虚界の叙事詩 Ep#.21「青戸シンドローム」-1
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《カルメン》『ユリウス帝国』

 

12月3日 4:18 P.M.

 

 

 

 

 

 

 

 『ユリウス帝国大陸』東部に位置する街、《カルメン》には、災厄の日から3日経っても、依然

として大勢の避難民が押し寄せて来ていた。

 

 住み慣れた街、『ユリウス帝国』の象徴とも言える街が崩壊し、彼らは士気を失い、更に混乱

さえしていた。そのショックとパニックからか、近隣の街では、略奪や犯罪が増加。目的も無く

暴徒と化した者達が、ありもしない責任を異人種や政府に擦り付け、ただ暴力行為に走ってい

た。

 

 『ユリウス帝国』の街が騒然とも言える混乱に陥る中で、《カルメン》の街の貧民街のある一

角にある、廃屋の中で、シェリーは拘束されていた。

 

 ここに連れられて来てからすでに2日は経つ。元反政府組織であった、『フューネラル』のサ

ブリーダーであるシェリーは、数週間前の軍の摘発の際に、リーダーであり、恋人であったレイ

を失い、組織は離散していた。

 

 その後、失意から自殺さえも考えていたシェリーだったが、首都で起こったクーデターの時に

立ち上がる。仲間を、同志を再び集め、今度は『ユリウス帝国』の政府に直接訴えようとした。

 

 もう、こんな暴力行為は止めようと。レイを失っていたシェリーにとっては、戦争やクーデター

などという現実は、あまりに過酷過ぎた。

 

 しかし、戒厳令中に外でデモ活動をしていた彼女達は、あっさりと軍によって捕えられてしま

う。クーデターという緊迫した状況では、誰もシェリー達の主張を聞き入れるような事は、余裕さ

えも無いようだった。

 

 拘束されたシェリーは、そのまま、災厄の事も知らないまま軍によって連行され首都から離れ

ていく。

 

 だが、ある時から先の記憶が無い。頭を打ったようだ。軍の拘束車両に、捕えられたでもグ

ループと共に押し込まれ、移送される所だったのだが、首都から数十キロは離れた時から先

の記憶が無い。

 

 ただ一つ、シェリーに分かるのは、その時、自分は拘束されてしまったという事だ。

 

 彼女は移送中に捕えられ、今では廃屋の中に閉じ込められている。鍵のかけられた倉庫の

ような部屋。照明も点けられていないような埃っぽい部屋に、武装した見張りをつけられえい

る。

 

 ここ2日間。シェリーはずっとその自由を奪われていた。食事こそ与えてくれ、眠る事も許され

ているが、拘束している者達は、鈍く光る銃を持っているし、シェリーを一歩たりとも外へと出そ

うとはしない。

 

 他の仲間達はどうなってしまったのか。それさえも分からない。だが、一つだけ分かっている

事がある。

 

 シェリーが『フューネラル』として、最後の活動をしていた時、手に入れた『ユリウス帝国』の極

秘機密文書の入ったディスクが無かった事だ。

 

 何かがレイの身にあった時、これを持って逃げ、いざという時は『ユリウス帝国』との取り引き

材料にするよう言われていたディスクがシェリーの手元に無い。レイが死んでからというもの、

肌身離さず持っていたというのに。

 

「ディスクはどこ!?どこにあるの!?」

 

 シェリーは半ば混乱しながら、自分を拘束している者達に訴えた。

 

「心配するな。我々が安全に預かっている」

 

 シェリーを拘束している者達の中でも、リーダー格であるような風貌の男が、シェリーに対して

そう言った。男は、『ユリウス帝国』出身ではなく、東域地方の訛りがあった。

 

「返して!あなたたちは、それをどうするつもりなの!?」

 

 あれは、自分の恋人の形見も同然なのだからと、シェリーは涙ながらに訴える。だが、男達

は聞く耳を持たなかった。

 

「政治をする為に、我々が預かろう」

 

 それだけ言うと、そのリーダー格の男は、この2日間、シェリーの前には顔を見せなかった。

 

 結局2日間も外から隔離された世界に押し込められ、一体周りで何が起こっているのかさえ

分からない。だが社会全体が、にわかに騒がしくなっているという事だけは分かる。

 

 未だにクーデターが続いているせいだろう。シェリーはそう考えていた。

 

 自分は何らかの人質に取られているのではないだろうか。だったら、早くこの場所から脱出し

なければならないし、あのディスクも取り返さねばならない。シェリーは自分にそう言い聞かせ

ていた。

 

 もう、自分を助けてくれるような人など、いないのだから。

 

 

 

 

 

 

 

 西日が傾きだしている《カルメン》の街の、裏通りのある一角に、一台のトラックがやって来て

いた。彼らは、一目見れば只者では無いという事が分かったが、付近の住民と見違わないよう

な服装をし、トラックに乗った、『ユリウス帝国軍』に雇われている特殊部隊だった。

 

「よし、すぐに行動を開始しろ。誰にも連絡を取られない内に、素早く人質を奪還するんだぜ

…!」

 

「了解…!」

 

 部下に指示を与えているのは、その部隊のリーダー、ジョン・ポールだった。彼はトラックの

助手席に座り、手にした携帯情報端末で、裏通りの一つの建物の見取り図と、部下の配置図

を確認中だ。

 

