習作
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電車に乗って空いている席に腰を下ろした瞬間今までため込んできたいろいろがどっと溢れかえり俺はうつむいたまま動けなくなった。とにかくどうあがこうと俺に小説を書くことはできない。小説は嘘だ。嘘で塗り固められた言葉を嘘でつなぎ合わせた欺瞞に満ち溢れた真実だ。だから俺には書けない。俺は正直ものだ。自分が「嘘」か「本当」か、なんてくっだらないことで悩んでにっちもさっちもいかなくなってしまうくらい正直ものなのだ。だがもう一人どこかにいる俺はこれでいいと思っている。いいんだこれで、小説なんて書かなくても(書けなくても)俺は生きていけるのだ。飯とオナニーするためのオカズと後は暇を叩き潰す娯楽あれば生きていける。だから必要ないのだ。小説なんてもの自体が必要ないのだ。確かにあるに越したかことはないだろうがそれでもベクトルが違う。落合や浅野とかとは俺のベクトルは全然違う。「こんにちは〜」俺はあいつらに欺瞞しか感じない、だから落合は面白い漫画を書くし浅野は最強のロックンロールを奏でる。あいつらは生きようとしているのだ。今その瞬間にある生を全うしようと必死なのだ。知らぬうちに嘯きながらも。そして俺はあいつらを憎んでいるのだろう、たぶん。あいつらは社会とかいうものに刃向おうとしている。俺はそれでいいと思う。そうやってなんとかして生きようとする姿勢を馬鹿にしてはいけないのだ。しかし、だからこそ俺はあいつらが憎い。「あなたですよ〜こんにちは〜」刹那の永遠を信じている、信じることができるあいつらが憎くて仕方がない。もうボコボコにしてやりたい。まあ一回殴り合いの喧嘩してみるのも悪くないかもしれない。解り合いたいとかじゃなく純粋に殴りたいって理由で。だからそれはもう「殴り合いでしか俺らは解り合えないんだっ!」なんて甘っちょろい殴り合いでなくて相手を消し潰す殴り合い。どちらかが消えるまでの殴り合い。だからその時が来たら俺は自覚して死ね!死ね!なんもねーんだよ!死ね!といって俺と解り合えない全ての人間を殴り殺してやりたい。いや待てそういや現に浅野は一度ボコボコにしてやった。死ね!死ね!死ね!と言って。どちらかというと俺のほうがボコボコにされて鼻血を出したが。とにかく俺はその「創る者の正義」を振りかざすやつの首を締めあげてやりたいのだ。しらん、そんなものお前が好きでやってるんだろこっちに押し付けるなアホと言って。だがこれは俺の独りよがりなのではないか?「ねえ〜ちょっと〜あなたですよ〜」あいつらは別に俺なんか見ていない。あいつらは自分のことしか見ていない。自分の中にあるぽっかりと空いた穴を埋めようとしているだけなのだ。ならば俺は何も生み出すことのできない自分を、生きる意志のない自分を、あいつらに責任転嫁してるだけなんじゃないか?

 

ああん?独り相撲で黒星続き。

 

肩をたたかれる。俺は顔をあげる。女がいた。

「やっときづいた〜こんにちは〜はじめまして〜」

ああ、さっきからこいつは俺に声をかけていたのか、しかしこいつは一体誰だろう俺はこんな女を知らない、いや、はじめまして〜なんて言ってんだから初対面なんだろうし、俺が知らないのも当たり前か。なんてことを俺の渾身の右ストレートで向かいの席までぶっ飛んで茫然としている女を見下しながら考えた。鼻血を出して飼い主に手を食いちぎられた子犬のような目で俺を凝視している。手の甲で溶け切った氷が割れる感触を感じた。女が何かを言おうとする。その前に俺は女の顔にキック。

 

キック。キック。キック。キック。キック。キック。キック。

 

キック。キック。キック。キック。キック。キック。キック。キック。キック。キック。キック。

 

