『舞い踊る季節の中で』 第114話 |
真・恋姫無双 二次創作小説 明命√
『 舞い踊る季節の中で 』 -群雄割拠編-
第百十四話 〜 戦場に高らかに響く声は、醜悪なる魂を地獄に誘う羽となる 〜
(はじめに)
キャラ崩壊や、セリフ間違いや、設定の違い、誤字脱字があると思いますが、温かい目で読んで下さると助
かります。
この話の一刀はチート性能です。 オリキャラがあります。 どうぞよろしくお願いします。
北郷一刀:
姓 :北郷 名 :一刀 字 :なし 真名:なし(敢えて言うなら"一刀")
武器:鉄扇(二つの鉄扇には、それぞれ"虚空"、"無風"と書かれている) & 普通の扇
:鋼線(特殊繊維製)と対刃手袋(ただし曹魏との防衛戦で予備の糸を僅かに残して破損)
習得技術:家事全般、舞踊(裏舞踊含む)、意匠を凝らした服の制作、天使の微笑み(本人は無自覚)
気配り(乙女心以外)、超鈍感(乙女心に対してのみ)、食医、太鼓、
神の手のマッサージ(若い女性は危険です)、メイクアップアーティスト並みの化粧技術、
(今後順次公開)
【最近の悩み】
「はぁ………」
朝から重い溜息が出てしまう。
それでも伝わる温もりに、その溜息の原因すら忘れて頬が緩んでしまうのは、もう末期症状だと言われても否定する気もないし抗う気もない。
長い艶やかな黒髪を、その身体に張り付けながらも、幸せそうな寝顔を浮かべ俺の肩に身を寄せる彼女の姿の前に、どんな言い訳も意味などないと思えてしまう。
ふと見れば寝台の下に、途中で脱げてしまったのか、それとも脱がせてしまったのか、いまいち覚えがないが彼女が夕べ着ていた服が転がっている。
和装の袴姿は、黒髪の美しい明命には、とても似合っていた。
それは自信を持って言える。
でもその姿は、よく短大や大学の卒業式で見かける姿ではなく。
上は無垢の白。そして下の袴は朱に染められた………言わば巫女服と呼ばれる特殊な装い。
この前はエプロンドレスだったし、どれも普通とは言い難い服。
翡翠の思惑通り彼女達の普段とは違う姿に、一度翡翠の手によって突き破られた俺の理性は、毎回あっけなく突き崩されて今に至る。
明命も素直で純粋な分。翡翠の言葉を疑いもせず受け止めて、その想いを間違った方向で真っ直ぐぶつけてくる。
そんな彼女達の想いに段々と染められてきたのか、最近はもうこれで良いやと思い始めてきてしまっている自分に気が付き。何か及川の同類になって行くようで溜息が出てしまったのだが、そのうちそれも出なくなりそうな気がする。
……でも、これで文句言ったら、罰が当たるよな。きっと。
斗詩(顔良)視点:
周りの兵達が鎧と武具をカチャカチャと鳴らしながら、慌ただしく駆けまわっている。
遥か前方では前衛だけで十万を遥か多く超える多くの兵士達が、曹操軍相手に激戦を広げていた。
本陣である此処が騒がしいのは隊劉備軍の時に学んだ策で、将兵の質を補うために短時間で部隊を交代させているために人の移動が激しいのと、その際に負傷兵達を後送しているためです。
むろん戦況は順調と言ってよく。八倍以上と言う戦力差の前には、流石の屈強で有名な曹操さんの所の将兵でもジリ貧でしかなく。
その兵を私達に少しづつ減らされ続け。今やかつての本陣があった所まで曹操軍を押していっている。
むろん私達の兵士達も弱兵と噂される袁家の兵だけあって、それ以上に損害が出ていますが。それでも相手の損耗率の二〜三倍でしかありません。
こういう考え方はあまり好きではないけど、戦と言うのは多くの駆け引きや策がありますが、それは結局非情な計算でしかありません。 少ない損失でいかに相手に損害を与えられるか、それに尽きます。
でもそれは逆も真となります。相手より多くの命を失う事になろうとも、その割合が相手より上回っていればよいだけの事。
このままいけば、更に彼我兵力の差が広がって行くばかりになって行くでしょう。………相手が直接麗羽様を狙う。と言った鬼札にさえ気を付ければですが。
だいいち、あの曹操さんの事ですから、このまま黙ってやられてくれるとは思えません。
「……もう撤退して行くですって?」
つい感慨に浸ってしまっていた時。戦況を見守っていた麗羽様の怪訝な声が聞こえる。
よく見れば、麗羽様の言うとおり曹操さんの所の後衛の方から撤退が始まっているのが窺えるばかりか、櫓の殆どを破壊してくれた厄介な投石機が、黒い煙を上げて炎が上がっている。
どうやら、兵器を奪われるのを嫌って油を撒いて火をつけたのでしょう。
そこへ。
ど〜〜んっ!
あっ、爆発四散した。
似たような爆発は、ちょこちょこ前線でありましたが、今のは今までで一番大きいものでした。
おそらく魏の将が一人である楽進さんの手によるものでしょう。
あそこまで派手に爆発四散したにも拘らず、それでも燃えている所を見ると余程粘性の高い油を使用したんだと思うけど、あれでは最早火を消して構造を解析すると言う事も出来なさそうです。
其処へ麗羽様がこの膨大な数の部隊に、次々と指示を飛ばし続けていた軍師を呼びつけ。
優雅に髪を細い指で梳きながら…。
「荀ェさん、沮授さん。
華琳さんにしては、随分とあっさり引き下がりましたが、貴方達はどう見ます?」
問いかけられた二人の内。長い栗色の髪を一族の証なのか、耳のような飾りのついた若草色の変わった頭巾で覆い隠した荀ェと言うまだ幼さが残る少女が、なにを分かりきった事を聞いてくるのよと言った口調で。
「ふん。決まっているでしょ。 此処での一戦はあくまで挨拶でしかなく。もともと勝つとは思っていないって事よ」
「つまり誘いと言う事ですわね」
荀ェちゃんの言葉を確認するように言う麗羽様を、荀ェより幼い……と言うかまだ子供と言っていい年の黒髪の少年の沮授君が、年齢にそぐわない冷静な声と、感情を一切あらわさない無表情な瞳で。
「この先の黄河やその支流とその湿地帯、そして防衛のために築かれた砦や関があります。
其処に我々を誘い出すつもりでしょう。其処で我等が取れる手段は二つ。
部隊を二つか三つに分け、一つを敢えて誘いに乗って見せ残りの部隊は大きく迂回する手段。
もう一つはこのまま敢えて進軍し罠を食い破るかです」
「もっとも、あの奸雄と評される曹孟徳の事。少数で砦を死守もしくは足止めしている間に分かれた部隊を、密かに移動させた本体で各個撃破、なんて真似くらいはしてくるでしょうね。
相手には、あの陰険な姉がいる以上、それくらいの陰険な事は当然してくると考えた方がいいわ。
沮授も相手が分かると思って説明を省かないの。相手が理解している事でもあえて口にする事で新たな視点が生まれる事もあるんだから。いいわねっ」
「覚えておきましょう」
沮授君の言葉を補足した荀ェちゃんは、姉の考える事など見通しよと。なんて軽く笑いながら沮授君を横目で見守るような目で見ている。
その姿に相変わらず素直じゃない娘だなぁ。と、つい浮かび上がる笑みをそれとなく隠すように左手で口元をあてていると。
ぎんっ!(其処っ、変な勘違いしないっ!)
