SEASON 8.白音の季節
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修学旅行から帰った休みの日

 

俺は目を開け天井を眺めていると、どうも家の中の様子がおかしい事に気付いた。

 

 

もう冬だっていうのに部屋の中は暖かい。

 

 

布団の中は冬にしか味わえない独特の温もりがある。

明らかにストーブが付けられている。

 

 

帰ってきてすぐにベッドに倒れ込んだのだからタイマーなんてセットする器用な事はしてないはず。

 

 

 

どうも様子がおかしい。

 

 

 

俺しかいない家にもう1人の足音が聞こえる。

 

 

洗濯機が回っている音がする。

洗濯物が詰め込まれたバッグはすぐそこにあるのに。

 

 

さらに何かを作っている音がする。

包丁がまな板を叩きフライパンが何かを炒めている音がする。

 

 

 

絶対に何かがおかしい。

 

 

 

考えていると足音がこっちに向かってくる。

誰ともわからない足音がどんどん近付いてくる。

 

 

妙な恐怖感と安心感が交錯していて訳がわからなくなってきた。

 

 

このまま目を瞑って意識をとばした方が身の為なのか?

 

 

意を決して俺は目を瞑った。

 

 

頼むから早くどっかへ行ってくれと願っていると顔の近くで感じたことがある温もりと匂い。

 

 

恐る恐るゆっくりと目を開けると見た事がある顔が俺を覗き込んでいた。

 

 

「慶、そろそろ起きたら?もうお昼よ」

 

どうやらおかしかったのは唯に洗濯や昼飯を頼んだ事を忘れていた俺の頭のようだ。

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「ほらほら、いつまでも布団被ってるから起きられないのよ」

唯が俺にかけられている布団を剥ごうとしてきたが、俺は断固として布団を取られないように引っ張り返した。

 

 

「どうしたの?早く起きなよ」

 

「もうちょっとしたら起きるから今は待ってくれないか?」

 

「どうして?もうちょっとなら今起きても変わらないじゃない?」

 

どうしてって今布団の中でテントが立ってる訳で・・・もうちょっとすれば落ち着くはず。

まさかそんな事言えるはずがない。

 

 

「布団の中が今ちょうどいい感じなんだよ。もう少し味わいたんだ」

無理にも程がある嘘が唯に通用する訳がない。

 

 

俺を嘘なのはばれてますよ的な顔で見ている。

 

 

その後ふっと笑って

「そんなに気持ちいいなら私も一緒に寝ようかな。そっちにちょっと詰めて」

とんでもない事を言ってきた。

 

 

それこそ布団から出られなくなる。

 

 

それよりも理性を抑えきる方が難しい。

これでも俺は思春期真っただ中の男なんだからどうなってしまうのか唯はわかっているのだろうか?

 

 

本当にあんなことやこんなことが起きてしまう。

 

 

考えてしまうだけで下の方が大変な事になっている。

 

 

落ち着け落ち着けと念じているとベッドに唯は腰をおろして今にも入ってきそうな勢いだ。

 

 

覚悟を決め俺は少しだけ場所を作った。

心臓の鼓動が強く、速くなっていくのがわかるぐらい緊張し始めた。

 

 

息がうまくできない。

瞬きをしようとしても瞼がおりてこない。

こんな緊張するなら隣に寝られた方がいいんじゃないかと開き直れるぐらい緊張は唯が布団をめくり片足を入れた瞬間ピークに達した。

 

 

 

俺は今日大人になる。

 

 

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「なんて冗談よ。目が血走ってるし息も荒い慶の隣で寝たら襲われちゃうもの」

 

「はい?」

 

「だから冗談よ。もしかして期待してた?こんな冗談にひっかかるなんて慶も可愛いとこあるのね」

口に手を当て満足そうに唯は笑いだした。

 

 

「もうちょっとでご飯できるからそれまでには起きてね」

床に置いたエプロンを取り再び唯は台所へと行ってしまった。

 

 

唯が行った後ゆっくりと体を起こし一つ大きな溜息をついて布団を出る。

 

 

もうあっちの方は唯の冗談のおかげで落ち着きを取り戻していた。

 

 

しっかりとした足取りで洗面所に向かい顔を洗う。

鏡に映っている俺の顔は真赤になっていて水で洗い直してもなかなか戻らない。

 

 

「くそっ、唯の奴あんな冗談言われたって誰だって本気にしちゃうだろ」

あっさりと引っ掛かってしまった自分に言い訳をしていたが

同時にあんな冗談を考えてやり遂げた唯に賞賛の言葉を述べていた。

 

 

鏡に映る俺は悔しさからくる目に溜まる雫を零さない様に一生懸命で敗北感を漂わせている。

 

 

本来負けず嫌いな性格がそうさせているんだと思いリベンジして完膚なきまでしとめてやれよと

慰めてやろうかと思ったがこれは自分なんだと気付いた。

 

 

鏡に顔を近づけキッと睨みつけリベンジを達成すると自分自身に宣言してその場を後にした。

 

 

唯の所に戻るとテーブルの上には昼飯が用意されていた。

 

 

「遅かったわね、冷えちゃうといけないから早く食べましょ」

先に座っていた唯を無視して俺は唯の正面に座った。

 

 

「どうしたの?そんな怖い顔して?もしかしてさっきの事怒ってる?」

 

「いや何でもない。さっ、食べようぜ。」

食事が開始されたが無言が続く。

 

 

きっと俺がどうリベンジをしようと考えているからだろう。

 

 

唯に悪いと思いながらもこれを達成しない事には俺の気が許さない。

 

 

口に入る料理の味なんか全然わからない程に考えるがまったく思い浮かんでこない。

味覚を失わせているのだから一つぐらい浮かんでもいいのに……

 

 

「慶、それ美味しい?」

 

「ああ、いつも通り唯の作る飯は美味いよ」

 

「本当に?良かった、それコチュジャン入れ過ぎて辛くなっちゃったのよ。でも美味しいなら良かったわ」

 

「んっ?入れ過ぎた?」

考えるのを止めた瞬間から口の中に燃え盛る炎が蠢くように、顔には湧き出るように汗が出てきた。

 

 

「唯!早く水!水くれ!」

先に注がれていたコップの水は一気に飲み干してしまいそれでも引かない炎が俺の口の中を襲う。

 

 