 ジョンは、舞の命令で、即座に軍の《東域地域本部》から《カルメン》へと向かっていた。

 

 『タレス公国』のウォーレン大統領が影で関係を持っていた、『ユリウス帝国』国内の地下組

織から、人質と『ユリウス帝国』の機密文書を奪回する。それが彼らの任務だった。

 

 『タレス公国』と繋がりのある地下組織で、首都近辺で活動している組織、そして、軍がマーク

している組織ともなれば、その数は限られた。《カルメン》は首都に最も近い都市だし、首都で

も活動する地下組織にはうってつけの場所でもあった。

 

 ジョンは、軍のデータベースから一人の『タレス公国』出身の過激派の人間を特定。その人物

の現在の活動拠点を割り出し、部下と共に接近して来ていた。

 

「配置、完了しました…!」

 

 運転席から聞える部下の声。ジョンはすぐに携帯端末へと向かっていた目線を上げた。

 

「よし、行くぜ…、援護しろ…」

 

「了解…!」

 

 ジョンは助手席から降り立ち、裏通りへの街を見回す。古い時代に建てられた建物が立ち並

び、埃っぽく汚い有様は、この付近の住民の生活水準を表していた。

 

 ジョンは一人の部下と共に素早く裏通りを移動して行き、マークしている建物へと近づいた。

 

「見張りが2人いる…。気付かれないように素早くやるぜ…」

 

「はい」

 

 部下にそう言い、ジョンと彼はそれぞれ逆の方向から、地下組織のアジトらしき建物へと接近

した。

 

 建物の前には、2人の男がいた。一見すれば街のごろつきのようにも見えるが、その上着に

は銃のふくらみがある。そして油断ならない顔つきをし、建物の周囲へと常に警戒を払ってい

た。

 

 だが、まるで何かに打たれたかのように、突然その男の内の一人が地面へと崩れる。更に

続けてもう一人も、同じように地面へと倒れた。

 

「よし、素早くやれ。行くぞ」

 

 その後には、黒く、鈍く光る、禍々しい形状をした刃をもつ剣を構えたジョンが、部下を急き立

てていた。

 

「行くぞ、行け、行け」

 

 静かな声で指令を出しながら、ジョンと、合流してきた部下達は建物の中へと突入していく。

 

 まるで廃屋であるかのような建物だ。人気は無く、窓は打ち付けられている。だが、入り口の

見張りは銃を持っていた。

 

 ジョンの部下達が素早く建物の中へと突入して行くと、その物音を聞きつけたのか、廊下の

奥から一人の男が飛び出して来て銃を発砲した。すかさずジョンの部下の一人が銃で反撃し、

その男を倒す。

 

「オレは二階に行く。お前達は一階を制圧しろ」

 

「了解」

 

 ジョンは部下の返事も聞き取らないままに、見つけた階段から上の階へと向かって行った。

 

 階段から降りて来る一人の男の影。彼はジョンを見つけると、構えた銃を発砲する。だが、ジ

ョンはそれを避けるような事もせず。ただ剣で防御した。彼が自分の前に向けた剣によって、

銃弾はいとも簡単に弾かれる。

 

 弾かれた銃弾がその男の方へと戻って行き、ジョンに発砲した男は、銃に撃たれたように倒

れた。

 

 ジョンは階段を駆け上り、2階に達する。2階の方がフロアの作りが狭かったが1階と同じよう

に古い。

 

 出会いがしらに遭遇した見張りを、再びジョンは何の苦も無く倒した。

 

 熱探査では、建物には何人いたか。10人かそこらだったはずだ。人質も含めるとなると、見

張りはそれよりも少ないはず。おそらく全員が武装している事だろうが、それはジョンにとって

些細な問題でしか無かった。

 

 二階の通路を進んで行く。熱探査と建物の見取り図で、人質が捕えられていそうな部屋は、

北向きの一角であると判明していた。

 

 ジョンが、南北に伸びた通路を歩いていくと、突然、彼の背後の扉が開かれ、そこから銃を構

えた者達が飛び出してくる。

 

 その数3人。手にはマシンガンを持つ。狭い通路ゆえ、一斉に発砲されれば蜂の巣だろう。

 

 しかしジョンは、背後を振り返るような事もせずに言った。

 

「足元に、ご用心だぜ…」

 

 と、まるでそれが合図であったかのように、背後に飛び出して来た者達の足元の床が抜け落

ちる。彼らは、1階へと次々と落とされた。彼らの足元の通路は、まるで焼けただれた木の床で

あるかのように黒ずんでいた。3人の人間の体重など、とても支えきれなかっただろう。

 

「こんな元々腐っているような木の床じゃあ、オレの『力』で劣化させるのは、眠っててもできる

ぜ…」

 

 そう独り言のように呟きながら、ジョンは通路を進んだ。

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 シェリーは2日間も閉じ込められ、もはやそれに恐れというよりも、怒りさえ感じ始めていた。

 

 だが、見張りの男に何やら無線の連絡が入り、その男が緊張したかのように銃の安全装置

を外して身構えると、シェリーの緊張は増した。

 

「私をここから出して!」

 

 シェリーは思わず訴える。もし、自分が人質にされているのだったら、その銃口がこちらを向

く可能性も十分にある。

 