キック。キック。キック。キック。キック。キック。キック。キック。キック。キック。キック。

 

キック。キック。キック。キック。キック。キック。

 

女の顔が深海魚みたいになったところで俺は蹴るのをやめる。生きてんの?こいつ?あ、息はしてるね。よかったー人殺しとかいやだからね、俺。うん、俺は人殺しにはなりたくない。俺は小説家になりたいのであって人殺しになるつもりは微塵もないのだ。でももし人殺しにならなければ小説が書けないとしたらどうだろうか、俺は人を殺すんだろうか。違うな、違う。俺の立ち位置が間違っているのだ。もっと根本から考えなくてはいけない。俺はなぜ小説が書きたいんだろう。小説を書いて何がしたいんだろう。浅野や落合は結局社会の円環運動の中で戯れを演じているにすぎない、あいつらのやっていることは肥大化した自尊心をもてあましているのと同じだ。自分と見つめあってなんかいない。あいつらが見ているのは鏡像の彼方に映る自分ではない自分だ。だからあいつらは結局ソレしかできないんじゃない、ソレしか選択肢が残されていないのだ。そこに欺瞞はある。あいつらはソレを、俺にはコレしかない、と思いこむことで自分を肯定しているにすぎない。他者に承認されるもっと楽で簡単な選択肢があれば我を忘れて飛びつくだろう。ふん、誇りも何もない。乞食だ、あいつらは。なら俺は。あいつらを否定した俺は。一体どうしたらいいのだろう。というかそもそも社会って何よ。まてまて、まだだ、まだ間違っている。もっと奥へ。

 

本当に俺は小説が書きたいのだろうか?

 

切れ切れに息をしている女の服を脱がす。というより引きちぎる。紺色のブラジャーを刷り上げる。おっぱいがあらわになる。Cカップくらいの小ぶりなおっぱいだ。

で、犬歯で右の乳首を噛み切る。

 

気を失っていた女が目を開き絶叫する。顔面を正面から勢いよく蹴り飛ばす。骨が鈍い音を立て、女が静かになる。俺はおっぱいの先についていたものを口から吐き捨てる。床に赤い肉片が散る。乳首を噛み切られたおっぱいの先からは嫉妬のように血液が流れ出している。赤い線がおっぱいの緩やかな曲線を辿り、白いブラウスを朱色に染め上げていく。それは俺にフラミンゴの足を連想させた。俺は電車のシートにもたれかかっている女を見降ろす。女の顔は血だらけで、汚い。血だらけの顔面、そして右胸からは赤が白を侵食している。スカートからは弛緩した足が飛び出て横たえられている。なんというかとてもバランスが悪い。全体的に調和がとれていないのだ。醜いものは最後まで醜くあるべきだろうが。くそったれ。

 

殺しちゃおっかなー。一瞬思った。そう思うと同時に慈悲の心が膨れ上がった。残念なことに俺は慈悲の心で人を殺せるのだ。この哀れな女。俺に話しかけてぶんなぐられ執拗に蹴り飛ばされ服を破かれおっぱいを露出させられ乳首を噛み切られおっぱいも顔も血だらけにしてこうして醜い人形に為り下がった女。こういう中途半端な存在はよくない。世界=俺に対してよろしくない。きっと悲しいだろうこの女も、と俺=世界は思う。世界=俺の悲しみは絶対普遍の悲しみだ。俺=世界が悲しいのだろう、と思うならこれはもうどうしようもなく悲しいことなのだ。悲しみは消さなくてはいけない。血を流し続ける女の右胸に唇を寄せる。滾々と湧き出る泉のように赤い血が流れている。濃厚な匂い。唇にやわらかい感触があたり口内に血液があふれこんでくる。自分の血の味と違う、女の血の味がする。女の血には味があるのだ。

 

口の中にいっぱいになった血を、呑む。

 