慌てて注がれた水を何杯も飲み続けやっとの事で鎮火することができた。

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「ごめんね、先に言ってれば良かったんだけど何も言わないで食べてるから大丈夫のかと思ったわ」

 

「辛いのはいいけど激辛はきついな」

 

「ごめんね、これから気をつけるから」

両手を顔の前で合わせ頭を下げる。

 

 

唯でも失敗する事があるんだと冗談に引き続き驚かされた。

 

 

「それで私への仕返しは思いついたの?」

 

「いや、色々考えたけど思い浮かばなかったし辛さで全部吹っ飛んじまったよ。ってばれてたのかよ」

 

「慶の考える事なんてわかるわよ。1年の時から一緒にいるんだから」

口に手を当てて笑っている唯の顔を見ていると騙し切れる自信と仕返しする意欲がなくなっていく。

 

 

「そういやそうと何時くらいに来たんだ?そもそもどうやって家に入ったんだ?合鍵なんて渡した覚えはないけど」

 

「何時くらいだったかしら?確か11時くらいだったかな。合鍵は貰ってないけど玄関鍵かかってなかったわよ。インターフォン鳴らしたけど出なかったから勝手にお邪魔したの。そしたら慶は可愛い寝顔で寝てたから起こさないで洗濯してたのよ」

 

 

つまりは家に帰ってきて何もせずに一直線にベッドに倒れ込んでいた訳か。

 

 

「駄目よ、ちゃんと鍵かけて寝ないと。何かあってからじゃ遅いのよ」

 

「はい、すみません。以後気を付けます」

 

「わかればよろし」

 

「唯さんには敵いませんぜ」

 

「それもわかればよろし」

 

 

こんなよくわからないやり取りをしたのはいつ以来だろう。

学校で見る、いや、みんなといる時の唯とは大違いだ。

 

「今年のクリスマスはどうする?去年は竜祈と3人でケーキやらチキンやら買ってやったけど」

 

「もうそんな時期になったのね。今年はどうしようかしら?竜祈は今年独りじゃないもんね」

 

「円もいるしな。円は確実に来るだろ。ぬっ、クリスマスだよ!サンタさんがプレゼントくれるよ!って大騒ぎするはずだからな」

 

「そうね。三角帽被ってクラッカー鳴らして歩きそうね」

 

「とりあえずはみんなに予定を聞いてから決めるか」

 

「それじゃ明日にでも聞いてみましょ。私これから用事あるから行くわね」

 

「用事あるなら無理してこなくても良かったのに」

 

「時間まで暇だったし、何よりも約束したじゃない」

 

「時間ないなか悪かったな。助かったよ」

 

「それじゃ、また明日ね。干すのは自分でやってね。」

 

洗濯機の方を見ると旅行前と旅行中の洗濯物が積まれていた。

うまくやることが残されたようだ。

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「っと言う訳でみんなクリスマスって何やってるんだ?」

 

「ぬっ?どういう訳かわからないよ」

 

「そりゃ、まだ何も言ってないからな。去年のクリスマスは俺と竜祈と唯で楽しく過ごしたんだよ」

 

「ほわ〜、とても楽しそうだね。拓坊以外仲良しなんだね」

 

「僕以外って、僕は用事があっていけなかったの。それに今の会話いつだったか聞いたよ」

 

「俺も聞いた事あるな。あれっていつだった?」

 

「円ちゃんが〜慶斗さんの家に〜初めて来た日ですね〜」

 

「あの時も唐突に話し始めたわね」

 

 

昼休みに弁当を囲んで早速今年のクリスマスについての話を切り出した。

 

 

「悪いんだけど僕は今年もパスさせてもらうよ」

拓郎は家を出ているがクリスマスと年末年始は実家に帰っている。

 

 

 

その理由は新しい父親の連れ子

 

 

 

つまりは血は繋がっていない幼い妹の相手をするために渋々帰っているらしい。

 

 

本人は渋々と言っているが今の様子を見るだけでも楽しみでしょうがないってのがわかる。

 

 

ずっとニタニタしてるし動きがせわしない。

 

 

「俺、拓郎の妹見た事ないな。竜祈はあるのか?」

 

「いや、俺も見た事ないんだよ。それに何故か見せてくれないんだよな」

ちらっと拓郎を見るとさっきの様子が嘘の様に怒りの表情を見せている

 

 

「お前らみたいな男にうちの可愛い妹をやれるか!」

怒りの表情だけで終わるかと思ったら立ち上がり俺達を指差し罵り始めた

 

 

「学校には遅刻してくる、服装は乱れてる、勉強はできない、そんな奴らが妹を幸せにできるか!」

それは自分に対しても言ってるのに気付いているのだろうか?

 

 

延々と続く罵声の中にわずかに殺気らしき気配を感じる。

 

 

竜祈が怒っているのかと思ったら誰かに対して落ち着けと小声で諭している。

 

 

その相手とは

「拓郎さん、竜祈さんが私を幸せにできないって言ってるんですか?」

語尾が伸びていない里優だった。

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冷静さを欠いているのかまったく里優の言葉が届いていない。

 

 

いつもなら真っ先に気付く拓郎なのに気付かないなんて相当なシスコン…いや妹思いな兄貴なのだろう。

 

 

全然終わらない演説は

「敢えて言おう!カスであると!」

っというどこかの軍のマークが見えるような言葉を最後に俺と竜祈で口を塞ぎ強制的に終了させた。

 

 

こそっと拓郎に里優の様子を伝えると拓郎から汗がとめどなく溢れてきた。

 

 

ようやく今の状況が呑み込めたようだ。

 

 

放たれていた殺気は熱が冷めたのかと思ったが冷たく突き刺さる殺気へと変貌していた。

 

 

ここまで怒っている里優は俺達は初めて見る。

 

 

「竜祈、俺達じゃカバーできない。なんとかしてくれ」

 

「えっ、いっいや…俺も…ちょっと無理」

 

 

竜祈ですら無理なら到底俺達ではどうしようもない。

 

 

ここは同性の唯か円が落ち着かせる事ができるんじゃないかとちら見するが唯も円もすぐに遠くの方を見詰め始めた。

 

 

2人でもダメならもう収拾がつかない。

 

 

そう思い諦めかけたが拓郎は俺達を振りほどき再び話し始めた。

 

 

「でもそんなカスでもこれからの磨き方次第でいくらでも輝く事が出来るんだよ」

 