はい、睨まれちゃいました。
荀ェちゃんのまるで包丁で刺すわよ。と言わんばかりの眼差しに私は顔を逸らしながら、もう一度心の中で暖かな笑みを浮かべる。
本人は自覚が無いようですけど、荀ェちゃん結構隙だらけなんですよね。
ふとした拍子にああ言う行動と表情を見せておいて、それを誰かに見られたと知ると一生懸命威嚇して誤解だと言ってくる。
そう言う所が傍から見てら可愛いと、本人が気が付いていない所が更に微笑ましいんですよねぇ。
……でも沮授君。幾ら成熟しているとはいえ、そういう所は子供と言う所はまだまだ子供。その上かなりの朴念仁さんのようですから、麗羽様や周りが何かしない限り当分このままでしょうねと、ちょっぴり荀ェちゃんを哀れに思ってしまう。
でも素直になれない荀ェちゃんにも問題があるので自業自得だと、心を戦場に切り替えた時麗羽様の裁断が下される。
「なら、話は簡単ですわね。 このまま雄々しく、勇ましく、華麗に進軍ですわ。
ほ〜〜ほっほっほっほっ♪」
「……だと思いました」
「馬鹿の一つ覚えね」
麗羽様の何時もの言葉と高笑いに、二人の軍師の呆れるような声が漏れますが、其処には言葉とは裏腹に馬鹿にした感情も、蔑んだ眼差しもありません。
二人は軍師。主の下した裁断をいかに効率よくある時の望むように持っていくのが仕事。
そして、同時に麗羽様の考えが二人の考える最善の手ではなくても、間違えていない考えだと言う事の証明でもあります。
よく策を用い寡兵で大軍を撃ち破ってみるのが、勇将や軍師の誉れと言われますが。大軍を使い切るのも、また優秀な将や軍師と言うもの。
策を用いるのも大切ですが、それは同時に策の裏を突かれると言う弱点を作る事になります。
優秀な兵達であればそれを回避したり撃ち破ったりする事も可能ですが、生憎うちの兵達ではそれを成す事が出来ません。
ならば此処で下手に策を用いず、ただ数を活かした陣形でもって突き進む、無策の計。
これが一番将兵が揺らがない。と二人は判断したのだと思います。
其処へ。
「姫〜。ただ今戻りました。
逃げる相手をこれ以上下手に追っても、被害が増えるだけなので戻って来たけど良いですよね」
「ええ、構いませんわ。 今日はこのまま此処で野営を張りますから、兵達を休ませてあげなさい」
手を上に上げながら帰って来た文ちゃんを、姫が優しい言葉で迎えてくれます。
文ちゃんの無事な姿に内心安堵の息を突きながら、少年のような笑顔を浮かべている文ちゃんを、私も笑顔で迎えてあげていると。
「貴様っ。敵を此方に押し付けるとは、どういうつもりだっ!」
将の一人である男が、文ちゃんに掴み掛らんばかりの勢いで怒鳴り込んできました。
男は麹義さんといい、文ちゃん達が連れて行った幾つかの部隊の将で、あの人達の子飼いの将の一人で、どうやら私達の思惑通り、前線での文ちゃん達の動きで被害を大きく被ったようです。
そして文ちゃんも、何か思う事があったのか、喧嘩を売られた以上、買わない訳にはいかなかったらしく。
「ああ? どう言うつもりだは、こっちの台詞だ。てめぇっ。
最前線で敵に突っ込んでいるこっちの後ろに隠れておいて。いざ後ろから、ちょ〜と強い敵が来たからって、斬りあっている敵に背を向けて、そっちに突っ込めなんて無茶な指示を出しておいて、よくそんな文句をあたいに言えるな〜っ」
「そんな貴様の都合など知った事じゃないわ。
儂が言っているのは結果的に挟撃に遭い、我が部隊は壊滅状態。 郭図も部隊ごと討ち取られてしまったではないかっ」
なるほど、だいたい事情は分かりました。
文ちゃんに此方の思惑を汲んで、あの人達の子飼いの将兵達に痛手を合わせるなんて器用な真似が出来るとは思いませんでしたが、どうやら勝手に向こうから自爆をしてくれたようです。
「こっちは、要求通りあいつ等とぶつかったんだ。その後の事はたんなる結果。
大体、そんなのは弱ぇからいけないんだろ。 文句があるのなら、こっちがぶつかっている間にとっと部隊を後退させなかった、てめえの判断が恨むのが筋じゃねえぇのかっ」
「貴様、よくもそんな口が聞けるなっ。貴様の仕事は・」
「麗羽様を守る事。 少なくとも小汚ねぇ爺共と、その手下を守る事じゃねえよ」
麹義さんの言葉を遮って犬歯を覗かせながら、笑みを浮かべて言う文ちゃんの言葉に、麹義さんはますます顔を真っ赤にさせて行きます。
その様子に、そろそろ頃合いかなと思っていると。
「まったく、騒がしいですわね。
文醜さん、麹義さん。もう少し優雅に話し合うと言う事をしたら如何です」
今迄、事の成り行きを黙って見ていた麗羽様の言葉に、幾らあの人達の後ろ盾のある麹義さんも、さすがに麗羽様相手に噛みつく訳にはいかず。
麗羽様も二人に視線だけで、今誰の前に居るかを悟らせます。
文ちゃんにとっても仲の良い姫ではなく。己が使える主であり、袁家の当主である袁本初の前であると言う事を…。
二人は麗羽様の絶対者である雰囲気を感じ取り、その場で片膝を付き頭を垂れて臣下の礼を取ります。
「麹義さん」
「はっ」
「文醜さんの不手際のおかげで、麹義さんと郭図さんの部隊が挟撃に遭い大打撃を受けた。そう言う事ですわね」
「ちょっ。姫」
「今は麹義さんと話している最中ですわ。文醜さんは少し黙っていて下さらないかしら」
「ぅ……」
「我が部隊は、突然にも押し付けられた敵によって半数が戦闘不能に。 ……郭図も敵に討ち取られてしまいました。 うぅ……」
麗羽様に口を封じられ、歯を食い縛って悔しがる文ちゃんを横目に厭らしい笑みを一瞬浮かべた麹義さんは、いかにも自分達が一方的に被害を被ったと言わんばかりに、姫に己が都合の良い事実だけを告げます。
