虚界の叙事詩 Ep#.21「青戸シンドローム」-2 |
指令室の大画面の窓の水平線の先に、灰色の都市が見えてきている。果てしなく遠くから望
んでいても分かる。この都市は廃墟だ。人が活動しているという気配を全く感じさせない、無機
質な空気と匂いを漂わせている。
60年前まで、この都市は、世界でも有数の大都市として発展して来ていた。だが、3次大戦
での戦火に巻き込まれ、もはやその栄華は、ビルの残骸からしか感じ取る事ができない。
今に至るまで、この都市は、文明から切り離された存在だった。過去の遺物であるこの都市
を、現代の人間は必要としなかったし、時々、3次大戦の被災者が遠距離から、その過去を思
い出しに来るだけだった。
そして何より、現在も、《青戸市》は、高い放射線レベルの地域が幾つもあった。それは、首
都に向けられた最終攻撃の爪痕である。3次大戦の末期、《青戸市》の上空で当時最大級だっ
た核兵器が炸裂したのだ。
3次大戦はそのほぼ数日後に終結したが、以来、《青戸市》は無人の都市への道を歩み始
めたのである。
その57年後、『ゼロ』というたった1人の存在の為に、『NK』と、『帝国』の首都が更に大規模
の被害を受けた。
破滅への道は57年前の繰り返しだった。これを『ゼロ』という新たな人類の脅威との戦争と
考える者も少なくは無かった。
「国防長官!」
《青戸市》着岸まであと4kmという所で、揚陸艦の指令室に声が響き渡った。
呼ばれた舞は、《青戸市》に向け、衛星探査を行って偵察をしている分析官の元へと近付い
ていった。
「何か変化はありましたか?」
と、尋ねる舞。すると分析官は、一つのモニターを指し示した。
「これは最新の、《青戸市》の放射能汚染レベル状況です。刻一刻と変化しています」
モニターには、《青戸市》の地形に合わせ、サーモグラフィーのように変化して行っている画面
があった。
「つまり、どういう事ですか?」
「こんなに、激しく放射能汚染レベルが変化する事なんて、普通はありえません。しかもご覧下
さい。今まで疎らだったのに、まるで、一つの地点にその汚染レベルが集中していくかのように
変化して行っています」
画面が変化し、汚染レベルを示す表示が立体化する。するとそれは、《青戸市》の一点を中
心とした、大きな山となっていた。
「この、最も高くなっている地点はどこですか?」
舞が、画面の一点を指差して尋ねた。
「丁度、《イケシタ地区》に当たります…」
「まるで、『ゼロ』のいる地点に向って集中していっている見たいね…」
舞と同じように画面を覗き込んでいた絵倫が言った。
「これは、私の推測ですが、おそらく『ゼロ』は、放射能のエネルギーを吸収しているんでしょう
…。彼は、今までありとあらゆるエネルギーを吸収。そして、一気に解放する事で、進化を続け
て来た…。もちろんそれは今も続いている…」
「おいおい…、『ゼロ』が、放射能を吸収しているって…」
と、隆文。
「彼は、今までだって、大きな『力』に引き寄せられていたでしょう? 《青戸市》は今の今まで高
い放射能レベルにあったんですから、そのエネルギーも非常に大きいものがある。『ゼロ』がこ
の地に来るのも必然だったようです」
「じゃ…、じゃあ待ってくれよ…。『ゼロ』は、今までも、何か、大きな『力』を吸収して進化し続け
て来た。それで、ある地点にまで達すると、その『力』を解放して来た…、って事は…」
舞の説明に、恐る恐る一博が呟く。
「その時は、近い…。か…」
そう言ったのは太一だった。
その時、突然、揚陸艦の指令室内に、大きな警報音が鳴り響く。うるさいばかりの警戒音
が、艦内に響き渡った。
「何です?一体、何が起こりました!?」
舞が叫ぶ。
「この艦に近付くものがあります。海中から3つ。上空から2つ。非常に速いスピードで接近して
来ています」
そう言ったのはレーダーを監視している乗組員だった。
「接近して来るものの正体は何です!?」
舞はその乗組員の元へと駆け寄るなり尋ねる。
「分かりません。この大きさでは潜水艦の可能性もありません。また、生物ではこんなに速いス
ピードを出せないでしょう。時速100km以上です!」
舞が目の前にしたレーダーには、急接近してくる物体が5つ確認できた。
「これは、『ゼロ』とは思えません。つまり、我々の兵器で攻撃ができるという事!魚雷で迎撃し
なさい!空から迫って来る方には、攻撃戦闘機を!」
「了解」
舞の指令はすぐさま艦内に行き渡る。
「魚雷だ。魚雷を発射しろ!国防長官の命令だ!F−X戦闘機!空中より迫る2つの物体を攻