「なんですか?フォローのつもりですか?」

容赦ない殺気はまだ拓郎に向けられている。

 

 

どんな言葉もきっと里優の殺気を抑えることはできない。

 

 

抑える言葉があるなら教えてもらいたいもんだ。

 

 

誰も声を出せないぐらいの空気にこのまま時間は過ぎていくんじゃないかと思える。

 

 

なんとか打破できないかと適当な事を言おうとしたが

「別にフォローのつもりじゃないよ、里優ちゃん」

いつもならまったく見る事ない拓郎の真剣な顔と声があった。

 

 

「きっと人は決められたレールを走ってるだけだと変わりはしない。自分で決めた道を歩めば輝く事は出来る。竜祈は自分で決めた道を歩く奴だから大丈夫だよ。それが言いたかっただけ」

その言葉と表情を感じ取ったのか里優からの殺気はすっかりと収まっている。

 

 

「ごめんなさい、拓郎さん。あの、その、ムキになってしまって」

 

「謝らないでよ。僕も無神経な事言っちゃったんだから。それより楽しいランチタイムなんからぶわーっと盛り上がっていこうよ!」

 

さっきまでの事が無かった様に拓郎はけらけらと笑い始めた。

 

 

それに安堵したのかまたみんなは話し始めた。

 

 

やっぱり拓郎は俺達のムードメーカーなんだな。

 

 

そう思いふと拓郎を見るとまたさっきの顔になっていて

「……でも僕は……」

今にも消え入りそうな声で呟いていた。

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「拓郎、どうしたんだ?さっきからぶつぶつ言ってるけど」

 

「あはは〜、何でもないですよ〜。僕の事は抜きにして〜クリスマスの事決めて下さい〜」

手を合わせながら体をくねくねさせている。

 

 

「拓郎、気色悪いから里優の真似やめろよ。それに里優は体はくねらせないぞ」

 

「あはは〜」

さらに体のくねりは加速する。

 

 

「3人はどうなんだ?もちろん大丈夫だよな」

問いかけると3人は気まずい顔を見せる。

 

 

「悪いな、今年のクリスマスは里優と色んな場所のイルミネーション見に行くんだよ」

 

「すみませ〜ん。去年の事を知らないで決めてしまったんです〜」

 

「気にしなくていいわよ。2人は付き合ってるんだから当然の事よ」

たまに忘れてしまうが2人は付き合ってるんだよな。

 

 

2人が来ないって事は円をいれて3人か…

 

 

 

「円も行けないよ。元気になったから今年はワイハーに連れてってくれるんだって」

 

「ワイハー?」

 

「ハワイだよ慶兄。寒い寒いジャペーンを抜け出してバカンスだよ」

何故か手で狐を作ってウインクしている。

 

 

円も無理だとすると唯と2人っきりか…

 

 

 

…2人っきり…

 

 

 

この前の事を思い出すとどきまぎしてしまうが

「それじゃ、今年はなしにしましょ。私も他にも呼ばれてるから」

そんな必要はなかった。

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終業式も終わりそれぞれが家路につく。

 

 

次の日目覚めると寂しい生活が始まる。

 

 

夏休み同様みんなはたまにしかこない。

 

 

冬休みに関しては拓郎は来ることはないだろうし円は日本にいないわけだし、今年は竜祈もきてくれないだろうな。

 

 

唯もきてくれないだろう。

夏休みはバイトしていたしあまり思わなかったけど誰もこないこの部屋は寂しいな。

 

 

電気を消した部屋をベッドの上から眺める。

俺を包む暗闇がいつも以上に色濃く見えてくる。

 

月明かりだけが部屋を照らしている中ふと思う。

 

 

俺はこんなにも寂しがり屋だったっけ?

 

 

いやそんなことはないだろう。

1人でいたって寂しいとは思わないかったし誰かに救いを求めた事もない。

 

 

そう、これはきっと自分自身が生み出した幻惑なんだ。

日々誰もこない部屋でテレビを見てはうとうとと寝てしまい、気付けば夕方になり近くのコンビニへ夕飯を買い出しに行く。

昼間に寝てしまった為に夜中になって寝られず朝方に寝る。

 

 

そんな日々を暮らしていたらクリスマスが近づいてきている。

 

 

近づくにつれて自分の心の中の葛藤はどんどん大きくなっていく。

 

 

否定すればする程に反発が大きくなっていくが何がなんでもねじ伏せていく。

 

 

心が折れないよう自分が自分であるようただただ日々を暮らす。

 

 

「負けてたまるか、絶対に負けない」

強い気持ちを持ちながらも膝を抱え壁にもたれる。

 

 

耐えて耐えて今日までやってきた。

 

 

今日が終わればこの苦しみは終わる。

己自身に勝てるんだ。

 

 

しかし、テレビから聞こえる音と流れる映像、深深と降る雪に彩られた白い街、そこに光るイルミネーションの数々。

 

 

俺の何かを完全に倒壊させた。

その証拠に手には溢れた雫がどんどん降り注いでくる。

 

 

きっとこれは勝利を祝うものではないだろう。

 

 

「わかってたよ…わかってたんだよ…」

負けてたまるかと思った時点で俺は完全に負けていた。

 

 

いや、認めていたんだ。

 

 

「………寂しいな………」

自分自身との勝負が終わったのはクリスマス当日の夕方だった。

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「今まで俺は何をしていたんだ?」

認められない気持ちを否定していた日々が虚しく感じ自己嫌悪すらしてしまう。

 

 

「は、はは…フハハハハハ!」

自分でもわからない内に閣下に似た笑い声が出た。

 

 

「やる、やってやるよ!」

大急ぎで外に出る準備をする。

 

 

 

目指すは商店街

 

 

 

マフラーを巻いて最終準備が完了し玄関を開けるとさっきまでの意気込みがなくなってしまうぐらいの雪化粧だった。

 

 

「寒いし明日になれば安売りするから明日にするか…いや、でも折角準備したんだしな…いや、でも…」

 

 

迷いに迷って結論を出そうとするが全く出ない。

 

 

悩んでいる内に何故か息苦しくなっている。

 

 

周りの景色も何やら明るい。

 

 

気がつけば俺は商店街までの道を全速力で走っていた。

 

 

引き返す事も頭をよぎったがここまで来たのだからと歩きながら商店街を目指した。

 