そう、事実のみをです。
こういう場で嘘を言う輩もいますが、逆に嘘を見破られれば、その人は逆に追い詰められる事になる諸刃の剣。
大切なのは、在った事実の一部に自分の主観を混ぜ込む事。
その政治手腕に流石にあの人達に取り入っているだけの事はあると実感させられます。
これが本来の正式な場で在れば。相手の意見を論理立てて組み立てて反論する事の出来ない文ちゃんでは、麹義さんの狙い通り全ての責を文ちゃんに押しつけられて罰せられてしまった。
……でも、それはあの人達のような人種であれば有効な手です。
そして、此処はあの人達の息が掛かっている場ではありません。
幾らあの人達の息の掛かっている人達が多くいたとしても、戦場では話が変わってきます。
麹義さんは相手を見誤りました。
「荀ェさん、沮授さん。文醜さんの不手際は軍師の目から見てどのような物でしたか?」
「敵の将を文醜様、高覧様、張コウ様の三人の将で喰い止め。その間に配下の兵が鎧袖を削り合う様に衝突。
現状では無理に相手を討ち取るべき時ではなく、削るのが最善の手ですので、文醜様達に不手際があったとは認められません」
「大体斬り結んでいる相手に背を向けて、別の部隊に突撃なんて馬鹿な真似がよくできたと言いたいわ」
「へへ〜っ」
「言っとくけど一言も褒めてないからね。勇気と蛮勇を履き違えた馬鹿の馬鹿な行動に呆れ果てているんだって分かりなさいよっ」
文ちゃんの勘違いな照れに、出来の悪い姉をしかるように怒鳴る荀ェさんに心の中で感謝の言葉を述べ、頭を下げる。
この二人は私達に属してはいないですが、あの人達についているわけではなく、中立派。
本来はあの人達に潰されるべき人達ですが、その抜きん出た能力と少数であること、そして敵ではないという理由で重宝されている派閥の人間です。
袁家の中において、敵でも見方でもない二人ですが、その意見は公正。
それ故にお互い利用できる人達です。
「むしろあの状況で、無事に此処まで退却できた麹義様の方に、問題があると自分は判断します」
「どう言う事ですの?」
沮授君の言葉に麗羽様が更に説明を求めると、荀ェさんが軽蔑した目で麹義さんに遠慮の等欠片もなく冷たい眼差しを向け。
「挟撃に遭うのも部隊に被害が出るのも仕方ない事。
でも部隊を撤退させるなり、被害を出してでも敵を突破して、その場を離脱するなりの手は幾らでもあったわ。
だけど其処の男は、文醜将軍達とぶつかった敵部隊が自分の所に来ると分かったとたん、兵や他の部隊を置いて少数で離脱をはかったのよ。
結果、指揮するべき将を失った兵達は、逃げる事も抗う事も出来ないまま壊滅。
郭図将軍も同じだったけど。そっちは逆に敵部隊の目標になったようだけどね」
「き、貴様等のような子供に何が分かる!
安全な場所で指揮するしか能のない子供が、前線で命を張る我等将に偉そうな口をきくなっ!
自分の思惑と反対の事を言う荀ェさん、沮授さんに麹義さんは口角泡を飛ばし激昂して威嚇し黙らせようとします。
二人を助けたいですが、私もあの人達の息の掛かった人間を減らそうと思っていた手前、此処で下手に出てしまってわ。藪をつついて蛇を出しかねません。
……それに、そんな事などしなくても。
「麹義さん。子供相手に怒鳴り散らかすだなんて、みっともない真似は止めてくださらないかしら」
「し、しかし袁紹様。こやつらは我等将を馬鹿にしているのですぞ。 此処は大人として子供を躾けておくべき時だと思います」
「麹義さん。たしかに荀ェさん、沮授さんは年齢的にはまだ子供と言えるかもしれませんが、此処にいる以上は軍師。それも天下の袁家に仕える軍師である以上、一流の軍師ですわ。
それとも私や、貴方を推している方達の人事が気に入らないとは、まさか言いませんわよね?」
「……」
麗羽様は誤解されやすい方ですが、その原因たる一つは、その寛容さと懐の広さにあります。
だから荀ェさん、沮授さんのようにまだ若くても、その実力を認め。
味方でなくとも理があれば庇い、何の利が無くとも味方します。
……もっとも、そういう事態に気がつけばですが。
そして、その寛容さは時に……。
「どうやら麹義さんの方にこそ、不手際があったようですわね」
「…そ、それは……」
「でも、文醜さんがもう少し頑張り、敵を逸らす先を変えれた事も否定できません。
だからと言って、そのような細かい事で一々詮議に掛ける暇はありませんわ。
ですのでこの件は不問にいたします。良いですわね」
「は、はっ……くっ」
「まぁ、あたいは姫がそう言うなら、従うだけさ」
麹義さんのような方にも向けられます。
此処が潮時と理解した麹義さんは、歯を食い縛りながら、隣でニヤニヤと笑っている文ちゃんを横目に憎々しげに睨みつけながら引き下がってくれます。
ですが麹義さん。麗羽様を甘く見ていますよ。
「そうそう麹義さん。
いくらあの人達のお気に入りでも、何の戦功の無いまま早々に部隊を壊滅させられたでは、あの人達にも顔向けができないでしょう。ですので次の戦で機会をあげますわ」
しぶしぶ自分の陣へ戻ろうとする麹義さんの背中に、麗羽様は声を掛けます。
「貴方のお仲間の将と部隊を引きつれて、郭図さん仇であるクルクル娘の腰巾着の……なんだったかしら?」
「麗羽様、夏侯惇さんです」
「そうですわ、その夏侯なんとかさんの頸を取ってらっしゃい」
「なっ!? …そんな無茶なっ!」
「あら? 無茶と言う事を私直属である文醜さん達に、押し付けたと言う訳では無いですわよね?