撃しろ!」
突然の来訪者への迎撃命令が実行されるのを、舞や『SVO』の8人は、固唾を呑んで見守っ
た。
「魚雷が通じるような相手ならば良いがな…」
と、その様子を見守る隆文が呟いた。
揚陸艦から、次々と魚雷が発射されるのが見える。ロケットのように打ち出されたミサイル
は、海中へと飛びこんで行った。
F−X戦闘機が、艦隊のすぐ真上を飛んでいく。ジェット機の爆音が響き渡った。
舞の目の前のレーダーには、海中の3つの物体へと向っていく魚雷、そして、空中の2つの
物体へと近付いていく戦闘機の姿が映し出された。
やがて、物体と魚雷は接近する。そして、レーダーでその両者の位置が重なったとき、揚陸
艦の前方から、巨大な轟音が鳴り響き、海の中から飛沫が上がった。
艦隊は揺れる。舞達は、食い入るようにレーダーを見つめていた。
魚雷は間違いなく直撃した。次いで、F−X戦闘機から発射されたミサイルが、空中から迫る
2つの飛行物体へと接近する。
それは、視認でもその爆発が確認できるほど近い場所での出来事だった。
「目標は!?破壊できましたか!?」
舞がレーダー監視員に問いただす。
だが、レーダーには依然として5つの物体が確認できた。
「い、いえ…、破壊していません…。依然として速い速度でこちらに接近を…!魚雷をまともに
受けたはずです!」
「もっと発射して、確実に破壊しなさい!接近して来るのは、ただの兵器や潜水艦とは違うはず
…!」
「おいおい…」
舞達が慌しく第2回目の攻撃を進める様を、浩は驚いたように見つめていた。
「これが、『ゼロ』や何だったりしたら、ミサイルなんて通じはしないんだぞ…」
だが、そう言う『SVO』をよそに、F−X戦闘機は更にミサイルを発射した。レーダーにミサイ
ルの位置が表示される。
空に轟音が響き渡った。今度も間違いないミサイルは直撃。しかし、
「駄目です。またしても破壊できません。接近する物体の正体も不明。損傷を負わせる事がで
きたかも不明です」
「F−X戦闘機!目標を確認できましたか?」
すぐさま現在攻撃中のF−X戦闘機から連絡が入る。
(こちら、F−Xγ。目標は視認で確認できません。しかし、レーダーではそちらへ時速500km
の速度で向う飛行物体が確認されている)
その言葉に、舞はレーダーに眼を落とした。確かに急接近してくる物体が存在している。も
う、一刻の猶予も無かった。
「目標を破壊するまで、ミサイルを撃ちなさい!」
(了解!)
F−X戦闘機から更なるミサイルが発射された。
「魚雷は!?海中の物体は破壊できましたか!?」
「い、いえ…!第2弾の魚雷も通用しませんでした。海中からも依然として物体が接近して来て
います!」
舞がそう言った時、空中の非常に近い場所で、ミサイルが炸裂する。大きな爆発が炸裂し、
爆風が揚陸艦の窓を激しく振動させた。
「お、おい…! 目の前だぜ…!」
隆文が叫んだ。
「物体は時速525kmで接近中!避けられません!この艦に激突します!」
「ミサイルを…!」
舞がそう言った時だった。
超高速で正面から飛び込んでくるように、一つの黒い物体があった。それはまるで隕石のよ
うに、揚陸艦の中央部へと激突していく。激しい衝撃波と激突で、甲板に置かれていた戦闘機
が、紙飛行機のように散乱した。
天地をひっくり返したかのように、指令室も揺り動かされる。しかも、衝撃は一つだけではな
かった。更にもう一つの物体も、超高速で揚陸艦へと激突していく。
警報音が鳴り響き、揚陸艦は真っ二つに裂けたかのように、甲板が割れていた。現に、全長
200メートルはある艦は、2つに切断されていたのである。
誰かが叫んでいる。艦は真っ二つに切断されたまま、海の底へと沈んでいこうとしていた。
指令室にいた『SVO』メンバー達はなす術も無く、床や壁に放り出されている。
「か…、海中の3つの物体は…、どうなりました…?」
頭を打った舞が、レーダー監視員に向って言った。だが、その監視員は、艦の傾きと共に投
げ出された椅子や、計器類に呑み込まれてしまっている。
指令室は、ほぼ45度に傾きながら、揚陸艦ごと海の中へと沈んで行こうとしている。
だが、その艦に更に追い討ちをかけるかのように、今度は海の中から次々と、まるで津波が
襲い掛かってきたかのように、次々と衝撃が炸裂した。
(揚陸艦ティタンが沈没しようとしている。例の物体は、まだティタン下の海中にいる模様! レ
ーダーでは、海中に5つの反応が確認されている。ミサイルを放つか?)
