『夢のマウンド』第一章 第五話 |
入学してから三日の土曜日、深夜。
翌日行われるチーム内の紅白戦に備え床に着こうとした勇斗の元へ、一本の電話が届いた。
「もしもし、杉村ですが」
『あ、勇斗? 私』
「母さん? 何、なんか用?」
『用が無くちゃ息子に電話しちゃいけないの?』
「ンなこた無いけど、便りのないのは元気な証拠って言うしさ」
『まぁ、確かに用はあるんだけど』
「はぁ……それで、何?」
『ごめん、勇斗。私たち、帰れなくなっちゃった』
「は?」
数分後……
「なんじゃそりゃあああああ!!?」
『何って、今言った通りよ。それじゃあ、向こうにはもうこちらから連絡してあるから。ああ、ちなみに今アンタが住んでる部屋も、居られるのはあと2週間しかないから』
「オイオイオイオイ、オイ!!」
『おっと、そろそろこっちも休憩時間が終わっちゃうわ。じゃあ勇斗。くれぐれも間違いなんて犯さないようにね』
「間違いって…ちょっと、母さん!?」
『大丈夫。母さんは勇斗を信じてるから♪』
「『♪』じゃねぇぇ!! ちっとはオレの話を――」
『それじゃあね〜。いい子でいるのよ〜』
ガチャン! ツー、ツー、ツー
言いたいことを一気に捲くし立て、こちらの反論を受ける前に早期撤退。
我が母ながら……いや、我が母だからこそのこの手際の良さに、勇斗は怒りを飛び越え、呆然自失と化していた。
重い溜息を吐きながら恨めしそうに受話器を睨み、その無意味さに改めて頭を垂れると、改めて受話器を置いた。
「ったく……舞に何て言えばいいんだよ」
時を遡る事、一時間前。栗原宅。
リリリリリリリ♪
「はい、栗原です」
『あ、舞ちゃん? 元気だった?』
「え? あの、申し訳ありませんが、どちら様でしょうか?」
『あ〜、舞ちゃんったら、おばさんのこと忘れちゃったの〜。寂しいわ〜』
「えっ、えっ、えっ? あ、あの、すみません。ごめんなさい」
『ふふっ、私よ。勇斗の母の美春です』
「美春おば様? ご、ごめんなさい。声を聞くの久し振りだったから、つい……」
『ああ、いいのいいの。こっちこそごめんなさいね。それより、唯、いる?』
「お母さんですか? はい、すぐに替わります」
丁寧に受話器を置き、流しで洗い物をしている母親を呼びに行く舞。
「もしもし?」
『あ、唯? 久し振り〜』
「本当に久し振りね。あなたったら、アメリカに行ってから、ただの一度も連絡をよこさなかったものね」
『あ、怒ってる?』
「少しね。まぁ、あなたがズボラなのは今に始まった事じゃないけど、せめて連絡先くらいは教えて欲しかったものだわ」
唯がそこまで言った時、微妙に嫌な空気が流れた。
『え、え〜っと、私、連絡先教えて無かったっけ?』
「ええ、教えてもらってないわよ。全く、何て友だち甲斐の無い人なのだろうと思ったわよ」
『ご、ごめ〜ん。今度日本に帰ったら、きっと埋め合わせするから』
「ま、期待しないで待ってるわ。でもね、実際連絡が取れなくて、あの子ったら一時期大変だったんだから」
『舞ちゃんが? どうして?』
「あなたね……それまで一番近くにいた友だちが居なくなって、しかも連絡すらつかなくなったとあっては、普通は寂しくて落ちこんだりもするわよ」
『え〜、私だって一時期晋作と離れたことがあったけど、むしろ羽を伸ばしたわよ』
「あなたはいいのよ。何事に置いても規格外なんだから」
『あ〜、酷いわぁ。それが親友に言う言葉?』
「だからその分も含めて、今は勇君の世話をするのが嬉しくて仕方ないみたい」
『そうなの? なら都合がいいわ。ねぇ、唯。悪いけど暫く勇斗を預かってくれない?』
「はぁ? 何言ってるのあなた」
『実はね、予定外のトラブルがあったと言うか何と言うか……晋作が、新しく市場を広げるヨーロッパ支部への転属が決まっちゃって』
「ええ!? そ、そんな事考えられるの?」
『普通だったらありえない話らしいんだけど、まぁ、決まっちゃったんなら仕方ないかなぁって』
「いや、仕方ないって……で、それはいつから?」
『それがさ、今もうフランスにいるのよね〜。ボン・ジュール♪ なぁんて』
「あなたねぇ。で、当然その話は勇君にも伝わっているんでしょうね?」
『全然』
「普通は息子に連絡をするのが先でしょ!! それも引越しの前に!!」
『まぁまぁ、そんなに怒鳴らないでよ。小じわが増えるわよ〜』
「誰のせいだと思ってるのよ……」
『気にしない気にしない。それで、どうかな、勇斗の件』
「まぁ、私の方は問題無い……というか、むしろバッチコイだけど、勇君の方が何て言うかしらね」
『ふっふ〜ん、当然、文句なんて言わせないわ。今あいつが住んでる部屋の契約を切っちゃえばいいんだし。そうすれば問題無く全て解決よ』
「鬼ね、あなた」
『未来の娘への、オネーさんからのプレゼントよ〜♪』
「ま、私にとっても、義理の息子との同居には、それなりに興味もあるしね」
『じゃ、そゆことで』
「はいはい。せいぜい晋君を困らせないようにね」
そんな、どこから見ても漫才としか思えない会話の内に決まった勇斗の「栗原家居候話」。
お蔭でこの日。勇斗と舞は一日中気まずい思いをして過ごした。
そして四月も終わり、ゴールデンウィーク突入初日目。勇斗の栗原家への引越しが行われた。
説明 | ||
春のセンバツは、東海大相模の優勝で幕を閉じました。 今大会は、先月に起こった震災の影響が色濃く残る中、選手たちが派手なガッツポーズを自粛してのプレイ。 この辺り、逆に「元気ハツラツ」なプレイを見せることが、勇気を与えるんじゃないかと思ったんですがね、私は。 それはさておき、岡山・創志学園高の野山慎介主将の選手宣誓は素晴しかったですね。 試合は惜しくも一回戦敗退でしたが、勝敗以上に大切なものを残していってくれました。 |
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