 

 

 

 

 

目的の商品を買い終え家に着く。

 

 

点けっぱなしにしていたストーブの効果は絶大でまるで南国にいるかのようだった。

 

 

「円、ハワイは日本にもあるんだ」

よくはわからないが円に勝ったような気がした。

 

 

帰り道で冷えてしまったものをレンジで温めなおしテーブルにひろげていく。

 

 

いつもなら置いたものをみんなで囲んでいるんだと思うと寂しさが襲ってくる。

 

 

寂しさに打ち勝つためにも始めた1人っきりのイベント。

 

 

頭に三角帽、手にはクラッカー、顔には髭メガネを装備する。

 

 

勿論体の装備はサンタスーツだ。

 

 

ロウソクに火を灯し電気を消す。

 

 

ゆらゆら揺れる灯を前に緊張が走る。

 

 

いよいよ始まる人生初めての宴が。

 

 

「メリークリスマ〜〜〜〜ス!」

1人っきりのクリスマスパーティーの開幕が告げられた

 

 

一息にロウソクの火を消し電気を点ける。

 

 

「ヒャッハー!」

すぐにクラッカーを連発させる。

 

 

着ているサンタスーツを上半身だけ脱ぐ。

 

 

ここに露出狂サンタが誕生した。

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「ランランラーン、ランランラーン、ティングルティングル・・・おっとうちは犬はいないか」

脱いだサンタスーツを振り回しテーブルをグルグル回りながら気づいた。

 

 

「ラン、ランララ、ランランラーン・・・おっと蟲もいないか」

また回りながら気づく。

 

 

「いやなんでもいいか、これは俺の宴だ!俺が良ければ何でも良し!なあ唯!フハハハハ!」

気を取り直して振り回しながらグルグルと回る。

 

 

「楽しい、楽しすぎる!ほら唯もやれよ!フハハハハッ・・・はっ!」

全ての動きを止めドアの方を見る。

 

 

苦笑いしている唯がそこに立っていた。

 

 

滴る汗はきっと熱いからじゃないだろう。

 

 

唯に背を向け正座しながらいそいそと汗ばんだ素肌にサンタスーツを着る。

 

 

その間に部屋に入ってくる足音が聞こえる。

 

 

顔を合わせた瞬間何を言われるか心配になる。

 

 

いつも通りに何してるのと聞かれるなら構わないが、楽しいとか寂しかったんだね。

 

 

なんて言われたら俺は立ち直るのが大変なぐらい落ち込んでしまうだろう。

 

 

意を決して正座したまま体ごと振り返るとすぐ近くに唯も正座していた。

 

 

その距離、まさにインファイター同士ぐらいの接近戦!

 

 

迂闊にジャブなんか出したら速攻でカウンターを喰らってしまう。

 

 

相手の出方を窺うしかない。

 

 

渾身のストレートでくるのか?それともジャブ?

 

 

今の俺にしてみれば大抵は致命傷になりかねない。

 

 

かわすしか生き残る方法は残っていない。

 

 

読め!相手の思考、呼吸、どんな小さな仕草も見逃すな!

 

 

「私は流石に脱げないけど、まぜてもらえるかな?」

 

 

カンカンカーン!

予想もできなかった眩しすぎる満面の笑顔に完全にやられてしまった。

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再びテーブルの回りでフィーバーできる気力もなく唯に飲み物を用意する。

 

 

「どうぞ、これでもお飲み下さい。そしてさっきの事もお忘れ下さい」

唯の目は注がれたシャンパンもどきのジュースと俺の目を往復する。

 

 

何回往復しただろう?

じっと俺の目を見据えていた。

 

 

ゆっくりとグラスに視線が移動し中身を飲み干した。

 

 

「ぷは〜、クリスマスはやっぱりこれよね。心配しなくても大丈夫よ。誰にも言わないから」

 

「まじで助かるよ。みんなに知られたらなんて言われるか。特に拓郎と円には」

 

「そうね、でも忘れはしないわよ。こんな慶見るの初めてだもん」

口に手を当てクスッと笑う。

 

 

「唯は自分を天使と悪魔のどっちだと思う?」

質問の意味がわからなかったのか一瞬きょとんとしていたが、手をおろし不敵な笑みを浮かべた。

 

 

「どっちかって言われたら………小悪魔かな」

笑みと言葉がマッチし過ぎていて俺は苦笑いしかでなかった。

 

 

「ところでどの辺から見てたんだ?」

できる事なら最後の方だけにしてもらいたい。

 

 

「そうね、家の前に来たのは電気が消えた辺りかしら。玄関でクラッカーが鳴るのを聞いて・・・上半身裸になってる辺りから見てたかしら。」

唯は肩をすくめながら笑った。

 

 

つまりは一部始終知っているっていう事だ。

 

 

「唯、絶対にこの事は…」

 

「言わないわよ。私と慶だけの思い出にしとくわ」

交互に指をさし自分の唇に押し当てた。

 

 

その仕草に少しドキッとしてしまう。

 

 

顔が熱っぽくなるのがよくわかる。

 

 

「俺と唯の秘密って事で。」

俺も真似をして唇に指を押し当てる。

 

 

「そっ、秘密。それよりは弱みかな。」

 

「悪魔め。」

 

「違うわよ、小悪魔。」

 

 

向かい合った2人の間に静寂が流れるがすぐに笑い声が広がっていく。

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テーブルの上に散らかったクラッカーの残骸を片付け料理を食べる。

 

 

「来た時から思ってたんだけど」

 

「うぶ、ばび?」

 

「これ1人で食べるつもりなの?」

テーブルに広げられた品々を見ながら疑問をぶつけてくる。

 

 

テーブルの上にはピザMサイズが1枚にチキンのパーティーセットが1つ。

加えてホールケーキが1つ。

 

 

冷静に考えてみれば1人で食べ切るのは辛い量だ。

 

 

「竜祈か拓郎がいてちょっと足りないぐらいだよな」

 

「そうね、手伝ってあげたいけど私は食べてきちゃったからお腹一杯だし…」

 

「仮に唯に協力してもらっても食べ切れないだろうな」

 

「でも、明日になっても食べれるから無理しなくていいんじゃない?」

 

「いや、今日がクリスマスだし明日はなんでもない平日だから今日中に食べ切る」

 