それにあの人達が、何の戦功もない人をいつまでも重宝すると思っていますの?」
「……ぐっ、ぐぐっ」
寛容と言うのは、相手にとって良い事とは限りません。時には自分に刃を向ける諸刃の剣。
そして麗羽様のこの命に逆らったり無視すると言う事は、麗羽様の言葉を認めてしまうと言う事。
たとえ、本国に戻ってあの人達に泣きついたとしても、自分に利を与える事の出来ない将をあの人達が庇う事などありません。せいぜい此方に恩を売るか、貸しを作るための駒として利用され処分されるだけの事。
これで詰みです。麹義さんは自分の言葉と行いによって、自分の首を絞めてしまったのです。
「郭図さん。雄々しく、勇ましく、華麗に進軍ですわよ。 ほ〜〜ほっほっほっほっ」
首を項垂れ。
苦悶の表情で。
重い心と足を引きずって。
自分の陣に戻って行く麹義さんを。
麗羽様の何時もの言葉と、笑い声が麹義さんの背中を押します。
二度と戻って来れない道へと。
「ほ〜〜ほっほっほっほっ」
一刀視点:
「そんじゃ、ウチはもうこれで行くわ。 あんまりのんびりしてたら間に合わなくなるからな」
「可愛いからって、春香を弄り泣かすなよ。 それと、二人の事よろしく頼む」
「ああ、分かっちょるって。 それより明命も一刀の手綱をしっかり引いときぃ〜な。
男を甘やかすだけじゃなく、しっかり抑えるべき所は抑えとくのが、良い女ってもんやで」
「はい、これ以上一刀さんには無理な事はさせません」
明命の力強く真っ直ぐな返事に、霞はニコリ笑みを浮かべて明命背中を軽く、だけど此方に音がはっきりと聞こえるほど強く叩くと、馬に乗るなり砂煙をあげながらこの場を立ち去って行く。
桃香達との約定を果たすために、五万人を超える人間を賄えるだけの大量の糧食や物資を運んできた霞の率いる隊。
神速の張遼と言われる彼女と彼女の鍛えた隊が輜重隊として働く。
一見降将である霞とその隊に、冷や飯食いをさせるかのように見えるその行為にも、きちんと意味がある。
五万人を賄うだけの物資の他に、更に少ないとはいえ軍備まで運ぶとなると、かなりの兵が動く事になるし、物資を俺達に渡せば当然ながら身軽になるわけだ。
そして身軽になった霞の隊は、当然の事ながらその本領を発揮する事が出来ようになる。
つまり、前々から不審な動きをしていた一部の諸侯を敢えて蜂起させ、準備万端にそれを叩く策の要の一つである策として、反対方向からの奇襲。それが霞の隊の本当の目的。
輜重隊として動いていたのは、その将達の細作の目を誤魔化し油断を誘うためと、大きく迂回をするついでと言う訳だ。
「行ってしまわれましたね」
「ああ」
「それにしても七乃が政で穏さんや亞莎に悲鳴を上げさせているって言うのは、何か違和感あります。
いつも美羽の失敗をおちょくったり、上手く行ってても煽てて調子に乗せて失敗を誘ったりと、からかっている姿しか思い浮かばないんですよね」
霞が物資と共に届けてくれた個人宛ての物や手紙、そして皆の様子。
たしかに明命がそう違和感を感じるのは分かる。
七乃は呉の独立前でも明命の穏行を見破り、彼女の前では道化を演じてきたし、ウチに来てからも有能さと言うのは表だって見せていない。 …でも。
「七乃は有能だよ。 翡翠や冥琳に負けないくらいのね。
事実、あれだけ巫山戯てたって、仕事はきちんと出来ていたろ?」
俺の言葉に、明命は顎に指を当てながら首を傾げる。
こういう所は、本当に年相応に可愛らしい仕草をするんだよなぁと、心の中で思いつつ明命がこれ以上心配しないように、そして安心できるように彼女の頭の上に軽く手を置く。
手から伝わる彼女の髪の柔らかい感触と、其処からほのかに彼女の香る髪の匂いを楽しみながら。
「穏と亞莎には大変だろうけど、きっとこの試練を乗り越えてくれると俺は信じてるよ。
もちろん美羽と七乃の事もね」
彼女に微笑む。
明命は俺の言葉を信じるように、そして彼女達を信じるように、何より俺を安心させるように『はいっ』と満面の笑みで元気よく返事をしてくれる。
本当に明命には元気を分けて貰ってばかりだと、彼女の優しさと真っ直ぐさに心より感謝する。
実際のところ、穏と亞莎には気の毒だとは思う。
七乃の性格からしたら、きっとからかいながら、かなりハイレベルな事を平気で要求するに違いない。
二人の前では、手を抜いているように見せながらね。
その反面、水面下では寝る間も惜しんで情報を分析し、綿密に懸案を練り計画を進める。
本人達は気が付かずにその能力を鍛えれるようにね。
人知れずに物事を進めてい行く才に関しては、七乃は群を抜いている。 そして政によって相手の力を削ぐ事に関しては、翡翠と冥琳以上だろうと思う。
情報の分析力と展開と言う。この時代にそぐわない程独自に発展させたその能力を背景にしてね。
彼女の能力を孫呉の政に組み込む事が出来れば、袁家の老人と言う束縛を無くした彼女の情報を操ると言う力は、孫呉の揺らいでいる背骨を盤石に見せかける事ができる程にその能力は高い。
だけどそれは孫呉にとって許されない事だし、彼女自身それを望んでいない。
七乃は美羽と共に歩む事を選んでいる以上、それを強制する気はない。
だから緊急事態と言う事で、双方納得して政に関与している今がチャンスなんだ。
孫呉の政においての弱点と言うか構造的欠点。
それは総都督である冥琳に、情報や仕事が集中しすぎている事。
一度彼女を通って仕事が割り振られている事だ。
其処へ密偵として優秀な明命と、明命が鍛えた細作達が集めた情報の山から、玉石を振り分けると言う膨大な作業が圧し掛かっている。
翡翠も冥琳を助けてはいるらしいけど、何せ翡翠は翡翠で時間が掛かる内政を多く抱えているため、そうそう冥琳の助けをしていられない。
例の仕事の丸投げと言う天の世界の悪い風習も、信頼でき且つ優秀な配下の人間がいてこそ成り立つと言うもの。
なのに領地の拡大に対して優秀な文官が足りないのが実情。
これでは、冥琳がいつか倒れても不思議ではない。
だからこそ二人に其方の方面に関しても成長してもらい、冥琳と翡翠から仕事を奪うくらいに成ってもらいたいと思っている。
問題は七乃が二人をからかいすぎて、本気で二人を凹ませないかって事だけど…………帰ったら二人には飯でも驕っておいた方が良いだろうな。予約が居るような高級店を指定されるぐらいの覚悟で……。
亞莎はともかく、穏は遠慮せずにそういう事しそうだし……。
とりあえず七乃たちの事はさておき。
自分の天幕に戻った俺達は、霞が預かってきた皆からの手紙は後回しにして。俺個人宛ての荷物って、いったい何を送ってくれたんだ?
楽しみに思いながら荷物を解いて行くと、其処には俺が作り置きしておいた保存食や酒、そして調味料が小分けされた壺に収められていた。
うん、仕送りの定番的みたいなものだよな。
彼女達の心遣いに感謝しながら更に荷を解いて行くと、見覚えがある壺が出てきた。
今までのような小さな壺ではなく大きな壺。
………梅干しが彼女達の口に合わなかったのは分かっていたけど、丸々全部送られてくるとは流石に思わなかった。 其処まで口に合わないか?