 だが、男は構わず拘束されている部屋の扉まで近寄り、外の様子を警戒する。

 

「ねえ、欲しいものなら手に入れたんでしょ?だったら、早くここから出してよ!」

 

 更にシェリーは訴えたが、

 

「いいか。お前は用済みだ。出すぐらいだったら殺す」

 

 と、男ははっきりと言って来て、思わずシェリーはすくんだ。

 

 何発かの銃声が建物内に響き渡る。それにはっとした男は、一つしかない拘束部屋の扉を

開き、廊下の方へと銃の銃口を向けた。

 

 だが、その廊下からは誰も近づいてこない。最も北にある2階の部屋では、迫って来る方向

は一つしかなかった。

 

 男が一先ず安心した刹那、シェリーが捕えられている部屋の壁が突然打ち破られる。木の壁

が破れ、何かが飛び出してくる。

 

 男はその突然の出来事に思わず声を上げ、銃を立て続けに何発も発射する。だが、その銃

弾は跳ね返され、撃った分の弾だけが男の方へと帰る。

 

 何発もの銃弾に襲われ、男は痙攣したように呻くと、背後へと飛ばされ床へと崩れ落ちた。

 

 壁を突き破って現れたのは、長身の男だった。眼深く帽子を被っていて、得体の知れない姿

をしており、手には禍々しいナイフのような形状の武器を持っている。

 

 シェリーが、声も出せないまま立ちすくんでいると、その男は近づいて来た。

 

 

 

 

 

 

 

「安心しろ。もう大丈夫だ」

 

 と、ジョンが手を差し伸べようとしても、怯えている眼鏡をかけた金髪の女は、それに応じられ

ずにいた。

 

 その時、ジョンの耳の中の無線機から雑音が流れて来る。

 

「何だ?」

 

 ジョンは無線機に答える。

 

「隊長。発見しました。データディスクがあります。リーダー格らしき男が所持していました」

 

「よし、直ちに分析にかけるぞ」

 

「制圧完了」

 

 と聞えて来る別の声。

 

「ご苦労様、だぜ…」

 

 そう無線機へと呟きつつ、ジョンはシェリーへと手を差し伸べる。

 

「さあ、もう安心だぜ…。オレ達が保護してやる」

 

「あ、あ、あなた達は、一体…」

 

 怯えた声で女は尋ねる。

 

「オレか?オレは軍の者だ。非公式組織だが、ちゃんとした命令は出ているんだぜ…」

 

 ジョンの言ったその言葉は、女の何かを呼び起こしたようだった。怯え、思考回路が停止して

いたかのような彼女は、急に何かに気付いたかのように態度を変え、差し出されてきたジョン

の手を振り払った。

 

「『ユリウス帝国軍』なんかに助けられる義理は無いわ。この人殺し」

 

 女はジョンに向かってそのように言い放ち、彼の手を取ろうとはしない。部屋の椅子に座り込

んだまま、彼らとは目線をそらした。

 

「あんた…、何を言っているんだ?」

 

 訳も分からずジョンが尋ねる。

 

「自分が何をしているか、知っているの?よくそんな事が言えたものね?」

 

 女は毅然とした態度で言って来る。『タレス公国』のウォーレン副大統領に繋がっていた組織

は、反ユリウス帝国の地下組織のメンバーを捕えたと言っていた。この女のその組織のメンバ

ー。『ユリウス帝国』に対し、恨みでもあるのだろうか。

 

「オレ達はあんたを救出しに来たんだぜ…」

 

「あんた達は、わたし達のリーダーを殺したのよ。わたしの見ている前で、まるでどうでもいい

物を壊すみたいに殺したの」

 

 女はジョンに向かって涙ながらに訴える。しかし、ジョンにとって、それは心外だった。

 

「オレは、あんたに何が起こったかなんてのは、知らないぜ。ただ、この混乱した世界を元に戻

そうって国防長官が、オレをここによこしただけさ」

 

「よくも、そんな事が言えたものね?あなた達が混乱させているんでしょ?そこら中の国で戦争

を起こして!あなた達が、いけないんだわ!あなた達が、皆、殺しているし、わたしがここに捕

えられているのも、あなた達が原因なんだわ!」

 

 まるで、何度も頭の中で考え、組み立てていったかのような言葉だな、とジョンは思った。この

女は、この言葉を自分達にいつか言ってやろうと思っていたに違いない。

 

 その時、ジョンの耳の中の通信機から声が聞えて来る。

 

「隊長。ディスクの中のデータは本物です」

 

「分かった」

 

 無線に対しそう答えると、ジョンは女が拘束されている部屋の周囲を見回した。この廃屋の

窓は板が打ち付けられており、外の様子は望む事ができない。部屋の中にはテレビも無い。

 

「あんた…、まさか今外で何が起こっているか、知らないのか?」

 

「何の事よ?」

 

 女が尋ねる。その言い放ち方からして、ジョンは彼女が外の世界で何が起こったのか、全く

知らない事を悟った。2日。ちょうど、首都を襲った災厄の直前から、彼女は拘束されている。

 

「《ユリウス帝国首都》が、跡形も無く吹っ飛んじまったのさ。1週間前の『NK』見たいにな。10

00万人ぐらいが死んだ」

 

 ジョンはその事を淡々と言った。しかし女は、からかわれたかのような表情をし、

 