「慶、私の話聞いてた?無理すると体に悪いわよ」

 

「大丈夫だ。よし、気合い入れて食うか!」

 

 

一心不乱に目の前の料理を食べる。

 

 

いや、食べると言うよりは少し噛み砕いて流し込むと言った方が合っている。

 

 

何度も止めに入った唯の言葉を振り切りながら止まる事なく口に入れ込んでいく。

 

 

 

 

 

口の中が様々な味で満ちて今何を食べているかわからない。

 

 

「まさに口の中が1人クリスマスパーティーや!」

っと言いたくなる程に口の中がぐちゃぐちゃだ。

 

 

時折飲む水が1番旨いかもしれない。

 

 

そう思えたが時間が進むにつれて水で腹の中が満たされていく。

 

 

前に拓郎が大量の焼きそばをたいらげた時は一切水分をとらなかった事を思い出す。

 

 

あれが大量の料理を早く食べるコツなんじゃないかとふと思ってしまう。

 

 

そう思えたがすでに腹の中はぎゅうぎゅう詰め。

 

 

「…ギブ……アップ…」

ホールケーキを半分残して俺は力尽きてしまった。

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腹が一杯で動けない俺の代わりに唯が食器や食べ残したケーキを片付けてくれた。

 

 

「慶、大丈夫?はい、お茶」

片付けついでにお茶までいれてくれた。

 

 

「だから無理しないでって言ったじゃない」

 

 

「すみません。やっぱりこの量は無理だよな」

逆にケーキ半分のところまできたのは自分の中ではすごいことだと思う。

 

 

「1つの事に集中すると一直線って感じよね?なんでそんなに集中できるの?」

 

「特に考えた事ないからわからないな。その事にただ一生懸命になってるからじゃないか?」

 

「だから一直線って訳か…慶らしい答えね」

 

「要するに馬鹿っぽいってことだろ?後先考えれば突っ走ったらこんな状態なっちまうのわかるのに」

 

「馬鹿っぽいとは思わないわ。後先考えずに走り出せるのが羨ましいな。いつも先の事を考えちゃって何もできない私にはそう思えるよ」

 

「俺にはちゃんと考えてる唯の方が羨ましいけどな。俺はこうやって失敗したなって実際今思ってるし」

 

「そう?私、結構そういうとこ好きよ」

 

「えっ?」

 

「そういう好きじゃなくて、一生懸命になれるとこの話よ。勘違いしないでよね」

その言葉を最後に唯は下を向きっぱなしになり、自然と会話がなくなってしまった。

 

 

一生懸命になれる事って言ってけど、今唯が下を向いたままになっているって事は…

 

 

もしかして唯は俺の事が好きなのか?

 

 

いや、それはないだろう。

 

 

修学旅行の時に昔から1人の人間を想い続けているって言ってたし、俺は高校に入ってから知り合った訳だから俺のはずがない。

 

 

いや、昔ってそもそもどのぐらい前からをさすなんて決まってないから…

 

 

いや、でも……

 

 

考えれば考える程に色々な可能性が出てきて余計にわからなくなっていく。

 

 

結局出た答えは

「まあ、いいか。」

 

 

「えっ?な、何が?」

 

 

「悪い、考え事してたんだけどその内わかるだろうと思ってさ」

 

 

今わからなくてもいいやと思えた事だった。

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問題が片付けばもう1つの疑問が生まれてきた。

 

 

「そういえば何で家に来たんだ?今日他の所に呼ばれてたんだろ?」

 

「えっ、あっあっ…うん、でもその子風邪ひいちゃったみたいで中止になったのよ。もしかしたら慶1人で寂しがってるんじゃないかなって思ってきたのよ。でも1人でも楽しそうでよかったわ」

 

「寂しいって言うか楽しいっていうか、はははっ、今日の事はご内密に」

深々と土下座をして懇願する。

 

 

「それじゃ今から私に付き合って。行きたい場所あるのよ」

 

「イエス、マイロード!」

騎士が姫に忠誠を尽くすかの様なお辞儀を真似し俺も唯の命令に従う事を示す。

 

 

「じゃあ今すぐに行きましょ。ほら、用意して」

 

「ちょっ、まだお茶飲んでないんだけど…」

 

「すぐに飲む!はい、着替えとコートとマフラー。40秒で用意してね。私玄関で待ってるから」

 

「そんな時間じゃ無理だろ。後玄関で待ってたら寒いからここにいればいいだろ」

 

「慶、今から着替えるんでしょ。私玄関にいるから30秒で用意して来てね。スタート!」

パンと手を叩くと早々に唯は部屋を出て行った。

 

 

先に言った時間よりも短くなってないか?

 

 

そう思いながらもぬるくなったお茶を一気に流し込みサンタスーツを脱いでパンツ一枚の慶斗へ。

 

 

普段着を着ていつもの慶斗に変身する。

 

 

コートを着てマフラーを巻いて時計を見る。

 

 

無駄なく全ての工程をこなしたんだ。

 

 

いいタイムが出ているだろうと自信があったが30秒なんてとっくに過ぎている。

 

 

「唯、30秒なんてむりだろ。そんな時間で準備する奴がいたら見てみたいよ」

玄関に向かいながら文句を垂れる。

 

 

「私も見てみたいわね。無理に決まってるじゃない。ほら、慌て過ぎてマフラーおかしいわよ」

玄関先で唯にしっかりとマフラーを締め直される。

 

 

「これでよし。鍵持ってきてるわよね?それじゃ行きましょ」

玄関を開けると冷たい空気が家の中に入ってくる。

 

 

「俺、実家に帰らせてもらいます。今までお世話になりました」

引き返そうとする俺の腕をがっちりと唯が掴んで離さない。

 

 

「慶の実家はここでしょ。帰るも何もまだ外にも出てないわよ。ほら、行くわよ」

そのまま引きづり出される様に外に出た。

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道路は白い絨毯がひかれたように足跡1つ無く、凛と張り詰めた空気は風が無いせいか冷たいだけで寒くない。

 

 

どの家でも賑わっているはずなのに静寂だけが広がっている。

 

 

いつもなら感じられない不思議な感覚だ。

 

 

空を見上げると星の瞬きが邪魔されることなく俺達に合図する。

 

 

「オリオン座だ。」

目の前にはこんなにも大きかったかと思わせるぐらい綺麗に光っていた。

 

 