上空を旋回している戦闘機のパイロットが、本部と通信している。
(いいや、待て。F−Xγ。ティタンには、国防長官も同船していた。『SVO』のメンバーも一緒
だ。今、ミサイルを放てば、巻き添えになる)
大型揚陸艦を沈没させた、正体不明の物体に戸惑いつつ、空母、イオ号に設置されている
本部から連絡が入る。
(了解!このまま旋回する)
(即座にティタンの乗組員を救助せよ。その中には、国防長官も含まれている。繰り返す、ティ
タンには国防長官と、『SVO』のメンバー8人が含まれている)
真っ二つに切断されてしまった、揚陸艦ティタンの周りには、救助を行うため、他の巡視艇が
集って来ていた。大型の戦艦は、中央部がまるで砕けてしまったかのように破壊され、もはや
見るも無残な姿になっていた。
(こちら巡視艇セレス号。まだ、国防長官の生存は確認できない。司令室のあった部分は、す
でに海中に没している…)
(何と言う事だ…。セレス号、とにかく、国防長官の生死を確認しろ、いや、まて)
と、本部から巡視艇の一つに連絡が入った時の事だった。
(ティタンの救助に当たっている、巡視艇に告ぐ。ティタンを沈没させた5つの物体は、未だに海
中にいる。そして、動いている。十分に警戒せよ)
イオ号の司令官は、レーダーで確認し、《青戸市》上陸艦隊に告げた。
(了解…)
(セレス号!5つの物体の内、一つがそちらへと向っている。すぐさま回避せよ!)
(了解!しかし…!)
(ティタンの二の舞になる。すぐさま回避せよ!)
イオ号の、セレス号の、そして、上陸艦隊のあらゆるレーダーが、セレス号に猛スピードで接
近する物体を捕らえていた。
(セレス号!)
その物体が、セレス号と接触するまではほんの数秒ほどの時間しかかからなかった。セレス
号は、まるで前方から巨大な鉄球でも炸裂されたかのように、打ち砕かれていた。船首の部分
は押しつぶされ、大きく転覆しながら、海中から炸裂した何かに、弾き飛ばされて行く。
(何だ!何がセレス号を襲った…!確認しろ!)
(何か…、巨大な黒い物体です。ごつごつとした…。岩のようにも見えますが…、何かの瓦礫の
ようにも見えます。それが、海中から姿を表しています!)
ティタン号とセレス号を襲った、何者かを確認したのは、F−X戦闘機のパイロットだった。
(他の艦も十分に警戒せよ!早急に国防長官と、『SVO』メンバーを救助せよ。その海域は危
険だ)
イオ号の司令官がそう言う間もなく、別の物体が、また別の艦へと接近しようとしていた。
そこからは、破壊の嵐だった。レーダーでその動きを確認しようと、《青戸市》上陸艦隊は、
次々と海中から現れた物体によって破壊されていく。しかもその破壊は、『帝国軍』が未だかつ
て遭遇した事が無いほど、強大で、圧倒的なものだった。
軍の船は打ち砕かれ、まるでおもちゃの船を鉄球で押し潰されていた。軍の乗組員達はなす
術も無く、ただ、小さな蟻のように、海へと投げ出されて行った。
(F−Xγ。海中の物体が、そちらに向っている!即座に回避せよ!)
戦闘機の速度だったら、幾ら猛スピードで迫る物体でも回避できる。しかし、海中から飛び出
した物体は、戦闘機を追跡して行った。
(海中より飛び出した物体を確認。まるで、瓦礫で形を作り上げた、鳥のような姿をしている!)
戦闘機のパイロットが叫ぶ。その言葉の意味を、戦艦イオ号の司令部は理解しがたかった。
そして、レーダーは、はっきりとパイロットの言う鳥のようなその物体は、そのパイロットの操
縦する戦闘機に近付いてきていた。
(こちら本部!F−Xγ!飛行物体がそちらへと接近している!直ちに回避せよ!)
