |
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