そう暗澹な思いで出てきた梅干しの壺を再び封をしながら溜息を吐く。
今年は、作る事が出来るかどうか分からないけど、加工用にしようと心の中で呟きながら、一つだけ取り出していた梅干を口の中に放り込む。
懐かしい俺の郷土の味とまでは流石にいかないけど、確かに慣れ親しんだしょっぱさと旨味が、口の中にゆっくりと広がる。
………こんなに美味しいのに、とほほ。
雛里(鳳統)視点:
あの人に言われた事が、何度も頭の中をよぎる。
直接言われた言葉としては一つだけ、それも簡潔なもの。
だけどそこに含まれた言葉の意味は、私の目の前を真っ暗にした。
『 兵は人間であり、駒ではないよ 』
甘い言葉。
糖蜜と蜂蜜をたっぷり使ったお菓子より、ず〜っと甘いだけの言葉。
もしあの人の能力を知らなかったなら、戦を知らない人間の言葉だと一笑した言葉。
私が、そして朱里ちゃんがどれだけの想いと覚悟で戦場を見つめ。
心を人形のようにして、冷酷な計算をしてきたと思っているのかと。
きっと憐れみを交えた目であの人を見たと思う。
「雛…様」
戦を操る軍師として……。
政に携わる文官として……。
最初に己の心の奥に封印すべき心。
……もしくは捨てるべき心。
「…里様」
それが出来ない優しいだけの人間ならば、戦にかかわるべきではないと。
それを足掛かりにあの人を糾弾し、………興味を失ったと思う。
だけどあの人は違う。
目的を果たしたうえに、敵味方共に最小限の被害に抑える。
あの人がとってきた策は結果だけを見れば、とても甘い策と言える。
確かにあの人の優しさにふさわしい、甘いだけの理想と言える。
でも、そのための行程は異質で異常。
だから、あの人の放った言葉は、甘いだけの人間の言葉とは全くの別物だとすぐに分かった。
そしてその意味を理解すればするほど、その意味は多く分岐して行く。
まるで数多ある未来の分岐点のように、私の弱点とも言える所を指摘して行く。
理詰めな策など意味をなさないと。
思考だけではなく、心理を、……その奥を知らなければ。
相手の策を見抜こうとも、将兵の心を知らずになんの策かと。
そんな事では、理を糧にする狂気と言う獣に、何時か喰われる時が来ると。
……そして、狂気の渦巻く先にある物こそ・。
「雛里様っ」
「あわわ、ご、ごめんさい。 ちょっと考え事をしていました」
「このようなものが、比較的目立つ場所に紛れていました」
紅紀(馬良)ちゃんの呼ぶ声に気が付き。思考の海に沈んでいた意識が一気に引きあげられる。
私は孫呉から新たに受けた補給物資の目録に目を通している最中にも拘わらず、考え事をしていた事を素直に謝ります。
その事に紅紀ちゃんは目で優しく微笑みながら、何も見なかったと言わんばかりに、目をそっと伏せてくれる。
紅紀ちゃんの優しい心遣いに、心の中で感謝しながら、紅紀ちゃんの持ってきたものに目を向けると……。
「この事は?」
「これを見つけた兵がいますが、固く口止めしてあります……ですが隠し通せるかどうか……」
「いいえ、隠さなくても構いません。
敢えて見つかる場所においておく事で、直接渡されるより、こうして私達側の誰かの検閲を受けさせるのが目的なのでしょう」
「あっ、じゃあ」
「逆に口止めするよりも、素直に事情を話した方が、あらぬ誤解を受けなくて済む場合もあるんです」
私の言葉に安堵の息を吐く紅紀ちゃんに、私は残りの仕事をお願いしてその場を後にする。
紅紀ちゃんが私に持ってきたのは、朱里ちゃん宛ての荷物。
心情的には、己が師である朱里ちゃんに黙って届けるべき所を、こうやって師にかかる嫌疑を心配して私に相談しに来たのだと思いますが、差出人は朱里ちゃんのお姉さんである諸葛瑾さん。
しかも要らぬ嫌疑が掛からぬように、真っ向から払うための心遣いからして、ごく個人的なものだと思います。
「雛里ちゃんお疲れ様です」
朱里ちゃんの天幕に入るなり、逸早く私に気が付いた月さんの優しい労いの言葉と、鈴の音のような可愛らしい声が私を迎えてくれる。
他にも月さんと詠さんがおり、どうやら孫呉からの補給に関しての仕事の見通しが出来たため、一息入れたところのようです。
ならばちょうど良いと思い私は、朱里ちゃんに荷物を渡す。
「姉様から……ですか」
「ふーん。つまり検閲を兼ねて此処で見ようと言う訳ね」
「え、詠ちゃん。幾らなんでも、…そのもう少し穏便に言った方が」
「あっ構いません。 姉様もそうなる事くらいは分かって送っているでしょうし。
詠さんは私のために敢えて、そういう言い方をしたんだって分かっていますから。
詠さんのそう言う所が、とても心強いと思っているんですよ」
「……ふ、ふん…」
朱里ちゃんの真っ直ぐな信頼の言葉と目に、詠さんは顔をやや赤く染めながら、「違うわよっ」と言って関係ない方に視線を向けますが、そういった意地っ張りになりきれていない態度が、この人の可愛い所だなぁと。ついつい心の中で笑みを浮かべてしまいます。
そんな私達の視線が居心地が悪いらしく、まだ顔を赤く染めながらもそれを誤魔化すかのように。
「とっとと終わらせるわよ」
詠さんは愛紗さんと同じ。
みんなのために嫌われ役をやってくれる。
今までは愛紗さんがやっていた事の半分を詠さんが。
これ迄は愛紗さんの細い肩に全てが掛かっていた軍事、内政を第三者の目で見ると言う役割の半分を、詠さんが引き受けてくれた。
これで愛紗さんは軍部に力を入れる事が出来る。
そしてその軍部も、星さんが冷静な視点と意見で愛紗さんを支えてくれる。
星さんは巫山戯ている事が多いけど、その心根は詠さんが指摘したように相手を思いやっての事が多い。
相手の誇りや自尊心を傷つけるのではなく、相手の克己心を上手く擽る様な言葉で、自己と状況を見直させる事を自然と自分からさせる。
それでもその言葉がどこか皮肉めいた言葉になってしまうのは、きっと星さんがその言葉の背中に隠した本心を、全力でぶつかれない女性だから。
私と朱里ちゃんと同じで、どこかで冷静に自分を見てしまい、勝手に自分を戒めてしまうから。
いつか相手が自分を理解してくれると、勝手に信じて……。
そんな都合の良い事を勝手に夢見て……。
それが間違いと知りながら、今まで歩んできた。
でも、そうそれも心配はいらない。
詠さんのあの日の言葉で、星さんは吹っ切れた……ううん、違う。そう簡単に人は変われない。
でも変わろうとする事はできるし、星さんはそれだけ聡明な人だ。何より精神性が高い人です。
だからきっと大丈夫。
星さんはその真名の通り、星の輝きでもって愛紗さんを導く。
夜空に輝き、旅人を導くかのように。
その精神性の高さでもって、砂漠をゆく旅人の指針と成してくれる。
軍と言う巨大な旅隊を導く愛紗さんを。
地上で共に歩みながらも、空高く輝き続ける。
きっとこれから軍部は毎日が二人の戦場と化す。
星さんの皮肉めいた挑発と言う名の指摘に、愛紗さんが載せられ、周りの兵や文官達をハラハラさせる事になるだろうけど。
それだけに軍部から上がってくる報告や案は、今まで以上に充実した内容になると確信できる。
なにより星さんは、副官としての在り方を楽しんでいる。
星さん曰く。
『なに、暴れ馬を御して戦場を駆けてこそ、一角の英傑と言うもの』
『誰が暴れ馬だっ!』
『おや、私は一言も愛紗を暴れ馬だとは言っておらぬぞ。 だが愛紗が自分をそう自覚しているならばそう聞こえたかもしれぬな、 許されよ。はっはっはっ』
『今の流れでそのような事を言えば、誰だってそう聞こえるっ!』
そう言って、天幕から出て矛を交じり合わせていたりしますが、きっとああやって思いつめすぎた愛紗さんの心を晴らしているのだと思います。
……まぁ星さんに一本取られて、逆に愛紗さんを追い詰めてしまう事もありますが、それでもいろいろ考え直すきっかけにはなっているようです。
そんな役目を今度は詠さんが、此方でやってくれています。
私や朱里ちゃんに足りないものを、気が付かないものを、私達にない経験と実績に裏付けされた才覚でもって……。
「ふ〜ん、手紙と本と…何かしらこれ?