「冬は星が綺麗に見えるわね。慶、オリオン座知ってたの?」

 

 

「まあな。何でかは知らないけど昔から好きなんだ」

 

 

「ふうん、意外だったかな」

 

「何が?」

 

「慶にそういうものがあるなんて。今日は色んな慶を見れてる気がするわ」

 

「それは言わないでくれよ」

 

グッ、グッと雪を踏みしめる小気味いい音を立てながら2人分の足跡を残し続けた。

 

 

暫く歩くと駅に着いた。

 

 

駅は家族やカップル達で賑わっている。

 

 

どこかへ行った帰りなのだろう。

 

 

すれ違う人達は手に荷物を持って駅を出ていく、多分この人達が行ってた場所に向かうのだろう。

 

 

そういえば行き先を聞いていなかったな。

 

 

「唯、これからどこに…って何これ?」

 

「何って切符よ。今から電車に乗るんだから当り前でしょ?」

 

「いや、見ればわかるけどどこに行くんだ?」

 

「着いてからのお楽しみ。そろそろ電車来るみたいだから早くホームに行きましょ」

行き先も教えてくれないまま唯は改札を通っていく。

 

 

まじまじと切符に書かれてる金額を見る。

 

 

見覚えのある金額だ、もしかしてあそこに行くのかと思いながら改札に切符を通した。

-16ページ-

ホームに来ると閑散としていたけど何組かのカップルとグループがいた。

 

 

隣に立つ唯をよそに俺はずっと周りを見始める。

 

 

中学生くらいから気になってしょうがないことがあったからだ。

 

 

一通り見渡し視線を唯に移す。

 

 

足から頭の上までじっくりと見る。

 

 

「何?どうしたの?何か変かな?」

やっぱりじっと見てれば気づかれるか。

 

 

唯も俺が気になってることに該当してるわけだし聞いてもいいだろう。

 

 

「唯、今って冬だよな?」

 

「んっ?冬だけど?」

 

「今日は風がないからガタガタ震える程寒くないけど、寒いよな?」

 

「そうね、いつもよりは寒くないけど寒いわね」

 

「寒いんだよな?今も周りを見て思ったんだけどさ、女の子って寒いとわかっててそんな寒そうな格好してるんだ?」

 

「寒そうに見える?コート着てるから大丈夫よ」

 

「いや、俺には寒そうに見えるぞ。特にそこが」

俺は唯の足を指さした。

 

 

ホットパンツにニーソックスって絶対に寒いと思う。

 

 

ブーツにニーソックスで膝下まではいいだろうけど完全無防備な太ももは寒い、いや痛いだろうに。

 

 

「慶、ファッションは気合いと我慢でするものなのよ。特に女の子は自分を着飾ってなんぼの生き物なんだから」

 

 

 

気合いと我慢…

 

 

 

まさかそんな理論と言葉が唯から出ようとは思わなかった。

 

 

「でも寒いもんは寒いんだろ?」

 

「それは寒いわよ。寒くないって人に会ってみたいもんだわ」

 

「そうか、ありがとう。長年の疑問がやっと晴れた。そのロシア風の白い帽子似合ってるよ」

 

「どういたしまして。この帽子気に入ってるけど、その褒められ方は褒められてる気がしないんだけど」

 

「ちゃんと褒めてるよ。なんかこう…なんかね…そう、似合ってる」

 

「褒め言葉が見つからないなら無理しなくてもいいわよ。慶が言うなら信じてあげる」

 

「悪いな、気の利いたセリフ言えなくて」

 

「いいのよ、慶からそんなセリフ聞いた覚えないし。それに思いつくのかしら?」

 

「俺だってそれぐらいは思いつくよ」

 

「さっき何も言えなかったのに?」

 

「ふっ、そこまで舐められたら男が廃るってもんだな。そのうちスパっと言ってやるからな」

 

「そんなに意気込んでそのうちなんだ。楽しみに待ってるわね」

 

「おう、絶対に言って…って寒っ!」

 

電車が入ってくる風が一気にホームへ流れ込んでくる。

-17ページ-

ガタガタと揺れる電車の中は暖房が効いていて外とは別世界だった。

 

 

電車の揺れとこの暖かさで睡魔が襲いかかってくる。

でも、おそらく行くであろう目的地まではそんなに時間はかからない。

 

 

寝ている余裕なんてまったくないな。

 

 

寝るのを諦めて流れる景色を見ていると肩に唯の頭が乗っかってきた。

 

 

ドキッとしながら隣を見ると微かな寝息をたてていた。

 

 

いくら気合いだの根性だの言っても体は冷えていたんだろう。

 

 

冷えた体が温まった時の眠気は今1番俺がわかっている。

 

 

着いたら起こしてやればいいか。

 

 

なるべく肩を動かさないようにしてまた流れる景色を見ていた。

 

 

 

 

 

 

 

「ちょっと慶、起きて。もうすぐ着くわよ」

 

「んっ、もう着くのか。唯を起こしてやんないとな」

ぼーっとする頭を掻きながら隣で寝ている唯を起こすため肩を掴み揺する。

 

 

「早く起きろって、寝過ごすわけにはにはいかないぞ」

起きる様子のない唯をさらに強く揺すってみるがなかなか起きない。

 

 

「ちょっ…慶、私はこっちよ」

揺すっていない方を見ると困惑した顔の唯がいた。

 

 

恐る恐る肩を掴んでいる方を見ると頭が禿げ散らかった酔っ払いがいた。

 

 

ゆっくりと肩から手を離し唯と顔を見合わせる。

 

 

何も言わなくても伝わったのか唯はゆっくりと頷き一緒に席を離れドアへ移動した。

 

 

2人で何事も無かったように目的地まで外の景色を見続けた。

 

 

目的の駅に着くと目の前には思っていた場所だった。

 

 

1年も前に唯と約束して来た場所

 

 

 

シンシアモール

 

 

 

一体こんなとこに何があるんだろうか。

-18ページ-

「う〜ん、やっと着いたわね。もう、寝ぼけるのはいいけどびっくりさせないで」

腕を横に広げながら背を伸ばし唯はさっきの出来事に文句を言ってくる。

 

 

言われる筋合いがたっぷりとある俺は

「悪い。いや〜いつの間にか寝てたみたいだな。本当なら起こしてやるつもりだったのに」

謝るしかなかった。

 

 