「まさか、わたしをからかっているの?そんな事信じないわよ。あなた達の言う言葉なんて」

 

「別に信じなくてもいいさ。どうせ外に出れば、すぐに嘘かどうか分かる。だが、これだけは聞い

ておかねえとな。あんたは、あのデータディスクに入っていたものを、どうやって入手したん

だ?」

 

 すると女はジョンから目線を外す。

 

「データディスクなんて、知らないわよ」

 

 女は答えようとしない。だがジョンは、

 

「いいさ…。どうせ後で喋ってもらう事になるんだからな」

 

「その、データが一体何だって言うのよ?」

 

 女はジョンの顔を覗き込むように尋ねて来る。ジョンは少し考えた後に言った。

 

「この世界を元に戻すために必要なものの内の、一つだな」

 

 訳も分からないと言った様子の女。だがジョンは、部屋の入り口に現れた部下の方を振り向

いて言った。

 

「国防長官に伝えろ。ウォーレンと繋がっていた組織は制圧。データも取り戻したってな」

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タレス公国 『ゼロ』対策本部

 

 

 

 

 

 

 

「アサカ国防長官」

 

「何です?」

 

 呼び掛けられた声に、舞は即座に応じた。会議室に入って来た舞の補佐官は、小脇に封筒

を抱えている。

 

「たった今、『帝国』から、確保した『プロジェクト・ゼロ』の極秘文章が届きました。ウォーレン副

大統領が手に入れていた極秘資料です。内容は、すでに暗号を解読済みです。ご確認なさい

ますか?」

 

 皆の注目が、舞と、彼女の補佐官、そして補佐官の持つ封筒へと集った。舞は封筒を開き、

その中身が緑色のコンピュータディスクである事を確認した。

 

「ええ、お願いします」

 

「アサカ国防長官。今、そのディスクをここで確認する事ができるかね? 『ゼロ』に関する情報

であるならば、極秘資料であろうと、我々はその情報を共有し合わなければならない…」

 

 そのドレイク大統領の言葉に、舞はどうすべきか迷ったようだった。舞自身は、このディスク

の内容、そして、どの程度の機密であるかは、一部分のみしか判別が出来ず、知る事はでき

ていなかった。だが、ウォーレン副大統領は、既にその内容を解読させてしまっているようだ。

 

 『プロジェクト・ゼロ』についての、更なる情報が舞の手元にある。しかしそれは、『帝国』の更

なる陰謀を暴露するようなものだ。

 

 舞は、フォード皇帝の方へと目をやった。彼は、『帝国』の最高権力者であると同時に、15年

前の『プロジェクト・ゼロ』の発足時、その指揮官にあった。彼ならば、この情報を開示すべきか

どうか、適切な判断を下せるだろう。

 

「いいだろう、国防長官。『ゼロ』を打ち倒す為ならば、我々はどんな情報でも共有し合わなけ

ればならないのだからな…」

 

「分かりました」

 

 舞は、手にしたディスクを、隣の席に座わり、先程まで彼女の報告に関連した資料をスライド

として流していた補佐官に渡した。補佐官は、そのディスクを、スライドを流す為に使っていたコ

ンピュータに挿入しようとする。

 

 その時、会議室内の、テーブルの上、丁度、ドレイク大統領の正面にあるインターフォンのア

ラームが鳴った。ドレイク大統領の補佐官は、そのインターフォンに付いているスイッチを押

し、スピーカーに耳を傾ける。

 

「ドレイク大統領」

 

「どうした?」

 

 舞がウォーレン副大統領から取り戻したデータを、全員に開示しようとする、その直前の出来

事だった。ドレイク大統領は何事かと言葉を返す。

 

 すると、会議室全体に響き渡るような声で、スピーカーからは声が戻って来た。

 

「たった今、広域特異エネルギー探査をしていた衛星からの確認で、『ゼロ』が発見されまし

た。間違いありません」

 

 会議室内にいる者達が騒然となる。

 

「どこだ? どこで発見されたのだ?」

 

 ドレイク大統領は素早く聞き返した。もしかしたら、彼が発見されたのは、ここ、『タレス公国』

であるかもしれない。

 

 だが、スピーカーから戻って来た言葉は違った。

 

「場所は、『紅来国』の《青戸市》です」

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『紅来国』《青戸市》沖の海上

 

γ0057年12月4日

 

11:35 A.M.(『紅来国』時間)

 

 

 

 

 

 

 

 曇り空の中、大海を一隻の空母が航行していく。重厚な灰色の無機質な趣の戦艦は、幾隻

もの巡視艇を従えながら、その進路を『紅来国』《青戸市》へと向けていた。

 

 ジェットエンジンを海上に響かせながら、F−X型戦闘機が戦艦の上空を旋回して行く。空母

はさながら戦争開戦直前であるかのような緊張感に包まれ、砲台や、戦闘機などの兵器類

は、いつでもその機動ができる状態にあった。

 

 空母の名はイオ号。『帝国軍』の中でも最大級の大きさを誇るその空母は、昨日、《帝国軍東

部地域本部》からの連絡を受け、進路を『紅来国』へと向けていた。最優先任務が発令された

のである。

 

『ゼロ』討伐計画始動、全兵力をもってして、『ゼロ』をこの世から抹消せよ、と―。

 