レーダーに映る物体は、さらに2つ合流し、戦闘機へと迫っていった。
F−X戦闘機のパイロットは、その飛行物体を避けようとする。しかし、戦闘機の進路に立ち
塞がるかのように、新たな飛行物体が出現した。
飛行物体は、戦闘機に向って突進する。戦闘機はさらにそれを回避しようとするが、流星の
ように飛んでくる物体を避けきるはできなかった。
戦闘機の翼をかすめ、飛行物体が通過する。
F−X戦闘機は進路をそらされ、いずこの方向へと飛んでいく。その方向は、《青戸市》のか
つての面影を残す瓦礫のビル郡だった。
ビル郡に突入していく戦闘機。一つの廃墟化したビルの中へと突入し、貫通した戦闘機はや
がて火を噴き、爆発しながら墜落した。
「これは、一体、どういう事だ!?」
驚愕したかのような叫び声が、イオ号の指令室内に響き渡った。指令室内に大きく表示され
ているレーダーには、無常にも一つ味方の物体も映し出されていない。
「国防長官の生存は不明!『SVO』全員の安否も不明です!艦隊は攻撃戦闘機も含め、全滅
しました!」
司令官に答えるのは、偵察部隊の隊長だった。
「直ちに、救出部隊の増援を送れ!国防長官と『SVO』のメンバーだけでも、何としてでも救出
しろ!」
司令官が叫ぶ。しかし、
「海域には、未だに正体不明の物体がいます!その物体により、戦闘機及び、艦が全て全滅
させられました。物体の正体は不明。最大で時速525kmで移動する事ができる模様!」
「だが、国防長官を見逃すわけにはいかん!」
「直ちに、救出部隊を増援します!」
偵察部隊の隊長は、そのまま身を翻して、部隊へと連絡した。
「司令官!《タレス公国》のドレイク大統領から連絡です!」
その声と共を聞くと、司令官はため息をついた。
《青戸市》白越地区
1:15 P.M.
誰にも良く分からなかった。だが、香奈は間違いなく、どこかの大地に体を付けていた。海の
中に沈んでしまったわけではない。
どこかの大地に打ち上げられている。いや、無機質な大地だ。手で触る質感がごつごつとし
ていて硬い。岩のようなものとは違った。海の匂いがまるで錆びた鉄のようだった。漂ってくる
空気に生気が感じられなかった。
何が起きていたのか、香奈にはすぐには理解できなかった。全身を打っているかのように酷
く痛かったし、体もすぐに起き上がれそうになかった。だが、やがて彼女が目を開いた時、視界
に入って来たのは、聳え立つビルだった。
いや、ビルなのだろうか。全ての窓は割られ、建物にも深々とひびが入り、一部崩落してい
る。廃墟のビルだった。それが彼女の視界に聳え立っている。
香奈ははっとした。そして、すぐに自分のいる場所を把握しようとする。
彼女は水面に仰向けで浮かんでおり、体がどこかの海岸の岸壁にと着岸していた。海岸と言
っても、コンクリートで塗り固められた海岸だった。
どうしてこんな場所に流れ着いているのか。自分達は、《青戸市》に向け、艦隊と共に向って
いたはずだ。だが、あの艦隊は何かによって全滅させられ…、
そう、空から何か巨大なものが揚陸艦に落ちた時、自分達は指令室から海へと脱出していた
はずだ。それがこんな場所にまでいつの間にか流されてきている。
香奈は、港の岸壁に梯子を見つけ、それを辿って上陸した。
良く考えたら、自分は恐ろしいほど冷たい水の中にいたのだ。海岸に上った瞬間、身が震え
だした。海水はとてつもなく冷たいものだった。
そして、彼女は肝心な事を思い出す。
「みんな…、みんな、どこ?」
香奈は上陸すると、体を震わせながら周囲を見回した。自分は仲間と一緒だったはずだ。
港に上陸して、自分が流されて来た方の海を望む香奈。すると、幾人かの人影が、水面を漂
って来ていた。
「一博君。一博君!眼を覚まして!みんな!早く海から上がって!」
香奈が皆に呼びかける。海を漂ってくる『SVO』メンバー達は、皆意識朦朧としているらしく、
すぐには香奈の呼びかけに応じなかった。
「まったく…」
香奈は不満に思いつつも、再び冷たい水の中に戻り、仲間達を海から出してあげなければ
ならなかった。
「おい…、これで全員か…?」
数分後、海から上がった隆文が皆の顔を見回して言った。
「全員って…、オレ達の組織で言ったら、太一を除いて全員だぜ…」