まぁ良いわ。手紙は朱里が軽く目を通した後見せてもらうとして、………ねぇ、あんたのお姉さんって、もしかして同じ趣味の持ち主なの?」
「はわわ。もしかしてそれは今月発売される予定のっ」
荷の内容を改めていた詠さんが手に持った本を見て、朱里ちゃんが渡された手紙から顔を起こして声をあげます。その眼に尊敬と感謝の光を浮かべながら。
確かに表題や記載された数字からして、袁紹さんの侵攻のため諦めざる得なかった最新刊のようです。
「流石姉様です。此方の状況を読み取り。その上であらぬ噂を回避できる形になる事を計算して、此方の英気を養うために贈ってくださるなんて」
「あわわ。相手の状況多立場を予想と展開させ、綿密な計算の上でごく身内以外には知られない手段を取る。……見事です。
流石孫呉の内政にその人あり。と言われる朱里ちゃんのお姉さんです」
「では早速」
「ちょっと待ちなさい! 其処のはわわあわわっ」
「はわわっ」「あわわっ」
詠さんのイキナリの言葉に、私と朱里ちゃんはついその言葉通り叫んでしまいます。
「そういうのは全て終わってからにしなさいってのよ。 誰のための検閲だと思っているのよ。
それに諸葛瑾の噂は知っているけど、艶本を極秘に送る事でそう言う評価をするっていうのは、どうかと思うわよ。まったく……」
「あっ、でも詠ちゃんも昔痩せるって噂の健康器具を・」
「ゆえ〜〜っ」
「へぅ……、何でもないです」
詠さんの睨みつけるような眼に、つい言葉を滑らせかけた月さんは、口を閉じて俯いてしまいます。
あの先が気になりますが、それは何時か詠さんがいない時にでも聞いてみる事にして、私は詠さんが新たに手に持った物に目を向けます。
朱里ちゃんには少し大きい下着と同じ袋に入っていた丸い物体。
詠さんはそれを手で突いて感触を確かめているようですが、その様子からして中に綿か何かが入っているらしいですが、その用途が分からず眉を顰めます。
いくつかあるそれを私も手に持ってみますが、…あっ、結構弾力があります。
何かの緩衝材なのでしょうか?
鎧とか着るのならばその下に仕込めば、効果はあると思いますが、それならばもう少し形状が…。
「はわわっ。しょ、それは胸を大きく見せてくれる魔法の下着だそうでしゅ」
「あわわっ。それが本当なら、ゆ、夢の下着でしゅね」
「へぅ〜。これがあれば」
朱里ちゃんがお姉さんの手紙片手に、興奮した様子で『羽都兎』と言うらしい其れを説明してくれます。
他にも『寄上胸当』もありますが、これはどうやらもう少し胸が無いと効果が無いようです。
詳しい事は周泰さんに聞けば、詳しく使い方や注意を教えてくれるらしいですが、これがあれば少しだけ自信を持って歩く事が出来ます。
私達三人が興奮しながら、その『羽都兎』を手にしながら、それを身に着けた時の自分の姿を想像していると。
「はぁ……。胸が大きくたって何も良い事なんてないわよ。
何をするにも邪魔だし、すぐに汗がたまるし、重いから肩もこるし」
詠さんのどこか呆れたような疲れた声が、私達のいる天幕の華やいでいた空気を一変させます。
彼女の出した重い溜息が……。
何気ない悪気のない体験談が……。
私達の三人の胸を抉ります。
まるで氷の平原のような空気が漂う中。
意外な声がその重く冷たい空気を破ります
「へぅぅ〜。確かに詠ちゃんには興味の無い話だったね。 詠ちゃん一人、ついていけない内容の話をしても仕方ないよね」
「ぃ、いや、…そのボクはそういうつもりじゃなくて……。 月、もしかして怒ってる?」
「うふふっ、私が怒っているように見えるだなんて、変な詠ちゃん」
「あはははっ、そ、そうだよね。 月がこんな事で怒る訳ない……よね?」
「うふふ。 でね。以前にこっそり詠ちゃんが取り寄せた器具で、詠ちゃん夜な夜な・」
「ゆえぇぇ〜〜〜っ。謝るからその話は止めてぇぇ〜〜っ………」
詠さんの泣き叫ぶ声が聞こえる天幕の中、私達は女の子共通の話題を、実話を元に検証しながら話し合います。 心行くまでに……。
巨乳死すべしっ。
やがて詠さんの実体験を基にしたその手の話題が尽きる頃には、詠さんは羞恥心のあまり地面つっぷしてしまい。もう起き上がる気力もなくなっているようです。
そんな詠さんを月さんは、解放しながら話題にした事を謝っていますが、どうやら詠さんは拗ねてしまったのか、地面に何やら文字を書きながら、ブツブツと自己弁護の言葉を呟いています。
ですがそれも半分は照れ隠しだと分かる上、これくらいでは二人の関係に何の支障もないと言う事が信じられます。
そんな二人の深い絆を、羨望の眼差しで見守っていると。手紙の続きを読みだしていた朱里ちゃんが、突然ガクガクと大きく震えだしました。
目も何処か虚ろで、時折その眼に僅かな希望を浮かべては「まだ」とか「機会が無いわけでは」とその小さな口から漏れ出す反面「まさかあの事を」とか「でも姉様なら嘘を真実とする事も」と震えながら口にします。
一体何が書かれているのだろうと、朱里ちゃんの手から零れ落ちた手紙を拾うと、其処には前半は困難に立ち向かおうとする妹を気遣う、在り来りだけど心を打つ内容。 そして次には一緒に贈った荷の意図や説明が簡潔に。
最後に、その心に秘めた想いを表すかのように、かなりの間を置いた場所に…。
「一刀君は私のですから、手を出したら全部バラします」
「な゛っ」
私が皆に聞こえる程度の声で言った手紙に書かれた最後の言葉に、詠さんが拗ねた振りをするのを止めて、真っ先に驚きの声を上げる。
月さんも、その意味を知ったのか、顔を赤くしてへぅ〜と言いながら両手を顔に当てている。