 その空母、イオ号に、3機のヘリが舞い降りて来ようとしていた。それぞれが、別々の方向か

らやって来た大型のヘリで、空母の艦上に着陸して行く。

 

 それを出迎えたのは、空母、イオ号の艦長。

 

 ヘリが着陸すると、そこから次々と『NK』人の者達が姿を現す。2機のヘリから現れたのは、

『NK』人の、外見からは若者にしか見えない者達。『SVO』と呼ばれる組織の者達だった。

 

「全く…。『ゼロ』って奴は、兵力で対抗できる奴じゃあねえって、あれだけ言って置いたのによ

ォ…」

 

 ヘリから降りて来るなり、空母のそこらにいる、屈強な兵士よりも更に大柄な肉体を持つ男、

浩が呟いた。

 

「そうね…、自分達が使った兵器をそのまま乗っ取られて、逆にそれで攻撃される…、『ゼロ』

はそういう奴だって事を、いい加減理解して欲しいわね…」

 

 肌を露出する格好、そして金髪に染めた髪の女性メンバー、絵倫が浩に合わせて言った。

 

 するとそこへ、白いスーツを着た背の高い女性が近付いてくる。彼女は何人かの黒服の者達

を従え、彼女が現れると、ヘリの到着を見守っていた兵士達は、即座に敬礼の姿勢を取った。

 

「形式的な問題だと思って頂けます…? 軍を動かす事で、世界に危機が迫り、それを我々が

対処している事の証明になりますので…」

 

 舞は『SVO』メンバーに近付いて行き、言った。

 

「あんたらが、『ゼロ』に直接攻撃を仕掛ける事が危険だ。という事が分かっていれば、それで

良い」

 

 隆文はそんな舞に答えていた。

 

 やがて到着したヘリに、軍服を着たいかめしい顔つきの帝国系の男が、部下を引き連れて

やって来る。それはこの艦の艦長だった。

 

 彼らは国防長官、舞のすぐ側までやって来ると、凛々しく敬礼をした。

 

「お待ちしておりました。国防長官。並びに『SVO』の方々。我が艦隊イオ号は、『ゼロ』討伐に

向け、目下『コウライ国』は《アオト市》に接近中。これより、最終作戦会議が開かれます。どう

ぞ、第1作戦本部へ」

 

 艦長は舞に対し、はっきりと言葉を並べる。ヘリを降りたばかりの舞は、その言葉に即座に

応じた。

 

「では、我々もお伺いしましょう。作戦の概略は、ヘリの中でも伺っていましたが…」

 

 

 

 

 

 

 

 空母の中の作戦室に案内された、『SVO』のメンバー8人と、国防長官の舞。船の中とは言

え、作戦室は広く、およそ30人の人間は収容できるようだった。立体スクリーンや、戦術シュミ

レーションシステムなどの設備も万全だった。

 

 ここで、『ゼロ』討伐の最終作戦の任務が取り仕切られる。

 

「登君…。ここ船の中だけれども…、大丈夫なの?」

 

 重大な作戦実行の直前の緊張感の中、沙恵が登に尋ねていた。

 

「ああ…、大丈夫。この艦の中は広いから、あまり船の中にいるって言う気がしない。だからあ

まり酔わない…、それに、この緊張感じゃあな…」

 

 登は、周りには聞えないような静かな声で答えていた。

 

 『SVO』のメンバーは、作戦室の円形テーブルの周囲に座り、彼らと対象の位置には、イオ

号の艦長、更には国防長官の舞も座った。さらに10人ほどの、軍の高官達もテーブルにつく。

 

 会議に姿を現したのは、この空母に乗り込んでいる『帝国軍』高官達だけではなく、遠距離か

らテレビ電話の立体化された映像で、『タレス公国』、他、作戦に参加するあらゆる国の幹部も

姿を見せていた。

 

 作戦を直接取りまとめるのは、『帝国』の国防総省、安全保障庁と呼ばれる組織の高官だっ

た。

 

「この作戦は、『コウライ国』時間、昨日午後8時12分、『ゼロ』と思われる特異エネルギー波が

観測された事により実行されるものである。特異エネルギー波探査装置は、我が軍の衛星に

搭載され、『コウライ国』は《アオト市》より、非常に強力な『力』が発せられている事が確認され

た」

 

 その男の声に合わせ、作戦室のテーブルの上に、《青戸市》の立体地形図が出現する。そし

て、北側のある地点で、赤いポイントが点滅した。

 

「ここが、『ゼロ』と思われる反応が観測された地点です。場所は、《イケシタ地区》と呼ばれる

地点…。この場所は、旧《コウライ国》の防衛庁の、特別研究施設があった地点です…」

 

「つまり、『ゼロ』や我々が発見、救助された場所であるわけですね…?」

 

 と、舞が確認を取った。

 

「ええ…、その場所とぴたりと一致しました。『ゼロ』と呼ばれる存在は、始まりの地へと戻った

わけです…」

 

「だが、どうしてだ?なぜ、『ゼロ』は破壊を止め、その場所へ戻ったのだ?」

 

 そう言葉が飛んできたのは、『タレス公国』のゼロ対策本部からだった。ドレイク大統領の声

だ。

 

「分かりませんドレイク大統領。ただ重要なのは、こうしている間にも、『ゼロ』の特異エネルギ

ー波はどんどんと強まっている事です」

 