「そういえば私も寝てたわね。でも、降りる前になんとなく起きない?」

 

 

「起こされた俺に聞かれてもわからないな。危うく乗り過ごすとこだったしさ」

 

「そうよね、忘れてたわ。それにしても慶と来るのは久しぶりね。いつ以来だったかな?」

 

 

ゆっくりとした足取りで入口へと向かう

 

「1年前だろ、あの時は春だったけど」

 

2人肩を並べて

 

「もうあれから1年も経つのね」

 

時間の流れの早さを感じながら

 

 

 

 

 

 

 

 

店内に入ると思ったより人は少なかった。

きっと家族で来ていた人達は帰ったんだろう。

 

 

人に対するカップル率が異常に高いのが気になるとこだが。

 

 

 

「店内の飾り付け綺麗ね。今日1日で終わるなんてもったいないわ」

 

「そうだな、でも1年に1日しかないから特別なんだろ」

 

「それもそっか。そんな日に付き合わせてごめんね」

 

「いいさ、1人でいるよりマシだよ」

 

「お互い寂しい話ね」

 

「修学旅行の時に言ってた人はいいのか?特別な日なのに」

 

「今はこれでいいのよ。細かいことは気にしないで」

気にしないでと言われると余計に気になる。

 

 

聞いたところで唯が答えてくれるとは思わない。

でもどうにかして聞き出したい。

 

 

あれこれ策を模索してみる。

 

 

思いついた策を良くも悪くも実行に移そうとするが

「何回も言うけど何も言わないわよ」

ぶつける前に跳ね返される始末。

 

 

そもそも俺が思いつく策なんかで唯が引っ掛かるわけがない。

 

 

 

この前のことといい、今のことといい唯には敵わないのか…

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うなだれながら歩いていると不意に唯が腕を組んできた。

 

 

「はいはい、こんなに日に落ち込まないの。楽しく行きましょ」

いつもでは見ない陽気さに引きずられそのまま奥へと進んで行った。

 

 

連れられてたどり着いた場所は初めて見るものが建っていた。

 

 

高く高く天井まで届くんじゃないかと思うぐらい大きな色とりどりに着飾られた眩い光を放つ木。

圧倒される程の存在のクリスマスツリー。

 

 

周りの電気を消しているのもあるんだろうかこの空間にツリーしかないように思えた。

 

 

「すごいな、こんなツリー見るの初めてだ」

 

「私も初めて見たわ。綺麗ね、里優に教えてもらってよかったわ」

 

「里優?そういえば色んな場所に行くって言ってたな」

 

「それで色々調べたみたいよ。里優達は昨日来たと思うわ」

 

「そうか、久しぶりに竜祈に会いたかったんだけどな」

 

「あら?その代わり私と2人っきりじゃない?」

 

「まぁ、そうだな。唯と2人っきりでこんなとこにいるなんて他のやつに羨ましがられるだろうな」

特にあの修学旅行で唯に振られた男当たりが。

 

 

ツリーの周りを回る唯をよそに近くのベンチに足を組みながら浅く腰をかける。

 

 

「やっぱり大きいな。てっぺんには何がついてるんだ?」

電飾が邪魔しててっぺんの方の装飾がわからない。

 

 

上の階に行けばわかるかと思ったがそのためだけに移動するのが面倒でやめた。

 

 

その代わりってわけじゃないけど周りのいちゃついているカップルを観察することにした。

 

「お〜お〜、べったらべったらしてるな。あそこは愛の言霊でも囁いてるのか?」

そんなものを囁いたところで何になるんだろう。

 

 

 

……愛の言霊か

 

 

 

そういえば気の利いたセリフを唯に言ってやると断言したんだ、唯が回っている内に考えておくか。

 

 

気の利いたセリフってことはやっぱり唯が喜びそうな言葉を選ばないとダメだよな。

 

 

見えもしないツリーのてっぺんを見ながら色々と考えてみる。

一体何を言えば喜ぶんだろうか、月並みなセリフで喜ぶように思えないし、かと言って月並み以上の言葉のボギャブラティを持ってるわけでもない。

 

 

そもそも考えて言うべきことでもないような気がする。

かと言ってこのまま何も言わないで終わってしまったら、今年のクリスマスに気の利いたセリフも吐けない男ランキングにノミネートされてしまう。

 

 

これは意地でも考えるしかないだろう。

-20ページ-

地面の1点だけを見つめて集中力を高める。

いや、正確に言えば焦点を合わせず目を動かさない。

 

 

俺はこの方法で集中力を高めてきた。

テストの選択問題のわからないところはこれで乗り切ってきた。

 

 

今回もこれでいけるだろう。

地面を走る色とりどりの光も気にならない程に集中する。

 

 

「おっ、何かきた!いいのがきてるぞ!」

思わず独り言もでかくなってしまう、これはピークに近づいてきている。

 

 

「いける!いけるぞ!」

自分でもわかるぐらい目が開き頬が上がり笑みがこぼれている。

 

 

危ない顔で笑っているだろうから下を向いていて良かった。

 

 

「んっ?」

集中力が高まっていたせいかいつもより広がっている視野の中に見たことのある靴が右側に見える。

 

 

「どうしたの、慶?具合でも悪いの?」

足元からゆっくりと視線をあげるとやっぱり唯が隣に座っていた。

 

 

「いや、大丈夫だ。なんでもない」

「ふ〜ん、それならいいけど。ねぇ、1人で見ててもつまらないから一緒に見て回らない?」

 

 

ベンチから腰を上げた唯は俺の前に立つ

 

 

ツリーからの光を一身に受けている唯は

「………綺麗だ」

 

 

 

 

「………ありがとう」

唯からの聞こえたセリフに俺は驚いた。

 

 

「ありがとうってなんだ?俺、何もしてないけど」

 

「今…綺麗だって言ったでしょ?」

照れているのかこっちを見ないように顔を横に向けている。

 

 

「思ったけど言ってないぞ」

 

「言ってたわよ。それじゃなくても思ったんでしょ?なんか嬉しいかな、そういうの」

さらにもじもじし始めてこっちまで照れくさくなってきた。

 

 

「言った覚えはないけど、そう思ったってことを言っちまったから言ったことにもなるか」

 

「そうね、まさか慶からそんなセリフが聞けるなんて思わなかったから余計に照れるわね」

 