土気色の血液が喉に張り付く、全てを拒絶し全てを懐疑し全てを否定し尽くして、すっからかんのからんからんになった俺に、女の血が溢れ込んでくる。俺は四つん這いになり血だらけの醜い女の胸に頬をすりよせ、おっぱいから湧き続ける血液を赤ん坊のよう飲み続けた。俺の悲しみを贖うために、世界の悲哀を慰めるために。この時が永遠に続けばいいと俺は考えた。この冷徹な躍動感がぐるぐるぐるぐるキュイーンと永遠に保たれればいいのだ。

 

今この瞬間が永遠になれば小説はいらない。

 

胃が痙攣した。嘔吐感がどうしようもなくこみあげて、内臓が喉までせり上がる。俺は胃の中の全てを吐き出した。吐瀉物は俺が飲んだ女の血液で真っ赤だった。目が潤みどうしようもなく涙が出てきた。ほらな、何やっても空っぽになるんだよ。どうせ俺は小説なんて書けない。ああ、うらやましい、書けるやつが。エネルギーをうまく使えるやつがうらやましい。浅野は神様を信じないと言っていた。あいつの中で神様は許されざる存在らしい。俺にはできない、そういう段階まで自分を持っていくことが或いは卑下することが、できない。神様を信じることも否定することも、その前に神様はいるかいないか、が俺にはわからないからだ。だから俺は小説が書けない、俺は小説を信じすぎるあまり小説を失ったのだ。浅野がロックンロールを信じるように俺も小説を信じるべきなのだ。だが俺は浅野のような信仰を持てない。それは信仰の矛先や性質の問題でなく、これもまた俺自身の問題なのだ。

 

もういいや帰ろう。帰って書けもしない小説を書くのだ。俺は涙を拭って立ち上がった。だがしかしどうだ、俺は電車に乗っていたはずだが、見ろこのザマを!どこだここは、もうこの時点でげんなりしてしまう、小説が書けないからこういうことになるんだ。ようやく物語が始まりそうだったのに。とりあえず俺は血と、血のような吐瀉物にまみれたまま悪臭を放ちながら気絶している女をもう一度見下ろす。結局残ったのは小説も書けない俺と乳首を食いちぎられたこの醜い女だけだ、辟易してしまう。あーあー

俺が殺しちゃおっかなーともう一度思った時、『ポケット』の中の『携帯電話』が震えた。

 

「もしもし、もしもーし」

「あの・・・もしもし・・・聞こえてますか?」女の声がする。

「聞こえてるぞー」

「ちょっとずるいんじゃありませんか?」

「え?」

「あなたは結局逃げるんですね。そうやって物語に、『ポケット』にしかも『携帯電話』なんてあざとい、気を衒った素振りすらない、あなたは卑怯な人です。私だってそれ相応のリスクを背負っているんです。」

 

はぁ? 何言ってんだこいつ。女の声は続ける。

 

「私はマキナです。この名前と『携帯電話』でピンときませんか?」

「うんともすんともピンともこねえな」

「まあそうでしょうね……でもあなたが呼んだんですよ」

「はあぁーまあ知らねえな俺はそんなこと、俺はお前みたいな女を知らない。うんそうだな、知らない。で、お前は俺に電話をかけてきたんだろう、何?何か用があるんだろ?」

 

俺は気が立っている。小説が書けないからだ。一文字も進みやしない、文章どころか、単語さえも、あいうえおの「あ」の一書きも書けない。俺がさっきからやっているのは仮面を付けては叩き割ることの繰り返しだ。仮面をつけてワルツを踊ろうとするのだが舞踏会には誰もいない、俺一人だけ。で、アホらしくなって付けていた仮面を床にたたきつける。木端微塵。ひたすらにおどけて見せるのだが俺を見ているのは俺だけ、その瞬間、遠くのものは今にも手の届きそうなものに見え、近くのものは遥かかなたに揺らいで見える。

 

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