詠さんが声をあげながら、北郷さんについて悪態をついていますが、それは北郷さんと周泰さんの仲が周知の事実として分かっているからです。
つまり北郷さんが、少なくとも周泰さんと朱里ちゃんのお姉さんである諸葛瑾さんとお付き合い。口悪く言えば二股をかけていると言う事。
もともとあの人に関しては、その手の噂や報告はあった上、袁術や張勲を肉奴隷としていると言う噂がありましたが。他国の諜報から目を逸らすためや、袁術や張勲の二人を守るための手段の一環だと判断していました。
そう判断した理由は、複数の女性と同時に付き合うなどと言う、女性優位の世の中でと言う事を差し引いても、そのような不誠実な事をするような人には見えなかった。と言う共通認識が在ったからに他なりません。
その認識がこの手紙で覆された以上、袁術や張勲の件も疑わしくなってしまう。
その事に詠さんが嫌悪感を出すのは無理もないと思うけど、詠さんのそれは何か酷く裏切られたと言う何かを感じる。
何か大切なものを穢されたと言う何かを……。
でも私はその事で衝撃は受けても、あの人を軽蔑したりしない。
確かに普通の男の人が、そう言う事をしていたならば私もあの人を見損なっていたと、その件に関しては嫌悪したと思う。
ただの男の人だと思っていたなら、そう思っていたと思う。
でも、今私の心の中に在る思いは逆。
あの人ならば、それもありだと思っている。
だって、あの人は普通じゃない。
どこまでも優しく、暖かな人だから………否。
愛紗さん達三人を叩き伏せるだけの優れた武を持つから………否。
全てを見渡すかのような智を持つから………否。
誰も知らないような天の知識と血を持つから………否。
そんな程度の物ではないと分かるから……。
あの人と私や朱里ちゃんの持つ視点の違い。
確かにあの人の智は奇策便りな所はあるけど、それでも夜の森より遥かに深い。
相手の心理をまるで自分の事のように、己が心に映し込む千里眼は凄いと思う。
そして、たった五千の兵で八万の兵に突撃させる等と言う事を将兵に納得させ、更にそれを利用しより多くの将兵の心を掴む人心掌握能力は、私には無いもの。
今言った三つは、時間と経験を掛ければ、道は違えど其処に辿り着くと言う自信がある。
詠さんと、あの人に気付かされた事実が、それを可能にしてくれた。
道は遥かに遠く険しいけど、それを歩むだけの覚悟もある。
でも決定的に違うものがある。
あの人は『 王 』。
桃香様や曹操さん。そして孫策さんや孫権さんと同じ王の視点を、あの人は持っている。
もしかしたらそれ以上の……。
そして王ならば、その血を後世に多く残すのは義務と言ってもいい。
男性ならば、女性ほど体に負担が掛からない以上、むしろそれは当然の事。
ましてや文武共に揃い。その上天の血なんてものまで備わっているのならば尚更。
おそらく孫呉はあの人にそれを要求しているはず。
その地盤を盤石にするためにも。
天の血を引いていると言う話は、それほど民に夢と希望を持たせる。
あれだけ世が荒廃しようとも、帝の居る洛陽に人が集まるように。
そしてだからこそ分かってしまう。
あの手紙の内容は、本気だと言う事が。
もし、朱里ちゃんのお姉さんが、今言った理由だけであの人とそういう関係にあるのならば、朱里ちゃんが此処まで怯えると分かって脅しを掛けないはず。
血が大切ならば、孫呉以外にその血が行く事は防ぎたいと思っても、それだけに留まってしまうような関係。 むしろそれを理由に朱里ちゃんを引き込むと言う算段すらするはず。
ならばその真意は、……ただの純粋な想い。
朱里ちゃんのお姉さんが孫呉の思惑だけではなく、本気であの人を想い、大切にしているからこその脅し。
そして、周泰さんのあの人と接する態度を見れば、彼女の想いもまた本気だと言う事もまた分かります。
だからあの人は私が最初に感じたとおり、とても優しく、懐の深い人なんだと理解できる。
周泰さん。諸葛瑾さん。二人が血を残すと言う理由ではなく。
一人の女として、他に女性が居ようとも一緒になりたい男の人だと言う事が。
羨ましい。
男の人を其処まで想える人と出会えたと言う事に素直にそう思える。
そんな私の思いを、私は帽子の鍔を手で引き下げながら頭を軽く横に振って振り払う。
隙間から窺える詠さんと朱里ちゃんを覗き見る。
詠さんはおそらく………。
でも朱里ちゃんは、………多分勘違いしている。
其処から行きつく想いもあると思うけど、今のままでは朱里ちゃんのお姉さんを怒らせる事になるだけ。
理由は分からないけど、何となくそんな気がする。
多分詠さん達が、あの人に関して隠している事と関係していると思うけど、それを追及するわけにはいかない。
詠さん達はおそらく何があってもその事に関しては口を噤むだろうし。
大した理由もなく、仲間である詠さん達のそんな事を聞くなんて事は出来ない。
多分その何かが、あの人の本当の姿なんだと。
あの人の本当の力なんだと。
何となく理解できるから……。
つづく。
あとがき みたいなもの
こんにちは、うたまるです。
第百十四話 〜 戦場に高らかに響く声は、醜悪なる魂を地獄に誘う羽となる 〜 を此処にお送りしました。
前回に引き続き更新遅れまくってしまい申し訳ありません。
リアルに忙しいのと、どうにも目が辛くて、パソコンの前に長時間居れないんです・゚・(ノД`)・゚・。
去年はここまで辛くなかったのに、花粉症恐るべし。
と、言い訳はこれくらいにしておいて、今回は麗羽の意外な一面を書いてみました。
高貴なるものの、高貴なる態度を前面に押し出す麗羽の態度を、斗詩の視点でこういう麗羽なら、可愛いなぁと思いつつ、描いてみましたが如何でしたでしょうか?