浩は体を震わせる事を、強がっているのか相当我慢している。火でも焚いて皆の体を暖める
必要があるようだった。
「じゃあ、ここに上陸したのは7人だけか…?」
と、登。
「太一は、太一はどうしたの?」
香奈は皆の顔色を伺って尋ねる。だが、皆、何も知らないという表情をしていた。
「あの有様よ…。わたし達が生き残って、ここまで流されたという事の方が不思議だわ…」
絵倫は海岸の岸壁に立ち、海の彼方を望んでいる。水平線では、先程まで乗っていた艦隊
の船が残骸と化し、火の手が上がっていた。
「ここは、《青戸市》ってわけか…。艦隊が上陸するよりも前に、俺達だけ上陸しちまったってわ
けだ」
と、隆文。
「なぜ、上手い具合に、あたし達だけがここに上陸を…?」
「あなた達だけじゃあ、ありませんよ!」
突然、沙恵の言葉を遮るかのように響き渡った、一人の女の声。その声のしてきた海の方を
振り向けば、『SVO』の7人が上陸した場所から、白いスーツを来た女が海から上がって来て
いた。
「あ、あんた…」
震える声で、確かめるかのように隆文は言った。
舞は海岸に上がり、身も凍るような冷たい水の中にいたとは思えないほど真剣な顔で、『SV
O』の元へと近付いてくる。
「どうやら、役者は揃って来たようね…?この地に上陸できているのは、皆、『ゼロ』の実験を
受けた者達だけだわ…。つまり、彼と同じ『力』を持っているわたし達だけ…。あいつに引き寄
せられているのかも?」
絵倫がそういう中、舞は海水に濡れたまま『SVO』メンバーに近付いてきていた。
「だがよォ…、太一はどうしたんだ?あいつも同じだろうが」
と、浩は周囲を見回しながら言った。
「太一…、あいつだけがいない…。どうしてだ…?」
隆文もその事は気になっているらしく、彼の姿を捜そうとする。いつも、『SVO』メンバーとし
て、皆と共に行動していた彼の存在が、今だけはぷっつりと消えてしまっている。それはあまり
に不自然だった。
「太一、あの人は…」
香奈がそう呟きかけた時、舞が『SVO』メンバーの元までやって来ていた。
「あなた達は、これで全員ですか…?流れ着いたのはどうやら、私達だけのようです…。艦隊
はおそらく全滅でしょう…。あなた達も、1人足りませんね…?」
冷たい水の中に浸かっていたというのに、舞は、声を震わせるような事もなく言っていた。
「太一…、あいつだけがいない…。どうしたんだ?まだ、海の中にいるのか?」
一博は焦ったように、海岸の岸壁から海を覗き込む。
「ここにいるのは、『ゼロ』と同じ実験を受けた者達だけだわ…。上手い具合にわたし達だけ
が、この地に上陸できている…。だとしたら、太一もこの場所にいなければおかしいわ」
絵倫は言っていた。
「おーい!太一!」
一博が叫んでいる。
だが、香奈には分かっていた。なぜ太一がこの場所にいないのか。ここ最近、彼に抱いてい
る疑問。それが本当の事だとしたら、そして、この地に上陸できたのが、『ゼロ』と同じ実験を受
けた者達だけだというのなら、彼が上陸していなくても不思議ではなかった。
「…、仕方が無い!行くしかない!例え、太一がいなくても!」
隆文は、皆に向って、決意を固めたかのように言った。
「ちょっと、ちょっと、リーダー!太一は仲間なんだよ!放って置けると思う?」
すかさず沙恵が反対した。しかし、
「いえ!沙恵。隆文の言う事は最もだわ。例え太一が、ここにやって来なかったとしても、わた
し達は、『ゼロ』を倒しに行かなければならない。なぜって?ここに来る時に、すでにわたし達は
決めていたはずよ?死ぬかも知れないって覚悟を」
「で、でも…」
絵倫の言葉に、沙恵は、香奈を振り返って表情を伺っている。
「あ、あたしは…」
香奈は、何故太一がここにいないのか、自分では理解しているつもりでいた。だから、ここで
幾ら待っていても、太一はやって来ない。自分達は行かなければならない。それも分かってい
た。
だから香奈が自分で決めなければならなかった。
「行こう…、行くしかない…、よ。太一は多分…」
と、香奈が言いかけた時だった。
「待て」
一つの、短くも誰しもが聞き取れる声が響き渡る。そして、一同がその声のした海の方を振り
返ると、海から上がってきたのは、太一だった。彼は頭からいつも身に纏っているコートまで全