全然こっちを見ようとしない唯に唯を見れない俺。

傍から見ればきっといい雰囲気なんだろうと思ったけど当の本人としてはなんとなく気まずい。

 

 

それにこんな雰囲気に慣れていない。

 

 

打開すべくどこかに移動しようと立ち上がるが唯に話しかけることができない。

今声をかけるだけで唯はびっくりしてしまうだろう。

 

 

どうしようかと頭を掻いて考えるがどう考えてもこうするしかないな。

バッグを持っている両手の右の方の手を握った。

 

 

案の定唯はビクッと体を震わせた。

照れている顔を上げる唯に俺は笑って答える。

 

 

「1人で見ててもつまらないんだろ?一緒に見るか」

何も言わずにゆっくりと頷く唯の手を引いて歩き始める。

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今までベンチに座ってたから気づかなかったが、こうして歩いてみると見る方向が違うと見え方が全然違っていた。

 

 

一方向から見ているだけではその物が持っている本質は見えてこないのと同じなんだな。

 

「ははっ、唯、こっち側の方が電飾派手だな。んっ?どうした、さっきから俯いたままだけど」

 

「ううん、なんでもない。ねぇ慶、来年も一緒に見たいわね」

 

「そうだな、今度はみんなで来たいな。そうしたらもっと楽しいはずだし」

 

「そういう意味じゃ……そうね、来年はもっと楽しくしましょ。そうだ慶、これ貰ってくれる?」

そういうと繋いでいた手を離しカバンの中をあさりはじめた。

 

 

中から出てきたプレゼント用に包装された箱を渡された。

 

 

「何だ、これ?」

 

 

「私からのクリスマスプレゼントよ。って言っても本当はプレゼント交換するために買ったんだけどなくなっちゃったじゃない?だから今日付き合ってくれた慶にあげるわ」

 

 

妙に早口で聞き取れなかったところがあったけど

言っとくけど別にあんたのために買ったわけじゃないんだからね、勘違いしないでよ

っと解釈していいだろう。

 

 

「ありがたくもらうよ、うおっ!なんだこれ!」

包装紙をとり箱を開けるといかにも高そうなブレスレットが入っていた。

 

 

「かっこいいんだけど、こんな高そうなもんもらえないよ」

 

「いいのよ、それ安物だから」

 

「安いっていくらだよ」

 

「値段を聞くなんて無粋よ。私がいいって言ってるんだからもらって」

 

「もらうだけってのは落ち着かない。よしっ!ちょっと待っててくれ」

もらったプレスレットを握りしめ唯をおいて2階へ走り向かう。

 

 

階段を一気に駆け上がり目的の店を探す。

 

 

階段を上がり時計回りに探すが見つかったのは1番最後の店だった。

 

 

つまりは反時計回りに行っていればすぐに見つかっていたのか。

 

 

店に入り早足で商品を物色する。

キョロキョロとしながら目に入るものが大体でわかる。

 

 

その中に気にいるものが見当たらない。

俺が気にいってもしょうがないけど自分が気にいらないものをあげるなんてどうかと思う。

 

 

店内をうろつくと視界の隅に映ったものが気になる。

近づいてみると完全に目を奪われてしまった。

 

 

「これしか考えられない。でもな……足りるかな?」

財布の中身と相談するがちょっときつい。

 

 

しょうがないなと諦めて店内を更に練り歩くがまた同じ場所で止まってしまう。

何度も視線を外すが自然と戻る。

 

 

「買うしかないのか、唯のも高そうだしな。よし、こいつにするか」

-22ページ-

薄く軽くなった財布をポケットにしまい唯の元に向かう。

 

 

財布が薄くなるとちょっと歩きやすくなるのが切なさを増してくる。

 

 

「悪い、待たせたな」

 

「そんなに時間かかってないわよ。ここから慶が走ってるの見てて面白かったし」

 

「なら良かったよ。じゃあこれ。俺からのクリスマスプレゼント」

さっき買ってきたものを唯に渡すと何故か唯は俺の腕を見ている。

 

 

「何かついてるか?」

 

「私があげたブレスレットがついてるわよ。中々似合うじゃない」

 

「買った人間のセンスがいいなじゃないか?まあ受け取ってくれよ」

 

「ありがとう、開けてもいい?」

 

「そのために買ってきたんだから開けてくれよ」

きれいに包装紙が剥がされ俺があげたプレゼントが明らかになる。

 

 

「これって、もしかして私のに合わせてくれの?」

 

「合わせたって?ただ目について気にいったのを買ってきただけなんだけど」

 

「隣に私があげたやつ置いてなかった?」

 

「あっ、見てなかった。そいつしか目に入らなくて。今から見てくるよ」

確認しようと2階に向かおうとすると背中をつかまれた。

 

 

「ちょっ、見に行かなくていいわよ。ほら終電もなくなりそうだしそろそろ帰りましょ」

左腕につけている腕時計を見せられるとついた時間から結構時間が過ぎていた。

 

 

「そうだな、そろそろ帰るか」

 

「うん、帰りましょ。その前に約束」

ブレスレットをつけている右腕が上がり小指を立てている。

 

 

「来年も絶対に一緒に見に来ようね」

俺もブレスレットがついている右腕を上げ小指を立てる。

 

 

「来年もな」

指を絡ませて上下に数回振り指を切った。

 

 

満足した顔を唯はしていたがホームに着くまで

「約束したからね、忘れないでよ」

とバッグでケツを叩いてきた。

 

 

「そんなに信用ないのかよ」

 

「だって慶だもん、心配じゃない」

 

「こいつに誓って忘れないよ」

唯からもらったブレスレットを指差す。

 

 

すると唯は自分がつけているブレスレット俺のにぶつけてきた。

 

 

 

心地よい金属音が雪が舞う世界に鳴り響いた。

 

 

 

「本当に忘れたらダメよ。指きりと別に今約束したからね」

 

「わかってるよ。少しは信用してくれよ」

 

「はいはい」

 

 

 

 

景色が白に染まる頃今年最後の最大のイベントに幕が下りていく。

 

 

 

 

「絶対だからね!」

「わかってるよ!」

 

説明
修学旅行も終わってもうじき冬休みに突入する。
冬休みになれば今年最後だろう一大イベントが待っている。
きっと今年は楽しくなるだろうな。
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SEASON ライトノベル 学園 オリジナル 

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