お互い汚い思惑の中で、高らかに華を咲かす麗羽。
名家と言う巨大な家と権力の中で、庶子の血を引くと言う負い目を武器にして、袁家の老人達と密かに馬鹿をしながら戦う戦う麗羽と言うのも、良いなぁと思うのは私だけでは無いと思います。
きっと一刀が、袁家に降りていたら、それなりに面白い展開になっていたと思います。(袁家√は書く予定は全くありませんけどね)
さて、コメントが前半と後半、どちらに傾くか楽しみです♪
それと腐の内容を期待していた方御免なさい。 今回の腐の内容に関しては、どこか別の所で語れたらと思っています。
次回は一応、官渡の戦いの続きになります。
では、頑張って書きますので、どうか最期までお付き合いの程、お願いいたします。
説明 | ||
『真・恋姫無双』明命√の二次創作のSSです。 多くの負傷兵を出しながらも、曹操軍を追い詰めて行く袁紹軍。 そんな中、麗羽袁家の老人の手の者と戦う。 愛すべき者達を守るために。 その麗羽の姿に斗詩は何を見るのか……。 拙い文ですが、面白いと思ってくれた方、一言でもコメントをいただけたら僥倖です。 ※登場人物の口調が可笑しい所が在る事を御了承ください。 |
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コメント | ||
ヤバイ・・・麗羽がカッコよすぎるwww次回も楽しみにしています。(フィーメ) ちゃんとした『軍師』のいる袁紹軍というのも新鮮な感じがしますね はてさて、撤退を始めた曹軍と進軍を続ける袁軍 決着が楽しみな所です(アボリア) ついに詠が翡翠のことを知ってしまったか…。彼女の胸中はどんなもんでしょう?一刀への評価がどうなったのかも気になるところです。(鬼間聡) 今の状態の袁紹軍に一刀が潜入したらどうなるか、ちょっと見てみたいですね(samidare) 10ぺーじめ「解放しながら話題にした」多分「介抱しながら話題にした」かと。(鬼間聡) 3ページめ「隊劉備軍の」は多分「対劉備軍の」かと。(鬼間聡) hokuhin様、本史でも、もっとも大陸制覇に近い人物だったらしいので、その可能性はあったと思いますよ。 詠ちゃんは少なくとも太っていますよね。 あのメンバの中で一番。 ……それも胸と言う個所が局部的に(ぉw(うたまる) ヒロアキ様、頑張っているのは詠ちゃんだけではないと思いますよ。 だから女の子共通の話題になるんです。 特にあのメンバーでは……、運動しない。政務によるストレス。徹夜続き。体力を維持するため食事はしっかり。これで無縁な訳ないじゃないですか(w(うたまる) 麗羽様は乱世でなかったらきっと権力を握って、大陸を平和にしてたかもしれないなぁ・・・そして詠ちゃんは太りやすい体質だったのかw(hokuhin) poyy様、いえいえ、周りはもっと黒い子ばかりですから(w これくらいの黒さは可愛いかと♪(うたまる) よーぜふ様、へぅ( ゚∀゚)o彡° と言って、この外史に魔王を降臨させないでくださいね(w (うたまる) 2828様、いえいえ、それはとても言えません。それにあの翡翠ですよ。 例え出●目でも、真実にするだけの政治手腕があるのもありますが、一刀に手を出した朱里に翡翠が手加減すると思いますか?(w(うたまる) ネムラズ様、こういう麗羽を書く外史ってあまりないのは、やはり本史から大きく逸脱しそうだからですかねぇ。 でも私はあえてそれに挑戦してみます(゚∀゚)/(うたまる) GLIDE様、蜀はどうしてもお笑いを混ぜずに済ませられないのは私だけでしょうかねぇ…・何にしろほんわかと遊びながら弄って行きたいと思います(w(うたまる) 氷屋様、どう考えても今回ばかりは詠ちゃんが悪いので仕方ないかと(w(うたまる) T.K69様、月は某外史では魔王扱いされるほどですから(w それにこういう件で黒くなるのもまた彼女の可愛らしさかと思います♪(うたまる) 320i様、麗羽の考え方は、周りがそれを理解し歯車が合えば、きっと天下に最も近かった人物だと思うんでしょね。 ……まぁ自尊心や誇りをかなり削る事に耐えられるかという問題がありますけどね(汗(うたまる) mokiti1976-2010様、面倒だから無かったことにと言うのはある意味麗羽らしいと思いますが、見方を変えれば理にかなった考え方なんですよねぇ。 この外史ではそういう視点に挑戦して書いている事が多数ありますが、楽しんでもらえているようで嬉しいです。 パットに関しては……しないと思います?(w(うたまる) 雨野様、これくらいなら可愛い嫉妬でしょうね。 ……まぁ黒翡翠登場に比べたら、どれも可愛い気がしたりしますが(汗(うたまる) はりまえ様、雛里ちゃんは強い娘ですから、それを乗り越えると私は信じています。 誤字報告ありがとうございます。投稿してすぐに気が付いたのですが、時間差で間に合わなかったようですm(_ _)mぺこり(うたまる) ほわちゃーなマリア様、今の劉備陣営って両極端なんですよね。 人一倍在るか、大草原かで(w もうこれで気にするなと言う方が無理かと(w えっだれか忘れていないかって? まぁあの人は三人からしたら一応ある方でしょうから(うたまる) 詠ちゃん頑張ってたのか!!(ヒロアキ) 月さんが黒いwww(poyy) 月たん・・・恐ろしい子! そしていろいろなことバラされたら面白そうなことになりそうですなw(よーぜふ) とりあえずバラされたら困る事を教えてもらおうか?w(2828) 利口でもないけれどただの無能でも馬鹿でもない麗羽……良いですね。そして軍師集団 1のやりとりにほのぼのとさせて頂きましたw(ネムラズ) これからの蜀が楽しみだね。みんな変わってどんどん強くなるよ。魏がどうなるか見ものだよ^^(GLIDE) 優しい子ほど怒らせると怖いということですね、月ちゃん容赦がないwww(氷屋) 麗羽様の思考がちょっとレベルUP!?普段バカなのはもしかして猫をかぶってるだけなんですか?そして、・・・ついにブラック月様が登場ww月って意外にドSなんですねwww(T.K69) 麗羽さんがなんと理にかなったお裁きを・・・そして釘をささずにはいられなかった翡翠さんかわいらしいですね。・・・はわわとあわわはパットを使うのだろうか?(mokiti1976-2010) かわいらしい嫉妬。一刀には2人だけでいいと思う。(雨野) 恐れは恐怖を生む恐怖は疑心を呼ぶ最後は信じなくなる・・・・まあ怖れと恐怖は同じだけど、真実を見ないまま恐れてたらいつか痛い目を見るという教訓だね。6pの[確かに慣れ親しんだすょっぱさと旨味が]これって間違いかどうか判断に困るんですけども…・(黄昏☆ハリマエ) 月、怒らせたら怖い子・・・。そしてこれが、反巨乳派による貧乳党結成する前兆であった・・・(ほわちゃーなマリア) |
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