 答えたのは舞だった。彼女がそのように答えると、周囲の者達はお互いに顔を合わせ、ざわ

つく。

 

「それはどの程度のものなのだね?」

 

 そんな中、周りのざわつきの中に割り入って尋ねて来たのは原長官だった。

 

「昨日、《青戸市》で反応が発見された時は、それほどの強さではありませんでした。彼が《隔

離施設》から脱出した時程度の『力』の反応でした。しかしここ12時間で、『ゼロ』の力は爆発

的に上昇しています。現在、《帝国首都》を破壊した時の、およそ50%ほどの『力』が『ゼロ』が

いると思われる地点に集中しています」

 

 舞の言葉に、再び一同は息を呑んだ。ここにいる皆は、あの《帝国首都》を呑み込んだ大爆

発を知っている。そして、その元凶が『ゼロ』だという事も。

 

「『帝国』のアサカ国防長官。一刻も早く『ゼロ』の抹殺を!」

 

 そう言って来たのは、『タレス公国』の隣国、『ベルン共和国』の代表だった。

 

「残念ながら、彼に対して無闇に空爆を行ったり、核兵器を使用する事は、非常に危険な行為

と受け止めています。高威力原子砲を使用した時、『ゼロ』は逆にその発射装置を自分に取り

込み、自らが弾となる事で『NK』を破壊してしまいました。

 

 『ゼロ』に対し、やみくもに兵器類を使用する事は、非常に危険な行為だと思われます」

 

 舞は『SVO』の8人の顔色を伺ってきた。舞自身も感じている。高威力原子砲を『NK』へと向

けたのは『ゼロ』だが、それを持ち出してきたのは彼女自身に他ならない。

 

「では、今回は具体的にどうするのだね?アサカ国防長官?『紅来国』は《青戸市》で『ゼロ』は

発見された。しかし、その『ゼロ』に対して兵器類を使用する事はできない。だったら、どうやっ

て抹殺するつもりだ?」

 

 再び『タレス公国』からドレイク大統領が言って来る。

 

「…、残念ながら今回も、具体的な方法はありません。しかし、『ゼロ』が出現したのは《青戸

市》です。現在、誰も住む事の無い廃墟の街です。例え我々が作戦を失敗するような事があっ

ても、2次的被害は少なくて済みます」

 

「アサカ国防長官。具体的な作戦内容を聞きたい」

 

 そう言ったのは原長官だ。

 

「『ゼロ』は、おそらく我々、『帝国軍』が接近していっても、姿を現す事は無いでしょう。しかし、

唯一、彼が、まるで引力が引き合うかのように、引き付け合う人物達がいます。彼らと『ゼロ』

は、お互いを感じ合い、そして、彼らの前にだけ『ゼロ』は出現します」

 

 舞は顔を上げ、しっかりと空母の作戦室にいる8人の男女の顔を見据えて言った。

 

「『SVO』の8人の方々、そして、この私が、この作戦の大きな要となるでしょう…」

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12:01 P.M.

 

 

 

 

 

 

 

 軍の兵士達が慌しく、作戦前の準備に動く中、比較的静かな空母の外部通路に香奈はやっ

て来ていた。

 

 彼女は手すりに身を寄りかからせ、焦点の合っていないぼうっとした目を水平線の彼方へと

向けていた。灰色の重苦しい雲と、延々と続いている海が、その場所で空間を二分している。

 

 一見すると、彼女は外界から切り離されたかのように、一人だけの空間にいるかのようだっ

た。これから、世界の明日を賭けた作戦が実行されるというのに、彼女だけその世界から自分

を切り離しているかのようだ。

 

 だが、香奈はそう周りから見えているだけで、実際はそうではなかった。

 

 背後から太一が近づいていっても、しっかりとその気配を感じ取る事ができた。

 

「大丈夫。あたし、ぼうっとしてなんかいないし、疲れてもいないよ」

 

 彼が、香奈の肩を叩いて、呼び起こす直前に彼女は答えていた。まるで彼の動きをすでに読

んでいたかのように。

 

「そうか…」

 

 だが、香奈は振り返って太一の姿を確認しようとはせず、変わらず大海原の彼方にその視

線を置くだけだった。

 

 空母が緊張に包まれていく。もう『紅来国』の大地は目前に迫って来ていた。

 

「あたし…、あの国防長官の言っていたような役割を、ちゃんと果たす事ができるのかな…?」

 

 手すりに体を任せたまま、香奈は太一の方を見ずに答えた。

 

「俺達が、『ゼロ』を呼び起こし、その注意を背けるという作戦か…」

 

「注意を背ける。じゃあなくて、それって、“しんがり”の事だよ。早い話が、囮」

 

 変わらず香奈は水平線の彼方に目線を向けている。太一は、そんな彼女と対等に話をした

いのか、同じように手すりに身を寄りかからせた。

 

「だが、それは、『ゼロ』の気配を感じる事ができて、『ゼロ』からも気配を感じられている、俺達

にしかできない作戦だ…」

 

「あたし…、だけじゃあなくて、あたし達、皆、死んじゃうかも」

 

 香奈は声を震わせる事も無く、ただはっきりとそう呟いた。

 

 手すりに寄りかかったまま、太一は香奈と顔を見合わせた。少しの間が流れる。先に口を開

いたのは太一の方だった。

 