身ずぶ濡れになりながら、海から上がってきた最中だった。
「太一!」
「太一ッ!」
『SVO』の者達はほっとした様子で、彼の名を呼んだ。
太一は、その冷静な表情を崩さず、濡れた眼鏡から水滴を落としながら皆の元へと近付いて
いく。
「無事…、だった…?」
香奈は、彼の顔を見上げて尋ねた。本来ならば、彼はこの場に来れない人物。それは分か
っていたから、逆に、今の太一の存在が香奈にとって不自然に見えていた。
香奈は自分でもすでに確信していた。太一は、あたし達とは違う。彼は『ゼロ』と同じ実験を受
けた人間ではないと。
「ここは《青戸市》だぜ…、先輩…、ここにゃあ、『ゼロ』がいる。どうするんだい?」
『SVO』の8人、そして舞がいるのはどこかの港だった。ただ、この場所が、彼らの目指して
いた《青戸市》のどこか、という事だけは分かる。
「すぐ、本部に我々の無事を連絡しなければ…。応援を送ってもらい…、今度こそ『ゼロ』を討
伐する為に…」
7人の『SVO』メンバーの側で、舞は、呟くように言った。だが、それを遮るかのように隆文が
口を開く。
「おい、あんた。別に本部に無事を伝えるのは構わないが、応援をよこしても無駄だ。どうせ、
さっきの艦隊みたいに、何者か、に襲撃されて全滅させられる…。何が襲ってきたのかは、あ
んたも分かっているだろう?」
隆文の言葉に、一同が息を呑む。
「『ゼロ』…。ですか…、いいえ、さっきのものは、『ゼロ』本体ではなかった。おそらく彼が操って
いる何者か…」
「あいつのやる事は、今では何でもアリだからな…。隕石みたいなおもちゃを扱う事もできるよ
うになったってわけか…」
と、浩が皮肉めいて言う。
「だけど、デイビット・アダムスの報告にもあった、瓦礫の巨人って言うのは、さっきのあの襲っ
てきた者の事よ。どういう事?この地で救出されるよりも前から、『ゼロ』はそんなに絶大なパ
ワーを持っていたって言うの?巨大な瓦礫を操れるほどの」
絵倫が言った。
「さあ、分からないな。ただ、言える事は、『ゼロ』、もしくは何者かは、この地に上陸できる人間
を選んでいるって言う事だ。もし、選らばれた人間だったら磁石のようにこの海岸に辿り着ける
が、そうでなかったら、さっきの艦隊みたいに徹底的に破壊される。そんな所だろう…」
「ですが、アダムス達が上陸できたのは?」
隆文の分析に興味を持った舞が尋ねる。
「『ゼロ』が、まだそれ程の『力』を有していなかったからか…?」
と、太一。
「あのな。俺だって、そんなに専門家じゃあないんだぜ。憶測で言っているんだよ。そんな事よ
りも、早い所、あんたの所の作戦本部と連絡を取って無事を伝え、今後の方針を固めた方が
いいんじゃあないかい?浅香国防長官?」
隆文が舞に向って言った。すると彼女は?
「ええ、そうしたい所ですが?無線機は?」
すると隆文は、すかさず手に持っていた鞄を開き、中から無線機を取り出す。その鞄や中身
は、さっき隆文と共に海中に没したはずで、まだ濡れていた。
「完全防水性だ。海の中だろうと、山奥だろうと電波が届く」
小型の無線機を取り出した隆文は、それを舞に渡そうとした。
「おーい、井原、登!何やっているんだ?そんな所で?」
浩が、岸壁の方で海の方を見つめている一博と登を呼んでいた。
舞が自分で無線機を操作しているのを、隆文達は黙って見ていたが、
「おーい!先輩達!何かが近付いてくる!海の方から!」
海の方を眺めていた一博が、皆に呼びかけた。
「何だって? 付いてくる?」
皆が海の方を注目した。
水平線の彼方では、もうもうと煙を上げている、艦隊の残骸が見える。その方向から、海の
中を何者かが接近して来ているのは、『SVO』メンバー、そして舞にはすぐに分かったし、感覚
で分からずとも、海面はすでに盛り上がり、波を立てていた。
巨大な気配が迫る。地が揺らぎ、大気が押し寄せる。
舞の手に持った無線機から、雑音が響いてくる。
(こちらイオ号、『ゼロ』対策本部…。そちらは誰だ…?)
無線機が電波を受信していた。しかし、舞にはそれに答えている余裕は無かった。
「何か来る!皆、この港から離れろ!」
隆文が言い、『SVO』のメンバー8人、そして舞は、すぐさま行動に移った。
空母イオ号 《青戸市》から20km地点の海上
1:22 P.M.
「これから、一体、どうすれば良いのでしょう?」
『NK』防衛庁長官、原長官から、『タレス公国』大統領、ベンジャミン・ドレイクへの、まるで希
望を失ったかのような質問がされた。
ドレイク大統領は、しばし考え、『タレス公国』側でも、空母イオ号側でも、重い沈黙が流れて
いる。
「…、では…、艦隊を送っても、《青戸市》に上陸する事もできなかったのだな…?」
と、ドレイク大統領が呟く。彼の口調はいつになく重々しかった。
「ええ…、謎の物体によって全滅させられました。その物体についてのデータはご覧の通りで
す」
イオ号の司令官がそう言うと、イオ号の指令室と、『タレス公国』の対策本部にも、《青戸市》
上陸部隊を全滅させた物体が映し出された。
それは黒い、ごつごつした岩の塊のような物体だった。衛星から撮られた画像で、直径や飛
行速度などのデータも現れている。
「いかなる兵器も通用しなかったと?」
と、原長官。
「F−X戦闘機によるミサイル攻撃でも、破壊する事は不可能でした。時速525kmで揚陸艦に
直撃していますが、その後も活動を続けています」
「それは、生物なのか。それとも兵器なのか?」
ドレイク大統領はデスクの椅子から立ち上がり、イオ号に向って画面の手前に接近して来
る。
「分かりません…。ですが、生物としては、あり得ない飛行速度と強度を持っています。しかし、
兵器であるとも確認されていません…」
「『ゼロ』を前に、まさか妨害が行われるとは…。これも、『ゼロ』の影響であると考えられるか
ね?」
続いて原長官が尋ねて来る。
「可能性は考えられます。あの《青戸市》に上陸したデイビット・アダムスの報告書には、“瓦礫
の巨人”という記述が出てきました。これは、おそらく揚陸艦を襲撃した物体と同じ存在を示す
ものだと思われます。
この物体の存在は、『ゼロ』が《青戸市》に戻ってきてから確認されています。又、デイビット・
アダムスは、『ゼロ』が《青戸市》にまだいる時に、潜入しています」
司令官は答える。
「だがどちらにしろ、その“瓦礫の巨人”なる者達を退けなければ、《青戸市》に上陸する事もで
きないだろう…。
『SVO』メンバー8名の生存は確認されたのか?」
ドレイク大統領の尋ねて来るその質問は、イオ号の司令官にとって、とても答えにくいものだ
った。
「い、いえ…。まだ付近海域一帯に救助部隊を送っている最中です。ですが、襲撃した謎の物
体が未だに、同海域にいますので…」
と、司令官が言った時だった。
「司令官!例の物体に動きがありました!」
レーダーを監視している分析官が声を上げた。
「何?動いているのか?どの方向に?」
指令室の部屋の空間に大きく映し出されたモニターに、レーダーが表示される。物体は、《青
戸市》の方へと向って動いていた。
「なぜ、急に動き出したのだ?とにかく、救助部隊を現場に急行させろ…!すぐさま『SVO』の
8人と…」
と、司令官が指示を出した時、別の方向で声が上がった。
「司令官!無線です!」
「どこからだ?」
「アサカ・マイ国防長官です!生存しています!」
「何だと!」
だが、今の分析官の声は、『タレス公国』にも聞えていた。すかさずドレイク大統領が身を乗
り出す。
「アサカ・マイ国防長官が、生きているとはどういう事だ!?その指令室に国防長官はいるの
ではないのか!」
イオ号の司令官は慌てて言葉を繕った。
「いえ、それが…、国防長官は自分自ら、『ゼロ』と決着を着けると言い…、上陸部隊に参加を
…!」
「何だと…!それで、彼女は今、無事なのか…!?」
今度は原長官も身を乗り出した。
「そ、それが…」
そんな司令官の言葉に割り込むかのように、指令室には無線からの声が響き渡った。
(本部…!応答せよ…!こちら浅香舞。『帝国』国防長官の浅香舞です!)
皆が、固唾を呑んで、無線の声に集中する。
(私は、現在、《青戸市》に上陸中。『SVO』の8人も一緒です。現在位置は、《白越地区》を北
上中。尚、只今、“瓦礫の巨人”と呼ばれる存在に追跡されています!)
「何だと…!国防長官!すぐにその場をお離れ下さい!」
空母 イオ号
「国防長官!ご無事ですか!?」
空母イオ号の無線機越しに、ゼロ対策本部の司令官は尋ねた。
「はい。私は無事です。現在、私は、『SVO』のメンバー8人と共に、《青戸市》に上陸し、『ゼ
ロ』の行方を捜索しています…。彼は、《池下地区》にある、旧『紅来国』の防衛庁研究施設跡
にいると思われ…」
と、無線機越しに舞が話そうとしたとき、それを遮って司令官は言った。
「即座に、その場からお戻り下さい!国防長官!非常に危険です。只今、現地に救助部隊を
送る所です」
しかし、舞は更にその言葉を遮る。
「いいえ!およしなさい!そんな事をしても、また無駄な犠牲が増えるだけです!」
「ですが!アサカ国防長官!我々はあなたの身を心配しています。我々は衛星により確認して
いましたが、たった今も、あなたと『SVO』の方々は、危険な目に遭われたばかりです!これ以
上、あなたを危険な目に遭わせるわけにはいきません!」
と、司令官の声。だが、舞は一歩も譲らなかった。
「いえ!おやめなさい!何故我々だけ、この《青戸市》に上陸する事ができたのか!それを考
えなさい。艦隊が全滅し、私達は海に投げ出されました。なのに、どうして『SVO』の8人の方
達と私だけが、この地に上陸する事ができたのか!