「…、君がそう思うのは自然な事だ。誰だって、そのように考える。だが、この任務にその感情

は不要だ。命がかかった任務をする時、一番失敗する時って言うのは、死ぬかもと思った時だ

からな」

 

 太一も、特に感情を込めない声でそう言った。

 

 すると香奈は、太一から目線を外し。上を見上げた。彼女が見上げた先には、灰色の雲が

覆った空しかない。

 

「やっぱりだ…。前から薄々感じていたけど…」

 

 と、呟く香奈。

 

「やっぱりって、何の事だ?」

 

「薄々感じていたって言ったけど、今、言った言葉の意味は、何も感じられないって事。そう。君

からは何も感じられないの」

 

「それは、どういう事だ」

 

 香奈の目の中を覗き込むように見て、太一は再度尋ねて来る。すると、香奈は太一の眼鏡

のなかに目を見返した。

 

「あたし達、『SVO』のメンバーは、それぞれがお互いを感じ合えるでしょ?感覚みたいなもの

で、例え目隠しをされていても、目の前にいる誰かの、そう。体の中に流れる『力』を感じ取れ

る。だから、見えていなくても、沙恵がいる、一博君がいるって、すぐに分かるの。同じ事が『ゼ

ロ』に対しても感じ取れる…。

 

 だけれども、あたし、今まで、君からは何も『力』を感じ取った事が無いの。例えば目隠しをさ

れたら、君が目の前に立っていても、他の人と間違ってしまうかも…?」

 

「さっき、君は、俺が来た事を見もしないで感じ取ったぞ…」

 

「あれは、ただ、そんな気がしただけ」

 

「『力』でお互いを感じ取るというのは、そう言う事なんじゃあないのか?気がしただけとか…、

感じるとか…」

 

 太一がそう言うと、香奈はまるで何かを発見したかのように上機嫌になった。

 

「あっ、あー!やっぱり、分かって無いね。あたし達が感じているのは、そんな、当てずっぽうみ

たいな、気がしただけ、とは違うんだよ。もっと目に見えないけれどもはっきりとしたものを感じ

ているんだよ。やっぱり君、あたし達が感じているものを、感じられないんでしょう?」

 

 と、香奈が太一に言っても、彼は手すりに身を寄りかからせ、空母の外の様子を眺めるばか

りだった。

 

「原長官が前にも言っていたよ。あたし達や『ゼロ』が、お互いに存在を感じ合えるのは、全く同

じ実験を受けていたからだって。同じ方法で『力』を引き出されたからなんだってね。だから、そ

れを感じる事のできない君は、もしかして…」

 

 太一は何も答えない。香奈が彼の目線に顔を持っていても、振り向こうともしない。

 

「もしかして、あたし達と同じ実験を受けた人じゃあ、無いんじゃあないのかってね?」

 

 太一と香奈の間で、深い沈黙が流れた。周囲では、慌しく兵士達が作戦前の準備を進めて

いる。ひっきりなしに館内放送が流れ、準備が進んでいる事、そして目標地点まで近い事を示

している。

 

「原長官が、あたし達に全てを説明してくれた時から、あたしは、あなたの事を、他の仲間達と

比べて考えるようになっていた…。やっぱり、あなたは、あたし達の他の仲間達とは違う。感じ

る『力』も無いし、あなた自身も、多分、あたし達の『力』を感じていないんだと思う。

 

 原長官は、『SVO』という組織が、『ゼロ』と同じ実験を受けた者だけで構成された組織だと言

っていた。でも、8人全員が、同じ実験の被験者だけで、組織を構成したりするものなのかな?

もしかしたら一人くらい、あたし達の中に、監視役として一人ぐらい混じっていても、不思議では

ないのかも…」

 

 香奈がそこまで言った時、太一は手すりから身を起こした。そして、香奈の方へとはっきりと

目線を向ける。

 

「…、自分達の組織に対しては、余計な詮索をしないというのが、諜報活動に携わる者の常

だ。任務の遂行に支障が伴う…」

 

「また…。そんな事言って、君はいつもマニュアル通りだねえ…」

 

「じゃあ、これだけ言っておこう。あの時、原長官が言った事、あれだけで全てでは無い、という

事だ」

 

 と、太一は言った。彼は、まるで戦っている時さながらの警戒心を見せている。まるで、香奈

に知られてはまずい事でもあるかのように。

 

「それに関しては、もっと時間をかけて、色々と知っていけばいいと思っているよ。それに、君の

事も…」

 

 だが香奈は、彼よりも幾分と落ち着いた声でそう答えた。

 

「この任務が終わったら、また、安心して皆が暮らせるようになったら、あたし、君の事をもっと

知りたいと思っている。任務や仕事の事だけじゃあなくてさ…、友達として…、かな…?」

 

 香奈はそう言い、太一の顔を伺った。だが彼は顔を背け、香奈の受け入れに応じようとしな

いのか。

 

 やがて、太一にとっては珍しく、曖昧な返事を返すのだった。

 

「ああ…」

 

「おお!2人ともここにいたのか!」

 

 そんな2人の間に割り入って来る一人の声。それは隆文だった。彼は太一と香奈の事を探し

回っていたらしい。

 

「探したぜ。だが、いよいよ作戦開始だ。お前達も本部へと戻って来いよ。もうすぐ偵察に行っ

た戦闘機からの報告が入る」

 

 

 

 

 

 

 

 太一と香奈は空母内の作戦司令室に戻った。既に他の『SVO』メンバーも揃っており、『帝国

軍』の高官達も、緊張した面持ちで部屋の中心を見つめている。

 

 そこには、《青戸市》の立体的な地形図が表示されており、その3D画面には、3機の偵察戦

闘機の位置も表示されていた。戦闘機はこの空母から飛び出し、《青戸市》まであとわずかの

所まで接近して来ていた。

 

(こちらベータ6。現在の位置は3755−3。《アオト市》から2キロメートルの地点。すでに視界

には街の様子が確認できる)

 

 作戦司令室内に、偵察機からの報告が入る。すると、モニターの最も近くにいた、偵察部隊

司令官は、通信機に向って言った。

 

「こちら本部。《アオト市》には『ゼロ』以外にも、数個の特異エネルギーを探知している。これ

は、デイビット・アダムスの報告にあった正体不明の者の可能性が高い。十分警戒せよ」

 

(了解!)

 

 地形図には、更に、空母から行われている特異エネルギー波探査のデータも重ねられてい

た。赤いポイントが大きければ大きいほど、大きな特異エネルギーを発している何者かがそこ

にいる。

 

「報告にあった正体不明の物…、だって…?」

 

 浩が絵倫に尋ねていた。

 

「ちょっと…、あなた、ここに来るまでに、送信されてきた報告書読まなかったの?あの『タレス

公国』の副大統領が、脅しに使っていた情報の中にあった報告書よ」

 

「あれは、あんたらばっかり読んでいて、オレ達には読ませてくれなかっただろ?あの副大統

領が自分の生命線の取り引きに使ったってのが、デイビット・アダムスだかの報告書だって

か?」

 

「ええ…、そうよ。あの中には、『ゼロ』発見時の作戦任務の報告と、事後調査のデータが入っ

ていたのよ。内容を読んだけれども、アダムス達は、《青戸市》で、奇妙な物に襲われたらしい

わよ。その為に、戻って来た調査隊員は、アダムスだけだったらしいわ」

 

 浩と絵倫がひそひそと話している間も、偵察戦闘機は、《青戸市》の上空へとさしかかろうとし

ていた。

 

(ベータ6。只今、《アオト市》上空に突入した。街は廃墟と化しているが、動く気配は何も無い

模様)

 

「ベータ6。了解した。だが、そちらに一つの特異エネルギーの反応が接近して行っている。十

分に警戒せよ」

 

 特異エネルギー波探査の画面には、探査機に向って動く反応が幾つかあった。

 

「奇妙な生命体ってのは、あの、街の中に幾つもある赤い点の事か?」

 

 と、浩が再び絵倫に尋ねる。

 

「ええ、そうみたいだわ。アダムスの報告書には、何でもそれは瓦礫の巨人だったとか書いて

あったの」

 

「瓦礫の巨人だあ?」

 

 と、浩が必要以上に大きな声で反応した時、

 

「ベータ6。こちら本部。偵察機に向う反応が3つあり。それぞれ別々の方向から、特異エネル

ギー波を持つ者が接近中」

 

 特異エネルギー波探査の画面には、偵察戦闘機の位置を示すポイントに、集っていく特異エ

ネルギー波の赤いポイントがあった。それは街を離れ、空中にいるはずの戦闘機へと接近して

行っている。

 

「その…、瓦礫の巨人ってのは、宙も飛べるって話だったのかい…?」

 

 そう絵倫に尋ねたのは、作戦の成り行きを見守っている一博だった。

 

「いいえ、アダムスの報告にそんな事は書いていなかったわ…」

 

「ベータ6!十分に警戒せよ。特異エネルギー波を持つ何者かが、そちらに接近中。接近速度

は、時速250km。振り切れるか?」

 

「十分に振り切れるスピードだ。旋回して様子を見る…」

 

 偵察戦闘機のパイロットからの言葉は、何かに遮られたかのように途絶える。

 

「何だ!何が起こった!?ベータ6!ベータ7!ベータ8!応答せよ!」

 

 作戦司令室内の緊張が高まる。皆、固唾を呑んで、戦闘機からの連絡を待つ。室内にいる

ものにとっては、3Dモニターに移される位置だけを示したポイントが全てだったが、それでも、

彼らにとっては、モニター内で起こっている事が現実だった。

 

「こちらベータ7!本部!応答せよ!ベータ6に何かが乗っている!ベータ6はコントロールを

失っている模様!」

 

 パイロットの叫び声が指令室内に響き渡る。

 

「何だ?ベータ7!何かが乗っているとは、何の事だ!?」

 

「あれは、まるで…!」

 

 その言葉を最後に、ベータ7からの通信も途絶えてしまった。

 

「司令官!」

 

 別のモニターを見ていたオペレーターから、突然、声が上がった。そのオペレーターは、衛星

からの映像を分析する役割をしていた。

 

「衛星では偵察機の様子を確認できたか?」

 

 返ってきた答えは、誰もが思っていた言葉だった。

 

「偵察機は、3機とも墜落しました…」

説明
最終決戦が始まろうとしています。主人公達は『ゼロ』元へと向かうため、始まりの地である、「青戸市」へと向かうのです。
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