それは、つまり、私達が、『ゼロ』と同じ存在だからです。彼と同じ存在だから、まるで磁石で
引き合うかのように、私達はこの地に上陸させられたのです。それは、つまり、私達は、彼によ
って、呼ばれているという事!」
イオ号の指令室内部は騒然とする。
「な…、ならば、なおさら危険です!お戻り下さい!」
「では、あなた方ならば、『ゼロ』を発見でき、確実な攻撃を仕掛け、彼をこの世から抹消する
事ができると? その保障があるのですか?」
「そ、それは…」
司令官は、舞の言葉に答える事ができなかった。
「私達ならば、『ゼロ』を発見する事ができます!何故ならば、彼の位置は感覚で分かる事がで
きるのですからね」
「しかし…、本国からは、あなたを連れ戻すように言われています…!」
司令官のそんな言葉も、舞には通用しなかった。
「お忘れでしょうけれども、国防長官はこの私なのですよ?だったら、本国よりも、この私にあ
なたは命令に従う義務がある。覚えておきなさい」
「は…、はっ!了解しました!」
「ただ…、衛星等での私達に対する全面的支援は、続けるように。そして、もちろん分かってい
るでしょうが…、『ゼロ』の『力』が、非常に危険なレベルにまで達した時は、最終攻撃を許可し
ます。それは、私達が、この場にいようといなかろうと、攻撃を行いなさい」
「りょ…、了解しました…」
《青戸市》《白越地区》
舞は、隆文から借りた、防水式の無線機による通信を終えた。彼女はそれを、隆文へと返そ
うとする。
「ありがとうございました…、お返しします」
しかし、隆文は、
「いいや、あんたが持っていていいんだぜ。だってあんたは、国防長官なんだろ?軍に指示を
出すのは、あんただ」
と舞に言って、その無線機を受け取らなかった。舞は隆文の言葉を理解し、その手に収まる
ほどの大きさの無線機を、スーツの胸ポケットに入れた。
この地のどこかに『ゼロ』がいる。しかも今度の彼らは、一行を待ちわびているという。2つの
都市を壊滅させ、人類を危機に追いやっている彼らがこの地にいるというだけで、一同の緊張
感は増していた。
「放射能汚染地域を調べておかないとな…。確か、空母で見た時、この辺りは安全なレベルだ
ったんだ。だから、俺達も走ってこれたわけだが…」
そんな中、隆文は電子パットを操作し、その画面に《青戸市》の地形図を表示させる。そし
て、その全体に、サーモグラフィのような表示を重ねた。
一瞬、隆文は何かに気付いたかのように、電子パットの同じ操作を繰り返した。故障が無い
かどうか調べているように。だがやがて、隆文は何かに気付き、凍りついた。
「どうした?」
と、太一が尋ねる。
すると、隆文は、恐る恐る答えるかのように、
「まさか…。放射能汚染は、確か、《青戸市》の広範囲に広がっていたはずだ…!特に爆心地
…!あの辺りは、人も近寄る事ができない程だったはず…!それが、ここ数時間で…!馬鹿
な…!」
「いってえ、どうしたってんだよ?先輩!」
先程の戦いで負傷した浩が、ふらつきながらも尋ねる。
「今では、爆心地付近の放射能汚染レベルが、ゼロに等しい…!いや、それどころか、《青戸
市》全土の放射能汚染が、ほとんど無くなっている。そして、これは、どういう事だ…!?一箇
所…!一点だけ、放射能汚染レベルが、非常に高くなっているんだ…!」
「つまり、どういう事よ?」
絵倫が尋ねた。
「それは、《池下地区》…、ではないのですか?」
舞がはっきりとした口調で尋ねる。隆文はちらっと舞の表情を伺い、答えた。
「あ、ああ…。間違いない。この異常な放射能汚染レベルは《池下地区》の一点だ。ここ数時間
の変異を見ているが、まるで、周囲の放射能をこの地点が吸い取っているかのような動きだ
…」
「『ゼロ』が…、そこに…」
舞の言葉に、一同が息を呑む。
「…、動いていないのか…、まるで俺達を待ち構えているようだな…。今までの『ゼロ』とは、ど
こか違う」
太一が独り言のように呟いたが、彼の声は、廃墟に響き渡り、独り言ではなくなっていた。
「目指すは、《池下地区》って、所…?そこの何かの施設に…?」
と、香奈。
「ええ、そういう事ね。元々、そこを目指しているんだから。もっとも、わたし達には艦隊が味方
してくれるはずだったけれども?」
絵倫が舞の方を向いて皮肉る。
「『ゼロ』が相手なんです。言い訳をするつもりはありませんが、仕方がありません。ですが、代
わりに、衛星兵器、衛星観測によって私達は援護されています」
「ええ、期待しているわよ」
絵倫が言った。
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―Ep#.22 『最深部へ』―
説明 | ||
最終決戦が始まろうとしています。主人公達は『ゼロ』元へと向かうため、始まりの地である、「青戸市」へと向かうのです。 | ||
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